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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2021年10月22日
林与も産地で麻織物を織っていても織物の仕事も続いているのは、偶然的な要素が大きいと思う。がんばっているからといって仕事はうまく行くとは限らないし、かといって、がんばってもいないとチャンスに巡り合うこともできずまた、チャンスすらも生かせないということはあると思う。いろんな物事が惑星直列のようにつながって、お客さまにも支えていただきながら、麻布が生産できているようなあたり。

まずは、外に技術を求めるではなくて、自分の周辺にあるものを組み合わせて何ができるのを考えて、自分発みたいなものづくりを考えてゆくのが良いんだろうと思う。本業としてやっているので、基本の生産設備にプラスアルファの設備要素や技術要素と、一番独自性を出しやすいのが人的要素だと思う。アイデアという要素だけじゃなくて、そこに他を超えた極限みたいな要素とか、独自の味っぽい要素とか。

他である売れ筋の技術にあこがれるのは、愚の類なんじゃないかとおもったりもする。売れているからそれを求めているみたいな、ものづくりの環境をしっかりと把握してその中でどんなものが生み出せるのかみたいなアイデアが大事で、そういうところからオリジナリティは生まれてくるものだと思う。オリジナリティのためには、売れているものばかりじゃなく売れていないものでも自分だけが継続していくというのは大事なことで、それが一つの世界をつくりあげてゆく基本的な要素。

産地でも麻ブームの後は、高級とされた麻織物を売るのはどんどんと難しくなって、それでも麻織物にこだわってみたのが林与で、どんどんと規模は小さくなっていったけども、産地の特色であるとされる、細番手の先染麻織物の世界を残せてそれでよかったんじゃないかと思う。実際、今、細番手の先染麻織物を織ろうとすると林与自身が織ってもそこそこ我慢が必要なことがあるので今の糸の弱さなどからもするともう織るのは本当に難しいと思う。

10年ほど前に手掛けた150番手リネンを先染で織る超細番手プロジェクトは、やっぱりやっておいて正解だったと思っている。それまでは100番手以上のリネンというのは普通は織れないといわれていたのに産地の糊付けの技術で110番手、125番手、150番手の現行リネンをシャトル織機とレピア織機で服地幅で織った。今、やろうと思っても、糸の吟味から、それなりの力は必要である。昔のアイリッシュリネン糸を織るプロジェクトも糸だけでなく、他の環境が揃わないとなかなか難しい話なので、その時に手掛けておいて本当によかった。あのタイミングを逃していたら今もそういうことを実行したいと思っても実行はできていないだろう。あの時はデフレ不況でかつてないほど高級なものが売れないとされた時期でそのときに超高級路線を提案でき、昔からの麻を知っておられる方やリネンフェティッシュな方にはご評価をいただけた。

2000年以降は業界ではアイリッシュリネン糸がもうまったく手に入らなくなっているのに、2000年以降も日本の市場には北アイルランドで紡績されたアイリッシュリネン糸を使っていると謳うものが大量に出回っていたが、そのような問題も消え、業界のリネンの糸の産地に関する正しい情報という面で貢献できたのではなかろうか。近年のリネンに疑問を感じられていた、昔からのアイリッシュリネン愛好家の一般の方々からは疑問が解けたというメールをいくつもいただいたりもした。

2000年から2008年あたりまで、天然繊維では、カシミヤ偽装問題、オーガニックコットン偽装問題、アイリッシュリネン偽装問題など。デフレのなか多くの高級素材が技巧されてしまっているケースが頻発していた。高級を謳う一番の謳いが嘘であることも疑わないといけないくらい日本の百貨店店頭も含むアパレル業界で産地偽装、品質偽装が多くみられた時期である。
2021年10月22日
学生時代に天下一品のラーメンをよく食べていたせいで、ああいう濃さが普通になってしまっていてというのがある。ネットで見たが竜王戦で京都に来る藤井聡太三冠が濃いラーメンを食べたいということで天一のラーメンなのだろうけど、たぶん、名古屋にも天一のチェーン店はあるだろうから、本店で食べるという意味なんだろう。本店は店で仕込むスープで特別なまま今もやっているんだろうか。

実際に天一のこってりスープのラーメンを食べるとコラーゲンがたっぷり含まれていて元気になる気がする、が、辛子味噌をたっぷりいれたりするので、次の日にお腹の調子が悪くなったりすることもある。私にすると今は数か月に1回くらいの楽しみで、地元の天一のチェーン店の味も悪くない。コロナ前の人件費高騰の影響なのか、コロナの影響なのか、ねぎ大やスープ大が別料金になったのが、飲食業界の今の経営の厳しさを感じさせる。

スタッフが仕事の納期を心配して、社長が今日夜織るの無理だったら電話してくださいねと言ってくれる。仕事というのは結局、外との兼ね合いなので外が見えて仕事をしてくれているのは心強い。今日と明日の夜と日曜日は私が織りを担当する予定。

ここ数日、急に寒さを感じるようになって、おとといまでは、Tシャツと短パンスタイルだったが、昨日から上はフリース、下は防寒作業ズボンを履いてみた。暑すぎるくらいなんで、夜も十分行けるだろう。今年は雪が降るんだろうか? 去年の冬も1月2月は、現場のストーブで、コーンポタージュスープを温めて飲んで暖を取っていたので寒かった印象は強く残っている。
2021年10月21日
今は、インターネットで世界中の情報が入ってくる。いろんな新しい知識を身に着けるには学校に行くよりもインターネットのほうが自主的でしかも偏らないものだったりする。それが単に知識の範囲で終わってしまうのが学校で、実社会ではインターネットで知識を得ながらそれを自分が実践してゆくというのが、実践的なやり方。

仕事なんかでもあやふやな知識や新しい分野の調べものがあるとインターネットで調べたりすることが多い、昔だったら図書館で本を探して調べるとかだったろうけども、その何百倍のスピードでいろんな情報にたどり着けるのがインターネット。

