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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2019年12月30日
久しぶりに多賀大社。お客さんが4名来られて、名物のそば?を食べた。お腹が空いていたので大盛りを食べたかったがやってないということ、味は濃いめのダシが効いていて五臓六腑に染み渡る感じだが、そこに七味をたっぷりと掛けて食べた後の恍惚感が良い。そのあと甲良のお肉屋さん、お客んたちが肉を物色される、京都で焼き肉&しゃぶしゃぶを計画されているようである。きっとすごく豪華な夕食になるだろう。近江牛の特色は霜降りなのだが、今は油は好まれない傾向があって、赤身に近い肉を好まれる方が多い。

お越しになられたお客さんのお一人が生地屋さん経由で弊社で織っている布を製品に使われているということで、世間というのは狭いものだなあと思いながらも、細番手の麻の先染めを織ることができる会社というのも全国でも限られていることも事実ではある。林与に来られたお客さんがリネンのデニム生地みて驚かれる方が多い。リネンのデニム生地というのは、私が仕事を始めたころには無理な織物の一つだったけども、今は普通に織っている。しかも、加工すると16オンス級。高密度に織るのは難しいだけでなく、糸の値段、染の値段だけで綿の世界の5倍から10倍なので、普通は商売としては成り立ちにくい生地の一つ。ほかにも興味を示された記事がアイリッシュリネンや、現行の150番手生地など。現行の150番手リネンをしっかりと織りあげたものに出会えることというのは稀だろうと思う。生産するのに覚悟の必要な麻織物たちである。

細番手の麻糸というのは非常に高価なだけでなく、扱いにくいという問題が伴っている。良い糸なのにゴミと化してしまうリスクも高いので、そういうリスクを承知で100万コースをドンキホーテーできる覚悟がないといけなくて、林与も普通の堅実な仕事で余力を作ってそういう冒険をするようにしている。夢のようなモノづくりというのは頭で考えるのは自由でもいざ実行に移そうとすると、お金使って苦労を背負い込むような部分。そういうのやると人生観も変わってくるし、ものづくりに対する感覚も普通とは違うレベルになってくる。仕事をお金儲けのためにするというよりも、自分がお金を使ってでもやりたいことを仕事で実現するみたいなあたり。今の日本で普通の仕事感覚でものづくりをしてもなかなかものづくりに対する共感も得られないだろうと思う。

織物に関して言えば設備で解決する織物もあるかもしれないが、人の力が込められたよふつうをもとめうな織物に人は惹きつけられるものであろうかと思う。糸や素材や技術にこだわらなくても、人という要素を詰め込めばデザイン性などで人を魅了することも可能だろう。印象派の絵のほうが画家の頭の中の世界を描画できていて面白いんだろうと思う。この人は人生観からして違うなあという要素があるからその人が作るものに価値が生まれる。林与にしても田舎の機屋でしかないのだから、それを勘違いしたらだめで、成りあがってしまってては成り立たないのが当たり前という緊張感が必要。
2019年12月29日
今日は、一応の仕事納め、明日は京都からお客様で、1月4日5日は篠山タータンのお客様、間の、12月30日から1月3日は、織物を昼間は織りながら、空いた時間には補助金のまとめなどをする予定。スタッフの子が、昨日と今日で縦つなぎを二つ終えて今年の仕事を終えてくれ、年末年始に織るのは私の役目。大晦日の夕方以降くらいと正月3が日は、帰省しておられる近所の方も多いので団らんを乱さないよう、シャトル織機は織るのを控えめにして、整経したり、準備作業などを中心にしようと思っている。

今日の午後は、糸を巻いてくれるおじいさんのところに行ったら、3日前に投入した3色の糸がすべて巻き上がっててうれしかった。80過ぎても綺麗に仕事をしてくださるのは本当にありがたいことである。そのチーズ巻き工場も、昔は近所の女の方に来てもらってたくさんの仕事をされていたが、私が仕事についてからの20年ほどは一人で糸を巻く作業をされている。自分が生きていくために仕事をしたいということでチーズアップの仕事を始められた。自分でやろうと思って仕事を始め成り立たせて来られた方というのはやはり強いなあと思うが、珍しいといえば珍しい、普通、先代くらいの年代の方というのは良い時代を経験されているので、今のような厳しい時代には対応できずが普通なのに、仕事があることを喜んでしっかりと仕事をしてくださる方なのである。しっかりと仕事をしている人というのは仕事に対する厳しさはぶれないものである。

年とっても驕られることなく、糸を持っていくと、娘家族を支えるために娘さんの電気部品関係の内職仕事をいつもされている。若いころから覚悟を決めて道を歩いてこられたのが感じられる、商売人臭さがないのも良いところなんだわ。おじいさんの仕事から生まれるものでいろんな人が恩恵を受ける。商売人というのは成功してしまうとか、長くやっていると成り上がってしまうことが多いもので、風向きが変わると1日のアルバイトとしても他の仕事では働くこともできない実力だったりするものである。人に仕事してもらって楽しているうちに仕事する力はなくなってしまうものである。

