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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2023年01月29日
今縦つなぎの案件が3つある、その一つがデニムなのだけどもあまりに時間が掛かるのがデニム。繋ぎ終わってからも織りだすまでに半日以上かかる。半日というのは24時間の半日なので、普通の仕事とすると一日仕事みたいな感じ。経糸がインディゴ染めなので色が濃くて非常に見えにくく、作業がしずらいのも難点。

織物の仕事というのは壁が高ければ高いほど、ほかの人がマネはできないだろうから難しいことは悪いことではないのだけども、難しい仕事というのは会社のほかの人ができないので私が結局担当となってしまって、納期に追われて直線的にこなさないといけないことが多い。日本だと高度な織物が云々のイメージではあるだろうけども、少し高度になると普通のサラリーマンでは1日8時間の作業の中で生産ができるのかというと、難しいだろうなあと思える。

高度なイメージもいろいろだろうから一概には言えないだろうけども、与えられた状況の中で限界的な織物みたいな織物は無理が大きい。ほかに高度な設備という概念もあって、たとえば電子ジャガードで、デザイナーさんの求める織物を自由につくるみたいなのも高度な織物だろう。そちらの織物のほうが生産性はあるのかなあとも思えたりもするけども。資材系などの織物も電子ジャガー度を用いたものがある、車のシートなど。でもその世界というのは価格というのは本当に競争的な価格のようである。そういう企業のものづくりが理想には見えるのだけども、手作業の世界のほうがまだ田舎の人でもできるやさしさがあって、そういう産業的なものづくりというのはよほど優秀な人でないと難しいだろう。

日本も製造業が成り立つためには、構造的なものから考えていかないと、利益の取り合いというだけに終わってしまうようなところがあるような気がする。それは繊維産業だけでなく、国や行政と企業の関係なども含まれていて、繊維産業というのは人や土地が必要な産業で、人や土地を必要としない産業を基準とした課税体系や雇用ルールなどを、製造業にも一律に適用すれば、どんどんと苦しくなっていくのは当たり前で、右から左で利益を上げるところが残るだけ。その典型が熊本の産地偽装あさりとかだろう。カネしか見えなくなったときにはどうしてもそうなってしまうものである。ビジネスが大きくなればなるほどその傾向は強くなるのではないかなあと思えたり。

国内生産に移行するということを目指した百貨店もあったけども、それは百貨店だったら理想的なことのひとつかもしれないけども、百貨店にしても株主の集まりで、株主というのは配当とか利益しか考えないところがあって、結局、海外生産で駅率の高いものを売ったほうが儲かるという、国内生産のよう理想は捨てた路線に軌道修正がなされた。

百貨店に並んでいるものですら何分の1のコストでつくれる海外のものが多く、国内業者のつくるものもそれとの比較なのだから本当に厳しい世界であったりもする。ましてや、最終商品でなく、生地のような素材だと、その傾向は強いように思われる。実態がないのに、なぜか、国産の麻生地がでまわる。聞いたこともない業者さんから、聞くとあいまいな答えだったりしてほとんど国産とかで、具体的にどこかと聞くと仕入れ先ごとに違うからわからないとか売ってる人がいうからあさりと似たようなもの。国内で麻生地なんてつくってる人は非常に限られてきてしまっている状況で、何十年も前からそのあたりは変わっていないのである。百貨店店頭で売ってられる業者のかたもそのあたりを知られず、国産を謳ってしまっているような状況。

国内の繊維業界にですらも確かな情報がないというのがもう非常にあやういところで、偽造で問題になったアサリ業界と似たようなところがあって、国産と謳えば高く売れるという消費者だましが横行してしまっているのが普通のことになってしまっている。海外のものにしても別に悪いものではないのだけども、でも国産と謳わないと高く売れないということがあって、国産偽装は後を絶たない。だませばもうかるような業界の構造は繊維業界だけでなく、強度偽装が何十年も慣例化していたような国産の鉄の業界にもあったりもした。耐震偽装などもあったり。大事な謳いの部分が嘘で儲けるというビジネスモデルで大企業でも成り立ってしまっているあたりで、何十年というとブランドに明け暮れたバブル期あたりからの話なのである。ラベル商売の結果ともいえる。

自分自身が、日本で織物のようなものづくりをしていて意味があるのかどうかという問題。あえてもうからないスタイルを選んで仕事らしい仕事をやっているようなあたりが意味のあるところじゃないのかと思えたりもして。同じ物事をやっても成り立りたつ時と成り立たないときがあるだろうし、人が違えば同じことをやってもプラスとマイナスの結果に分かれる。

林与にこられたお客さんが、謳いみたいなものを探しておられるけども、なんで自分たちのやっていることの中にそれを求めていかないのかということも多い。幸せの青い鳥を探してうろうろと鳥を求めて産地めぐりされておられる方なども多いけども、林与と一緒に仕事する仕事のお客さんは大変だろうと思う。それでも自分でものを作っていくというブレないあたりを最重要視くださっているお客さんがいてくださって、失敗もあったりする難しい問題でも取り組んだりもできているから、それがまた全体の遅れの原因にもなったりするのだけども、許容してもらって成り立っているんだろう。

私自身は基本苦労や我慢は大事だと考えているタイプで、そういう部分が繊維の世界の価値観を生み出す部分だろうと思うし、それは特別な才能がなくても、だれでもが生み出せる価値観。経験というのは大事で、いろんな無駄かもしれない失敗も自分自身で乗り越えてできるようになって、そのあたりでのものづくりが最低ライン。することをどんどん簡単に楽にしていくような大企業的な考え方もあるだろうけども、そういうのが人のぶつかり合いの種になる。取る側と取られる側のような、それもものごとをするうえで大きな問題として考えておかないと、搾取構造で成り立っているようなモデルというのは、お金もうけだけのための仕事モデルであることが多い。

