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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2026年04月20日
暖かくなって本当に過ごしやすくなって大助かり、昼間は、Tシャツ1枚で過ご過ごすくらいが良いほどに、今年の夏も暑くなるのかもしれない。

数回、極楽湯に行って足が楽になった気がしたので炭酸入浴がよいのかと思って、今までは全く興味がなかったのだけども、家のお風呂で使う入浴剤を購入して使ってみた。どうせならとおもいメディカルバブみたいな名前の泡が10倍というタイプ。これで足の水分が抜けてくれるとよいのだが、とりあえず、普通のお湯とはまったく違う入浴間で足全体が温まっていて悪くなく、普通に立ち仕事などで疲れている脚の疲労回復にも役立つだろう。

今日の夜も倉庫で検反や修整などを行いながらとりあえず時間は関係なく疲れるまで働いて疲れたら休んでの繰り返し、あまり無理はしすぎないように短時間に極端に詰め込んで作業するのではなく、全力が出せないので負荷を落としながら、その分、時間を長く使うことで作業の正確さなどで作業効率を上げて、修正などは特に集中力が大事なので、結果重視の仕事目線での作業。

今日も一つ運送会社に荷物を夜に持って行ったけども、日曜日でも一人で営業所を回しておられる顔なじみの方がおられ、そういう方の存在というのは他の時には何十人も出入りしている運送会社だけども、仕事の少ない時には一人でもすべての業務を回せるみたいな人の存在も大事だったりして、そういうのはすべてに精通しているような人でないと難しくて、ワンオペが当たり前にこなせるようなひとや自分自身でその場で自分で判断でき実行できる人というのはさすがだなあと思える。
2026年04月16日
林与のハイエースの後ろには、簡易の自動ポンプ付ベッドと防寒タイプのシュラフを置いてあって、遠出したときに無理をしすぎないように、サービスエリアなどでは疲れた時には長距離のトラック運転手よりも広々と横になって眠って休めるように用意してあり、眠気を我慢して運転することも避けられる。

今はなるべく限界を超えすぎないようには注意そしていて、仕事や作業などは限界を超えることもあるかもしれないけども、車の運転などは無理をしないほうが絶対によいし、仕事を限界までやったときに自分の体力が足りないと思ったときには身内で代理の運転手を探して助手席に乗って納品とかも多くなった。車の運転に関しては、年も取って来て無理をしないようには心掛けるようにしている。

ハイエースは貨物仕様で、横にバーが走っている。貨物仕様のタイプにはあのバーが必須らしく、多分、後ろに積んだ荷物が急ブレーキを踏んだ時に前に慣性の法則で移動し続け、運転席を押しつぶさないようにあのバーがあるんだろうと思う。貨物として、金属パイプとかを積んでおくと非常に危険だろうと思う。自己の時に急ブレーキなどを踏んだ時に運転席を貫いたりフロントガラスを貫いて、対向車両に飛んでいったりとする可能性もある。室内の荷物であろうが金属のパイプや棒っぽいものは相当危険で、車内でも事故の時の急ブレーキなどを想定すると、荷物は高くは積まないようにしておかないと危ないと思う。

最近、新東名を制限速度の120kmで走ったのだけども、新東名はやたら横風がきついところが多く、車が横風に吹き飛ばされそうになる、大型のトラックでもなかが空なら十分横風で横転する可能性もあるだろう。ハンドルを取られるくらいの横風が普通だから、なるべく山側のレーンのほうが安全だろうか。横風も強すぎるから、横風対策の暴風壁みたいなものが必要な気もするけども、相当な費用となるので無理な話なのだろう。台風の時とか、車が飛んだり横転してしまうだろうと思う。鳴門大橋を渡っていた時もかなり横風はきつくてハンドルを取られそうになったのを覚えている。
2026年04月14日
サクラが咲いて散ったかと思いきや、急に暖かくなって昼間は20度を超えて昼も夜も過ごしやすい。すごくありがたいことなのだけども、天気が良くなってカラッとなると、麻は織りにくく、噴霧器で強制的に湿度を糸に与えて織らないとならないのだが、キズが増えてしまうのが厄介で、これからの季節は麻が織りにくくなる。

立ち仕事の連続で足が重く、疲れ切ったときには横になって眠るのだけども横になっているだけで人生の幸せを感じるというのは、別に悪いことでもなくて、今は動けるときだから動けるだけは動いて、将来動けなくなったときに、動けるときにもっと動いておいたらよかったのになあと後悔しないようにしておきたい。人はいずれ、年を取ると動けなくなるもので動けたとしても力を出せなくなるし、気力も強くなくなって全力を出せなくなるもので、全力を出せるときには出しておいた方が林与自身的には良いだろうと思う。

人はそれぞれなので、違う価値観ももちろんあるかもしれないけども、林与にしてももう職人さんの3人分くらいの経験はしてきたし、繊維業界で、家族を抱えて仕事を続けたいのにやりたいのに経営が成り立たなくなったり、家族や従業員を抱えて本気でやろうとして働いている人たちでもギリギリのギリギリまで仕事になげうっても、本当に難しいような日本の繊維業藍の難しさがあったりもして、それでいて、なぜかSDGsとか、日本国内が一番厳しくて、日本のルールを海外に生産を持ち込んだ時に日本製品を途上国価格でつくれというのも、できなければ契約解除、守れなければ終わり、それが日本の海外進出でみられる多くの例で、日本の大学卒の人でも作るのが難しいものを海外の中卒の人たちが働き始めた日から背負っているのだけども、それも悪いばかりの話でもないと思う、まともなものもできないだろうし、でもそれでも最初のチャンスをあたえられるだけ世界の繊維業界というんはだれにでも門戸を開いているなあと思う。

数日前にも、世界の繊維業界を救うようなプロジェクトの方と話をしたけども、根本的なところで噛み合わないところが多いのがやはり限界が大きすぎて、それはどこどこの責任とか、よいことをやってるのになぜあなたが邪魔するのですかとか、でも、そういう方々の繊維業界の良いことというのは成り立つべくもない感覚ばかりで、成り立たないときに成り立っていないのに成り立っているように裏側を関わる素人の業者にも説明しないのは問題だなあと思う場蟻で、そういうの日本でも誰も分かって言う人もいなくて、日本でそんな状況というのは昔からあったことでそれを乗り越えて日本の繊維業藍の覚悟の凄いが有ったのにとは思う。

世界でもすごい謳いがどんどんと他を淘汰しながら全くできてなくて、ドイツのフォルクスワーゲン社のクリーンディーゼル偽装が世界NO1のシェアの20年、なぜか、日本のハイブリッドもリッター40kmに達するのかと思いきやいまは25kmあたりで、昔ん日本の刑事奏者の燃費レベルで、似たようなもの。めくれるばかりのエシカルエコサステイナブルで、消費者から巻き上げてきただけという実情は空しすぎる。

