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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2020年12月
リネン日記:19
2020年12月26日
今も、ラミーの糸を使って織っているけども、今のスーパーロイヤルのラミー糸でも経糸に使うは、染めると毛足が短くて難しいなあと思えるくらいで、将来、本麻の純紡の細番手織物というのは消えてゆくのではないだろうかと思う。スイビ混のトップの織物なんかがラミー織物の細番手として生き残る形になるのだろう。

今、本麻細番手の手もみ織物も織れるうちに織れるだけでも織っておくかと思う。特に縦黒は難しいので、他の会社ができなくなっている。そういうものを私が今仕事ができるうちに残しておくというのも大事なことだろう。10年前には普通に織れていたものも織るのが難しくなって、日本の麻織物の糸からしての優位性も消えてゆく話になるだろう。

スイビ混の問題は、基本先染めが難しいことで、トップ糸という形で対応なのだが、色によっては強度が足りず縦使いが難しいことや、色ごとの収縮率の問題など、密度のそれほどない織物でも織るのが難しい致命的な問題があって、コントロールは難しいだろう。

100番手くらいのラミーの先染め織物を普通に作ってきただけに、純紡のラミーの織物というのはもう織ること自体が難しいようなところに来ている。ラミーは織ろうとすると糊付けが必要でリネン以上に高くなりがちで、高くなるのは我慢できても、安定して織れるのは白限定とか横糸だけとか制約が多くなりすぎて、かなり厳しい状況。流れる量が少ないと余計に高くなってしまう傾向で、着物向けだと糸を使う量も少なくて成り立つのかもしれないが、着物も需要が落ち込んでいてやっておられるところも厳しいだろう。従来のアパレル向けの本麻織物というのは終焉に近づいているのかもしれないと思うが少しでも日本の本麻織物の先染め世界を残しておこうと考えている。
2020年12月25日
今日は、奈良に納品。昨日の岡山納品を途中までもっていく形で、途中から岡山の方に助けてもらったので、かえって寝てから仕事して午後から奈良への納品。奈良への納品後は疲れていたので、奈良で食事して栄養補給。途中疲れて草津で休憩。

限界のときにさらに無理をしすぎるのはよくなく、周りの人に助けてもらえるなら助けてもらうというのが一つの方法で、一人の限界というのは限られているなあと思うのもそのあたり、車で納品するとかの前に、普通に仕事をできる人がいれば納期も問題がないだろうと思うけども、これを織ることができる人というのは私以外にスタッフの女の子だけ。

昨日の夜も、シャトルのステッキの革のバッファベルトが壊れた。それが最初原因だと分からずに少し模索してしまったので、織機の正常な設定を崩してしまう形に。結局、本当の原因がバッファベルトの破損であることに気が付いて、織機の設定をいじったのをすべて元に戻したので、また元の問題ない織機の状態に回復したが、この戻す作業がふつうなかなかできないもので、長年の経験のある職人さんたちを何人も見てきたけど、織機を触るときには原因を探ろうとして織機のコンディションをバラバラにしてしまうことがほとんどである。

織機の調整方法一つが基本的に違うから、私自身がなんとか短時間で修理や調整が可能だったりして、生き残れているあたりがある。スタッフの子も本当に真面目で正直なので聞くと、仮に失敗したことでも正直に話してくれて織機の問題の原因を探すのには織機だけでなく、織機を扱う人も大事な要素。織機は織機だけでなく、織機を動かす人の人間性も織機の調子の良い悪いに大きく関係がしてくる。

経験のある職人さんも何人も接してきたが、織機の調子が悪かった原因を隠したりはぐらかしたりするタイプの人というのは、レベル自体が低いのであるが、なぜかそういうタイプが多く、それは自分だけがその原因を知っていたいというような昔のタイプだろうけど、そういう人と仕事をしていてもうまく行くはずはないのである。

経験のある人に作業のやり方を教えても素直にやってはくれないのが当り前のことで、だから、経験者というのは仕事が難しいのである。素人のほうが素直に物事に取り組めて、言ったことを言ったとおりにやってくれるから仕事がまともに進むという話。経験が長くなれば長くなるほど言うことを聞けなくなるというのが経験を持つものもマイナス。そういうマイナスが、全通や全滅や全体的な品質を上げようとするときの問題につながることが多い。一旦仕事のリズムが経験者モードに陥ると、そこから抜け出すことは難しい話なのである。
2020年12月24日
今日は岡山への納品日、岡山のご友人のご協力をいただいて中継の形で直送を完了。年内が残り少なく、林与も昼と夜の交代のような感じで24時間織機を回しているけども、織れるのは1台で2mくらい。

数日前と昨日で、シャトルが2個壊れるというWの悲劇があった。織機が壊れなかったのはよかったけども、新しく下したシャトルが2個壊れてしまう。100m織るたびに、シャトルが1個壊れるような頻度だと、シャトル織機を動かしていくのも本当に難しいような話につながる。太い番手の織物は経糸切れでシャトルが止まったり、飛び出したりで、壊れる確率は非常に高くなる。

明日は奈良に納品予定。やらねばならないことが多すぎて、分身の術を使いたい心境。

2020年12月17日
今日は、リネンの紡績の事に関して4名のお客様とコーディネイター2名の方。

北海道の小野寺さんは、リネンを栽培され糸を手紡で紡がれてそれを手機で織って綾織の生地にされたものを見せていただいたが、ゴールデンなリネンでふっくらと柔らかで上等な感じのする布。手紡なのに、糸が相当均一で機械紡績よりきれいな糸だった。それを双糸にして縦横織られている。手紡なのに、糸が相当均一で機械紡績よりきれいな糸だった。双糸で糸の繊維がまっすぐに走っているせいか光沢感もすごくあった。

栽培されてカーディングされたファイバーも見せていただいたが、かなり、色も透明に近い感じのゴールドで、ファイバーの状態でもすごくきれい。すべて手の作業なので作れる量は限られているというお話だが、あの織った布は売るのがもったいないのではないかと思える。素朴じゃなく、ゴールドなゴージャスな感じの手織りのリネン布なのだが、それを一人の方がフラックスを育てて糸にして織るところまでされ超人的だなあと思う。

麻晩の青山さんもご一行のお一人でリネンの紡績に関して、中小企業基盤機構のシニアリサーチャーの方と構想をもっておられ、私自身が紡績の専門ではないので日本の麻関連の紡績の技術的な知識や環境を持っておられる企業のお方のお名前などをご紹介させていただく。
2020年12月14日
今日は、タータン3日目で、大きな柄を建てて整経。ドラムに巻くと大きな柄だなあと思う。アシメントリーな使い方をされたいということで、無地っぽい部分と柄っぽい部分の使い分けなどを想定されている。

