2025年05月03日
アメリカの輸入先が中国よりもより安いインドやベトナムにシフトしようとしているが、結局、アメリカ市場は中国製品も買うのが難しくなってきたということであろう。日本も同じことで、中国の人々の生活が日本以上に優雅になったときには、かつてのように安価に物を買うことができなくなって、対等な取引を要求され対等な価格で買い始めると日本やアメリカ国内での店頭での小売価格は日本人やアメリカ人にとっても手が出しにくくなる。
中国よりもよりやすい供給先を探さないといけなくなるという状況が先進国でもあって、インドやバングラディッシュ、昔から言われているシフト先には、アフリカが有望であったりする。途上国と呼ばれていた国が豊かになるときに、先進国がもうそういう途上国の製品に依存してやっていけなくなるというのは当たり前のことで、日本製品にしても戦後は同じように途上国の製品のように安価なものとして、日本も世界の生産国家として君臨したときがあったが、経済成長して、日本の製品が海外市場でも高価なものとみなされはじめると、先進国は台湾や韓国へと供給先をシフトし、そのあと中国へとシフトしていった。
中国製品が普通の価格までに上昇しすぎて、もはや先進国にとっては国内で流通させるときに高嶺の花になりつつあるということだろう。それが搾取されているように思えるのが先進国側の目線で、追いつかれたときに見下していても、利用してきた先進国の中身はすっからかんになってしまっている。
日本でも、一番失われてしまったのは、働くということを罪悪視し始めたことだろう。それでいて豊かな生活がしたいという、先進国に在りがちな感覚、それを解決するためには何分の1で手に入る輸入製品に頼るしかないのであろる。途上国にしても生活水準があがってくると、中国製が1枚1000円で買えていたものが、中国の半分で作れるというベトナム製になって、それでお4000円くらいになっているというのが現状で、品質自体も昔よりも落ちてしまう。
そういうのが日本の繊維業界が2000年以降のデフレで経験をしてきたことで、同じことがアメリカでも起こっていて、スーパーで飲み物とスナックを買うだけで10ドルとか、ランチが2000円、ディナーが6000円とか、サービスを受けるだけの働かないマネーゲームの挙句の果てみたいな、働くと以上に高い時給が発生して、物自体は1割程度の価値しかないというような市場の構造。
日本国内もその方向に進みつつあって、働かず賃金上昇だけを目指している国の体質というのはアメリカ的ながら、デフレで安価な中国製品に依存をして、国内の生活が支えられてきた日本も1枚4000円の中国製品も高価に思えはじめてきたのが現在の状況。日本国内も賃金の強制的な上昇で、物価も2倍3倍と跳ね上がってゆき、今のアメリカのような、賃金は上昇したけども、物価は2倍3倍になって生活がより苦しい状況が待ち受けているだろう。
そのときに、トランプのように、国内で製造業を復活させよう観たいにいっても、もう手遅れだろうと思う。競争相手がインドやベトナムの10分の1で大量に同じものを作り上げてくる。インドと日本に同じ家電製品の工場設備があっても、中国やベトナム、インドのほうが同じものを半分以下で作れるみたいなのが、かつての日本のような世界の生産工場といわれる国の力。もう日本にその力はまったくなく、方向性もさらに仕事嫌いな方向で、今の日本も生活を支えるためには、輸入製品に頼るしかないのである。