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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2016年2月
リネン日記:20
2016年02月29日
2月29日の誕生日の人は、4年に1回しか誕生日がない。この一日があることで、今年の2月の倒産件数などは例年よりも少なくなるだろう。なぜ、2月が短いかは、もともと、太陽暦というのも農業のシーズンと連動していて3月から始まって12月までだった。農業閑散期のカウントしない期間が月として1月と2月に割り当てられた。
2016年02月28日
今日も朝まで工場で社員が来るまで織機を動かす。急ぎの仕事で昼間動かすと色々と他の問題の発生などの面倒を見る必要があるので、一人夜中動かす。

朝、家に戻ると玄関を開けた途端に中からイタチが飛び出してきた。玄関の下に通気孔の穴が10cm×30cmほど開いていてそこから留守のときに出入りしているようだ。以前から穴が開いているのを塞がないといけないとと思っていたが、母親が穴が開いてないとの一点張りで、実際に確認するとやはり逃げ込んだ玄関の下には穴が開いていた。

被害が何かというと私が食べようと作って残ったシュウマイ10個。このシュウマイは横浜名物の赤いパックのよく見かけるシュウマイなのだが、普通に蒸し器でシュウマイをつくるのが苦手で、フライパンに水とだし汁を入れて普通よりもおいしく仕上げてあるのでイタチが食べたい気持ちもよくわかる。

それと、イタチが玄関の履き物に触れたようで、イタチの臭いが履き物について、それを知らずに履いたらイタチの臭いが足のかかとについて、工場に戻って仕事してもイタチの臭いが気になって、朝からお風呂にはいって、履き物を洗濯機で洗って。言われている通りに、イタチが臭い生き物だと言うことは今回の体験でよくわかった。

他の人が言っていたが、家に侵入したイタチが食べ物がないと、腹いせに強烈な臭いの糞をして去るという。それが本当に腹いせだったらイタチとう言うのはすごい神経をしているとおもうが、たぶん、食べ物がない場所という印で、次にそこに入っても臭いがすればそこを探しても無駄ということ。一方、食べ物があると糞をしないのはイタチは自分の糞の臭いがする食べ物を食べたくないからじゃないだろうか。本能だろうか、自然の摂理か、結果、案外デリケートなところもあるのも感じる。

イタチには悪いが穴を閉じよう。


2016年02月25日
着尺の件で、改善方法がないものかと午後から加工工場に反物を持ち込んで相談。相談する前に、反物の物性を自分なりに分析して、改善方法としてよいと思っていた方法がマイナスの結果になる可能性が高い。加工工場で加工方法の説明を受けて、どうすればベストなのかを検討。やはり詳細が分かればいろんな意味が見えてくるものだ。

しかし、一回で新しいことを行うというのはリスクが非常に高く、検証作業が本来は絶対に必要。だが、いろんな制約が存在していて、そういう作業を正しくしようとしても正しくできないことも多い。また、短いテストだと優位性を持たないこともありえる。

織物を作るときに織るまではなんとかできてもその先のことを煮詰めるのはその織物に応じて完成のところにまでたどり着くための経験が必要となってくる。今回は幅の問題がひとつのネックで一番最初の縦糸の本数からもが制約を受けてくる。

幅というのも入れたり引っ張って合わせることはできるが、無理をすればその反動が悪い物性として帰ってくるので、あまり、生地に無理をさせないようにしないとならないので、本来は、幅というものは自然な仕上がり幅であるというのが一番理想。そうするといくら計算をしていても、麻の生地なんて毎回多少の前後が出てきてしまう。

2016年02月24日
今日は岩間シャトル4号台の問題の解決。3番のシャトルから1番のシャトルに変わるときにシャトルがうまく交換ができない。問題は何かというと、杼箱が勢いよく落ちすぎて、1番のシャトルじゃなくってシャトルの入っている杼箱の上を叩いてしまってみたいな状態。