昔の車は20年でものれたけども、今の車は5万キロくらいがせいぜいというレベル。実の姉が日本車に乗ってるけどディーラーもいうのに5年くらいでもう故障が多発しはじめるから早めに売って買い替えたほうが良いとかアドバイスされるとかで、実際にいろんな箇所の不具合が起きたりしている。新車で買って5年でそこまでトラブルに見舞われるというのもメーカー次第なのかとも思うけども、林与のような堅牢派思想の考えだとぼろくても良いけども安定していて壊れないものが一番に思える。

今、暖かくなってきて、シャトル織機も15度も温度が変わってくると、Vベルトと呼ばれる合成ゴムのベルトも高温になりがちで、緩めて上げないといけなかったりして、ほんとそういう調整にしても誰も教えてもくれないから、林与も自分自身で調子の悪いのと向き合いながら、本当にこれで大丈夫なのかも分からないまま自分の考えを信じて調整を掛けてうまく行くならそれが正解。ただし、織機は正直でそういうときには今までとは違った動きを見せてくれて、それが織機からの調整必要の合図でその意味を正しく解してあげないと、間違った調整委つながったりもして、織物の仕事って本当に怖いなあと思うあたり。普通のサラリーマン感覚だとそういうところまでは気が付かないのも当たり前におもえたりもする。4時間うごかして、とめて、また4時間動かして止めてだとベルトもそれほど熱くならないのでそういう問題もないかもしれない。
2026年04月09日
あたたかくなって、桜も咲いてちょっと幸せ気分。今年の冬は雪はそれほどでもなかったけども長く寒く感じた。まだ、暑い方が今の林与の体調にはあっているので、夏に向って夏らしく暑くなっていってほしい。

イラン戦争の行方が心配ではあるけども、武力があれば武力で相手から資源を奪い取るというアメリカトランプ的な正義。奴隷制度の時代に戻った感じで、トランプもそういう本心を隠せないある意味正直な人なんだろうけども、プーチンのウクライナ侵攻を正当化するようなロジックでの言動ばかりなので、今までアメリカが戦争をするときにもそれなりに大儀はあったが、第二次トランプ政権でここまでかつてのアメリカの大義すらも失って、アメリカの国自体が安定性を失ってしまった感がある。アメリカ国民の本質がトランプのような感じというのが基本的には古典的な悪い意味でのアメリカ人像だったりするけども、他のものを支配するというよりは、アメリカの独立の精神的な、全世界の人々の自由を尊重するような哲学すらもなくなり、世界の多くの国から愛されてきたアメリカの部分を失ってしまったような気もしてそこが残念ではあるが、それほどにアメリカという国の経済がどうしようもなくなっているというのがあるのだろう。

経済に関して言えばアメリカの物価高、日本の物価の3倍くらいが普通で、それを他の国が支えようとしても無理がある。何が一番の問題なのかというと、貧富の差が大きくなりすぎて資本主義の富めるものがより富めるような経済構造で、多くの人が物価高で生活が苦しいということ。金融や権利ビジネスなどが台頭しすぎて、一般の人たちが働くサービス業やものづくり産業ではお金が回っていないということだろう。
購買力平価などを考えると、為替は1ドル50円くらいが適切なのかとも思えるけども、日本の物価や賃金がアメリカに近づいて、為替はあまり動かずに物価が均衡に向かうのだろう。
2026年04月05日
一昨日くらいから、背中の左腰上あたりによじれるような苦しい違和感。不安不安定感を伴う、立っているより横になりたい感覚。もう20年くらい前になるのだろうか尿路結石を患ったことがありその時と同じような感じで、久しぶりにまた尿路結石なのかなあと思える。尿路結石も、日帰りで衝撃波で砕石してもらえたらありがたいのに、入院したりで点滴したり大袈裟に思える対応で、それでもそのときは衝撃波の翌日には石が落ちたので良かったけど、落ちなかったら、また、もう一回入院で超音波ということらしく。自然に落ちる可能性もあるということなので、その可能性に掛けてみるのも一つだし、しばらくは様子を見ようかと思う。中国の人が中国ではコーラを飲むと結石が落ちると言ってたので試してみようと思う。

2026年04月04日
昨年4人の若い方が車で林与に来られ、仕事を持っておられる方だが週末に土曜日だったか話を聞きにこられた。そういう方たちが会社で仕事をしながら日本の繊維業界で頭角を現すために自主的に勉強をしようと動かれていて、普通の従業員なら仕事イヤなのが当り前が多いけども、そういう人たちというのは自分の時間とお金を使ってでも仕事を極めようとされているので、働き始めた時から経営者感覚が身についておられ、当たり前に動かれている。普通とは違う考えと実際の行動も伴って、積み重ねられて実際の自分の仕事に聞いた知識などを生かして行かれば、次の時代の繊維業界の中心的な存在になられるも普通だろう。

若い人が夢で何かをではなくて、実際に普通に仕事をしておられながら、プラスアルファ週末や夜に集まって活動というのは、地場産業関係の後継者などの若いうちからの行動と似ていて、お金も貰えないのにやってられんわというよりも、地域のために自分のお金を使ったりして支える側が当り前みたいなのが地元の経営者の後継者たちだったりする。

普通の従業員とは違う超えられない壁みたいなものがあって、従業員というのは休日があると喜ぶけども経営者というのは休日に仕事したいと思うくらいやらないといけないことが多かったりする。林与の同級生でも経営者が多いけども、正月でも元旦や2日目から会社で一人で仕事みたいな人も多い、従業員は年末年始あるけども、仕事が止まっていても従業員も生活していくのに悪寒画が必要だし従業員のようなことは言ってられない。

若い4人の人たちはそれぞれ別の繊維関係の会社の従業員なのに自分のお金使って勉強して会社を回らせてもらって社長の話を聞きに来たりと、経営者っぽい目線なので、自分の勤める会社でも高いレベルの意識とパフォーマンスを見せられるだろう。日本の繊維業界も昔と違ってそのくらいやってないと、通用するような知識も経験も実績も積めないだろうし、若いうちから経営者の人の話を聞くというのを普通に対応できる姿勢というのは、一人でも会社の代表として他の会社の方と世間話なども含め、業界の実情を知ったり、自分と異なる層の人脈つくりに役立つ。

会社を支えるような側になるには、仕事の最初から仕事に関しては全力でやっておいたほうが広く深い見識を持って問題などにぶつかっても自分の力で乗り越えることができるだろう。そうやって教えてもらえるのも若いうちだけだろうし、数年もすれば教える側に自分が問題解決して教える側に回って経験を積んでいくことになる。繊維業界じゃないけどもある業界で日本ではNO1の会社だが、優良な会社だけども、技術者の方は朝の5時に起きて6時からでも現場に行って一人で開発の作業をされていたりと大企業でも裏側では、別格の人が支えておられ、大きな会社でも手本みたいな方。
2026年03月31日
アパレルの低迷がコロナ前の消費税の引き上げの頃に極端な買い控えで落ち込んだ後、コロナで3年間ほど店舗が閉鎖になったり撤退なども相次いで人員の削減なども行われ、また、3年間仕事がないというとで問屋業の方々も会社を閉じられたとろは多かった、製造現場である縫製業関連もミシンが大量に放出されるなど廃業ラッシュ、織物関係も工場のちょうど昭和のひと世代の終わりとも重なり廃業されたところも多い。

