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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

環境負荷

2020年09月14日

環境負荷という問題を考えるときに、シャトル織機は環境負荷がすごく低いだろう。例えばモーターは1馬力とか1馬力以下とかが普通で、レピア織機のモーターが3馬力くらいなのと比べても、消費電力の違いの差は3倍くらいの差で大きい。なぜ、そんなに馬力がいるのかというと、レピア織機の場合、ブレーキを掛けるのも電気の力だからだろう。シャトル織機は、止まるときもブレーキをかけていてもやんわりと止まるし、框を手で動かすことができる。あと捨て耳もでないから、糸の使用量もレピアより5%くらい少ない。水溶性の糸道油を塗る必要もない。だが、生産性は低いし、耳切が必要だったり、シャトルの交換が必要だったり、人が機械の面倒を見てあげる必要がある。

シャトル織機のほかの問題は、シャトルとかが消耗品であることで、今は日本では1つのメーカーしか残っていない。高品位なシャトルなのだが、1つが1万円くらいはして、普通のものを織るには壊れることも少ないが、高密度などの高度なものを織ろうとするとシャトルを挟んで、はさんだ場所が悪ければ、シャトルも壊れるし、織機の部品も壊れたりする。織機の調子が悪い時には、調整で立て続けに新しいシャトルが2個3個壊れることもある、ほんとうに稀なことだが本当に落ち込む話である。シャトル織機の金属製の部品というのは使い方にもよるけど、10年、20年、長持ちものが多い。その分、油を毎日少し差してあげないといけないけども、油の使用量も、1滴に2滴で微々たるものである。一方レピア織機では、油はかなり消耗してしまう。

今は鋳物を溶接することが難しくなってしまって、シャトル織機の鋳物が欠けてしまったときにそれを直すことも難しくなってしまった。溶接にしても、溶接面を面取りしたりと、人の力を必要とする作業で、機械に任せれればくっつくというものでもない。ましてや、鋳物の種類すらも不明で勘で一発勝負で溶接となる。匠の技みたいなものが必要である。

日本での織物の織機メーカーは、シャトル織機に関してはすでになくなっているし、レピア織機も1社あっても特注らしい。国内アパレル向けの織物生産規模がどんどんと小さくなっているので、その織機のメンテなども難しい話が多くなって、スペアでパーツを持っていないといつの間にか手に入らなくなるみたいなことが普通。今の最先端のものづくりだと、最新の織機を入れて7年くらいで償却してまた新しい織機を入れるとか、そのためにはよほど大量生産をしないといけないし、織機もまだ使えても部品が手に入らなくなるので入れ替えすることになる話で、環境負荷は大きいのではないかと思う、というより、そういう大規模な工場そのものが採算が合わなくなって消えてゆく。すなわち、小さな工場よりもサステイナブルではないのである。

日本なんかでも、大手のアパレルが廃業となっても、ブランド名は売買されるが、従業員たちは雇用を守るということが重視されて、逆に、人がお荷物みたいな存在で、リストラもできず、全員解雇で廃業を選ばざる負えないのである。一つの会社の存在よりも一人の人生のほうが長い状況で、人の雇用の面倒をみるというのが成り立たなくなっていて、一般的に脚光を浴びるのが何千億もの利益を上げて消えてゆくようなスタイル、それを理想としてどうするのと思うが行政にしてもそんなもの。長く続くようなスタイルを目指さないとその場の風見鶏的な判断していては、地道な経営ほど評価が低い。林与のような地道な考え方は、今はそんな時代じゃないという人も多いし、よくわかるが、そういうのに仕事の意味とか人生の意味があってよいんじゃないだろうかと思う。自分が働いて自分だけでなくほかの人も支えるとか、サステイナブルの理想そのものじゃないかと思える。

シャトル織機が酷だなあと思うのは、なかなかベテランの職人さんでも、シャトル織機で麻織物の特殊な織物を織るのは難しいという問題。レピア織機は調整箇所が少ないので、織れるものも限られているけども、シャトル織機の場合には、織機が壊れるような調整も可能、だから、特殊な織物を織る調整にも持っていきやすい。調整がはぐれたシャトル織機というのは、元の状態に戻すことが難しいので、なにか一つ大事なことに気が付かないと何か月かけてもまともに織れないということもある。人には酷だけど環境には優しい。でも、体を動かして働くということになるので、シャトル織機を動かしている人というのは頭も使うし健康で長生きできると想像。
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