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リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記2013年3月
2013年3月
リネン日記:25
2013年03月31日
年度末ですね。今日で冬は終わりみたいなイメージで、今日は京都にも立ち寄り、桜が綺麗に咲いているのを眺めました。京都の場合、この季節の桜は昼に見るよりも夜に見るほうが綺麗なのかもしれないです。昼間は観光の人で一杯になって桜を観に来ているのか人を観に来ているのか判らないところがあります。

私が一番好きなのは、軒並みかもしれませんが、京都祇園の桜、古い旅館をバックに古木が闇夜に美しく照らし出される様というのは、作り出された風景の一つであるかもしれませんが良い感じです。夜だとそれほど人も居ませんので、桜を見て余韻みたいなものに浸ることができます。

春休みということと花見のシーズンで、国道が混みすぎていて会社に戻ると8時すぎ、今日は年度末ながらも日曜日なので、それほど年度末らしさもないですが、麻織物の本生産のシーズンも終わりを迎えるときで、これからは見本つくりなどに向かっていくことになります。

今は、現物の注文などもいろいろなお客様からいただいており、4月もいろいろな生産の予定でそこそこ埋まってしまって、ゴールデンウィーク明けのプレミアムテキスタイルジャパン終了くらいまでの計画がほぼ出来上がりました。

ネットショップのほうもほとんど在庫がない状態で、すみません、暖かくなる5月末くらいを目標に在庫も2年分くらい大丈夫なように生産に着手し始めています。
2013年03月29日
近くの金襴織物の工場が、この月末で辞められるという話を聞いて、私の同級生の親父さんが社長をしておられた会社で、合うたびに元気になるような話をしてくださっていたのに、最近は入院され長引いていたようで、一つの工場のことというよりも、そういう地域に一つの文化を作り上げてこられたものが消えていくというのは惜しまれることです。

他の現場の誰かがそれを背負ってやっていけるかというと、社長である親方以外では無理だろうというのが普通だと思います。繊維関係も不況で会社のリストラなどで働いておられた方が同じ業種で独立をされるのをたくさん見てまいりましたが、よほどどこかのバックアップがない限りは、仕事をするお金を準備していくところから始まりますので、一つの企画を今までどおりに流していくことも難しいものです。
2013年03月28日
今日は、午前中、彦根市民会館での会議に出席。戻るとシャトル織機のヒガエがトラブル、調整しました。隣の台は、ニュービッグチェックを織っています。ニューといっても、ボーダーの柄を色違いにしただけですが、人気のビッグチェックに新しいバージョンが出来上がりました。グリンとか綺麗です。

日本の文化というのは、木の文化だといわれます。他国の文化に比べて、衣食住が植物で成り立っている部分が大きいというのが特色で、風呂敷のように包む布の文化が発達しています。風呂敷なんかもシルクのものが一番有名ではありますが、シルクも蚕ということで桑を育てるということが大事なのです。

よく展示会などでもたずねられるのが、麻に関しても原料から国産ですか、という質問です。現在、本来自生しているべき苧で糸を作るというのは難しく、一部国内でも青苧を育てて績んでの生産が行われています。上布と呼ばれる着物向けの糸の世界になります。リネンに関しては国内で生産されているものは、リネンの種を取るためのもので、繊維を取り出すためのものではありません。

苧なんてものは現在でも自生しているので、それを活用すればよいのですが、自然にあるものは背丈があるので大概、雑草として刈り取られてしまいます。大麻に関しては、昔は日本だけでなく、世界中のいたるところに自生していたといわれますが、それが今はどこにも自生していないということで、人の力というのはすごいものだなあといえます。

1年前にパリの展示会に行ったときに、オランダのアムステルダムでトランジットしました。面白いことにオランダもリネンの産地としてノミネートされ、一般には知られていますが、花屋さんに聞いても、フラックスの種というものの存在、知られないことが多く、オランダではリネンはマイナーなもののようでした。逆に空港にヘンプの絵葉書などが目立ち、普通、空港といえば大麻とかを取り締まるような場所なのに、ヘンプ文化を発信しているオランダというのも治外法権的な存在だからこそ、アムステルダムが世界のハブとして存在しうるのかとも思います。空港にカジノまで作ってPRしており、オランダというのは国を挙げて思考回路の違いというのを見せ付けます。