単純な作業に価値観を見いだせるとかそういうのも大事だと思う。単純な作業をしても、早くきれいにできる人とできない人の差は大きく、できない人ほど単純な作業を軽く見ていたりする。けど、ほとんどの人ができる作業をバカにしてできないようでは高度な作業というのは難しく、その人が理想としている賢く儲けるとかは、その人が実現して周りも養えるようなくらいの力があればそういう話も成り立つのだろうが。店舗をいくつも持っておられる大企業でもそれが難しいのが繊維業界の普通で、何の問題もないピカピカのきれいな店舗でも次々に閉鎖。
2023年01月27日
コロナに感染されたお二人の話を聞いていると70、80代でもないのに、悪化して入院手前くらいまでの感じ。入院してエクモとかつけないと重症化とは呼ばないそうなので、重症ではないという定義なのだろうけども、もう熱も肺もやられてそうとう大変な状態になられている。

コロナを軽く見てはいけないんだなあと思える。今、隔離が必要な2類から風と同様の5類に落とそうとしているけども、コロナ感染は放置していると全員が感染してしまうレベルだろう。つい前までなら、電車は大丈夫と言ってたけども、オミクロンレベルは隣に座って1時間だったらほぼ感染してしまうだろう。

学校なんかでも子供たちは感染しても無症状でも大人がそれをもらってとかで高齢者が感染してなくなる問題は防げないような気がする。普段は、普通にお仕事もされているお二人が、それぞれコロナに感染されて2週間ほど大変な状態のようなお話なのである。これ年配者だったら悪化は必至だろうと思う。

今、会社などでコロナ陽性や濃厚接触者ということで休まれる方が多くなられているようだけども、人数の多い会社でコロナを軽く考えてたら感染は止められない可能性が高いだろう。政府はもう飽きてきている感があるのだけども、状況は前と変わってはいないというよりも、感染は拡大中で、重症手前のところまで経験される方は多い。

そこから自然回復できると免疫ができてということなのだろうけども、たとえば2週間以上安静にできないと難しい問題がある。普通の風邪くらいなら2週間休むというのは仕事が回らなくなってしまうレベルなので、やっぱりコロナは2類指定のままでないといけないのではなかろうか。当然、治るまで安静にというような重大な感染病指定しておかないと。
2023年01月27日
チョモランマとか、登山家が上るときに、現地の案内人が道案内してくれる。登山家はその山の登頂に成功すると世界的なニュースになるけども、現地の案内人は小さなころからチョモランマでも経験して100回以上は登頂していたりで、登山家チームの荷物まで背負って、まあ案内人というのが商売なんだけども、名前も知られていない。

ものづくりの裏にも案内人みたいな人が必須で、その案内人見たい人はいろんな経験を持っていて、表の世界の人を道案内する。その道案内が仕事みたいなもので、仕事もらって作業しているみたいなのが、審査会なんかに行くとものづくり企業のイメージで、優秀なプロモーターのいうとおりにすれば、売れるものがつくれるのにとか考えられがち。

売れるもの売れない物って? 売る人次第のところもあって、売る人ががんばれば、売るのが難しいものでも売れることもあるし、売る人次第で売り上げは何倍も変わってくる。怖いのは、売れれば儲ければそれがすべてとかでやってしまうと駄目なんだけども、案外そういう企画の人は多かったりで、逆にそういう考えとは交わらないように気を付けている。

業界でもありえないような話はやっぱりあり得ない話なのだけども、そういうをブラックボックス的に素人の人が知識があいまいだったり理解不足でやってしまうことが多い。そういうあり得ない謳いというのは一人歩きして伝言ゲームで、業界だとありふれているものでも、素人のプロモーターにとっては無二の最高級品に思えたりもするだろう。

普通は通な人なら分かってて普通なのだけども、素人の人ほど普通のことが特別に思えて、あやふやな情報が重なってありえない希少なものに化けたりする。インド行ったときに、日本人の方がインドの織物業者さんの手織りの布を進めてくれて、それを見たときに手織りじゃないとすぐに思ったけども、その日本人の方は売れればよいと思っているだけのことなので、そういう説明も信じたらプロじゃない。

インドの織物を織っている人は、私が織機のことを聞くと、手織りではなくてシャトル織機で織っているということを説明くれる。念のためテクニカくなことも聞くとドロッパーのない織機だということをこたえてくれて、その織物が端のほうが傷が走っている理由がわかる。手織りだと経糸の切れたままプロが何センチも織るなんてことは基本あり得ないのである。そういうのも現地の人と直接しゃべるからわかることで、通訳を介していたら通訳が意味が分かっていなかったら本当の答えはわからない。

素人の業者さんの説明などはそういうあやふやな間違った知識が多かったりもして、すごいものだと説明を受けたりもして怖い話なのである。それを真に受けて、インドの手織りですとかで売ってしまうと、商売としてはなりたっても、プロの商売としては駄目なあたり。でも、繊維業界の大手の販売方法はどうも素人的な謳いで、すごいものがつくられているということになり、実態がどうなのかという話。

オーガニックコットンにしても、5000エーカーの自社開発的な農園の話が、問題が明らかになると、普通に、リソーサーから仕入れていただけだからわからないで、リソーサーの責任というコメントに変わる。人々を支えるためにオーガニック農園を開発したみたいな話が消えてしまって、リソーサーから仕入れてただけの話に変わる。そういう?なオーガニックが、普通のまじめなコットンの世界を悪者にして、?なものに置き換えてしまったところもあって、まじめにやって普通のコットンだと正直に語っている人たちを淘汰していくようなこともある。

