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リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記2012年11月
2012年11月
リネン日記:25
2012年11月30日
今日は、月末金曜日、タイイングマシンでの糸繋ぎは職人さんができない仕事なので私自身が他の織機を動かしながらやってみる。前回使ったときは調子が良かったのに、1週間ぶりにほどに使ったらうまく糸を取ってくれない。いろいろと原因を探ってみる。セレクタを変えてみたり、セレクタの羽根をすこし強めてみたり、経糸の張り方を直したり。

電話で、タイイングマシンの修理の人に相談をして、症状を説明、タイイングマシンの動きの基本的な構造から説明を受ける。朝相談して、一人いろいろと考えて、夕方また尋ねる。一本取り防止装置というのが付いていて、下の糸が綿の細い糸だったので、そうとう強くテンションを掛けておかないと、一本取り防止装置が働いて、糸をはじいてしまうということが分かって、なんとか、つなぎ終わる。

複雑なものの場合には、手でつないだほうが確実なことも多い。糸つなぎに慣れていない私でも一時間に300本くらいはつなぐことができるので、4000本なら、13時間ちょっと、糸つなぎになれたものなら、一時間400本から500本くらいのスピードでつなぐことが出来るので10時間掛からない。複雑な織物の世界は機械でやるより手でやる作業のほうが簡単というか楽なことも多い。それでも一つの仕事が根を要する仕事で、集中できない人だと難しい。

今日も職人気質なのをタイイングマシンの修理の人に感じた。というのは、話をしていても最後うまくいったかどうかを心配してくださっている。自分以上に自分の仕事がうまく行くように思っていて助けてくださる方がいるというのは幸せなことだ。それに甘えてはいけないので、タイイングマシンの構造を理解するのも早くそういう人に追いつかないといけない。事務所のマニュアルを引っ張り出して部位の名称から確認しなおす。今、1回のチャンスに理解できなければ後々何度チャンスをもらっても理解することは難しいものだ。聞くにしても進歩し自分自身が出来るようにならなけければ、進歩なく聞いてばかりでは迷惑が掛かるだけ。それでもタイイングマシンの修理の方はうまく行かなかったら遠慮なく電話掛けてきいや、と電話で教えにくいことも多く歯がゆいことも多いだろうに気質な方だ。
2012年11月29日
もともと、繊維の商いというものが日本では花形産業だっただけに近江商人の取扱商品の代表的なものなのですが、その繊維業界で三方善を考えるときに、売り場の価格が下がって小ロット化で製造コストが上がってみたいな状況で、間に挟まれた作り手というものは三方善を守れるのかというところに行き着いてしまいます。

昔を考えてみても、近江地方だけが麻織物を生産していたというわけでは有りませんでした。特に近江産の商品というのは高品位なものであったので他との値段の違いはあったものと思いますが、近江商人が遠くまで運んで語りながら売ることでその価値というものは確りと保たれていたものだといえます。

また、近江商人がもてはやされたのは、産地物を正しく持ち運んだということです。産地偽装や品質偽装なんかが多かったのは、文献などを読んでいると昔も同じで、安く買って高く売るという大きな利ざやを稼ぐことが商人の哲学とされていた時代に、近江商人の場合には薄利で動いて、良いものを流せたということが近江商人の特色的なところで、それが三方善に繋がったといえます。

糸から績んで、手で織って、脚で運んだ時代というのは、布を扱った近江商人自身も、自分の脚で運ぶということを考えれば、安いものよりも高いものを選ぶのが自然のことではなかったかと思います。売れて代金を手にしたからといって喜んでいられる時代でもありませんでした。いたるところで戦があり、山賊などに常に狙われているもので、命すらのリスクを背負っての行商で、そういう究極に追い込まれた状況を積み重ねるなかで、三方善の精神がうまれてきたのではないかと思うのです。

昔というのは力が支配をしている時代で、戦で勝てば自分のものになる時代です。世の中すべてが、富をえれば命を狙われるような時代ですので、山賊なんかも当たり前ですが、山賊の被害にあっても自分自身が山賊に成り下がらないことが大事で、その部分などは郷土への思いや信仰の精神も一部寄与していたものと思います。

さて現代、今の時代の原発問題なんかみとると人生観そのものすらも浅いですね。せめて本社が原子力発電所内にあって保安院もそこに入っているとよいんじゃあないかと思うのです。温度差が三方善を損ない歪な構造を作り出します。国による放射能汚染の隠匿の背景のもと原子力発電推進派の政治家が自分の立場で動いて放射能汚染地域の食材が学校給食で推進されてしまったりと、事後の対応も重大なメルトダウンや放射能漏れの情報を東電や国が隠匿してしまったことで被害は広まりました。政治家という素人の浅はかな失敗と考えなければ、学校の生徒という弱者を使った放射能汚染が大丈夫かをみるやってはならない人体実験レベルの話です。

