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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2018年6月
リネン日記:13
2018年06月30日
今日は、テキスタイルマルシェの店頭は、たくさんのお客様がお越しくださり、たくさん生地もお買い上げいただきありがとうございました。スタッフが店頭に立って大忙しだったようです。白い生地や黒い生地へのご要望も多かったみたいで、白い生地と黒い生地の在庫が少なくなってしまっており、持ち込めた量が足りなかったようです。

私は今日は工場で作業、つくる仕事のほうもいろいろなご要望をいただいており、それを前に進めていくのが一番仕事の大事な部分で、販売よりも作る部分に時間が掛かってしまうのが悩みの種でもある。まだ、私は仕事するときに全力モードに入れ年を取るごとにできることも広がって行くが、普通の織物工場では当たった担当の仕事を覚えそれだけを基本の仕事としてずっと仕事しつづけるという織物工場が多い。慣れる事で意識せずに仕事ができるようになる。それこそが職人のメカニズムなのであるが、それが当たり前になると苦労のないところで仕事を流してしてしまうので、新しいものをつくるとか、手が空いたときや急ぎのときに自分の担当以外のことをするとかが、なかなか難しい。

生地を売るのが難しいと嘆いていないで売れる生地は何なのかを考えて作ってゆくとか、売り方を考えていくとか柔軟性をもっていろんなことをやっていくことが大事で、嘆いて何もしていないとか、仕方ないでは他の人たちに追い越されてゆくだけ。働いている自分たちが成果を上げて行かないとと思う。

テキスタイルマルシェで気が付いたのが、ほかの生地やさんでの生地というのがインクジェットでのプリント生地が多いというところ。かわいいモチーフのものが多い。テキスタイルデザイナーがコンピュータで絵を描いてインクジェットの技術で紙にプリントするのと近い感覚で、それを生地にできるような時代になった。
2018年06月29日
2日間、かなり無理をして、今日はテキスタイルマルシェはスタッフのものに立ってもらって、私は久しぶりの体休めと工場の中の仕事。50近くで徹夜続きは厳しいのだが、なかなか現場の仕事も、やりかたは分かっても面倒だからできないということが多いのがありがちなパターン。時間の掛かる部分の仕事が私に残っていることが多い。

テキスタイルマルシェ3日目はお客さんに沢山来てもらえたようで、私が担当した最初の2日よりも売り上げがよかった。忙しかったようである。生地も良く売れたそう。
2018年06月28日
今日はテキスタイルマルシェ2日目、お昼すぎから店頭に立つ。

インドネシアのバティック染の展示会が9Fのうめだギャラリーで開催されている。海外の方が、大江さんのシルクに興味をもたれ沢山お買い上げ、インバウンドだろうかと思っていたら、バティック染めの作家さんたちで、タイシルクを普段は使っておられるそうで、日本のシルク素材をバティック染めに使おうとされ購入されたようだ。

棉生さんと一緒に、バティックの世界を見に行った。伝統工芸的な色合いで、緻密さや手が込んでいるのを感じる。日本の着物なども展示されていて、林与がいまやっている近江上布柄の広幅絣も、こういう場所で展示とか販売を目指せればと思う。100種類くらいつくったらチャンスがめぐってくる気がする。

今日は、この数日の疲れがどっと出て、能登川駅まで帰ってきて、駐車場の車の中で3時間ほど寝て家に戻った。両足首が凝ってしまって、電車の中のイスに座っているのも苦痛とか。東京の夜行バスで寝た以外はほどほとんど寝ていなかったので、眠る必要があるのだろう。明日は私は会社に残り、作業することにした。

2018年06月27日
今朝は、ぎりぎりまでテキスタイルマルシェの準備をして午前9時に売り場に到着。他の出展者の方が手伝ってくださってなんとか、準備ギリギリ開店に間に合う。東京から昨日の夜帰って、一人でなんとか準備できるところまでやって出発。留守にする現場の準備もしないといけない。現場を助けながら外のことをやっていくというのはどれだけ時間があっても足りない話になる。

どこの会社も同じような状況なのかもしれないと思うのが、テキスタイルマルシェが成り立つのも自分たちでそういうイベントをやっていこうという人がいるからというところでしかない。逆に、会社が大きくなるとテキスタイルマルシェのようなイベントには参加するのが難しくなるのではないかと思うこともある。テキスタイルマルシェは自分で作ったものを売るために準備して自分で売って行けるような理想的なチャンスで、テキスタイル以外に小物を売ることもでき試行錯誤できる自由度も高い。