日本とオランダという国も遠くて近いのは、鎖国が敷かれた江戸時代にですら日本は中国とオランダとだけは出島を通じて貿易をしていたのです。それって、オランダがヨーロッパでも特殊な存在だったということだろうといえます。日本って、無資源国だといわれますが、日本が鎖国しながらも独自の特色のある文化を形成していたところを考えると、自然の恵みを生かしながら生きていくことできるんじゃあないかと思います。
2013年03月27日
今日は、午前中、染料会社の方がお見えで染色について検討させていただきました。面白いものができそうな気分で、これも新しいプロジェクトの一つとして動いていけたらと思っておるのです。

午後からは彦根観光協会さんの事務局にお邪魔しました。桜がまだなので、事務局前の駐車場にバスも一台もありませんでした。あと2週間くらいで、桜が咲くと彦根城の周りも賑やかになりそうです。

会社に戻ると、昨日調子が悪くなった織機を職人さんの調整が終わって、調子よく動き始めていました。ストールというのも1枚を織るのに複雑なものだと30分から1時間くらい掛かってしまいます。

このストールの納品が終わる頃には、桜も咲き始めている頃でしょうね。春も近く、リネンストールの納期が迫ってて、また、他の納期も真近のものがあってやりたいことは一杯ですが、繋ぐもの織るのも1本1本なので…。

リネンの紡績工場からは、展示会PR用に、弊社が織った150番手の生地を提供したということで、代金を払うといってくださるのですが、海外からの送金をしていただくほどの金額でもないので、代わりに150番手の糸を3kgほどサンプル用にいただくことで決着。

ものづくりというのは意欲のある人にやってもらうのが一番だと思うのです。今も、シーズンが終わって、意欲的に見本や新しいものづくりの種をまくことに動かれているところというのは来年も芽が出る可能性はあろうかと。繁忙期に大きな仕事があると小さな仕事を無理してまでやらなかったり、そして、閑散期になると小さな仕事でも欲しいというのでは、一番仕事が少ない一番厳しいときを、小さな仕事をするところが支えないとならないみたいな。

納期なんかでも今は短く、どこもが一時に集中するのですが、そういう一番大事なときにしっかりと仕事をしてもらえるところというのは、閑散期に困っておられるときに仕事を無理に作ってでも出したい気持ちになるものです。商売というのは、義理人情に熱い人には義理人情で、損得勘定の人には損得勘定で対応というのがバランスの取れた自然な形だろうと思います。
2013年03月26日
今日は午後にお客さまが2件、2件目のお客様は、弊社のリネン生地を使った商品企画をスタートされるということで動かれます。手ごろな小物からスタートされることが良いのではなかろうかという提案もさせていただいて、工場のシャトル織機も見ていただきました。

麻織物の世界と縫製の世界というのは別の世界のように思われるのです。着物の世界というのは戦後も比較的、麻を使い続けたのですが、寝装の世界の流れは麻というのはあまり使われることがなく、使う面積なども非常に大きいので単価を下げることが要求されるため、地場の布団カバーの縫製なども綿の素材などが良く使われていたみたいです。

寝装関連の製造の歴史も近江湖東地域は古いのですが、あまり、その歴史が伝承されていないのは、デザイン性がそれほど必要のなく特色というものが少なかったからでしょう。日本中で布団の縫製にしてもされていたはずでしょうし。

布団カバーなどの縫製の産業も昔は地場の花形産業だったのですが、今は、隣の隣の70を超えておられるおばあさんも私の子供のころから内職でミシンを踏まれていますが、今は、もうミシンの音もあまりしません。繊維産業で、今の時代、正規の雇用形態が多いかというと、内職さんが活躍されていることも案外多いのです。

日本的経営といわれた終身雇用、年功序列型賃金制、企業内組合や、社会保険システム、年金システムなども、戦後のひと世代を終える前に破綻してしまった感じです。日本の戦後型日本経営というのは、結局、成り立たちにくいシステムであるというのは、それが機能しているうちは分からないのですが、支える世代が無限的な広がりを見せていないと成り立たないというのはねずみ講と同じでいつしか破綻してしまうもの。
2013年03月25日
昨日、倉庫の一つでたぶんリネンだと思われる200番手超クラスの織物を発見しました。150番手、160番手あたりかもしれませんが、今のアイリッシュリネンプロジェクトの140番手をかなり超えているような繊細さです。

着物の時代から洋服の時代に移り変わったときに、一番良い物を作ろうとして手がけたあたりのものだろうと思います。糸の形状をみるとラミーではなくリネンっぽく、ビンテージな雰囲気が漂う反物たちです。