基準数値を20倍ゆるくして安全だとごまかすというのもいかがなものか?本当に安全なら20倍ゆるい数値が恒常化していないといけない。いざというときに本当にどうしようもない対応、このような安全管理では原発爆発する危険は高いでしょう。船長が一番最初に逃げ出しているような運営ではどうしようもないのです。原子力発電がエコだという欺瞞に踊っていた国家だけでなく、世界も含め、素人未満のちょうちん持ち専門家、なんとかしてほしいなあと思います。
2012年11月27日
テキスタイルツリーのテキスタイル用語辞典が、アマゾンのファッション書籍のベストセラーになっているということで、3780円の、しかもマニアックなテキスタイル用語辞典というものがベストセラーというのもびっくりです。

このテキスタイル用語辞典は、繊維関連の企業でしたら素材メーカーからアパレルさんまで社内においておくと便利です。学生にもよいですね。また、ハンドメイド愛好家の方にも。洋服のお店なんかでも繊維用語が飛び交いますので大手のSPAさんから百貨店で働かれる方まで。

今年の5月のプレミアムテキスタイルジャパンでは、コラボさせていただき、著者である成田典子さんご夫妻が弊社ブース内で辞典を販売くださったのですが、ずーっとお客さんが続いているような状態で手にとって中を見られた方は多くがご購入。中身が充実していて手に取ると欲しくなる一冊です。

私が別の点ですごいなあと思ったことは、テキスタイル用語辞典は、通常の本の流通のシステムとはことなり、自社サイトでの販売をメインとしてスタートされたのです。そして、書店を回って置いてもらえる書店を見つけて置いてもらう形で徐々に広がりをみせ、アマゾンでの販売もスタートされ、発売から一年も経たないうちに大人気な軌道に。

3年前のジャパンクリエーションでは、成田典子氏と初めてお会いしました。私が繊維業界に入った頃に分からない言葉があったら調べるのに使ったファッションビジネス用語辞典(FB)を、若い頃に編集されたということで私がびっくりしたのです。私に会いに来てくださった目的が、なにやら、織物の写真の横に説明のある初心者の人でも楽しめる辞典を作りたいので素材の提供をお願いということでした。

それが発売なども当初の予定より、少し延期になりながらも順調に発売にこぎつけられ、手に取ってみたときには、すごいなあと思ったのです。内容は濃いまま、素材画像がついて分かり易くなった感じです。百聞は一見にしかずといいますが、逆もまたいえることで、画像を見るだけでは分からないことも多いもので、画像の横に素材の作り方や歴史的なことまで書いてあったりで、非常に勉強になるというかためになるのです。何か名前がついている布があると、その裏には歴史的なものが潜んでいたりするというのが面白いところです。

テキスタイルツリーのサイトのサブタイトルは、「テキスタイルを愛する人へ」。成田典子氏は、「私、素材が好きなの」と言っておられ、そんな方が作られたテキスタイル用語辞典なので、素材への思いが一杯詰まってとても分かり易くバランスの良い感じの辞典にしあがったのだと思います。最初に言ってられた、初心者の人でも楽しめる辞典というものをまさに形にされたのだなあと思いました。

コラムなんかでは、伝統的な日本の織物の歴史なども取り上げられ、織物というのが地域に根付いたものであるというのを理解できます。私なんかも普段現場での作業が多く、国内のことでもあまり知らないので、今度旅行する機会があればぜひ立ち寄って実物を見てみたいなあと旅してみたい憧れの場所が見つかります。私のほかの活用は、見出し語の下に、英語表記があることで、最近海外とのやりとりで、メールなどで英語の用語が思い浮かばないときにこの辞典が役立ったりです。

私も織物の世界におりますが、こういう辞典を読むとオリジナリティや多様性というのは大事だなあと思うばかりです。当たり前にあるようなものでも、それを最初に生み出した人がいてそれが広まり一つの文化となる。また、私自身が業界にいる人間の眼で見ると、辞典の中で面白いなあ、すごいなあと思える世界ほど現実の世界では存続も難しいというパラドックスを抱えているものだったりします。
2012年11月26日
今日は、工場の中で一人、納期に追われて織りを急ぐ。人間って極限に追い込まれると力が発揮できるものだなあと思う。何もしないで3連休として当たり前に休むのと、納期の迫った仕事に向かって働くのとでは、仕事のうえのプロフェッショナルなスタイル面では大きな差となって表れてくる、と思う。

私も、経営者ながらも特別なものづくりをするためには、一通りの作業ができることが一番大事だと思っている。仕事というのは作ろうとすれば無限にあるのだが、目の前にいくら仕事があっても自分と関係がないと思い込んで仕事を出来る人というのがいないのが現実で、そういう人というのは一つの仕事をするのもいつも足りていない状況が続く、同じ人間でも仕事の力というのは下手すると何十倍も違う気がする。

産地でも麻を織っているところは林与くらいだと私が仕事に携わった15年ほど前ころにすでに言われてはいましたが、そんなに難しいものなのか?と思ったが、同じものを作り続けて売れるなら簡単な仕事で、他にないものを作ろうとすると人の働く価値を布に埋め込まないとならず、現場で作業する人の力というものが必然と必要になってくる。

