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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2018年2月
リネン日記:14
2018年02月26日
3月27日、28日に、若手デザイナーのNINOWという一般向けではなくプロ向けの展示会が東京である。https://ja-jp.facebook.com/ninowtextile/ NINOWには産地を担うという意味がこめられている。弊社からも仕事経験1年の斎藤がデザイナーとしてたつ。私自身は、産地を担うというスタンスはあまりなく、自分がやることで産地が産地として残るだけなんだろうと思う。たとえば、先代のころのものづくりを担ったところで、テイストも異なり、売ることも難しいだろう。かといってよいものづくりだという評価はあるがそれが通用しない、でも、残していかないといけない。そうなってくるとそれは残すために新しい他の仕事で埋めてゆかないといけないことになる。

参加させていただく弊社デザイナーの斎藤にも、展示会に出て一番最初に気がついてほしいのは、自分が企画してものをつくっても売るのが難しいという現実。会社で仕事していると仕事した気分になってつくったものは売れるという前提で給料ももらえるのが普通に思うが、実際、ものをつくってもそれが売れる確立は低い現実を知って、売れるところまでを考え自分が食べていけるような感覚と力を身につけてほしいと願う。ひとつの企画が駄目なら並行して企画を立てて、そのうちのひとつでも注文が入ったら自分から生産に動いて仕事を一貫して成し遂げる気持ちが大事。

常に新しいことをどんどんとやって自分自身がいろいろな経験をして現状の問題を打開してゆくことがその人の力となる。高齢化する産地を支えるためには、熟練の方の仕事の準備や後片付けをすることが不可避であったりする。私も仕事に入ったときから、雑用や他の人ができないところばかりしてきたから、一人でも全部の仕事ができて新しいことでも簡単にこなせる力がある。

何十年の職人さんが動かしてこられた織機を受けても、その織機を動かせばその職人さんの抱えられていた問題が包括的に見えてくる。織機には正しく動くようにするための気配りがいたるところに込められていて、そういうのを無視しては織機は動かず単なる鉄の塊。それを理解してさらに自分自身の手を掛けてあげることで織機が問題なく動くようになる。若いころに自分の担当以外に、その職人さんたちの仕事の準備と後片付けをしてものごとが回るというのを感じていただけに、ものごとがうまくまわるように動くのが私の仕事で、全員ができないと諦めた仕事が私の仕事であることが多い。正しい織物をつくれない原因は、織機の問題ではなく織機を動かす人の問題であることがほとんど。

現場の人間が手が空いているのに、他の人にこれやってあれやってでは駄目で、私も若いときから現場の人間以上に難しいことや面倒なことをこなしてきたから、仕事をするのが当たり前の姿勢を誰に対しても言える。先代や先代世代に対しても自分が仕事するのが仕事であるということを常に説くから、先代世代からも方向性が逆なので嫌われることが多いけど、実際にいろんなことを自分が仕事して経験していると見えることもある。

問題解決には自分が仕事することが一番、仕事に自分の仕事じゃないとかなんてまったくないのだから、自分が本気で最後形にする覚悟もつところから。一人でも仕事をすれば仕事は成り立つというところまで持っていかないと一番大事な仕事が成り立たない。新しいことやりたいなら、今の仕事よりも難しいレベルのことだろうから今の仕事くらい普通にこなせないと理想のところで止まってしまう。年配の人たちがやってる仕事を若い人が面倒がるようなら駄目で、軽くこなせないとその人の仕事の力と考え方に伸び白もない終了サイン。

日本で織物つくるも海外の人が織物つくるも同じ競争の話。日本でつくるなら違う考えをもって仕事以上の気持ちがないとなかなか評価すらももらえない。若い人が仕事するときも年配の人以上に上手に仕事こなせないと食べても行けない現実。方法論ではなくて、目の前の仕事を前に進めてゆくことで、仕事というのは成し遂げられるし生まれてもくる。
2018年02月25日
展示会のブースのコマ割の発表があり、よい感じの場所が当たったようでお客様には見てもらえそう。昔、展示会に出始めたときにはブースの場所がすごく大事に思えたのだが、力のあるところがあえて悪い場所を取りに行き全体にお客さんが回るような話を知って、展示会も時間なく準備できないけども、自分のこと考えているようでは駄目だなあと。新しいところによい場所が当たって全員が盛り上げていかないと展示会だけじゃなくいろんなことが難しいだろうと思う。

