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リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記2012年3月
2012年3月
リネン日記:27
2012年03月31日
年度末ということで、普通の月末と比べて、林与自身が大きく変わることはないのですが、お取引先のうち6社の担当の方が交代されるなどいつもの年以上に大きな変化の伴う年度末になりました。

林与の中でも年度末とは関係がないですが、新しい人が入って作業に取り組んでいてくれます。仕事をしてもらうと今までの経験や人の性格みたいなものが仕事に見えてくるもので仕事された糸の一本一本に見えてきます。初めて仕事をする人というのは熟練した人の3分の1から4分の1くらいのスピードな感じです。織物という業種で新しい人を受け入れるのが難しいのもそのあたりの事情かと思います。

また、熟練した人でも仕事が面倒になることも多く、熟練した人の仕事が新しい人の仕事よりも良いとは限らないところが、ミクロ的だけではなく、マクロ的にみても、日本よりも新興国のほうが伸びてきている原因になっているのかと思います。
2012年03月30日
最近は小ロットで染めることが多く、100kg以上の染というのは滅多にないのですが、久しぶりにリネンを120kg黒に染めました。大至急で上がってきてありがたい感じです。

夜は、かばん布を出荷しようとカットしましたところ目付が重すぎてみたいな感じで、これは計算外です。今見直すと非常にしっかりとした良い布だなあと思います。12mほどカットして持っているだけで手首がかなり苦しくなってきます。これは1反を何メートルにすべきかと迷うところです。

林与では、あんまり厚地を扱わないのですがリネンというものは相当重いものだなあとつくづく感じる瞬間です。実際、糸を持っていてもシルクと比べると相当の差で、綿と比べてもかなりの質量の差があるのを感じます。
2012年03月28日
今日は午後から彦根市民会館で城祭りの事業報告会がありました。20ものいろいろな団体が彦根の城祭りを支えておられるのを感じました。彦根といえば彦根城。ストレートなイメージがあるので良いのだと思います。

企業もお客様などにも印象を与えるときに、最大、最小公約数的なストレートなイメージこそが大事だということで、何でも屋さんになると、何でもできますという強みが生まれますが、どこでもできるものしか作れないという弱みも生まれてきます。

今日は長栄座の最終日で夕方から展示に出向きました。今日も感じたのは、布というものは暖かく迎えていただけるということを感じました。業界の方だと何処でも作れるといわれることも多いのですが、こういう場所で物をみていただくと何処で誰が作っているのかということを大事にしてくださるものです。

お客様の多くが布に関して非常に興味を持っておられるだけでなく、かつて携わっておられた方もあって、その自分自身の思い出や懐かしさから応援くださる方もあります。近江湖東の産地も昔は農家なら冬場に機を織っていたといわれる土地ではあります。近江の地で、麻織物が栄えた理由に湿潤な気候というものがいわれますが、それはほんの一部の理由に過ぎないものです。

一番、大きな要素は人という要素で、人の価値観というものが産業を起こすのに一番重要な要素である気がいたします。力を入れて取り組んでみようと思う一人がいれば、それが周囲に広がって、一つの文化を形成していくものなんだろうと思うことが多いのです。それを支援したり逆に壁になるのも、人の価値観という要素であったりいたします。
2012年03月27日
昨日は、中休みの日で、本日が長栄座の2日目でした。林与のブックレットなどをあわただしく準備して米原に向かいました。今日は有料の公演日ということもあって、初日よりもお客様の数は少なめでしたが、着物を着られた方が目立ちました。

高島のかばん屋さんが、出発前に弊社にお問い合わせくださって、会場ででしたらお時間もあってお会いできるということで長栄座の会場でお会いしてお話をしました。ご自身のかばんのブランドを立ち上げることを計画されているとのことで、試作されたかばんなどを見せていただきました。

今日は、展示ブースにお立ち寄りくださった方の数も少なかったのですが、展示しておいた、テキスタイルツリーのテキスタイル用語辞典とリネンキッチンクロスの本に興味を示してくださる方が何人か居られ、ものよりも、情報を求めておられる方も多いのを感じます。公演の終わりまでブースで待機しました。片付けを済んで、食事して帰ると夜の11時を回っておりました。