こういう昔の良いものというのは白く晒した平の織物であっても、着物の世界の名残で、日本でもほとんど織られることのなかった特別のクラス、本当に優雅でないとならない歌舞かないとならないような方のために取っておこうと思います。他にも、80番手X100番手で織り上げたアイリッシュリネンの反物も40反ほどP下状態で見つけて、糸からして光っていてしなやかで麻らしい、40年ほど前にはこんなものでも簡単にものづくりやっていたのだなあと思います。近江には最高峰の麻織の文化が宿っていたというのを実感するのです。

20から30種類くらいの白く晒したP下状態のビンテージな40年から50年ほど前のリネンの反物を全部で百反以上あるでしょう。白い反物にはあまり興味がなかったのですが、色を染めたりするときっと最高峰のリネン織物たちになるだろうと思います。日本のリネン織物文化の過去の世界、PTJなどでは、非売的な参考展示としてご覧いただくような形ででもご覧いただければ日本のリネン織物文化の役に立つのではなかろうかと思います。しかし、着物の世界からアパレル向けのリネンを織りはじめた当初に当時の世界屈指であろうクラスに挑戦をしていたというのもほんとうに面白い話。たぶん当時も円が360円で糸代からして高いものになり過ぎてあんまり売れなかったんでしょうが、作り手としての価値が詰まったものなので、今の時代まで残っているのだろうと思います。林与の家の中で作ったものではありますが、そんなのも日本の麻織物のモノづくりの一片です。

私自身、日本の製鉄に関する文化を最近まで調べたことがなかったので、昔の筬というのは、木か竹の筬だろうと思っていたのですが、日本に織物が伝来したのと同じくらい鉄の歴史も古く、木刀のようなもので糸を打ち込んでいたあと、比較的早い時期に鉄の筬というものも日本で使われ始めていたのではなかろうかと思ったりもするのです。
2013年03月24日
今日は、米原にある滋賀県文化産業交流会館での長栄座のロビー展示。前回は会社案内がなかったので、会社案内も必要かと思って、午前中、時間もないのに、会社案内を何十部か作りました。

途中で、1月にエプソンの買ったばかりの1700Fという複合機が最初の純正インクも使い切らない間に、ブルー色のインク擦れトラブルを起こして予定していた紙が足りなくなって用紙を買いに行ったりよくあるパターンです。

何時間も余裕があると思っていても、出発は予定よりも1時間以上遅れて、会場入りすると他の皆さんはもう準備終えておられました。準備中から布に興味を示してくださる方は多く、布というものが人の心を引くものだというのは今日も感じました。

暖かく弊社の展示に声を掛けてくださった方とじっくり目にお話をさせていただきました。声を掛けさせてくださっても、どれだけの時間が与えられているのか分からないので、端折りながら自己紹介的に何をどうやって作っているのかお話しするのですが、話し始めるとどこまでも話は長くなるものです。ご年配の皆さんが若い私に興味深げにかつ丁寧に声を掛けてくださるのありがたいです。

開演し、皆さんが会場入りされたときに、会館の方ともお話してある建築メーカーさんの40代の社長さんのお話をお聞きしました。私のやっていることを見守ってくださっているようで、会社を引き継がれたときに、株式会社○○建設という名前を、株式会社○○にされたとか、株式会社林与織物を株式会社林与と変えた私と同じようなことをされた方が居られ、業種は違えども、まったく同じような境遇にあられたのだと思うのです。

ひとつの世代が終わって次の世代に引き継ぐときに、それまでは守られてきた垣根なども、ここぞとばかり崩れることも、また、それに応じて崩していかねばならないこともあったりで、結論として最後は自分自身が力をつけることが一番大事で自分の判断で動いていれば結果が悪くてもそれがベストじゃないかと。

すでに、業界の廃業をされた70代、80代の皆さんの仕事の姿勢ならびに人生観、さらには、50代、60代で家族を持ちながらもやもえず仕事から去ることを余儀なくされた方々の人生観などを参考にさせていただきながら、そういう方々にほど賞賛せざるおえないような三方善の美徳があった気がします。独自の技術もそういう方が育まれておられたような気がします。

そういう方がもたれていた技術というのは私自身は漏れずに、その方たちとともに消えていくほうが世の中のためだと思います。新しい世代が自分自身でその技術に近づくことこそがそれを超える技術を養う要素になるもので、軽々しく教えて得意になる人というのもそういう軽々しさの連鎖になり、仕事を動かす中で理解し、技術自体も育んでいくことだろうと思うのです。損な事を積み重ねるから他で真似のできないほどの強靭なものづくりになることが多いのです。そういうのが川上から川下まで流れていたから近江のものづくりは三方善で良いものづくりだったような気がします。農家でその副業としての流れを持つことも、モノづくり自体も使い捨てにならず良いモノづくりにつながったのではなかろうかと思います。