一つのブランドのお店でも国内の百貨店に50店舗あったところが30店舗になれば、生産量も減少することになる。そうなると今までのような計算では成り立たなくなりコスト上昇につながる。不思議だけども、売れないと値段が下がるというのが経済の需要と供給の原則なのだけども、製造コストというのは作る量が少なく成れば上昇してしまうし、日本の場合、賃金というものは上がり続けるという原則があったりして、コストを下げることは難しい。

コロナが明けてからリネン糸の価格がコロナ前の3倍くらいに高騰してしまって高止まりしているような状況で、需要が旺盛だからというよりも、単にウクライナ戦争で原材料のフラックスの生産量が落ち、高騰してリネン糸が高騰しているというような状況で、入荷量が減って運送費なども含む付帯経費も上昇し価格高騰に拍車が掛かっているような状況。国内にある糸在庫などは以前と比べると非常に少なくなっている。

中国で生産される繊維製品の価格高騰というものは日本に輸入され販売される価格も押し上げることとなり、以前はリネンシャツが2000円とかだったのが、今は4000円で安売りできなくなってしまっているような状況で、中国経済も日本以上に生活水準が上がりもう安く仕入れることが難しい。アメリカでも物価上昇が著しく、食料品など日本の3倍くらいの値段ということも多いし、カフェのブランチのチップで30ドルとか、生活が苦しいと言っているアメリカでは人々が生活してゆくお金が足りない状況で、日本や他国にアメリカへの投資を促したり関税を掛けて税収を増やそうとしているが、日本国内で500円から1000円あれば外食ができるというのは、欧米からすると低すぎる物価水準。

林与的には、頑張った国の人が幸せになればそれは良いことだと思うので、日本なんかは今は働きたくない風潮が蔓延して海外の働きたい人の意欲には及ばないところがある。日本も一番蓄積が必要な製造技術などを他国に譲り渡してしまい、最先端のスマホなども、中国でつくられていたりと、日本の立場というのは韓国に置き換わり中国に置き換わり、もう後戻りするとかも難しい。

今、日本は年金の破綻により受給開始年齢を引き上げるために、75歳定年を行おうとしているけども、50歳の人でも海外の20代の若者たちとの競争は難しいだろうとおもうのに、75歳で20代の人たちと競争するとかはあまりにも過酷すぎるだろうと思う。すでに競争力がないのにさらに競争力は落ちるだろう。

なんか野麦峠の時代のように、貧しくて生活の苦しい人々がいて特に若い世代に対しては生きてゆくのが難しい状況を作り上げてしまっている。その解決を国がしないで、民間の企業に投げて、給料をもっと払って幸せにしてあげろ見たいな官僚主義社会。どんどんと変な制度ばかり作って、今またさらに、インボイス番号やマイナンバー制度とか国民が必要ともしていない制度に巨額の税金が投入されて、対応するのが本当に厄介なことが増えるだけ。人々の生活が良くなるはずないだろう。


























2026年03月28日
昨日は、集落の文化祭関係の役の引継ぎ、最後にA4の用紙に7枚くらいだろうか展示物の写真をカラーコピーしたので30ページくらいの資料になっただろうか、とりあえず、2年間当たった役の一つがようやく終わって、一安心ではある。こういう資料関係というのはずーっと引き継がれているものなので、うっかりと無くしてしまったりすると大変なことになる。普段の仕事の資料つくりなどは、機を織りながらノートパソコンでつくったりしているが、集落の資料に関しては、ファイル一式からなるべく出さないようにして失わないように管理。

もう20年近くの資料をトートバック2つと、ファイルケース1つに分けて引き継いでいるので、トートバックの昔の17年分ほどは、見返す必要もないだろうし、わざわざ毎年役の人が持ち回るのも厄介だなあと思っていたのだが、次年度の方もそれをみて預かりたくないということだったので、事務局のどこかに保管してもらうことに決めた。こういうのってなるべく気軽に受けられるようにしてあげないと引き受け手を見つけるのも難しいだろうし、今年は林与が取りまとめたからといっても来年度は来年度で会議しながら話し合いながらやり方を模索してもらったらそれで良いと思うので、これは今年はこうやったけど来年はまたどうするかは考えてやってもらったらよいんだろうと思う。

行事などの運営が難しくはなっているような現状で、文化祭に出品くださってる方と会場でお話したりして感じたのが、自分の時間を創作活動に打ち込んで、人生の余暇の部分を過ごしてられるということ。書画や花や、布作品、瓶手まりなど、田舎の生活のなかに芸術的や美術的な高尚に思える世界があったりするのが意識の高い人が多いんだなあと思える。とりあえず、来年度も文化祭は続く流れになって前向きに動いてくださるのでありがたい。年配の方のグループや子供たちの草の根的な活動の発表の場にもなっていたりするので楽しみにしてくださる方は多かったりもする。

今は、資料にしてもパソコンで作らないといけなかったりするし、配布のためにプリントアウトするなども必要だし、役が当たったときにそういうのできることが大事だったりもする。遡ること50年前、小学校低学年の頃に、パソコンは親が女々しいと毛嫌いしていたので家になく、パソコン雑誌の付録のキーボードポスターで、ブラインドタッチの練習をしておいたのが、その後の一生の役に立っていて結局仕事にも役に立っている。自分で求めてやってたことが、結局は生きてゆくための強みとして働いている。ほとんど中古で揃えているので、壊れたらまた同じの中古で買って、林与的にはそれで十分で、格安でダメ元で手に入れたA3カラー複合機も、本当にうまく使えるかどうかわからなかったけども、家庭用とはくらべ物にならないほど綺麗にとれPDFファイル保存できるので十分以上に活躍している。こういう環境があるのはうれしいことだが、A3カラー複合機が3万円で手に入るとか、まだまだ使えるノートパソコンがSSDk化してメモリ増やしても1万5千円ほどで手に入るとか、本当にOA業界もびっくりの恐ろしい時代になったなあと思う。布が高く思われるのも仕方ないのかもしれない。
2026年03月25日
足がむくんだりするので、水分の取り過ぎが駄目なんだろうと、普段、すごく水分を取りすぎているのを少し改善しようと、今日は、無水カレーを作ってみた。ルーはジャワカレーで、ユーチューブ見て、白ネギと玉ねぎ2個と、冷凍野菜ミックス300gと、無塩のトマトジュース500mlほど使って。ジャワカレーの一番辛いみたいなスパイシージャワカレーでそれなりに林与好みの辛いのができた。これを食べると額から汗がでるほどで本当に体中が温まり、血行もよくなり元気でそう。

