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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

苦戦

2021年04月20日

今日は、夕方、織り始めて1週間のスタッフが、織っている本麻でシャトルを挟んだということで何十本か切れた、初めての本格的なダメージ。シャトルを挟むのは仕方ないのだけども、切れた糸を直すときにまっすぐにつなげておらず、右の糸が左にいったり、左の糸が右にいったりして、それでは、そのあと織るときに糸がドロッパーにつかえて切れて切れての地獄モードに突入する。

切れた糸をつなぐので精一杯の状況。でも、注意してつながないと、完璧に用意され織れる状態を織っている本人が崩して、そのあとは織れども織れどもまともに織れない状態になる。糸が切れ始めると結び目が多くなるのでそれが余計に切れる原因になる。

ラミーの100番手では最高クラスの糸ではあるけども、縦繋ぎも難しいくらいに今の糸というのは織物の経糸には向かない。白い糸ならまだましなのだろうけども、染めた糸というのは本当に手ごわいものである。特に黒や紺の濃色というのは糸が見えにくく筬を通すのも難しい。

本麻の黒は、直す手間を掛けても、今日は1日に1mもまともに織れてはいないだろうけども、でも、救いは新しいスタッフの子があきらめずに前向きなこと。経験者でも普通は、右の糸を左につないだりしてトラブルのあとまともに布が織れることは少ない。でも、経験者のそういうのを正そうとしてもなかなか経験者というのは素直に正しいことをやってみるというのは難しいもので、それが経験者が仕事が難しい話つながる。案外、経験者でもやってない経験というのは新しい人と同じくらい多いことが多いものである。新しい人のほうが、素直に正しい努力をすれば経験者を超えることはそう難しくはないとは思う。

仕事というのは目の前の問題を自分が解決してゆけるかどうかで、問題を起こさないように仕事を進めていくということが大事で、そのあたりが同じ材料と織機を使っても、人が異なれば結果が変わってくることになる。人が異なるという意味は、人の考え方の違いがあるということで、毎回毎回、当たり前に仕事で結果を出そうとして結果を出している人と、結果を出せずに時間だけが過ぎてゆくのが普通の人では、仕事して食べて行ける人と仕事して食べてゆけない人の考え方の差があると思う。

食べて行けなければそれなりに節制すれば良いのだけども、仕事できる人ほど仕事に自分のお金を使うが、仕事できない人ほど仕事以外に自分のお金を使ってしまう。そのあたりも、仕事ができる人とできない人の差で、自分が仕事する用意を自分がお金や自分の時間を使ってするタイプなのかどうか、というあたりが経験の長さよりも質的なものが大事。

本当に残念なことがあって、木管が1個50gで段ボールが1kg、糸の入った段ボール箱を図ると総重量が10kgで、木管に巻かれたいとが20本あるとすると、糸の正味の重さは何キロですか、というのも、中学生くらいなら8kgと当たり前でないと授業にもついてゆけないレベルだけど、繊維業界の現場の何十年の経験者が今の小学生のできる計算が難しとか教えてもやろうとしない現実があって、外から見るとありない話だけどもそういうことも考えもしないので、そういうのを譲って次の世代が支えようとするけどあまりに力がなさ過ぎて、分かってほしいのは計算ができないことを馬鹿にするとかじゃなく、仕事してお金をもらうというのを軽く考えすぎていて経験を積んでいても食べていくことが難しい話。


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