長栄座の展示は、そこで売ることが目的ではなくPR活動で皆さんに近江湖東で今も麻織物を織り続けていることをお話し、お若い方には近江湖東麻織物の文化があることを知ってもらうことが目的なので、そういう場所に出て見てもらって、いろいろな方とお話しすることが展示会と同じで大事に思います。
2013年03月23日
技術的な機密を商モラルを持って保持することは、商いをする上では非常に大事なことで、そうしないと技術を育むことすらも出来ないのです。アイデアを形に変えて売れるようなところまで煮詰めていくことは、何度ものトライアルが必要で、それがモノづくりなのです。そういう部分は漏れないからものづくりは難しいのですが、そういうのを安易に漏らしちゃうタイプの方がいるとすべてが水の泡。本業として仕事されているのに漏らすことで人気者になられても困るのですがみたいなモノづくりの苦労を分かっておられない厳しさにも直面することも多いのです。

商モラルみたいなものがない時代で、人のものは自分のものみたいなケースも多いので、親方次第で産業というものも浅墓なものになりうるのを感じます。何十年の経験をもたれた親方が一般の雇われ人みたいな感覚のことをいわれ本当に実行されたら加速してその先代が厳しく教え込まれた技術も落ちていくものです。軽い話はあくまでも社交辞令でないと駄目なのですが、実践されてしまうと産業を背負ってやっていくという面では難しいなあと思います。

勝ち馬に乗るというような風見鶏的な商売スタイルも多いものです。結局は、親方というか経営者次第だなあとおもうのも代々な商売の秘訣だろうと思います。案外、業者さんは敏感でなくても、憧れをもつ消費者やそういう業種を支えようとする立場の人というのは敏感なもので、気持ちみたいなものがしっかりと流れとらんと年取って若い人にもメンタリティで劣るみたいなケースも本当に多いので他山の石にしたいと思います。
2013年03月22日
今日は、プリント生地が加工から上がってきました。プリントというのは染と違って表面的に染料が載る形なので、先染とはことなるいろいろと考慮の必要な要素が多いものです。

別案件のリネンの生地に関してもようやくテスト用の生地の生産に区切りが付いて、次は本格的に糸から考えていく話になりそう。テスト用の生地も、出荷のときに触ってみるとしっかりとしていて良い感じがして味があってリネンっぽい。

夕方には、150番手の製品を2着作ってもらったのが到着して布で見るよりも生地にすると良い感じ、薄い150番手ながらも、従来の方法を貫いて作ってあるので、普通のものと同じ扱いが出来るのも魅力じゃあないのかと思います。

こういうものづくりになってくると自己満足のものづくり、といわれるのですが、この部分は、本業とは別のプラスアルファの部分なので、普通に本業だけだと仕事なんかも前に進まないことが多いですが、プラスアルファの要素というのは、自分の世界なので大事にしていきたいなあと思います。
2013年03月21日
私自身は休みというわけではありませんでしたが、一週間の中に祭日があると出来ていない仕事を休みの日に出来るので良い面もあります。休み明けだったので、午後から2件、取引関係のお客様が起こしになられました。

今日は、レピアオープナーの樹脂の中の、小さな鉄の芯が抜け落ちてそれがレピアバンドを邪魔し、織機が動いている途中で、レピアバンドが折れる事故が起こりました。すごく、大きな音がしたので、織機自体が壊れたかと思いましたが、受け取り側のレピアの損傷だけで助かりました。

織っている物が特に織機に負荷の掛かる織物だけに、また、織機を直すところから始まります。織機を直すことは故障の原因と直し方さえ分かれば、単純な作業で30分から1時間で済むことが多いのですが、故障の原因が分からなければ直してもまた同じ問題が起こるものです。
2013年03月20日
仕事で迷いがあると仕事なんて何十分の1しか進まないものです。やりたいことは多いのに結果がどうなるか分からないので迷っていることが多いもの。迷いの多い人と一緒に仕事をすると時間だけが無駄に過ぎていくもの。

技術的なことでも、どれがベストな方法か迷っているよりは、できる限りのことを試してベストな方法を見つけ出すことが大事かと思います。その一回のことで、すべての方法の長所短所が分かるのです。