暖かくなっていているはずなのに寒気がするので防寒着を着込んだりはしているけどもそれでも寒い。これからは暖かくなってゆく時期なのでそれが救いではある。3月末、4月末、5月末に向けて織らないといけない目標のものがあって、今のアパレル不況の中でも、仕事を抱えて居られるということは本当にありがたいことだなあと思いながらも、どの仕事も普通以上に何度の高いものばかりで、自分との戦いのようなところがある。15年ほど昔はもっと糸も織りやすかったのに今の糸はどの番手もほんとうにキズになりやすく扱いにくい。

国内の麻業界もコロナとコロナ後の糸値の高騰で規模は、コロナ前と比べると麻のものは5分の1くらいに縮小してしまっているのではなかろうか、林与はあまり手掛けていないが、大麻関連の方は元気に動かれているとは聞いているけども、大麻糸も高騰で高級衣料向けだけに動かすのは大変だろうと思う。

世界を見渡せばウクライナ戦争もまだ続いているし、第三次世界大戦的なイラン攻撃も起こって、コロナが明けてからは、人と人とがぶつかり合う、国と国が府浸かり合うのが当り前の、エシカル、エコ、サステイナブルとはまったく反対の世界に突入。ファッション業界も政治の流れは受けていて、以前のようにエシカルエコサステイナブルを語る人は減ったと言え、ファッション業界や繊維業界も力で淘汰が進む時代への舵取り、作業したり働くということを重んじる地道な繊維業界という形が残れる余地があるのだろうか。戦争などをみていると、働いていることの非力さを感じ、民族や宗教対立の恐ろしさを実感する。殺し合ってでも混じろうとしない者同士を混ぜようとしないほうが良いのである。別々に存在するほうが幸せではないのか。おかしいなあと感じることには巻き込まれないような判断も大事だったりもするだろう。
2026年03月17日
林与のワークショップに参加くださったテキスタイルツリーの成田さんが参加したときのことをブログ記事にしてくださいました。
今回参加できなかったかたも、今回のワークショップの様子を感じていただけるかと思います。

https://textile-tree.com/blog/workshop/

ご参加くださった皆様、また会場にお越しくださった皆様ありがとうございました。
今回のワークショップは林与にとっての初めてのワークショップでしたので、林与の準備や織っていただく作業時間など、十分か
どうか分からない部分がありましたが、今回のワークショップの経験を生かしてより多くの方が初めての手織りで素敵なストールを
織っていただけますように少しづつ改めて行きたいと思います。
2026年03月11日
今日は、昨日の一番問題を抱えていたドビーの修理が完了をしたのだけども、修理を依頼する時に1日では修理できるかがはっきりと分からなかったので1泊で滋賀に来てもらって2日作業をしてもらう計画でドビー修理の専門の人と一緒に林与も作業を経験する。自分自身では修理できない案件を専門の人たちに来てもらって治るかどうかは分からなくても可能性があるなら見てもらって作業をしてみるというのは、仕事の一部で、専門の人が嫌がらないなら助けになりそうなら一緒に作業をして修理作業の力仕事を手伝ったり効率を上げたり、一緒に作業することで問題も見えてくることも多いし、林与の織機なので直る可能性に掛けて作業をするというのは、普段の織物の作業と共通することでそういうのが自立して仕事をする感覚だったりもすると思う。

今日も朝の9時前から午後4時過ぎまで作業をして、3台のシャトル織機のドビーの針箱を取り外して織れたブラスチック部品の交換を行った。初めての経験であろうがやって答えを出せるかどうかが大事で、ドビー修理の方も林与の持っている織機のドビーのメーカーの専門ではないし、分からない部分もあるので修理をするのを敬遠されてはおられるが、林与自身のなんとか直そうとする気持ちを伝え修理作業を進めてもらう。どのドビーも似ている部分があるだろうが、メーカーごとに構造が異なる部分もあって、調整なども同じようにできるわけでもないが、ドビー修理の専門の方だけに、埃だらけになったドビーにしても洗いを掛けたりオイリングもしてから付け直すなど、単なる不具合部分の交換というだけでなく、それなりにレストア的に全体の動きも良くなるようにしてから取り付け直しで、より長く安定して使えるだろう。

林与自身、こわれやすいドビーには頭を抱えていたので、今回2日の修理に立ち会って一緒にすべての作業を説明してもらいながら4台も経験をしたので、普通のドビー1台分の修理の4倍くらいの経験にはなった。慣れないメーカーのドビーなのにその場で構造を理解して調整も正確に行って、そのやり方まで説明してもらえて、本当に良い方に見てもらって思っていた以上の2日間の結果で、はるばる来ていただいただけでなく結果まで良い結果だった。

この織機のドビーを外すだけでもコツをつかむまでは一苦労だったが、この2日で部品取りようも含めて5台分外したので、たぶん一番正解だろうと思える外し方にどんどんと近づいて、取り付けにしても1台目よりは2台目、2台目よりは3台目、3台目よりは4台目の取り付けが早くなっていくなど、経験して慣れて効率が上がって、最初のどうしてよいのか分からない状態から、これが最適に近い修理方法だろうというのに近づけた。

壊れたプラスチック部品の交換もパズルのようなコツがあって、一度外すと、ななかな戻しにくく、一つのやり方でしかうまく填まらない。一つのプラスチック部品の交換に関して、プラスチック部品本体のほかばね2個横梁2さらに縦にスライドする金具をはめ込まないといけないのだけど、それも相当やっかいな作業で間違った取り付けになりやすい。

また勉強になったのが、ドビー全体へのオイリング的なこと、全体的にオイリングが衰えてくるとどうしても抵抗が増えてドビーに負荷が掛かったり、重力で落ちるべき部品が落ちなかったり、ばねで引き上げられるべきものが戻りにくかったりしてドビーの動きが不安定になりやすいということも、洗浄作業をしているときに動きにくいパーツがあったりするのを観察して、部品が正しくついていたとしてもゴミなどの抵抗で正しく動かないということもありうるのをよく理解が出来た。

専門の方というのはこういうのを一人で黙々とやられているのが仕事だけども、織物工場で働いている人でこういう作業を黙々とできる人がいるだろうかと思うとなかなかいないだろうなあと思えたりはする。林与とかは織機が正しく動かないと正しく動くように必死になるが、勤めて働いてい人だと他人ごとだったりというのも普通のことだったりして、普通に動く織機でも織るのが面倒だとかいやだとかも普通の感覚としてありえたりするだろう。こういう深い経験を積み重ねてそれを仕事だと思える人っていうのが大事だろうと思う。そう思って動いているから林与にしても織物工場をやっていけているのだろうと思う。