愛荘町の町長選挙があって現職が負けて新人が当選した。優先的に新しい人に仕事を任せていくようなことも大事だろう。町長なんてのも落ちた後でも地域の区長やボランティアやれば町長の役目以上に地域に現実的に貢献をできるものである。下から地域を支えるようなことができる人は、人間的には町長よりも上のクラスだろう。新しい町長も何十年も居座るでなく理想の形ができたときには次に譲るを考えてもらいたい。

町長が一番若く新人で43歳、町の議員の一番若いのが新人の58歳、議員の平均年齢が70歳くらいというのが愛荘町議会。この構造は、旧の集落が人が減り始め、新興住宅に若い世代が入ってきて、高齢の議員は票の取り合いになり、若い世代が少ないので若い人に若い世代の票が集中する傾向がではじめているのだろう。

新しい人が入って来たいようなコミュニティを常に目指すくらいでないと、古い人たちが自分たちの満足を求めていると後がなくなる。新しい人たちに役職を担ってもらって早いうちから全体を見てもらい世代交代してゆくことが大事ではないだろうか。別に熱い思いをもっていれば年齢は関係のないことなのだが実際に自分が動ける人が役職を担う形が理想であろ。
2018年02月21日
アメリカのフロリダ乱射事件のあと、トランプがその高校の生徒たちと話をしたときに、その高校生たちが銃を規制してほしい思いを伝えたが、トランプは教師が銃武装して戦うというような案を提案。国民の代表が国民の声を聞けない民主主義。武器を武器で押さえるという哲学。問題は警備体制の問題かというとそうではない。アメリカの銃が蔓延する社会の問題で、一般の人でも拳銃が手に入る以上、銃で他人に危害を加える以外に、銃での自殺、また、警官による銃を持つ相手を射殺することの多発、警官が銃を持った相手に発砲しないと警官が罷免されるなど、警官ですらも銃をもったものがいれば自殺志願者であろうが射殺しないとならないような制度である。乱射事件のようなことが起こることを受け入れ、警備員を配置することで銃ビジネスが成り立つ。疫病を撒いて薬を売るビジネスじゃないのかと思える。銃をばら撒いて利益を上げ、それから身を守るために銃を持てで利益を上げる構造そのものが駄目だろう。
2018年02月20日
織物の仕事が手間の塊だなあと思うのは、染め上がってくるのに3週間。織る前の準備、整経の糸を割るのに2日、整経に2日、つなぐのに4日、送るのに2日。織る前にですら働きづめでもどこまでも時間が掛かる。織る仕事はたぶん順調にいけば動かす時間をマックスにすれば5日くらいかと。綿の強撚糸の先染で、柄ズレが許されない。織り上げたあとは加工工場で加工。1ヶ月ほど掛かってなんとか一つの仕事がこなせる。

ちょっとの休憩時間に、染料の型染と蒸しのテスト。直接染料だと型染めして終わりだけど、堅牢度が悪いので高級な長く使えるアイテムを染めるのにはより堅牢な反応染料での染。その分蒸す工程を管理する必要がある。先月やったときには、蒸しの温度が十分に上がらずに、洗いを掛けたら色が落ちて3分の1くらいに。温度も管理していたので、温度が足りないことが把握できていて原因も分かっていた。蒸し器の内部温度を100度で12分程度蒸す必要があり、それも技術的に実現可能となって、今の仕事が落ち着いたら広幅の絣織物に着手。

今の段階では小ロットの試作段階ながら、すべての作業を一人の人間がこなしてできるように工程も考えたので、本生産も、極端な話、私一人が数日籠もれば一着分の布ができあがることになる。今年度はワンピース向けのリネン。来年度になる4月からは、本麻での試作に着手ずる。10年前まではできるとは思っていなかった50年前の林与の近江上布を復活させること、さらにアパレルにも使える広幅での復活が見えてきた。オリンピックのころには、より多くの作品を完成をして多くの海外の方に日本の布の力をご覧いただきたいと考えている。
2018年02月19日
オーガニックのラミー糸の強度の問題で色によってうち切れが起こり悩むところ。紡績した錐の問題かもしれないが、一番うち切れの問題の起こりにくい台に掛けて、速度も落としていても、うち切れの問題が発生で他の色に横糸を変えると問題が消える。10m織るのにもなんどもやり直し5日目。なにか工夫して解決方法を探すが、折れないと断念すべきかという局面。2年前この問題で数ヶ月が費やされた悪夢の再発。残り100mちょっとに悩まされる。