オーガニックを扱う業者さんも繊維に関する経験の浅い人が多い、そういうときに、やはり昔から天然繊維の世界の価値観を知っている立場の人が、合成繊維と混ぜてオーガニックなんていうのは、あり得んわと思えるレベルの低い消費者だましのオーガニック。もしかすると普通のコットンのほうが人々の健康にとってはよいのとちゃうの。合成繊維混やと素材としては産業廃棄物としてもやっかいな問題。そんな素材が地球環境によいとかあかんし、また、火力発電所の産業廃棄物を汚染されていない農地にまいて活用するとか、重金属とか水銀とか含まれているのになあ。どこがエコで地球環境保護なんやろね。
2023年01月24日
今日の午後から明日にかけてが寒波のピークらしく、最強クラスが予想されている。この寒さというのを我慢して作業できる人というのはあまりないだろうし、それなりの覚悟が必要だろう。私は夜中も作業していたりするので、今夜は工場の中も氷点下になるだろうから完全な防寒対策で作業。私の場合には慣れているので、手なども適応できているけども、お昼の時間でも、慣れていない人だと指が冷たくなりすぎて糸も結べなくなってしまう。

私自身はこの仕事に就いた時からどこの作業の現場もそれなりにストーブが一つとかくらいで、寒いことは寒いのが普通で、それに慣れているけども、今の普通の生活をしているとそういう世界はあり得ない話だろう。本来は麻織物の場合には雪深く寒いところが織物の産地であることが多いのだけども、もう、そういう寒さの中から、麻織物が生まれてくるという概念は成り立たなくなってきているとは思える。

冬のぬくもりといえば、あっても火鉢しかなかったような時代の感覚が消え去って、部屋中があったかいような環境が普通でないといけないような今の時代の職場環境とは、真逆の寒い工場の中、そういうのが気にならずにというか無視して仕事に没頭できるのか、できないのか。綿織物にはあまり私自身はそういうイメージが少ないのだけども、麻織物にはそういう厳しさみたいものが手織りの時代からつきものであるような気もする。時代遅れみたいなところもつきもののような気もする。

衣というのは、体温を調整するための重要なもので、それがエアコンとか食べのもの置き換わったような気もして、衣の重要度は下がってきたように思われる。夏の暑いときにも麻のものを着れば涼しく過ごせるというチョイスよりも、エアコンの中で汗もかかずに涼しく。麻のものと綿のものとの違いもあまり感じられなく、麻は機能性よりも、エコであるとか、サステイナブルであるとかの部分のほうが重要視され始めている。こんな寒い時期に夏の暑さの話をしてもあれなんだけど、冬に麻のものを着るとほんと寒くて需要がないのかと思いきや、暖房の中で快適に冬に麻を着ることができるという需要もあまりよいことではないのかもしれないがあるだろう。冬場の重衣料が売れなくなっているのも、暖冬傾向でまた、家の中は暖かく快適なくらしみたいのが普及して、ウールの産地も苦戦されている話は多く聞き、ウールの産地でもウールだけでなく、冬の時期には麻をおるというような流れはあるようである。

私は、極端だから、一番我慢強いものが勝つだろうから、環境も過酷であれば自分は残るんじゃないかと思っていたりする。ほかの麻の織物をおってられる織物工場さんも我慢を乗り越えてえらいなあと自分が苦戦していることとかぶるところがあって、展示会などで話するとおなじような考えをもっておられるところは多かったりして仲間のような意識がある。
2023年01月23日
昨日は朝に柄物の在庫確認を行った。柄物なのであるとしたらすぐに見つかるかと思ってはいたのだけども、探そうとするとあるかないかわからない反物をここにないここにもないと探す作業。ない可能性もある反物の在庫確認なのでないものを一生懸命に探していたりする可能性も高いので、ある程度で切り上げないといけないのだけども、10種類くらいの反物を倉庫事務所やほかの思い当たる場所なども含めて2時間くらい。

林与の場合には、ほかのお客さんが来られてピックアップされたりすると反物が動いてしまう可能性もある。選ばれてすぐに返事いただいたりとかだと見つけやすかったりするのだけども、2週間、1か月、3か月とか経ってしまうと。話が流れてしまったのだろうかという判断をすることも多い。その場ですぐに決めてくださるお客様というのは反物自体をキープもしやすいが、いくつもの反物を選ばれて棚から移動してしまうと、流れた時にその反物を元の場所に確実に戻せるかどうかが微妙だったりして。とりあえず選ばれた反物にはしるしをつけるか、立てて置いておく。

私一人が倉庫で作業しているときには大丈夫なのだけども、ほかのものが倉庫で作業するとそういう立ててある反物を片付けてしまうこともあったりして、展示会などでもお客さんがピックアップされたものを机の上に置いておいて、また別のお客様の対応をしていると、それをほかのものが片付けてしまったりとかと同じで、私と別のものが生地のことを対応できるとよいのだけども、在庫の生地の説明できる人はいなかったりして、お客さん対応なども私になりがち。

今日は、ほかの倉庫の生地の在庫確認とサンプルカットもおこなったので、春に向けてネットで販売ができるように動けたらと考えている。工場の中の作業もいろいろと残る中でやらないといけないことは手一杯にあって、それはそれでやれば広がる可能性もいろいろとあってよいこと、それなりに並行しての作業でやってはいるけども、一つのことで集中しないと解決しない問題があったりするとほかが雪崩式に遅れていく。春ももうすぐで、麻素材の必要な時期はもうすぐ。
2023年01月22日
今年は、春になったらフラックスの種があるのでそれを植えてみようかと、もう10年以上前の種だけどもアパレルの展示会の時にいただいた種で、宿根タイプの観賞用ではなくて、背の高い繊維をとるための種ということでいただいたものである。だいぶ時間がたっているので、もう芽が出ない可能性もあるけども、一度試してみよう。

というのも、糸を作るような案件をフラックスだけでなくヘンプも含めていろいろな方が考えてはおられるものの、草までは育てることができても、その先がうまく行かない話。私自身も時間がないので、草を育ててそのあとにどうするのかというのを考察まではできてひとつ機材を作ろうかと考えていたくらいで、その機材というのがたまたま実験するためくらいなら使えるものが手に入った。うまく行けば少量の生産なら可能だろう、と頭で描いていうのは簡単だけど。。。。

こういうのはすごいことなのだけども手間がかかりすぎるからコスト的には成り立たないだろうことだろうし実験的なところで終わるだろう可能性は高い。一番の問題はその作業をしてくれる人がいないという問題があって、手で作業するのだから工業的な糸よりも良いものでないと意味がないというところもあるだろうけども、そこまでのものを生み出す労力というのは普通の仕事の世界をはるかに超えた世界。