情報に関しても誰が発信しているのかなどを加味してそのバイアスを取り除きながら、情報の信ぴょう性を自分自身が判断してゆかないといけないけども、それはメディアの置かれている立場上の都合でのバイアスと同じ話。個人が情報を発信しているほうが生の情報で、そういうのがメディアを介することによってメディアによる編集や改変などが起きる。

日本はテレビチャンネルが8チャンネルくらいだけども、そのような制限をすることでコマーシャルなどで莫大な利益が上がる利益誘導的な構造。そういういびつな構造もインターネットの普及で浄化され始めてはいる。私はテレビは時間の無駄に思い、この25年ほどは、ほとんど見ないことにしている。

日本も子供のころは、なんか怪しいものが多かった。電化製品なども高かったから、怪しいメーカーが似たようなものを出してきたものである。NECのPC98なんかの互換機を出したセイコーエプソンなんかはNECから違法行為だと叩かれたが、当時2流メーカーだったセイコーエプソンはそんなことをやった。しかしながら、日本の市場はIBMPC互換機に移行し、NECもPC98路線をやめて、IBMPC互換機への移行。セイコーエプソンもプリンタに強い企業で、今は、プリンタインクに関しては互換インクを販売するメーカーを特許侵害だと訴えたりしているが、昔のことを思うと、自分たちが同じようなことやってその正当性を主張していたのになあと思う。日本の一流企業も主張に一貫性のないことは多いもので、APPLEなんかはIBMPCコンパチに移行せずに潔い姿勢で生き残った。結局、OSを牛耳れるかどうかが生き残りの肝なんだろう。マイクロソフトOSとAPPLEOSが、パソコンOSシェアのほとんどを占める。OSを独占することで、ルールメイカーなのがアメリカ企業なのである。アプリにしてもOSに対応ができなければ不具合だらけなので、OSメーカーから仕様やOSの不具合情報が得られなければとか、OSを改善してもらえなければ存在することもできない。

あと、カセットでっきなんかにしても、ダビングマシーンとして二つカセットのついているタイプは違法かどうかの論争などあったり、コンピュータのソフトウェアにはコピープロテクトがされていたり、そのコピープロテクトを解くソフトが売られていたりとか、いろいろとグレーなエリアがあったものである。小さなところがやると違法がが大きなところがやると問題ないみたいな風潮がある。

今は日本企業が優位な自動車や電気機械産業も、1960年から70年代には、アメリカの自動車を分解したり、コピー機を分解して模倣することで似たようなものを作って販売するのが日本企業の特色ではあったので、アメリカから特許違反などで叩かれていたのが当時の日本の一流企業。今は、最先端のものでも世界で一番安く作って大量生産して儲けるというのが、一流企業的な生産戦略だったりするものでちょっと状況は変わって来たように思う。国同士の対立は少なくなった。

私も田舎に住んでいるもののそれほど情報に困らないのはインターネットのおかげで、インターネットがなければ、仕事をしてゆく上でもいろんなことをやってゆくのは状況だったろうと思う。出張なんかも同じだけど、北海道に行く計画も、チケット、ホテル、レンタカーをネットで一番自分の計画にあったものを探す。それぞれ3つくらいのサイトの値段や条件などを比較して自分にあった計画を練る。旅行会社に行って組んでもらうよりもたぶん理想的なプランに仕上がる。

あと案外、繊維関係の仕事で織物の規格を決定するときとか原価計算をするときにはエクセルが役立つ。いわゆるホワットイフアナラシスというやつで、一か所の数値を変更するとその変更に合わせて他の数値もすべて再計算されるという機能。小学生のころに会社の事務所に初めて緑の液晶の計算機が入ったのだけども、あの世界にいるままなのか、エクセルの世界で計算するのかでは、シミュレーションできることが大幅に異なる。仕事で、計算をしない人がほとんどなのは、自分のする仕事を用意してもらっている部分が大きくなるのと、やっているときにも正しいかどうかすら確認しないで与えられたからやっているという形になってしまう。
2021年10月20日
将棋の世界は実力の世界、19歳の藤井聡太三冠が将棋界を支える。世界将棋フェスティバル優勝者との角落ちの対戦で当たり前に勝てるのが藤井聡太三冠で、プロのトップそのもの。

繊維の世界でもそういうのがないと日本の技とか価値観とかは存在しないと思う。損得に流れてしまって、大手と同じ様なものづくりに落ちたら駄目で、藤井聡太三冠が高校を中退したのも人生観がとことんだから。

中卒の学歴なんかにこだわらずに、実力の将棋世界のトップを目指す。そこが人間として力が超えていて価値観も超えているところ。中卒のほうが東大卒よりも実力では上も普通なんだよという価値観。レッテルにしがみついてとか人生観を失いすぎて、成金趣味と同じで、自分の実力じゃなく、守られて生きるに精一杯。

覚悟決めて物事やっていかないか、その時の力で邪魔するものがいたとしても、本気で刺しあう必要も大事な人生観。ひと世代前がだらしないことばかり言い出したときに、厳しく次の世代が正しい方向にもっていくも大事で、それをやらなければ落ちてゆくばかり。

藤井聡太三冠には私自身も励ましてもらっている。若い人ほどまともな感覚持って損得なしに情熱でものごとにぶつかれる。年を取るごとに損得や保身になびいて利己的なことばかりに走って社会をボロボロにしてしまう。戦前の特攻でも、なぜ10代が特攻なのか、それは本当に自分の子供すらも自分の保身そのもので親の特攻するでなく自分の子供に特攻させるような悲劇。

村社会的な年功序列のいびつな構造の社会そのもので。人間として褒められたものでもない。戦争を煽っても自分を犠牲にするのでもなく、犠牲にするのは次の世代というのも笑えるようなレベルの話。日本もそういうのからやめないか、自分が前線で戦うつもりもないのに戦争煽って自分以外の人間を先に、自国民を犠牲にするのはまさに中に自国民の敵がいるような状態。日本もここまで落ちつづけて、自分がかわいく、自分の命令する立場で罪悪感すらなく他の人間を戦場に送り込む。日本政府にしても、一番待遇のよい防衛大臣が前線で戦うもせずに末端が前線で死んでゆくが当り前では、主人と奴隷の関係そのもので、奴隷社会を批判すらもできないよ。末端の前線で戦わないといけないものに首相や防衛大臣並みの待遇を与えるべきでないと搾取社会そのもの。逆構造で一番安全な場所にいて逃げているものが一番の良い待遇が当り前とかあかんよ。