5日といっても普通の人の仕事換算だと、2週間分くらいの仕事の労力を費やしての感覚。普通だとその仕事だけでも百メートル以上は織れているはずなのに、10m織るのも張り付いてどうしようもない。他の仕事の手も足りなくなる。麻織物の仕事が怖いのはここで自分の責任じゃない問題ですらもモロにかぶってしまう。こういう問題を助けようとすると自分がボロボロになる。

ラミー糸にはいろいろな問題が潜んでいてかせ染めでレピアで織ると年輪のような模様が浮かび上がる問題や、糸が切れて尾を引いて、横糸切れを感知できずに横2本入ったように見えるキズの問題とか。横糸が途中で切れて2本入ったように見える問題は、細番手のリネンでも起こりうる現象で、糸が細すぎ、弾力性がないゆえに普通の糸だと切れれば認識できるような糸切れも糸切れとして感知できない問題である。

麻糸は均一ではないので、リネン糸などでも、細いところと太いところがあれば、染めた場合に、太いところは中まで染料が浸透しにくいので薄い。平織りの織物でも糸の太いところは色が薄く見えたりする。ラミーの場合でもスプライサーヤーンのように、ノットレスにするために貼り付けてつなぐ紡績では同じような問題が、スプライサーでつないだ部分で起こる。
2018年02月17日
今朝、三角形のガラスの欠片のような形の結石が出て結局は結石が足元の寒さや風邪の原因であったようで体が2年ぶりくらいに相当軽くなった気分。イタリアでの体調不良の原因も分かって、日ごろから水分を多めに取ることを心がける必要がある。結石があると横になりたくなるのは、横になると結石が詰まっているのが解消されるからで、人の体というのはよくできているなあと思う。なぜ、結石が落ちたのだろうと思い当たる節を考えると久しぶりに重めの糸を巻いたビームを肩に担いだからだろうか。

イタリアの展示会で思い出したことに絹織機はなぜ後ろが長いのかという問題。長年の疑問の答えを展示会場で富士吉田の方に教えてもらった。絹を織るために後ろが長い必要があるのかというと、そうではないようで、昔は絹糸の問題を人が織機の後ろで手を加えて解決するために織機の後ろが長いそうだ。今の安定した糸だと絹織機の後ろは長い必要はないことになる。

麻の糸でもときどき、糸質が悪いと私が整経するときに、巻きとり時に手を加えて糸の節などを取り除いてあげることがある。2年前に久しぶりに織った、アイリッシュリネンのハンカチ生地は糸の節をできるだけ取り除こうと巻き始めから巻き取りまで6ヶ月掛けた。時間は掛かって整経機も一台が長い間使えなかったが私なりには満足な結果。人の手を加えることでより完璧に近づくこともある。

なぜ、織物の筬は基本2本通して織るのかという問題もそれなりの答えがあるので一度考えてみてくださいね。1本で織ると、綺麗な碁盤の目には織れるのだが…。
2018年02月12日
昨日の夜、薬局で市販の総合的な風邪用の持続性カプセルの風邪薬を買って飲むと、今まであった脚の寒さや不安感がなくなり頭もすっきりして、イタリアの風邪薬とはかなり違い明らかな体調回復。イタリアよりも近江湖東地方のほうが寒い気がするが、寒さの種類が異なる気がする。

今日は、糸を染工場に持っていって気がついたのだが振り替え休日。糸と指図を置いて帰る。工場を1週間離れていると工場が懐かしい。出発前に行っていた染色関係のものを眺めると、染めたものを織り上げることができればよいものになるだろうと思える。

古い型紙などもきれいに順番どおりに積み重ねられていたようで、続いた何枚かを使えば1柄できあがる。基本、型紙は何千柄分すべて残っているはずと思う。春に暖かくなったら倉庫の型紙を分類してみようと思う。


