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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

将棋というのは必然で

2023年10月12日

スポーツは偶然の要素が多かったりもする。勝負の世界でもゲームの理論という要素も多かったり、将棋というのは必然で偶然がない要素、個と個の思考の戦いという要素で決まる。また、限られた時間なので、経験的に学んだことをもとに自分が考えたことが生きてくる。

すべての局面をコンピュータつかって再現をしつくせば、人間ができるのもその範囲でそれを選んで勝敗が決まっているだけなのだけども、500手未満の勝負のために枝葉的な何億手を記憶したとしても人間としては限界がある。AI対AIにおいて、千日手で差し直しがあろうとも、500手までも行くことがないのは、逆に将棋の奥の深さだろう。江戸時代に将棋を考案した人物というのはたぶんすべて分かって将棋のルールを作ったのかもしれない。

将棋の世界というのは実力主義的で逆に無情にも思うところがある。現実的な社会ではお互いに支え合う気持ちというのはすごく大事なのだけども思うところがあるのだけども、年配の方と話をしていても自分と考えの違う相手は裏からつぶしてみたいなことを考えている人が多いし、それを平気でいうのが大きく経営しているような人たちに多く、消費税問題も輸出型大企業に有利で、国民の生活が必然的に不利になっているのもそのあたりで、いびつなルールで利益誘導が行われていて、頑張って働いて消費税を国民の納めてもそれが大企業にルールとして食われている結果になるだけのこと。

政党政治にしても同じことで、国民の選ぶ国会議員ですらもが直接的に選べないようにどんどんとなってしまっている。比例代表ありゃなんじゃ。そういうのでしか当選できないようなゾンビ議員が党を牛耳るような立場の人間なのだが、政治資金の不透明なこともそういうへんな力構造を怖れたテロ的なちからで、大企業でも求められれば払わざるおえないような村社会日本要素。それはロシアの政治構造にも共通して、日本の柔道界も世界柔道をプーチン氏だよりにするほど日本の柔道の世界にしても闇は深い。

マラソンなんかも厚底バネシューズ一つで決まるみたいな話になってしまって、ルールを抜け穴的に競技の本質を変えてしまうようなやり方で、そういう精神構造が勝てばよいというドーピング構造と似ている。選手だけだと難しいようなドーピング問題、それは国家規模の問題なのだけども、フローレンスジョイナーのアメリカの健康食品企業の広告塔で、健康的にみえた彼女が40歳未満でなくなってしまうという悲劇、見るからに他の選手とは異なるボディービルダーのような脚の筋肉。当時のアメリカという国もベンジョンソンの記録に期待し舞っていて彼の薬物使用を疑うこともタブー視されていた。

才能のある人たちが才能で他の人よりも勝っているときというのは、普通の者でも普通にやっていけているのと同じ状態で、そういうのが難しくなったときに、努力するのか偽装に走るのかの問題はあるだろうと思う。大企業というのはそれなりに優秀な人の集まりではあるけども普通程度の仕事量なので、その恵まれた大人数を食べさせてゆくためにはからくりが必要だったりすることが多い。

消費税率を上げて大企業を救うようなからくりがないともはや日本の大企業も成り立たない状況ではあって、消費税や年金制度は新しい階級制度構築のための手段としての基本的な要素とも思う。極論100%にしたときに何が起こるのか、輸出大企業は国内でものを買って他国につくった商社窓口やディラーとかに輸出するだけで、国民から集めた消費税をごちそうさま出来る。経団連なども社会のために消費税を上げろというなら輸出消費税還付制度をなくすべきだろう、それをいうのはタブーなのか?


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