車で米原から帰る途中、今日も肌寒い一日で、もうすぐ四月なのに今年の桜はまだなのだなあと気がつきました。桜が咲く前日なんかは春の陽気というものがこみ上げてくるような気配を感じるものですが、今年はなぜかまだまだのようです。
2012年03月25日
今日は、朝から長浜で長栄座春の祭典がありました。朝9時には準備に入ろうと思っていたのに、出荷のための準備などが積もって10時過ぎに到着でした。同じく出展されておられますファブリカ村の北川陽子さんが準備を済ませておられ、手伝おうかと声を掛けてくださいます。

同じく能楽でグループ出展されておられました謡の浦部好弘先生が林与の出展を見つけて声を掛けてくださいました。先生は、国の無形重要文化財指定者、いわゆる人間国宝にも認定されておられる方なのですが、今日は先生は、衣装を展示されるために舞台衣装を展示しているとのことで、金襴華やかな衣装はロビー展示の中でもとりわけ目立っておりました。地元愛荘町でも子供に能楽文化の普及継承に力を入れておられます。

特別な世界を守ろうとすれば他と一緒の世界だと駄目だなあと思うのですが、それを社会が支えるというよりは、その方自身が人生のスタイルを変えずに守っておられることで、特別な世界が残されていくというような形なんだと思う気がします。林与とは同じ町内にお住まいというだけでなく、代々親しくしていただいていて、地場のものということで林与で織った本麻の着尺をご愛用くださっています。長男さんが私の姉と同級生、私も次男さんと同級生ということもあり、がんばれよ、というようなエールが伝わって参ります。

準備のほうは順調にできましたが、展示用に持ち込んだものが多すぎて割愛させていただくような形になってしまいました。バックには「林与」ロゴを真ん中にして、ビッグリネンの花のポスターとシャトル織機のポスターを貼りました。今回は2コマ分のスペースをいただけるということで、端から順番に、ジャガード織のリネンテーブルセンター、本麻着尺織物、ストール、キッチンクロス、ハンカチ、本などを並べることができまして展示販売などもさせていただきました。

午後からは、正面のブースで展示されていました山本玄匠氏のブースにご挨拶に参りました。夏頃に玄匠氏からはお電話をいただいておりまして作品を見たいなあとは思っていたのですがお会いしてお話を伺うこともできました。玄匠さんにとっては染が命のような職人的な部分が大事なのだと思います。でも、すべて手描きで描かれているというのが私にとってはすごいなあと思えるところです。海外でも人気なのは作風がしっかりしていて、どこか和のテイストが流れていてそこが海外で魅力なんだといえます。

毎回、仕事を超えてどこまで自分が満足するまでできるかという部分が大事なんだろうなあと思います。出来上がったものだけを見ているとそこには技術的なものしか見えないと作り方のことだと勘違いするかもしれませんが、それを真似て作る人と自分自身で作り上げられる人とでは力からすると雲泥の差に思えます。こういう卓越したマニュアルのない世界があってもよいと思います。日本のものづくりというのは本来そういうものなんじゃあないかと思うところで技術とかではなく精神的なものの違いがないと何事も薄っぺらく終わります。これは、どうやって作るのかとか作ったのかと聞かれるお客さんが多いのですが、実際に仕事をするのが大変なのはそこじゃあないんですと思うところも多いものです。
2012年03月24日
今日は、新しい人の初日で縦繋ぎをやってもらいました。3660本を一本づつ手でつないで行くのですが、普通考えると永遠に終わらないような作業ですが、慣れた人だと1日くらいでつないでしまいます。

縦繋ぎというのは、昔は当たり前に手で行われていた作業ですが、今は、タイイングマシーンという機械でつなぐことがほとんどだと思います。しかしながら麻糸やリネンというのは張力がないので、機械でつないでも機械を外して確認する作業が頻繁になり、かなり時間が掛かるものです。

縦に麻を織れない理由というのはいくつもありますが、そのひとつが縦繋ぎが麻の場合には難しいことも理由にあげられるでしょう。林与の取り組むリネンの100番手を超える細番手プロジェクトなどの場合も、実は、機械が良いから織れるというのではなく、人の手で一本一本つないであげるから到達できるのです。