2日の経験でも、普通の人が一生できないような経験が出来たりもして、普通にサラリーマンしていたらこういう経験って難しい話だろうと思う。お金も労力も時間もそして覚悟も必要だし、普通の感覚だとお金にならないんならやってられないわみたいなのが当り前の感覚で、逆に自分が持ち出して働いて動いてものづくりの環境から育んでいける力からというのは、今の時代にはありえないほど、普通は職人レベルでも一生でも絶対に経験できないようなこういう経験を本当に覚悟してというよりも日常の当たり前としてできる人でないと無理な世界があるのだろうと思うし、こういう林与の普通の作業に思えることも熟練の経験者レベルでも10人に一人か二人いるかどうかの話で、解決しないままだったのが昭和の時代でも同じで、サラリーマン化してしまった、ものごとが難しくなるばかりの繊維業界で、本当に働いて解決して背負って行く人でないと1回の仕事の成功すらも難しい。

今の時代の感覚だと180度反対で無理な世界が今の感覚を支えないといけないのがモノづくり業界で、そこが本当に大きな問題だろうと思う。ドビー朱里の専門家の方にしても、話をすると林与と似たような、他の人の何尾もすでに働いたのでもういつ尽きて雄も十分だし、でも、物事というのは、それなりに結果を出さないと駄目だという責任感を持っておられる方だから、精一杯やっているうちに応えにもたどり着こうとしてくださって結局は答えにたどり着けたのもそこなんだろうと思う。

今の日本の時間から時間の仕事感覚だと50年週40時間普通に働いても現場の織り子さんで終わってしまうだろうし、1日でも2日でも、とことんやれるような人でないと、どんどんと衰退してしまって方向転換すらも難しくなった業界を支える側にも回れないだろうと思う。今回の問題にしても専門家の人の問題じゃないのだけども、林与の基本的な問題が望んでいるように解決するように出せる全力をくださった。そういう専門家って少ないことの方が多くて、利用したいだけの専門家というのが8割くらいで、本当の1割とか2割くらいの専門家の人と関わるべきだろうと思うし、立ち会ってもらうときには自分自身も出来ることは全力でやって精一杯に動いている必要があるだろうと思う。

普段、他の林与と関わる人に林与が期待していることを林与自身の姿勢としてやってみた2日で、全力も出せたし答えも出せたし、いろんな問題が解決もできた。でもこういうことって、普通の日常の仕事でも当たり前で会ってほしいけども、そういう感覚自体が日本では仕事で働くのが嫌から始まってできることもやろうとせず要求ばかりが多くて難しい問題があるだろうとは思う。
2026年03月09日
東京から6日のお昼前に滋賀に戻って、相当の疲労感でこれを元に戻さないと本業の現場の仕事というのは非常に負荷が高いので、とりあえず、9日が大忙しの日となるので、できていなかった出荷などをすませて、なるべく7日8日と長めの入浴を1日に2回するなど睡眠も極力とって体を休めた。滋賀県に戻って気が付いたのが滋賀県は寒いということで、本当に寒気がするくらいに寒くて、もう一度雪が降るんじゃないかと思うくらい。

今日は9日で、朝から京都の北山に手織り機を一台取りに行って、午後からはドビー修理の専門の方に来てもらって一緒にシャトル織機のドビーが正しく動かない問題を見てもらうことに、林与一人だとどうしても動かしながらドビーの動きを眺めることも出来ず、二人で何が問題なのかを織機を動かす人と動いている織機を観察する人に分かれてが、最善の解決方法。

来てもらって、タイミングの問題を調整してもらってうまく動き始めたのだけども、寸動ではうまく動くけども、運転に入れると綜絖枠がすべて落ちてしまう謎不明の現象で、これは本当にこまって解決が出来ないかと思ったときに、林与も一度ドビーを完全に分解しているので、中の構造がある程度分かって、動くべきところが動いていない気がして、ネジが1本緩んでいたことで動いているべきところが動いていなくてそのネジを締めたら正しく動き出した。

これほんと、仕事の怖さで、いくらシャトル織機があるからといってもシャトル織機が正しく動かなければ、仕事でお客さんに迷惑をかけるだけに終わる。今はメーカーも織機をメンテナンスできる人もいなく、林与の織機のドビーはメンテが難しいとされるドビーのメーカーのもので、本当の専門じゃないのに無理やり頼み込んでドビーを一緒に見てもらって治るかどうか、やってみるしかないということで、一旦は途中で座礁に乗り上げかけたが、そこからなんとなく原因がたまたまここではないかと疑ったことで、修理の方の知識と経験と推測から原因にたどり着けた。

もし、今日と明日、二人で作業して見て無理だったらこの織機を使うことはあきらめるか、他の織機のドビーを移設して、他の織機を1台部品取り用にするかという、今まで調子よく動いてきた織機を1台駄目にしてしまう話で、それでもうまく織れないとかなら、ずっとやってきた仕事ですらも断念しないといけない話になる。織物の仕事は本当に甘くないなあと思え、結果がすべてで結果が出せなければ、最初から仕事を受けないほうがお客さんに迷惑も掛からない。

仕事というのは受けた時にはこれからの仕事なので不確かさがいつも付きまとう、今回は織機の古称の問題だけども、糸の入手の問題、糸の問題、染色や糊付けの問題、織キズの問題、加工の問題など、いくつもの工場が関係していたりして、その工場の中でも何人もの人が関係していて、組み立て業とは違って、織物というのは後戻りできない作業なので、問題を問題のまま織ってしまったときにはそのあと製品になることも考えると被害が出どこまでも広がってしまうので、問題を見つけた時には、問題を根本的に解決しないと作業を進めてはいけない。

でも織物の仕事というのは本来そういうものだろうと思えたりもして、多くの問題と常に向き合って、解決して行けないと一つの仕事すらもうまくは行かないことのほうが多い。こういう問題にしても、何十年の職人さんであっても解決が難しい問題だろうとは思うし、それでそのまま織機がそのあとずーっと動かないということもいろんな織物工場でもよく起こりがちだったりもする。
2026年03月05日
手織りアルパカ混ストールワークショップで、一番心配だったのが、みなさんが2時間半程度で1枚のストールを織りあげられるかどうかというあたり、初めての手織りで1枚のストールをいきなり織りあげるというのは無謀な試みだったりする感があるものの、参加者の織っておられるのを見ているとそれほど大きな負荷ではないように思え、楽しんで織ってくださって、織られたストールにしても仕上がり感は本格的なものなので、お持ち帰りいただきお使いいただける。

自分で織ったストールを実用的にご愛用して頂けるというのは林与的にはすごいことに思えたりして、今回のワークショップで感じたことは、この手織りアルパカ混ストールワークショップは、林与の中では思った以上に好評感があったように思え、林与の手織り織機の準備不足感も多少はあったものの大きすぎるトラブルもなく、初めての方でも安定して織っていただけていたように思える。