チェックの大きな柄をリネンでつくるというのは本当に珍しいケースなので、織りあげて生地の状態で見るとインパクトあるだろうと思う。大柄というのは糸を分割して立てるだけで、結構、頭も体力も使う仕事である。整経をする人がどんどんと減ってゆくのもよくわかる話で、林与も自社内で整経ができることは大きなメリットである。複雑な整経でも自分がやろうと思えばなんとかできるので、そういうのが普通はできないをできるに変える要素となる。自分の会社の中でも誰かができるじゃなく、自分ができるというのがやはり、強みそのものだろうと思う。ややっこしい整経を一発勝負で成功させることは、なかなか難しい話であって、頭に思った作業ができるということが頭に思った織物が作れる話につながる。

糸量の計算や、糸を割るカウントの計算などはエクセルで簡単に計算できるが計算機でやったりすると、結構大変だろうなあと思う。白黒で作業するじゃなく、色糸に応じて、背景色をその色にしたりして、間違いにくいように、表を作ったりすることも大事。

今夜は冷え込むということで、丹波篠山は深夜雪の予報だそうで、少し早めに切り上げて帰路についていただく。織物の糸をカウントで割る準備作業、そういうのが実際に織ったりとか整経するよりも時間のかかる仕事。

週末から月曜に掛けての3日の作業ご苦労様でした。
2020年12月13日
今日は朝のうちにダークネイビーを整経して巻き終え、残り3柄の経糸の小割作業に入る。大柄の3縦分の糸なので何百本も小割するが、なるべく共有部分などを活用して割る本数を減らす。よる9時半頃まで作業して、明日最終日に向かう。

来週から冷え込むということ、まだ寒さはそれほど厳しくないけども、今年の冬は年内に雪が降り始めるのかなあ。もう12月だから雪が降ってもおかしくないのだけども、それほど寒いと思うほど寒くない今年。

スタッドレスタイヤは4WDの軽バンだけにしか用意していないので、雪が降ると仕事の出荷にしわ寄せが出てしまいそう。雪が降ったら冬ごもりすればよいだろう。4年ほど前の冬は雪がたくさん降って寒くて、そんな中、絣の捺染を年末から初めて年明けまで2週間ひたすらやり続けた。年末年始は毎年特殊な状況だったりする。今年はどんな状況が待ち受けるのか。

織物が盛んな地域というのは基本、雪国である。冬場仕事ができないので織物を織る作業をする。織物というのは南国よりも四季のある国や雪の降る国の方が発達する傾向がある。糸も繊細で緻密な織物が作られるのが雪国。

湖東産地といわれる東近江や愛荘町の地域でも特色があって、旧の能登川地区では座布団系、旧の愛知川地区では着物系の織物が織られ、愛知川を境に、織られる織物に違いがあったのも近江湖東産地の特色のひとつで、能登川地区はほぐし、愛知川地区は絣という、大まかな特色の違いがあった。麻織物の産地なので、プリントは安物とされ都市部でつくられるにとどまった。麻織物とプリントは相性が悪いのを昔の人は良く知っていて、手の込んだ絣織物にするのも、布じゃなく糸を扱う文化が産地の特色で、それが今の時代につながる細番手の先染織物という近江湖東産地の織物の特色的な要素の一つだったりするのである。

林与も先代になって京都大阪の日本のメゾンとともに立ち上がったアパレル問屋さん経由になったが、与一じいさんのころまでは京都大阪の一般の顧客に販売されるお店との直接取引が主体であった。直接布の価値を消費されるお客さんに販売される方に伝えられるメリットというのは無二のものだろうと思う。布の世界では化けることが多いのが普通で、一番謳われる産地なんかも一番化けてしまいやすい要素。

そういう意味の分かる業者さんは産地に出向いて作っているところを確認されるが、意味の分からない業者さんだと林与の特色は何ですかと聞いて、自分で作ってることかなあというとポカーンとされる。製造メーカーが作っているのが当り前だと思っておられるけども、実際には、製造メーカーが自分で作らず、海外や他産地から生地を仕入れて売るが主流の形態になっているのに気も付かれていない。わざわざ産地に来ても、一番大事なところを気にするあたりが抜けているんじゃないのかなあと思う。

観光地にいってもお土産を買うと海外製品だったりが多い。それが日本ではもう普通なのである。道の駅の直売所でも宮崎のピーマンが販売されていたが、全国チェーンのスーパーと同じで後ろで農協さんが動いておられるんだろう。地場産を期待するお客さんや産地でつくっている人たちからすれば違和感がある話である。作る人じゃなく、右から左に商いする人はそういうことはあまり気にしないものである。百貨店やブランドさんでカシミヤ偽装などが起こるのもそのあたりが原因だったりして、産地や素材なんて化かそうと思えばいくらでも化かせるのだから化かさない人から買うということの大事さが必要なんじゃないかと思う。私が糸を買う時もおんなじで、化かそうとする人と、化かさない人の二通りがあって、化かさない人から買うようにしている。
2020年12月12日
今日は、丹波篠山から渋谷さんがお越しいただき、タータンチェックの整経の準備作業。朝から経糸の2配色分の小割するカウント数などを計算した後に、もくもくと糸を分割する作業を行ってもらって、夕方までに最初のひと縦分を建て終わって、前まで引っ張って、初日終了。

整経は明日から巻き始めるが、それぞれ50mくらいづつで大柄なので、それほど時間はかからないから、明日の昼過ぎには2本整経が終わりそうな予定。クリエイターやプロモーターに、土曜日曜はなく、逆に土曜日曜だと時間があって動きやすい。

林与の得意の一つが先染めのチェック柄なのだけども、チェック柄というのは手間が掛かる=高コストなので、本麻やリネン100%の総先染めは珍しい部類に入る。特に縦にリネンを張って織ることが糊付けが必要だったり案外難しいのと、小ロットの生産が難しいので、渋谷さん自ら整経の現場で作業してもらい、一石何鳥もの話なんじゃないかと思う。自分の企画を自分で作業してつくるとか、作る現場も見えるし、また、伝達ミスなど失敗も少なくなるし、自分さえ動けば何柄でもつくることができる。

タータンチェックは本来はウールの2/2の綾織なのだが、リネン好きの渋谷さんらしい発想で、リネンで平織でタータンチェック風の配色。今回は、再度、各色の調整を行い丹波篠山の色で柄つくり。リネンの先染めの深い色合いが目を引き、印象に残るだろうと思う。

