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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2022年06月24日
今日は、蒸し暑かった。これぞ夏という夏らしい蒸し暑さ、6月後半で彦根で30度を超える日が続くというのはめずらしい、6月というのは例年肌寒い日が多いというイメージがあったけども、今年の夏は肌寒さがないから、記録的な暑い夏になりそう。これだけ暑いと昔なら入道雲でにわか雨のパターンなのだろうけども、昔と違って雨が降らない。

火を焚くと煙が舞い上がってそれがコアになって雨が降るんだけども、今は火を焚くことも許されずで雨ごいの儀式もできない。火を使わないもう別の雨を降らす方法があったりもして、気温が下がり始める夕方前から夕方とかにそれをやると大体雨が降って来る。雨が降ると気温が5度くらいは一気に下がるから何千世帯もの電気節約には役立つ。川というのは石がゴロゴロしていて熱せられて熱くなるそこに水が流れて水蒸気が舞い上がり気化熱を奪うようなこともない。川辺の涼しさというものがなくなり、今は水の流れの少ない川の周囲は逆に暑かったりもする。

私が子供だったころは夏の節電対策は必須みたいなものがあって28度までといってたが、最近は政府もマスコミも熱中症予防にエアコンをフルに使いましょうという流れだったのに、今年は節電しろというようなことで、昨年と違って、原油高騰で今年は電力会社が儲からない話で需要に合わせた発電をしたくない事情があるんだろう。原子力では発電の調整が難しいところがあって、需給に応じた発電は火力発電に依存してしまうところがある。今は太陽光発電の比率が大きくなっているけども、日照の少なくなる夕方以降夜中までエアコンで相当の電力を必要とするような状況。エアコンの問題は、消費電力が扇風機の何十倍も大きいのでそれ自体がコンクリートジャングルの都市部では温暖化に貢献してしまう要素になる。中は涼しくても外はその分暑くなっている。

今はもう子供のころからエアコンになれているので汗をかくということすらが不快そのものになってしまっているので、汗が出る前に対策だから、麻の服を着て涼しくとかがなかなか難しくなってきている。結局、汗をかいて体温調整するのではなく、エアコンで室温を保ち体温も一定に保つというスタイル。しかたのないことだけども熱中症なんかも慣れていないのだから仕方ないし慣れろと言うのもまったく無理な話だったりもする。高度な織物なんかでも寒い地域でほど発達したけども温かい過ごしやすい地域では発達しなかった。

日本の着物文化も、結婚式や成人服の晴れ着などを親が子供が成人するまで何百万円も貯めてみたいな強弱が、今はなくなってそういうのもある意味、不思議な価値観で、今の時代のようにそういう風習にとらわれないのもよいんだろうとは思う。そういうのにとらわれてしまっていると大事なものを見失うことも多いから。昔の人の貧富に対するメンツみたいな修学旅行に着てゆく服がないから修学旅行にいけないみたいな悲しさとか。
2022年06月23日
日本の繊維業界が世界の花形産業だった自動車産業の前の昭和の30年代40年代の時代というのは、繊維業界に9割以上の労働者が努めていると言われた。製造したものは国内だけでなく海外にも輸出され世界の脅威となったのである。1ドルが360円での固定相場の時代で、作れば世界中に日本の糸から織物、洋服などの繊維製品が飛ぶように売れていった。この20年の中国のように。

日本製品が最高級品だったかというと、安くて高品質というイメージで、ボリュームゾーンをしっかりと押さえていて、織物工場でも数千メートルの注文というのが普通に動いていて、そういうボリュームゾーンの生産というのは効率化が可能で、単純かつ大きなお金を動かしやすかった。

日本のバブル期というのは、ヨーロッパやアメリカが不景気で、日本が良い材料などを独り占めのように使い始めて高級志向が加速した。林与に眠っている1970年代初めころに手に入れた3種類のアイリッシュリネンも当時一番良い糸と呼ばれていたリネン糸で、1ドル360円時代であっても世界一よい材料を買って使おうとするような意気込みとそれが可能な背景があった。

着物世界からするとリネン糸というのはまだ安いという感覚があって、手織りの糸などは紡績のラミー糸でもバルクで買って、1kgが3万円とかいう糸を使っていたから、60年前で1kgの白い糸が3万円というような超高級な世界が日本にあった。昔の織物のほうが今の織物よりも糸などもきれいなのは当たり前といえば当たり前。

1ドルが360円で、加工貿易的に貯まったお金がどこに流れていったかというと土地や株やゴフル会員権、絵画、接待や飲み会。それらにお金を使うと、さらにお金が増えるという構造で、バブルは加速し、1989年12月29日の株価最高を記録したあと山一やサンヨー証券の破綻で崩壊を迎えた。そこから20年はデフレ不況で安いものしか売れない時代に突入、正社員雇用で年功序列型賃金制で高齢化し給料の高かった地場産業系の繊維業は苦戦し、国内も新興の大手のSPAが若い人たちを非正規雇用で需要に応じて柔軟に調整できる形で伸びていった。

バブル期というのは土地をもっている田舎の時代だったともいえ、繊維産業というのは製造業で田舎をベースとしているので、ものづくりで財を成した部分以上に、土地を担保にお金を借りればお金が増えるような土地神話のような国策と連動していたともいえる。昭和の時代の経営者の才覚というものはそういう国策に支えられていたようなところがあって、厳しい時代になって国策の方向性が変わったときにはまったく通用がしないものだったりもして、今まで普通にできてきたからそのままでもいつかうまくいくだろうという考えで経営者も労働者も変われないまま、周りはどんどんと変わって積極的に仕事を生み出して厳しい状況を乗り越えているのに、仕事はあって人がいてもできる人がないみたいな外の現実がみえないような閉じた世界があったりもする。外の世界がというのが、日本国内というよりも他の国との国際競争があることが見えていないと。
2022年06月22日
この3年半ほど愛用していた中古の軽自動車がそろそろ寿命になったか。ガタガタと大きな音がしてエンジンが不安定、チョイノリには便利なのだけども、初めて車を乗る人たちが乗っていろんなところも当ててしまっていてボロボロになっているのと、今年は雪がすごかったので、たぶん、軽自動車の底が積もった雪に擦れて相当ダメージを受けてマフラー系統が寿命か。

ハイエースも前回車検してからほとんど乗らなかったのだけども、これからはハイエースに乗るようにしよう。燃費がよろしくないのと、2000ccの立体駐車場に止められるタイプを買ったのだけども走りが重いのでそのあたりが好きじゃないけども、昔ほど遠出はしなくなったので、毎晩、片道10kmほどの八日市に荷物を出しに行く程度。ハイエースも買ってから3年。コロナ前に展示会のイベントなどに行くときにレンタカーするよりも、良いだろうかと思って買ったのだけども、コロナでイベントの機会も少なくなりあまり活躍はしていない。それでも年に3回くらいは活躍しているとは思う。