シャトルの杼箱を固定する板羽根の強さが弱いからだろうという想定で、そこを調節して、ヒガエが問題なくできるように。原因が特定でき間違ったところを調整しなくて本当に良かった。調子が悪いので、機自体を別の織機に載せ替えしようと考えていたところで、結局、大きな時間の節約になったし、正しい原因が究明できて良かった。

一方で、ドビーカードが破損して、キズが発生している。ドビーカードの作り直し作業なのだが、平織のヒガエタイプの3000本近く、私がやっても1時間くらいかかる作成作業。他の案件でも解決しないとならない問題が多く、ちょっとしたことが正しくないとかが命取りで時間がどんどんと足りなくなる。

夜11時、今日の出荷が終わると、なぜか雪がちらついている。これから朝までもう一仕事。
2016年02月23日
昨日、今日とメディアの取材の話で、雑誌とテレビ。本来ならありがたい話なのであるが、今の忙しすぎる状況では丁重に辞退させていただく旨をお願いする。ミラノウニカの匠のコーナーの撮影でも林与にとっては大パニックで、逆に林与の取材のみなさんへの対応が遅れ気味でご迷惑を掛けてしまうことが多い。

普通の会社と違っていろんなものが処分せずにありすぎて、生地生地生地だらけだったりする。そんな会社はないだろうと思うが、林与の事務所も生地で溢れている。みんなはそれを在庫がこんなにあるというが、それは端反でサンプルであるのだが、どれもにお金だけでなく時間も手間も使っているので、気軽に譲ったり捨てたりできるものではない。

片付けてしまうとお客さまが来られたときに対応ができなくなる。良い方法があればよいのだが、ヨーロッパの会社のように、小さなカラーチップにして、生地を配れるようにする方法もあろうが、色無地中心の会社の方法だと思う。やっぱり、枡見本のような大きな贅沢なものをみて布の力を感じてもらいたいと思うのだ。
2016年02月19日
食品とかは産地偽装などがよく問題視される。産地が違うだけで2割3割相場が異なるのが当たり前だったりして、最近もテレビニュースで、ブロイラーの普通の鶏肉を産地さんに見せかけて販売した会社が話題となった。

私も地場産を謳うだけにそれなりに自社でコストを掛けたものを作って納得していただいて売りたいと思う。産地のある社長さんの親身なアドバイスで林与さんは看板があるのだから海外産の生地を上手に使って儲けるほうがよいのではないのかと、いただくが、自分自身が寝ないでも仕事して守り抜こうとするものがある世界だから意味があって、繊維なんて、生地ひとつにしても生地すらもが材料であって、生地が海外産になるなら、製品が海外産であってもよいだろうと、大手のSPAが成功されている。

大手のSPAにしても、成功されている理由は海外産であることをしっかりと謳っていられるからで、正しく動いているし、謳い正しくなければ大問題なのである。リネン日記で、フランス産という表現が正しくないのも伝わって大手SPAのフランス産の原産地表記がフランスあるいはベルギー産に変わったのも適切な道へのひとつのステップではあろうと思う。

大手SPAが一番最初に安価に売り出したリネンシャツは、オーストリア産のリネンだったが、一体どこの紡績工場だったのであろうか。まったく、ノーマークの急にわいて出たオーストリアの紡績工場産リネン、消費者の琴線に触れ爆発的に売れたようだが、今までオーストリアにリネン紡績工場が存在するというのは聞いたこともない世界である。リネンの業界なんて狭いのにそんな情報の信憑性が今も確認がが取れないのが不思議なのが大手SPAのものづくりのブラックボックスであって不思議すぎるのである。