ワークショップと手織り無料体験を開催するということで、集めてきた織機をアルパカストール用に4台立ち上げて、赤、ライトベージュ、カーキ、ダークグレーの4色の縦をそれぞれ作った。織り始めるまでの準備はそれなりに大変だったけども、すごく単純な織機でストールが手織りできるというのは目からうろこ感がある。結び房をつくるのも短時間で皆さん仕上げておられ、問題は無いように思えた。あとはご家庭で、洗って脱水して干してお使いいただくだけ。ご自身で作られたものだけに、お使いいただくときにもっと楽しくおもってもらえるのではないかと思ってたりする。あったかさをご実感いただきたい。

アルパカの糸というのは、ラクダであるアルパカから3kgとかしか取れないもので、ラクダの色も白から黒まで一頭一頭の色が異なるので、同じ色でもロットによって色が異なるという特徴があって、入手する1kgごととかで色が異なってしまうのが特徴で、そこが厄介なところだけども、合成繊維なら色が安定していて当たり前だけども、アルパカらしい特徴の一つだと思える。縦と横の色味が同じ色でも若干異なるのが当り前みたいなのは、仕方のないことと考えていただくしかない。微妙に色が異なるのもかわいいかもしれない。

知人の方に、手織り機を組み立てるのを手伝っていただいたけどもそれも貴重な経験だったかもとポジティブにやればできるみたいな参加型。組み立てるのを間違えたりしながらも、パズルのように正解を探しながら手織り機を組み立てる。4台のパーツすべてちゃんと会社に忘れることなくワークショップの会場に持って行くことができたというのは、うっかり一つでもパーツを忘れると1台が動かなくなるので、全部4台とも
動いて良かった。手織り無料体験の1台も合わせると全部で5台、テキスタイルの展示会の会場の雰囲気を盛り上げるのにも一役になったのではないだろうか。一方で、ワークショップの準備のために、ハイエースのスペースが足りなくて反物をもっていくのあまり持っていけなくなってしまった。

手織り無料体験やワークショップは、楽しんでいただければそれが一番だと思っていて、興味のあられる方はぜひチャレンジして頂きたい。手織り無料体験は無料で、ワークショップは500g程度のアルパカ混糸の材料費込6000円で、織ったストールはお持ち帰りいただきお使いいただけます。無料手織り体験の織機は東京手織織機のスーパーミニ、ワークショップの織機はさをり式織機の城型織機です。手織りの体験を持っておられる方は、創作的な織物を織ってくださっていたので、アドバンスドなことも参加くださる方によっては単純な平織の織機でも工夫次第でいろんなことが出来るんだなあと勉強になった部分もありました。

昨日の夜もホテルで2台の機に糸を通したりでワークショップの準備。織り始められるとセルフサービスでほとんど問題なく織って下さっていたので3台目4台目の織機を立ち上げにぎやかな雰囲気になった。終って疲れすぎていて体力を回復しないと歩いて10分のところに手軽な焼き肉の食べ放題があるということで歩き始めるも本当に疲れていてレバが美味しかった。ビールも何杯も飲んでシャワー浴びてようやく数日ぶりにゆっくりと休めた。
2026年02月27日
2月末も近づいて、休日ながらすこし作業をしながらも休んでいるときに頭によぎったのが八王子の道明さんが今月末で閉じられる話、ストールブームのときには仕事を一緒にしてお世話になった仲だし、個人的にも遠いが親戚筋にあたり、また先代同士が近江八幡商業高校出身の繊維業界の仲間であるという感覚で、ストールブームの時には夏の麻のサマーストールの仕事の多くは林与が引き受けて作らせて頂いた。最後にお礼の電話をしげおかないといけないとおもって電話させていただいた。

会社を閉じられるのは、やはりご子息が別の仕事をされていることと作り手の高齢化の問題で、今はストールと言おうと秋冬向けのウール系のストールが主たるものなので、生産時期が夏場で現場が熱くてやってられるのが恒例の親方たちで、凝ったストールなどは無理必要で、そういうのに限界も感じられて、道明さん自体ももう平均的な引退の年齢近くで、50周年という節目の年に、お客さんにも迷惑を掛けない形で会社を閉じることを告げて新規の受注を受けない形dえ1年掛けて受けた仕事を終えて正式の終業をされるということで、2台に渡り日本のストール業界をけん引されて来ただけでなく、八王子の繊維産業が衰退する中で、元気な繊維企業として最後までやってこられた。

糸を支給型の仕事というのが糸が織れないとか問題があるとかが増えて来て、糸支給の仕事は受けないことにしたときに、道明さんの仕事からも離れることになったが、最後まで同じスタイルで仕事を貫かれここ数年、さらに国内でのものづくりが難しくなっているので、よく今までやってこられたなあと感心するほど普通は出来ないことをやってこられたと思う。滋賀県ともゆかりが薄く成られてでもまた滋賀県にも奥さんと一緒に林与に伺うよといってくださっててその時には食事でもしながら団欒が出来るのかとも思う。

アパレルが主体だった林与からするとストール業界というのは異業種的な感覚で、いわゆる付属と呼ばれる、かばん、かさ、ぼうし、ストールのようなアイテムの世界。八王子ももとはネクタイ生地の産地で甲斐シルクが、甲斐街道をへて八王子で織られていたのが八王子の地場産業的な織物産業の特徴でその面影というものもほとんどなくんなってしまっているような状況だとは聞いているが、八王子の織物組合さんも展示会などで出展されているので、まだネクタイ生地などを織られている会社さんが残っていた利するのだろうか。一度八王子の会社のシャトル織機を見せていただいたときに、シャトル書記の薄路がすごく長く、いわゆる絹織機の特徴があった。キビソなどを取り除くために織りながら経糸のゴミを取り除くために長く作られている。

富士吉田も今は、レーヨンやキュプラなどを織られている工場が多いとは聞くが、もともとは絹織物の産地で、徐福伝説が本当なら2200年前からの絹織物の産地ということになる。蚕は中国から伝わったとされ、明治期の近代化以降、戦後日本に掛けては日本のシルク産業は世界一といっても良いほどだった。今の日本からはその技術は消えてしまった。
2026年02月27日
ワークショップの時間枠が予約で埋まりました、ありがとうございます。当日は参加費6000円をご持参の上、4階北のFABRICa NIPPONのイベント会場までお越しください。遅れられた場合などは織っていただく時間が短くなってしまう可能性がありますが、その織機の次の方の予約がない場合には2時間半おっていただけますので、間に合いそうになくても会場にお越しくださるか、遅れそうな場合にはメールにてご一報ください。ビル内も広いので結構迷われるかもしれませんので、30分くらい前にはビルの入り口についていてくださった方が会場までたどり着きやすいと思います。

