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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

動き

2015年04月17日

日本でも学校で勉強して繊維の道に入るというケースが増えているけども、中国でも同じように学校でデザインを勉強して、繊維の道に入るという形になってきているようだ。私としては違和感が多いのは、会社のプロフィールを書く時に、デザイナーがいるのかということを聞かれる。私の感覚からすれば趣味の人でもデザインするのに織物の会社でデザインできない人がいるというのはよろしくないということ。

デザインの担当の人にデザインを任せるのは弱いと思えることが多いと感じるのは、色柄に長けていても何十年選手のすべてのデザインを担っていた人でもリストラの対象となるということ。有名ブランドでも、デザイナーを取り替えてイメチェンみたいなのも、ブランドの普遍性の面では正しくない手法だと思える。

美観のあるなしというのは生命線だと思えることが多い。仕事を頼んでも美観のない人にやってもらうと、どうでもよいものにあがってしまうことが多く、すべてが台無しになるのだ。美観だけで生きている人というのも怖い話で、好き嫌いの激しい王様みたいなもので、口で言うだけで仕事の役に立つことは少ない。やはり、全部をこなせる人でないと無駄が多いのだろうと思える。

哲学が流れていれば、変な損得勘定がたつことは少なく、変な損得勘定が先に立つような商売というのは安っぽいという結論になる。包容力のある方ほど1回2回のテストを乗り越える気持ちで大舞台を私の試行錯誤にゆだねて下さることが多く、自分が被ってでもベストを尽くしたいと思える。仕事でも失敗は失敗でわからないほどの馬鹿でもないが、ベストをつくすときに、ものづくりで一番大事なのは品質だろうと思える。

最後に落とし穴となるのが品質なのだ。納期を急ぐことよりも、価格を落とすことよりも、品質を安全なところに落とし込むことが一番大事で、そのために織機を1週間止めて調整に使うこともあるし、時には1ヶ月織機を止めて問題の解決を考えるときもある。本来は、それも広義のデザインのうちなのだ。そういうのがわからないと何が価値があるのかわかっていないことに繋がり、デザインを企画するたびに問題を作り出すだろう。

デザインは、インスピレーションで1時間、長くても1日から数日だろうが、ものづくりはその10倍20倍の時間を使うことがほとんど。デザインだけで売れるものがあればありがたいが、売れる形に落とし込む、問題のない形に落とし込むという現実的なデザインの要素が、ものづくりする人にないと、まったく売れない顔になることが多く、怖い結果になりがちだろう。ものづくりサイドでの試行錯誤があるから成り立つ話で、試行錯誤のないものづくりならまともなものは出来ずに失敗に終わるケースが多いだろうと思える。


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