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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

子供

2016年08月09日

今日はお客様が3歳の子供をお連れで来てくださる。3歳のお子様は、いろいろと興味を示してくれてフレンドリーなのであるので、有望株なのだが、仕事してもらうと一気にその興味も冷めて大人しくなってしまうのだろうかと試したい気分になる。悪い大人である。

ものごとというのは興味をもった時には、とことんまで極めておく必要があろうと思える。そういう情熱みたいなものは、ものごとなんてどうでもよくなるものだから、物事に興味が沸くうちに飽きるまでやればよい。高校、大学のときの友達の一人は、高校のときにはアニメオタクと思えるほどうるせいやつらのラムちゃんファン、森高千里ファンで、大学になったらミスターマリックの手品に興味で、やはり普通とは違うほどの感覚があって、人としての魅力があった。

普通に勉強しているだけの学生時代では、カチカチの優秀なだけの大人になってしまうだろう。そういうのは弱くて脆い、守られた中にいれば食べていけるだろうけど、自分でやらないとならないときには難しいものである。学校の勉強というのは与えられたもので、どの分野でも与える側になれるほど強くならないと駄目だろう。

強くなるためには自己責任で自分でものごとをやっていけるような自由な環境を作る必要があるだろう。案外、成熟した産業ではそれが難しいもので、これをしてはいけないとかあれをしてはいけないとかいう人が多いものである。情けもあるので敷居というものは守りたいけども、敷居ばかりを盾にされるような昔ながらの業者さんというものも多く、プロのプロが素人に負けることが多いというのも、ウサギとカメの童話の世界。

日本政府もウサギを理想として働く気すらも感じられなくて、よい大人がこれから生まれてくる子供たちの負担増やして駄目なんじゃないのか、という、ほかの国では当たり前に心配することを今の日本では気にしなくなっている。総理大臣の失敗の片づけをするのが今から生まれてくる子供たち、力で、どこまでも食いつぶすというのは厳しすぎるんじゃないのか、と思える。ほんとうに重荷を背負って働いている人を、我慢してまで耐えている人たちを悪いことのように食い潰して、食う側の人間ばかりになっては終わりに思える。


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