産地での競争がなくなっても、産地外との競争、それにとどまらず、円高の影響もあって海外でも10分の1で作れるようになった今、産地で現場を守り続けるというのは難しいものだと思う。海外の人の10倍の生産性や価値を生み出す力がないと国際競争の中ではスタートラインに立てないことになるのだが、現場の人の能力や意欲、危機意識がそれほど高いのかというと、産業間の競争もありよい人材というものは益率の高い他の産業に流れてしまうという、今の中国の繊維産業が直面し始め中国の特色として笑い話になってしまっている問題と同じような状況が日本でも過去を通じてあったことは他山の石としないといけない。国の中で栄える産業があれば一方で衰退する産業が生まれるという構図、これは経済学でいうところの比較優位の原則に通じるもので、同業者間の競争だけを考えるのではなく他業種とでも競争状況にあるのだなあというところ。

今のジャストインタイム型の大手のものづくり企業にとっては、失業率が高いことは必ずしも悪いことではなく派遣という形がベストな形で、必要なときに必要なだけの人材を働かせることができる。法律も改定されてそのような流れがより濃くなった。賃金は上がった状況に見えても雇用がより難しくなってしまっているのだから労働状況も実態は悪化である。応じたしかしながらもその末路というのは、海外ならもっと安くできるではないかという流れで、GDPもそれほど変わらないものの産業の中のものをつくる構造は繊維以外の産業の企業にしても激変をしてしまっている。

この流れというのはアメリカの自動車産業が崩壊したのと似ているといえば似ている。裏ではアメリカの政治が日本の法律を変えるために働いているのかなあと想像もしてみる。日本の地場産業が存続が難しい中で、さらにアメリカ型の社会にどんどんと移行してしまうと、アメリカのように規模の経済を、職人的なものづくりや地場産業的なものは評価が低い。一方で、法律というものは片方に有利に働けばもう片方に不利に働く差別的なもの、小さなお店を守るということで大店法という法律があったおかげで日本国内はコンビニ文化が発達して、結局、フランチャイズのコンビニが勝った形ではある。

でも、コンビニを経営している経営者というのが勝ち組というよりは、結局、資本力のある大手が法律の抜け穴で、雇用リスクを背負うこともなくチェーン展開することで、小さなお店を廃業に追いやった形なのだ。結果論だが、大店法がなければ、本来、もっとよいサービスが国内に提供をされていたかもしれないと思うと、残念でしかならないが、それは、一つの見解で、今や日本のコンビニというのは輸出産業となっている。新興国なんかでも、日系資本のファミリーマート、ローソン、セブンイレブンが現地の昔ながらの家族経営のお店を脅かしている。

コンビニ本部というのは売り上げだけでお店を作ったり閉店したりだといわれるが、損得勘定のフランチャイズ経営だとローカルを潰すだけでなく日本の全体の覚悟を決めて営んでいるローカル店舗を潰してしまい、もうかるとおもったがもうからないから辞めるでは、地域の既存店舗を潰しながらゴースト化が進んでしまうという結果で、地域にとっては最悪のマイナスイメージをつくり上げる構図だったりもする。

タウン情報を発信する印刷会社なんかも、地元意識のない他地域の業者さんが出入りされている。それって、本来、無意味なことで、せめて町内の特産品の情報を発信するなら地元の業者さんを使うべきだろうと思う。出来上がったブックレットにしても、製作として他地域の業者さんの名前が載っているのも本来の趣旨とは異なるのだ。地域貢献を謳うもののその業者さんが身銭を切るわけでもなく商売でやっておられるだけのこと。知りもしない業者さんに自社の広告を任せるというのも考えものである。

ある地域ではタウン情報を発信するのに行政がそういう便利業者に投げやらないで、職員が一つ一つの企業を回られて商品の撮影などをされていた。それって自分自身が手がけるという意味では行政の存在意義や質も絡んで大事なことだと思う。せっかくのチャンスなのにアウトソーシングしてしまうと問屋不要論と同じく本来の行政の意味が薄れてくる。力がないから任せてしまうと出来上がったものを手本に次は自分たちがやれるかというと難しいと思う。

チャンスは少ないもので、仕事というのは最初にできなくてもやって成し遂げるかどうかというところで少ないチャンスを活用していかに経験を積むことが大事だと思う。行政も今は吸収合併の時代、画一化されたことをやっているだけでは生き残れない。特に小さな町が大きな町のスタイルを真似したところで駄目で小さな町というのは特区的に規制を緩めて大きなスケールのことができるようにしていかねばならないだろう。

たとえば、運送業でも都市を中心に考えると配達量も多いので一台にドライバー二人には意味があっても、地方でその規制にどれほど意味があるのか。田舎の経済を余計に苦しくさせてしまう。そういうところを緩和することで地方の物流は効率よく機能して都会にないビジネスチャンスは生まれてくるものだ。一般的に行政が動くと規制が増えるばかりで、行政の手腕があるかないかで地域が活性化するかどうかというところも大きい。
2012年11月24日
昨日は、久しぶりに大学時代の友人と京都で会いました。10年くらいぶりでしたが、京都の街中をうろうろと久しぶりに歩きました。学生のころというのは京都を毎日うろうろとしていたので、歩いてお店の看板なんかをながめるだけでも懐かしいなあと思えます。