プロでありながら分からないままというか、やらないまま何十年いることが多いよりは、1ヶ月2ヶ月使ってでもしっかりと正しい答え出して知っている人のほうが強いものです。今の日本のものづくりというのは迷いの塊のようになっていると思います。迷わずに良いと思う物を作って良いと謳うことが大事。
2013年03月18日
昨日は米原での長栄座のロビー展示で、たくさんの皆様にビンテージアイリッシュリネンプロジェクトの冊子を配らせていただきました。長栄座も驚くほどたくさんのお客様で賑わっており、たくさんの皆様にストールなどをご購入いただきました。

懐かしかったのが、3年ぶりくらいにお会いしたでしょうか、生地の検査のベテランのお方で、林与にお声を掛けてくださいました。普段、工場に篭っていて、あまり業界の皆さんとの交流がないので、展示会のときなどは思いがけず、うれしいお出会いなんかも多いのです。

今日は、舞台の合間のときに、壇上で、皆さんにご紹介をしていただくようなチャンスもいただき、司会の女性の方の上手な誘導の下、大きな失敗もなくご挨拶させていただけました。

林与の地元滋賀でのPRの場というのは長栄座の場がメインで、滋賀県に麻織物が残っているということを知ってもらおうと思ってですが、多くのお客さまが麻組合さんのこととイベントに参加をされたことをおっしゃっておられ、私以上に地元の麻のことに関わり、知ってくださっているのを今日も実感いたしました。これも地元の麻関連の皆さんの情報発信の成果ではなかろうかと思います。

林与に関しましては滋賀県内のお客様というのは比率的には非常に少なく、それというのも、林与が問屋さんとの商売を長年大事にしてきたことが大きな理由で、自社の名前を前に出す必要がなかったことにあろうかと思います。

ものづくりをしっかりとやっておればものがしっかりと流れていくというのが理想の形で、それが三方善の精神にもつながるとはおもうところですが、ものづくりをしっかりとすると逆に高くなり売れない、ものづくりを省いて安く売るというのが主流の時代になり、売れるものが良いものという、ものづくり不要論的な、まね物作りの時代に突入し、そんななか、昔のものづくりを超えるような、まったく正反対の最高級路線を貫くことを決めて突っ走ってみた感じの5年間でした。(まったく別のラインでリネンデニムやHDシリーズなどのカジュアル路線や厚織路線も糸と織りを考える中でたどり着きました。)

あるお店の生地売り場で、毛焼きもしていない毛むくじゃらの本麻と林与の本麻手もみの100番とが同じ棚に並んで色違いとして販売されているのを見て、これは自分が守ってきたと思っているものも、売り場では違いを気にしない時代、消費者の方に麻の良さをいくら語っても、自分自身が作る麻を消費者の方が「林与」の麻布であることをわかって手にとってもらって語らないことには、麻の良さと言うのを語っても、同じ麻といってもいろいろな表情の麻が溢れています。麻文化の情報発信をするときにも、自分が作ったものを買ってもらわなくてもよいので、自分が作ったものをまず知ってもらうことが非常に大事だと感じています。

生まれたものはいつかは消えていくという当たり前のことなのですが、何代にも渡って良い物をつくろうとして生まれた技術や完成形に近い形すらもが、新しく始めるところとの競争で消えてゆく、小さく凝縮することで一つの波や二つの波くらい乗り越え、次につながらんかなあと、外の波に流されて良し悪しは別にしても、リネンや麻というひとくくりで、特色的なものが薄まることを一番危惧するのも事実です。

考え方はいろいろだろうといえます。小さくなったところを大事に残そうとする考え方と見切ろうとする考え方、私もこの仕事に携わったときにやれることもやらないじれったさを感じることが多かったのです。誰が決めたわけでもないのですが、やってはいけないという規律見たいな物が多く、衰退的な状態を変えるために仕事で何かやろうとしても、人が人を支配しようとしたり序列を守ろうと一生懸命な感じで、そういうのと関係のない新しいところのほうが技術ゼロでもやる気が育まれ次の世代が育ちやすく、結果、硬直したものを追い抜いていってしまうという性。その競争が繊維業界にあるのではなく、文化や法律も違う海外との競争や、人材面も含めると商慣習のまったく違う異業種との競争で会ったりもするのです。

たとえば、単純な壁の例ですが、糸のことに関しても国内の業者さんにまずは頼むのですが手に入らない糸が多くなりすぎ自分で海外の糸を探し手配することになったり、織物の加工にしてもまずは頼むのですが出来ないといわれると自分で考えて出来るようにしたり、織機にしても職人さんに任せて難しいといわれると自分が修理したり織ることをかんがえたり、売ることに関しても同じで売るのが難しいといわれると自分で売ることを考えたり。

