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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2012年06月20日
今日は、びわこ放送のスタッフが午後からお越しくださり、しが応援ファンドのPR番組のための撮影がありました。いつもながらですが、林与の事務所にしましても物で生地サンプルなどであふれてしまっています。

しが応援ファンドにおもうのは、やる気のあるものを応援するファンドだということで、林与の場合も、ビンテージアイリッシュリネンハンカチプロジェクトが、最初の昔の糸を織って織物にするというだけのことから素敵なハンカチに仕上げてまたたくさんの皆さんに実際に見ていただけているという10倍くらい大きなプロジェクトとなり、海外の皆様にも見ていただけるようなチャンスに恵まれました。

仕事人生の中で、非常に忙しかったですが充実した3年間になりました。何千社と参加する展示会でたぶん一番小さな会社で、スーツケースひとつで海外の展示会に参加する。参加した当初は、お客さんなんてあるのだろうかと思いながらも麻に興味のある熱意のあるブランドの担当者の方や、大手のブランドさんなども気がついて見に来てくださるというのは、ディスプレイなども手作りでハンドメイドなぎこちなさがありますが、ほかとは違う面白さがそこにはあるんじゃあないかと思います。

ハンカチやブラウスなどの試作品が残っただけならそれは一時の成果にすぎないと思います。売れるものでも売れる売れないの評価は時の運の要素が大きいものです。それ以上に、ファンドを通じて壁にぶつかってもその壁を越えていくとか、難しそうなことにチャレンジしていくなど積み重ねた経験のほうが何倍も重要だといえます。

今回取り組んだことは新商品の開発というよりも、今の日本の麻織物の基本的な技術基盤向上に非常に役立ったのではないかと思うところです。普段、目の前の仕事に追われていると、そういう研究的な部分で時間を割くことは難しいのですが、ファンドとして取り組まねばならない課題となったがゆえにその成果も上げることができました。

昼過ぎに中国向けの輸出の出荷確定の連絡があって、夕方にはフェデックスの営業所まで反物を持ち込みました。一日が目まぐるしく、これだけいろいろな取り組みをやっていても、実際の仕事は夜からの機械の調整からだったりして、織物というのは本当に織れて形にしてこそ価値があるものだと思います。
2012年06月19日
今日は輸出のためのパッキング作業、輸出のためにはインボイス、パッキングリストが必須。今回はフェデックスでの空輸になりそうな感じではありますが、パッキングなど重さなどが確定して輸送のキャリアなども先方が決める形です。

有名どころのドアトゥードアサービスで空輸するとどうしても、キロあたり、2000円から3000円くらいは必要になってきます。送料の面で、キロ1000円くらいで送れるEMSのサービスはコストお勧めではあるのですが、信頼性の面ではDHLやフェデックスなどの国際的な宅配業者のほうが、業務には詳しく、確実にものを届ける上ではベストなチョイスとなりがちです。受け取る側がEMSの対応うまくできればよいですが、EMSは、イタリアフランス向けならびに、中国向けで、煩雑な処理を受け取る側が要求されることが多く、届かないケースが見られます。

EMSの場合は、どうしても郵便局の流れがありますので、内部のヒューマンリソースの面で海外との交渉などは弱く、サンプルなどを送るのには最適ですが、関税などが絡んでくるとプロフェッショナルではありませんので、分からないという答えしか返ってきにくいですが、それはそれで仕方のないことで、仕事ではよくありがちなことです。

日本の場合、商社がものを動かすケースが多いのも、日本の郵政が海外に弱かったという部分と絡んでいると思います。海外から日本にものを輸入するときにはEMSが便利です。郵便局の方というのは、国内に入ると無理してでも届けてくださる感じがいたします。
2012年06月18日
加工工場さんから連絡があって、生成の仕上がりでアクが出ているとのこと、生成のものというのはナチュラルですので、本来、アクが出るくらいが本物だったりいたします。生機を水洗いされると、煮汁のような醤油っぽい黒い感じに水が染まるのが普通のことなのです。