生地としても販売をされる予定ですので、来年1月末までくらいの生地の完成になるかと思いますが、ササタンの渋谷さんまでお問い合わせください。
2020年12月11日
繊維の世界でよいなあと思うのが地道な作業の部分で、そういうのは器用な人でも慣れた人でも面倒がったらできなくなるし、不器量な人でも一生懸命に時間を使って頑張れば他の人よりも毎回上手にできるあたり。そういう人を切り捨てるのが時間から時間の考え方で、できるまでやることが一番大事なのにと思う。

決められた時間の中での世界ではなく、誰もが素直に自分の力を精いっぱい出せるようなところがあるのがこの仕事の良いところだと思う。普通の仕事の感覚が繊維の仕事には入らないほうが良いのである。逆にそういう地道な感覚が、企画や販売の感覚に影響を与えれば繊維の世界も良くなるんじゃないのかと思う。

地元の醤油屋さんの80を過ぎた社長が突然来られて、何かと思うと醤油の行商。多分何か人生の壁にぶつかられて飛び込みのお伺いの仕事に来られたのだろうと思う。醤油も平和堂にいけば1Lが200円ほどの世界、地元の名士のお一人である方が頭下げて醤油を売りに回るところから、その時に醤油を頼むことはできなかったけども商売の基本を大事にしておられ立派だなあと思った。

ものをつくって売るというあたりの基本を忘れて、うぬぼれてしまうとこけてしまうだけのところ。そういうのは政治にも通じて、選挙のときだけ頭下げて、選挙が終わったら殿様みたいな感覚じゃあ、そういう人間の中身がしれているのは世の中を仕切るには必要ない。
2020年12月10日
次の世代というのは当たり前だけども前の世代よりも強くないと、前の世代が通用しなくなった業界では生き残っていくことは難しいなあと思う。繊維業界というのは60代、70代、80代の方が多く、新しい形には適応が難しいあたりがあって、その新しい形というのも自分が前に進めていくというあたり。

昔の人はそれなりにいろんな仕事が量も流れていて経験を積むことができた世代だけども、今の世代というのは見聞は多くても実際に自分が仕事を受けて失敗なんかも経験をするチャンスというのに恵まれないから、今の時代には自分でいろいろとやって失敗して何が正しいのかを見出すような部分が必要だったりする。

そうやって見出したものを、それぞれの専門のプロの人に依頼するみたいなことをしないと、頼んでいるばかりでは新しいものは生まれてこないし、やったら8割方、普通に失敗というか満足できないものに終わるだけ。専門の知識を持っている人というのはどうしても、失敗の経験を持っているからそこから抜け出してのものづくりは嫌がってしまう傾向がある。

生地なんかも、織物規格までしっかり煮詰めたものを注文してもらえたら、簡単に作れるけども、ニュアンス的なものでの依頼というのはできる限度があって、やったとしても、依頼される方の希望に沿うかどうかは、依頼される方の中の問題だったりすることも多い。そういうあいまいな部分を消していくためには失敗を経験もして前に進んでいくことだろうけど、今の生地企画がなぜか半年くらいで1回失敗したらそこで終わりというのがどこのアパレルさん相手の具体的な仕事の場合には普通で、1回勝負で失敗すらができないのである。

じっくりとしたモノづくりをしようとしたら、自分で時間を使っていろいろと経験してみるしか仕方ない。食べていくための仕事とは別に、自分自身が自分自身を伸ばして行かないと、他の人が自分を伸ばしてくれることを期待しても、そういう姿勢自体がそもそもモノづくりの世界には向いていないと言う結論になるだろう。普段の仕事の作業の一つ一つに対する感覚もありきたりに終わるだろうと思う。結局は、ぎりぎりなあたりのものづくりから面白いものが生まれることも多いので、問題を避けたければ、そういうタイプの商売だと普通のあたりのものを普通に流すしかないだろうと思う。

昔、あるイメージが派手系のアパレルのデザイナーさんと話していて、その方は個人的には落ち着いたキナリ系が好きだそうで、その方のすごく優しい性格からすると派手系は性格と合わないなあと思っていたが、仕事は仕事でプロとして会社のその都度のテーマに沿ったものを作ることを目指すみたいなあたりプロで能力も高いと思う。そういう人というのは好き嫌いで仕事していないので、好きでやっている人よりも協調性があって現実的で問題解決能力も持っておられデザイナーとして強いなあと感じる。

私自身も、仕事を仕事としているよりも、なにか面白いものを作りたいなあと思っているので、そういう面白いものというのは自分自身の中から生まれてくるものだから、人生観自体が普通だと普通のことあたりまでしかできないだろうなあと思う。普通の仕事をやってるときにも、いろんな面白いネタみたいなものを思いつくことが多いので、普通の仕事は普通にやって、プラスアルファの部分を自分で形にしていくことは大事だろうと思う。
2020年12月10日
海外に行くと長いものに巻かれたみたいなものづくりが多いのを感じる。特に欧米のものづくりが長いものに巻かれろになってしまっていて中国生地をヨーロッパ生地として売る商売。逆に中国のものづくりがコアなところから、百貨店にならぶ日本製生地の多くも中国生地であることも多い。日本国内で生き残っているのは長いものに巻かれないこと。長いものに巻かれた人というのはくたびれた話が多く、逆切れのケースが多くて、一般の最終消費者の気持ちに応えられていないことが多く、ギャップを感じることばかり。

だらしない感覚を蔓延させてしまっては、後戻りできないことがほとんどで、最後は海外でつくって国産みたいな偽装につながる話だが、昔から本当にそれが多いのが日本の繊維業界でそれをやればやるほど大手企業なのが残念な話。

林与の看板は実際に作業をするタイプの鉄板、織るだけでなく、糸、染、加工までも批判してしまうから嫌われるのも分かるけどもそれがないと。熱い気持ちの人がプロでないと案外家庭設備レベルのところの設備じゃなく人がフルに動いたモノづくりのほうが役に立つことも多い。

人がフルに動けるのか動けないのか、フルに動けないならフルに動ける人が評価されるのがモノづくりの世界で、私が仕事を始めた日に、すべて私のいうことをきいて伝統工芸士の勘一爺さんが私のために一生懸命に動いてくれたこと。もちろん高齢なので私が仕事のほとんどを用意してやってもらうだけど、仕事始めたばかりの27歳の私の思いを一生懸命に聞こうとして動いてくれて、ありがたいなあと思った。そういう人こそが覚悟を決めた人だけど、覚悟決めている私に逆らう人も多くて、私自身はそういう逆らう人の足りない仕事も補う覚悟、酒飲んで仕事みたいな先代すらもが私に逆らって最初の1日のアルバイトの感覚もないのが残念な話。それでお前は屑だみたいな説教垂れいて、彦根で近くの方の息子さんの結婚式があったときにも、電話があって何の悪気もなく精いっぱいに迎えにいったけど普通でも1時間かかるのを混雑に巻き込まれて1時間ちょっとでついて、ついた私に、お前何してたんだという話。自分が勝手に他の人も送る話作ってその人が遅いから先にタクシーで帰ったのをすごく残念に思っている面倒をみられるがわの馬鹿もの。