実際のものを見てもらう場所としては一番くらいによい百貨店の売り場で自分の作ったものを販売できる。そういうチャンスがあるのだから、それに掛けてみないで他のチャンスを探しても仕方ない。今回は、リネンガーゼストールを藍染にしたストールをワゴンに並べてみて、勉強になったことがある。藍染ならすべて同じに評価してもらえるのかというと非常に大事なポイントがあるということ。

今後の藍染するときの参考になった。
2018年06月26日
今日はジェトロの商談会。夜行バスで東京に向かい、豊洲のアパレルさんのところでお昼過ぎまで滞在させてもらう。今扱っておられる商品などをみて、どういうものづくりが許容範囲に収まるのかとか、求められている生地を頭の中で整理する。築地市場の移転問題で豊洲という場所に興味をもっていたが、地下鉄の駅で、半分以上の方が降りられるほどに、活気がある。人が動く場所でないと成り立つような活動は生まれてきにくい。

今、型紙のデータをつくるのにイラストレイターの機能を使おうと考えているのだが、できるのかどうかわからず、イラストレイターが得意なスタッフの方がおられたので、私のやりたいことがイラストレイターでできるのかどうかをその場で教えてもらって思わぬ収穫をいただいた。自分で作業することが自分の仕事が進むこととつながってくるので、壁にぶつかったときにはとりあえずアクションを起こして超えていかないととおもっているのが、今回も人脈の助けで思いがけず前に進んだ。ありがたい話である。

ジェトロの商談会は3時半過ぎから欧米の4社が来日される。前田源商店さんやカゲヤマさん、宮下織物さん、福田織物さんなど、いつも親しくしていただいている会社さんも近い時間帯でご挨拶などさせていただけた。宮下さんとお話していて、宮下さんのところの本業は織物ではなく神社ということやはり織物の歴史と日本の歴史とはつながっている。すごいなあと思うのは技術をもった織物が続いているところ。新しい取り組みもいろいろとされていて、今のアパレルにも評価をもって受け入れられるものづくりをされている。

ジャガードなんか、本数も多く、データをつくるのもされているということでそのものづくりの手間はよく分かる。データつくりなんかも自分ででき問題の修正なんかも自分でできるから強いのだろうと思うのだ。私も型紙のデータつくりなどとことん強くならんとと思う。福田さんのところは娘さんと新しい女性の方がおられて楽しそうな感じで、会社の中にも現場で5人も男の人がいるということで、びっくり。強いわけだなあと。だれもが織れるようにというのをおっしゃっていた。社長が老眼で現場の人が社長が織ると問題が起こるからと笑い話だったが、若い人たちが現場を担っておられ理想的な現場を持っておられる。

帰りは新幹線で帰り、夜中前に帰宅、明日から阪急うめだでのテキスタイルマルシェ。朝まで作業と準備して、久しぶりの百貨店の店頭。いい流れになるとうれしいのだが。明日27日は私が終日立つ予定です。お時間のあられる方は、お立ち寄りくださいませ。
2018年06月21日
今日は、神戸に納品があって、その後、大阪に中古の大型のスキャナを引き取りに行った。近江上布のアーカイブの画像や昔の型紙のデータ保存して、活用できるようにするための大型のスキャナ。近江上布の柄は何千種類とあるので高速にスキャンできるのが良いと思って、大型タイプでは一番くらいに早い現行機種の上位モデルの中古。ドライバーなども手に入れやすい。

実際に業務用の機種というのは販売される個体数が少ないのでパーソナル向けよりも問題が多く、中古を手に入れても情報も少なく、自分で解決していかないといけないことが多い。昔の渋紙の大きさは60cmX50cmくらいなので、パーソナルなA3スキャナでは無理で、A2でも厳しく、A1、A2のスキャナが必要。

最初は、スキャナよりもデジカメのほうが便利じゃないのかと考えたが、レンズによる歪を補正するのが手間といえば手間。スキャナの場合には、補正が基本不要なだけでなく、実物大に取れることも用途的には便利な部分である。
2018年06月18日
今日は、地元のテレビ局の撮影。入社1年のスタッフ斎藤が、シャトル織機を動かしたりインタビューに答えたり、手タレやったり、傘モデルやったり、一方、ギクシャクで取り直しばかりの林与。撮影を通じてこの10年ほどでやってきたことが思い出された。

10年前にスタートしたアイリッシュリネンプロジェクト。当時は織れるか織れないか、織れただけで大成功だと思っていた、1970年代初めに購入した140番手のビンテージアイリッシュリネン糸。織り上げた布は隙のない完璧に思える美しさ、やわらかさ、しなやかさ、そして光沢感。まさにアイリッシュリネンらしい。