太い糸でも本数が多いと気が遠くなりますが、麻の切れやすい細い糸を繋ぐというのは、切れないようにしっかりと結ぶというのは力加減も難しいものです。着物の手織りの世界だと1000本程度で済みますが、アパレル用の服地の幅だと3倍くらい重労働です。
2012年03月22日
今朝は彦根の行事の会計監査に立ち会いました。帰ってきてから、レピア織機のアンダーモーションと呼ばれる部分のチェーンが2本切れてしまっていて、縦糸切れが頻発していたのでそれを直しました。

注文済みのリネン糸がまだ届いていないので確認すると到着が1週間ほど遅れるということで輸出向けの生地用に手配した糸で非常に困った状態で、代用の糸を至急手配してもらいました。

プレミアムテキスタイルジャパンの説明会が明日東京で行われるのに参加しようと思っていたのですが予定が詰まりすぎていて予定を変更して欠席することになりました。ブースの抽選会などあるので、委任状をファックスしないといけないのですが、その送ってきた封筒がなかなか見つからずでしたが、ようやく夕方5時前ぎりぎりに見つけることができて幸せでした。

海外からメールが入っていて来春に向けてのものづくりをどうするかの検討が続いています。国内以上に企画進行のペースが早く具体的ですので、即答していかないことが多いのですが、現場や外部などとの調整も必要ではあります。

チーズ巻屋さんに、夕方糸を取りに行くと、おととい入れた、リネンのストール用の糸はもう巻き上がっていてさすがですね。次はデニム用の糸に取り掛かってくださっています。
2012年03月21日
今朝は朝一番に東京からのお客様でした。午後にお客様を長浜のDENさんにお送りしました。この冬は、DENさんのオーナーの北山さんにいつお会いしてもアイラツイードのジャケットを着ておられトレードマークになっています。アイラツイード、さすがにインパクトがあります。

イギリスのアイラ島で織られるツイードは昔ながらの風合いを感じさせます。日本の着物の世界の感触に似ています。チクチクゴワゴワな生地ですが、そのあたりが織物の特色となって、今も生き残っているものと思います。あんまり進化しすぎていたら消えてしまっていたでしょう。DENさんでは、日本のお客さんに提案するために生地に手を加えて、風合いをオリジナルにしてから洋服にされているとお聞きしました。

今日は、夜には3月末から働き始められる新入社員の方が関東から引越しされてきましたので、ささやかながら近くの食べ放題のお店で、先月から働き始めた親戚の方と合同の歓迎会です。織物の仕事というのは、普通の仕事と違うなあと思うのです。昔の日本の価値観というものが消えてしまった今の時代では、なかなか続かないというのもよくわかるところなのです。

逆にいうとその厳しさが、日本では残っているので、まだ、日本らしい特色のある織物が少しは続いているように思います。日本の織物が不思議なのは、他のアジアなどの国の織物と織機や材料は共通でも、出来上がったものの品質はまったく違ったことです。今も、昔の織機で高品位なものを作り出す技術が日本に健在であるのが日本の織物の織という部分が生き残っている一面だと思います。
2012年03月20日
シャトル織機のクラッチについている皮のベルトが薄くなってしまったような感じで、ハンドルを運転に入れてもしっかりとクラッチがかみ合わないので、織機が動かないという問題が発生です。実際に、問題点を探してみますと、機械側のクラッチの留めてあるボルトが緩んでいたようで、クラッチと動力側の車の間が広くなって噛み合うのが甘くなっていたようです。締めなおしてあげて直りました。

シャトル織機というのは、振動も大きく、締めてあるボルトが緩むというのは日常茶飯事なことですので、ときどき、メンテナンスが必要です。シャトル織機の場合、常にモーターが回っていて、クラッチが噛み合うことで動力が伝わることになります。レピアの場合は、スイッチを動かすことでモーターに電源が入るので、構造上異なります。

今日は、麻組合から、4月21日から5月3日の間、近江上布伝統産業会館「麻々の店」で行われます「湖国の布」の催しの案内が届きました。会期中、近江の観光をされる機会などございましたらお立ち寄りくださいませ。詳細は、http://www.asamama.com/kaikan/ivent/ivent.html にございますのでご確認いただけたらと思います。

午前中には、染工場に糸を投入して急ぎの分を事務所で専務さんにお願いしました。帰ろうとおもったら社長が声を後ろのほうから掛けてくださり、私が休みの日に働いていることをがんばってるなあ、みたいな感じでいってくださいます。だいたい、休みの日に行くと社長が居られて機械の修理など仕事しておられる感じで会社を守っておられる感じがいたします。