お昼は京都らしいものを食べようということで、三条から四条に下がりながらお店を探して、四条河原町を一筋上がった通りを東入るにある京料理のお店で会席が重箱になったようなセットを食べました。40過ぎたおっちゃん二人なので、お酒ははずせないなということで、料理のほかに吟醸酒の小瓶を一つ注文して冷で飲みました。チェーン店の居酒屋においてるのもこういうお店においてあるのも同じお酒だとは思いますが、こういう場所で飲むと良い感じです。

河原町を歩いていても、京都らしさというのは、飛び飛びな感じにしか味わえなくなってきています。私の友人は、四条河原町阪急が撤退したことを知らなくて、マルイに替わっていたのでびっくりしていました。VIVRE河原町店も閉店となり、昔、学生のころに憧れたスポットというのも、輝いた時代もあれば逆に時代とともに消えていくものなのだという儚さです。
2012年11月23日
ミシンで使える麻糸がないのかというご質問をたびたびいただいていて、非常に太いタイプの糸なら実用性があり使われているというお話を聞きました。アイリッシュコードと呼ばれるような糸と同じくらい太く、ラミー糸でしたが非常に綺麗な糸を見せていただきました。

しかしながら、これは非常にデニムの縫製に使うような一番太いタイプの糸です。通常のものをリネンの糸を使って縫製しようとすると、糸切れに悩まされると思います。が、最近、林与がある用途向けに、リネン150番手の糸を双糸にしたものが手元にあります。これだと、双糸になって、ふくらみが有ることを考えても、リネン66番手クラスでしょうから、細さ的には良さげです。

通常のミシン糸は、シルクや綿などの天然素材もあるのですが、価格面を無視したとしても、強度と耐久性の面で、合成繊維のナイロンやポリエステルなどにはどうしても負けてしまうものです。ましてや、天然繊維のなかでも一番切れやすく、不安定要素の高い麻糸となると相当太くしないと強度は低いです。

あんまりミシン糸が強いと、今度は、針が折れたり、ミシンが壊れてしまいます。これは、織機も同じことで、何千本もの糸があって、それが強い糸だとそれなりに織機も強くないと駄目なのです。鉄の部品なども負荷が掛かって強く擦れると何十メートルか織るだけでも磨耗します。鉄って弱いものなんだなあと思う瞬間です。また、そんな状況でも油ですべりをよくしてあげると磨耗や熱の発生を抑えることが出来るのです。
2012年11月21日
結局、朝のぎりぎりまで徹夜で出荷の準備や整経の準備をして間に合わずの始発電車での東京への出発、なんでこういつも時間がないのだろうと思いながら。こういうときには、駅の階段奪取だけで全体力を使い尽くしてしまったくらいにヘトヘトまでなることも多い。今日はパンは食べていないのでアナキフィラシーは大丈夫。

しかし、朝から当たり前なのですが眠い。寝ていないだけでなく、準備に追われて一日に何人分もの仕事をこなしながら、また新しい一日が始まるので、外から見るとなんでこんな朝からボロボロなの見たいな感じかもしれませんが、いつもこんなもんです。

シャツとズボンを着替えてテンション高く飛び出してきたので、カーデガンを東京駅の中の店で買って、東京国際フォーラムでのインド視察の説明会に参加。説明会に出ておられるみなさんのお名前をしっているような形で、昨年の視察のスライドなんかも見ることができ、懐かしいなあと今朝無理して東京まで出てきた価値がありました。動かれている方というのは同じなんだなあと思います。

PTJのほうのブースのセクションにお客さんがたくさん居られた気がします。にぎやかなお祭ムードが漂っていて大盛況な感じの会場内でした。ものが売れないという話を感じさせないくらいの人人人の会場内でした。東京国際フォーラムを去る前に、PTJやJCの会場外に特設ブースで出されていた、J・FACTORYプロジェクトが気になって、拝見しました。いわゆる東日本大震災の被害認定地域の繊維企業さんがグループで出展をされていました。

昼過ぎは銀座で用事があったのでそれを簡単に済ませて食事を取って、午後3時すぎからは菱沼良樹氏にアポイントメントをいただいていたのでお会いさせていただき、菱沼さんがこれから手がけようとされるポリエステル素材、オーガニックコットン素材、リネン素材なども見せていただきました。私も持ち込んだ超細番手のリネンの薄い生地が薄くて透けるくらいのイメージと合っているということで、作る目標的なものが定まったのでそれを目指したいなあと思います。

夜は、6時すぎ渋谷のAQAの小林氏の新しいお店にお邪魔しました。夜8時過ぎの東京発の新幹線に乗って滋賀に戻りました。滋賀に駅に戻ると何もないというか人がいないのです。それもい感じなんじゃないのかと思ったりもして、寝ずに無理無理で出発した今回の東京行きも非常に充実していました。11月末納期の仕事がんばらないと。
2012年11月20日
昨晩、久しぶりに6時間寝ました。ほんと、寝すぎた感じで…。朝、5時くらいから出機さんのカードを作りました。横糸の量を計算したときに作ったデータをPCから引っ張り出して、2300本分のカードをパンチして、本数が正しいかなど確認しているともう9時くらい掛かったでしょうか。

午前中に出機さんに行ってカードをセットしてもらうところまで見届けて、10時半に朝ごはんを外で食べて会社に11時にもどって、今日は職人さんは休みなので工場の仕事の準備よりも他の出来ていないことを急いでやりました。