2018年02月10日
昨日の朝の便でイタリアを出発しヘルシンキ乗換えして、大阪に10時に到着し、家には午後3時に戻る。あったかい食べ物が食べられていなかったので、体力も落ちていることから、天下一品のラーメンを食べることに。食べると味覚音痴になっているのか、しょっぱいだけでいつもの豚骨のスープの味がしないのと、温度音痴になっているのかぬるく思えて仕方ない。こんなことは初めてで、飛行機のなかでずっと、のどを癒すために、オレンジの飴を舐めていたから、普通の味がしょっぱく思えるのかもしれない。途中、在来線に乗る前にコーンスープを飲んだときも同じで、しょっぱくてぬるく思える違和感。そのうち直るだろう。

両足が力が入らず寒気がしてならず、これはもしかすると風邪というよりも、腰に違和感があるので結石が降りてきている可能性。今日は一日体を休めて明日から仕事。
2018年02月08日
今日は最終日、午前中お客様は少な目、午後からはお客さまが数件来られて、午後4時くらいには他のブースも撤収を始められる。今日も体調が優れず、寒気がするので風邪薬をカドルナの駅の薬局で買ったのを飲み続ける。通訳の皆さんが、心配くださり、お茶とかご飯系を差し入れくださる。食欲があまりない、林与としては珍しいほどに体調が落ちている。

それでも、十分な感触を得て今回のミラノウニカ出展は終了。近江上布を広幅の絣織物で再現するプロジェクトは、ヨーロッパの高級ブランドからも注目してもらえるテーマであるというのは実感できた。近江上布のアーカイブから、気に入った柄なども選んでいただいたのも試作に生かしながら独自な世界を作り上げれればと考える。

他の出展者さんも継続されておられるところも多いがいろんな変化があって、どこもが、そのときどきの局面に対応してゆかないとならない厳しさを乗り越えられて出展を続けておられるように思った。自分で準備して覚悟して出てきておられるだけに、皆さんとお話していてもどこも気持ちは一緒なので心が通じるものがある。
2018年02月07日
イタリアの食事というのは暖かいスープのようなものがないのが寒いときには残念に思うところ。朝食のビュッフェも暖かいものといえばコーヒー。暖かいものを食べようとパンを温めて4枚食べたそれがやっぱりパンプロブレムか、食べた後部屋に戻るのもなんかめまい気味。部屋に戻ると体が寒くて、格好も気にせず今日は思いっきり着こんでの会場入り。お隣の宮真さんの社長も昨晩食べ物でアレルギーだろう症状で、私以上にやばい状況になられたということで遅出で会場に入られる。

今日はほとんど一日体調がすぐれずに放心状態で椅子に座っているだけのような情けなさ。寒さからか風邪も引いてしまったようで肌寒さが増し、今日は自分の体調をコントロールすることだけで精一杯な状況。帰りの地下鉄と電車も2回とも乗り過ごしかけ飛び出してセーフ。駅からホテルの部屋までの300mほども歩くのがつらかった。

今日のブースには十分お客さんにもお越しいただけ、30分以上近江上布の何百枚かのアーカイブなどを眺められるグループも二組あって、私も知っている海外の高級ブランドが近江上布のアーカイブに注目してくださる流れは、今の広幅絣織物のプロジェクトが海外の高級ブランドにも評価されていて形にしていかないという思いが高まる。

自分でもまだ未熟だなあと思う染と絣を織る技術で織ったものでも評価が高いので、力強い布の世界を目指してそれがある程度感じてもらえているのだろうと思う。普通のアパレルの布にはない味の世界。近江上布のアーカイブを再現して行くことで持てるのは夢だったことで、それがオンリーワンで海外の方にも評価してもらえたのは幸せ。

今日はデザイナーの子が夕方から昨年友達になったイタリア人と結婚されたインド人の女性とミラノ観光を少しして、ホテルに帰ってきてからどんな感じだったかを報告してくれた。会場でみかけたときすごく急がしそうで2回、3回もうちょっと待ってといい感じに仕事をされているのだろうと私は感じたのだが、話を聞くと、今年はコレクションをしないで、イタリアのメーカーの生地をドバイに売るエージェントの仕事をしているという、また、それが完全な歩合制でまだうまくいっておらず、自転車でデリバリーの仕事をしながら映像関係の学校にかよって、最終的にはまたコレクションをやりたいという思いがあるそう。話を聞くと大変だなあと感じ、一方で、林与がイタリアに来てジャパンのパビリオンに出展することでいろんな方と出会えるのは恵まれているとしかいえない。