頼って出来ないといわれたものを頼り続けて出来ないままよりも、自分の作りたい布を作るために自分で出来るようにするというのが解決の近道。その道のプロの方が出来ないといわれる壁を越えるところに特別な世界があるということ、林与自身も出来ないというとお客様にとってはそれが結論ということ他で出来るところを探されるのは当たり前。自分が出来なくて他でできる理由が、コスト面や設備面でなく、それがやる気を出し惜しみしているだけだとその一つの仕事というのではなく、全体として他に抜かれていくのは見えている気がします。
2013年03月17日
昨日は午後から奈良からのお客様でした。お話を聞いていて奈良と言うのは手仕事の文化が残っているものだなあと思うのです。滋賀県の田んぼに囲まれた近江湖東の地域のほうが、京都や大阪からの企業進出などが多く雇用環境に恵まれていて、内職的として手仕事できる人が少ないのだろうと思います。奈良には将来的にも手仕事の文化が残りそうです。

今日から長栄座。ロビー展示、リネン150番手の生地やリネン140番手のアイリッシュリネンのハンカチを展示しようと思っております。今、リネンの紡績工場から150番手の糸を使ったサンプルを糸の展示会で使いたいのでということで連絡があり、おとといですが、DHLでの発送を完了いたしました。

リネン150番手のアパレル向けの生地も歩留まりは悪いものの、ビンテージアイリッシュリネンと同様レベルの規格で生産できる範疇に入っています。将来、原料の良い年に当たれば、きっといろいろなことも出来るであろうと思うのです。この2年ほどは原料の問題が付きまといます。リネン150番手の用途は?ビンテージアイリッシュリネンと同様に、ハンカチ、ブラウス、ランジェリー、スカーフあたりが候補ではないかと思います。

40年ほど前に購入した北アイルランド紡績の140番手の糸のほうが比較実験をしても明らかに強いのです。これはアイリッシュリネンの糸の細くて強いというすばらしさを物語っているところではあります。しかも、簡単な加工でも出来上がりの風合いは別格です。現行のアイリッシュリネン級といわれるリネン糸も細さの面ではそれを凌いでいますが、出来上がった布を並べて比較すると違いは感じてしまうところです。

ハードマンズ社の140番手を私自身高く持ち上げていますが、ハードマンズ社の糸が北アイルランドの紡績の中で一番だったのかというと、私自身がいくつかの他の北アイルランド紡績の糸を織った経験からすると、同じ番手などでも他の小さな紡績工場の糸のほうが存在するだけの理由を持っていて上だったという印象を持っています。

たとえば、同じ生成りでも、同じく大手のアンドリュース社の糸や、キリリィ社のゴールデンアイリッシュリネン糸というのは、ゴールドっぽさまでもが完璧に近く、自然の芸術だろうと思います。ヨーロッパでは川なんかもリネン糸を作るために利用されていたのです。繊維関連の工場が水資源の豊かな地域と結びついているのは、本来の自然な形だろうと思います。
2013年03月16日
今日は、ハンカチ専門店「H TOKYO」の間中社長さまから、新店舗をオープンされるということで、KITTE内覧会のご案内をいただきました。東京駅からすぐですので、日本の職人技の生きるハンドロールドヘム仕上げのハンカチをお土産にするのには便利です。東京に行くときには、新しいお店にお立ち寄りさせていただこうと思います。

太子堂のお店には何度か行かせていただいたのですが、壁に特色のあるタイプのハンカチが並んでいて、高密度の綿のハンカチなど素敵に思いました。また、伊勢丹新宿店メンズ館にも入っておられますので、ぜひ皆様、H TOKYOさんのハンカチ手にしてください。KITTE限定のハンカチもあるそうです。

H TOKYOさんの情報は、http://www.htokyo.com/blog/

2013年03月15日
大人向けのフリーペーパーマガジン、「つなぐ通信」が創刊され届きました。編集長はテキスタイルツリーの成田典子氏です。一読して、歳を取った時に味のある人生だったなあと思えたら最高だ、というのが感想です。

特集の「使い込まれたものたちは美しい」で、キッチンクロスを使い続けるとか、同じ靴や洋服を大事に着続けるとか、壊れた陶器を修理しながら使うとか、モノの表情が味が出て美しいというだけでなく、そういう風に大事に使える人というのが素敵に思えます。