今日も、夜運送会社に行くと、百貨店の荷物が百貨店倉庫を出発したことを教えてくれて、明日こちらに到着するそうだけども、集落の中が狭いので4トンが入りにくいなどあって運送会社の営業所止めにしておいて明日の晩に自分で取りに行くことに。ハイエース活躍。7月25日、26日は米原のイベント、10月後半に大阪でのイベントが予定されている。

どちらも手織り機を体験してもらえるように1台か2台持ち込めたらなあと思っているが、7月はすでに生産が手いっぱいの状況なのに果たしてそれができるだろうか。いろんなイベントに参加する時も何か楽しいことが提案できたらなあと思うのではある。車で動けるイベントだと比較的よいのだが、この前のテキスタイルマルシェでも感じたのだが、電車で重いスーツケースや荷物を両手で2つ運ぶような形が今はちょっと難しいかもしれない。
2022年06月22日
テキスタイルマルシェの撤収作業なんかでも、私も頑張ってやってはいるけども尾原さんに手伝ってもらって。他のみなさんも本当に素早い。迷いなく直線的に何をするのか分かって荷造りされている。会社の経営者の皆さんなんだけども、みなさん器用で作業も現場の人以上に得意なんだと思う。結局、そういう準備や撤収作業なんかも会社の経営者の人たちがやっているので、それは将来性を考えると本当は良くないことなんだろうとは思うが、若い社員が作業するには負荷が大きすぎるだろう。イベントなども普通にこなせるのは経営者の前向きな姿勢と器用さがあるからなのだろう。

経営者の人であっても分からないことが多いけども、分からないときには自分で誰かに聞いたりして分かって、自分が正しく進めてゆく必要がある。一回一回が普通の業務を超えた経験値だったりでそういうのを毎回乗り越える力があるから会社を経営して成り立たせて行けるんだろうと思う。いわれて与えられた仕事をするとかじゃなくって、いわれなくても与えられなくてもものごと分かってやっていくみたいのが普通みたいな。問題あるのが普通だから問題を乗り越えて解決していくのが仕事みたいな。

林与が接する人というのは、経営者の方だったり、自分でブランドを立ち上げたり、ハンドメイドされたりが多く、それなりにものごとの全体を自分で分かって成り立たせておられる方が多く、普通の従業員だと考えられないような負荷でも普通にこなしておられたり、自分が持ち出して企画するが当り前だったりして、それがその方が作られる超えたものづくりやお客様を引き付けるような要素につながっているあたりがある。

最近は、林与も体調があまりすぐれずではあるけども、いろいろと前向きに自分ができるだけ動いておこうと思う。もう充分に動いて今は人生の延長ステージではあると思う、使い切って終わればよいと思う。テキスタイルマルシェのお客様から、滋賀県の別の機屋さんがもう高齢で仕事が難しくなられているというお話を聞いて、50過ぎると糸を筬に通すのも難しくなり細い麻糸を織ることが難しくなる。とくに黒い糸は切れ易く織りにくいし見えにくいで難度が5倍くらい上がる。

私がまだ目のほうは余裕があるので救われている。特に男性は50あたりで老眼で近いところが見えなくなってしまうケースが多いようである。伝統工芸士の勘平じいさんが70くらいのときに整経の筬に糸を通そうとしてくれたことがある。牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けて、一生懸命にやってくれるのだけど通し間違いばかりで、でも、そうやって70歳すぎても私を助けようと作業してみてくれたのがうれしかった。勘平じいさんは、戦争にも行って捕虜になった経験もあり、運命的なものを受け入れるも経験されて、組織というものをよく理解されていていたと思う。無茶苦茶な話をされることもあって、隣のハルさんと結婚したのも、あまりにブスだったのでワシがもらってあげたみたいなことを言ってられ、本当なのか嘘なのかはどうかとして、お二人で仲良く生涯を送られた。

今、林与でおっているもののほとんどが本麻かリネン100%もの、織れるうちに経糸が麻のものをなるべく織っておこうと思う。キッチンクロスも在庫が非常に少なくなって色もない色が増えて再生産が必要になって来た。ハニカムもおりたくて糸は押さえて持っているけども、なかなか自分が織りたい織物でも順番にしか織れない。半年1年は先の話になるだろう、といっている間に2年とか3年はすぐに経つ。

一般的には50歳くらいで、糸を筬に通せなくなって経糸に、細い麻糸を織るのは難しくなる。経糸切れとかでも30秒以内、横糸ぎれとかでも15秒以内くらいで、処理できないと仕事のスピードとしては、4台5台の織機を動かすことは難しいだろう。それを普通に1日中動けてみたいなのが機場の現実で、そういうのって経験者でも難しいから、よほど気を持って仕事しないと難しい、コンビニやスーパーのレジの仕事のように、そとのペースに合わせて淡々と次々とこなして行ける人でないと、マイペースな人だと成り立たせるのが難しい仕事だろうなあとは思う。いわゆる体育会系のほうが向いているとは思うし、一日中立って動いての立ち仕事みたいなものも普通の人だとなかなか耐えられない世界だと思う。
2022年06月20日
テキスタイルマルシェでみなさんと話をしていると、仕事を成り立たせるための努力みたいなものを実行されているから物事が成り立っているんだなあと当たり前のことなんだけども実感する。私も今回のテキスタイルマルシェも、キッチンクロスが売れ行きが良い感じだったので2日に1度くらい新しく縫って補充を行った。

テキスタイルマルシェの場というのもお客様にいろいろな商品を提案できるチャンスの場だし、お客様がどんなものを求めておられるのかを知ることが出来たりもする。キッチンクロスでも今回は大きさがバラバラの織キズなどであぶれた部分を縫製して作ったもの。値段は通常版よりも抑えての販売。

いろんな大きさがあったことでお客様がどんな大きさのキッチンクロスが欲しいのかとか、いろんな色があったことでどの色が人気なのかなど傾向を感じることが出来、補充した色やサイズは、また、再補充という感じで、同じキッチンクロス素材でも、色やサイズが異なるだけで売れる売れないが変わってくる。

リネンの生成のキッチンクロスは、糸のロットごとに色味が異なるのでワゴンに並べた時に色の濃いものや薄いものがあり興味深い、お客様も色の違いには気が付かれ、糸のロットの違いなどを説明すると興味深く思ってもらえる。

縫製をされる方がお客様に多いテキスタイルマルシェだったので、縫製サンプル的にリネンの上下を展示していると皆さんが見てくださる。ストールのサンプルなども置いておくと、ストール生地などが売りやすい。今回の林与のヘルプスタッフの方の提案で、ハンドメイド用のストール生地などはもっていった分の半分くらいの色は売り切れた。作品例だったけども傘の展示も人気だった。プロとしてパターンナーされている方の作品づくりだけども実際に作品をつくる力というのもまた行動力なんだと思う。