アパレル向けなど、同じ生成りでも、糸の状態で精練をして、軽い晒しを掛けてあるとその度合いというものは非常に少ないです。資材向けなどの生成は、本当に土臭いくらいに、アクが出てしまいます。リネンもワラに過ぎないというのを感じる瞬間です。

アパレル向けの生成でアクが出ることは少ないのですが、毛焼きをするために、その毛羽の燃えた残りが、黒い粒子となって生地に付着してしまうというケースのようです。リネンのものに関しても毛焼きをしなければ、毛羽の問題が多いですので、毛焼きはしておいたほうが百貨店に置くものなどの場合はより安心かと思います。
2012年06月17日
今日は、日曜日でしたが朝9時の電車で大阪からお客様がお越しくださいました。アパレル向けに生地を企画しておられるお客様で、昔の麻のよい時代のものづくりなどに花が咲きます。いつもこういう話をしていても感じるのは、「奢れる者久しからず」というような感覚です。これは自分自身も含めてですがいろいろな時代に大きく脚光を浴びた会社やブランドであっても、大きくなりすぎたりして無駄が生まれて持ちこたえられなくなるというようなことだといえます。

良いものが常に売れるのではないというのは、商品哲学のひとつというより、自然の条理にかなっているといえます。生まれたものというのはいつか消えていくというのは当たり前のことなのです。恐竜なんかにしてもなぜ絶滅したかということが言われていますが、私からすれば普通のことです。進化の果てには終焉が待っているものです。

恐竜にしても、小さなサイズからだんだんと巨大化しているので世代進化で無限に大きくなれるのかというと、体は大きくなろうとするのですがあるところで限界があります。象なんかも、睡眠時間が2時間しかないというのは、その大きな体を支えるために食べ続けないといけないという悲しさ。

彦根に行くときにナウマン象の像があるのです。それも絶滅しているのです。今の時代なんて大きな動物なんてまれにしかみることがないのに、それがまだ野生で世代交代を続けているということすらが逆に驚きであったりいたします。

馬なんかも、今、日本ではほとんどがサラブレッドしか残っていません。これが普通のことなのかというと速く速く走らせるためだけに作り上げているものですので、究極の形ではありますが壊れてしまいやすいのです。和牛にしても同じで、日本中の牛肉の味が似通っておいしいのも、和牛といわれるものの血統というのは限られているのです。

日本人にしても数千年ほど歴史をさかのぼると、食べることすらもが難しく生きていくのも大変であって、そして今、食べていこうとすれば自分で農業をしなくても働くことでお金が稼げるようになり、自分で料理を作らなくても外で食べることができるようになり、働く仕事や食べるものを選ぶことだけが大事に思えています。

食べるものの血統的なものからピュアなものが増えて、本来だと自然界だとヘテロ的に発生したもののほうが長続きはしやすいのですが、人の手が加わるとピュアなもろいものを求め続けます。人の考える美学というものは神の領域に達するものではないかと思うのが、自然な交配を妨げ品質を求めるところです。

象が絶滅する理由が、人が求めるアイボリー(象牙)というのも本当に悲しい話です。牙を取るとるために殺されたり、また、牙をなくした象が野生で生き残っていけるのかというと肉の塊、ほかの動物やほかの象との食べ物競争にすら勝てず、単なる肉の塊でしかありません。蟹なんかも欧米では一番大事な大きな手だけをとって海に戻すのですが、生き残れるのでしょうか。

日本の捕鯨に関しても日本の捕鯨団体がエスキモーの捕鯨に禁止を唱えたことで、非常に疑問を持っています。自分自身が捕って食べるエスキモーの捕鯨を禁止する日本の商業捕鯨の方向性に危うさを感じるのです。何十という個体から狙った獲物を抽出できるような日本の調査捕鯨の技術は商業と結びつくと絶滅させてしまう恐れがあるのは事実です。
2012年06月16日
今、大阪伊勢丹さん4Fで麻のフェアーが催しされています。林与のストールやハンカチも「林与」ブランドとしていくつか並べていただいておりますので、お近くの方でお立ちよりになられました際にはごらんいただけたらと思います。リネンギンガム、リネン100番手ストールを中心に、ネットで販売していない柄のものも出させていただいております。
2012年06月15日
ふと、今日は同志社大学時代のアメリカ人の友達オリーンのことが頭によぎり、20年くらい会っていないので今はどこにいるのかとネットで調べてみると、彼らしい人物に行き当たりBBを経営しているので、予約ページから問い合わせてみるとオリーンからメールが返ってきました。彼とは大学の4回生のときに、同じ学部で休講だったときに、しゃべったことがきっかけで友達になりました。