手織り無料体験は1台の東京手織り織機のスーパーミニを平織モードにして18cmほどの幅で超簡単手織りを体験頂けます。どなたでも無料で手織り体験ができますので、初めて手織りをやってみたいと思われる方はぜひトライしてみてください。最大5台の織機を1名で担当しますので、ワークショップに時間制限がありますので、手織り対応は後回しになりがちかもしれませんが、その分自由に体験に長けるかと思います。

今回、会場にも、麻生地、リネン生地、ストール生地、キッチンクロスなども即売しておりますので、気に入ったものがあられましたらご購入可能です。ヘルプの男性は縫製が出来る方なので、縫製でことにかんしてヒントなど貰えるかもしれません。林与はワークショップ対応がメインになりますが、手が空いていれば生地の質問などにもお答えが可能です。

林与にもワークしょぷなど開催されています、他の出展者も物販されていますので、お時間のあられる方はぜひご検討くださいね。一般の方はマーケットゾーンのみの立ち入りが可になります。ビジネスゾーンは業者さまオンリーです。
2026年02月05日
3月4日5日に東京都の浜松町の東京都立産業貿易センターにて開催されます2027SS FABRICa NIPPONのマーケットゾーンに出展します。今年は、無料手織り体験のほかに、アルパカ混手織りストールのワークショップを行う運びになりました。麻織物の林与ですが、麻を初心者の方が手織りするのは非常に難しいので、2時間くらいで織ることができる、太いアルパカ混紡糸なら初心者の方でも織れるだろうと、有料(消費税込6000円)になりますが、手織りストールのワークショップです。現在予約を受け付けております。

2027SS FABRICa NIPPON の詳細は、
https://www.klaboratory.net/fabrica-nippon-2027ss

手織りストールワークショップの詳細は、
https://www.klaboratory.net/fabrica-nippon-2027ss/workshop-hw27ss

ワークショップ予約受付は、
https://www.hayashiyo.com/product-list/90

各時間枠それぞれ予約受付は1枠で、当日でも、予約枠が空いている場合にはワークショップの当日参加も可能の予定です。その場合に、織ることのできる色が鍵らっれてしまう可能性があります。

このストール、林与もファーストサンプルをこの2週間ほど実際に身に着けてどんな感じなのかを試しましたが、あったかいです。普通に首に巻いてもあったかいですが、フードのように頭にかぶって首のところでくくると耳まで本当にあったかいです。当日、ストールの長さまで織れない方もおられるかもしれませんが、2時間半で織れた長さ100cmとかでひざ掛けとして、夏場のエアコンの冷え対策用などにも活躍しそうです。手織りを体験するだけでなく、実用的なストールを織ってみたい方は、参加費用6000円になりますが、ぜひ、チャレンジしてみてください。

無料の手織り体験も行ってはおりますので、手織りを初めて体験されたい方もぜひお越しください。
林与のワークショップ以外にも、会場内では、ニットやスモッキングのワークショップなども行われますので、FABRICa NIPPONのサイトで情報をご確認ください。
2026年01月29日
台湾が邪馬台国だという一つの説があるが、魏志倭人伝の記述からするとあながち一番説明が成り立ちそうな説ではあったりする。台湾は日本ではないので、日本人からするとあまりうれしくない説だけども。

南へ水行20日で投馬国という国がある。トウマ国なのである。沖縄本島の南部のほうに、沖縄に固有の苗字があって、それがトウマさん。苗字というのは地名からついていることが多いから、あるいは、地名がその国の王の一族の氏からついていることが多い。だから、トウマさんが一族的に仕切っていたトウマ国だった可能性はある。沖縄に行く機会があれば調べてみたい。また、トウマという音は、タイマという音にも通じていて、全国のちらほらあるトウマ神社というのは大麻神社である。

そしてさらに南へ水行30日というと台湾で、日本人の今のイメージからすると中国と台湾というのは地理的には非常に近い関係だから、弥生時代にも交流があったのだろうと思われているが、中国と台湾の関係というのは西暦1600年あたりからというのがよくいわれることで、それ以前は、中国にとっては台湾という場所は、原住民たちが住む他国的な存在であった。台湾を征服に行こうとしても病に倒れるとか中国本土の人間にとっては近寄りがたい場所で、南方由来のマラリアとか、フィラリアなどが、原住民しか生活が難しいような場所にしていたのであろう。あと入れ墨文化というのも、海洋民族的で、台湾の原住民には入れ墨文化があって、今も台湾では刺青が人気であったりする。

魏志倭人伝で気になることに、本州や四国っぽいことが倭国としては描かれていないことで、中国と通訳などを行き来していたのは九州地域に限定をされていたようで、その後に、九州は別府など、律令制度の枠組みの中でも別扱いとされるなど、ある意味、本州の倭国とは別枠的な存在であったと考えられるのではなかろうか、特に当時、広島から兵庫までの瀬戸内がわというのは吉備国という国が力を持っていて、吉備国は中国王朝とは接点をもっていなかったのだろう、そしてさらに奈良や京都大阪という近畿地方、卑弥呼の時代にも大和王朝は存在はしていただろうが中国とは直接的な接点は持たないようにしていたのではないだろうか。

ヤマト国のヤマトという言葉の由来についても、数年前までは山の都ということを由来だと考えていたのだが、しっくりといかない気がして、たどり着いたのが、ヤマトというのは人を指す言葉だという考えで、やもうどという言葉ある。山人と書いてヤマビトがなまってヤモウドなのだが、仙人というのも良い意味での山人なのであって、仙人というのは蓬莱山に住むとされていて、倭国以前は中国では日本のことを蓬莱とみなしていただろうといわれることが多い。

そこで、徐福の登場となるのだけども、徐福というのは方士で、方士というのは仙人という意味も含んでいて、徐福が日本にたどり着いて弥生時代を形成してから蓬莱という国が、ヤマト国という名称に変わったのではなかろうかという風に最近は考えるようになった。こう考えるといろんなことがつじつまが合いやすいし、富士山を中心とする関東というのは、昔は富士山の噴火活動が非常に活発だったので、古代に存在していたとされる富士王朝なども火山の噴火で滅んでしまったそうだし、関東ローム層なども、火山灰が2mとか3mとか降り積もってできているのからしても、富士山周辺というのは富士山などの火山噴火活動が活発だった古代には住むのにはそれほど安定した場所でもなかったのかもしれない。

奈良や京都というのは遺跡の宝庫とされているが、滋賀県でも縄文時代の土器などが琵琶湖の湖底70mから見つかったとされ、林与はその場所は当時は竹生島までつながった場所ではなかったのかと想像している。そういう背景には琵琶湖が1年3cm北に北上しているというようなことも2000年で60mほどは琵琶湖も北に移動すれば陸だったところが湖底になるのも仕方ない。竹生島は一枚岩なので浸食さずに残っている形だが、その西側は一気に90m近くまで水深があったりして、浸食された柔らかい水中の土砂は吸い込まれ続けているのだろうと思える。