午後には染糸が届いてそれをチーズ巻屋さんにもって行きました。チーズ巻屋さんも、おばちゃんが元気に出迎えてくださり、私の母親が元気にしているのか心配くださっています。何十年か昔は女工さんを何人か使っておられたのですが、今はおじさんが70歳を過ぎても仕事を続けておられ、いつ頼んでも仕事があることをありがたく思ってくださり、いつも支えて応援してもらっている気持ちになります。

何十年も一筋にされてきたので、チーズに巻き上げる仕事の腕は一流で、仕事が早く、きれいです。林与の場合、糸をまとめて染めることが多いので、時には何十年も糸を保管していることがあるのですが、10年たった糸のほうが今の糸以上にきれいに見えるのは、そういう職人さんたちの手がしっかりと掛かっているからだと思います。50年ほど昔の着物のころの麻糸のほうが一つ一つ紙に巻かれたりして今も紙を解くと中から昔のまま出てくるのは、作っている人たちが自分たちでその価値を吹き込んで行ったのだと思えます。

仕事を始めたころ、紡績工場から送られてくる箱のなかの糸がひとつひとつ紙に巻いてあることや、糸の端を結んであることが無駄に思えていたのですが、今、現場も人を減らす一方でそういうことをする人がいなくなってみて、材料の価値が落ちただけでなく、仕事の価値自体も落ちてしまい、最終的には、出来上がるものの価値が落ちてしまう結果につながったのだと思います。

しっかりとした仕事がなかなかできない時代になっているので、昔の人の完璧な作業で残されたものをみると本当に少しの量のものを大事に仕事をしていたことがわかります。これって、機械で自動化して綺麗に見せるのとはまったく違う世界で、たとえば手績みの糸が新聞紙に巻かれていても、何十グラムを一つ一つ新聞にくるんで箱にしっかりと詰めて宝物のように大事にしているのが伝わってくるのです。
2012年03月19日
今日は奈良からお客様でした。つないだあと送るときに縦糸がたくさん切れるトラブルが発生してしまい、思った以上に見本をお見せするのに時間が必要となってしまいました。新しいものを作るときには特に思ったとおりに行かないことなど多いので試行錯誤などが多く特別のことではありません。これから継続していくオリジナルな定番ということですので慎重に動いておくことが必要だと思っています。織りあがった糸の感じなどは予想いていたものに近く、色やピッチの修正だけということで規格が固まりました。

織りあがった見本を見て触っているとさらにものづくりのヒントが見えてきました。たぶん、このヒントの部分を使った商品というものを、新商品として生み出していけるのではないかと思っています。以前から見本自体は人気だったものですが物性などの面でマイナス部分を抱えていた規格の問題を解決ができそうです。

夜には、織機の調整を行いました。ひとつ非常に織りにくい規格があって、前回は上手に糊がついていたのですが、今回の糊の感じが非常に甘く思えて織りにくいのです。作業するときに感じるのは、材料である糸に対してもそうですが、道具などに対しても丁寧さと力加減というものが非常に大事です。織機の部品というのは基本何十年と使えるものなのですが雑な人が扱うと1回で駄目になってしまいます。ネジひとつの締め方の力加減などできる人とできない人とでは雲泥の差です。

ここが大事なところでものづくりに大きな差が出てくるところなのです。人という要素が絡んでくるので、道具の使い方だけでなく糸の扱い方や機械の調整に影響をしてくるので、この人だと作れる、この人だと作れないという差が生まれてきます。理論的にはできることでも経験値というのが大事なのもそのあたりです。

林与の織機が古いというのも麻を織るには別に悪いことではありません。新しい織機というのは誰でも使えるようにできているのでそれが逆に人がものづくりをするという要素を減らしてしまうのです。そうなると、そういう織機を使っている人というのは複雑なことを考える必要がありませんので、作業する人の能力を磨くことができないのです。