アメリカ時代に一度サンフランシスコに旅行にいったとき、バークレイのキャンパスのコンドに泊めてもらって、それ以来だったのですが、オリーンも私のことを最近思い出してくれていたみたいで、また、どこかで会える気がします。

若かりしころの林与は京都に住んでいてもあまり建物には興味がなかったのですが、オリーンはキャンパス内にあったクラーク館が大好きで、林与を啓蒙してくれていたところがあります。今、彼が経営しているBBも、1800年代に建てられたドイツのウイスキーディーラーの所有していた家を使っているようです。自分の力で地域のヒストリカルモニュメントを守るようなことを仕事として選んだようで、大学時代には旅行関係の仕事に就きたいといっていたので、旅行客を毎日もてなすということは彼の夢が実現している形です。

毎日、追われている感じでアメリカにもなかなか行く機会がありませんので、ましてやミシシッピー川の流れるミズリーに行けるようなことはまずないでしょうが、人生というのは小さなきっかけでいろいろな方向に向きが変わるものなんだろうと思います。学生のころというのは夢だけは無機質に大きなことをと考えがちですが、現実というのは人と人との関係の中で有機質的な大事なものを守っていくことが大事なのだと思います。
2012年06月14日
昨晩は朝まで仕事して朝はアパレルさんからの企画の件で倉庫で糸の在庫を調べたりしました。午後からは、彦根でミーティングがあって出席し、夕方から仕事です。夜、工場から出るとひんやりとしていい感じです。なぜでしょうか、今年に関しては昔の夏が戻っているような気がします。最近は見かけなくなったスズメもよく見かけるようになりました。大きな野鳥が復活し始めているのも特徴かと思います。水が川に戻って水の循環がまともになり始めている成果かなあと。

川には水が流れていてしかるべきだと思います。子供のころも夏休み毎日愛知川の河口より数キロ上の川原に行くと、いつも水が流れていて、小さなウロリと呼ばれる魚が無数に見られました。当時、水が流れていないということは一度もなかったのに、今は、あんな風には水が流れておらず、生物は死に絶えてしまい、結局それが人間社会に戻ってきます。

川に水がなければ遊ぶ子供も川の思い出も生まれません。今の子供たちはエアコンの利いた部屋で過ごす。塾なんかでもエアコンを利かして勉強をするよりは、エアコンなしで暑さに我慢できる子供を育てたほうが、これからの競争の時代では生き残れるのではないでしょうか。スマートな薄っぺらさよりもしっかりとした強さがないと、チャンスをチャンスと思えて動けることはないでしょう。

先日、車で消防署の裏を通ったときに一人走りこんでいる30歳くらいの隊員の姿が見えました。一人でやっているので自主的な訓練なのかと思いますが、暑い中で走って、何が生まれるわけでもありませんが、そこに存在してもらうだけの本当の意味があるような気がします。近くのラーメン屋さんの声を張り上げての厳しい朝礼もなかなかがんばっているなあという気がしますが、それ以上に、人の目につきにくい裏のグランドで走りこんでいる姿をみ
ると、その広いグランドの存在する意義すらも生まれてくるのです。夜に仕事をしながら、合間に涼を感じることが贅沢だなあとつくづく思えてきます。
2012年06月13日
反物を輸出するための準備です。中国向けなのですが、海運だと思っていたら空輸にされる話になってきて中国アパレルメーカーの物事の考え方が日本企業の考え方と非常に近いものであるのを感じます。