他の出展社の方も、テキスタイルマルシェ用の生地ラックを手づくりされたのだけど、生地に関わらず自分でイメージしたものをDIYして作り上げる力を持っておられ、自社便配送で配送上の問題などを自分で吸収するなども行動力だと思う。織物を販売するというだけでなく、他の人に頼むと難しい物事を自分でやって解決してゆくというのも、行動力なんだと思う。意匠性のある布をつくる力というのは他のことをやっても器用であることにつながる。
2022年06月18日
昨日の夜能登川の駅に10時ころに着いてお腹もすいて疲れていてマクドナルドでハンバーガーを食べた後、あと5分の距離を家に帰るのがもう無理で駐車場で寝てしまい起きたら夜中過ぎ、キッチンクロスが良く売れたので店頭の残りが色も偏って少なくなってるので、なくなってしまった色を縫製して洗いを掛けて干していたらもう朝でバタバタ。プリントアウトが少しうまくいなくなって、出発まで余裕があったはずが余裕がなくなって来て、準備したものを車にすべて積み込んで出発しようとしたら、携帯電話がない困った1本電車を遅らせて探したがないので、諦めて出発。


会社案内も配ろうと最初から予定していたのに、パンフレットのデータを探すのに時間すらもなく、結局、朝にデータ見つけてプリントして冊子にして今日はお客様に渡すことが出来た。パンフレットをお渡しするとお客様にも見ていただいている織物がどこで誰によって作られているのかというのがよく伝わり、お客様とのお話もしやすくなって、会社案内には、会社のことだけでなく、麻織物の歴史みたいなことや麻の種類や、麻や織物に関することもいろいろと書いてあるので、素材や織物に興味があられるかたにとっては知識としても読んでいただくと面白いのではないかと思う。織物の外観や風合いと同じく、その織物がつくられた背景みたいなものは、織物を買われるときには大事だろうと思う。

テキスタイルマルシェも参加させていただいてから8年くらいだろうか、阪急うめだ本店10階のイベントで、L25HDダブルラインのキッチンクロスをたくさんお買い上げいただいた。それが数年続いて、今日はたくさんの方が、ずーっと使ってて十分ボロボロになってそろそろ買い替えたいというようなお話を言っておられた。多くの方が、5年位以上使っておられ、色も生成からクリーム色や白に変わり、使うたびに愛着がわいて大事に思えてくるようなのよくわかる。HDはなにかというと、ヘビードュティーの略。思いっきり汚れても思いっきり洗って長く使えるというのが売りで、厚織のシャトル織の耳までリネンのキッチンクロス。

今は、25番手の良い糸の入手も難しくなっているので、再生産がなかなかできなかったりはしているが、多くの方が5年以上もボロボロになるまでつかっていただけるようなものは継続していかねばと思った。前に買って使っているといっていただけると本当にうれしい。あとストール生機も多くの方に買っていただいて、テキスタイルマルシェの店頭の在庫が少なくなって、ストールブームが落ち着きながらもストールもシャトル織の特徴的な織物として継続していきたい。
2022年06月15日
今日はテキスタイルマルシェ初日でした。リネン日記を見てくださって来てくださったありがとうございました。今回は、反物の量を毎回の3分の1くらいに少なめにしてしまったので、いつも通りたくさん持って行ったほうが良かったなあと思いました。今回のキッチンクロスは大小さまざまですが、それは、織物の生産工程で出た、キズの部分などをはじいたために残った生地で、そういう問題を解決するのも繊維業界の課題の一つではないのかと考えているところがあります。

次は林与は17日、18日、20日に立つ予定です。明日16日と、19日の日曜日はパターンナーの方が林与のヘルプスタッフで立ってくれてます。パターンナーというのは、デザイナー以上に洋服をつくることに関しては詳しいです。キッチンクロスももっと小さいのがほしいとか思われましたら、その場で縫製もチャレンジしていただけます。

2022年06月14日
今日はテキスタイルマルシェの準備日で、午後1時に集合だったのですが、途中道が混んでいて、1本電車遅くらせてぎりぎりかなあとおもっていて、1本電車を遅らせたので、忘れ物したはかりを、100円ショップで買ってたら、駅に乗る予定の電車が到着でその電車にも乗れず、午後1時に間に合わなくなりそうで、急遽、逆方向の米原に向かって、米原から新大阪まで新幹線で行くと大阪に午後1時に間に合うという無茶パターンを選択。

新幹線に乗るとかなりガラガラだけど、新大阪の乗り換えは後方なので、新幹線の車内を後ろのほうに移動し始めると最後の3両は修学旅行の予約席で、スーツケースを転がしながら旅の疲れでぐたーっとなって眠ったりしている中学生の中を、おっちゃんが通りますよみたいな感じで、引率の先生にも気を使ってもらいながら、一番後方のデッキで新大阪まで。

テキスタイルマルシェは2年ぶりで、みんな久しぶりだねえみたいな感じ、確実に2年、テキスタイルマルシェも年を取って、繊維業界の高齢化の縮図みたいなところもあるのだが、こういう場に立てるのはやっぱり経営者なのかなあと思えたりもする。準備しないといけないとか、朝は9時半に入って午後は8時半くらいまでとか、ワンオペだと、なかなか普通の社員の人だと難しかったりもする。また、自分ですべての役割を果たさないといけないので、商品知識もないといけないし洋服を作るときの話なんかも対応ができないと難しかったり。イベントの場に立つだけでなく、イベントの準備や片付けも自分で出来る人でないと難しい。

今回、IPさんがDIYで反物棚をお披露目、器用だなあ、だから織物も現実的に作れるんだと思う。それを業者に頼まれずに自分でやろうとされるあたりがものづくりの意気込みと被る。
2022年06月12日
運転免許の期限が6月14日までだったので、13日、14日と予定があり、今日午前中に運転免許の更新に行った。視力検査してビデオを見るだけ感じなのだが、更新している人というのは若い人が多いなあという印象、なんで何だろう。もう車を運転するということ自体が仕事みたいなものなのか、厳しくしすぎたものが、免許センターも今は逆に車を運転してくださいみたいな感じになり始めているような気もしている。

車っていうのは、世界観を広げるとか、手段が広がるとか、自立するという意味とか、自分が他の人の面倒をみるとかにもつながっていくので、スタッフたちにはいつでも車を自由に運転できるようになってもらいたいなあと思っていたりする。特に田舎に住んでいると車がないと買い物に行くのも難しいし、駅に行くのも大変だし、何かをしようとすると車は必須に近い。