実際に、昔のシャトル織機が万能であるといわれるのは、調整箇所がたくさんあるだけでなく調整幅が大きいので一回で織機を台無しにしてしまうような調整も可能なのです。時々思うのに、木彫りのものを手で彫るようなものづくりだなあと思うこともあります。その分、部品が減っても、新しいものと交換するのではなく、調整で部品を使い切るようなことも可能です。
2012年03月18日
彦根の運送会社に持ち込む荷物が合ったので、夕方、久しぶりに、彦根の四番町スクエアのボックスギャラリーに行きました。林与のボックス一個分の小さなギャラリーですが、キッチンクロスなど買っていただいて、次に行くときには在庫の補充をしないとなあと思っています。ここの売り上げはボックスギャラリーに支払う手数料を除いた林与が受け取る全額を東日本大震災の被災者のために、日本赤十字社を通じて寄付をいたします(ボックスギャラリーの1年契約満了の2012年5月末分までの分は寄付させていただきます)。

私自身、ボックスギャラリーの雰囲気がお店らしくなくて好きなのです。フリーマーケットのような品揃えで、売ることや買うことを意識してというよりも、ひとつひとつのボックスが個性があって、ボックスギャラリーに行かれた方にとっては、それが彦根の観光に来たときに出会える特別なスポットとして写るに違いありません。普通の観光地のお店よりも見ていて面白い気がします。彦根を盛り上げたい気分の人たちが運営し出展しているんじゃあないでしょうか。

今日、ギャラリーの留守番をされていた方が、新しくギャラリーのボックスの2つ目借りたい場合に二つ目がどこでも500円引きになるとかの情報をくださいました。林与の場所もそんなに悪くない場所で、良すぎる場所ではありませんので、取り合いの競争にさらされることもなく定住させていただけるのではないかと思っております。また、棚の上部スペースも借りられるそうで在庫をストックするために借りようかと考えております。

四番町スクエアは、まだ、春の桜の時期ではないので、夕暮れで人通りも日曜日としては少なかったですが、プチリッチな空間だなあと感じます。お店なんかもお洒落なお店が多いので流行ってしかるべきなのですが、食べ物屋さんにしても観光客の人たちにとっては夢京橋の通りのほうがやはり入りやすいようで、四番町スクエアはちょっと地元の方向けで学生さんたちのコンパや地元の方たちに活用されていることが多いようです。

夜は、奈良のミルツルさん用の生地の作成に取り掛かっていて、うまく織れそうな自身はありながらも、明日、形になるのかどうかが心配です。他にも、現物で納期のものや、新規の企画のお話などを並行してサンプル作りしています。海外向けのダブルガーゼなども試し織りを重ねています。糸が染まりあがってくると来月ものの納期のものの染めに入ります。
2012年03月17日
今朝は大阪からのお客様でした。お話を聞いていると今年は冬物が何年かぶりに好調に動いたようなムードが漂っているというのはどこもが共通した認識のようです。弊社とは関係はほとんどなくても、そういう明るい話題がないと業界というものは全体としても持たないものです。

朝一番には、仕事関係での知り合いの方からご紹介の電話を頂き、新たな取り組みが他の企業さんと進みそうです。何かをやろうとするときに、何かしらのリスクは伴うことがほとんどですので、そのリスクを逃げてはものは動いていきません。企画というのもボタンの掛け違えでスタートすると、そのボタンの掛け違えの部分を最後の最後になって、最初から直していかないといけないことも多いものです。

リネン日記の最初のころに書いたことがあるのですが、近江商人の代表格である伊藤忠兵は、都に向かう峠である逢坂山がもっと高かったらよいのになあとつぶやいたということです。近江商人なら誰もが成功を収めたわけではなく、質実勤勉だといわれた近江商人の中にも競争があって競争に生き残るためには、自らがリスクを背負って商売をしたところに成功がついてきたのだと思います。

この部分というのは、近江商人の成功を語るときの三方善以外の部分で大事なところだと林与自身は考えています。最近は、三方善の精神が成功のマニュアルのように言われることが多いですが、今の時代はエゲツない商売が多くなって合法なら何でもありみたいな時代だからこそ、経営者の間で免罪符のように三方善がもてはやされる時代になってしまったと思います。経営者がありがたがってそれを目指すものではなく、経営者が丁稚に基本を教えるときに使うのが三方善の精神で、読み書き算盤と同じあたりのものであったはずです。