戦艦大和の話を、子供のころに読んだ、最後に艦長が他の者を退避させて大和と一緒に沈んでゆく覚悟。それが大事だと思うけど、日本の政治や官僚社会には偉そうにしても保身ばかりで、人々からの搾取の典型で、立法や法律も巻き込んで今の行政が成り立ってしまっている。民主主義というよりも独裁国家に近くなりすぎて民主主義的じゃない独裁者になびこうとするものが政治の世界でも増えすぎて怖いなあと思う。

本当にまともに考えているものが選ばれないような裏の構造、今回の首相選びでもよくわかる話で、政権を握っている自民党の中も裏は自分の意見も通せない、通したら干されるような民主主義的じゃない構造そのもの。国民の代表である国会議員ですらも自分の意見や主張すらも通せないようでは、民主主義すらも無理だろう。人々が不平等な奴隷社会問題そのもの。
2021年10月20日
月末に手織り織機を取りに行く、行く途中もう一軒、名古屋で別の織機を手に入れ車に積み込んで近くの駅の駐車場に車を止めてセントレアに向かう。セントレアからは札幌に行く。最初は車で取りに行こうと思ったけども、飛行機で行くほうが安いので、飛行機で札幌に飛んで、レンタカー借りて、織機を分解して運送会社に持ち込んで発送する作戦。行く途中もう一軒、名古屋で別の織機を手に入れ車に積み込んで近くの駅の駐車場に車を止めてセントレアに向かう。今週末は、京都でも1台手織り織機を譲り受ける。

林与の昔の手織り織機は何十台も分解して倉庫に眠っているけどもいかついので、洋織機タイプの方が軽くて便利なので、手織りの洋織機も4台くらいはもっているけども、手織り織機がたくさんあれば、本業のシャトル織機のように、たくさん織機があれば、いろんな織物の縦を使え、いろいろ織れるから面白いだろうなあという構想。

それまでに10月の仕事を終えておかないと。

2021年10月20日
こぎん布が上がって来て、出荷の準備。織るのはできても問題は糊付けの想定、糊をつけるとどう縮むのかを想定しないといけない。普通の生地なら縦横の縮みはあまり気にせずに洗いを掛けた時の収縮率などの物性を気にするのだけども。こぎん布というのは、刺すときの縦横の目の数などを気にしないといけない。また、糊付けというのは普通の加工と違って、縦横の縮みというのは少ないもので引っ張った感じで糊を付けるので、目が開き気味になり、こぎんも刺しやすくなる、そんな想定。初めての糊付けなので、やってみないと分からないところがあって、想定をしながら、とりあえずやってみるしかない。生機のときよりはハリも出てぺたんと上がっていい感じではある。

必要なリネン糸がなかなか入ってこずに待っているんのだが、コロナで海外のリネン糸も手に入りにくくなっているのだろう。糸もどの銘柄でもよいのなら国内にある糸を使えばよいのだけども、一つの企画に使う糸というのはどの銘柄のどの番手の糸と決めているので、最初に決めた糸を使い続ける。

唯一、この前のキッチンクロス規格では、使おうと思っていた銘柄のその番手が他の仕事で少し毛羽感があったので違う銘柄に変更をした。たぶんそれが正解だったろうと思う。その糸が用途に適切なのかどうかとか、仕上がったときにどうかで、使う糸の銘柄を使い分けるというのは自分としては大事だと思う。

お客さんがそういうのを想定してくれないことが普通で、品質を安定してつくるという部分でしんどいことも多い、糸を先に将来使う分まである程度確保したり押さえておかないといけないのだけども、そういう想定はお客さんにはないものであって、そう都合よく使いたい糸の在庫が国内にあるとは限らないのである。

作ろうと思っても作れない状況というのは、糸、人、織機の3つの要素。糸が手に入らないとか、小さな会社なので手が足りないとか、その織物を織るのに一番適した織機が空いていないとか。他にも、特殊なモノづくりは、染の染料が廃版になったとか、特殊な染めをやめたとか。加工も同じで特殊な加工をやめたとか。

10年くらい前につくった見本などで、お客さんが特殊なものに興味を惹かれると、そういうのはだいたいもう今は作れなくなっている。撚糸を使ったものなども、小ロットでの撚糸が難しかったり、また、小ロットでやるとコストが非常に高くなったりで、今は企画が難しいのである。

特殊な染の案件があったけどもやるならやるで最善の方法でやらないと後から問題が出てきて薬品から変更とかはすべての問題のない工程もやり直しで致命的。新しい企画というのは50mくらいは作ってみないと問題が見えてこないことも多くて、後で問題が見えてきた時には致命的。

他にも、サンプルを手軽な手織りでつくって本生産をシャトル織機で織るというのもほんと本生産が難しいことが多く、その幅のシャトル織機でサンプルを作って本生産ができることを確認したものでないと、いろいろな問題は見えてこないのである。手織りでのものづくりは手軽だけども、量産には向かないのはそのあたりで、量産の前にシャトル織機で一度サンプルを作っておくのがあとあとの問題を避けるための方法。海外のブランドの方がハンドウィーブで10cm角のサンプルを作って見せてくれないかと頼まれたりするけども、そのほうが簡単は簡単だけども、実際に動力織機で量産する時にはいろいろと問題がみえてくることがあるから、イメージというだけですと伝える。

10cm角のサンプルは生機なので単なるイメージですというが、実際本生産では加工もすると縦横の色からして経糸は引っ張られて加工があがり横糸はアップアンドダウンするので強めに色が出る。それで結局色味がイメージと違うとなったりする。手間が2度というだけでなく、手を抜いて無理やりやったものに近づけるというのは至難の業で、それを1回で解決できる保証もなく、2回やったりしたら、その仕事も成り立たなくなるし納期も危なくなる、そして当たり前に他の仕事もできなくなったり。