今日は麻紡協会の方ともお話して昨年よりは完全によい流れで場所もコーナーのよい場所。地元の企業さんも3社出ておられ予想通りの私が経験してきた海外での好感触を体験してもらえてよかった。
2018年02月06日
初日、朝予定通り7時30分前にホテルを出るも、乗り継ぎの駅で25分ほど電車が遅れているということで、開場9時にブースにつけない可能性が高くなって、スパー焦りモードで、最短で開場へ行けるルートを探す。大きそうな駅で降りて、スーツケースを転がしながらタクシーを探すも、10分、15分のロス。あきらめかけたときにタクシーが来て、なんとか開場9時前にブース入りして展示を完了。

ミラノウニカ初日、会場が変わったばかりの昨年はお客様が少なめだったので、AW展に出られた出展者の前回の話からしても同じように、今回も同じ流れを覚悟していたが、今回は、初日から、ブースにもインターナショナルなブランドさんが来て下さって、昨年以上によい流れを感じる。麻紡で出展されている滋賀麻の社長も同じことをいっておられて、せっかく、海外に出てきて活気みたいなものがないとというレベルはクリア。

3年前に通訳をしていただいた方が、今年の林与の通訳を担当くださる。2年ぶりにお会いする、うん、少し太られたか。ご主人がフランクフルトの展示会に行かれる予定がミラノウニカの後ということで、無理モードで受けてくださっている。また、2年目にお世話になった通訳の方ともお会いできて、今年は福田織物さんの通訳を担当されお会いでき、お体が悪いということではなかったようで少し心配していたので安心。JFWのスタッフの皆さんにも声を掛けていただいてアットフォームな感じでスタート。

初日はそれなりによい成果だったと思う。夜は、ドーモの近くのハッピーアワー。9ユーロほどのワインを1杯注文すると、おつまみが好きに食べられる。私なりにはハッピーアワーが気になっていたので経験できて満足。ホテルに早めに戻って休息、なぜか、足がゆっくりしか歩けないほどにすごく疲れすぎている。
2018年02月05日
イタリアに来て、レストランにいっても鉄道なんかも内装がモダンさを感じるのだが、一方で材質がプラスチックであるなど安っぽさを感じるだけでなく座り心地が悪いのも観点が違うのだろう。イタリア人が日本に来て日本文化に憧れるのも分かる気がするのである。一方で、昔からのイタリアの街並みは石の文化で何百年の重みを感じる。暮らしにくさはあるかもしれないがそれにはすごく憧れる。

今回乗った飛行機はフィンランド航空で、いつもとは違う感じ、JALと提携もしているので、安心できる便感はあるだろう。機内の乗務員の対応も非常によく、電気機器などもマナーモードにするなどすれば飛行中も使えるなど、乗客に対して緩やかなところもくつろげた。

しかし、ヘルシンキでの乗り継ぎ時間が45分しかなく、航空券購入時にフィンランド航空にも確認をしたのだが、迅速な乗り継ぎができるようにしてあるので大丈夫ですということだったのに、実際には、イミグレーションで1時間はかかろうかの大行列。時間がないので航空券を見せて優先してイミグレーション窓口に誘導してもらったが、10分くらいやりとり、滞在目的、Eチケットの確認、ホテル予約、展示会の資料などを見せないとならず。そこそこプリントあうと、PC内にデータあって見せることができ、要求するものをすべて見せることができパスしたが、準備不足だったり英語ができないと乗り継ぎもできんのじゃないか。

今回、なぜか不吉な予感がして、出発直前、いつもになくEチケット、展示会の入場パス、ホテル予約などプリントアウト、PC保管して持ち込みかばんに入れておいた。いままで、そういう資料を催促されたことがなかったので準備したことなかったが、準備していなかったらと思うと。ヘルシンキトランジット、ハードル高いなあ。でも、ホテルについて、日本円で現金はもっていったがクレジットカード2枚、家に置き忘れたのに気がついた、アベシ。