自分自身で失敗を積み重ねて苦労や損をしながら経験をつんでいくことが大事だと思うのです。そういう意味では、農家の人が自然と闘いながら農作物を自分の手で育てるようなところがどの商売にとっても大事だと思うのです。他の人にゆだねることが多くなればそれだけ自分の仕事ではなくなります。また、他の人の仕事を代わって、自分がすると自分のためにはなっても、他の人のためにならないことも多いものです。経験こそが仕事そのものです。
2012年03月16日
朝は、機能遅くまで織機の動作の不具合を考えていたので、十分に寝られておらず、また、その問題も解決をしておらず、結局、1台で織ることにしようかという結論を出しました。
急いでもらっていたサンプルの反物の加工も今日上がってきて中を確認しながらひとまずそこそこの仕上がりでそれなりに高級感もあるので安心をしました。

昼一番で、染色工場に行って色確認などをして、ひとつの案件を前に進めました。また、L40番手のリネン糸のカラーが大事ということで、ロットのカラーサンプルを取り寄せたりしています。色というのは少し違うとイメージが変わることが多いので、なるべく色を近づけようとするのですが、色が違うと作り上げても最終の製品になったときのイメージすらも変わってしまうので、その糸を使うか使わないか迷うことは非常に多いものです。

色味にしても濃さに関しては許容できることが多いのですが、色の系統が変わると、すなわち、色が赤味にぶれたり、青味にぶれたり、黄味にぶれたりすると、二つの色の差というものは横同士に並べるとはっきりと違う色として見えてくるものです。

途中、新しくひとつの柱にしようと考えている案件の相談の電話をその道の専門の方に入れて、サンプルを見てもらってどうなのだろうかと思いましたが、少し、判断が出るまでには時間がかかるといっておられました。

午後からは大阪から百貨店のバイヤーさんがお越しくださり、小物に関しての件でお話がありました。漠然としたお話ではなく具体的なお話でしたので、比較的、最終的な形が想像しやすく、比較的短時間ではありましたが、なにができるできないということを詰める濃い検討にはなったと思います。

夜は彦根で理事会がありました。
2012年03月15日
今年の糸を見比べると、やはり、昨年の糸よりはだいぶ糸の感じが悪く思えます。本来は一様でないといけない色味ですが、それが一様ではなく、一般的な手芸店においてあるリネンの表情に近づきかねない危惧を感じます。また、硬さもやはり出てきており、昨年取れた原料というものに関しての質の悪さというものを感じます。

昔のリネンがしなやかな時代をしっているので今のリネンとの差というものを感じているだけに、今のリネンと今年のリネンの差というものも同じくらいな差として感じてしまいます。一部のものに関しては、この一年を乗り越えるためには、前年度に買った在庫の糸を使うなどして対応を考えていかないとならないなあと思っています。

生成なんかでも、リネンの色が変わるだけでなく、仕上がった風合いというものが変わってきてしまうのは、天然の原料のものなので作柄なので仕方がないといえば仕方のないことなのですが、こういう年に限って良い原料不足でリネンの価格なども高騰するものです。

気をつけないとならないのが、レモン市場ではありませんが、問題のある糸がぐるぐるとたらいまわしにされることです。リネン糸が高騰すると、糸商さんなんかも安い糸を求めて、スポットで出るものをつかまれたりするとすごく縮みの出る品質の悪いものだったりして、物性の問題などで加工工場やアパレルさんも巻き込んでのトラブルに見舞われることもありがちです。
2012年03月14日
今日は、急いでいる仕事の分を2台に増やして作業をすることで納期を詰めようと準備が整いましたが、職人さんが織機を調節しておりますが、どうも、予定しているのとは違う問題がランダムに発生します。設定はまったく同じでも、こちらの台ではうまく機能して、別の台では機能しない。

単なる間違い探しをすればよいだけのことですが、シャトル織機の問題ですので部品のわずかな消耗や調整がこの問題を引き起こしている可能性は高く、良いところを触ってしまうと、今度はそこのバランスが狂ってしまって、本来の問題を直してもうまく織れないということになりかねませんので、頭を抱えて考えているばかりでそれでは仕事としては駄目な状態です。

仕事というのは、考えているだけとかが一番駄目で、考えたら考えたなりに答えにたどり着くか、何か作業に結びつかないと、少しも問題は解決しないのです。また、織ろうとしているだけで、実際に織れなければ仕事をしていないのと同じで、また、仕事をしても予定通りの問題のないものが織れなければ仕事をすればするほど問題は大きくなります。