奥田染工の奥田社長も登場されており、普段の仕事姿なのでしょう染料で汚れたジャージ姿での撮影。なかなか今の時代に服を汚したままで仕事をできる人というのは少なかったりで、奥田染工という会社のほかの会社との違いを思わせます。
2013年03月14日
リネンというのは、水洗いすると縮むとよく言われるのです。使っていくうちにだんだんと目が詰まるというような言い方もされます。リネンのシャツなど、首周りがタイトなものなどは、首のサイズが2CMから3CMほど小さくなることもあろうかと思います。

このことは、綿のシャツなどでも同じではあるのですが、リネンの場合は、吸水性に関して、綿の4倍といわれますので、これは、リネンの糸が水を吸った時に横方向に膨れるということで、横方向に膨れると織物のアップアンドダウンが苦しくなって縮む現象につながります。

乾くときに完全に元にまで戻ればよいですが、だんだんとアップアンドダウンの癖も付いてきて、生地が詰まっていくということになろうかと思います。一般にD法などでの収縮物性が3%以内だとアパレル向けに使える基準であることが多いですが、長期的なリネンが詰まる要素を考えると、ぴったりサイズだと長く着ることが難しいということになろうかと思います。

この水でリネン糸が縮む問題は糸の紡績方法にもよります。一般に、アパレルに使う糸というのはウェットスパンでないと危ないといわれていますが、安価なリネン糸の場合、ハーフウェットとかで、ウールの縮絨と同じで、洗えばどんどんと縮んでいくというものもあったりです。

一方で、手紡のホームスパンのリネン糸というのは、その特性をうまく利用して、厚みのあるふっくらとした織物に仕上がっていたのだと思います。レッティング方法に関しても、私は、リネンの収縮物性に大きな影響があろうかと思います。ウォーターレッティングとデゥーレッティングでは、ウォーターレッティングのほうがファイバー原料の時点での安定性が勝っていたと思います。
2013年03月13日
今朝は暑いくらいの良い天気、午後からは崩れましたが。今朝はこの春夏の現物と来春夏物の企画のためにお客様がお越しくださいました。一年を掛けて次の年の生地の企画を練るという形は日本的な生地つくりの世界に思います。

夕方に出荷をしないといけない案件があり、ストールの急ぎの仕事の台で、シャトルが2つ壊れたという話で確認すると大破でびっくり、ここまでシャトルを壊してしまうと織機も壊れてしまう。

シャトルが壊れやすく出来ているのもシャトルを挟んだときにシャトルが壊れることで、織機を守るという側面もあり、壊れやすいものには壊れやすく作られている理由があったりするものです。
2013年03月12日
今日は、午後から米原の伝統産業会館で山本玄匠氏を講師に迎え、ビジネスカフェというイベントが行われ、参加させていただきました。山本氏の経歴を詳しくお聞きして、独自の経歴が独自の作風に結びついておられるのを感じました。色柄的には、グラデーションなども駆使するニューヨークのスプレーアートや現代のコンピュータアートに共通する要素もあろうかと思うのですが、その手法に特徴があり、柿渋をベースとされる手法で環境によいということ、また手描きされていること。

一般に草木染では難しいといわれている鮮やかなグリンなども自然に返る環境によい手法で耐光堅牢度もよく再現されているというお話で、これを実際に検証をできれば世界中の大企業でも難しい解決できない問題である草木染の常識を覆す世界になろうかと思います。

また、草木染の場合には本来は、耐光堅牢をを上げるために、何度も染めては光に当て重ねて染める手法が古来の品質の高い草木染の価値を生み出す要素だったのですが、それを一回で問題なく染められるというのは、他の染色工場さんでは一度も聞いたこともなく、信じられない世界を実現されている話で、染めの問題を多く抱える草木染業界がなぜ話題にすらしないのかも不思議といえば不思議。

洗濯堅牢度がよく、耐光堅牢度もよい、劣化しない染料が、どのようにすれば自然に上手に返るのかというところも染色業界が汚水処理に悩む中、大きな課題ではあるところなので、その問題もクリアされているというお話です。世界中の染料業界が作り出せない川に垂れ流しても無害でかつ物性に優れた染料をすでに実現されているというお話には驚きました。草木染に関してはどこまでが本当の草木染かという話になることが多く、検証できるなら、ノーベル賞ものではないかと思うのです。
2013年03月11日
仕事というのは、覚悟を決めてやるやらないというところで、作るものがまったく変わってくるといえます。時間も限られている中で覚悟を決めていれば自分が進めて答えを出していけるのに覚悟がないと結局何も出来ないままに終わります。

