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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2015年2月
リネン日記:13
2015年02月28日
2月がなぜ短いのかを以前書いたことがあるけども、今年の2月も本当に短く感じた。会社経営にとっては、28日しかない2月というのは通常の月の1割日数が少なく、売り上げが立て難い月だろう。

今日は、中学時代の友人が昼前に来てくれて、久しぶりだったので近況報告を兼ねながらあっというまに3時過ぎまで話をしてしまった。

ものづくりが面白いのだが、どんなものをつくろうかと話しているときが一番面白い。でも、実際にものをつくる段階になると、自分の思い通りによいものはできずに試行錯誤ということになる。いろんな費用もかかったり、一つのことがうまくいかなければ、別の方法でその分を埋め合わせないとならない。

ものづくりがうまく行ったとしても売れるかどうかは別の問題で、自分がどうやって売るか、また、ほかの人に売ってもらうにしても、その卸の人に売るという作業が伴う。 



2015年02月27日
消費税に関する表示方法で、国のその場しのぎで指針が揺らいでだらしないことを感じる。消費税値上げで、価格が上がったことを意識させないように、外税方式で初めて、のちに、前回の5%のときのように落ち着いてから内税方式にして、内税方式が妥当な方式と指導しながら、担当者のいい加減さが目に余るところで、国民の一人の意見としては税金というものがいい加減に扱われているようなことも感じる。

国民年金に関しても是正がおこなわれたかというと、今なお、国民に残高すらも公表もしない時点で、まったく駄目。公表すると失われた部分が見えて公表できないのだ。いくら実際にプールされているかも正しい数字は把握できていないのはよくわかっている。国民の金銭意識からすると、国の税金の使い方というのは、ずさん過ぎるのだ。実は国民年金も健康保険も税という扱いにいつの間にかなっているが、そらを税とすれば世界で一番税率が高いほどの国になる。裏で割ることをしようと思えば数億円でも国民に見えないように一人の人間が取り込めたというのが実態ではないのか。


原発が爆発してもその負担まで国民に転嫁して、独占的な殿様商売そのもので値上げがいやならほかに変えて下さいという。値上げしてもよいので、原発やめるという想定があるのかというとまったくない。電力会社には原発が爆発しようが利益のために原発を続けるという最初から答えがあるのだ。公共性で法的にライフラインを独占しながら存在しているということも忘れて殿様商売の電力会社。失態をかぶることなく、原発が稼動できないから値上げの説明。電力会社にしても、東日本大震災の被害者として可哀想という感覚すらもがなくなる。放射能漏れで多くの国民が死ぬ可能性があることすらもないように思う。日本もチェルノブイリ化したのとは紙一重で、想定外の地下からの漏れで無限拡散されて助かっただけのこと。そういう想定外に救われなければ、本来ならチェルノブイリの半分ちょっとくらいの結果にはなってただろう。平和ボケすぎ、危機意識がまったくない。

また、きれいごとを感じるのは汚染した土壌を埋め立てに使って別のところに被害を拡散。遠洋投棄という一見無責任に見えるということを避けるために、そういうのを違法扱いにしてきれいごとを並べて、結局、もっと健康被害の及ぶことをやってしまっているのは、ほかの国では考えられないことだろう。きれいごとで原発を推進しようとするのが無理だということに、原発が爆発しても気がつかないのは駄目だろう。それは年金制度と共通の指向。国家主義的で共産主義国の旧ソですらもが隠さなかったことが日本では隠されて旧共産主義を超えるメンタリティ。

あの福島原発所長ですらも甲状腺癌で死んでしまったが、労災認定すらもなく、通常の被爆なら5年はかかるということを根拠に因果関係を否定。薬害エイズなみの愚かさの再現。体内被曝ということの想定すらもない、本来なら国の監督省庁からしてそんな大きなことを目をつぶって見逃してのところ。所長も原発推進派なので、甲状腺癌で死ぬことは自己責任を感じ、因果関係も受け入れていたのかもしれない。もちろん、職業柄定期健康診断はしていただろう。いわゆる上手に問題を処理できただけのこと。国も絡んで原発を推進する以上はそういうことからは逃げられないアンタッチャブルな世界。

原発40年、年金40年、企業ライフサイクルてきな崩壊そのもので、その場しのぎで法律が存在し、都合悪くなれば書き換えられていく。本来、終身雇用制度なども守れば大手企業から潰れていただろう。早期退職なんて、お金を積んでも働く人に辞めてもらいたいというようなのが日本での人材とよばれる資源で、本来はそれでは駄目じゃないのかと思え、違う方向性を捜すべきではないのかと思える。地場産業というのは終身雇用的で、そういうのが地場産業の衰退にも繋がっているものだ。現実的な問題には真正面から取り組んでおかないと、問題の先送りがいつまでも続くことはない。
2015年02月26日
今日は12月から動いていた案件の納品が完了。自分自身が無理をするのは慣れているけれども協力工場にも無理をしていただいて、一つの仕事を形にできたことは本当にありがたいことで、動いて下さった皆さんには感謝の気持ち。