車を自分で普段から運転している人というのは、自分が他の人の面倒をみるというのも当たり前に自ずとやっていることが多い、一緒にどこどこ行こうとかいう話になっても、車を持ってない人というのはガソリン代や高速代、駐車場代なんて気にしたこともないだろうし、保険代や車検代などの月々の費用なんかも気にせずに、無料で乗せて行ってもらって楽しかったねえで終わるのが普通だったりする。多くの裏の部分がみえていなかったりして、自分が自分で車を持ったり面倒をみているということはある意味、環境つくるための犠牲をいつも普通に負担している。なんか仕事にも通じるようなところがあって、何かをしようとするときに普段からそういう負担をしている人というのは、ギブアンドテイク的なバランス感ももっていたりする。また、免許の更新なんかは大したことはないけども、車の保守費用なんかは手続き事なのでそういう手続き事などもこなしていることになる。

若いヤンキーやってた人たちが社会人になってからは仕事ができたりするのも、車に憧れていたりしてそういうハードルを若いころから越えていたりすることもあるんじゃないのかと、案外自分の理想を形にしようとすればお金が掛かるのを若いころからやってたから、あと上下関係や人付き合いみたいなものも社会人になってからは上手にできている人が多い。底辺と思われやすい体使ったり力使ったりの世の中を裏で支えるような仕事を普通にこなして実際に世の中に貢献をしているような人が多い。高学歴とか理想系の人は、なんか楽して稼げるようなものを追い求めてしまって自分のためを一生懸命に考えていたりで、学歴社会こそが階級社会形成の諸悪の根源だなあと思えたりもする。

エシカルなことを偉そうに会議でいっている人よりも、地道にオーガニックコットンを育てている人のほうが当たり前にオーガニックコットンの世界では上なのだけども、そういう世界を仕切りたい権威主義の連中というのは、そういうのも見えなくなって評価できなくなってしまったら、自分たちの存在すらもどれほど逆に無駄なのかということも分からないといけない。学者たちからすれば、オーガニックコットンで生計を立てている貧しい人というのは駄目みたいな感覚があるからその子供たちは学校教育を受けてまともにしてあげようみたいな、自分たちがオーガニックコットンの基本すら自分で毎日のこととして馬鹿らしくてやる気もないだろう。サステイナブル、サステイナブルと言いながらも、何百年も続いて来た価値観を変えてしまって、本来のオーガニックコットンの世界をアンサステイナブルなものにしてしまう。コットン栽培も階級社会的だったり奴隷制度的なものだったり、資本主義的なものだったりして、オーガニックコットンの世界というのは本来底辺の人たちを一番上のすばらしいことをやっている人たちとしてみるようなものなんだけども、仕切る人たちが学者や役人たちに替わっただけみたいな、自分がそういうやってる人たちを見下しながら利用しているだけではなんも本質は変わっていない。やっていることがお金を生まないから駄目とか商売にならないから駄目みたいな感覚で、安くオーガニックコットンを仕入れられないと儲からないから、安く作ろうとして安い労働力や生産コストを求めて、従来のやり方を淘汰して従来やってた人を路頭に迷わせ、そういうものを横取りしてしまうから普通の大手のやり方で、実はGMコットンで利益を上げていた大手がGMコットンが叩かれ始めてたのでビジネスチャンス的にオーガニックコットンに鞍替えし始めたというだけのことで、単に売りやすそうなものを安く仕入れようとするだけの普通の世界。

たぶん、日本の大阪にある綿業会館の人々のほうが、綿100%にこだわっていて繊維の世界からすればまともだけど、ポリエステル混ぜてオーガニックのこの何十年かのオーガニックコットンの世界は浅すぎてモサントと変わらないような世界、もう昔からの繊維の地道で正直な価値感すらも淘汰してしまうような裸の王様たちが偉そうに国際会議している世界。繊維の仕事を地道にやっている人間なら分かるだろうと思うことも分かってないから怖い。今の国際会議レベルのオーガニックな繊維の世界が、自動車産業の自動運転と同じようなものを求めて利益を上げる感覚、それは本来の繊維の世界の価値感すらも淘汰してしまうようなテクニカルな学者たちが言葉巧みに作り上げる新たな支配制度。もうオーガニックコットンが実際は、敵対していたGMコットンだとしても認証機関自体が、自分たちには現状それを見分ける技術はないから、問題はないみたいな責任逃れを公式にやってしまっているから、今は手広く認証した認証機関が自分の認証の責任逃ればかりばかりで、まだ国際会議やってるのかね。VWのクリーンディーゼルも、環境問題を謳って世界シェアNO1になったけど、テストモードでテスト時だけは排ガス出さないで、購入者が買って普通に走行時には排ガスを20年以上普通に垂れ流していただけのこと。プロたちがユーザーや世界中の人たちを騙してなんぼの構造で、消費者の環境意識を利用して今の車が悪いように言って、無駄に車高く買い替えさせてやってることは昔よりも悪質な業界が消費者を騙すような損得勘定ばかりの詐欺行為。繊維業界が同じことにならないように地道にやってきた人間が注意しないと、にわかに沸いてしまったサステイナブルビジネスはクリーンディーゼルと同じ様にしか思えない。地道にやっている底辺の人を見下して仕切ろうとしている人たちが仕切ってしまっては構想自体が消費者騙しそのもの。モサントの遺伝子組み換えが、オーガニックコットンと名を変えて普及されてしまっても、オーガニックコットンで大丈夫というようなビジネスモデルが世界オーガニックの標準基準じゃあ、地球環境を守る謳いのオーガニックコットン自体が、環境破壊だと敵対していた遺伝子組み換えコットンとどこまで違うのか? 実態がもはや、クリーンディーゼル化してしまっていないか。
有機栽培されたコットンの種を使うのは、インドなんかでは、努力目標レベルまで落ちてしまっていて、遺伝子組み換えコットンがオーガニックコットンと称されて出回ってしまっても、認証機関すらもが判別できないから問題ないと逃げてしまっているようなのが、現実だけど信じて買っている消費者は知らない。インドじゃあ2010年あたりには、認証機関が正しく認証していないとオーガニックコットンの生産量が半減したのだが、輸出された海外の消費者はほとんど知らない。2008年に日本でもオーガニックコットンフィーバーが起こっていたが、2009年、2010年あたりには多くの消費者がブームとして刈っていた。でも、そういう原産国インドの実情を知る消費者は少ない。
2022年06月09日
今朝は、訪れてみたかった丹波篠山のSASATAN工房、渋谷さんのお店に始めて朝伺った。丹波篠山、遠いイメージがあったのだけども行ってみるとそれほど遠くないことに気が付く。手織りの織機を2台とりあえず、まだ動かない状態ながら置きに行く。渋谷さんとも1年半ぶりくらいだろうか、お会いできて、広々とした素敵な空間でうらやましい。