昼過ぎから繊研新聞さんが、顔を見に来られ、最近やっているいろいろなことなどを話しました。業界のことはもちろん良くご存知なので情報ももらって形にいていくことが出来そうです。その前に、今の山積みの課題を順番にこなしていかないとと思いながらも、考えているだけでは何も進みません。

夕方には、税理士の先生が決算などの件でお見えになられ、私がテレビのニュースに出ているところをご覧になられたようで、ものを作るだけでなく海外に向けて積極的に販売もしているあたりも認識はいただけたようです。

夜はクロネコに出荷の持込で、明日は朝から東京なので外のことは大体おわりましたので、夜中は、職人さんが明日繋いで織ってくれる分の整経をやらんと、今日の仕事が夜中から始まるというのもいつもながらのことで…。
2012年11月19日
林与は、この秋は上海の展示会に集中しようと思って、JCあるいはPTJには出展は断念いたしました。12月にあります天然素材のハーベスト展には出展をいたします。21日の朝には説明会があるので、その後、午前中、少し展示会場の中に入って、お会いできた方にだけでもご挨拶だけでもと思って、もしかすると1年に1回しかお会いできるチャンスがない方も多かったりです。
2012年11月18日
今日は、日曜日、一人で工場で仕事です。午後からミルツルさんが奈良から起しになられました。出版記念イベントで布の販売をされるのでその布を取りにこられたのです。工場の中、一人で急ぎの仕事を動かしながら布の準備をして、ゆっくりとお話をすることも出来ずですが、また、ハーベスト展には起しになられるそうです。

織機というのは設定が同じように見えても、ビームに巻いてある最初と最後では、織り易さが異なります。一般的に、最後のほうが織りやすいのです。最初のほうが綺麗に一様に巻けているので織り易そうなものですが、最後のほうが織りやすいのです。この理由は?

ビームが大きいと経糸の振動に合わせることが難しいのですが、ビームが小さくなって軽くなると経糸の振動に1ミリでも動きを合わせることができるからではないかと考えます。でも、あれほど苦労したのが最後楽に織れるようになるのをみると、織機が後少しで終わりだからラストスパートを掛けているかのようです。最初からがんばれよ、みたいな。

同じ規格の織物でも、色によって違ったり、糊の加減によって、織り易さは異なります。白と黒の場合には好対照で、白無地というのは一番織りやすいものです。縦横黒というのは、糸が見えにくく織りにくいだけでなく、黒に染めて糸が弱っていて、そこに糊がついて硬い状態になっているので、白の織物と比べると相当織るのが難しいということになります。
2012年11月16日
11月末納期のものを急いで徹夜続きです。今日は彦根商工会議所で午前中、勤労表彰ならびに障害者雇用推進事業所表彰式典があり出席ました。帰ってから織る続きです。糸がよく切れるので織るのが難しい。糸の問題もあるかと思うが、糊ももう少し強く付けたほうが良いだろう考える。

織るのに苦しんでいるとそこに夕立っぽい雨、急に織機がスムーズに動き出す。やはり、麻。雨との愛称は非常によい。また、気温が下がるときにも非常に織りやすい傾向がある。それは、雨の降り出すときにも共通をしているが、夜なんかも夜露が降りるくらいの状態が非常に麻を織りやすいものだ。

昔から、麻織りが夜なべの仕事だったり、また、冬場の仕事だったり、冬というのも空気は乾燥しているといわれるが、実際には、ぬれたものというのが非常に乾きにくい状態で、雪に包まれた工場というのは麻を織るのには非常によいものだ。
2012年11月15日
ミルツルさんが出版の記念イベントでワークショップをされるということで、ワークショップに使われる生地の在庫がないので急遽織ることに、経糸を整経するため糸を割るところから整経、経繋ぎ、送って、織機の調整、織り出し、織って、加工出し、まで、一人でほとんどをやって、ぎりぎり間に合いそう。

織物の仕事って、分業体制が進んでいた仕事なので、職人さんも単能工的なケースがほとんどで、一人でオールラウンドでできる人って本当に少ないもの、私自身、普段簡単な仕事は現場に任せて、ややこしいとかスピードが必要なときには自分が動いて一気にやってしまう。

働く人が少なくなり、深く広く仕事がこなせないと、一つの仕事を回していくことも難しいなあと思います。多人数というのが一番よくなく、少人数のできる人だけで動くほうが良いレベルやクオリティのものが出来たりするものです。
2012年11月14日
11月も半ば、冬に突入のはずが、小春日和。あったかくて徹夜モードながらも仕事がし易いです。冬は冬らしくあってほしいと思いながらも、仕事しやすいのでちょっと助かってます。

ロングランでプレゼント企画を実施いたします。お一人様1冊限定ではありますが、当サイトで10000円以上お買い上げの方に、ミルツルさん著主婦の友社出版「ミルツルの世界 着る人に、よりそう服」をプレゼントいたします。2回目以降10000円以上お買い上げいただいた場合には次回に使える10%オフクーポンコードをプレゼントいたします。
2012年11月13日
ファンドの事業を通じて、出来上がったものが、ビンテージアイリッシュリネンのハンカチと超細番手のアパレル向けリネン織物の二つですが、それ以上にいろいろな経験ができたということが一番の良いところでした。自分がやろうと思ってもなかなか出来ないことが多いですが、計画に組み込むことによって、ものごとの最優先において進むことが出来ます。