手軽にやろうとする感覚というのは、手軽にやったものは単なるイメージだが本生産と同じだと思ったりだとの想定だと、あとで問題を片付けるのは大変だったりする。アパレルさんの事情などで手を抜いてコストを抑える開発というのは後で問題が起きた時に本生産が中止になったときには手を抜いたアパレルさんの方が費用などを面倒見てくれたらよいけど、最初からコストを抑えようとする企画の人が、あと本生産での失敗などの大きな費用を負担できるようなことはないのである。

プリントなんかでも技術の人と話すと問題も起こりにくいが、営業の人と話をするとプリント工場の人なのに話していることがまったく理解できていなかったりで、あとあと大きな問題に発展することが多い。色なんかでもあとで何とでも調整できますと簡単にいわれても、いざ本番になると出たとこ勝負も多かったりするもので、そういうときには私が現場で色の調整をさせてもらうことも多かったりする。現場の方が色の再現ができないといわれても、案外、色が濃いとか薄いとかの問題がなぜなのかの原因が分かるのが私だったりして、近いところまで1時間とかあれば持っていける。今までも協力工場が解決が難しい時には、現場で解決に立ち会わせてもらって指示して乗り越えてきた。
2021年10月18日
新しいインディゴ染めのビームが巻き上がってそれを今日は下に下した。だいぶ体力なんかもなくなってきて、いつまでこういう作業ができるのかは心配だったりするけども、普通の人だと無理な作業をまだまだやっているのでやれているうちにやっておかないとと思う。

年を取るごとに仕事というのはできなくなってくるもので、そういうケースを多く見てきたが、中には仕事を真面目にやっている人もいてそういう人というのは年を取っても器用でさぼることもないし若い人には劣らない。そういう人が私の手本だったりして、社会というのはそういう人が支えているんだと思う。私に仕事を教えてくれた方もそういう人だったし、小幅の仕事をやっておられた地元の社長もそういう人だった。自分の親ではない人に、働いて成り立たせるまともな生き方を教えてもらった気がする。

林与の先代夫婦というのはどうしても地道な仕事が嫌いで他の人にやってもらうタイプだったので、そういうのの軌道修正というのは、自分の親に真面目に働く気持ちを持つべきだとか、指図ばっかりしていないで自分がやっていくそれが仕事だとか、自分の親に対して本当に厳しい話である。そういう基本的な仕事観の問題から消して行かないと、地道な繊維の仕事を続けてゆくことは本当に難しい話。指揮しているものがずぼらだと危機感すらもなくどんどんと傾くのも当たり前。いつでも、ゼロとかマイナスからでもやって成り立たせてゆく意志と行動力、そして答えとなるものを生み出して成り立たせてゆく、それ以外のフロック的なことで成功をしたとしても、毎年そんなうまく行くことはないのである。前の世代が次の世代を立てているような家や産地は機屋も世代交代もスムーズでうまく行っているように思う。

織機の問題一つをとっても、ちゃんと正しい原因を見つけて解決してゆかないとならないのだけども、それを短時間で辿り着けるかどうかで来まる。いくら時間があっても原因が分からず解決できないなら次からその仕事は受けることが出来なくなるし、その織機もその時点で問題が残ったまま、織物のプロとしては仕事する力がないという結論になる。織物をつくるときにはいくつものチェックポイントを自分は儲けて誰に言われなくても確認してやってるから成り立っているけど、普通はそういうのを心掛けている人というのはおらず、やった仕事にしても再現すら難しいのが普通。

糸のコンディションの違いを感じたり、その感じた違いに応じてテンションを適切に調整したりすると解決につながるけども、大体の人というのは同じ問題で何度も引っかかって織れないから抜け出せないことが多い。真面目に8時間働くとかそういうのがそもそも難しいとなってくると、そもそもそういう問題の解決すらも無理で織機が新しい時はとりあえず怪しい部品を交換してなんとかなったりするけども、交換する部品なども限られてくると部品のわずかな問題や違いに応じて調整を掛けるとかが大事になってくる。、

織物は企画したらすごいみたいな感覚だともう無理で、最後量産が安定してできる所まで、技術だけでなく織機を扱う人の仕事に対する姿勢までも正しく持って行かないと、他を超えたようなものはできにくく、自分自身が落とし穴があるのに気が付いて落とし穴に落ちないように組み立ててゆかないといけない。頭で理解している技術よりも、地道に計算したり地道に作業したりの部分が大事で仕事に取り組む素直さみたいなものが一番大事だろうと思う。機械というのは正直だったりするもので、問題があるときに機械よりも作業している人の問題であることが多かったりする。

そういうのを指摘したときに素直に対応してよりよい方法を採用できると仕事の問題も減って仕事としても成り立ちやすいのだけど、中だけの世界で生きている人というのは指摘されて素直に改めるではなく、逆に気分悪く邪魔してつぶしにくることが多いから、仕事の本質を分かっている人でないと仕事を正しくこなしてゆくのは難しいだろうなあと思う。外の世界で、いろんな環境の中で新しいことをいろいろと毎回正しくこなして行く経験を持っておくことは大事だろうと思う。
2021年10月17日
自動車産業もエンジンやガソリンから、モーターやバッテリーの時代に移り変わろうとしていて、自動車産業も日本から中国へとシフトしてゆくような流れになるだろう。日本車の優位性という面では、電気部品や電子部品の信頼性の高さというあたりだろう。

コンピュータ部品なんかが、海外で出回るバルクの安い物を使っているパソコンメーカーのパソコンは、一つ一つの部品の性能の品質検査では引っかからない問題で、立ち上がらないなどのトラブルが続出する。織物の織機の電子部品なんかも昔のものは長持ちするけど今の物は1年で故障するとかで、昔のものほど日本製のパーツだったりして10年くらいは持ったりする。携帯電話なんかも同じだと思う。1年2年で不具合がでても持ち込んで交換や買い替えするのが当たり前になって、長く使おうとすれば延長保証などが必須になってくる。

