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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

可能性

2023年06月24日

可能性が残っているときにはあきらめないで精一杯やってみることが大事だろうと思う。そんな局面を何十回も経験をしている。

ミラノウニカの展示会の朝も、1週間ほどの留守の間、他のものが仕事が出来るように準備をしてうまくいかず、電車を2本遅らせることに、その2本目の電車から関空特急はるかに京都で乗り換えないといけないのだけども、その距離が遠すぎて、荷物も多すぎたので、はるかがさようなら。これ、飛行機に乗り遅れると、空港で当日のチケットを購入しても最短でミラノ到着が展示会初日の昼頃。展示会の初日に穴を開けてしまうことになる。

京都駅で新幹線の窓口の駅員に新幹線で新大阪乗り換えなら間に合うか尋ねてみると無理といわれるが、それでも、やれるだけのことはやってみようと新幹線に乗って新大阪に向かう。そしたら新大阪についた新幹線から、なんとさっきのはるかが出発がやや遅れて止まっているのが見えて、新幹線をおりてはるかに乗れた。本当に奇跡的だったけども、関空でも猛ダッシュでチェックインがなんとかできて、予定していた飛行機に乗ることができた。その時は私一人だったからそういうのもできたけども、他従業員と一緒だったら逆に絶対にそこまでの無理はしなかったろうと思うが。

可能性に掛けるということは本当に大事だろうと思う。理論的には難しいとが現実的には難しいとかのことでも、奇跡的に成り立つようなことは多い、林与がシャトル織機を入れ戻したときにも、別の工場では高度な織物を織れていたシャトル織機だったのに、移設して経糸を繋いで織ろうとしても経糸が着れて切れて織れない。その時も2週間で60縦のストールサンプルを作る話で、普通だと絶対に無理なんだけども、その状態で、2週間ほとんど寝ずに仕事して、最後東京まで持ち込んでお客さんの展示会には間に合った。

で、サンプルはなんとか無理やり織ったけども本生産はどうする? シャトル織機の職人さんもいては下さったけども、原因は分からないということ。私が原因を見つけるしかないのである。自分自身が経験のなかったシャトル織機を寝ずに触って2週間。10台のうち1台だけ調子よく織れた織機があって、なぜその台は織れるのだろうかと考えることにした。そうしたらその織機にだけ、他の織機にない棒が一本ついている。そしてその棒の働きを考える、この棒が経糸のテンションを管理しているような気がして、職人さんに尋ねてみると関係ないという答え、でも、さらにありえない質問を聞いてみる他の織機に最初付いていなかったですかと?するとついていたと、必要ないから取ったと。その1台だけが固すぎて取れなかったということで、サンプルの60縦のうち半分の30縦はその1台でこなした、そして織れない原因も分かった。首の皮一枚で救われた世界。

未体験のことでもまったくわからなくても、やってみることは大事で、分からないことは尋ねてそれでも分からないといわれたら自分で考えて解決してゆくことが大事。似たようなことが別の場所でもあって、動かないシャトル織機を動くようにしたときも、その織機をいくら調整しても経糸の高さが織れる高さに落ち着かない。そこでおかしい、1台手つかずでリペイントされていなかった織機があったのでそれを見るとテンプルがついている。まさか、リペイントしたときにテンプルを外して、それをつけ忘れているのではないかと想像。するとやっぱりテンプルが出て来てそれを付けたら安定して織れるようになった。

私自身が仕事しているときに、問題の一番は作業している人が何をしたかが問題の原因であることが8割9割。目の前の織機の問題を解決しようとして目の前の織機をいくら調整しても動かないも普通にあって、そういうときに、可能性として、すごく失礼だけども、作業した人に原因があるのを疑ったりする。普通のサラリーマンの人は、他人は他人なのでそこまではしないのだけども、作業している人というのは分からないままに作業していることも多く、できないはできないで終わってしまうことが多い。

普通の織物を織っているときには問題にならないことが、切れやすい細番手の麻糸を織るときには問題になることが多く、それをクリアしないと、細番手の麻織物を織るのは難しいということになる。林与も私自身が自分で経験者の人たちの諦めることや解決できない問題を解決する立場でいつも仕事してきたから、私自身は麻織物全般に関する問題を解決するのが仕事で、他の人が出来る時には他の人に任せるが、他の人ができないとあきらめたことを出来るようにしたり。新しいものを生み出して行くときにはそういう力が必要だったりする。