私の情報が足りないのだろうか、オーストリアに商社やかつての紡績工場が新興国で海外生産しているくらいはいくらでも存在するだろうが、展示会などでもそんなオーストリアの紡績工場のうわさすら聞いたことがないのが不思議。2000年以降に、オーストリアにリネン紡績工場が存在するのかどうかという情報あったら教えて欲しい。いろんな展示会などにも出ているけど、オーストリアの紡績工場の存在というのは聞いたことがないのだ。アイリッシュリネンもそうだが当時、本当に不思議だったことのひとつである。
2016年02月18日
今日は、地元の高等養護学校の生徒さんたちが朝1時間ほど見学に来てくださった。高校1年生の皆さんということで、2年目からは、織物、料理、農業の3コースに分かれて勉強されるというお話。工場のなかでシャトル織機が大きな音を立てて動くのをみてもらったり、ビームを担いでもらったり、小さな工場の中でもいろんな機械などもあって新鮮だったろうと思える。意外に人気だったのが、整経機。糸が川のように流れながら巻かれていく様子を楽しそうにみてもらえた。昔の近江上布のハギレもみていただいた。

私も勉強になったのは、昔私の会社で働いていて下さった近所のいそさんがスクールサポーターをされていて、私が働く前の会社の様子を語ってくれたり、もう一人、同じく東円堂で、農業をされているくよもんさんも若いころに会社で整経の仕事をしてられたとか、林与の織物は、明治、大正、戦後の復興期に村の仕事だったようで、いそさんのお母さんが出機さんの一人で、織った反物を貰われ着物に仕立て、いそさんが母親から受けついだものとして見せて下さった。50年たっても、売り場にならべても大丈夫なくらいしっかりとしていて一生物といわれるだけあって、娘さんも含め、3代に渡って着ておられるという。それだけ大事に思ってもらえるのはすごいことだと思った。
2016年02月15日
ミラノウニカで、林与の中で、今回の一番人気は、小梅格子の柄だった。理由は、入り口付近の壁に小梅格子の柄のワンピースを掛けてPRしたことで、多くの方が目に止まったワンピースを触って実感してブースの中のハンガーなどもみてくださった。赤っぽいのはやはりイタリアで大事な気がする。フェラーリと共通する要素が小梅格子の色使いには秘められているのがイタリア人の感性にあうだろうとチョイスして配置してみたというのは冗談ながら、イタリア、フランス、イギリスのデザイナーさんの琴線をくすぐれそうな要素が、林与の近江上布の世界にはあったりする。

イタリアの雑誌コレクチオーンにピックアップいただいたのは、赤珠の柄。私が写真で撮影しようとしても、カメラがかすり柄なのでピントを合わせることができなくって、送った写真データがピントがぼけた違和感の宇宙惑星みたいな写真だったが、そんな写真をセレクト下さり載せてくださった。雑誌をみて、そんな違和感のある写真は、林与のだけだろうから、実物がどんなかみたいということで興味を示してもらえることもあるのではないかとポジティブシンキング。

ほかのイタリアの雑誌の方が興味を示され撮影された柄というのは、日本的なもので、選ばれる方の感性というものが選ばれる柄によって伝わってくる。ひっくり返せば近江上布のどの柄が好みかで、その人の過去の印象深かったイメージというものを呼び起こさせていたり、深層心理みたいなものがわかるんじゃないかと思える。選ばれる人のデザインに対する理想というものが選ばれた柄によって感じ取れる気がする。

使っている色というのはひとつの柄に4色程度で、すべての柄に使っている色の数にしても20色から30色くらいしかないだろうけど、その限られた色の中でジャパニーズモダンを作り上げている。この20色30色というのが、ジャパニーズモダンなイメージを生み出す元素みたいなものだろう。その色味が異なったなら全体の雰囲気は変わってくる。オリジナルの近江上布とインクジェットしたストールなどの色味の違いは、雰囲気の違いを生み出し、製品として存在するときのジャンルを変えてしまう。