自動車なんかも、EV化が進むと、3年保証が付いてバッテリーが劣化するだろう3年くらいで車検前にリサイクルするような電気製品扱いになってくるのではないかと思う。車検制度を見直す機会になるかもしれない。

ドコモで通信障害があったけども、意図的に誰かがやったわけでもなく、ドコモのシステム障害、5Gで自動運転とかどう考えても怖い話なんだけど、そういうのは想定せずに、事故が起こると想定外だったという責任逃れ。せめて想定して危険性も謳いながら事故を未然に防ぐ対策は練っておくべきだろう、死亡事故の時には裁判沙汰で、今回のような通信障害すら弁護士が立って不利な証言はしないのが普通の法的な対応で、責任逃れ一辺倒になり原因の究明すら難しく、本来の正しい対応すら難しい問題になるだろう。非を認めなければ5Gの自動運転も安全と続けられるけど、非を認めてしまえば安全でないから続けられないというような話になる。日本の政治や行政や大企業的体質なら前者の対応で、技術の問題じゃなくて、技術を公正に正しく運用し、原因の究明ができるフェアな感覚が必要だが日本の法的な枠組みではなかなか難しそう。たとえばアメリカだと、ボーイング社の対応みたいな大きな誤りが起こるのが普通で、被害者側が徹底的に戦わないと国家や大企業体質というのは責任逃れが普通で、墜落の原因をバードストライクにしたいボーイング社。
2021年10月17日
コロナ禍で、展示会受注ベースでの生地の生産というものは成り立たなくなって、コロナを機に今後は消えて行く可能性がある。高級路線というのは展示会受注形式だったところが多く、それがコロナでまったく成り立たなくなって商売を閉じられたところが多い。

展示会受注形式というのは、新しいものを企画してそれを受注の入っただけ生産しようとする方式。コロナ禍だと、展示会そのものが流れてとか、展示会にバイヤーさんがお越しいただけずに、発注をいただけないも普通にある話で、サンプルの時にサプライヤーには負担をしてもらって、本生産が流れてしまったり、小ロット生産でサプライヤーがさらに負担か、本生産を辞退したりとかもありうる。

展示会やって入っただけは必要だから、それに応じて生地を作ってというのは、値段を度外視ならできるけどもそんな約束は本当に難しいので、そんな約束を前提に話をしたら後でややこしくなるだけ。受注が不透明な場合には、在庫の範囲でなら対応できるからその範囲でつくられませんかというような提案をすることは多い。

高級アパレル路線は展示会受注形式が多かったから、その路線で企画に応じて発注を受けていた機屋さんは、このコロナ禍では企画も流れて発注もなくなすすべがなく、閉じられてゆくところが多い。正社員的な雇用形態と、委託的な展示会発注形式が相容れないところもあって、コロナ禍で、高級アパレルでのオリジナル生地に関しては、繊維業界の展示会受注形式という慣習が淘汰されるタイミングとなったのではないかと思う。(プリント生地や後染め生地などは生機があれば対応しやすいので、展示会受注形式が続くとすればプリントか後染め生地という形で残っていくだろう。)
2021年10月16日
ちょっとの贅沢感なのだけども、トロピカーナの丸ごと果実感という粒の入った100%ジュースがある。半年に1回くらいだけども、飲みたいなあと思うことがあって、久しぶりにグレープフルーツを買って飲んだんだけど、今までのような粒粒感がまったくなくなって、普通のジュースに変わってしまった。えっ。10数年、ほんとたまにしか飲まないけどいい感じの特別感が今までいつもあったのに。

このコロナでグレープフルーツの入手もなかなか難しくなってしまったんだろうか。逆に、消費が落ち込んでしまって、野菜や果物は余剰気味のような気もするけども、ああいう特別な感じを出すためにはそれなりに手間が必要だろう。
2021年10月13日
今日、ある工場の社長さんとお話していると仕事がほとんどなくというような状況であるそう。今の生産シーズンに入っているのに仕事がないというのは現場や人員を抱える工場としては本当に厳しい話。コロナの影響もあって高級な百貨店ブランドものを扱っている工場ほどその傾向があったりもする。また、伝統的な産業もイベントなどがなくなって着物需要が極端に落ちてしまっているのでその影響は免れない。

需要が落ちている一方で、ラミーを使った良い時代の昔ながらのものづくりは非常に高くついてしまうので、作る側としても使う材料からして織る前に同じ番手だとリネンの2倍以上だったりして生地としては値段も付けにくい。需要が減る一方で値段が高くなるというパラドックスだが、これは産業の存続としては非常に危険な状態ではある。需要が小さくなったものだけで食べていこうとすると、現場や人を支えることがどうしても難しくなる。

一方で、自転車の前タイヤの空気がないということで空気入れを探して使ったが、その空気入れが古すぎるからかうまく働かず、空気入れを買うことに。空気入れが100円で100円ショップで売っている。どうすればこれを100円で作って売ることができるのだろうか。林与にはそんな力はない。
2021年10月09日
この2、3年ほど足の疲れが抜けない感じなので足のマッサージにでも行ってみようかと思ってたけども、手軽にということでフットマッサージャーを買ってみた。体の倦怠感はリンパの流れが悪くなっているからだと推測をしているので、足裏のリンパを刺激すれば治るんじゃないかと。

地元にもたくさんもみほぐしのお店があるけども、自分の体の疲れを他の人に直してもらってたらあんまり意味がないので、フットマッサージャーで自己解決できたらと思っている。椅子に座って使ってみるとそこそこだけども、やはり足に力が入ってしまうのでリラックスできていない。

良い方法を思いついて、フットマッサージャーを壁に立てかけて寝て、試してみたら快適にマッサージも出来て、足裏も柔らかくなって、たぶんリンパも血液の流れもいい感じで、歩く足が軽くなったのと同時に倦怠感というか眠気がほんと消えた。足が本当に軽くなり、空中遊泳3歩半のカールルイスの足を得た気分、工場の中を歩くのが心地よい。この2年の足だるさは何だったんだろうと思うくらいに、早く気が付けばよかった。