こういう時には、昼間仕事をしていても駄目なので仕事が終わってからじっくりと夜に織機を見ます。明日までに直さないと駄目な気持ちで織機の設定を一つづつ確認していくのです。たぶん、これが原因だとわかっても織機の大掛かりな分解を必要とする場合には、思い切ってできないことも時間との兼ね合いであったりします。麻織物を皆さんが止めていかれる背景には、糸に張力がなく、ムラがあるので、糸切れが起こりやすく、織りにくいだけでなく、織機のスィートスポットの管理が、綿の糸と比べるととても難しいのです。特に細い番手を縦に使う場合や無理な規格を進行するときには生産の効率が5分の1から何十分の1に落ちます。

昔から品質を守る上では一番安全な方法をとってものづくりをすることが大事だと考えてきましたが、案外、そういう部分に普通の何倍もコストがかかることを理解してもらえるケースというものは少ないものです。海外の展示会にいっても布が違って見えるのは、少しの違いを生み出すために手間を掛けるということが大事なことなんだと実感します。高くて売りにくくても同じになってしまうよりは、残り続けて織り続けている意味を大事にしていけるのではないかと思います。
2012年03月13日
エコであるということがクローズアップされてきたのは、何年も前からですが、ここに来て本格的になったのを感じます。ブランドがエコであることを理由にセレクトされるケースが次々に見られてきました。リネン自体、昔からある環境に優しいカーボンニュートラルでサステイナブルな素材で土に返ることもでき、一方で、非常に丈夫で、長く愛用することができ、夏場には涼しいということで、夏のエコを考えるときに、昔からの自然の夏の涼を求めるスタイルにはぴったりです。

昔ながらの布つくりのスタイルでは、製造工程も非常にエコではあるのです。高品位なものをつくらないといけない時に色の再現性などの面で、ロット管理は非常に重要ではあるのですが、余った糸はロットごとに残しておき柄物などを作るときに上手に割り振って、できるかぎり使い切ることを常に考えています。

リネンや麻の反物だけでなく、糸も非常に丈夫ですので、保管の管理さえしっかりしていれば捨てることはほとんど無く、非常に長持ちするものです。林与の糸の使い方なども普通とは違って、ファーストインファーストアウトではなく、再現性を重視するためにラストインファーストアウトなことも多かったのが昔の糸がたくさん残る幸運な結果になりました。糸であっても価値を詰め込んだもので、贅沢ながらもその中に大事にする精神があってエコではないでしょうか。
2012年03月12日
今日はほんと寒いです。雪もまた降りました。今日は、新しいマス見本を作ろうとジャガードの紋紙を探していました。ジャガード織機の上はジャガードの機械がついているのですがそこが部屋になっていて、紋紙がたぶん400柄分くらいあります。至るところに平置きにしてある感じで、一応は10番ごとに積み重ねてある感じなのですが、これをなんとかしようと、ビニールの袋に1つ1つ入れてみました。

今までは、紙がばらばらとずれて動かすのなど紋紙を傷めないように気を使っていたのですが、大きなビニール袋に入れたことで番号も識別しやすくなり、紋紙を置いている場所以外のところを整理もしやすくなりました。今までは、棚を作って紋紙を整理したらどうだろうかとか考えていたのですが、ビニール袋に入れる方法が正解のような気がします。

来年の春に向けて新しい紋紙もいくつかは作っていこうと考えています。パリに1週間いたときにも手の開いた時間に柄をいくつか考えてみました。自分で自由に柄組ができる電子ジャガードがほしいなあと思うこともあるのですが、紙の紋紙というのもどうしてこんなのがうまく働くのだろうかと思うところが案外織物らしい味のあってよいものです。

ジャガード織機の利点というのは、大きな柄が作れるだけではありません。ジャガード織機とドビー織機を比較すると、ドビー織機というのは案外癖が出やすいものです。平織りなどでも生機の状態でみますと、4枚ドビーの場合は4本、12枚なら12枚ごとに癖が出るのが普通です。この癖というのは織物加工するとたいてい消えるので問題ないことが多いですが、ドビー織機のもつ開口時に掛かるテンションさによる問題のひとつです。

