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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

かき

2018年10月17日

昨日は、駐車場のある畑の柿が、もう枝が耐えられないくらいにぶら下がっていたのを食べた。何百もあるうちの、熟れたいくつかは鳥に食べられて、鳥も最初の食べ始め。順番に美味しそうな柔らかくなったのを啄ばむ。オーガニック栽培というけども、放っておいて出来上がるような柿のようなものもある。今年は当たり年で、何百個もの柿が一つの木に成る。駄目な年は虫に食われて1個2個もありえる。オーガニックのムラというもので、オーガニックが商売では成り立ち難いのもそのあたりだろう。

カルガモ有機栽培で子供会がもち米を育てようとしても、実際には土に栄養が足りないので、カルガモの糞だけでは、稲が育たず穂が実らない。世話している農家の人は正直なことをいう、やっているものは理想じゃなく正直なのだ。それだけじゃあ足りないから肥料を普通に使ってなんとかもち米を作る。世話している農家の人が嘘をつけばそれで終わりのオーガニックの世界である。林与の村の農家の人はとても正直で本当のことを話す。やっているものは理想を語るのではなく現実と実際の苦労を経験しているから。

取れる量も村の人みんなが分けて食べるのには少ないので、自分でつくったもち米を無料で混ぜてなんとかそういう村の事業を成り立たせている。実際にやっているひとは、看板なんて理想だということも分かって現実と向かい合っているのである。こんな特別すごいことをやっていると偉そうにもいえないので、あんまり偉そうには言わないのである。耐えて正直なところも伝えながらかるがも有機栽培を通じて農業の本質を伝えていらっしゃる。

琵琶湖の富栄養化の問題でも、家庭の潜在が問題になって粉石けん運動が起こったけども、農業で使われる肥料の問題はあまり取りだ足されない。稲を育てる肥料、リンや窒素の集約されたもので、琵琶湖に流れ出せばアオモや赤潮の原因になる。農業は行政を挙げての事業なので、消費者は県の業務とは関係ないので規制出来ても、農業は県の業務の一旦で規制する事は難しく、農薬や肥料は農協にとっても農業ビジネスの柱、規制されることはほとんどなく、それがもたらす富栄養化については口を閉ざされている。肥料をつくる工場が肥料を排水中に廃棄してしまえば大問題なのだが、農協が農家を介して琵琶湖に流れ込む分に関してはむ問題なのである。農家の人も農協から農薬や肥料を買わなければ、米を農協が買ってくれないとか脅されて、仕方なく買わされて買ったからには捨てるわけにもいかず、田んぼに巻いて捨てるかのごとく使っているケースもあるのである。

たとえば、農協が自然農法を推奨するのかというと逆で、肥料を販売して利益を上げる業者的な要素があるので、農薬や肥料会社のセールス窓口で、環境問題の観点からすると指導はしていながらも、環境問題と利益のどちらが大事鹿野かというと利益よりだろう。農協が会場となって催眠商法なんかもあったりして、高額なマッサージチェアを老人が買わされたりとか、協同組合が守らなければ成らない会員に対して何をやっているんだろうという話。存続自体が会員保護とか世の中のためではなく、組織の存続のためになってしまったりする。

農業というのは自然を思わせるが工業と同じ以上に、工業的にやれば自然破壊に結びつくことも多い。アメリカで流行の遺伝子組み換えなんてもの、遺伝子を組み替えたものが勝手に、他の畑の通常のものと交配してしまったら、通常の畑を遺伝子組み換えでやっていないものが、被害者でも、遺伝子組み換えの特許を持った企業から訴えられてしまうようなのが、今の最先端の農業である。農業という言葉=自然ではない。農業という言葉が商工業以上に環境破壊を見えないところで犯してしまうこともあり、行政が裏で力に負けたりとか、担当が将来の天下りを考えて認可というケースもあるので、気をつけるべきところである。国民を欺く国会での偽証罪が疑われても出世できる行政のメカニズム、保身や利権にまみれたものが、まともな精神をあざわらい駆逐することは、原発以外の行政でもいたるところでみられる問題。

環境庁が、原発が爆発後に基準値を20分の1に下げて、ほんとうなら法を犯すような犯罪なのに、行政が絡んでいると法律や基準値を換えて犯罪がなかったことにする。法の下の平等すらも行政主導だと問題なしになるのが、旧共産主義国にありがちだった闇と似ているのだが、先進国となった日本で、旧共産主義国の闇以上にアンタッチャブルで不透明なものがあるのもなあ。


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