for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

節分

2012年02月03日

今日は、雪が凍って車がノロノロです。どこの道も基本としてはブルドーザーなどで除雪がされているので、そういう部分は昔と違ってありがたいなあと思いますが、ブルドーザーも道路の表面すれすれまでを除雪できるわけではありませんので、数センチの層が残る傾向にあります。昔は車が走るタイヤ部分は雪がなかったのに、今は、タイヤ部分にも雪が凍っているので、車が滑りまくりなのです。

夜は、ひこねの組合の新年会があるということで、彦根に向かいましたが道路がそんな状況で彦根に行くのに2倍時間がかかりました。今日が節分だと思い出したのは、1次会はもとより、2次会、3次会、たぶん4次会まであったような、どの店でも恵方巻きというか巻寿司がでるのです。

普段は巻き寿司なのでしょうが、節分のときに出ると恵方巻きというのが強いのでしょうか。節分で豆を撒く文化は、今は撒いた豆を拾って食べるなどできそうな時代ではなくなって着ていますので、より手軽かつ経済性のあるものに主役が交代したような気がします。

ものづくりをしていて、恵方巻きのようなものを作るのが商売で成功をする秘訣でしょう。豆のようなものを作っても商売としては簡単すぎて競争も激しく成り立ちにくいということです。これって、地場産業が直面している問題と似ています。

その瞬間に輝くことを考えすぎると形が変わりすぎて、継続している大事なものを失うことも多いものなのです。その瞬間といいましたが、それが10年、20年のことなのかもしれませんので、100年とか200年のスパンのものづくりを考えたときには、10年、20年をしのぐために世代を超えて引き継がれてきたものが消えていくということもありうるものです。

仕事というものが、数年で変わる法律に振り回されてしまっていては、ものづくりというものが趣味としてでなく産業として行われる場合には、根本的な技術を高めていくことは命取りになることが多いのです。付加価値の高いものをということがよく言われますが、付加価値の高いものでも飽きられてしまうと、その根底からして不要物になってしまいます。たとえば、昔のマハラジャブームなどはその最たる例ではないでしょうか。日本から、ディスコというもの自体が消えてしまいました。

これは、始まりあるものは進化し続けることというのはなく、進化の後には終わりがあるということで、哲学的な部分につながります。ロゴをあしらうだけのブランドのファッションアイテムが息が長いのは進化がないからともいえるかと思います。変わらないものほど長続きするもので、新規参入組みというのは改変することで越そうとするのですが、オリジナルの本家までもが改変に力をいれすぎると長続きしないものづくりになります。コカコーラーでも、味をおいしくしようとして味を変えたらもう相手にしてもらえなくなったというような経緯すらあり、長年愛されたものというものはそれの味自体がよい味の手本なのです。


ホーム | ショッピングカート 特定商取引法表示 | ご利用案内