くでんくでんに酔った自分を立てるために自分の息子を犠牲にして生きるという屑の世界を仕事についた20代のときから見ていたから、ものづくりするものが消費者の期待に応えられない本質を忘れては経験が長くても業界も人間の屑ばかりになると思う。酒まみれの人間が消費者の心をつかめるのかというと、一番嫌う話で、そんなバカは早く仕事をやめてほしいだろう。だから、海外生産が主体のユニクロや無印の人のほうが健全で日本の繊維業界に役立つという当たり前のこと。酔いどれを救うために動いては恥でしかない。

酒に溺れ、株、土地、ゴルフ会員権でうぬぼれて、自分自身が一切の作業もきらってワシがするのかの、堕落した親を見て、なんとかそんな親でも成り立たせようと3日徹夜して限界超えてて、3日目の朝におじさんが来て3時間寝たら、母親があんたいつまでねてるのおじさん来てるわよの、クロネコに一つ荷物をもっていくももったいぶる仕事しない母親。

地場産業の末路そのものを林与の中に見ながらも、地場産業というものはもっとまともでないといけないと思う。業界でもそういう林与の先代とかそれになびいて実際にそんな親でも覚悟決めて親だからと支えようとしても難しいレベル。そんな仕事しなくなり上がった何億もの借金を自慢するカモな親を支える力こそが私の本当の力で20年以上やってきた。外の社会を知らない田舎の爺さん婆さんたちというのはほんとうにきついわと思う。

よくいわれるのが親の悪口をいうやつは許せんとか平気で言われるけど、今すぐに何億ふつうに被れるのそういう人ほど絶対に無理な話でそれを普通にやっている人間を、まだ見下して、説教垂れている田舎の年配社会だったりで、そういう人がいなくなってやっと普通のことを話せる世の中が生まれる。

林与の先代のようなものがいてはと思うのが、先代が一番にたよっていた京都の生地問屋さんも同じ末路で、先代が成り上がって大物経営者気分で、好き放題に広げて苦労も知らずに大盤振る舞いが成り立たなくなったときには、地道に働きもできない人間というだけのこと。偉くもなんともなく、その先人が築き上げたものを1代で失っただけでなく、次の世代が馬鹿にされながらすべて背負って地道にそういう先代たちの失敗を片付けるような話。手本となる先生がいないのが繊維の業界だが、私には自分のことよりも自分が支えることを当たり前にやってくれているような手本となる人が3人いてくれたのが、今の私の人生観や仕事感にもつながっている。何億の借金残してお前は将来ワシに感謝するという親もいるのが田舎の繊維の世界で、酔いどれの親というものはその程度も馬鹿も多いを分かって対応してゆかないと、良い時代に問題ばかり増やして、後始末を厳しい時代の次の世代が背負うだけの話。

私自身はそういうのが仕事始めた最初から見えているから嫌われ者だったかもしれないけど、だから仕事が出来たりもする。そういうのになびいて持ち上げていると、そういうのに染まってしまって、長年の経験者でもアルバイトの最初の1日くらいの仕事すらも難しくなる。勘一爺さんが先代を持ち上げてはいたが私が先代は奢ってしまって本当に駄目だよというと、その時点で私の言うことが正しいとまともに働こうとしている私を支えてくれた。それこそが本当に支えて働く姿だと思って、駄目な経営者の駄目を分かる職人がいてほしいし、自分が養われるでなく環境を支える気持ちで他の人を支えて働いてほしいと思う。自分が働いて他の人をささえるが基本だろうがそういう基本すらもなくなって偉そうなのが野党側にも雇われる側にも多すぎる。また、そういうだらしなく食いつぶすタイプが政治家や行政にもあふれかえっていて、そのしわ寄せを背負うこれから生まれてくる赤ちゃんたちが大変だったり。
2020年12月09日
織物の仕事、今、50歳を超えていて普通だとなかなかするのが難しくなる年頃になっている。織物は経験よりも行動力的なところがあるので、その一瞬一瞬の動ける力があるのかないのか。年を取ると落ちていくのは、ほかの経験者の話を聞いていても、若いころの3分の1しかできないとかいわれ、やっても間違いも多くそれでは仕事として食べていくのが難しい。よく聞くのが若いころは働いたという言葉だけど、そういうのは今はできなくなっているという意味を含んでいる。

年をとっても食べていけるのはどちらかというと頭の世界。いろいろと細かいことを正しく動けたりするタイプの人だと年をとっても時間さえ使えば若い人に負けることもないだろと思う。それなりに体力も若い人以上にあるけども、頭やデザイン的な部分で、新しいことをさらにやっていくようなところがないとこの仕事では残っていけないだろう。繊維だけでなくものづくりの世界というのはそういうものである。誰かに代わりにやってもらおうとか食べさせてもらおうとかになるとお荷物になってしまう。

私よりも何十年も経験の長い親戚の人にも面倒をみてもらわないと困るみたいな話をされたことがあるけども、人というのはそんなもので、面倒を見る側と面倒を見られる側というのは、経験の長さではなく人生観で、面倒を見られる側が経験を積んでも面倒を見る側になるということはなかなかむつかしい。相手の面倒まで見ようとせず自分の面倒は見てほしいという生き方。人というのはスケールの違いがあって、できる人とできない人の差は大きい、やらない人ほど仕事に文句をいうもので、仕事をやっている人というのは自分がやるだけなので仕事に対して文句を言わないものである。

仕事があって喜べる人と喜べない人がいて、私は自分で仕事を作るところから始めてやっているので仕事があればうれしいけども、やらされているだけの感覚の人というのは仕事というのは、一つのできる仕事も難癖付けるところから始まることが多くて、仕事そのものよりもその人に仕事してもらうことのほうが大変だったりする。林与の自分がやってきたという家族のものでもそんな感じなので、仕事には向かないんだろうなあと思う。仕事しない人間がこの仕事は駄目よとか平気でいってるので、1日のアルバイトの人のほうがちゃんとした仕事ができて情けない話である。駄目なのは人なので、繊維の簡単な仕事もやる気のない人がほかの仕事は到底無理な話なのである。うまくいっている家族経営というのは、自分自身が生み出す力のある人たちがやっているタイプで、経営者の家族というだけで仕事しない社長気分みたいなのが多くいると駄目になって当たり前なのである。家族経営が難しいといわれるのはそのあたりだろう。外で普通に働くのが楽すぎるくらいでないと自分で独立して商売をするなんて無理よと私が若い人にもいうのは自分自身の経験から、昔なら海外の競争もなくそれもできたが今は実際に自分が動いて成り立たせていけるタイプの人でないと。