世界でも大手の電化製品のメーカーのデザイン部門の方からミラノウニカで弊社のブースで素材をみてメールが届く、麻素材に興味をもたれたというより色柄のデザイン性の部分なんだろうなあと思える。弊社だけに問い合わせされておられるわけではないだろうが、デザインというのは生地だけの世界にとどまらないのを感じる。最終日今回の記念に取った写真をみてそれほど多くの数のものが並んでいるわけではないけど、林与の展示案外楽しそうに見えると自己満足。
2016年02月14日
林与では、織物を現場で生産に携わりながら実践的に技術修得する研修生の第一期生を3月14日まで若干名募集しています。応募資格は18歳以上で、未成年者の場合には保護者の同意が必要です。期間は2016年4月1日から2017年3月31日の1年間を一期とします。受講料や選考の手続きなどの詳細はメールにてお問い合わせ下さい。(毎期につき若干名、特待生として実質的に受講料免除になる制度もありますが一期終了後に返還される形になります。)

内容は、一年で、糸の結び方、糸の準備、チーズアップ、糸の小割、整経、経つなぎ、機つくり、機替え、カードパンチング、製織、織機の調整作業、加工出し、補修、検反作業などをマスターできます。覚える力と体力も必須になります。二年目も希望される場合には再選考がありますが、一年目の内容プラス織物企画や生産管理を含めた内容となります。三年目も希望される場合には再選考がありますが、一年目、二年目プラス自主企画などを含めた内容になります。期間中は布の生産現場にどっぷりと浸かっていただいて、林与の指導の元で、一般的な織物職人以上のプロフェッショナルかつトータルな力を身につけることを目標とします。
2016年02月13日
今日は一日空港と飛行機の中、夜に大阪に到着。ネットのご発送なども遅れておりますが、これから帰ってこの週末にできるかぎりいたしますのでよろしくお願いいたします。新しいご注文のご発想に関しましては5日程度発想までお時間いただく形になりますが、よろしくお願いいたします。
2016年02月12日
今回のイタリアは、イタリア万博会場の正面のNHホテルに滞在。地下鉄の駅周辺では一番くらいに有名なホテルなので地図も持たずに人に聞きながらホテルにはたどり着けた。ミラノウニカのミラノフィエラシティへは、歩いたり地下鉄乗って乗り換えたりしていると40分ほど、タクシーではホテルの前から乗って混んでいなければ15分ほどの距離。

メトロの駅まで歩いて15分ほどで遠いのが難点で周りになにもないが、ホテルの中は、静かで快適な空間。場所さえ市内にこだわらなければ、こういう空間も楽しめるのだなあと思え、部屋だけでなくロビーも快適でビジネスユースには悪くない。チェックアウトしてからも快適なロビーでネットしながら仕事の案件を整理。

林与らしくないのだが・・・。
2016年02月11日
今日はミラノウニカの最終日、朝ホテルのブッフェでフル充電して、タクシーで会場に向かおうとすると昨日と同じタクシー運転手。私以外はタクシーをあんまり使わないというのが良くわかる、通訳の人にミラノではタクシー使わないのですがと聞くと、交通網が発達していることとあとはタクシーにボラれるのを警戒して使わないのだと言う。

終わり間際、ジャパンパビリオンの4箇所で流されていると言う日本の匠のビデオをはじめてみて、見逃さなくってほんと良かった。ジャパンパビリオンの日本生地のプロモーションへの力の入れように驚くばかり。林与なんかはおっさんなんで表にでないほうがよかろうといつも思うのだがいい感じで編集いただいて、ジャパンパビリオンの一員として参加させていただいている恩恵を一番くらいに受けさせてもらっているのが林与なんじゃないかと思える。私自身は機屋というのは地味な存在であるべきだと思うところもあって、勘違いすると仕事の意味のわからないレベルまで落ちてしまうし、本質を忘れ損得勘定優先のチープな存在になってしまう。