電気や自動車、スーパーやコンビニで買うに依存してしまっている現代社会の中で、あえて、そういうのの逆を行くというのは耐えられない話でしかないだろう。林与の中の仕事で言うと、前かがみになって何千本もの糸をたんたん繋ぐ作業に似てて、それよりも何倍も大変なことなので、なかなかそういうのに耐えられる人というのは少ないもので、そういう単純作業のなかでも頂点を目指せるような人でないと成り立たっていくのも難しいだろう。
2023年01月17日
出荷の帰りに愛知川の堤防を走っていると真っ暗な狭い道路に道の右側に大きな白い人影、真っ暗な中で危ないなあと思ったとたんに、それが大きな鹿だと気が付いた。照らされてすぐに河原に逃げて行ったけども。初めて鹿をこんな市内でみた。もしかすると、10後には八日市とかは、奈良公園みたいになっているかもしれない。

小さなトンボや雀などは消えてゆき、代わりに、キツネやタヌキやサルや鹿など、変わり種ではアライグマとか。私が子供のころだとほとんど見かけないような大型の野生動物が人間の生活圏にまで下りてきている。もう山が山として動物を育む様な機能していないのだろう。あまり雪もふっていないから山でも食べ物探せそうなんだけども、食べるものすら山にない。

私自身は、ペットを飼っていないけども、周辺にはたくさんの大型の野生動物がいたりして、もしかすると犬を外で買わなくなったことによって、大型動物が安心して人里に下りてこられるようになったのかもしれない。滋賀県の山の向こうは三重県で、その山脈は鈴鹿山脈と呼ばれるほどに、鹿の生息地。山には鹿がいてもおかしくはないのだけども、それがかなり下のほうに間dえ下りてきていて、イメージとしては、野生の馬や牛がうろうろしているようなイメージ。

鹿も、歩くのは道路を歩くんだろう。交通事故にあわないように気を付けてもらいたい。
2023年01月16日
今日は、穏やかで温かい感じの1日。スマホでは愛荘町は12度くらいと出ている。動いて作業していても寒さもほとんど感じない。雪が降りそうにもないので、もしかすると、今年は今までの人生の中で滋賀県のこの地域では一番雪の少なかった年になるのではないだろうか。

ネット販売に使っているパソコンがまだキーボードが直っていないので、別のパソコンを使用しているけども、メールソフトなどがこのパソコンにはないので、確認などが不便で、キーボードだけの交換を行おうと考えてはいたのだけども、キーボードだけの交換が難しいかもしれず、今回4年ぶりくらいに新しいパソコンの環境に移り変わるような形にしないといけないのかもしれない状況。

今日、リネンの40番手の密度の高めの生地を織っていて、横糸のキャッチミスでよく止まるので、レピアが糸を取るタイミングを早くして、レピアヘッドのオーバーホールみたいなことをやってみたら多少は改善されたのだけども、この織物は普通といえば普通に近いレピアの織物なので、調子よく織れてくれないと困る織物。私が2年前に織っていた時には調子よく織れていた記憶があって、そのあと別の人が織ってくれた時にはすごく苦戦をしていたので、横糸のテンションとかいろんなのももう一度調整をし直した。

ほかに、キッチンクロスの織機の調整、リネン100番手の横にシルクを織っているのの続き、ヘンプの案件など宿題みたいなことがたくさんありすぎて、どの織機もやらないといけないことはわかっているのだけども、調整などが必要なことが多くなってきて、それをやっていると1台、1台しか相手にできず、ものごとがなかなか進みにくい。ほかにもリネンデニムの糸は割れたのだけども整経の案件などもやらないとならなかったり、在庫確認のしないといけない生地の件があったりと、ほかの人には頼めないような件ばかりになってしまって。

織物は織るだけでなく織れるようにするところまでがなかなか大変な仕事で、織るという作業は一番簡単といえば簡単な作業。織るにしても織機を織れるように調整できる人が織ってくれていると楽なのだけども、なかなかそこまでたどり着ける人というのはいないもので、今のように難度の高い織物になってくると、職人さんレベルでも綺麗に織ることが難しい問題が多くなりすぎて。

昭和のころのものづくりでもそうだったのだけども、綿の世界でのものづくりを麻に適用しようとするとどうしても難度が高くなるのだけども、そういうのを毎回毎回乗り越えていれば、今も昔の職人さんが活躍できるのだろうけども、毎回乗り越えられないで投げ出されるとどうしても私しか織るところまで持っていけない織物とか、私しか織れない織物とかがどんどんと増えてきてしまって、そういうのはよくない状況。

現場にいる人が一番簡単な仕事しかできなくなってしまうと、なかなか食べていくのも難しい話で、そういうのは昔からの織物の現場での課題。織物の現場というのはどうしても高齢の経験者ばかりになってしまうと慣れでの作業レベルに止まってしまって、慣れていない作業などはできないわからないとなってしまって、新しい織物をつくることが難しい。

たとえばスマホまでいかなくても、タグガンというホッチキスに似たようなものにしても、子供でも使えるような簡単なものなのだけども、経験者にはそれに対してのつかった経験がないと難しかったりもして、本当にそういうのはできることができないみたいな話につながる。人生経験の長いものほど新しい経験が苦手みたいな繊維業界や田舎社会にはよくありがちなことではあるのだけども、できなくてもやろうとする気持ちがないと仕事をやってもらうことすらも難しい問題であったりして、織物がどうこうとかじゃなく、素直に新しいことでもやってみることが大事で、プライドが勝ってしまう年配の人とかはややこしいのが、日本の昔からの経験者であふれてしまっている繊維業界にありがちな問題の一つではあろう。
2023年01月14日
今日は現場での作業、数日かけて織った分が、出荷しようと思ったら原因不明の微妙な織段が出てしまっていてびっくり。織機を確認すると、消極送りにしているビームのプーリーの錘が落ちてしまっていたようである。プーリーに錘をかけなおすも、何回やっても落ちてしまうのでやりなおしばかり数時間。錘が軽すぎることがあるのと、掛けている鎖がプーリーの面に引っかかってしまっているような感じなので、あんまりはやらないことなのだけども、鎖に油を少し縫って、スムーズにプーリーが回転して経糸を送り出すように調整。調整後は問題なく俺始める。2日3日分のロス。