林与も数ケースの特別なリネン糸などの場合には空輸で買うので、高い糸がさらに現地の値段の1.5倍くらいの値段になってしまいます。結局、そうやって手に入れた糸というのは後悔することもなく、通常の糸以上に思い入れをもってものづくりを考えることができるのです。時には、使うのがもったいなくて、数年寝かせてタイミングをみてものづくりをすることもあります。ものは作れば売れるのではなく同じものでも、売れるときと売れないときがあるので何年かごとのチャンスのときにしっかりと出せるように用意をしておかないとだめなのです。

海外の展示会でリネン紡績工場の方が、弊社が40年も昔の糸を織っていると聞いて驚かれたのですが、実際には、弊社に眠る60年ほど前の麻糸でも織れるどころか、一生ものを想定したものに使う材料ですので、今、手に入る糸よりも良くて当たり前なのです。

林与自身でも、数年前に作ったシルクラミーの生地などでもよく贅沢ができたものだなあと思うことがあります。今も、カネボウブランドのシルクの糸は大事に残してあって、細さなんかでは負けても、シルク糸としての本質では現行の糸に負けることはないだろうと思っています。

良いものを作ろうとしても昔作ったものですら今作るのが難しいことが多い時代です。それは、すべてにおいてそれに携わる人という要素が絡んでいるなあと思います。どこかで人の要素がメンタリティも含めて弱くなると同じものは作れないのです。
2012年06月11日
先週から掛かっている機が整経の失敗で、糸が中から出てきて切れて切れて、1時間に50cmも織れなくなりました。結論として、正しくやり直す。セッティングを終えたすべてを外して、再度、整経をやり直しです。

今回は、時間に追われていて同じ失敗が起こることを恐れ、林与自身が整経を行いました。今年の糸は、L25番手生成に引き続き、L40番手生成もかなり品質が悪いです。このことを糸屋さんは気がついていないと、糸を購入されたお客さんが大きなトラブルに見舞われます。

林与が整経の作業をするのは1年ぶりくらいです。整経の仕事を見るだけでなく、その仕事をするための機械の調子などが気になってたまりません。いろいろな機械のネジを締めなおしたり、機械の動いているときの音を聞いたり、自分が普通だと思う機械の調子に戻します。

同じ材料と同じ設備があっても、人が違えば出来上がってくるものというのはまったく異なる良い例です。ひとつの作業においても、100点のものをしっかりと準備できる人でなければやらないほうがマシといわれる世界です。何千本ある縦糸の内の数本の糸切れが続くだけで今回も一からやり直しです。
2012年06月10日
追われる気持ちがないと目標を達成できないことも多いもので、納期に追われて、最初は絶対無理だと思っていたことでも何度ものトライアルを続けて完成にもっていくというパターンも多いものです。織物は、縦糸が何千本もあるので、最初の織り出しなんかは手織と比べても何倍も手間がかかったりします。

今回の海外輸出向けの生地に関しても時間のない中で、なんとか量産のところまでもって行きました。機械を織れるところまで調節することが難しいので、これを専門に織るというのならそれほど難しくはないのだろうなあと思います。

麻織物の場合には、仕事というのは完璧の組み合わせでないとならないのです。綿だと麻と比べると、均一性の問題、染めの問題、糸の伸度の問題などにおいてトラブルが少なく、織機が何十分も動くということがほとんどです。特に縦糸が麻なのか綿なのかでは、生産性がかなり変わってきます。縦糸が綿だと縦糸の切れることに関しては通常ノーマークで作業を進めることができるので納期なんかも対応が容易です。

麻の織物で納期を求められると、織れない状況に直面すると時間との戦いになるので、将棋で残り時間がないような秒読みの世界で、織れるようにもって行きます。普通だと生産もしっかりと余裕をもってみたいな感じでしょうが、特殊なものや特別なものをといわれるとそれ専用の機を用意したり、織機も専用の調整を加えてあげないとならないのです。