おなかがペコペコで、ホテル内のレストランで食事をたっぷりと取った。出発の準備に追われて食べるのも寝るのも節約して時間作ってはいつもどおりだが、今回はデザイナーも随行で一人でスーツケース2個ということもなく、出発してからは体力の消耗もなくありがたい。
2018年02月02日
私自身50歳に近くなって、この業界というのは70歳でも80歳でも現役だったりするので、若い人たちが仕事や業界の中で活躍できる場を見つけることは大事だろうと思う。私が業界に入ってくる若い人に提唱するのが、できる限りカバー範囲を広げ、織物を一人でも作り上げる力を持つこと。これで、自分の思う織物が自分で作れることになる。

別にこの業界と合わないとかでも目の前のことにいろいろと取り組んでいれば、繊維の仕事が繊維の仕事でなくなり共通項も見えてくるものだろうと思う。仕事なんて誰かが進めて完結しないと意味すらもないのだが、守備範囲が狭いと仕事が見えないままのことが多く仕事はあってもできる仕事がないままになる。やるからには能力を高く持つことが大事だろうと思う。

厳しい話になるが先代が長生きしてたら仕事で私の居場所を見つけるのは難しかっただろう。先代が生きているうちはお客様から受けた見本はつくっても、自分自身のつくりたいものというのは一切つくらないということに決めた。亡くなったからには自分が自分でやりたいと思っていたことを思いっきりやってみるという、この仕事についたときに最初の意気込みに戻り20年遅れで再スタートした。

最高のものをつくろうとアイリッシュリネンプロジェクト、現行のリネン150番手を織るプロジェクト、逆にリネン3番手を織るプロジェクト。超高密度織物。ガーゼ織物。シャトル織プロジェクト。柔らかリネンストール、リネンキッチンクロス。糸の直接輸入。海外展示会。ネット販売。店頭販売。自分がやったことのない領域をとことんまでやって、何をどうすれば成り立つのか考えた。生地を企画するとかにはほとんど時間も使うこともできない状況で生地を作る。余力を自分で生み出してやりたいことを実現する。

自分の力だけではなく外の方の暖かい好意に支えていただいたこともいろいろな面であった。今も自分がやりたいことに時間を使えるような状況ではないが、なにかやろうとすると自分で余力を生み出していくしかないと思う。やって失敗を経験するのも別に悪いことではないし、その失敗をリカバーするのも仕事の実力というものだろう。

2018年02月01日
昨年の冬は年末年始の雪がすごくって、1月20日ころの雪もすごくって、ミラノウニカから帰った後も雪がすごかったの覚えているのだが、今年も寒いながらにも、昨年ほどではなくありがたい。夕方は1件プリント工場宛に出荷で検反などをやったけども、小さなキズを修理してキズの箇所が数箇所減って、経のよく切れた織物で織るのにてこずったもののよい仕上がりで安心。

手で触っていてもよい感触で織りにくいリネンというのは、糸がやわらかいからで織り上がった物はソフトな風合いのものであることが多い。それにしても、昨年の糸というのはどうしてこれほどまでに織りにくいのだろうか、おととしの作柄が悪かったという話だが、機屋泣かせの一年であった。この1年は私の経験した今まででリネンが一番織りにくい1年であった。

生成にも問題が多く、シャトルで織ると色段になる問題が顕著で、ワンロットの糸の色のばらつきが激しく今それをコントロール中。レピアだとそれほど問題は起こらないのだろうけどもシャトル織機で織ると大きな問題となる。私の手順どおりに作業をして織ってもらうとシャトル織機でもレピアと同じ糸の連続性を維持でき問題がたぶん回避できるのだろうけど。レピアで織った生成の反物で段が見えなくても、裁断して縫製して、使うと左右の色が微妙に異なるなどの問題はありえるだろう。

この一年リネンの生成の注文を糸が悪いという想定からアパレル向けではほとんど受けていないので助かったといえば助かった。聞いた話によると昨年は全体の5%しか60番手を引くことのできる原料が取れなかったとか。100番手超えの織物などを手がけているけどもよい糸の入手からして難しい状況。100番手だと5年前はレピアででも縦糸に糊も付けずに織っていたのが懐かしい。今の100番手の糸だと、糊を付けてもアパレル向けの密度だと織れずに大変な問題となりえる。