今年はまだ雪がほとんど降っていないものの、年末年始寒かったので無理はしないようにしていた。今日は朝から雨が降っていて、雨降りというのはなぜか暖かい。

織物の仕事というのは力も必要だし、我慢も必要だし、忍耐も、頭も使うし、失敗も自分でリカバーしないといけないとか、普通の仕事とは違う要素があって、そういうのをなくそうとすれば、だれでも作りやすいような簡単なものしか作れなくなってしまう。そういうものが昔は流れていたりもしてそれが仕事だったんだけども、今の仕事というのは昔のような仕事では通用しなくなってしまっていて、いろんな問題を乗り越えて結果を出してゆかないといけないあたりが、仕事らしいのだけども普通の作業とは異なるあたり。

数日やった仕事の失敗のロスをこの週末取り戻さないといけない。1月も半分すぎかけていて、1月末の納期の案件などそろそろ調整に入り始めないといけない状況。
2023年01月13日
友人がコロナで39度の熱が出ているそうで、会社の仕事もうごいておられるだけに大変なこと。でも、コロナもほんと特別なことではなくなって、順番に回ってくるような一度は経験しないといけないようなものになってきたようである。普通に仕事している大人でも39度の熱というのはしんどいんだから、高齢者が39度の熱とかで、免疫力が落ちた状態でコロナ感染すると、体内でコロナが繁殖して重症化するのもわかる話ではある。

統計上は、日本もコロナでの死亡率の高さが世界でもトップというような状況も出ていて、日本も無症状で回復した人も含むと、たぶん、半数以上の人がコロナに感染済みではないだろうか。感染しても8割の人が無症状だといわれるので気が付いていないだけではないだろうか。症状が出ると検査するのでコロナとわかったりもする。

昨年と比べるとコロナは落ち着いたのかというと、表面上は落ち着いているように見えるけども、現状を受け入れて騒がなくなっただけなのかもしれないあたりもあって、昨年よりもコロナ過は悪化している状況であるのだろう。中国なんかも推定で4億人の感染者とかいわれているし、もうコロナ感染を抑えることは不可能な状況になりはじめている。

以前よりは弱毒化しているということとで、感染しても大騒ぎすることでもなくなっては来ている。感染者数が増えるとどうしても重症者の数は増えて、医療破壊と呼ばれる状況につながるので、慎重な対応は引き続き必要であろう。コロナは気を緩めたとたんに爆発的に感染が広がるようなものなので、人々との接触は限られた人と限定的にしておかないと難しいのだろう。
2023年01月12日
先日からネットショップ管理用のノートパソコンのキーボードが故障しておりまして、今、代わりのパソコンでネットショップを開いていますが、ネットショップ管理用のパソコンにパスワードが入力できずパソコンにログインができませんので、修理が完了するまでアウトルックメールなども開けず対応が遅れますが、数日中には復旧予定ですので今しばらくお待ちください。


2023年01月08日
将棋というのは定石的なものがあって、そういうのから外れると負けやすい。織物の生地にしても同じだったりもして、定石的な定番の商品のものづくりがあって、その基本が大事だったりするところがある。経験者でもそういうのを大事にできなくなったりするので、定番的な織物を織るときにも想定通りには作れないことが多くなる。そうなってしまうと定番商品をつくるのが精いっぱいとかで、経験者でも、定番商品をつくるのも危うくなると織物の仕事は難しくなる。

特殊な規格のものづくりは、失敗のリスクが高いので、将棋でいう定石的な部分を大事にして進めないといけない。商品企画で、織物に詳しくない方が企画する生地というのは思い付きとかアイデア重視で基本を度外視していることも多く、そういう織物がなぜ市場にはないのかというのを理解できていなかったりすることも多い。よくマーケットの専門家みたいな人のアイデアもそういうのが多すぎて、問題が起こったときにはそれはプロが片付けてくれるみたいな感覚で、特殊な成功事例の表面を語っていたりとか。

天女の羽衣と呼ばれる世界最細番手のポリエステルの生地があって、それが世界で一番薄い布。展示会などでも有名だったりもするけども、その裏の話というのは天池合繊の社長の話を、滋賀県の文化産業会館でお聞きすることがあって、なるほどなあと思った。もともとその生地というのは、アパレル用に作られたのでもなく、資材織物を得意としている天池合繊さんが、カネボウが当時の最先端のディスプレイ用に開発したその糸をカネボウの繊維撤退の時に譲り受けて、それをストール向けに形にしたものが天女の羽衣として繊維業界で世界で一番軽い布。

その裏には、当時行った何億円もの設備投資などの問題など抱えながら、その問題の中からそのようなアイテムを生み出したというあたりがあって、また、白い生地に終わるだけでなく、インクジェット設備も備えて、カラフルなストールの世界を商品化して、現実的な商品化。商品化するまでの設備投資や流通までもしっかりと成り立たせてこそ、失敗に終わったプロジェクトの何億円もの設備投資がようやく回収できるような話で、他の会社が真似しようと思っても真似もできないような裏の話。