約束を決めさせたほうが勝ちというのが、実は約束の世界だったりします。一方的な都合だけを押し付けてできないのかできないのかと迫ってくる。しっかりと同様の覚悟で動けるような系列つくりというのが大切だろうと思います。

必要のない関係は作らないことも大事、よく、仕事をしていてもセールスの電話などが掛かってくるのですが、特に大手企業の絡んだインターネット関係、事務機器関係、電力関係、電話回線関係のセールスなどはまともなものがほとんどありません。まず、一方的に自分の儲けのために電話しているということも頭にないところから始まります。それに大手さんが絡んでおられるので、大手日本企業の商モラルというものはないに等しいです。

コピー機のセールスの方も、今のコピー機に満足しているといっているのに、一生懸命にコピー機の話を聞いてくれ、置かせて欲しいと斡旋してくるので、無料ならスペアに置かせてあげても良いというと、びっくりしておられ電話を掛けてこられなくなりました。私自身も麻生地という特別な世界のものを作っているので誰もが欲しいと思ってくださるものではなく、麻生地を欲しい方の中でも弊社の生地を気に入ってくださる方に使っていただくのが一番だろうと思っており、押し売り的な斡旋はしたくないのです。

商売をされている方でも、猛烈に押し売り的にプッシュして、売れないと分かると嫌なら別に買わなくていいよみたいな感じで、すーっと引いていかれるタイプが多いものです。商売って急ぐ場合など場合によっては損を承知でもやる部分もなければ駄目だろうと思うのですが、損を覚悟して我慢して動く仕事も多い中で相手がそれを汲み取っていなければ終わりだろうなあと思うのです。その辺りが三方善の本質だと思うのです。

たぶん、「売り手良し」「買い手良し」「作り手良し」といわれる、近江商人が、在庫や金融リスクを背負うことで、物が流れる状況を生み出すという近江商人特有の気質だったのではなかろうかと思います。まずは、物や物づくりする人々を抱えてそれを欲する人を見つけて売っていくという、人のつながりこそが一番大事な商売。

モノづくりの部分だけでなくマーケティング的な部分でも、モノの価値を高めるため自分の脚で遠くまで歩いてそれを欲する人を見つけて売ったというスタイル。作り手も売り手に感謝し、遠くまで歩いていってしっかりと買ってくれる買い手に感謝。また、近江商人の理想像である質素な生活ぶりというのは、ものの品質を高める上で厳しさを持ちぶれない基準を持つためにも重要な要素だと思います。
2013年03月10日
業界が元気になるためにはどうするべきかというのを考えることもあるのですが、繊維の業界で世界が動いてしまっているときに、農業の保護や自動車業界の車検制度のように非関税的な規制を設けるとかになってしまいそうで、産業を守るのに政治力に頼る方法とかだとフェアじゃないとみなされてしまいますし、守られた中で元気にしている様に見せてもそれは虚構の元気。

また、競争が、海外との価格競争にあるだけでなく、携帯電話やパソコンなどの昔は高額だった消費財が値下がってきたこともあって、そういう一般に代替財とは思われないものとの価格競争もあったりします。ICチップやメモリの世界もかつては諏訪盆地がメイドインジャパンの象徴的なイメージでしたがそれももう遠い昔の話です。構造的な不況の中では、勝ち組と負け組みを作ることで勝ち組が元気にしているのを業界でもがんばればうまく生きていけるといいながらも、それは単なる一時しのぎの着実な衰退モード。

専門家などもよく言われるのが中小企業は、ニッチェのゾーンを狙い、高級なものに特化しろといわれるのですが、その方向にいこうとすれば、大事なのは自分がニッチェなゾーンを狙うだけでは駄目で、最終的にそのニッチェなものを欲してくださる最終的な使い手との出会いに結び付けなければ駄目という部分見落とされがちです。

先日、ファンドの交流会で、ユバを扱っておられる食品メーカーさんの女性社長さんが本当に元気にされているのです。たまたま、私が会場の建物についたときに、エレベーターに乗ったのですが、全然関係のない私にニコニコと話しかけてきてくださいます。ユバというものをほとんど食べることもない私ですが、こうやって元気にされている姿というのはご商売にもうまくされている要因なのだろうと思います。モノづくりがうまく行くためには、モノづくりじゃない大事な部分を、ユバの女性社長とエレベータの中で1分ほどお話しをさせていただいて、このおばちゃんには何をやっても敵わんなあと思いました。北風と太陽の世界です。