ややこしいのは先代も70歳で亡くなったが、亡くなるまでは立て直すはどうしようもできないこと。亡くなってもまだまわりが引きずっていて立て直すために変わろうとできない。まともに働く最初の一日がないと駄目なんだけどもその最初の1日がなかなか。先代にしても亡くなった時に、先代のことをよく思っていた人と悪く思っていた人の差がはっきりと見えて、酒飲んでお調子者の駄目な先代を正しい方向に本当のことを先代に言って誘導しようとしていたのも私くらいだろう。

私が中学生の時に剣道の全国大会に行ったが、引率でついてきた親父が高校生にビール飲ませて大物気取りの勘違いは、ほんと田舎のおっさんだなあと思った。しなくてもよいことを自分の甲斐性だと勘違いしてやってしまって存在すると逆にややこしくなる。例えば大学生が高校生に一緒に飲もうはわかるけども、良い年したおっさんがそれをやったら駄目で、何杯も勧めて飲ます。ほんとそれが林与の先代のだらしない人付き合い。そんなための場でもないことをわからないとだめなんだがそういうのがない。そういう場がないと気に食わないし、そういうのに付き合えない人間でないと気に食わない。また、私ももちろん防具も荷物ももっているが、先生の防具を持てと、小さなカバンひとつの手ぶらに近い親父が私に言うのは無理な話で、酔ってもいない状況でも頭がまともじゃない、自分が一番手ぶらで全体を仕切ろうとする、そういうおっさんがいると全部のバランスが崩れる。そういうほかの人間を仕切りたいお山の大将がいるとまともなものが転んで、ややっこしいのである。

まあ、そういう世間がみえなくなった親父が亡くなってから株とか土地とかゴルフ会員権とかに手を出して何億もの借金問題を解決するのも自分が地道に働いて返すのが仕事。酒ばかり飲んで破綻するのは当たり前、仕事の最初の1日の覚悟で地道に働いたらよいだけだと思うのは私。林与の家の中だけでなく、同じようなことは次の世代の人には必要ないことで、白い状態で次の世代に物事を渡していくべきだろうと思う。酒飲んで有頂天になって浮かれた親父が、お前にどこどこのゴルフ会員権をやるとか、高校生の私がいうのは何も残さなくてもよいから全部売っておいてくれということ、すると、親父はお前は将来ワシに感謝するというが結果は、そういう自分が人間としてどうしようもなくなってしまっているのが見えない毒。経験者というのはどうしても驕りがあって、新しい人を自分の言いなりにしようとするが、次の世代のほうが外の世界もしっていて、外の世界と中の世界の両方の価値観のアクセルとブレーキの中にいる。しょうもない上下関係とか人間の見栄とか早く捨てて、素直に仕事に取り組むような人間性を養うべきだろう。偉そうな経験者よりも、経験のない一所懸命な素直な人のほうが1日でも役に立つ。

田舎の泥臭い繊維の世界が小さくなる一方で、ユニクロや無印などの経験の浅いところが伸びてゆく。当たり前のことが起こっているだけのことにも思うのは、林与の家の中をみてもそう。ようやく田舎でも年下の者に酒を無理やり飲ませるとかもなくなったけども、林与の先代みたいのが田舎の問題の一つだったのだろと思う部分。そういうのが浄化されていくのは大事なことだろう。大事でもないことを大事大事といつまでもやってても仕方があるまい。何かを残していきたいなら覚悟を決めたものが自分自身がやって支えてゆけばよいだけのことで、次の世代の人には白い形で残してゆくべきだろうと思う。問題を生んだり問題を先送りばかりでは若い人たちがややこしい問題の解決を強いられて気の毒である。ものごとは、やってる自分たちが無理と思ったら先送りしないでそこやめておけと思う。

いつまでもワシがワシがでは駄目で、年取って普通の仕事ができんようになったときには、次を立てて言うこと聞いて作業するようにならんとなあと思う。昔はそれがあったから日本のものづくりは強かったんだろうと思う。でもそういうのは若いうちからそういう姿勢でやっていないと後から身に付くものではないだろう。結局はそれが実力だろう。

私自身もまだ仕事はやっているけども次の世代の人たちが仕事も人生も思いっきりやれるようにものごとを持っていくべきだろうなあと思う。
2020年12月09日
年末納期の予定のものがいろいろとあってそのための準備作業などに追われている。昨日も順調に動いていた織機の一つのアンダーモーション昼過ぎに壊れて何が原因かわからなかったが、たぶん、そうこう同士がぶつからないようについているプラスチックのパーツの前2枚の取り付け位置がおかしいことが原因で、それにより、そうこうの角が3枚目の走行にぶつかったために壊れたんだろうと想像する。

アンダーモーションに掛かっている金具を取り外しゆがんだのを矯正して取り付けなおすのと、プラスチックパーツの位置を移動する。所要時間1時間くらいの作業だろうか、結果、問題なく動くようになって、一安心である。でも、誰があの位置にプラスチックパーツをつけたのかは?である。

仕事をしながらではあるけども、できることの展開の一つとして、近江上布アーカイブの整理をしてデータを資料化したいなあと考えている。複合機のファックスでデータをスキャンして、それをレーザープリンタ出力だと今一つだから、顔料プリンタで出力するとたぶんいい感じの冊子のひな型できるだろうと思う。その冊子のひな型をもとにデータを整理するのが一番良いだろうと思うのである。年末年始も私は仕事なので、仕事しながらそういうのを試作してみようと思う。業者に投げることは簡単だけども、自分でオンディマンドで変更を加えながら作れるというのがモノ作りにも共通する要素。織物を作るよりも難しくないことなので業者に投げるより自分で自分の環境でできる形を考えてみる。