リネン業界では難しいとされてきた、リネン100番手以上の織物を動力織機で普通に織りこなせるようになったのは、すごいことだなあと思います。織りこなすためには超えないとならない壁がいくつかありますので、そう簡単じゃあないです。

最近は展示会などに積極的に出ておりますので、いろいろな方とのお出会いも増え、また、いろいろな会などにもお声を掛けていただけることも多くなりました。手一杯の状態でも動いていると、他の方がやっておられる会などにさらに声を掛けてもらえるという幸運な状況ではあるのですが、忙しすぎて出席するだけにも追われることになるだろうから、もうちょっと余裕ができてからのことだろうなあと思うのです。
2012年11月12日
捨て耳が良く切れるなあと思ってレピアの頭を見ると、鉄の部品がなぜか折れてしまっているこれって機械修理の際にヘッドを筬に挟んだのを再生して利用した頭だろうかと思い出してみるが確かではない。鉄の部品も高速に動いているので少しの傷が糸切れに繋がり、生産性が何倍も違うものだし、織キズが発生するかしないかということの大きなポイントとなる。

そんなに織機の調子は悪くなさそうなのだが、リネン60番手クラスの先染を織っていて糸が良く切れる。やはり、今年の糸というのは昨年のフラックスの出来が良くなかったから例年よりも強くないという結論に達している。今年のフラックスの出来も良くはないということなので、糸の大量買いというのはできない状況。

リネン100番手の織物に対しての需要が増え始めている。繊細なる織物でそれが簡単に織れるかというと糸のコンディションがまず大事で、次に織るための糸の糊付け、さらに機械を徹底的に調整して織れる状態に変えないとならない。

リネンデニムの台も織りきって次のものを織りたいので織ってみたが、ドロッパーの高さが少し高いようで、上下に糸が開いたときに上と下の糸のテンション差があったので、ドロッパーの高さを下げてあげる。糸切れがかなり改善された。ドロッパーを上げたのには原因があって、ある特殊な組織を含む織物を織るときにドロッパーが落ちてきて織れなかったからドロッパーを上げた経緯がある。

調子の良い台というのは保全する必要があるのだが、どうしても調子の良い部品を動かして他の台に融通するなどすると、仕事は速いのだがどんどんと仕事ができなくなってしまう結果となる。ねじの締め方一つでも正しく締められるかどうかが、機械や部品を何十年も使えることと関係をしてくる。
2012年11月11日
インターテキスタイル上海の際には、受賞したことでかなりの反響をいただいたのですが、窓口となってくださっている香港のメサゴの方がフォローアップくださって、最初から最後まで至れり尽くせりで、今回のイベントを非常に大事に思っておられるのを感じます。たまたま、今回受賞できたことは本当に幸運でした。

一年後のAWの生地の検討なんかが始まるころとなります。上海に送ったDHLの荷物が通関の検査で受取人が通関に連絡をいれないといけないような、ある程度予期できたことが起こってしまって、やはり、コンピュータ入力の限られた方式では生地の細かな詳細までをしっかりとドキュメントに落としこめていないのが問題だと思い、手書きのDHLの送り状を将来のため取り寄せしました。

実は、インターテキスタイル上海も頭の中では、もう半年ほども昔のものと思えるくらいに、帰ってからもいろいろな仕事や用件を乗り越えて一日一日が過ぎています。

今日は、午前中、昔からの講所有の土地の売買の件で契約書なんかを検討する会があり、私は契約書の内容がアバウトな割りに、通常の土地取引と同じでペナルティなどきついことが書いてあるのでそのあたり確認しておかないとならないなあと思ったのですが、なんだか契約書は形だけのものみたいな話でうまく行かないときのことは想定をしないということのようで、それはそれでまた、どっちに転んでも経験や結果を積むしかないのかなあと思います。

昔は、土地にしろお金にしろ、所有していることでどんどんと増えていくチャンスのあるシステムでしたが、今は、土地もお金も持っていてもそれを維持していくのが難しいシステムになりつつあり、これは突き詰めていけば、日本の人口が減ってきているのと大きな相関関係がある気がします。
2012年11月10日
今日は、土曜日で私自身でいくつか出荷を行いました。梱包まで完了して最後送り状に商品名を書くときに入れたものを間違えるケースが2回あって、慣れていないものが出荷をやるのは余計に時間がかかるものだなあと思いました。

ネットショップがいくつかあると在庫の管理が非常に難しくなります。その他、アパレルのお客様なんかが弊社に起しになられて生地を見られると場所が移動するだけでも、大変です。通常は、在庫にある生地を着分として使われたいケースが多いので、通常のネット向けの生地がアパレルさんに採用されることもたびたびです。

今日は、工場もやらないとならない仕事はたくさんあるのですが、手をつけようとしてもほんと何から手をつけてよいのか分からないくらいです。途中メールが入ると、また、作業が増えることが多く、とりあえず今日は7月から進行していたストールの出荷を済ませました。ストールも横糸の色数が多いと糸が連れ込んでそれを直すのが大変ですね。