プロジェクトの失敗を失敗で終わらせずに形にしていくような力こそが地力で、作る側としては、成功の成果だけを求めていては、さらに上の世界は望めなかったりもする。作る側が成功の成果を求めるときに、簡単な方法で成功するというような安直な考え方があったりもするけども、それは誰でも真似ができる話で、それがすごいすごいとか言ってもしばらくすればそれは普通のものだというのが分かってしまう。そういうビジネスモデルは長続きはしないだろうと思う。
2023年01月06日
仕事していて大事なのは起業的な行動みたいなもので、ものづくりのアイデアとかビジネスプランだけではなく、それを実際にものをつくって売ってみるというのをどうやって毎回毎回形にしてゆくのかということ。織物の仕事というのは毎回毎回がそういう具体的な作業ばかりで、現実的な仕事の繰り返し、織物の仕事に関して言えるのは、地道な仕事なので誰にでもチャンスはあるけども正しく作業が出来ないとやらないほうがましだということ。これも起業的な行動が成り立つのか成り立たないのかというのと似ているなあと思う。

仕事というのはうまく行かないことのほうが多いのかもしれないし、とりあえずそのうまく行かないことに関しては宿題的に将来解決するというような形に保留をしておいて、現実的な出来る仕事をこなして成り立たせてゆかないといけない部分があって、そういうのが現実的な仕事に見える人でないと地道な作業というのは難しかったりもして、ものごとがみえていないとそういう現実的な仕事を単純な作業のようにとらえてしまって、そういう単純な作業をやっても仕事のレベルまでいかないとかもありがち。

織物じゃなくても仕事を現実的にこなされている方というのは、最初の日から織物の作業も坦々と仕事をこなせたりするものでまさにプロだなあと思えたりもする。そういう人だと余力も生まれて、考えておられることなども現実の作業とどう兼ね合うのかなどが理解できるので企画も現実的に進みやすい。どうかんがえても難しいような話で持ち込んで来られる方が多かったりもして、そういうのは現実がみえていない企画で、アイデアがあれば周りがそれを実現してくれるみたいな感覚で自分が食べていくみたいな商売感覚の人というのは、いろんなところをうろうろとされてて形になりにくいことが多かったりするように思う。

繊維の仕事なんて、極論からすれば、ないと困るような話でもなく、自分が成り立たせようとして成り立たせないとそれは仕事としての最初の時点からしても難しかったりするあたり。百貨店でイージーオーダーの元気な会社さんがあるけども、その会社のシャツの縫製の職人は、イージーオーダーで受けて裁断されたシャツを1日に8枚くらい縫い上げるという。それだから食べていけるのであって、そういう人なら他の仕事をしても通用するタイプの人たちだろうなあと思う。超えた世界がないと通用しないのが今の繊維業界で、超えたような現実の世界をどれだけ持てるかというあたりが大事なんだろうなあと思う。

現実問題として日本では普通の麻生地をつくるのももう難しくなってきてしまっているという実情があったりして、つくれたとしても難しいのだが、つくるのすらも難しいという問題があったりもする。日本の繊維世界がどんどんと小さくなっていくのも、どんどんと仕事をこなすこと自体が難しくなってるような現実があるだろうと感じる。コロナで繊維業界をとりまく概況は、コロナの前の何倍も厳しい状況でそういうのがみえていないところから始まると理想論というだけに終わってしまう。現実的な仕事を受け止める割り切りみたいのがあってやってると仕事の意味なども見えてきて新たな方向性もみえてきたりもするのだろうとは思う。
2023年01月05日
今日から仕事始めのところも多く、年明け一番の加工上がりのものを加工工場に取りに行く。家族がコロナの濃厚接触などで休まれ、現場が通常のようには回っていないとおっしゃっておられたが、無理して大急ぎで加工を上げてくださって本当に助かる話である。

林与の手掛けている織物も、熟練の職人でも問題なく織ることが難しいものが多くなってしまっていて、私が織ってもそれなりに注意して織らないといけないことが多く、それなりに、作るのが難しい要素がいろいろと入っている。昭和や平成の時代に織れなかったような織物を織るというのも一つのテーマで、そのためにはその時代の人では難しく、次の世代がそれを超えたモノづくりをしていかないとならない。

普通の織物だと簡単なのに耳までリネンがなぜ難しいのか?高密度織物はなぜ難しいのか?超細番手の織物はなぜ織るのが難しいのか?いろんなチャンネルをもってそれぞれのチャンネルでの解決方法を蓄積して、量産の織物として投げ出さずに織れないと本生産を受けるのは難しいし、そういう難しい織物はどうしても織機の調整に1週間とかの時間が掛かることも多い。

私からするとこんな古いアバウトなシャトル織機でよくこんな細い糸が織れるなあとか、華奢にみえるシャトル織機が高密度の物を織機が我慢して織ってくれているなあとか、最新のモノづくりを求める中で、昔のシャトル織機が活躍しているというのは、シャトル織機には織物の基本があるんだろうなあと思えたりもする。
2023年01月05日
倉庫の敷地内に電柱があって、それを移動できないかどうかを電力会社に立ち会ってもらって相談。出来るそうではあるが、隣の家の蔵の屋根がかなりギリギリまで迫っているので、30cmくらいは余裕を開けておかないと隣の家が困るだろうなあと思える話。そうすると水路の上のコンクリートの橋を車で渡るのが難しくなる。コンクリートの橋を横に広げればよいのだろうけどもそれはそれで厄介な話。

電力会社的には、敷地内で電柱を動かすのは普通のことのようなので、まあ、周囲とも相談をしながら妥協のある範囲で動けば良いかなあと。倉庫の土地にしても解体した後に近所の方が買ってくれると一番よいのだろうけども。蔵の屋根の問題もあるが、昔というのは樋が無かったので、水路の上で屋根と屋根が重なり合うような構造で、雨水が水路に落ちていたようなのが普通だから、今の法律で云々を言っても仕方のない話でもある。慣習というものをそれなりに尊重することも㎡大事で、そういう慣習に従わせるからには同じ権利を与えるのことが必要。

まあ、電柱にしても自分の家も会社も電気を使ってはいるのだから、お互い様みたいなことがあって、自分の敷地には電柱は嫌みたいなことをいうのも、誰が他の人にしわ寄せを被ってもらうような考え方で好きではない。
2023年01月02日
昨日の夜から小雨が朝まで続いて、午後に雨が止んだので、倉庫の壁のツタを取る作業。上から作業ができれば簡単なのにと思っていて、軒の構造が弱そうなので躊躇していたけども、思い切って上に登って上からの作業。上に登ってサンダーでツタをカットしてゆく、カットしてみるとツタは自重で下に落ちてゆく。はがしたツタの重さだけで20kgくらいあるのではないかと思えるくらいの量のツタ。