以前、ある方に織機を譲ってもらう話があったときに作られた見本をすべて処分してしまわれたという話で、それは本当にすごく残念なことでそれだけでやってこられたことの8割9割のことを消されてしまった話に思う。自分がゼロからスタートするよりもそういうのを引き継げることがものづくりの大事なところ。また、試作からになると自分だけでなく糸加工や染工場さらには加工工場まで一から出直しとなって今の時代にそれは酷なことで、織機が入ったとしてもほかの会社が疲弊してしまう。生地サンプルを大事にする感覚というのは普通の人以上だと思う。一つの生地を作る時にも、打ち込みを変えたり糸を変えたりして、自分なりの満足できるあたりに落とし込めないと何時間も使うことが多いが、その間にいろんなタイプのバージョンが出来上がるが、それも一つの大事な成果物で、自分が経験してどのくらいの厚みが良いのかとか経験した人でないとわからない経験を積むことができる。

普通は、そんなに時間を使わないのが普通。インチ1本2本の打ち込みの違いくらいどうでもよいだろうことだけども、案外、インチ1本2本の調整を掛けたりする。チェック柄の時などは、加工した後を想定して柄の縦横の比率バランスを考えたり、自分がする作業以外の不透明な部分も考慮して一番良い結果になるだろうと思う規格を決める。加工というのはばらつきがあって、1反の始まりと終わりは伸びてしまっていることが多いので参考にはならない、加工上がりの幅が広ければ縦方向は縮んでいるし、加工上がりの幅が狭ければ縦方向に伸びている。加工工場の中でそういうのを一定にコントロールするのは1反の中でもばらつきのあることなので、加工ロットが異なれば、仕上がり幅が同じだとしても収縮率などの安定性の問題が出てくることになる。私がたかだか30㎝角を送って出す検査結果よりも、幅なりに1mをきれいにカットして、水洗いして脱水掛けて干してみてどれだけ縮んだかをみるのが、収縮物性を見る上では一番良い。

サンプルの時に、数メートルのサンプルを作ってその収縮物性検査をしてその数値を信じるというのは、素人ちっくな話で、数メートルのサンプルは引っ張られてしまってることが多く、正しい収縮物性は出てこないのが普通にある話。そういう程度のものに苦しめられるのが機屋だったり生地を企画する人間だったり、また、麻の場合には、色によって縮率が変わることも多く、白と黒とでは物性は大きく変わる。色違いというだけでなく物性が違うのである。染料を乗せた黒は固くなりがちである。カラーバリエーションを企画するときにはもう企画時点で、白と黒とを別規格として考えていないといけないくらい。リネンの場合、オフ白は通常8分の7晒とかで、生成は8分の1晒とかが普通。それだけでも、物性に違いが出てきて、白は柔らかいけども、生成は土から吸い上げた養分などが色として残っているのでざらつく。晒は水が入りやすいが生成は油分があるとされ水を吸いにくいとか。見えないところにいろんな苦労があり、麻の先染め織物が少なくなっているのも理解ができるところである。
2020年12月08日
オリムパスのストリングが手に入った。ストリングIIではなくて、金属でできた感じの初代ストリング。探していたものが手に入った満足感はひとしお。

実は、ストリングメイカーがなくても、電動ドリルなんかがあれば、3つの糸に強い撚りをかけて、合糸して半分程度の逆撚りをかければ、どれだけでも長いストリングをつくることは可能である。

ミシン糸なんかも60番のミシン糸は、60番の単糸の糸に強い撚りを掛けて、3本揃えて逆撚りを掛けてできているからミシン糸として丈夫だったりする。

糸にはもともと地撚りがあって、リネン糸だと1mあたり番手掛ける10倍くらいの字撚りがしてあるようなイメージをもっているが、紡績工場によっては、半分くらいの字撚り数のこともある。

ソフトなリネンというのは撚り数を減らすことで作り上げることができたりもするが、あまり撚り数がすくないと、糸の強度が低下するのと毛羽の問題で織るのが難しくなる。
2020年12月07日
今日は朝から整経作業。糸の箱は30kgくらいあって、それが小さければ問題ないけども、持ちにくいほどに大きいから、2階の整経場まで糸を移動するのが大変。まあ、運動と思って、1個1kgの糸の巻いたのを7個づつ抱えて階段を上がるを繰り返し、スタッフの女の子も一緒に150本を建て終え、前まで引っ張って整経作業。

太い糸なので切れないんだけども所々に大きなフシや糸がぐちゃぐちゃとなっているのがあって、それを取り除きながらの整経作業。お昼前までで終わるかと思ったが終わらず、午後からお客さんなので、昼前からその準備を始める。

今日の午後からのお客さんは、奈良の機料屋さんとシャトルをつくる会社の方の2名。数年年ぶりにシャトルを作る。前回は20個つくったので、今回も200個をつくるのだが、シャトルの管が短いタイプと長いタイプがあって、今回は長いタイプにも使えるようにシャトルの受けの部分を少し変更する。

短いほうの管は300本くらいしかなく、長いタイプの管はたぶん2000本くらいあるだろうから、長いタイプの管をメインに使う形に移行をしてゆこうと考えている。短い管よりも長い管のほうが糸がたくさん巻けるので、長い管を活用できるほうが管の交換回数も減ってありがたい。

シャトルの会社の人と話をしていると、シャトルのことをいろいろと詳しく理解できるようになった。425と書いてあるシャトルがあったが、それが425gではなく誕生日の刻印みたいなものということで、透明の刻印で290とあるのがシャトルが290gであるというのを表しているとか。

1枚物の樫とかよりも圧縮板のほうがつよいとか、他の産地のシャトル織機のシャトルの事なんかも雑談の中で知ることができ、また、シャトルのネジが硬くてネジ山がつぶれてしまうのも、マイナスドライバーで外してもらって長年の悩みが消えた。新しいシャトル20個の注文の仕様も決定し、お天気も気分も晴れ晴れとした一日。

そのあと夕方から整経作業の巻き取りを行って、ビームを機場に下したが、いつもよりも力がみなぎっている感じで、そうとうシャトルやシャトルの管の不整合的な部分がトラウマだったのが解決できたからだろう。1年に7個から10個は壊れてしまっていると思う。

シャトルは1台にいろんな大きさのものを使うことはやめたほうがシャトルも壊れにくい。まったく同じ形の同じ重さの同じタイプのシャトルを使うべきで、杼箱にはいろんなタイプのシャトルが収まったとしても、反対側のピッカーの幅はどれか一つのタイプにしか合わせることができないので、同じ大きさのシャトルを使うことが一番理想的なのである。

林与の織機は片四と呼ばれる片側四丁杼のタイプ。着物の両側6丁杼とかに比べるとシャトルの数はすくないけども、太い麻を織ると麻は経糸切れなどが多いので、糸が切れた時にシャトルが織機に挟まることはよくあること。シャトルも壊れやすいし、織機も壊れやすい。