織機を使っていても織機の調節には、手織り以上に手の感覚が一番大事だというのは不思議なことなのかもしれません。手で織らないのに手の感触というものを感じ取って機械に調節を加えないとならないので、織機の構造を理解していることは大事なところですが、それがわかっていたとしても織機の調節というのは誰にでもできるものではないのです。手の感覚と根気がないと普通に動くところまでもっていくことができません。そういうところが最終的には日本のものづくりらしさだと思うのですが、精神論になりすぎると嫌われちゃいますが、ゴミにみえるようなものから超一級のものまで、価値観というのは人それぞれで、また、時代とともに移り変わるものだなあとわかっていれば、スタイルを貫くことも意味のあることじゃあないでしょうか。
2012年06月09日
今日は、午後から来春夏の企画の件でアパレルのお客様がお越しくださいました。素材ごとに、各工場まで脚を運んで企画を練られます。実際に工場や生産背景を持ってものづくりをしているところを弊社に限らず大事にしてくださっている感じが強く伝わってきます。

それぞれの素材に強みのある企業と取り組んでおられ、何処何処の何々という説明ができるのが当たり前で、単なる品質表示のタグには終わらない、こだわる形のものづくりです。私自身、他の会社の作っておられる麻のことはほとんど知らない状態で、自分の世界の中でのものづくり、それが別に恥ずかしいことではなく、強く求められているものじゃあないかと思っています。

林与の麻生地が他と違って見えるのは、自分のスタイルを貫いているからだと思います。せっかく自分がやるからには、自分らしいものづくり、それはニーズに合わせるのではなく、自分が作りたいと思うものを作ってみるという贅沢なものづくりなのです。

ものをつくることに力を注ぎすぎて売る体制ができていないとお叱りを受けるケースが多いのですが、追われながらもできる限りで動いておりますのでよろしくお願いいたします。
2012年06月05日
夜になると、水が流れる音がします。水道を開けっ放しにしてしまっているのかと心配なのですが、これは、村の中を流れる側溝の中を水が流れる音です。今はコンクリートで固められてしまっていますが、村の中を流れる水が、この時期だけ、農業用水として村の周囲の田んぼに引き込まれます。

今年は原発も止まっていますので、昔のような夏が戻ってくるかもしれません。近江湖東は鈴鹿山脈からの水が琵琶湖までつながっている場所です。鈴鹿の山に向かっていけば、平地では見かけなくなった蝶も、トノサマガエルも、ヘビだって、猿にだってであうことができます。

本来、ものづくりというのは、人里離れたような場所でのほうが邪心がなくてよいのかもしれません。島で暮らす人たちというのは、生活に制約が大きい分、人が我慢もできます。環境が恵まれ、普通を求めると特別なものが作れないケースも多々ありえます。

今日は、午後からお客様でした。前向きな姿勢を評価いただいてでしょうか、いろいろな方が大きなチャンスをくださいます。今日も二つのチャンスの電話をいただきました。
2012年06月04日
今年の糸は本当に大丈夫なのかなあと、糸を触っていて思います。本来、問題の少ないはずの25番手クラスで作業の途中工程で色斑に関しての違和感を感じるなど、糸を扱われている方がこの危うい状況を認識できているのかどうかが不安なあたりです。

生成でこのまま使うのも危ない状態に思えますので、染めたりすると余計に問題が起こってきそうです。来年の春夏の企画というのはリネンに関してどこのアパレルさんも糸のトラブルで苦労をされるのではないでしょうか。

パリの展示会では、ベルギーのフラックス工場の方お話しましたが、昨年はここ十数年で経験もしたことのないほどの不作の年で、今年のフラックス原料ではというのは、40番までのものしか作れない、といわれていました。いわれていることが本当のことであるのを実感いたします。
2012年06月03日
今日は、日曜日ながらも遅れている仕事のひとつを工場で織機に向かい合っていました。Tシャツを着ていて汗ばむ感じが心地よいはずが、あまり心地よくなく、喉が渇いて集中力が足りないのです。それでも朝から半分以上の問題を直して切のよいところでお昼休憩。

昼休みに近くの豊満神社の裏で森林浴をしてから作業にもどり、夕方からはその続きで、前に進まなかった仕事というのが軌道に戻り始め、なんとか、織り出しをできる目処すらもが見えてきました。前に進めないことが前に普通に進まないとき、それは終わりだろうなあと感じることもしばしあって、日曜日のひとがんばりで、やればできるというところまで戻せたのでよかった。

