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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

種と芽

2019年08月26日

アイデアを種とするなら種を持っている人や花を探している人というのは繊維業界にはたくさんいる。繊維業界に足りないのは、種を芽に育んだり、芽を花まで育てたりする人。また、種が花になるまでの自然環境みたいなもの。サルがカニに種を与えてカニが育てたカキを横取りみたいなことが多かったりもする。繊維業界を根本的に育めるような人が増えてゆくことが大事だろうと思う。でも、ブランドさんにも余力がないし、問屋さんにも余力がないことがほとんど。余力をつけるように働かないとならないのだろうけども、働く時間の限られた状態で自分が食べてゆくだけでなく家族も養ってゆかないとなると、どうしても他から取るような構造に陥りがち。悪徳企業でなくてもそうなってしまうのが日本社会の構造的なもの。途上国にいっても食生活が豊かで生活もゆったりしていて、先進国である日本よりも豊だったりする。

サンプル作ったりが種を芽に育むことだろうし、また、コンスタントに作業して布を作り上げることが花まで育てることに似ているだろう。技法だけにこだわっている人も窮屈で、技法を知っていればすべて解決ではなく、ものを作る環境が大事だということわかってない人も多い。過去にもよい生地というのはあったけどもその加工方法は需要が足りないとかで消えていったものも多い。

ものづくりには人という要素は非常に大事で、つくる人が異なれば、同じ材料、設備があっても、花が咲くのか、すべてゴミになるのかの2つの結果。その差には作業手順の違いというよりも、作業する人の仕事に対する大きな意識の違いがあったりする。必ず正しい結果を当たり前に思っている人は大きく外れることはないが、正しい結果が当たり前でない人が作業すると正しい結果が得られるのは奇跡に近い。人をつくる必要があるのだけど、今の働く時間が短い中では人をつくるということは不可能に近く、人生観で正しいものをつくろうと努力する人を探すしかなくなってきているように思う。働く時間が短い流れの中で、働く人の人生観を変えることというのは本当に難しいところ。

みんな仕事をする前には教えてもらえれば自分がすごいものを作れるようなイメージがあるけども、現実的には、作り方をマスターしてもその本人の意欲がなければ、なかなか普通のものでも普通には生まれてこない。みんなこのあたりで挫折してしまう、よくありがちな繊維業界に入ってもすぐに成長が止まるパターン。他の人に要求するは上手だが、自分が動いて要求される側になって、その要求に応えられる側になっていないとなかなか食べてはいけないのだろうが、要求しつづけるところで終わったしまうケースが多い。

繊維の業界に入ってやめる理由で多いのが、自分が好きなことをやりたくてこの会社に入ったのに好きなことをやらせてもらえないということ。好きにやりたいなら仕事終わってから好きにやってみればよく、それで食べてゆけるなら一人前だろうと思う。その人が嫌な仕事は誰がするのかとなると自分の嫌な仕事を他の人がやってくれるのが当たり前みたいだと手が付けられないタイプで、自分より仕事できる先輩が自分の言うとおりに働いてくれるのが当たり前みたいな難しいタイプ。そういう謙虚さもなく全体的なことに頭が回らないとものづくりは難しい部分がある。それはその本人だけでなくその人を取り巻く環境によることも多い。周辺環境が本人を甘やかしているのに、企業だけが厳しく親心で接しても、アクセルとブレーキでもめる話、その本人を取り巻く周辺環境が甘いなら非難されるような役をその子のために覚悟してもうまくは行かない。人を育てるには本人とその周辺環境までもが変わらないと難しい話で、ぶつかる人はぶつかるだけで、一番悩むのはその状況の最終解決を抱えている立場の人で一番全体の包容力もあって悪くないその人が壊されるしか手段がないとかもよくありがちな話。好き勝手、文句言っている人たちよりも抱えて追い込まれる人たちが本当に気の毒。


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