たとえば、公務員の人でも上のほうの人と話をしていても、お金がないと何もできないという話から始まる。典型的な人に仕事してもらうタイプだなあと思うのもそこ。お金を作るのが仕事なのにお金を使うのが仕事みたいな状態では重荷にしかならないのである。自治体の冊子をつくるにしても、公務員がいろいろと自分で写真撮りに回って原稿を作って印刷だけを印刷会社に頼めば良いのにと思うが、そういう学生でもできそうなこともできないのが仕事のレベルだったりする。業者のつくる味気ないものよりも手作り感があったほうがよいし、そういうのが行政の自活力を高める。仕事に共通する基本のところ。
2019年12月28日
一昨日、出荷の際に、セイノースーパーエクスプレスの近くの平和堂に行くと、地場野菜コーナーがあって、大きなキャベツが100円とか、普通の大根の2倍くらいだろう大根が130円とか、不思議な感覚。キャベツ1個と大根を1本買って帰る。大根を何に使いたいのかというと大根おろし。なんか、体が鈍っている気がして刺激が必要に思えた。

昨日、大根おろし用のおろし金を買って、早速、普通の大根おろしの10人前分くらい。たぶん、大根の水分も含め500MLほどを大根おろしに少ししょうゆを掛けて食べた。カラい、カラい。強烈にカラいのである。けども、これは100パーセントの大根で、体にはよいはずなのだ。これだけ、強烈な刺激でありながらも体にはよいはずなのである。案の定、この辛さを乗り越えた体はなぜか良い感じそのものにリフレッシュされた。まだ、特大の大根の5分の1くらいしか使ってないだろう。2年前に柿が大量に実ったので、ほとんど柿だけで2週間ほど過ごしたことがあったけど、あの時も普段よりも体の調子が良い感じだった。

私が悩んでいたことの一つに、モバイルバッテリーのコンセントの差し込み部分のプラスチックが割れてしまってどうしたものかと。それを今日思い切って分解して、セメダインの瞬間接着剤を買ってきて直した。瞬間接着剤もつけても固定していないと液が乾くまでに動かすと全然つかない、10分、20分と手で押さえて固定されてきたらさらに上から塗ってより硬く固定する。二つ差し込み口があるので、直したものの直したほうの差し込み口は使わないことにする。直さないと穴が開いて差し込み口が穴の中でぶらぶらしているような感じで使うことができない、だから、直したかった。直ってよかった。

昨日の夜、整経したのを今日はスタッフの子が繋いでくれている。今年ももうあと何日かしかない。それほど寒くないので年末の雰囲気があまり感じられないが、まさに年の暮れ。

2019年12月27日
昨日と比べるとちょっと冷え込んで、大晦日らいに雪が降りそうな予報。今年も、冬の洋服は暖冬で、あまり売れなかっただろうと思われる。年が明けるとバーゲンが始まり、1月の後半からは春物が並び始める。バーゲンにしても、遅れをとると売り上げが落ちるので、早くバーゲンに入った百貨店ほど売り上げが伸びるのだという。

たぶん、2月とかには冷え込む可能性もあるのだろうが、もう売り場には本格的な冬物はあまり置いていないとかのミスマッチ。私は夜に動くことが多いので、自動販売機なんかはホットがほしいなあと思うことが多いが、6月にもなれば冷たい飲み物だけになり、10月くらいにならないとホットに切り替わらない。そういうのも年中温かい飲み物を販売しているコンビニが自動販売機よりも便利な理由だろう。一つの自動販売機が温かいと冷たいを同時に提供するのはやはり電気代など無駄が多いのだろうか。頑固な自動販売機があって年中あたたかい飲み物だけを提供するのも良いんじゃないかと思う。夏でも夜は温かいもの飲みたい気分になったりもするから。

アパレル業界というのは暖冬の影響で冬場がうまく回らないと春夏のシーズンも企画を思い切って進めることが難しいもので、地球温暖化だからといって、春夏物の洋服が売れるわけでもないのである。暑すぎればエアコンの効いた室内で過ごすというスタイルが今は普通で、日本のライフスタイルに季節感がなくなってきてはいる。ソフトウェアの会社とかコンピュータの熱を冷ますために強烈な冷房をするんで、夏に室内が寒くてひざ掛けが必要とかもある。洋服の売れ行きからすれば、心地よい暑さくらいが一番みんなが外で過ごしやすくてお出かけも多く、夏物の洋服が売れる感じだろうか。
2019年12月26日
ゴールデンウィーク明けまでには今の受けている仕事を織り終えて、久しぶりの展示会の計画。2年ぶりのPTJに出展を計画。出展書類の提出もスタッフの子が黙々と手伝ってくれて、手伝ってもらうなかでいろいろと素材のことを覚えてもらうのにもつながる。とりあえず、審査書類の提出は終わって出展審査を待つような状況にはもっていけた。