お店の中には、林与が織らせて頂いた篠山タータンの生地で作られた小物などがいろいろ。布ってやっぱりそれなりに存在感があってインパクトある。篠山タータンのチェック柄は林与の先染めの柄の中においでも、際立つようなデザイン性のある多色使いのチェック柄なので布を作る人は手間が掛かるのだけど、渋谷さんご自身が林与に来て糸を割ったり、整経を建てたり、経糸を繋いだりして、5配色の展開という形で、お客さんも5配色のなかから色を選べたり、柄の大きさをを選べるので、篠山タータンは表は華やかでも、渋谷さんの地道な努力が裏であって成り立っているような世界。

地元の丹波篠山の町の町おこしのイメージにも貢献をされていて、周りへのインパクト大きかった感じでお隣の多可町もタカタータンをイメージに町おこしで、多可町ではタータンサミットが開催されたというお話。タータンというのは基本は素材はウールで2/2の綾織物なのだけども、まあ、多可タータンは西脇産地のイメージの綿織物、篠山タータンは渋谷さんが好きなリネンベース、ほかは素材は何なんだろうか???

午後からはANSNAMの中野さんが東京から、シャツを作られるということでシャツ地用のチェック柄を探しに来られた。2時間ほど生地を検討されてそのあとお忙しくトンボ返りされ、私も夕方から早めに休憩をとって夜中起きて仕事の続きを行う。
2022年06月08日
今、手いっぱいモードに入っているが、いろんな案件がさらにいくつもで、織に関しても糸からのチョイスで難解な問題が多く、テストを兼ねた本生産的なこともいくつか案件として、整経縦繋ぎ織出しと、50mくらい順調に織れるのかどうかを確認しないといけないので、フルな案件。

6月の真ん中はテキスタイルマルシェがあるのだが、毎日通う必要がでてくるだろう。疲れ切ったら1日だけ大阪に泊るとか。テキスタイルマルシェも1日中立っているようなシチュエーションなので、動かずにじっと立っているので足が棒になる可能性大。コロナ禍でどこまでお客さんと話ができるかは不透明要素だが、ミシンを持ち込むのでキッチンクロスをその場で作業して縫製いただくとか。

物価高が押し寄せてきていて、1割から2割はいろんなものが上がってゆく、リネン糸もまた1割とか上がっていきそうで、半年ごとに1割以上上がっている傾向がこの2年ほど続いている。太い番手はもう2倍くらいになってしまったと思える。円高という要因があるんだろうけども、円高も購買力平価的な要素を超えて、投機的な仕込み要素があるので、150円とか、瞬間風速で180円とかまでいっちゃう可能性すらある。物価はまだまだ上がるだろうと思う。人々の収入は上がるどころか可処分所得はさらに減っていくだろう。政治的要素があまりにも人々から吸い上げすぎる。

コロナで他国は低収入層にお金を配ったけども、日本は100万円200万円返せない借金を背負わせるようなことをコロナでやったりと、他国の政治とは異色のコロナで困っている人たちをさらに国が借金背負わせて困らせるような政策。ほんと行政もしっかりしないと、法律守って人間の命すらも守れない日本になる。貧しい人たちを無理と成り立たぬように借金地獄に誘導しているような行政でよいのかという問題すら、行政が認識すらせず政策で、かえす手法も持たない人々に非人道的な行政の対応。日本の行政もすでに末期状態だなあと思う。

2022年06月08日
一つのことが長続きすることもなく、30年経てばほとんどが終わっているような、また終わってしまったから目新しく思えるとか。ひと世代前からみるとオワコンなことが、次の世代にとって未知の新しいことだったりして、今の昭和の時代の中古車ブームなんていうのはまさに典型。昭和の時代の建築物なんてものも、今は解体しろとなっているけども、生き残らせられればそれが世界遺産、文化遺産になるだろう。その時に注目されてた芸術家や建築家の建てたものはその時に未来的で逆に後の時代からすると中途半端に時代遅れを感じるのが多く、後世では壊したいけど壊せないみたいな。

昭和の時代のスナックの飲み屋街なんてもの、富士吉田の一角は残せないものかと思う風物詩。あれがジオラマじゃなくそのままに昔のが残っているのがありえないくらいに希少。あと八日市のシャッター街になった商店街とか。そういうのって隣とが繋がっていたりしていろんな事情もあったりで、富士吉田の場合には富士山の景観問題があって3F以上が建てられないとか、個別にでも再開が難しいような特殊な事情で残っていたりとか。運命共同体的にアーケード街を形成制定るような案件は、シャッター街的に残っていることなども多い。

京都なんかも家屋の維持が難しく、どうせ建て替えるなら地主は高層マンションに立て替えたいのだけども、町屋として残ってきたのは法律的な埋蔵文化財などの保護の縛り。京都市にしても近代化して東京のような発展を目指すのか、昔ながらの京都らしさを残すのか。京都の線工場が工場に見えず外から見れば、普通の商業ビルとかまた家に見えたりする。カモフラージュして染色工場がたくさん残っていたりするのが京都。ちょっと観光客騙しっぽいんで賛否両論だが、びっくりしたことの一つ。京都なんかはなん百年の家が当り前だったりするので、発展しすぎないことも逆に観光客をひきつける要素。あと大阪の通天閣周辺、東京だったら月島のあたりとか。タイムスリップしたような感覚を味わえる。

法律というものはどんどんとファーストフードチェーン志向で、こじんまりとやっているものごとを続けられなくしてしまう。家族経営のレストランが次の世代に残れないのも、名義が変われば近代的なファーストフード店的なキッチン設備が必要とされるからで、お客さんも1日数人くらいの見込めないいなかの細々とした家族経営のお店が何百万、千万円の投資なんてものはあきらめるしかない。ゲストハウスやってる方にも食べ物や飲み物のやられたら収入アップでよいんじゃないですかとかいうと、それなりの調理設備を持っていないと食べ物は提供することは許されないとか。

心温まるような思いの人がやっていても、気軽に経営努力すらも法律の壁があってできない。ひと世代前の人たちが普通にやっていたような物事でも法律が厳しくなって同じサービスを今の世代の人が提供しようとしても、設備投資からしても本当に大きな話になってしまって、昭和の時代よりも今の時代のほうが自分でお店や工場を構えて商売やっているような家も100分の1くらいの数だろう。
2022年06月07日
江州というのは琵琶湖を指し遠州というのは浜名湖を指し、それぞれ「ちかつあわうみ」「とおつあわうみ」で、滋賀県は近江国と浜松周辺は遠江国と呼ばれた。都、すなわち京都から近い湖か遠い湖かというのがネーミングになっていて由来のあるネーミング。