シャトル織機というのはジャグリングのようなもので、動いているのをみていると手品のように思える。昔の人というのはシャトル織機なんかも作ることができたんだからものづくりが器用だったと本当に思う。

シャトル織機のよいところは、捨て耳が出ないところもエコで良い。実際に横糸が1割ほど少なくて済むので、それは先染めの麻糸だと1mあたり50円から100円くらいの差になることもあって、コスト面でも案外大きい。ただし、織れるスピードがレピア織機の半分以下であるというのと、横糸切れなどのときの処理でギアを戻すなどは勘のようなところがあって慣れが必要である。また、織機ごとの個体差や癖もあるので、それぞれの織機に人格があるかのように対応してあげないとまともな織物が織れないあたり。

上手な人が織機を扱うと織機の調子はどんどんと上がってゆくが、下手な人が織機を扱うと織機の調子はどんどんと落ちてゆく。
2020年12月06日
今日は、日曜日だったが、大阪から上田安子服飾専門学校の大槻先生が生地を選びにきてくださった、オープンキャンパスが開催されていて、30分ほどで生地を選んで夕方には学校に戻られた。

先生というのは、日曜日とかのほうが落ち着いてプラスアルファのことをできるんだろうと思う。私も日曜日は外の世界が動いていないので普段できていないことなどをやったり、遅れていることを追いつくのに使ったりである。

繊維の世界では、今の世の中でもサラリーマン以外の方というのは土曜日も日曜日もないことが多く、私もアポイントを入れられる時に、一般の会社員の人の対応はウィークデイで、ブランドを立ち上げておられる経営者やブランドオーナーの方とは週末に来てもらうことが多い。

仕事を仕事と感じているうちというのは、仕事で超えた世界にはたどり着けないだろうなあと思う。それで犠牲にするものも多いけども、普通の人々の世界を成り立たせるためにも誰かが超えて働いていないと特別な世界は生まれないだろうなあと思う。

食べていく分の普通の仕事くらいは普段やって、週末とか夜にアドバンスなことを考えたりやったりするくらいでないと、外とのバランスもとれなくなるだろうなあと思う。私が、よく若い人にいうのは、昼間は普通に働いて、空いた時間にやりたいことをやるのが良いんじゃないのかということ。

普段仕事で繊維の世界にいる人でも、仕事の時間に自分のやりたいことをしている人というのは少なく、他の人の依頼に合わせて動いている部分でお金をいただく形がほとんどだろう。特に繊維関係ではお客様の好みや体形などが関係するので希望がいろいろとあってそれに応じることが仕事となり、それに応じないものをつくったところでお客様は喜ばないだろうというのが分からないと、お客様ともぶつかるばかりだろう。それで仕事が欲しいとかいってもお客さんに選ばれることは難しいんじゃないだろうか。自分が好きにつくったものをお客さんが喜んで買ってくれるとこに持っていくためには、普通を超えた感覚持って仕事していないと難しいだろうなあと思う。

仕事が嫌嫌やってる人がつくったものを評価して買ってくれる人というのは少ないだろう。やはり、普通は嫌なことでも割り切って当たり前にやって超えたところで仕事しているプロ意識みたいなものがないと評価もされないのが相手のある仕事というもの。

繊維の世界で、儲けを気にしている仕事のお客さんには同じような対応で良いと思うし、儲けを考えない仕事のお客さんには儲けを考えない対応で良いと思う。そうでないとバランスが取れないことが多い。結局、儲けを考えないお客さんほど良いものを手にできる結果になしさらにそのお客さんのお客さんである消費者が良いものを手にできる。儲けを気にしているお客さんに対しては同じように儲けを気にした商売で良いんじゃないかと思う。口先三寸の人だと、その方が挙げているくらいの利益を要求をすると、すっーと離れていってくれるから、そういう人や会社のために無理をすることもなく楽になれることもある。

2020年12月05日
今日は東京に日帰り。朝7時にスタッフと一緒に車で東京に向かい、手織り織機を分解し、乗せて9時過ぎに会社に戻る。このコロナで縫製や手織りのブームが来たみたいで、それはコロナの裏でコロナに対応すべく、価値観の見直しなんかもあって悪いことばかりじゃないと思う。

この手織りの機だが、大事に使われていたのがうかがえる。雰囲気が良すぎて実用性重視の私のようなおっさんにはもったいないと思える。私なんかは時間がないので、大事に使ってもらえる方に使ってもらおうと予定を立てている。

手織りで難しいのは織ることよりも整経の部分だろうと思う。まあ整経の部分は私が普段の仕事の流れで会社の機械を使ってやればなんとかなるだろうと思う。あと糸なんかも会社のシャトルの小さめのを使えばよいんじゃあないのかと考えている、糸を巻くのもシュワイターで巻いてとか。

織密度に関する筬と糸の番手との相性などはやってみないと分からないところがあるけども、今の筬が荒いので、会社の筬を代用するような形がよいだろう。多分使えるんではないかと思っている。グリモクラなので糸ソウコウなので、ウールには向いても、麻糸を織るには糸ソウコウはあまりよくないかもしれない。糸ソウコウを、ワイヤーヘルドに変更したほうが良いだろうと考えている。オリジナルのパーツはパーツで残しておくというのは大事なこと。
2020年12月04日
今、アパレルを中心とした繊維業界というのはかなり厳しい状況を迎えているけども、これはコロナだからというわけでもなく、コロナ前の11月とかでもかなりアパレル関連は落ち込んでいたから、逆に、コロナで雇用調整などの助成金が繊維業界を救った感がある。

林与は小さな会社なのでやらないといけないことに追われていて休むどころではないけども、多くの繊維の現場が仕事が少なく、企業の多くが雇用調整の助成金を使ってこの半年ほど半分休みにしているようなところが多い。それもこの12月末で助成金が終わることで、本当の厳しさに直面することになるだろう。

昨年の11月に大阪でのイベントに参加したときに、京都の企業さんが、この1年で、京都の整理工場の半分がつぶれるだろうと言われておられた。コロナ前の話である。オリンピック前で地価も上がっていた京都でその話。今はコロナで廃業を決意されたところも多いだろう、高級なものほど売るのが難しいような状況。

廃業を決意されるのには、例えば1m100円の加工の値段を10円上げるのに同意も頂けないというようなことで、10円値上げしたところで経営が大きく改善するわけでもなかろうけども、その10円の値上げすらもお客さんが認めず、廃業を決意されつたえると、お客さんが急に値上げしても良いので続けてほしいということを言い出され、辞める決意が固まったとおっしゃってられた。