今回は、サステイナブルがキーワードとなっている。ファッション業界はどこもがその流れに動いているようである。林与のものづくりも、原料が麻であるということを考えれば、ほとんど100%サステイナブルなものづくり。私自身は、あまりサステイナブルにこだわらず、自分のやってきた麻織物に集中していればよいだけのことだろう。

私がサステイナブルの概念で必要だと思うことは、「他の人に頼むでなく、自分が作業すること」。サステイナブルを提案している人が、自分自身、作業を面倒がって、他の人にサステイナブルなことを目指しなさいみたいなのは、サステイナブル大先生で、児童労働の子供のほうがサステイナブルを受け止めていると思えるパラドックス。

例えば、農家の子供が家の農業の仕事を子供の時から見てやってなければ、なかなか机で勉強した人間というのは、目の前の一つの作業も頭でっかちで腰が重すぎて役にも立たない。結局、若いころから目の前のことを積極的にできる人間に育っていることがあとあと役に立つことが多い。スポーツなんかは、美化されるが児童労働の何倍もきつい試練に耐えなければ上位入賞なんて難しい、まさに実力主義の世界。仕事と似たようなところがあって頭が良くやりたくないからできないほうにもっていくタイプの人よりも、自分が動いて解決できる人のほうが何倍も価値がある。

新興国のある織物の村にいったときに、大人が井戸端会議ばかりで子供たちが家の機を動かしている。自分の子供がテストで分からないと親が不正に答えを教えようとするとか、子供のほうが真面目で大人のほうが難しい。これと同じようなことが日本の社会でも多く見られる。子供は夜遅くまで塾やスポーツ、大人はテレビみてが普通の生活で、子供たちというのは大変だなあと思う。毎日、1km、2kmを歩いて学校まで行ったりだが、大人は車で解決。その分、大人も苦労をしないと、大人が動けるのに子供たちに自分の面倒を見てもらうような年金の制度を作り上げて、それが普通になっては途上国の児童労働モデルと変わらんのじゃないのか。

働かない人から見ると働くことは悪いことに思えるかもしれないけども、働いている人というのは働くことが人々の生活を支えているだけのことで、働かない人だらけになったときには、海外から輸入して、赤字が増えるのは当たり前、それを政治や戦争でリセットするようなことしかできなくなるだろう。自分が働いて生み出して成り立たせるようなものを基本に置かないと、正しいという言葉さえも何が正しいのか分からなくなる。
2019年12月25日
今日は、名古屋にA3カラー複合機を取りにいくことに。朝からスタッフの子と軽バンに乗って、下道を2時間走って名古屋で、味噌カツを食べて。みそカツというのは名古屋のソールフードだなあと思ったのは、正午前のお店の中のほとんどが、みそカツを食べる近所のお年寄りの方で満杯だったこと。味噌カツの大盛り、ご飯も大盛に、豚汁大をつけて、お腹いっぱいで引き取りに伺う。譲っていただく方の話によるとカラー複合機というのはいろいろとトラブルが多いという正直なお話。覚悟して持って帰らないと、無事2時間ほどで会社に無事戻ったが、事務所階段の下から2Fまでが遠い道のり。

上部の分解したパーツは60kg以上もあり、しかも持ちにくい個体を、階段をどうやって運び上げるのか。普通に二人で抱えて階段を上がれるような代物ではありません。たぶん、男3人ならなんとか大丈夫かもしれないけどと思うほど、男女二人では水平移動も持って運ぶのは難しい。綺麗な状態の機械なので傷もつけたくない。30分以上はいろいろと方法を考えただろうか、ヒラメキがあって、安定して安全に階段を上げる方法が浮かんだ。実際にやってみるとそれほど難しくない。たまたま、それに適した道具というか物が工場の中にいろいろと転がっていてできた話。最初、絶対に無理と思うことでも考えればいつも大体良い解決方法は浮かぶもの。メーカーやプロの業者でも正しく設置しようとすれば、男4人が必要なケースだと思う。