車を運転していても、足がだるいので、もみほぐしのお店の看板をみると行ってみようかといつも迷っていたりしたのがそういう迷いがとりあえず消えただけでも幸せである。体調不良が続いていたので内臓にも足裏マッサージは多分良い影響があるだろうと思っている。でも、フットマッサージャーとの相性みたいなものもあるだろうとは思うので、今回、手に入れた小型のフットマッサージャーとの相性が良かったのだろうとも思う。他のもう少し大きなタイプも以前少し試したことはあったが、いい感じじゃなかったから。

私のようなおっさんの、肩こりとか足の疲れは、ほんと硬くなっているので痛いくらいのマッサージが必要で。それを乗り越えると肉も柔らかくなって昔を取り戻せるんだろう。痛いのが気持ち良いとか若いころにはわけが分からなかったけども、体が凝り固まっていてそれを思いっきりほぐして柔らかくしないことには解決しないんだなあと思えた。
2021年10月08日
コロナで百貨店不況アパレル不況で、仕事以外で面識のあった京都の染色工場が繊維業から撤退されたという話を間接的に聞いていたが現実のようである。その1年ほど前には一つの仕事の案件で生地を送った際に会社を他の会社の資本下に置かれるというようなお話だった。逆にいうと、その判断というのは消費税増税の後の業界が難しくなる流れの中で、潮時のようなものを見極める目を持っておられたということでもあろう。

社長と話をしているときに後継者が身内にはおられない問題を言っておられたのだが、従業員が企業を後継していくということは今の日本の雇用形態の中では難しいだろう。特に、人を抱えて、設備を抱えている製造業においては、後継するときに職人的な部分ばかりがクローズアップされがちだけども、他の人の生活の面倒を自分が見るというような考えの従業員がいるのかどうかというところで、経営というのはそういうところであろう。

地元の金襴織物の工場も、社長が新しい設備を常にいれて福利厚生などもよくしておられ10人くらい人がおられるような話だったけども、社長がなくなられると社長の代りに会社を続けていけるような存在の人というのはおられなかったようで廃業された。

コロナがなくても、日本の大企業は別としても、昔ながらの家族経営的な繊維業界というのは利益を求めないスタイルで従業員を守ったり続けていけることを第一に考えて仕事を続けているところがほとんどで分配して成り立ってきていた。それがコロナで売り上げが、何分の1に落ちるとかとなると、実は、小売業界や旅行業界以上に、分配でなりたつ多くの人々を細々と支えてきた繊維業界は、コロナのダメージを大きく受けた。
日本で利益が上がってないのを格好悪いように思うかもしれないけど、何千億の利益を上げるというのは独り占めしているだけのことで下請け企業に分配していないだけのこと。または、本来は中小零細でも当たり前に負担している消費税の還付のからくりの恩恵でなりたっているような消費税の負担もしたくないどころか消費税増税から恩恵を受ける輸出型企業型が多い。ほめられたことじゃないと思うけど、なぜか、そういう企業が優良企業的に社会的にはみなされることが多かったりする。10%の消費税も納める必要なく還付受ければ有利なのは当然のこと。本来は国に入るお金で、厳密に運用すればそれもよいけど、税務署によっては消費税がマイナス何千億円とか。消費税が企業に流れ込んでいるだけのことで、企業が利益を上げる構造が裏にはある。国内分まで合算して還付してるようなずさんさがあるからだろうけど、そういうからくりがあるのが消費税の輸出型大企業からみたメリットで、増税したいのは当たり前だろう。

地道に人々の生活を支えようとする旧来型の地場産業と、消費税増税で利益を増やしたい勝ち組の輸出型優良企業。どちらがまともなのかを考えるときに、後者をまともに考えていたら、日本の国の税収はまったく成り立たなくなるからくり。本来消費税を負担している立場なら、消費税増税の重荷は分かるはずだけど、消費税を国と同じ様な立場で取る側の輸出側大企業。国の力を借りて消費税を自分の懐にできるからくり。それが日本の優良企業が何千億もの利益に満足できずに消費税増税を主張して国民を食い物にするような輸出型大企業経営の根本的な問題。
2021年10月07日
今朝は、早く起きて急ぎの件を動かす。シャトル織機で織ろうとするとシャトルの管に糸を巻くいて、つかいおわった管の残り糸を整理するのもメインの仕事の一つ。朝は空気がヒンヤリとしていて仕事をしていても気持ちが良いのである。朝交代するスタッフがスムーズに仕事できるように巻いた糸を多い目に用意しておく。織機の調子がちょっと悪かったのでそれも調子よく動くように調整して交代する。

お昼前に新しい企画の案件で電話があって、その調整的なことで午前中。顔料系なのでいろいろと問題に対しての想定をしないといけないこともあって、初めて的なことが多いので、技術的に確立させる手法を取るべきじゃないのかと思うところ。叩ける問題を最初にできるだけあぶり出して叩いておかないと、実際に量産とかとなって問題が見えてきた時には後での対策は本当に難しい話。

午後から経理担当と会計ソフトへの入力。領収書の入力がメインで項目と金額を入れてゆく作業なのだけども、今日は、ノートパソコンに外部モニタをつないだので、画面も広々で過去の仕分けなども拾ってくることが簡単にできたので3時間くらいの作業で終了。

本当にレッツノートのSXシリーズというのは10年前くらいに発売されたのに、よくできたシリーズだなあと今日もパソコンを使っていて思う。SSD載せ替えとメモリ増設でバッテリーも6時間くらいは普通に持つし、キーボードのタッチも他の機種とは比べ物にならないくらいパンタグラフ感があってすぐれている。

