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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

恵まれていることに気が付かず

2023年10月12日

ある方が、昔の職場でその工場が閉鎖になるときと従業員に通告したときに不良率が無茶苦茶あがったといわれていて、工場の経営陣を批判されていたのだが、その工場自体、そもそも成り立っていないのに気が付いていないというのが働いている人は分かっていなかったという問題があるだろう。私も3交代の半導体工場の中で働いたことがあるけども、一番楽なすたいるの優良な工場でこの工場がつぶれないのはおかしいと思っていたことがある。その数年後、その工場は閉鎖され、他の会社に売り払われた。

日本で一番とか世界で一番とかでも、そのなかの経営というのが緩慢になってしまっていては難しい。たとえば、その半導体工場で働いていた時に、昼休憩と呼ばれる45分の休憩とショート休憩15分の二つがあって、休憩を重ねずに機械を動かすために休憩もシフトしながら取る。普通なら15分休憩のタイミングで、45分休憩を取ることになった私ともう一人の同僚が休憩室で休憩していると、すぐにそのあと、昔のその部署の係長クラスの方が他の方と休憩に入ってこられた。

35分ほど休憩しているとその方から、自分ら30分以上休憩しているだろうと指摘されたが、部署が関係なくてもそうやって会社全体のことを見ておられる方が大事で、その指摘は勘違いなのだけども、その方というのはそういうしっかりした方というのを私も同僚もしっていたので、目合わせして反論もせずに休憩をやめて元に戻った。その人が一人だったら昼休憩ですという答えを返しただろうけども、もう一人は管理職の方のように見えたので正しい指摘として終わるほうが勇気をもって指摘されたその方の立場が崩れない。

人の待遇をぎりぎりまで良くして、負荷を減らして労働気分じゃない状態にもっていって、優良企業というのは無理だろう。私は当時3交代のシフトの作業員だったけど、正社員の人たちというのは働く時間はもっと短いし休みも多い。それでいてノルマみたいなものは課せられていて生産性を上げるとかは常に目標となっていた。

日本じゃなく、海外に持って行けば、こんな簡単なだれでもできる作業、やすい労働力で十分だろうし、この工場の敷地にしても無駄に大きくて世界的な競争の中で残るのは難しいだろうなあと思うのは普通のこと。すごく恵まれた優雅な工場なのだけども、砂の上の城みたいな状態。働く人もそういうのに憧れるのだろうけども、長続きすることはなく、働いていても作業内容にしても、素人が集まったものづくりで、マニュアル化して検査ばかり。それも無駄といえば無駄であるが、そういう検査作業というのは算数のドリルを解くようなものだが、それで失敗や責任の所在が誰にあるのかを見極めるような話。基本一つのスクラップも出さないというような高い目標があって、一つのスクラップが出れば改善書を書いて出さないといけないので、普通に地力的な作業姿勢と能力は必要で、田舎の繊維の現場に多い、仕事なんてどうでもよいのよーみたいなおっちゃんおばちゃんでは無理な世界ではあるが、そういう人を解雇するためにはそういうマニュアルプロセスが必要なんだろうとは思える。

多品種の計画生産において、無駄に材料を投入することもなく生産を進めるということはなかなか難しいことで、半導体のせかいだからできるのだろうけども、天然繊維の世界では、不良率は昔以上に糸の問題が増えて検査基準も上がって高まっている。経糸に関しては、3割くらいのさまざまなロスをみて生産することも多い。糸の番手が同じでも糸が均一でないと平坦な布が織れず、それだけで5%とか消費量は変わって来る。シャトル織機で織るのかレピアで織るのかでも糸の消費量は変わって来る。特に横糸は捨て耳の分レピアでの消費量は1割以上多くなる。経糸はシャトルのほうが緩くも織れるしきつくも織れる。高密度に織ろうとすれば、織前が下がるのを避けるために、経糸のテンションを上げないといけないのだけども、高密度に織れば、アップアンドダウンが激しくなり、糸の消費量は普通の織物の2割余分になるとかもよくある話。

薄く織るのは目ズレやヒマが開かないように一般的な織の技術を高めることで回避できるのだけども、高密度の織物というのは、織機に限界にあたるときには、また糸の限界にあたるときには、織幅の縮みが大きすぎて耳そばが切れて切れて織れないとかが起こり始める。それをどう回避するのかが課題になる。

半導体工場での生産においては、高度で特別なものづくりというよりは標準化という手順が取られ、下手過ぎるのは駄目だけども、上手すぎるのも駄目だという品質を一定に保つようなことが行われる。そういう工程においては分業というのは適しており、誰がやっても同じ程度にしかできない簡単な作業に落とし込まれる。1枚が何千万円もするエンジニアリングサンプルの基盤などもそれほど高い工程で行われるのではなく、1枚をつくるがためにすべての量産の工程をへないといけないというゆえに高価であるという部分が大きい。

普通の生産プロセスでももっと小型化なども可能なのだけども、小型化すればするほど多層化した基盤の上下の位置関係がぴったりと収まりにくくなる。そこに穴をあけたりもするので、その穴がさらにズレることにもつながり、小型化も無理のない範囲での小型化におわるから、機械の性能をフルに発揮しているというわけでもない。

織物の仕事においては、作業員の仕事のレベルの差というものは1と10くらいの差がある。初心者の人や年配の職人というのは2から3あたりということが多く、年配の職人の人でも昔は3倍仕事ができたと言われているのもそのあたりで、昔だったら6とか普通レベルの仕事ができていたんだろうと思うが、歳をとると仕事が難しくなるのは普通で、よく言われる何十年の経験というのは最初に戻ってしまっていることが多い。

林与が働き始めた時に整経の糸を割る仕事を伝統工芸士の勘一じいさんがやってくれていた、勘一爺さんも70くらいだったのだけども、生真面目な性格で、初心者の私に対しても絶対に服従で、昔戦争に行かれた方だけに組織というものをよく分かっておられ、何カウントで何本割ってほしいと頼むとそのとおりに糸を準備しておいてくれた。たとえば、先代とかに頼んでもそういうのは無理な世界で、徹夜してもすることが多く間に合わないので、のんきにテレビみているだけの先代に、糸を割るのを頼んでもワシが働くのかというような答え。小学校3年とかのときでも忙しいというので私が手伝ってたこともやる気がない当時50代というのも本当に厳しい話で、でもやってもらっても2ロットがごちゃまぜとか説明したとおりの仕事もまったく無理で、私がその2ロットの微妙な色の差を目視で判別して2ロットに分け戻すとか、この昔ながらの業界は偉そうにしている人が仕事に携わりながら、仕事をするきもなくて、できなくて厳しい。田舎の人の生きてゆく力のなさみたいなのを林与の家の中に感じる。結局、先代も自分が大バカ者だったというのを悟ったのだけど、嘆いていないで働いたらええやんと20代の林与の冷めた感覚。


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