ある繊維から手を引かれた方が、繊維産業においては仕事をすることで人を苦しめるというところを指摘されていたが、私自身は、繊維の仕事がほかの仕事と比べてまともだと思える部分は、そういう苦労を乗り越えて仕事を成り立たせているところではないのかと思える。
2015年02月25日
織物で順番につなぐという基本の作業があるけども、それが出来ない人が多い。繋ぐ前にはアゼが取ってあって、順番も決まっているのに、それを無視して適当に繋いでしまうタイプの人というのが多いのだ。難しい作業でもないのだが、一本一本順番に正しく繋いでいかないとならない。

そういう単純な仕事もできない人というのは教えて仕事してもらうということは本当に難しく一つ一つ正しくするということ自体に、拒否反応があったりもする。慣れるとスピードを上げていく必要があって、一定の速さになると織機を動かしながらその作業をしてようやく糸をつなぐという前提作業が一人前にできるようになったといえる。最初できない人というのは、いつまでたっても一人前には慣れないことがほとんどで、この仕事で食べていける人いけない人の差というのはハッキリとしているものだなあと思う。

集中力と忍耐の両方が必要で糸を繋ぐ仕事自体が無の領域に達しないと、糸を繋ぐ作業は苦であり続けるだろう。時とともに上達するのかというと、普通は慣れると落ちていくタイプの人が多いもので、長いことやっているからといって上手とは限らない。仕事を当たり前に受け止めてできるということが当たり前でないとなかなか仕事として成り立たないのだが、そういう考え方が出来る人というのは少ないのを感じる。
2015年02月24日
今日は反物の加工途中で耳がほつれているということで、京都まで反物をとりに行って夜オーバーロックして朝一番で再納品。仕事というのはいろいろなことが起こるもので、ぎりぎりで納期を立てるとやはり何か問題が起こったときにリカバーするのは難しい。

耳ほつれで気になって、前に別のプロジェクトで耳がほつれたのをオーバーして問題がなかったかの確認を取るとオーバーは問題なく加工もできたということ。今回は、素材が薄いのでそれにあうオーバーロック用の糸を縫製工場に行って100番の糸を分けてもらう。

前の別のプロジェクトの生地は非常に厚くて重く、オーバーロックするのに生地を左手で押えるのにすごい力が必要で、生地によってオーバーの作業も違うものだなあと感じる。その厚い布は数反をオーバーするのに想定の3倍くらいの時間が掛かった。




2015年02月23日
かざり4枚通しとドロッパー4枚通しが整合しておらず、それを直す作業。普通の織物ならそれほど問題がなく、不細工な機だなあという程度で済むが、難しい織物を織ろうとすると織れない問題に繋がる。

そういう不細工な仕事があるうちというのは正しい織物というのはなかなか織れないもので、高度な織物を織るところにはたどり着けない。仕事なので基本すべて正しくて当たり前なのだがと私は思うけど、そういうのが正しく出来る人というのは本当に少ないもの。
2015年02月21日
かなり暖かい一日。夜明け前からいい感じに思う。一日のリズムが、夜の出荷を中心に回って、その後、少し寝て、また、夜中から仕事再開というパターンが多い。今年、高齢で引退される職人さんも毎朝6時半から仕事をされているというが、それは当たり前な世界だから続かれていたのだろうと思う。ほかの会社も7時から織機が動いているという。

経営というのはそれぞれ違って何が正しいのかというのは時の運で結果論だろう。よく、優良企業という評価の状態があるけども、それを支えるほど、人って能力があるものなのかと思える。今がマイナスのことをすれば将来はプラス。今がプラスを求めれば将来はマイナスということが多い。
2015年02月18日
林与のネームがなくなったので、朝のうちに組合に行って1300枚ほどつくった。私自身は、林与ロゴというのは角ばっててイメージが重たいけど、そういう重たさが今の時代にはないのでいいんじゃあないかと思う。

林与のロゴは、与一爺さんがつくって、近江上布の着物の時代から着物の箱に使っていた。林与を取り囲んでいるのは、与一の一ということで、上がちょっと開いているのだ。昔の人というのは粋だなあと思える。何もない戦後の時代に自分の中でいろいろなアイデアが生まれるだけでなく、それを自分自身で形にできた。

家の中にボイラーがあって、染めも家でやっていたので、林与は昔は、染色工場でもあったのだ。染料もおじいさんが自分で研究して、堅牢な一生モノの上布をつくることが家でなされていた。

林与の近江上布は買ってくださるお客様以外には、門外不出的だったので、産地でも林与の近江上布の世界はあまりしられていない。外に見せては駄目とされていたので、産地の業界の方でもみられると驚かれる方が多い。

