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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

右左

2012年09月12日

昔の人の完ぺき主義というのに驚くのが、シャトル織機に右左があるのをご存知でしょうか。また、糸を巻く機会にも右と左があるのです。右と左をペアにして、危ないモーター同士を内側にして安全性を高めるとか、縦切れを直すときに後ろに回るのでそのときに通路が必要なのでその通路をより広く取れるようにうまく考えてあるのです。これは、シャトル織機だけのことでなく、チーズワインダーも右と左があって、スペースの有効利用をして会社内の作業性も向上させてあります。

設置した機械の位置が毎回50CM広いと人が糸切れは一日に何十回、何百回と起こるので、それを何十年も作業するときに大きな差が出てくるものです。林与が昔の整経機を使い続けるのも、今の整経機は大きすぎて手が届かなかったり、すべてが鉄で出来ているので、手で微調整で動かすときに違和感があるということです。

昔のシャトル織機のすばらしいのは、鉄の塊のように見えても、手で触る框や杼台などは、木製であること。使い込めば使い込むほど馴染んでくるのが木の良さです。杼台にしても、実は半消耗品であるということを考えてあって、鉄の部品を守るために片方が木で作られているのです。これは機械を守るためだけではなく、作業する人を守るためでもあります。

シャトル織機に右と左があるときに、人の能力がより高くないと駄目なのです。右利きの人が、右手で筬の上の框を操作し、左手でハンドルを操作というのは良い感じなのですが、反対向きの機械だと、左手で筬の上の框を操作右手でハンドルを操作になり、機械に対して人間が器用に対応しないといけません。また、保守部品にしても、右用部品と左用の部品を別途用意しないとなりませんので、織機にしましてもものづくりが簡単な時代だと良いのですが、今のように、手作業のできる鍛冶屋さんもなくなってしまってしまってはメンテナンス自体が非常に難しいのです。

今日も機械屋さんがシャトルの消耗部品を持ってきてくれました。織物なんていつでも作れると思われていますが、シャトルの部品一つを作ろうとすると何年かに一回のことで、10年20年先に部品がなくなることを考えて、予備を用意しておかねばなりません。また、それをできる職人さんが日本に残っているかどうかが重要な要素になってきます。

織物の歴史を考えるときに、昔は日本中で麻織物が織られていたことを考えると原始的な織機というのは、糸と棒、板を組み合わせれば出来たのです。古代の織物というのは織機というほどのものではなくても織物が出来上がっていたといえます。しかしながら、素朴な道具で織物を作り上げるためには、現代人以上に人の頭と体というものが必要で、古代の人が現代人以上に器用であったことは明白です。


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