夜にもうひとつとまっていた仕事の件も、解決方法を見つけ出して織を進めることができ、数日とまった織機を動かすことができたことは、一番意味のあるところで、そういう壁があってその壁を越えたところに自分だけのものづくりがあるのだろうなあと。壁があること自体にもありがたさを感じます。

よくよく考えてみると目の前にある壁というものはかならず乗り越えていることがほとんどで、その壁みたいなものから一度逃げてしまうと次の時にも同じこと。動く織機も動かなければ鉄の塊、できるできないの差というのは、結局、やるかやらないかの差、この仕事の厳しさのひとつだといえます。
2012年06月02日
機械のギアというのは、単純に作ってあるように見えても、37のギアは37個の山があって、50のギアには50のギアがある。そして、機械側のベースとなるギアを決めてあることで、その数字のギアをさせば、正しく回すことができるのです。私はそのことを人に優しくすごく美しいと思います。ギアというのはどの織機でも共通で、逆に織機の基調のギアを織機のタイプごとに決めることで、汎用的なギアをいつでもつかえるというのは、まさに、ユニバーサルデザインそのものです。

ベースギアが37で、45のギアをつければ、打ち込みが45本の織物ができたとしても、ベースギアが37で、35のギアをつけても、ギアが小さすぎて機械がうまく動かないというようなことがありえます。そういう場合には、ギアの比率が37対35の近い数字になるようにギアの組み合わせを選んであげます。これも、対応表があったりして、職人さんというのは普通その対応表をみてギアを決めるのですが、簡単な計算でその対応表がなくてもギアを決めることができます。

逆にベースギアが37で、80のギアをつければ、打ち込みが80本の織物ができるかというと、打ち込みが厚い場合などには、横糸が80本まで織り込むことができませんので、織前のラインがどんどんと後退していき、布がダブって織れ始め機械がしんどがります。

打ち込みをあげることができるかできないかは糸の番手だけでなく、糸の張力との兼ね合いでもあって、張力がなければ、打ち込みをあげることは難しく、糸の張力がありすぎるドビーが開ききらないなどの問題で、逆に張力不足で厚く織れないなど、厚く織るためには厚く織るためのノウハウがあります。

厚く織るときになぜあぜ棒を入れるのかも、あまり説明ができる人が少ないと思いますが、テコの原理が働いて、しっかりと糸を引っ張ることができ、糸に緩みが生じにくくなり、糸の開きがしやすくなるからです。とくに、もっもける問題の多い、密度の高いシルクや麻などを織るときにはあぜ棒を入れてあげることで織れるようになることも多いものです。
2012年06月01日
午前中は京都からお客様でした。本麻のものを中心にご検討くださっていますが、ガチな本麻のものというのはリネンのものよりも作ることが難しいので、再度、この数週間でできるのかできないかというところをつめていかないとならないところです。昔は簡単にできたものでも、今は需要があるからといって、作ることが難しくなっていますので簡単にはお受けできないのです。

今日は、輸出の荷物が順調に神戸を出ました。確実なプロセスを踏んでいくとどこまでも時間のロスが増えていくものだなあと思います。今回の荷物の出荷にしても、輸送に関して海外の商社が間に入られて、送金のドキュメントが依頼書に記入しただけで銀行で処理された形跡がなかったので入金を待つ形になり週末をはさんで発送が5日ほどさらに日数がかかりました。シッピングの納期も、最初は船積み納期に設定していたのですが、今は、週末や通関などの不透明な要素がを少しでも少なくするために、EXMILLに設定をしています。

FOBに関しては一般的な方法なのですが、相手に確認することが多くなりすぎて、この点もスムーズな出荷をするためには、別の方法に変えたほうがよさそうな感じですが、まだまだ、輸出に関しては勉強中の部分が多いので、教えてくれるところに勉強代というのは支払っていく必要もあるのかと思います。これはノウハウに対する評価であるので、ものづくりに共通するところかもしれません。