ヨーロッパに来て高級ブランドさんとの商談でも、ほとんどの場合、林与の麻生地の値段は高いと感じられることが多い。たぶん、ヨーロッパメーカーのリネン生地の1.5倍から2倍くらいの値段だろうと思え、さらに送料や通関費用なども乗るので、ヨーロッパのアパレルメーカーにとっては、林与の麻生地は、ヨーロッパメーカーのリネン生地と比較して最終2倍から3倍の高額に映るだろう。一つとか二つの生地の比較ではなく、全体的にこの会社のものづくりは他とは違ってみたいなものを感じてもらえないと受け入れてもらえないだろうから、ヨーロッパの企業とは違う要素をもって憧れてもらえる様なものづくりのスタイルを持つことが大事だと思える。

匠のコーナー以外にも、現地の雑誌などにも載ったりこれから載るとかで、林与の生地やものづくりがメディアを通じてヨーロッパでファッション雑誌を読まれる方に伝わるかもしれないと思うと楽しみで、ものづくりに強くあるためには生き方に他にない強さが必要だと思える。それは日本が失ってしまった島国根性的なものかもしれないと思う。島のような限られた状況のにおいて独自に他を卓越するような何かを生み出していくために重要な要素は人という要素の人生観の違いであろう。

イタリアに着いたときはやせ細って歩いているとベルトをきつく締めていてもズボンが落ちるほどだったが、この3日で10kg以上増量でき、ベルト無くてもズボンは落ちないほどに復活。病気で痩せたのではなく食べる時間も無く動き回ってたいただけでなく、追われながらも織機や機を立ち上げるために頭をフルに使って相当のエネルギーを消費したのだと思う。追い込まれた状況で正しく仕事をしようとするときに林与のペンティアムプロセッサーは案外消費電力が大きい。食べて元に戻ったので健康な証拠だろう。元に戻れば食べ過ぎ防止リミッターも機能しているようだ。
2016年02月10日
よく寝すぎてこれほどに熟睡できたのは何年ぶりだろうか、15分で朝ごはんを食べて、会場入りはタクシーでぎりぎりの9時、やはり初日の人の流れとくらべると2日目は落ち着いてはいるものの、それでも台紙つくりには追われる状態が続いてちょっと合間に通訳の人とおしゃべりしていると手を動かすようにいわれる。この通訳の人はお母さんタイプなのであって仕事のできる人だなあと思える。林与もスワッチのほとんどを会場で準備して渡したので、宿題を抱えずに帰ることができる状態も珍しい。

ちょっとお客様が途切れる合間には、主催の方や、福田織物さんとか、富士吉田の宮下さんとか、前田源商店さん、宮真さんなど顔なじみの方とお話に来てくださったり、どこもが盛況のようで、前回の万博と重なった9月よりも盛況であるということ。日本の出展者のみんなの顔が明るい。

今回うれしかったことの一つに、日本でも展開されているロンドンのブランドの方が林与に会いに来てくださったこと。東京の商談会で、林与のキッチンクロスとかを日本のお土産に買ってもってかえってくださった。自分でも手織りされたりの方なので、生地などに愛着をもってくださる方で、お話したかったけど飛行機の時間が迫っているのでということで今回はスワッチを選んでもらっただけで、お話できず残念だったが、もう2年くらい経つのに林与を覚えていてわざわざ主催の方に尋ねてブースにたどり着いてくださった。ほんとうれしいなあである。
2016年02月09日
今日はやせ細ってイタリアに到着した林与が、ホテルの朝食のブッフェでハムなんかを2kgくらい食べて体力を回復する、映画のロッキーでいうと、ロッキーのテーマが流れ出し、過酷なトレーニングに打ち込むようなイメージだろうか。減量とは逆なのだが増量のトレーニング。

朝食を食べ過ぎて地下鉄では会場入りが遅れそうでタクシーで会場に向かうが、15分程度の距離なのでそれほど遠くはない。今回通訳でお世話になる方とも会場で対面でき一安心。開場してから2時間くらいはお客さんの流れはよくなかったもののその後は夕方6時30分の終了まで非常に忙しく対応に追われる形。匠のコーナーで今回出展の日本の3社として弊社も取り上げていただいた成果も大きく、映像や匠のコーナーのハンガーサンプルをみられてブースにお越しくださったところも多い。