夜中、織機の手で繋いだ糸を送りました。結び目がすべるのか長さが均一に引っ張ることができず、一部爆弾が落ちたようになっています。直しても直してもの繰り返し、時間がないので徹夜ライクで、朝4時に寝ました。

奈良のミルツルさんが本の発売記念イベントで、ワークショップをなさるそうでシャンブレーの生地もつくらないとならないなあと思っています。糸の在庫を確認したり、経糸の本数を確認したり間に合わさないと、昨年の10月くらいからずーっと仕事に関しては手一杯のまま一年が過ぎて・・・。
2012年11月09日
今日は、彦根の組合の合同の研修旅行に参加してまいりました。行き先は名古屋メッセという異業種の展示会です。4時間ほど見て回ったのですが、面白かったいくつかを紹介させていただきます。

トヨタホームさんが、家庭で充電できて1回の充電で100km走ることのできる電気自動車を出しておられました。走行距離からして実用レベルに達しているところではないかと思います。ガソリンと電気の燃料費の比較では、ガソリンの場合140円で20kmほどでしょうか。電気ですと1kwの20円(うまくやれば深夜の10円)ほどで、20kmほど走るという話ではありました。そこが本当なの?とびっくりです。完全な電気自動車タイプは日米限定100台で380万円ということです。(実用性なども実販売し試験的なレベルでの検証をしている途中ということだそうです。リチウム電池のように300回の充電で性能が劣化して使えなくなるとかだと、燃料費以上に逆にコストが高くなってしまう可能性もあるかもしれませんが、そのあたり、聞きそびれました。)

繊維関連では、東レさんが、炭素繊維で自動車のボディを軽量化する技術を展示されていました。強度は10倍ということですので自分自身はより安全です。車体重量が軽くなれば、これは交通事故の際に相手に対する衝撃も少なくなりよいのではないかと思います。しかし、あんまり軽そうだと飛行機のように飛んでしまうのではないかと思います。アメリカでは自動車の羽が開いて空を飛べるタイプが実用化されているとのことですので、それにこの技術を使えば良さそうですね。

デゥプロという印刷器機の会社が、コピー印刷した紙を再生紙に戻すコピー機を大型にしたような商品を展示されていました。必要なものは電気と水意外には専用の石鹸だけだそうです。現在は、高嶺の花ですが、こういうのも、どんどんと小型化されてきて、家庭用となって普及する可能性もあります。コピー済の紙が再生紙として蘇る技術が目の前にあるというのはすごいことだなあと思いました。

あと、小さな商品というところでは、お菓子の会社がえびせんを食品トレイとして使うアイデアを実現されておられました。これは、えびせんとして食べればコスト的には吸収ができるのではないかと思うところですが、出展者の方もいわれていたのですが、素手でつかんだものを食べるという概念がどこまで受け入れられるかというところも商品開発する上での課題だということです。

他にもメーカーで余った産業資材となるような壁紙を非常に良い感じの紙袋にされているのを見ました。この紙袋って、一回で使えなくなるようなものではなくて、丈夫なので何十回も使えるものだろうなあと思います。トータルで見ると廃棄されるものを有効利用しておられエコと呼べると思います。障害者の作業所を活用して福祉的な貢献にもつながるよう動かれていました。

ほかに、印刷会社が、電子レンジのような大掛かりな印刷システムを通して、特許技術で紙の表面に規則正しい起毛状態を作り上げ超撥水加工を実現しておられました。A2くらいまでが現在のところの実用レベルの範囲のようです。

あと、大学が、太陽電池パネルの表面にスプリンクラーで水を撒いて、表面温度を下げて発電効率の低下を防ぐという実験の結果を発表されていました。常に流し続けるよりは水量も減り、発電量もあがるというメリットがあるとのことです。水をわざわざ流すより、水槽のようなものの底に太陽光パネルを敷けばよいのではないかという蛇足的なコメントを述べましたところ、太陽の向きに傾いていないと発電は効率よく出来ないようです。

思ったのが、出展者の発表されている以外に本業の部分があって、本業の部分をしっかりとされながら新しい技術への取り組みを行い、企業イメージの向上や将来への可能性を求められているところがほとんどです。林与自身も、新しい商品を作るときに機械を改造したり、商品を入れるパッケージをどのようにすべきかなど、自分の専門技術を持たないところの解決方法が、こういった展示会で見つかる可能性も高いと思いました。

アイデアを生み出すのは簡単で、アイデアを現実の形に変える技術というものが大事だというところ、出展された企業さんはどこもが試行錯誤して見える形にして来場者の興味を惹かれていたと思います。出展者のみなさん意欲的で、丁寧に説明などされており、自分が展示会で出展者となるときの対応というものも改めて考え直しました。展示会に出すものというものはフラグシップなものであって、別に本業のものでなくてもよいのではないのかと思うところも感じたのも事実です。