子供のころ、江州(ゴウシュウ)と大人たちが話しているのを聞いて、オーストラリアの豪州(ゴウシュウ)とこんがらがって、自分の地域の人というのはオーストラリアに移民してたのかという不安に似たような不透明なものが渦巻いた時があったけども、今は、林与のある場所は麻織物の産地となっているけども、昔はまあ全国が麻織物の産地だったみたいなもので、戦後に手織りから、シャトル織機に移行して、さらにレピア織機への移行が上手にできたことが、他の産地とは違ったところだったんだろうと思う。

繊維関係は関西では滋賀県にゆかりのある繊維関係の生地商社がいまも活躍している。田舎だから地道な仕事をする人手が多かったということだろう。昔だから、近江商人は近江で作られたものを京都や大阪のお店で売るみたいなのが企業理念のようなところがあって、今は県境なんてものは、意味すらもなく、そういうのもなくなってはいるけども、江戸時代においては、滋賀県のものを京都や大阪に持っていくだけで商いができた流れがある。

まあ、日本と中国の貿易のようなもので、大きな価格差みたいなものがあっただろうと思う。コメなんかと同じで布にしても販売すらもが管理されていたものだったし、業としては自由につくることが許されてはいなかったということがある。東円堂という村では林与の家とその親戚の家が一軒織元となって出機さんに織ってもらっていた。機屋同士は、他の村の機屋にとついだりして親戚同士になることが多かったりもした。同業者同士が親戚つながりで合併しているようなところもあって連帯意識も高かったから無理もしあえたんだろうと思う。
2022年06月06日
今日は、雨の中、静岡県に行ったので、掛川の福田織物さんに始めて訪れた。現場も織機がたくさんあって動いていた。本物の織物工場らしい風景。巻がどれも当たり前にやっぱり大きいので福田さんの量産は規模が大きいんだなあと、林与の量産は300mから多くて500mくらいのひと巻がほとんど。あんまり大きいと運べないから。

どの織機も調子よく動いていてほとんど切れることはないけども、インチ100本を超えるような高密度織物だけに織れるスピードは、縦横密度それぞれ密度は半分くらいの林与の麻織物とあまり変わらないのかもしれない。経糸が切れる分とシャトルで織っている横糸交換の作業の分が手が掛かるあたり。

浜松では染色工場が少なく先染めがほとんどないということをいわれていた、福田さんも後染めが主体で組織や加工方法などで工夫されている。綿織物というのは糸が細く高密度なので総本数が1万本とか超えているんだろうなあと思う。それでも縦白ばっかではなく、色のついた縦のものをいくつも織っておられたので無地ライクな先染も得意とはされている。福田さんも麻織物にも力を入れておられるので麻世界の話をしても興味深く聞いてくださる。

福田さんは今アパレルの織物に集中されようとしているような感じで、林与はアパレルの織物のウェイトを減らしているような方向性に違いがあったりする。麻織物というのは織れないとか収縮物性とか堅牢度トラブルが多いので、一般的な1か月で着分、2か月で量産のような生産イメージには落とし込みにくい、しかも今のコロナ禍ではどこも現場が弱っていたりとか、糸の入手からして決まった銘柄指定で使っていたりすると入手が不確実な要素が高くなって、糸が1か月2か月先しか手に入らないとかだと仕事を受けるともうすでにタイムリミット超えているとか。特に昨年度の作柄が悪いので今年の生産は林与は大警戒中なのである。

林与は、数年に一度は150番手とかも織っているし、100番手ものりを付けずに織っていることもある、でも糊を付けた60番手クラスの織物が織れないことや、糸質がねちっこくて縦切れが止まらずに引いてしまうとか、作柄の悪い年には糸値も上がって逆に問題は多くなる。ラミーなんかも、1本の経糸切れを直そうと綜絖を開いて糸をさばくだけで周辺の糸がぽろぽろと切れてしまうような糸にあたるとか、織るのが無理で縦を何度も作り直す時もあったりする。麻織物は糊のついた経糸の準備が非常にリスクが高いのである。そのような状況下で、麻の細番手の先染めは、アパレル向けの50mでキズ5か所以内とか、本当に難しいレベルだったりする。あと色ごとの収縮率の違いなども麻の先染め織物をつくる際には注意が必要なあたり、麻では無地ライクなものが増えてくるのもよく分かる。
2022年06月06日
織物の経糸が緩んでいるときにバックレストを強めるのか弱めるのかの判断、バックレストの動きを少なくすれば送り出し量は減って全体的にテンションは強まる。一方で、バックレストを動きを大きくすれば閉じた時にテンションが緩んでしまうのを吸収して筬が打ち込む瞬間の織前のテンションは上がる。緩くしても強くしても経糸の緩みは改善されるって???頭の中でおかしな疑問。

バックレストの動きを少なくする方に掛けてみた、全体的にテンションが張って耳そばの浮き織の度合いが改善された。あとシャトル織機の織る速度、織る速度が遅いのと早いのでは、耳そばというのは影響を受けやすく、速いと内側に引っ張られやすいから一番端と少し端とではテンション差が生まれて、少し端の糸が緩み始め、織幅も狭くなる。速度を落として織ってあげると織幅というのは横糸のテンションが下がるので広く織れることになる。

ほんとなら、回転数を落としたときには、ステッキを叩く強さを速くしてあげないといけないのだけども、まあ、ちょうど織れるくらいのスピードで飛んでいるのでそれほど悪くは思えないからそのまま。回転数を速くした時には逆にステッキを叩く強さを弱くしてあげないときつくたたかれすぎる感がある。一か所の調整が他のところの調整を呼び込むパターンって結構あって、スピードを上げるとビームの送り出しが多くなるとかの現象もあったりで、スピードを落として織るとビームの送り出しが少な目になってこれもまた幅が広く織れることになってくる。幅が広く織れるというのは悪いことではなく良いことで、耳そばの糸が無理をしていないということ。

綿の糸だとそれほど影響は少ないのだろうけども麻糸の場合には伸度が少ないのでこのあたりの調整がほんと難しく、ビンテージのリネンなんかでも耳そばは食い込んだりボロボロのものが多いけどもせっかく織るんだし布は綺麗に織りたいと思う。ビンテージのリネンは耳があんなに食い込んでいてなぜ織れていたんだろうかと思う。普通は食い込むと織れなくなったりするのだけども。なぜ耳までリネンが良いのかは縫製面で角に9重の場所が出来ないことなどあるけども、他にもメリットがあって、綿よりもリネンのほうが雑菌が繁殖しにくくカビが生じにくいとかもあるので、キッチンクロスの耳までリネンはフチに綿糸つかうよりよいんじゃないかなあ。和布巾はほとんどが綿100%ですごく普及していて問題視されたこともないですから、そこまで気にするのは意味ない世界ですが。