今月末くらいまでに正面の軒の天井を木を当てたりして補修する作業を行おうと思っている。大工仕事の得意な人を探して手伝ってもらえたらと考えているが、まだまだ寒いのと天候が不安定なので時期的には春まで待つかどうか。とりあえずは、難題の一つだったツタが取れたのでひとまずは、今日の目標は終えた。年末年始に帰ってくる前から、倉庫の話をしておいたので、他に予定も入れずに私の都合に合わせて手伝ってもらえた。

今回は、倉庫の電気はもう来ていないので、ポータブル電源とサンダーが活躍した。鎌とかのこぎりでやってたら数時間では終わらない作業だったろう。角っこに生えていた南天の木も枝が増えすぎて、車を止めるのにも邪魔だったので根元からカットして、すっきりとなった。倉庫の壁の件も、電柱がなければ足場を組めて作業がしやすいかもしれないだろうけども、電柱があるので足場が組めない。

休み明けに電力会社に対応してもらえるのかどうか確認しよう。電柱を動かすとなると大掛かりなので、足場を組んでくれればよいのだけど。
2023年01月01日
2023年の元旦。今年の冬は、雪はちらっと降っただけで積もることもなく、底冷え感はあるものの、のどかな正月。雪かきの必要が無いだけでもありがたく、昨年の正月は、京都から友人が来て雪が積もりまくった中の初詣に行ったのを思い出す。1年前のことなのに遠い昔のことみたいに思える。毎年だと年末年始は仕事なのだけども、12月に盛岡に行ったりしてたので、年内の仕事が遅れ気味ながらも、今年は倉庫の壁の件があったりで、とりあえずそちらを年末年始にある程度の方向性を決めてしまうことを優先。

コロナの話はさかのぼること、もう4年前になるのだろうか、それから林与の仕事もガラッと変わった感じで、それまではアパレル素材が中心だったのが、キッチンクロスや雑貨系のリネン素材の生産が中心に。また、ファッション業界のトレンドもファッショナブルとかエレガントの路線から、エシカルやエコがキーワードに。エシカルとかエコとかなってくると、林与のやっているような麻織物の分野というのは注目の分野ではあったりもして、なかなか成り立ちにくいことながらもエシカルやエコの考えで接してくださるお客様がほとんどで、できる限界でやっているのを見守ってくださって成り立っているところがある。

協力工場さんも従業員の方の家族の濃厚接触者ということで休まれることもあったりで現場が動きにくくなっているとかもあって、近くでのコロナ感染も日常の問題的に受け止められつつあるものの、対応で、仕事があっても通常のようには現場が回っていないという話をよく聞くようになったが、優先順位というものがあってそれは仕方ないことと受け止めて、受け止めたうえでの対応を考えていかねばなるまい。




2022年12月31日
この年末年始を使って、倉庫にしている古い家の外装を修理。今日は、帰省している弟と一緒に軽トラに道具を積んでいって、サンダーで不要な木を切ったり、壁に貼りついたツタを切ったり2時間くらいの作業。はがれてきている外壁材などをめくってみて中の構造を確認して、どうやって修理していくかを考えた。はがしてみると中の構造は意外と簡単で、家の前の部分の軒下は全部はがしてしまって、化粧板を打ち直すで大丈夫そう。

側面の壁は上の方に張っているツタを正月明けに再度行って、全部サンダーで切り落として、上部のバルコニーみたいな部分のコンクリート板を落としてしまうことが、とりあえずの目標。弟も正月休みで家に帰っては来てくれているものの、1月中に、前面の下の部分を補修するのに、林与と一緒に大工仕事を手伝ってくれる人を探している。

もう一つの倉庫も屋根の修理が必要なのでそちらも年始に一度屋根に上がって状況の確認が必要。古い建物というのはいろいろとメンテが大変で、その建物というのがメンテを考えていない建物だと、作業するための足場を組んだりするのすらも厄介な仕事で、オリジナルでつくってあるものというのはそういうのまったく考えていないので、メンテ自体も厄介なのである。

大工的な仕事というのは織物の仕事と比べるとまだ考えればできることも多いので、古いものを直すのは自分でやってしまわないと難しい当たりがある。まあ、仕事の延長みたいな部分で有ったりもする。


2022年12月17日
昨日の夜に滋賀県を出発で、盛岡の機械の引き取りの最終回。盛岡は雪が降ったり路面が凍っている場合があるということで、今回のレンタカーは、スタッドレスタイヤ仕様の2トン平ボディー。彦根の駅前のトヨタレンタカーで借りた。ルートも、前回の日本海側ルートではなく、今回は東名、東北道を使う太平洋側ルート。今回はスタッドレスタイヤなので燃費が悪く、リッター8.5kmくらい。前回は10kmを超えていたのになあ。

盛岡には朝の10時ころには到着をしてみちのくあかね会さんに到着するとちょうど手織りの織機を他の方が引き取りに来られ軽トラに積み込んでおられるところ。手織りの機なのだけどもかなりしっかりとしたものなので大きくて重かった。そのあとすぐに、林与もばらしてあった機械のパーツを積み込み始めるのだけども、2時間くらいで終わるかと思っていたけども4時間くらい掛かってしまった。トラックの荷台にどう納めるかが難しい。

雪も残っているので、トラックも建物いっぱいに付けようとするとタイヤがスリップしたりで、前回よりもやはり雪の分、苦戦した。それでも、作業中はお天気にも恵まれて晴れて居たので良かった。作業の後、近くの蕎麦屋さんで食事。盛岡でも作業がメインで時間的な余裕がなく、名物みたいなものを食べたことがなかったので、出発の最後になって、鬼そばのお店で食事した。鬼そばとうのは冷たい蕎麦だそうで、暖かいほうが良かったので、私は、地獄ラーメンを注文した。