夕方には、別の案件をDHLに持ち込みました。極厚手生地ですが、出来上がったものに触れるとこれすごいなあと思うもので、非常に気持ちのよいタッチのリネンで、起毛はしていませんが、スウェード感があって、カバン用、カーテン、ブランケット、カバーなど応用範囲は広そうです。しかしながらも、重いので値段は相当高いものになってしまいます。夜には、ネットの出荷など行いました。キッチンクロスおかげさまで好評で品切れ状態が続いており、今、織りを進めておりますが、今しばらくおまちくださいませ。
2012年05月31日
5月も終わり、月末というのは振込みなどものづくり以外の部分で忙しいことも多いものです。ものを売り買いする商社さんだけでなく製造の伴う業種では、代金の決済などを含み、月末にはいろいろな物事が動きます。

今日は、お客さんが来期のお話ということで3件お電話をいただきアポイントをとらせていただきました。どこの会社も6月から来期のものづくりに関して企画が始まるところが多いのでしょうか。6月頭の週に話を始めていこうとされる感じです。

2012年05月27日
昨晩はひこねの組合の総会があって朝のうちは体にアルコールが残っている感じでした。今日は、よいお天気でよかったです。といいますのもワークメッセで、午後4時にミシンの撤収作業に行くからです。軽トラックの後ろにミシンを2台乗せて帰ったのですが、元の場所に戻す作業は、一仕事です。

今の時代というのは、こういう作業がないケースがほとんどで、それを考えるとこういう力仕事があるほうがよいのではないかと思うのです。こういう力仕事をいやになってしまうと、小さな無理もできなくなるので、できることというのはどんどんと少なくなっていきます。

スポーツで全力を出すのは厭わなくても、同じ体力を使うにしても仕事で全力を出すのを厭う傾向があるようです。仕事もスポーツも同じようなものじゃあないかと思います。ましてや、プロなら仕事で全力を出す必要があろうかと。

ミシン2台を運び上げてそれなりに疲れきって、夕方は、天気がよかったので日曜日だったので一回くらいよいかと、仕事を早めに切り上げて琵琶湖を眺めに行きました。雷と土砂降りの雨に見舞われましたが、こういう雷と土砂降りなんかが自然を調整しているのだなあと感じます。特別すぎるよい天気も実は不安定なものなのです。
2012年05月26日
今日は、明日彦根文化プラザで行われますワークメッセで彦根の組合が出展するのでミシンを2台運び込みました。彦根市内の小学生が2000人以上、彦根市内に営業所を持つ企業のブースで職業体験をすることにより、子供たちに仕事ってなんだろうというものをわかってもらう体験のチャンスです。

小学生の子供たちもそういう場所でものづくりなどの経験を持つとそれが将来の仕事を考えるときのひとつの候補となるかもしれません。今の時代は勉強、すなわち遊びの期間が長すぎて、実際に自分が仕事をしても頭は動いても体を動かして、みるということすらチャンスは少ないものです。
2012年05月19日
今日は、朝、綿の糸が届きました。綿の100番手双糸なのですが、昔から比べると綿の双糸も価値が落ちてしまったなあと感じます。昔は綿の100番手の糸でも買おうと思えば180kg買う覚悟が必要でしたが、今は、小出しで出てくるようになりました。

このことは、便利になったと喜んでいればよいのではなく、結局、しっかりと作らないとならない一級のものが消えていく流れにあって、そういう手軽なものを使うしか選択肢がなくなってきてしまったのです。品質の高さからカネボウの綿の糸なんかをメインに昔は使ってきたのですが、大手さんというのは不況の傾向が続くと工場を支えきれずに工場を閉鎖するというのが流れです。

紡績業というのは華やかに見えるものの存続させることは非常に難しいことであるのを感じます。通常、川上といわれるところから順番に産業が閉じていくものです。紡績業の前には、原材料を供給するような一次産業があったはずで、そこから担い手がなくなり消えてゆくものです。今の時代に、一次産業として糸の材料を供給することができるのかというと、コスト面での海外との競争の難しさだけでなく、品質面でもあるひとつの畑で生産をすることの品質の不安定さというのは、作柄などあり糸などの製品にしたときにも頭を悩ませる問題となると思います。

よくお尋ねをいただく、リネンの国産の糸はありませんか?という質問に関しても、産業レベルで使えるリネン糸というものは海外からの手配が100%となっています。(趣味の手紡績の世界は除いてです。)
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