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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

10代の強さ

2018年10月18日

スポーツでも将棋などでも、10代の活躍が目立つ。20代よりも10代のほうが、ものごとに集中できているという部分もあるのだろう。オセロでも11歳が世界チャンピョンということで、単なる偶然ではなく、頭脳では世界的にも子供たちのほうが冴えているみたいな状況。これはなんか分かる気がする。芸能なんかも子供たちが大人顔負けに対応をしていて、成人するあたりから俗化。大学生となるとなんか俗っぽいものに憧れてしまっていて、限界が浅いことが多い。社会人となると集中も難しく投げ出すとか、新しいことを吸収するも難しい確立が高い。

10代が強いというのは、日本の場合は、年功序列の近年封印が解けたことにもあるのではないかと思う。日本の場合は、学生は学生、先生は先生というのを守りたい部分があったと思える。年功序列から実力主義の社会になって、10代が全力できたときには、大人の力では及ばないなんてのも、本来は普通なのかもしれない。年配のものが仕切っている社会というのはどうしようもないのを感じることも多く、そういうへんな封印を解くのがまず第一に必要だと思えるのである。

今はグローバルなネットの時代になって、先生たちの持っている情報というのが若い人たちの情報よりも狭いことも多く、若い人たちが自由に動けたほうが既存の師弟関係の中で教えてもらっているよりも、成長が早いということもあるだろう。田舎の実社会で得られる情報やできることというのは縦型の社会だと限られてしまって難しいところがある。年功序列的な体系と結びつけば田舎でもいろいろなことはできるが、年功序列型の体系が後ろ向きな力になってしまうときには一つ一つが難しくなる。繊維の業界でも、若い者がグローバルに力強く動けるようなところがどんどんと伸びて、既存の流通体系や生産体系で動いているところは苦労はしても伸びることができないような気がする。

壁にぶつかったときにそこで立ち止まらないためにも、硬直した考えや現状を打破できる人がまとまり動いて、壁を越えて行くような姿勢が大事だろうと思える。そうでないと織物にたとえると1mの織物も織れないままに時間だけが過ぎてゆく、実際の仕事ができてないのにどうにもならないとか嘆いていてもしかたないのである。でもそれ以前に、難しいものがどうこうよりも、簡単な布をつくることもなかなか難しくなった今の産地の現状を考えると、恵まれて余裕があるからできなくなってしまうんだよなあと納得してしまうところがある。

林与自身も50歳手前で、私の次の世代の人というのは前の世代の人以上に強くないと前の世代についているくらいでは乗り越えて行けないだろうと思う。自分がなんてもやってゆけるんだという実力がないと生き残っては行けないと思う。他の人に協力してうまく行く部分はそのままでもよいけども、外に協力を求めてもなかなか難しい本業の専門の人でも難しいことは自分で解決して行く力を持たないと新しいものも生み出せない。どんどんと新しい布を生み出してゆくような力を維持できていないと、壁にぶつかって前に進めないようでは先行きは難しい。


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