地獄ラーメンというのは、うま辛のスープなのだけども、辛さが選べて、私は一番辛い30丁目というのを注文。昨日からサービスエリアでおにぎり2個を食べた以外は何も食べていなかったので、大にした。みるからに辛そうなラーメンがやって来て、一口食べるのも辛いけども、食べると体が温まって汗が出てきた。とりあえず、麺だけはほぼ完食できた。他のお二人はマーボー丼を食べておられた。それも辛かったそうである。岩手のイメージの一つが鬼の手形で、岩に手の模様が残ったのが岩手の名の由来な三ツ石神社があるので、鬼のイメージが名物に生きている。

午後3時くらいに盛岡を出発し始めたら、帰りは先代まではかなり強い雪見舞われて高速道路ながらも慎重な運転が必要で、時間が掛かった。今回の同行の友人にはお疲れ様で、午後5時頃の滋賀県帰宅。盛岡往復1日半の旅だった。とりあえず、無事に戻れてよかった。
2022年12月15日
林与の麻織物の仕事というのは、成り立たないことはないけども、成り立ちにくい仕事だなあと思う。普通の考えで普通にやっていてはたぶん受け入れにくい仕事であって、特別な考え方で考えて成り立たせようとして成り立つような仕事。それはたぶんエコとかエシカルに近いような考え方なのかもしれないのだけど、エコとかエシカルのように努力目標的なものではなくて、仕事というのは受けるからには義務的な責任部分も大きく発生するので、その重荷みたいなものに耐えられるのかどうかというところ。

耐えられないと思えば、難しいことは辞めて簡単なできることに絞っていこうということになって、流してやるような仕事か受け身的な仕事になるだろう。私自身のやっていることは、私がやるからできているみたいなところが大きくて、他の人がやってもできないことが多かったりする。たとえば、リネンデニムの立ち上げとか、他の人でも1週間とか立ち上げられなことはないだろうけど、それを1日で繋いで織れるところまで確実にもっていくとか、問題が深くて織れなくなったときに、そこから織れるように持って行けるかどうかとか。

林与の場合にも、もちろんできないこともあるけども。それでも、動くときには、出来るだろうと思ってとりあえず、問題を解決しようと全力で動くので、やっているうちにできることが多い。まったく織れないと思えるようなものが最後何事もなかったように織れだすことが多く、丸一日とかぶっつづけでやった結果が実るようなことは多い。

今の仕事は、普通の先染めの仕事ではないことが多く、糸加減の微妙なバランスで織れたり織れなかったりすることが多かったり、企画を2割から3割上げた織機の織れるギリギリのところで織っている織物が多いので、織れないことが多かったり、キズが多く出たりする。キズが多く出る織物をきれいに織るにはこれもまた普段の仕事の正確な処理が大事で、糸切れを毎回直しながらキズにならないように織っていくという作業が確実にできないと、ボロボロの布が織りあがるだけ。

時には、1m織るのに10回くらい止まる織物もあるけども、そういう織物でも最後商品となって流れていくように極力キズが許容範囲に収まるように織るとか。そういうのは、織っていてもすごく大変だったりするけども、そういうのを当たり前に受け止めて普通に乗り越える作業の安定性と精神の安定性みたいなものが大事だったりする。自分との戦いみたいなところがあって、毎回毎回の糸切れ処理で、正しく織機を自分が思い通りに動かせないと駄目だったり。

新しい人たちや、経験者でも慣れで考えずにやっている人たちには、毎回毎回それを理解しようとして乗り越えられるかみたいなものが問われるので、目の前に仕事があったときに、出来ないで終わるのか、やってできたで終わるのかの大きな違いがあって、最初の1回目からの話があとあともずっと続く。出来る人は最初から出来るし、出来ない人はいつまでもできないみたいな、毎回、毎回、結果を出せるか出せないかの違いみたいなものがある。結果を出せれば高度なところで仕事が続いてゆくけども、結果が出せなければ初歩的なところで仕事が続いてゆく。

高度なところで仕事が続いていると余力が生まれてくるのだけども、初歩的なところで躓いてばかりいると余力もできなく問題にぶつかってばかりになってくる。私自身が仕事をしていても、織機を使って正しく織物をつくるのには、ここまで理解していないと正しく織れないのかと思うことも多い。正しく織れなくなったときにどうやって正しく織れるように戻すのかというあたりは、ほかの誰かが解決してくれるのではなくて自分自身で解決できないとそれは自分が仕事していることにはならない。ここまで書くと厳しすぎて、たぶん普通の職人と呼ばれる人たちでも無理な世界に近いのだけども、普通に機場にいる人たちでは今の仕事がやっていても難しいのはそういう壁を乗り越えないあたりで仕事をしているのが普通だからなんだろうと思う。

普通に安全な範囲でものづくりをしていればこういう問題もないのだけども、日本がまだ発展途中だったころはそういうモノづくりでもよかったのだけども、日本の繊維業界が成熟して海外からでも普通に良いものが安く手に入る時代になってしまうと、日本でモノづくりして残っていくためには特別なものをつくれるような高いレベルでの仕事が必要で、壁を乗り越えた向こう側の世界でのものづくりが大事なんだろうと思う。普通だったら諦めるようなことを普通にこなして行くような。この仕事の成り立ちにくいのは、そういう割り切りがあるのかないのかというあたり、そういう割り切りのある人たちとなら超えられない壁も最初の1回から超えていけるだろうし、経験の積み重ねも何倍にも増えてゆく。でも、今の仕事の普通の感覚だと、本当に成り立ちにくいあたりなんだろうと思えるけど、安くて良いものがありふれている時代の中では10人がやって10人ができるようなことをやっていても駄目で、10人がやって1人か2人しかできないようなことをやっているようでないと仕事としてなりたたせてゆくのも難しいんだろうと思う。
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