キッチンクロスはなぜ白が多いのかというと、白は汚れやすいのだけども汚れやすいから汚れが落ちたかどうかとか見分けやすい。リネンの場合は汚れを吸収しやすく、水で洗うと吐き出しやすいという性質があるのと、本当に汚れてしまって汚れが落ちにくい時には煮洗いしたり、重曹の量には気を付けてほしいけども、リネンを白く戻すには重曹を少しだけ入れて煮洗いすると真っ白に戻る。重曹で洗った後はアルカリ性なのでお湯でよく濯いでくださいね。(重要:入れる重曹の量にはよく注意して煮洗いしてください。)
2022年06月03日
今日はまとめて染めた糸をおじいさんのところに取りに行った。400kg分あったので大変だったろうと思う。今年でおじいさんも引退されるということで、もう90歳近いのでそれはもう十分に最後までできるだけしっかりとした仕事をしていただいて感謝でしかない。今、どうやってワインダーを移動するのかを考えているところ。分解もそれほどは難しくなさそうで一人で運べそう。2台あるので倉庫にでも置こうかと考えている。ほんとうは工場の2Fに置きたいけどそこにある糸を動かすことは大変すぎるだろうから。だれか力持ちの人いたら手伝ってほしいなあと思ってはいて、日程はある程度広く検討できるので声を掛けてください。

6月16日からはテキスタイルマルシェが久しぶりに阪急うめだ9Fで開催されます。林与のほか、松尾捺染さん、IPテキスタイルさん、大江さんの4社での出店の予定です。2年ぶりのテキスタイルマルシェで、リネン生地や本麻生地のほか、キッチンクロスやキッチンクロスのハギレなども販売予定です。その場で縫ってもらえるような企画も初日の15日、2日目の16日、日曜日の19日には考えておりますので、小物つくりに挑戦したい方や久しぶりにミシンに再挑戦したいかたなど様子を見に来てくださいね。

林与自身は、初日の15日、17日、18日、最終日20日に売り場に立つ予定ですが、現場の仕事の納期などの関係で、突然の予定変更がいつもあったりしますので、売り場に立てていなかったらすみません。
2022年06月02日
火力発電所の石炭灰を人工ゼオライト化して農業で使うようなことが考えられているようだけども、石炭灰には水銀とかカドミウムなどふくまれているものを、わざわざ汚染されていない土壌に巻いて土壌改良になるんだろうかという素朴な問題の部分は無視して、産業廃棄物をどう処理するか、の活用方法が農業分野での活用だったりする。石炭じゃなくて、木炭なんかでも活性炭などに使われたりするけど、それが重金属などを吸着したものは結局、産業廃棄物である。健全な土に石炭灰を巻いて重金属を吸着したとしても産業廃棄物を撒いたような土壌のまま。

石炭灰自身に、水銀やカドミウムとか含まれているのだから、石炭灰を農業をするような土壌にだけはまかないことが大事じゃないかと思うのである。生物実験では貝とかの体内から検出されたりしているから溶け出し生物の体内に残るような効果がある。原子力とか火力発電とかの産業廃棄物は逆に一番ヤバいクラスの者だけども、そういう廃棄物を汚染されていない土壌に撒いてしまうような動きは多い。人体実験的なことになるので、石炭灰の農業活用だけはやめていただきたい。

そういうのを産業廃棄物の有効活用でエコだとか思っているオーガニックの人がいたりするのが本質が見えておらず怖いのである。自然じゃないことをやってどこがエコなんだろうと思う、しかも産業廃棄物を汚染されていない土壌に重金属の含まれている可能性の高い産業廃棄物を撒くようなレベル。土壌が水銀やカドミウム汚染されている場合、植物の中には水銀とか含有されるから、ほんと気を付けたほうが良い。それが口に入る危険性は考えないのだろうか。農地に石炭灰を撒くようなことは、農業をしている人の労働環境に対してもよくないのである。そして、その水銀やカドミウムが地下水に溶けだしたりして水を汚染する。なぜそのようなリスクのあることをしてエコとか土壌改良とかいうんだろうね?最近オーガニック関係の一部の人って、逆に不自然農法推進しすぎでずれすぎてないか?リサイクルポリエステル使ってオーガニックを謳うとか、昔ながらの天然繊維のまともな感覚もなくなってしまってるような人たちがオーガニックは難しいんじゃないか。リサイクル繊維はリサイクル繊維でオーガニックとは別概念なのに、オーガニックを謳いたいとか消費者騙しやってアウトの世界なんだけどそれがアウトとか分からないのが、オーガニックやってる人がビジネスライクなだけに成り下がって偉そうにオーガニックは一番駄目だよ。アサリの産地偽装に近く、正直なこと離せばよいのに理想だけが再生ポリエステル混ぜてオーガニック謳いたいもなんだろ、どこまでが本当なのか。エシカルなことが面倒だという人が10年以上もオーガニックやってきたとか笑えるねえ。一番駄目なオーガニックの意識もない自分のやってることも分かってないおっさんやん。ミイラ取りがミイラではあかんよ。化学肥料どころか、産業廃棄物撒くようなオーガニックじゃあ地球環境汚染が広がるよ。

石炭灰なんて産業廃棄物を農地に撒いてエコとか言い出したら、もう遺伝子組み換えコットンどころの騒ぎじゃないと思うんだけど、ダブルスタンダードすぎないか?自分たちが重金属を含んだりする産業廃棄物を農地にまくことは土壌改良でエコだと言い、水消費が少ない、農薬も少ない、収穫高の増えるBTコットンは巨悪という、両方とも非自然的すぎて自然破壊的でどっちもどっちでオーガニックじゃなく駄目だよ。オーガニックが変な進化を考えるときにモサントっぽい流れと被る。

2011年のオーガニックコットンの生産量はもちろん半減とか3分の1とかになるほどに下がっていなければならないけど、来年あたりに出てくる2010/2011年のオーガニックコットンの世界生産量また増えているんじゃないかい?そうだとすると国産謳って認証して消費者騙しで生産量の100倍流通させてた熊本のアサリと同じ体質ということになる。どうなるやら。
2022年05月31日
昨日、繊維関係の工場に夕方の納品にお邪魔して納品で2回目で初めてどうですかみたいなお話するくらいなのだけど、経営者の方が「私疲れた」と言われ、いろいろ背負ってやっておられるんだなあと感じた。けども、仕事を投げ出すような雰囲気の方でも全然ないし、きっと何から何までやってられて逃げられない立場で、自分の仕事観と周囲との温度さみたいなものを感じておられるんだろうと意味じゃないかと思った。

コロナで昔と違うのはサンプルなどをつくられる企業が少なくなったというのを言っておられた。業界全体として、お客さんが新しい企画自体を起こされることが少なくなって、量産なども減ってきているという意味だろう。大阪のパターンナーの方もパターンの依頼がコロナになってからは激減したということで、生地の業界から見ても国内の従来の展示会受注方式が消えつつあるというイメージと被る。