追い求めたものが初年度で出来上がり、2年目、3年目と進化させていった。同時に現行の最細番手の150番手を織るプロジェクトもスタート。そちらも成功をして150番手を通常の技法を磨くことでアパレル向けに織れる技術基盤を確立できた。ビンテージの140番手と現行の150番手では、明らかに、ビンテージの140番手のほうが糸が均一で強い。

ビンテージの140番手は基本、リネンハンカチ専用だが、シャツ、インナー向け、ドレス向けにも高価ではあるが生産はしている。


2018年06月15日
今日は、私以外に、3人の林さんと接点があってびっくり。生地商の方、金融関連の協会の方、自動車の保険の担当の方。今日も色々なことがあって早朝から夕方過ぎまで。合間の時間に書類関係を少しはできた。

今日は、午後からジェトロの彦根事務所の方が来てくださり、輸出案件でわからないことあったときには問い合わせなどできそう。今月末、東京のジェトロ本部で欧米ブランドさんとの商談会があり、広幅絣プロジェクト見てもらおうと思う。秋冬向け商談会なのでリネンのストールやリネンの厚手素材をブースに並べよう。

今月27日からテキスタイルマルシェで予定もつまっている。
2018年06月14日
林与の大きな欠点は、家族経営的な会社なのに家族の他のものが織物を織れないところで、レピア織機なら普通私が指導すれば、未経験者でもほとんどの人が、1日で織れるようになるのだが、そういう基本の仕事の作業を評価できないところが昭和の組織的なレガシーなものづくりの問題の一つ。仕事があっても出来る仕事がないという問題につながる。

この問題というのは組織的に大きくなった機屋が直面する問題で、何十年も現場を任せた方々が年を取って難しい仕事や新しい仕事ができなくなってくるとそこで終わりを迎えることになる。産地の機屋さんにしても、経営者は残り、デザインや企画はできても、それを織れる人が居ないと言う問題。まさにそこが日本の織物業での致命的な問題の部分ではあろうかと思う。弊社も常に意欲的にものづくりできる人を探してはいるので、いろいろと好き嫌いな苦自分で作業してみる覚悟のある方にとっては魅力的な現場ではないのかと思う。

地道な作業ができるかできないか、繊細な作業ができるかできないか、力作業ができるかできないか、急ぐ作業が急げるか急げないか。その辺りがかつて言われた日本人は器用だというところで、日本らしいものづくりの質に影響してくる。作業を突き詰めると特別の世界が見えてくることも多い。何十時間費やした作業が、一瞬で駄目になることもあるし、何が大事なのか見えてくる。

素敵に見える布が簡単にできれば、それは他の人でも簡単につくれるから、自分だけしか作れないものというのはやはり自分で作るしかないのである。自分の限界を知るところが一番大事で、自分の限界から規格を10%ダウンしたところで量産のものをつくるとか、量産も難しいものなので他も真似は難しい。

自分のデザインで勝負というのも、自社ブランドで他に販売しないというケースなら成り立つだろうけど。自分に生地を量産できるだけの販路が十分あるのかという問題につながる。普通は、量産のボリュームを狙おうとすると、ブランドさん向けのものづくりとなり、バッティングの問題もあって色と柄を変えてそのブランド用に味付けするケースが多いので、デザインで勝負のはずがデザインはブランド任せになることがほとんど。相手の思うものを自在に作りこなす力が必要で、それは自分が自分の思うものをつくる以上に費用もエネルギーも使うし難しいことが多い。

ものづくりというのは、機械を使おうが人の力の限界がものづくりの限界なので、人の力の限界が先進国?である日本でやるならやはり高くないと難しいと思う。私も外資系の世界で一番よいと思われる電子部品の製造現場も経験したことがあるけど、半分以上の時間を検査に費やす。これは職人が不在ということで、どこの国でもできる装置産業的なものづくり。人の能力が要求もされていないから楽に働けるけど、人の能力も引き出せず落ちて、千人以上も働いていたその工場が閉鎖され、海外に移転されてしまった流れは当たり前といえば当たり前。

そういう優良?な工場が消えた後、その工場で働いていた人たちのかつて経験したことのない苦悩が始まる。別に他の仕事にしても普通なのだが、普通に働くことも難しい体質になってしまうのである。甘やかして駄目にして捨てるパターンに近い。
2018年06月13日
マサチューセッツからクリスティーナとご主人のディエゴと息子さんのパトリシオ君と友達4人が日本に来日。今日は奈良からお客様で、夕方6時に京都で合流。