また、近くの撚糸屋さんが廃業されたときにも、仕事が少なく廃業しなければならないとお客さんのところに相談にいったときに、そうですか、と言われて終わってしまって、一生懸命にやってたのが馬鹿に思えたとおっしゃってられた。

林与も昔は別の撚糸屋さんにいろいろと撚糸を頼んでいたけども、撚糸屋さんから合繊の撚糸が忙しく手間が掛かってしまう麻の撚糸はやめますといわれ、無理してやってもらうのも気の毒で撚糸物をやめた背景がある。その時はまだ糸なんかも良かったけど、今の糸だと撚糸も以前にまして難しいだろうと思うので正解な判断だったように思っていた。その後、小ロットで他の撚糸屋さんに頼んだ時も苦戦されていて、その工場も普通の撚糸設備は出されてしまったようだ。

昔は、リネンを撚糸すると落ち感が出てソフトで柔らかくなったのに、今は、落ち感が出ずジャリジャリ感が出てしまう。リネンの糸質の変化も含め、昔出来たことがどんどんとできなくなっている。5年10年が早いと思うのは、当たり前にやってたことでも、5年10年後にはできなくなることが多いから。よほど無理してやっていないと特色のある世界というのは保てないということだろう。そして一度消えたものはもう戻ることはほとんどないし戻ったとしてもまったく違う形だろう。
2020年12月03日
久しぶりに自分の名刺をプリントアウトしようと思って、そういやあ、インクジェットプリンタが、先日の会計のプリントを印刷するときに目詰まりを起こしていたなあと思ったりした、もうこのインクジェットプリンタもお世話になって5年くらいにはなるので寿命なのだろうかと思ったけども、1年ぶりくらいだろうかインクを新品に交換してヘッドクリーニングを数回したら、目詰まりもなくなり、キレイに印刷できた。10年くらい前のインクじぇとプリンターだけども、名刺サイズを1枚ずつフチなしで印刷できるタイプなので希少といえば希少なモデル。

自分自身の定義の中では、デザイナーやクリエイターというのは自分の中からデザインを生み出して物を自分の手で生み出して行くのが筋。自分の中からいろんなイメージや価値が生まれてくるのがそういう存在。

名刺や会社案内やホームページなんかも林与は、自分で作りたい派。展示会のブースなども林与は業者に任せずに自分でイメージして作り上げる。布を作ることに比べるとそういうのは逆に簡単なせかいだったりして、自分でやると思い通りのイメージに作り上げることが可能。プロに任せてスタイリッシュなのもカッコ良いかもしれないけども、林与は自分でできる範囲で自分の限界も知りながら自分らしい世界を作るところにこだわる。
2020年12月02日
仕事とし働くよりも趣味として働いている人のほうがより高度なものづくりに挑戦もできるのかなあと思うところも多い。仕事だと前からの値段が通らないとか、高いものは売れないとか、の話が多く、どうしても値段が下がる様なものづくりが多くなる。

手織りの人たちが趣味の世界で作るものづくりというのは良いものができる。対価を求めないと割り切っているからだろうと思う。一級のクリエイターというのはそういう人たちだろうなあと思えたりもする。たぶん、対価を求め始めたらいきなり質が落ちるだろうなあと思えたりする。

なにか他に食べていく方法を持っていて織物をやっているような人ほど、自身が求めるような布づくりにたどり着けるんじゃあないだろうかと。デザイナーやクリエイターというのは、感性なんてものでやっている人だと問題だらけでまともなものにたどり着けないことが多い。やはり、自分を叩いて叩いた経験をもってものに作り上げる力をもっている人でないと無理なんだろうなあと思う。

繊維の世界もやってない人がやってる人に文句や要求みたいなことばかりが多くなると衰退していくことになる。良いものができて初めて仕事みたいな感覚がないと、働いたから仕事では長続きはしないあたりだろう。私も家族の者に若いころから言われたのがちゃんと仕事しろみたいなことだけども、実際に地道に覚悟も決めて仕事を何でもしているのは私なのだが、先代にしても母親にしても、若いころから作業一つも面倒がって1日のアルバイト未満で文句ばかりでは衰退するのも当たり前だよ、面倒くさがりなジイさんバアさんの世界で、他の人に仕事してもらって仕事だったけのこと。そういうジイさんバアさんほどだらしないことを平気でいってやってるから、繊維に入ってくる若い人たちが仕事にまともな気持ちをもっているのを、大事にしたいなあと思う。そしてそういう林与の家の中の面倒くさいクチジジイクチババアなどうしようもない世界に染まらないように誘導をしていきたい。

林与の家の中だけでなく、林与の親戚筋の商売のおっさんも駄目な人で、どうして田舎の繊維のおっさん連中駄目なんだろうと思う。時代が変わって落ちぶれたなら落ちぶれたで、ちゃんと仕事して立てと思うが、なかなかそれを昔からやってないからできない。そういうのが偉そうに続けていると単なる世間のカモでしかないが、そういうカモが今度は他に集り始めるから、そういうのに引導を渡し制止するのもそういうのの後を背負っている私の役目なんだろうと思う。

繊維を商売として仕事している人というのはそういうあたりで繊維の世界に向かない人が多い。林与も5代前の勘平爺さんは飲んべいで、どうしようもない駄目な爺さんとして親類一同の恥として語られている。そういう駄目な親をもつ貧農だった與次右江門じいさんが、17歳で機織りで近江上布の織元を立ち上げたのが林与の商売としての織物のはじまりだが、同じように酒に飲まれた先代がどうしようもない借金できる甲斐性自慢のまさにカモそのもの話。与一じいさんのころは無借金で財を成し、借金してまで仕事するなと、息子である先代に厳しくいってたのだが、やはり、先代は一代ですべてを失い、さらには信用があるから金が借りられるのだと借金自慢のカモそのもの。他の産地のまともに商売している機屋さんみていて家業を守るというのを大事にしておられうらやましく思うことも多く、他の産地にも似たような話は多くあって、先代のようなタイプのアホな方向に勢いのあって成金的なうぬぼれた経営というのは、全国どこでも時代が変わると当たり前に消えてゆく運命。


今残っている機屋や繊維関係というのは、地道に働いていたり堅実な経営のところが多く、金や名誉欲に溺れない成金タイプじゃないところがほとんどで、切磋琢磨して努力肌で技術では一番みたいなところがほとんど。これは業界は別として日本の永続企業に共通する概念そのもので、国民を欺いてなんぼの政治家や行政のようにうぬぼれないことが大事そのもので、消費者の期待に応えたり、消費者を騙さないことが本当に大事。