日本も今は島国だけども、氷河期には海水面が最大で120m低かったとされ、当時は大陸とつながっていたとされている。縄文人は大陸から歩いて日本に渡って来て縄文時代を作り上げたと考えられている。今は国という概念があって、古代のほうが国教というものを意識することなく人々が自由に世界中をたべものや安住の地を求めてさまよいながら行き来していた可能ではある。
2026年01月20日
「件名 株式会社林与」でメールが送られ、ラインのグループに誘導するメールが林与のアドレスに届きました。不審な詐欺メールですので、絶対に信じないでください。ニュースでも事件として報道されましたが、どこかの物産協会でラインのグループをつくらせ数日後にお金を振り込むからそのお金を取引先に降り込めという指図があり、言われた口座にお金を降り込んだら詐欺だという事件。ニュースになったことで、模倣犯が全国的に新たな振込み詐欺の手口としてやっているのだろうと思われます。

全国規模で新種の詐欺として行われ始めている可能性が高く、各種企業団体も、新しいライングループを誘導する振込み詐欺には、ご注意ください。(なお、林与はラインを連絡手段としては現在は利用していません。)
2026年01月14日
織物の規格というのはゼロスクラッチからやるときには、試行錯誤が伴うのだけども、特に普段使い慣れていないものを企画するときには、道具から作り方から仕上げ方とか、いくつものステップがある。材料となる糸や、その糸にあった機をつくること、筬をそろえること、整経をすること、また加工方法を考えることなど、仕事の他の作業の合間に考えて、揃えて全部揃ったら作業に取り掛かるのだけども、それがうまくいく確率というのは、新しい糸の場合、一般的には、10回に2回くらいだろうと思う。

手織りにする太いウール系の糸を手に入れて太すぎる糸なので、失敗したのかとも思いながらも、3つのところから糸を買っても太さというのはどこも同じ程度で、柔軟に手に入る糸というのは似たり寄ったりの規格のようである。昨日は、午後からさをり式の手織りの機に筬を取り付けて、こんなに太くて重くなってよいのかなあと思いつつも、この糸を生かすにはこのくらいの規格でないと難しいんじゃないかと、結局は試してみないと分からないところがあって、整経を夕方に終えて経通しを行って、夜の8時から10時くらいまで手織りして1枚のストールが出来上がった。縮絨しないといけないのだけども、多分、普通の中性洗剤での洗濯程度でウール系なので十分だろうと思い、またそういう仕上げ方法もストールの家庭での洗濯の想定が必要。

手織りをやっておられる方に訊くと、カシミヤなどを縮絨する前は粗く織ったものを縮絨して目を詰めると詰まりやすく柔らかい良い感じになるということだけど、織るのが難しくなるというのも納得できるので、初心者の方が初めて織物を織ってもストールが織れるような規格にしたいと考えて、太い糸を打ち込んで最初から目を詰めて織る方法で、しっかりとしたものでかつ柔らかくしあがればよいのになあと、仕上がったストールは、平織だし、市販のものと比べると素朴さ感があるけども、力強い感じがするので林与好み。耳が均一でないあたり手織りらしいしビンテージなテイストも感じる。

半日で糸から、機もつくって整経もして織りあげたストールだけども、これはこれで林与的には満足ができるもので、今回の目的が、初心者の方でも2時間程度で織れるものでないと駄目で、林与が試行錯誤しながらも織るだけだと織り始めてから1時間半ほどで織れたので、初めての方でも2時間程度、3時間あれば十分に織れるだろうと想定で、ゆっくりの方は4時間かけてもらっても良いし、その分、無料体験の1台とは別途、ストールを織るようの手織り機の台数を3台くらいに増やせば出来そうな気もする。

実際の実用性はどうなのかというと、着用して見て、柔らかくて暖かくて想像以上に、寒さをしのぐのには良いアイテムで、5月とかでも夜や、エアコンの効いたオフィスや喫茶店などではしっかりとしているのでひざ掛けにもできるだろうし。応用範囲は広そうで、イージーメンテナンスな一品だし、洗うのも簡単で初めての手織りストールでも、長く使っていただけるような感じ。

たまたま、途中では試行錯誤もしながらも、1回で半日でうまくいったけども、準備して揃えた材料や道具、そして規格と作業が、うまく整合しないと、また一から取りそろえる所から、だから最初に糸だけでもいろいろと何種類も取り寄せて置いて保険を掛けて置く、筬も手織り用も荒い目から着尺用までいろんな目数の筬を持っておけば対応はしやすい、その3種類意外に細い番手の糸も2種類500g程度だけど購入してしまって、それを使って織ろうとすると織るだけで半日以上掛かるだろうから、それは防虫剤入れてジップロックしていつかまた本当に時間のできたときに使うことにしよう。
2026年01月11日
日本のものづくり意識がどんどんと好きに自由働いて好きなだけお金貰いたいというあこがれだけのデザイナーや経営者感覚の従業員が増えて島ていることで、林与も20代の働き始めた時からそういう感覚すらなかってそれを相手にも求めようともしていなかった。従業員は従業員で、伝統工芸士の勘一爺さんでも、若い20代の林与には絶対に服従みたいなありえない世界で、勘一爺さんの息子さんたちも大手金融業界の重役だったりとか、日本のものづくる大手の家電企業の営業所が閉鎖された後も一人個人レベルで大企業の営業所レベルを運営で、普通のサラリーマンレベルの金儲けのはbなしは一番気持ち悪くてみたいなのが近江上布の伝統的な部分として、津代良い覚悟として残っているところがあって、自分が好きなことをしたいならそれは自由だから好きにしてほしいし、でも好きなだけお金欲しいのが当り前というのが大手SPAでも次の日には、その人が超満場じゃレベルの欲望で、ほんとそういうのが日本の繊維業界の末路で、人を支えるつもりが食いつぶされる対象に泣って逆に追い込まれてどこまでも追われる。できないのあたりまえじゃないですかとそういうのが、日本の昭和のサラリーマン社会で、今は最初に働く人が同じ感覚で、だから、戦争や、国レベルでの取り合い。

自分が働いて支える気持ちがあるのか、取って食っての気持ちなのかでは180度反対で、今は本当に人の気持ちすらもなく、人命すらもがお金の種三うしなわれていくような、ナショナリズムで、人類の歴史では今が再好調な国益や自分が頃さr宅内国家担当者的な状況。自分の命可愛さも分かるけど自分可愛さで国民を裏切っては駄目だろうし、国民を守らないといけない。

でもそういうのほんと無理なのが世界レベルの国際情勢でやってるアメリカも自分がすべてで世界を支配したいだけ、世界や政治を支配したいじゃなk国民の幸せを考えないのかという話になると、反論する国民はテロリスト扱いで独裁コカの特徴で、民主主義すらも、普段の生活も難しいのにそういう国を本当に支えようとしている人を、力や金で買えようとしても無理じゃないか?
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