一方で、アイデアチックな新商品開発で食べ繋ぐというのは一発屋的で、堅実な商売ではないのです。ベーシックな基本技術をしっかりと蓄積し、生産体制を整えていることこそが商売の基本であり、そこにリスクが伴い責任が生まれることで堅実なものづくりを志すような、一番大事な精神が生まれてくるのだと思います。よく、お金儲けのネタばかりをさがしているタイプの人というのは、形にすることができないといわれる部分だといえます。ものづくりが海外に移行するにともない、研究開発的な部分だけを日本でやればよいというような発想が増えていますが、小中学校レベルのことも当たり前に簡単にできなければ、高校大学レベルのことは無理みたいな話と似ていて、これは、私自身も単純な仕事をする上で自問することの多いところなのです。
2012年11月07日
DHLで荷物を出そうとすると、手書きのフォームが使えないようにする方向に動いておられて、ドライバーも手書きの送り状を持っていません。これって、輸出がすごく難しくなる要因なのです。送り状とインボイスの品書きは基本的に同じものでないと問題が生じるケースが多く、お客様と当初から使っていた品番や商品詳細がDHLの送り状やインボイスに文字数の成約で書き込めないとかなると通関すらも難しくなってしまいます。

簡略化しようとするサービスがあるともう片一方でとんでもないほど複雑化し大きな問題も生まれてきます。たとえば、メートルという単位で商品を入力しようとしても、小数点以下が入力できないとか、誰がこんな馬鹿なシステムを作って放置してあるのかと思うと、従来の商慣習というものが、システムの不作為によって人に優しくない表現になってしまうのは忍びないことです。

こういうのってほんとたくさんあったりします。簡略化されたコンピュータ入力というのは作った人が何を考えてその入力項目を作ったかということを想定しないと入力する人が迷うケースが多いものです。行政の法律が絡んで担当の方が素人だとチェックミスが重なると間違ったものが正しく180度反対の表現を使わないとならないこともあったりで、人以上にシステムが力を持ってしまうと、裸の王様状態なことも多いものです。

簡略したフォームに流れてしまうと、それに慣れると複雑なことができなくなるということの始まりだったりします。輸出入業務そのもののほかに、DHLのフォームに慣れるということが必要で、それに合わせて会社の中の単位や表現を調整していかないとならないのは、大きな制約とはなってしまいます。

送り状一つ書くのに、送り状の登録のためイーメールのやり取りが必要というのも、電話掛けるのに交換手に相談しないといけない昔に戻ってしまったのではないかと思う気もするサービス向上ですね。
2012年11月06日
今日は、再び米原の伝統産業会館で、しが新事業応援ファンド説明会の席で、ファンド活用の事例発表ということで林与が3年間取り組んだことを発表させていただきました。私自身、ものづくりのためのファンドだということは良くわかっておるのですが、ものづくりの部分以外でのいろいろな経験ができたことが自分の中での人生の宝となりました。

実際、リネンハンカチプロジェクトも、今までほとんど織ったことのない140番手の糸に挑戦をするのですから、そう簡単ではないのは分かっていたのです。織れるかどうかもわからない状態で、織れたらすごいなあと思っていましたが、織れるだけにとどまらず、先染めに挑戦をしたり、H TOKYOさんにもご協力をいただいてハンカチまでしてみたり、リネンの現行の糸を使ったアパレル向けの超細番手プロジェクトでは、布工房DENでシャツやブラウスに仕上げてもらったり、最終的な一般のお客様に見てもらえるような形まで取り組んだことなども良い経験になりました。

2000年あたりから、リネンの良い糸も手に入れるのが難しくなり始めて、特別なものを作ろうとしても作れない中、たまたま、倉庫で昔の糸が見つかったと同時にファンドにもめぐり合えて、それがこの3年間で、現実の形となってしかも情報収集などの過程で多くの方との出会いなどもあったり、また、ファンド以外の部分でも多くの方とのつながりが出来ました。

通常でもやることばかりで忙しく動いている中で、プラスアルファのことをしようとするとパンクしてしまいうまく出来ないことも多いのですが、それも経験の一つで、人生のある時点で自分自身を極限まで仕事のことで追いやってみると、今ある設備の中で、ものづくりが新たなフェイズに移行できるということも経験をしました。それは、機械の差というよりも、人のメンタリティの部分も大きいかと思うのです。タイイングマシンではつなぎにくい細いリネン糸を何千本も手で繋ぐ作業を何度も繰り返すことになりますので、忍耐力や集中力が非常に大事だったりします。そこそこ作業に慣れている人でも逃げ出したいような作業を現場のものは当たり前に乗り越えてくれたことでビンテージアイリッシュリネンハンカチは出来上がりました。

40歳というピークのときに、やっておきたいことに思いっきり取り組めたことが幸いではあったと思います。自分自身が作ったということだけで満足して終わるのも一つのものづくりですが、自分の作ったものの世界というものを多くの皆さんに見ていただくのもものづくりの大事な部分ではないかと思いました。それは、一つのものを見ていただくのではなく、ものづくりの背景というものがあって出来上がったものだから、他ではできなく特別なのだと思ってもらうことが大事だと感じたのです。

また、今日はゲストとして中小企業基盤機構からファンドの次のステップの販売面に関する支援の説明があったりで、うまく活用することで展開も容易になるのだろうと思います。ファンドの成果を現実のものとして形に変えて行きたいなあと思ってはおります。