前回参加したときはAW展だったが、今回はSS展ということもあって、しかも麻に関してはジャパンブースでは弊社だけみたいなところもあるのだろう。リネンという言葉だけで、お客さんが興味を示して生地を見てくださるような感じなのかもしれない。人気どころは、やはりプリント柄だろうか。柄が目に入って触りに来て下さる方も多い。今回、大ポカもあって、出発間際に時間がなく、匠のコーナーやトレンドコーナーの控えを持ってくるのを忘れ、そういうところに出した林与の強い特色のある素材を、ブースでは見てもらえないという状況。林与にはありがちなのだが、本来ならありえない笑い話なのである。

今回は、帰国後の対応ではなく、できるかぎりをその場で対応してしまえるように、スワッチサンプルを会場でお渡しする形に、この形だと対応できるお客様の数が極端に減るが、間違いなくお渡しできるので結果としては良い。持ち込んだモバイルプリンタが活躍してくれている。通訳の人も仕事を前に進めるタイプの人なので、私がノホホンとくつろいでいると手を動かしてくださいと指導が入り、貯まりがちなスワッチの台紙の作成とプリントアウトが進むことになる。彼女は、かばん作家さんでもあり、リネンもかばん素材としてはたくさん使われており、日本の作家サイトで販売もされているということ。やはり出来る人というのは自分でそういうのやれる人なのだろう。

夜は、ミラノウニカ主催のパーティがあって参加。福田織物さんとクリエイティブクロッシングでお世話になった経産省の方もミラノウニカの視察でパーティも参加されていたので、パーティの場でお話しする機会を得る。後半、イタリアでは有名な女性歌手が出て来て会場は非常に盛り上がるのだが、それよりも、私自身は会場のお客さんのノリの良さをイタリアなんだなあと楽しんだ。音楽がなると踊り出せるのがいい。

シャンパンを飲みすぎたか、メトロの終着のRHO FIERAの駅で駅員に起こされて電車をおりる。イタリア万博の会場の周りを歩いてホテルにたどり着くのだが、その距離というのが2kmほどあるだろうか結構疲れ、左足が痛くなると、途中、バス停で休憩したりしながら、そんなことしているとなんとなく、イタリアのこのあたりにも馴染めてくる気がする。ミラノ市内と違って、ホテルの周りミラノフィエラ展示会場以外にはコンビにすらも無く陸の孤島なのだ。NHホテルの入り口にしても、倉庫の扉みたいで中がまったくみえず、どこが入り口なのか自動ドアが反応して扉が開かないとわからないくらい。これが洗練されているイタリアンモダンなセンスなのだろうが。
2016年02月08日
準備日、会場入りする前に準備日パスを印刷して持っていかないと会場に入れないということだが、小さなエプソンのモバイルプリンタをもってきたのでそれでプリントアウトすればよいと思っていたが、データはウェブ上にあって、ワイファイにつなげないと駄目なのだが、空港で海外ワイファイを契約する時間無くホテルのワイファイに頼るしかない。

3時からしかチェックインできないと言う規定らしいが、先に登録してロビーでホテルのワイファイに繋いで、プリントアウト。なぜか、モバイルプリンタのACアダプタが見当たらない。が、数枚は充電がもちそうで印刷できそうなので、必要な数枚だけなんとかプリントアウトして、会場に向かう。その途中で、タクシーに乗って大型電気屋でACアダプタを探しにいくけど、日本のタイプのプラグのものがまったく見当たらない。駄目元が駄目に終わる話。

展示会場につくと入り口がよく分からずに、うろうろ、会場についてからもジャパンブースまでたどり着くのに、イタリア人に尋ねるけども聞くと知らないの答えか、間違ったことを言われ失敗するケースのほうが多く、自分を信じて止まっているエレベータを登る。問題は時間がなさすぎて、Eチケットもホテル予約の紙も、入場パスも、フロアマップも、なにもプリントアウトして持ってこなかったこと。でも、なんとか会場にたどり着け、展示会では馴染みの皆さんと再開することが出来た。ようやく、スタートライン。

