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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

レコード屋、写真屋

2019年10月31日

30年ほど前までは、レコード屋というか、音楽CDを売っているお店があった。そしてビデオなどのレンタル屋さんもたくさんあった。また、カメラで写真を撮ると現像する必要があったので写真屋さんもたくさんあった。本屋さんにしても同じ。情報というものをかつては形にしたことで価値が生まれていたが、それが形のないものになり無料になりそれらを流通させる商売が成り立ちにくくなりつつあるというか、自分でできてしまうようになったりインターネットの中に取り込まれてしまった。デジタル社会やインターネット社会が変えてしまったのだろうと思う。メディアの本体の情報というものはあってないようなものだと思う。それに価値があるといえばあるしないといえばない。空気も無料だが、人間にとって一番大事なものが無料に手に入るのである。

ときどき、コピー機リースの営業の電話が掛かってくる。安く導入できるという話、もうコピー機は満足できるものがあるので必要なく無料でもいらないという返事をしたり、どうしても置いてほしいというならお金くれるなら置かせてあげてもよいというと、そういうセールスもなくなる。コピー機がややこしいのでなく、そういうセールスの人間に仕切られたり縛られることが余計にややこしい。

私自身は物を大事にしたいとは思っている。新品じゃなくても人の使ったあとの中古品でも私自身は満足なタイプ。まだ使えるものを捨てるのはもったいないなあと思う。買うときには長く使えるもの、あるいは、長くリピートして使えるようなものを常に探している。なぜ、私がそんな風になっちゃったのかというとたぶんアメリカに行ったことが大きな影響。日本の大学生のころは新しいものに目移りばかりしていた。アメリカに行って、中古のものでもそれなりに値段が高いのがびっくりした。たとえば、中古の教科書なんてあっても友達や先輩から無料でもらうものだと思っていたが、アメリカでは40ドルの教科書を中古でも30ドルで売っていたりが普通。中古なのに高いなあという印象。

自動車ももうすぐエンジンをなくしモーター化して電化製品になる。家で充電で、ガソリンスタンドも不要となる時代がくるだろう。コンビニの駐車場がトイレと同じで、無料のガソリンスタンドとなる可能性もある。他の人と同じ感覚になると仕事というものは成り立たなくなるもので、他の人と違う感覚をもってやっているから違いが生まれ自然と残れてゆくのだろうと思うし、常に基本のことをしながら新しい流れを自分で作ってゆくような形だと流れに飲み込まれるようなことも少ないだろう。


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