近江上布云々まで行かなくても、アパレル向けのサンプルなどでも、昔のものが機元に残っているということは少ないもので、10年、20年前のものはもう作っていないので処分してしまう。昔のものづくりを振り返ることができるのも、昔の見本が豊富に残っているから、ありがたい。
2015年02月17日
ものづくりしている人というのは売れるものをつくろうと努力することが多いと思うが、売れる売れないも結果論として5w1hが大きく絡んできていると思う。たとえば、夏になら売りやすいリネンを冬に売ろうとしてもwhenが駄目だろう。コンビニなんかは、whereが大事。

ものをつくっても売るシチュエーションに持っていかなければ売れることはないし、また、モノづくりのお客さんが一般の方でない卸向けなんかだと、5w1h以外のto Whomが大事。モノづくりで苦労するのが、with Whom。

Whatは、単なる一つの要素でしかないというのが、案外、売れるものをつくるときに考えるべきことだったりもする。モノづくりでは、Whatが一番大事なのだけれども、量を売るとか考え始めるとHow muchが大事に思われるケースも多い。

ここでいいたいのは、ほかの要素がいろいろあるけれども、ものづくりしているなら一番大事なのは、やはり、何をつくるのか。売れるとか売れないは運、モノづくりするものが金儲け基準に語り始めたら興醒め、補助金なんかにしても儲かるものをつくらそうという発想が自分たちが働かん人的な匂いがするのだが…。
2015年02月15日
最近、織物の幅の問題で四苦八苦。やはりすべての工程のどこに問題があったのか、コントロールする方法がないのかというところ。結局、データが正しく手に入れば、コントロールは可能な範囲のこと。

出来る人が考えればコントロールできて当たり前の範囲のこと。織物の数本は数ミリに値するけど、その本数のコントロールは織物では基本でミリ単位の設計。麻という天然繊維のカプリシャスな要素を加味しても、それなり許容範囲に収まる再現性がなければならない。

織物の幅では以前から苦労をしている。たとえば、色が違うと仕上がり幅が違うということもありうるのだ。白と黒では同じ規格の同じ加工を通した織物でも、10cm幅が異なったということもあった。それはそれで、色ごとに規格を検討して、染料からの検討をする話になる。

織物がデザインで終わらないのは、美術品ではないので、工業製品として同じ物をつくらないとならないというところ。美術品以上に工程の管理は必要になることが多い。工業製品の場合には、悪いのは駄目だが、良すぎても駄目というところが、品質管理のポイント。それを私自身、知ったときには驚いたもの。良過ぎるのが駄目と言う点。安定性のほうが重視されるのだ。
2015年02月14日
昨日一つの納品が終わってゆっくりと眠ることができた。それでもまだ何件もの案件が並行して動いているので、今年も本生産の時期に忙しくできてありがたい。

夜は、国道8号線沿いにある日本晴食堂に初めて行って食べてみた。チェーン店が多い中、ここは、昔ながらの家族経営の食堂のイメージがある。うどん、ラーメン、カレー、チャーハン、どんぶりなどレストランというよりも、メシ屋さんという感じ。

他人どんぶりを食べたが、出てくるまで10分ほどは待った。正しくつくって下さってるのだろう。ファストフードの味とは違っておいしかった。

お店の名前からしても、おじいさん、おばあさんの経営で、トラックの運ちゃん向けだろうかと思って、逆に昭和したようなそういうのを期待していたところもあったが、店内も綺麗で、若い女性のスタッフがレジ、キッチンなどで働いておられた。また、行ってみようと思う。
2015年02月07日
近江麻布を謳えども、実際に近江湖東産地で織られた近江産の麻布というのはほとんどないのも事実で、それをどう残していくのか。近江湖東産がゼロになっても、織物の産地として謳いつづけられるのかというところだが、もう、数人の個人レベルの力に掛かっている。

日本のものづくりの弱体化の背景には、私が思うに、ボタンの掛け違えが続いてしまっていて、それを続けるのかというのを常に感じる。弱っていって当たり前で、目先を追いすぎて根本的な存続が成り立たなくなるような形でしかないから。
2015年02月05日
シャトルの一号台、急ぎの案件で、どうも織機がうまく動かない、調整を何度も掛けるが途中から柄が崩れてしまう。ヒガエのどこかが悪いのだろうと思って調べる。山が中山で止まってしまって、途中から無地で織れてしまう。

原因を発見、山の石を繋いでいる鉄のリングが微妙に大小あって、大のほうは、石と石の間隔が広くなりすぎて、石のギアとうまく合わないために起こる不具合なのだ。原因がわかると対処。もう、スピードを上げても正しくおれる。一安心。

今は、いろんなものが納期納期。リネンブームが落ち着いたといわれながらも、実は進化しただけだろうと思える。昨年も忙しかったが今年もそれ以上に忙しい。