ブースの準備の途中で、忘れたと思ったプリンタのACアダプタがスーツケースの中から出てきてほっとする。プリンタは持ってきたは良いが、用紙をもってきていないので、ブース準備が終わった後、帰りの地下鉄の駅に行く途中、スーパーマーケットで買い物する。とにかく、足も限界に近く疲れきっているのでホテルで休みたい。

自分自身でも思うし皆さんも認識くださってるのが林与が痩せたこと。高校や大学時代の63kgに戻っているのではないだろうか。大人になってからは憧れの63kgだったが、絶対に戻れないだろうと思っていたけど。出発前は時間に追われて2日ほど食べる時間も無く、日本出発してからも40kgくらいの荷物をキャリーしながら、30kmくらいは歩いているだろうから細くなるのも当たり前だろう。でも、イタリアで4日もビュッフェなので、10kgくらいはすぐに増えるだろう。
2016年02月07日
現場の留守中の準備がしきれずに出発の電車を二つ遅らせギリギリまで工場での作業。スーツケースには10分で荷物を詰め込む。しかしながら京都でハルカの乗り場に向かうとむなしくもはるかが出発していくのが見え、アレレ、もしかしてあのハルカに乗り遅れたのかで、京都から新幹線にのって追いつこうとしても駅員は無理で、新幹線で在来線経由クロシオパターンの最短でも今日の夜11時の飛行機乗り遅れは確実。

明日の朝の飛行機の当日便をとっても到着は昼くらいにしかならないだろう。でも、とりあえず、新幹線で一番急いで行く形で、新大阪まで行って、駅員に在来線乗換えを聞くと、ハルカがあと一分で出発するので乗れるかなあと言われる。エっ、ダッシュ、ダッシュ。脚は骨折モードで、京都でも新大阪でも重いスーツケース持ちながら、痛みどころではなく、ダシュして、京都で乗り遅れたはずのハルカに、新大阪で乗ることができた。

空港に着くとイタリア行きの便は20分出発が繰上げで、新大阪でハルカに乗ることができていなかったら、準備日に到着できずに当日の昼会場入りになるところの大ポカ悲劇が起こっていただろう。飛行機の中ではやはり足が痛む。でも、奇跡的に間に合う形に復活したので、ヨーロッパまでの10数時間足がうずくように痛みながらも幸せ。10数時間というのは私にとっては長すぎるので、お客さんが送ってくれた希望の先染柄の設計を考える。お絵かきソフトかエクセルで作ってあるのか、縦横の糸と色の出方があっていないように思う。それもデザイナーさんも、送ってくれた間のお客さまも分かっておられて、どうやったら、絵に描いてあるように織物がつくれるかということを聞いてこられるのだが、シュミレーションを正しくして説明するのが一番ではないだろうかと思う。

以前作ったシュミレーションソフトの描画の高速化の問題が解決していなかったので、それを飛行機の中で解決しようと考えてみるとやはりビットの論理演算で解決ができそうなことがわかった。以前はXPバージョンだったが、ウィンドウズ8とか10バージョンで織物シュミレーションソフトを開発しなおすきっかけになりそう。今は洋服にシュミレーションをマッピングして、モデルが画面内で歩いて動くようなものまであるがテキスタイルの作り手にとって大事なところはそこじゃない気がする。
2016年02月06日
今日は朝から織機の立ち上げ中、鉄板のヒガエカードなんかも作り、ドビーカードなどもくみ上げる。基本的にストールは、2m程度なら横糸の4色で柄を端から端までボーダーでデザインできるようなイメージ。縦も同じように端から端までデザインできる。そういうものづくりは、どこまでなどが見合うかという問題だろう。