夕方には、昨日上がって来た反物を出荷。いつもよりは早めにセイノースーパーエクスプレスに行くと、みんな忙しそうだったので事務所に上がっていって川端さんに荷受けを頼む。
2021年10月06日
竹から作られたストローを手に入れたものの当初入手したときには好感触だったのだけども問題が。竹というのはやはり生ものなのでか、未使用ながら工場の片隅に数か月放っておいたら緑色にカビが発生。飲食に使うストローとしては毎回ほどに使用前に洗う必要があるので怖い気がする。割りばしみたいなものなんだろう。

竹ストローでも表面をコーティングしてあって天然性の低いものもある。そちらだとかびにくいだろうけど、せっかく、天然のものを使いたいのに天然のものは天然であるがゆえにやはり問題があるというあたり。

プラスチックのなかった時代に戻る様な試みではある。新しい生活様式を生み出すよりも、昔を手本に昔に戻って生きるというような選択はなさそうなのが、今のエコやエシカルなスタイル。既存の物を没にして新しいものを生み出して代用するという。

私なんか、十分じいさんだから割りばしも普通に洗って再利用しているし、割りばしでもなるべく消費しないように心がけることが大事だろうと思う。
2021年10月06日
余った糸を束ねてストリングメイカーを使って紐を作ってみた。普通に引き揃えして撚りを掛けるだけでは、しっかりとした紐にはならないので、撚りを掛けた糸を束ねて逆撚りを掛ける形で紐にする。

細かった1本の糸が束ねられることでだんだんと太い糸になってくる。8本をより合わせた糸を8本より合わせると、64本をより合わせた糸が出来て、約巾1cmくらいのカバンの持ち手くらいの太さに使えるしっかりとした紐になった。

私の使っているノートパソコンに取っ手をつけたいと思っていたので、その紐を取っ手代わりに付けてみた。いつも手で抱えていたノートパソコンをその取っ手を持って運ぶことが出来るようになり良い感じ。すごく細い糸だと8本の8本の8本撚りくらいにしないと同じようにはならないだろう。

いろいろな色糸を組み合わせるとマルチカラーの糸が出来上がる。多分面白いだろうなあと思うので、時間のあるときにやってみようと思う。
2021年10月03日
10月の夕方、外の水際にいると普通に蚊が私を狙って来る。空気は秋の気配なのだけども、まだまだ暑いくらいで、これは本当に地球が温暖化しているのを感じるが、人々は地球温暖化は、人類に対する脅威としては捉えてはいるものの、砂漠の中のオアシスを求めているから地球温暖化が進むということには気が付かない。

カリフォルニアにいたときに、南カリフォルニアというのは砂漠の中のオアシスなんだなあとありえないほどの過ごしやすさを楽しみながら、スプリンクラーが至る所で回って、水を撒くことで緑を確保している。ゴキブリもいないしネズミも少ない。外にいて十分に水分がとれないと普通に干上がってしまうようなドライな環境。ポップコーンが1週間たっても湿らないのにもぴっくりした。

日本もある意味、雪深かった国で織物が発達した部分があるのだけども、雪というのはやっかいで、特に自動車社会では問題で、地球温暖化がそれを解決してくれた部分もある。雪が降らないのを喜ぶ人も多く、雪が積もって自由に身動きが取れなくなることを良しとしない人が多いであろう。

たぶん、毎日が30度を超えるような気候になっても、人々はビルの中のエアコンの効いた部屋で平然と暮らしているんだろうと思う。人間以外の動物は生きてゆくのが難しい、都市部のような生活空間が広がっているだけのこと。

人々はそういうのを求めながら地球温暖化を危惧しているあたり、食物も室内のエアコンの効いた部屋の中で栽培され、食肉になる動物なんかももうすでにだけども室内が普通。自分たちが求めている方向性に進んでいるだけなのに、どうして地球温暖化を危惧するのだろうか。地球温暖化は従来のビジネスを塗り替えることのできるビジネスそのものだからという要素は強いであろう。

オゾン層を破壊するということで代替フロンが生み出され、多くのエアコンや冷蔵庫のフロンが代替フロンに置き換わったが、その第一波に大量につかわれた代替フロンもオゾン層を破壊するタイプで、それが20年、30年、オゾン層を破壊し続けるけども、だれも騒いだりはしない。けど、それ騒がないといけないんじゃないのか?

2000年以降のクリーンディーゼルの歴史も、まさに環境を破壊し続けた黒歴史で、不正がばれるまでディーゼルの排ガスをまき散らして、地球環境を破壊し続け利益を上げてきた。環境を謳う者たちが環境破壊の元凶になることは多く、作り替えた分余計に環境負荷は高くなっていたりだが、罪悪感を利用して自分たちは儲けるという裏側がある。

新しいものに買い替えを促すようなビジネスモデルは、アスベストをあがめてきたのと同じような感覚がある。その場しのぎに人々を騙し責任逃れで大儲けしているような人たち、チェルノブイリを笑ってた日本がメルトダウン隠しで責任逃れで、人間が完璧じゃなく、地下から放射能が地下水通じて漏れて無限希薄されたから救われただけで、海洋に放出されなかったら福島も石棺化するしかなかっただろう。
2021年10月02日
6年ほど前までいろいろとお世話になった大坂の問屋さんが廃業されていたのをネットで検索して廃業されたのと知ったのが今日のこと。私が一番最後、社長のお電話での会話がうまく話せておられないのを感じてご病気を心配していたのだけど、元気だとおっしゃっておられたので大丈夫なのかなあと心配していた、のが最後。

その問屋さんの一番の得意先のアパレルさんもお世話になったのだけど解散をされていたのを調べてしった。日本の紳士服業界では最高峰のものづくりをされていたのだけども、全国の百貨店を主体に展開されていただけに、コロナの影響は一番くらいに受けられていただろう。

最後、長年、お世話になった方々にお世話になったお礼もいえずに終えられてしまったのが残念である。同業者の方にお尋ねして詳細を教えてもらって実際にその問屋さんも生地を使ってくださってたブランドさんも昨年廃業されていたのを知った。

コロナ以前にも昔からの形態の繊維業界は難しくなっていたのだけども、このコロナ禍の2年間でまったくもって昔ながらの形態が成り立たなくなったのを感じる。林与もたまたま残れていたりもするけども、残っていたら残っていたでそれはそれで成さないといけないことは多かったりする。