大手アパレルもブランド数を半減とか、それはブランド名が消えるだけでなく、全国にあるそのブランドの店舗自体が何十店舗も消える話で、そこで働いている人も仕事を失う。ブランドが残っても、店舗数半減となれば、必要な生産量は単純に半分で、今まで採算ラインだったあたりが、量が半分になればコスト上昇で売れ行きが悪いのに、値上げしないと従来の採算ラインには届かないとかで、もはや従来のものづくりのシステムそのものが通用しなくなった。

展示会受注形式のアパレルブランドのものづくりが消えた時にどういう形に移行するのか。毎年ごとのコレクションじゃなく、定番商品型のものづくり部分がアパレルも増えてくるだろうと思う。それは売れ残りを大量処分することを防ぐことにもつながるし、モノの普遍的な価値を育むことにもつながる。流行に左右されず、何年も使えるような良いものをつくるという流れにも当てはまる。

売り場が半減することで、毎回の品質検査なども新しい素材をオリジナル的に作ってという流れは少なくなるだろう。サンプルの時に色ごとに物性検査、また量産で色ごとに物性検査という、一つのサンプル時や量産時にそれぞれ1回2万円くらいは掛かる基本物性検査なども、省けるようなモノづくりになっていくのではないだろうか。すなわち新しい素材をつくるよりも、実績のある素材をベースに色で変化を付けて、乾湿摩擦堅牢度程度の検査で済ませるような形とか。
2022年05月27日
整経機の巻き取りのスイッチボックスの中のヒューズが私が会社で仕事し始めてから25年ぶりに初めてくらいに切れた。電源を入れてもモーターが回らないので大事なのかと心配をしたのだけども、ヒューズが切れただけというオチで、夕方だったので、工具店は閉まってしまっているので、コメリにヒューズを探しに行ったらそれらしきものが売っていて、モーターの容量の少し上くらいのアンペアのヒューズを選んで購入して取り替えたら問題なく回り始めた。工具店にいけば適切なものを相談出来き、業務用の質の良い安心なものを買えたりするのだけど、コメリではやっぱり普通のJIS規格程度の品質のものなんだろうなあと思いつつも急いでいるので仕方ない。

3線のうち2つのヒューズが切れたので、スイッチ内部で切れていないヒューズの1線の接続箇所が外れたかなんかの時に、残った2線では三相モーターは回らず負荷が掛かって、ヒューズ切れの感じだろうか。

巻き取り時にはすごいテンションが掛かるのでモーターにはかなりの負荷が掛かるので、ヒューズが切れてしまうというのも考えてみればしかたないことだけど、25年以上ぶりくらいのできごと。昭和のころにつくられた織物の機械類は本当に一生ものだなあと思う。その整経機は昭和50年あたりに中古で手に入れたもののようである。昭和40年ころ製造の服部の整経機である。

巾違いで同じようなタイプが2台あるけども、小さいほうの整経機が小回りが利くのでいつも使っている。昭和につくられたモーターとか無茶苦茶長寿命で、100年くらいは使えるんじゃないかと思うくらいに織機のモーターなんかも故障はほとんどない。買い替えを促すような政策が多かったりするけども、100年使えるようなものというのは、10年しか使えないものの10倍環境にも良いことになる。

100年も持つような機械は、一人の人では使い切ることができないので、引き継がれて次の人がそれを使うような形。理想的じゃないかと思う。日本で整経機を作る会社ももうないと聞いていて、整経機というのは、場所も取ってしまうので整経やってた方がやめてしまうと移設して整経作業を自社内でやろうと考える織物工場というのは少ない。

整経という作業は単純にみえ、海外だと10歳くらいの女の子が整経を遊びみたいにやっているのを見たことがある。日本の伝統工芸系の整経というのは整経機に山が無かったりしてドラムに等間隔で巻いていく形。伸縮性のある糸の場合にはそのほうほうでうまくいくんだろうけど、麻糸のような伸度がなく、切れやすいとか、伸びたとしても元に戻らないような繊維の場合には、整経の山の高さや送りというものが大事になってくる。

2022年05月26日
みちのくあかね会さんの現場をみせていただいて感じたのが女性ばかりの現場であるということで手の世界から生み出されていくのだけども、仕事の厳しさというかものごとにたいしての覚悟みたいなものをもっておられるのを設備などをみても感じる。手紡の糸から生みされる世界なので仕事が面倒だとかそういう今時の感覚がなく、仕事というのは大変で当たり前でそれを乗り越えてやっていけるから存在感が強くあると思う。

染色の設備、手紡の設備、カーダー、綛上げ機、整経機、織機や織機周辺の道具なども当たり前にいろいろ、使っておられるものだけでなく、使っておられないようなものまでも持っておられて、仕事をつくるための環境作りからで、まさに自分たちがゼロから仕事を生み出して行くための準備から。それも大きな設備じゃなくって自分たちが成り立たせられるような範囲での努力みたいなものがすごくあって、そういうのが作られるものにも生きているような気がする。

一人一人の覚悟みたいなものが今どきのサラリーマン的な職人というようなレベルを超えていたりもするのが、私も業としてやっていながらも痛切に感じる日本の職人の世界というのが損得勘定とかサラリーマン感覚とどれほど違いがあるのかで、どの方とお話をしても作業を見ても覚悟があって正しくできて当たり前が普通な堅気な世界。織るための糸から生み出す地道な手仕事の世界を感じ共感するところがあって、繊維の世界にあこがれをもつ誰もがそういうのを支えたい気持ちにもなるのが普通に当り前。

林与が自分が撚糸機を移設して動くようにできたなら、もし譲っていただいてお困りのことがあっていままでやっておられたことが難しくなるとかなら自分ができることなら今までやっておられたことが難しいというなら私が動いて撚糸して数年の間でもうまく移行ができるように支えられたらなあと思っていたりもする。移設というのは費用も掛かるし、今までやってきたことができなくなったりもするから本当に大変なことだろうと私自身がいろいろと織機の入れ替えなども経験して思う。

日本の宝みたいな注目を浴びるような存在であったとしてもその存続というのは日々の地道な作業の継続で俗化しない感覚で存続をみたいな、昭和とかじゃなく昭和の人たちが引き継いだような自分たちが食べていくため自分の労力を仕事に注ぎ込む覚悟を感じるのが、みちのくあかね会さんの存在であり活動なんだろうと思う。自分たちが働いて成り立たせてゆく覚悟みたいなものが今時的に俗化しないで残っておられて日本の繊維産業を支える内職や手仕事そのものの世界。林与の布を買うよりも、みちのくあかね会さんは移設のためにクラウドファンディングなどにも動かれておられかおられたそうで、日本の繊維業界に思いを下さるみなさまのご支援ご援助をお願いしたい。
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