ジャガード織機というのは、1本1本をコントロールしますので1本1本テンションが違ったりして案外その問題がおきにくいのです。ジャガード織機は、ドビー織機よりもいろいろなことができると思われがちですが、ジャガード織機で平織りを織ることはよろしくありません。原理的には平組織の紋紙を作れば織れないことはありませんが、目飛びなどの問題が起こりやすいので、平織りのものはタペットやドビーに掛けて織るのがよいのです。

ジャガード織機のほかの欠点は、織機の規格を変更しにくいということです。1台の織機の縦の本数を変更することが容易ではありませんので、縦の本数ごとに織機が必要となってきます。吊りを変える作業などは大仕事ですので、通常はひとつの織物を織るために吊りを変えるようなことはしないのが普通です。
2012年03月11日
震災の影響などはほとんど無く幸運な立場ですごしながらも、一年というのが本当に長いなあと思えた一年でした。日本の昔ながらの繊維業界の流れで行くと、この一年の状況というものはより厳しくなっているのではないでしょうか。震災と原発の爆発の影響で、間接的な負担が増えて、日本国内での昔ながらの産業の維持というのは余計に難しくなってしまったと思います。

東北地域には繊維関連の産業が多いので、地震が東北地域の繊維産業を苦しめたと思います。荷物が東北まで届かないとかなると、今の1年の仕事ができないだけでなく、次の1年の仕事が他の地域に振り分けられてしまいます。一度振り分けられた仕事というのは戻りにくいものです。

林与も少しはお役に立とうと上島佳代子先生が企画されましたチャリティーセールの素材を提供したり、ギャラリーボックスの売り上げを義捐金として日本赤十字に寄付するなど、微力ながらも自主的な支援を行いました。



2012年03月10日
ある商売を経営されている方が話をしておられました。普段から自分のところで買っている人にしか災害時には売らないというようなことをいわれていて、普段から自分のところで買うことを薦めておられるのですが、普段の商売に、非常災害を利用されているあたり世間から見るとどうなんだろうかと。

昔、同じようなことを糸を自分から買ってほしいばかりにある糸商さんがいわれていました。糸が手に入りにくくなったときに普段から買っていれば手配するということを言われていたのです。でも、実際に普段でも糸の在庫が切れることが多く実際に危機を煽って自分のものを買わせる商売で、逆にいざというときにはございませんで終わりです。

今の時代、国内の商売の規模というものが小さくなりすぎて大手数社が独占で非常時に対応する能力がないのです。大手企業なんかをみると危機管理しているというものの一番そのもろさが伝わってきます。効率化されたラインを作ったりジャストインタイムで部品調達したり、日本製だと信じていたのにいつのまにやら海外での調達で、海外の洪水の影響で品物が入ってこないという話だったりと。

昨年のフランドル地方のリネンの草の作柄というものも相当悪いと聞いておりまして、昨年の原材料を使って作られる今年の糸に関してはかなり心配をしているところではありますが、心配をしても始まらないのです。自分で使ってみてどうなのか判断して、駄目なら自分で探すなりの解決をしていかないと。
2012年03月09日
今日は海外から新しい原材料が到着しました。これを使って新しい商品の開発を考えています。来年に向けてのいくつかあるうちの一つの商品開発の柱になりそうで最終的に商品にならなくても、その途中の工程での経験というものは他の商品開発などにも役立つものと思います。

今日は夜L40番手のビーカーが上がってきました。3色を新たに色出ししたのですが、小ロットで生産をするためにコスト面なども考えて逆に先染にして対応を考えました。小ロットであることが一番のネックで小ロットで高品位なものをつくるというのは非常に高コストです。

4月の後半くらいまではいくつもの案件が並行して動いており手一杯な状態が続きそうです。海外からの2013年の企画のお話もいただき始めました。ここ5年くらいで作り上げた特殊な表情のものを中心に興味をいただいており、今の時代トレンドに沿ったところではないかと思います。プルミエールビジョンの素材傾向などにもそれは出ているように思いました。

生地を高品質に仕上げるためには人の手が欠かせないといえます。昔は日本でもそれができていたのですが、今はそういう作業工程を途中で入れることはなかなか難しいと思います。昔のものづくりでは、すべての工程においてそういう気配りみたいなものがあったのですが、今は、そういう気配りをする余裕すらも企画の段階で他との比較で必然的に排除されてしまうものです。