企業というのはある程度大きくなると、自分がどうするというよりも、世の中の流れ次第なところがあって、自分の頑張りでは無理なことも多いだろうと思う。特に、分業化が進んでいると一人が無理をしたところで何の意味もなかったりするし、他の人の仕事に手を出すとややこしい話になるだろう。人を多く抱えているところほど、存続の局面でも、無理はできなくなる。

世の中の流れに逆らうことで、他とは違うような世界が出来上がり、作るものも普通とは違うものにたどり着ける気がする。気がするだけかもしれないけど、林与が残っているのも、商品云々がじゃなくて、ものづくりに対する考え方の違いがあって、そこに同調してくださる方がいてくださるからだと思う。

コロナで日本が特別だと感じたのは、お母さん方が家族のために手に入りにくいマスクを自作するような考え方。ほんと日本の昔の世界を感じて、そういうのはもう他の国では考えにくいくらいにない世界。そしてそれを大事に使って身を守る。最初布マスクを馬鹿にしたのは日本の政府で、結局、海外で20円から30円の布マスクを国民の税金使って何百円に化かして業者に中抜きさせて、国民が困っているときに国民を余計に苦しめるような愚策ばかり。
2021年10月01日
9月末はいろんなことで本当にヘトヘト。体力も尽きて引き戸を片手で引くことも難しく両手で引くことも難しいほどに体力もなくなった。数キロの力が指先にこもらないほどだが、いろんな案件を前に進めていくには目の前のこと一つ一つから。

一つ仕事をしようとするときに、十か所以上の注意点を作業する人に伝えることが普通で、作業する人がその注意点を当たり前に作業をしてくれるとよいのだけども、私のように他の人に細かく作業を分かって指導できる人というのは、いないだろうと思う。そういう指導をすると普通は作業している人の反感を買うので教えるくらいはあっても、駄目な時に指導する気持ちにすらならないのが普通だから。

私は、子供のころから知っている親やおじさんにでも仕事が駄目だと駄目出しするタイプなので、駄目になった仕事でも成り立たせることが出来るんだろうと思うが、昔ながらの仕事というのは、仕事感覚からして難しく、今の時代には通用すらしにくい。

昔は普通だった問屋さんとかがほとんど存在がなくなってしまったのも分かる話で、問屋さんの人と話をしても、間に入って伝聞役的なのだが、その伝聞役としても、理解しておらずに間違って伝わってしまうことのほうが多くなったりで、仕事もぐちゃぐちゃになりやすいとか。説明を理解してもらうが難しいので、すごくシンプルな仕事しか難しく、新規のごちゃごちゃした企画を持ち込まれると、それなりにごちゃごちゃした説明になるのだけど、それを受け入れてもらうのが難しく、そういうごちゃごちゃしたことの準備も問屋さんもその先さんも覚悟がないことがほとんど。ごちゃごちゃとして売りをつくりたければ、自分がそれなりに覚悟してごちゃごちゃの費用くらいは負担する覚悟がないといけないのだけど、試作費どころか試作の送料とかも払いたくない業者さんが多くなっているのがいまの日本の繊維業界で、本当の企画者が不在で、いろんな案件に便乗して儲けるだけの企画が増えている。
2021年09月29日
なぜ海外で生産するのかは、自分たちが自分たちが仕事したくないから。本当か嘘かは別問題としても強制労働が起こるのも誰かが仕事しないといけないのに自分たちが仕事したくない人が増えて他の人に仕事をさせようとするから。

自分たちが自分で仕事したくない人たちが、その仕事を他の人たちにさせてそれでいて雇用を生み出し国際貢献とかの美談にもっていく。日本の大手が何千億の利益あげながらその利益が生まれる背景がブラックボックス的な本当か嘘か分からないエシカルなものづくりにつながってしまうエシカルだと一番駄目な話そのもの。

日本の最大手クラスですらも、エシカルを謳い消費者を誘導して利益を上げながらも、本当にエシカルかどうかもわからなく、海外のサプライヤーにまかせてあるで逃げて何千億利益を上げている話。そういうのが一番駄目で、それはエシカルどころか、エシカルが否定すべき世界。だが、それが日本の大手のエシカルのレベル。そういうのに日本の消費者が共感し感動しているうちはよいけど、いざ問題が起こると、謳ってきた人たちがサプライヤーにまかせていただけみたいな、普通の商売の損得レベルでエシカルを謳っていた素人未満そのもの。自分たちが働いてエシカルを生み出しておらず、結局は末端のオーガニックコットンを自分の手でつむ程度の仕事も覚悟もない人たちが、オーガニックコットンを謳い消費者をオーガニックの世界に誘導して、日本で普通以上の生活もとめながら利益を上げていただけの話。

日本の麻業界でも常にあるのが普通で、最近ではアイリッシュリネン偽装。2000年以降まったくアイリッシュリネン糸なんて手に入れるのが難しいのに、2000年以降も安いアイリッシュリネンが出回っていたのが日本の繊維業界で、私自身が中国紡績の中国糸のものだと断定するだけの話。そしてアイリッシュリネン糸はもう手に入れることのできない幻だったという現実が知れ渡る。素人の問屋さんとかブランドさんだとそういうものを求めて魚心水心で、売りにして消費者を騙してのよくある日本の繊維業界の縮図。

自分が働いて価値を高めるじゃなく、価値のあるものを求めて安く買いたたいたりしていると最後は偽装につながり、日本の百貨店業界が対策に困り果てたカシミヤ偽装などもその類の話で、今でもカシミヤなのかどうかは常にグレーな世界が存在していたりもする。

繊維の世界では検査証でも偽装するとかが常習化していることもある。絶対に通らないような検査基準があってそれを通さないと、納品できない生地となるときに、正直にいるか偽装に手を染めるのか。正直に伝えて難しい話を店頭までもっていってもらってデメリット表示で解決するとかが正しい手法。
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