クリスティーナは、サンディエゴでクラスメート4人でアパートをシェアした友人で法廷通訳の仕事、ご主人のディエゴは、マサチューセッツ大学の教授をしている。息子さんお二人で、今回は次男のパトリシオ君が仲の良い友達4人と一緒に日本に来たいというので、保護者的な来日。

京都の八坂神社で合流後、鴨川の床で、3人でビールを飲みながら雑談。サンディエゴでは、9ヶ月ほど一緒だったので、いろんな思い出話がありすぎてつきることがない。食事は、場所を変えて木屋町の居酒屋に。学生時代、コンパは木屋町が多かったので賑やかなイメージがあったが、もう学生時代に多久さんあった大きな居酒屋は消えてしまっている。こじんまりとした居酒屋を見つけて入る。

パトリシオチーム4人は、新京極、寺町で買い物して、マクドナルドで食べてから、居酒屋に合流して、そのあと、歩いて宿泊先の町家で話して終電で戻るつもりが、京阪電車乗り過ごし東福寺、京都駅についたときには終電がない。ネットカフェで4時間仮眠し始発で帰ることに。
2018年06月12日
今の日本、あり得ない詐欺が放置されてしまっていて、電話番号つきの詐欺のハガキ、警察やNTTも、事件性があるなら対応簡単だろうけど、放置するのがなぜか。

母親にしても、初歩的な詐欺だから放っておけというのだが、警察に行って捕まえようかみたいな楽しそうな感じで、世の中分からなすぎ。警察に相談して警察がちゃんと動いていればこんな詐欺は簡単に解決しているのだ。

豊田商事事件思い出させるけど、騙される方が悪いというのが、駿河銀行問題でも一般のものならヤバさわかるけど、そのヤバさもわからず駿河銀行を優良モデルとして扱ってきた金融庁。詐欺事件の裏方の立役者が行政で、問題が起こってそれを行政指導しても意味はあるまい。

豊田商事にしても目が狂えば優良企業で、法的に問題もないと放置。今の詐欺ハガキ企業も法的に問題がないと放置で、優良で、政治献金もしてるからつかまらない気がする。
2018年06月07日
美学を突き詰めて行くと廃墟になるというのを、大学の一般教養の授業で学んだが、大学で学んだことの中で一番社会に出てから学生時代は分からなかったけど世の中の価値というのはそういう部分で成り立っているのだなあと、林与が追い求めるものとの共通的な要素。木が枯れてその枯れたのがいい感じに思えるとか。

一般的に意味のないものに価値を感じたり楽しめる目を養いなさいということじゃないのか。それこそ豊かな精神なのである。茶道の利休が求めたのも作法じゃなくて精神の部分だろう。絢爛豪華な世界を求めるでなく、ワビサビの世界こそが一番贅沢な世界。これは方丈記ににも通じる。自分の身の丈を知りそのなかで自分の世界を作り上げて行く贅沢。普通のものが最高に感じられるとき、価値観のリセットが起こって、本当の価値観というのが見えるときがある。それは自分の中の問題である部分が大きい。
2018年06月01日
今日は、林与の倉庫のお隣のおばあさんが満93歳でお亡くなりになられ夜伽。お手伝いに行かないとならないのでなんとか時間に間に合わせようとするも間に合わない。母親に本日は代わりに出てもらうことに。時間の掛かる作業を他のものができればよいが、時間の掛かる作業というものほど難しいので私しかできない仕事になることが多い。単純な作業が100点にできないと高度なものづくりには進めない。

作業の動作のひとつひとつに確認作業が容易にできるような動きが含まれていたりするのだが、右利きの人が左手で作業をしたりとかを注意するとその意味を理解してもらうことが難しいことが多い。実際作業の動作が大事なのではなくて、糸の感触を最大限に捉えていることが大事なのであるが、そのために、毎回一番ミスの少ない同じ方法で作業することで、これでよいのか悪いのかというのが分かる。

わずかな引っかかりとかを駄目だと感じられないと駄目で、それを毎回微調整することで、糸の感触を捉える感度が養われてくる。動作が毎回正しくないといけないのもそこ。歩く動作も含めコンスタントに一定のスピードをもって自分が安定した動きをすることで、織物の問題が見えてくることが多い。そういうところが織物の難しいところで、それが感じられると感じられないとでは、仕事一つでも大きな差となるので、早めにそういうのが感じられるようになるためにも、毎回の作業の一つ一つの動きを極めることは大事。