同じことでも、やる人によってできるできないは変わって来る。Aという人がやればプラスでも、Bという人がやればマイナス。Aという人がなぜ仕事ができるのか、結果が出せるのかは、可能性があるときにとことんそれを追い求めるからというあたり、もちろん、可能性があっても出来ないこともあるけども、その可能性を追い求める努力というのは普段の仕事の深さにつながって来きて、なんでも理解してて上手にでき、一回勝負に強い。自分ができないことを他の人ができたりすると私はすごいなあと思う。超えている人というのは超えていたりするのが繊維の世界にもあって、そういう人の力の超えた要素がないと普通ではなかなか繊維の世界では難しいだろうと思う。

ある仕事で、何種類ものの布を合わせて作る製品があって、一番表の布に林与のリネンが使われた。洗うとそのリネンの表面に硬いしこりのような問題が起こるということで、その製品を送ってもらって洗うと確かにその問題が再現される。製品を作っておられる方は大騒ぎされるのだけども、林与は自分のつくる布には普通に見える布でも私自身が手掛ける布にはそれなりの自信があって、検査数値とかそういうのじゃなくて、それを上回る実用性の面で、日本の麻業界の定番的に何十年も愛されてきた布を生み出して作ってきたのが林与。良いモノづくりをしてきたとされる先代に対しても、すごく厳しい評価なのが私だったりして、金満に浮かれた世界が本当に嫌いで、ラベルとかじゃなくて本質が大事で、実際にものごとを他の人に解決してもらうじゃなくて自分自身が解決している人たちが報われないと、海外依存の今の自分たちがものをつくる覚悟もない日本のものづくりになってしまう。

ものづくりに研究家や専門家なんて本当に必要なくて、実際に自分が覚悟決めて仕事している人たちを評価しないと、日本のものづくりも、研究家や専門家レベルの浅さや薄さで、実際のものづくりも分からずに終わってしまって消えゆく流れ。日本のブランドや百貨店が、研究家や専門家を持ち上げてありえない話で消費者騙しになってしまうのは駄目なんじゃないのかと。近代麻布研究家が、明治以降の近代麻布の世界を作り上げてきた林与のことも知らないとか、その人の消費者騙しの大風呂敷に問題提起しているのに、初対面で、おたく誰ですかといわれた経験。もぐり研究家が日本の麻業界を仕切ろうとしても本当に何も生まれないどころか害になる。そういう人の人脈が怪しくて日本の大麻文化を謳いつつ、違法大麻栽培、大麻吸引の輩を持ち上げて島根県の問題。日本神道も絡む問題でしかも、昭和村も絡む問題で、人というのが見えず、浮かれてやると大麻の違法栽培家を持ち上げてしまうような、にわか麻研究家。

私がその方に麻の良いものは、こういうものですよと、日本の紡績会社の何十年か昔のラミーの自分の持っていたハンカチを1枚プレゼントした(林与の織ったものでもないけどそれは記念品用に特別に作られた業界の人にも認められる世界最高峰レベルのラミーの一品で、林与はそういうのと昔から接しているから最高峰クラスといわれる麻のものづくりが日本にあったのも分かる)。日本の近代麻布研究家を名乗る人でも日本の麻業界のレベルとも違いすぎて、スポンサーが降りたらやめるだけとかは、サラリーマンレベルの話に日本全国の麻愛好家が騙されてしまう話では、百貨店やブランドを信じた消費者もかわいそうすぎ。これ本当にある裏の話で、初対面で仕事に対する覚悟もない人が消費者の本気を支えようとする気持ちをスポンサーが降りたらやめるだけとか、林与にほざいたので、大きな謳いのことやりたいなら人生投げだす覚悟でやらんと駄目ですよというけど。自分は1000万は損したみたいな話でそれ以上は無理とかで、自分可愛さでは駄目じゃないのかなあと、私よりも20歳くらい上だろう人に、実際の経験もなくものごと分かっていない学生さんに麻布のことを説明すると同じような現実。日本の繊維業界が大事にしてきた価値感さえも失われたような部分がそういうところにある。徐福ってご存じですかと聞いても、文献や記録にないことをいっても無理だとか私に言われるが、それはほんと研究家としても難しい。


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