力をフルに発揮すればそうとう強いものづくりができる環境があって、それを成り立たせるために、どうやって販売して行くのかと言うところに糸口があるだろう。さらなるステップとして、林与の近江上布アーカイブを活用して、日本の織物のすごさみたいなものを感じてもらえるようなプロジェクトを4月以降にスタートする予定である。

それには、林与のシャトル織機が活躍する予定で、力のこもった布になる予定で、アパレル向けだけでなくインテリアなどにもお使いいただけるような世界を考えている。生地はプロダクトというよりもアーティクル的な存在を考え、量産も少しはできる体制をととのえるが、技術ではなく芸術的な布の世界を構築したいと考える。数年を掛けて基盤ができあがる予定。
2016年02月05日
今日は、愛知擁護高等学校の先生が、生徒さんの見学の下見にきてくださり、もろもろの話。織っているだけは、10分の一くらいの機屋の話。私自身が自分の背負っているものを養護学校の生徒さんの将来に生かしてもらえるとすれば地道な努力だろう。

普通の人でも織物の仕事、原理はそれほど難しくなくても出来ないのだ。地道な作業が大事なのでそういうのが本来の仕事なのだが、今の時代の仕事はそういう地道な作業の仕事がなくなりつつある。

林与にしても、田舎の小さな工場程度の規模だが、繊維業界では、こういう現場が田舎からも消え始めている。産地でも、林与みたいな織物工場はほんとうに珍しくなってしまったと思える。それを維持していくには馬力が必要だなあと自分でも思う。ようやく移設した14台のうち6台が立ち上がった。

先生が言われるのに、仕事が大変なところを生徒たちに見せてあげてほしいといわれるので、生徒さんが来られたときには、重いビームを担ぐ方法を見せるとか、縦つなぎを教えるとか、ちょっとすごいなあと思ってもらえるところをみていただくのがよいのかとも思う。
2016年02月03日
悪夢というものはあもので、50本から100本くらい縦糸が切れたので、そのまま後で直そうと思っていた織機が、電源をいれておいたら、ハンドルは入らずに、勝手にクラッチが入る状態で、動き出して縦糸が全部切れてしまうという、前代未聞の悲劇!

原因は何かというと、Vベルトが弱ってきて力がなくなっていたので、張らせる状態にしておいたのが、回転しているうちに熱をもってか、縮んだのだろうか、クラッチの片側に押しつく形で、モーターの動力が織機に伝わる状態を生み出したようだ。

足もボロボロだが、織機の縦糸もボロボロになって、これは復旧不可能な状態。イタリアから帰ってのやり直しで話を進めてもらっているけども、こういうことが起こるのが現場というもの。工場の中で動いているはずのない織機が動いていたので原因がわかるまでは悪魔の仕業かと思うほど。悪魔にしても、どうせ織機を動かすなら上手に動かしてほしいものだと思った。
2016年02月02日
数日前に織機のカードの調整のあと織機から飛び降りて問題なしのあと、下にいろいろな道具が広がっている中の、織機の後ろに回ろうとしたときに足の踏み場を修正しようとしたときに、足を思いっきりぐねって足の裏の真ん中辺り骨折したか。良かったのは、私自身のけがであること。経営者というのは会社が労災に入っていようが、けがしても何の補償もないが、ややこしくなくてありがたい。

結局、そのまま徹夜モードで数日目。気がついたことは血が回ると激痛で歩けないほどなので、まあ、病院のギブスを真似てベニア板を切ってツッカケの裏に貼り付けてテープで足をぐるぐる巻きにして歩く。これがいい感じ。病院のギブスだと取りたくても取れない歯がゆさがあるが、自分でやると力加減もできるし、あとで修正も簡単。

今は、このベニアガムテープぐるぐる巻きギブスでイタリア入りしそうな勢いだが、たぶん、ガムテープギブスしていないと、飛行機の中で足がむくんで激痛が走りそう。