電源を入れてちゃんと機能するのか心配だったが、設置してテストカラーコピーすると、上出来だと思えるカラーコピー画像が印刷されて出てきた。これだけでも、A3のカラーLEDコピー機が、100kg近い大型商品の送料程度で手に入ったと思うと十分満足、A3でスキャナーもできるし、パソコンのプリンターにもなる。A4は手持ちのNECのレーザーでプリントすればよいし、ファックスは別の白黒のファックスできるコピー機があるので使わないと思うが、A3のカラーレーザーを時々使いたいなあと思っていたのと、A3のスキャナーがほしいなあと思っていたので、それが一度に解決する本格的なA3カラー複合機が状態良く手に入ったのはうれしい。100kg近い個体でのスキャンというのは、安定しているから理想的。林与の近江上布のアーカイブをデータ化するのにも役立つだろう。私が自分自身にしかできないだろう人生で残したいプロジェクトの一つ、もう、そういう資料は四散してしまっているケースも多く、ジグソーパズルのピースのようなたどり方しかできないが、林与の近江上布のアーカイブは、最高潮を超えできなくなったものを資料として残すために保管していたもので、たった60年、70年ほど前に日本で作っていたものが打、国内だけでなく世界の人々が日本の織物の凄さに驚かれる。技法的なものではなく、今のデザイン主体のテキスタイルデザイン的なクリエーションの目から見ても、現代の日本のテキスタイルデザイナーでは敵わないような奥の深さがある。

今の時代はコンビニに行けば、A3カラーがプリントアウトやコピーでき、それは1枚30円程度なら一番安上がりで便利な方法だけども。できないこととしては、両面印刷やさらには自前の用紙にプリントできないあたり。カスタムな使い方をしたいなら、覚悟を決めて、壊れてもよい覚悟で試してみるというのも大事で、冒険するにはこういうまだ新品に近い状態で使えるものが一番理想的で、手放したい方がおられ、それを活用できるなら資源の有効活用にもなる。今日はクリスマス、12月末なのに秋晴れを思わせるような天候の中、特大のクリスマスプレゼント。

スタッフの女の子も頑張ってくれて本当ありがとう、お疲れさまでした。いろいろと考えればものごとというのはうまく行くことも多い、もちろん失敗することもあるだろうけども、後でやらなかったことを後悔するよりも少々のリスクなら覚悟決めて自分で経験してみることも大事だろうと思う部分。機械買って失敗しても、もう一台買って、正しい一つにくみ上げればよいだろうし、使い込んでいくうちに、保守部品も必要になってくるだろうという、機械をメンテできるような環境を自分自身が持つことが大事だろうと思える部分。
2019年12月22日
オーガニックであるということは、通常以上に不安定だということで、品質的に通常のものよりも上質とかでは普通はありえない話。当たり前に自然農法を考えてもらうとわかること、四苦八苦してようやく実がなるのが自然農法で、本当のオーガニックならば、それに近いのが普通で、品質が安定しないのが普通である。

逆に普通よりも高品位とか、普通と同じとか言い出したら、インドの2010年あたりの偽造問題が疑われるとか、GMOコットンの問題とかも疑われてそれを認証機関が綿では検査する方法がないから問題ないで逃げては自身が最悪視しているGMOコットンに対してすら種子に関してのトレイサビリティもない話でどうするのGOTSの信用問題そのもの。

ざらつくとか、織段がでるとかが普通のオーガニックの世界。私自身オーガニックリネンでは普通にない問題を経験しながら四苦八苦してよいものを収めようと考えている。軽々しく、オーガニックは通常よりも品質が高いというのは大手にありがちなブラックボックス的な偽装じゃないのかと思える。通常の何倍ものお金を払いながらそれを信じて問題もオーガニック製品を消費する立場が克服しながら使ったこともないのだろうと思える。

正直な農家がオーガニック栽培しているなら当たり前のことも逆になってしまうのが、商業オーガニックの世界で、オーガニックは高品質とか同じ品質だとか謳って売っている場合は注意が必要だとオーガニックリネンを扱っていてやっかいなだけに思うところ。国際的な認証機関が認定していようが、だまそうと思えばだませる、個人レベルのモラルだけの世界なのであるオーガニックというのは。

オーガニックという言葉にしても、合成繊維が入っていてもオーガニックを謳いたいのが、国際的な公的を謳う認証機関のオーガニックビジネスだったりもする。その裏には株式会社認定会社が存在をして、その認定を手広くやればもうかるで、ゆるいインドの国の基準にすらも引っかかってしまって、2010年すぎあたりには、世界のオーガニックコットンの生産量が、認定を正しくしただけで半減したほど。日本での空前のオーガニックフィーバーの2008年すぎは、半分が偽物だったのではないのかという認定ビジネスの過去。今は、オーガニックコットン認定されているものがGMOである可能性すらも、インドでは可能な限り有機栽培された種子を使うことという個々の農家の努力目標程度でしかない。生産性と収益性を求めたGMOコットン農家が、同じくオーガニックコットンに収益性を求めて移行するのを煽るビジネスモデルの流れの中で、どこまでそれが成り立つことなのかと普通は思うだろうけど。

使っているものは本当にものを良く知っているもので、違いが分かるが認証しているものにはその違いも感じるチャンスすらないだろう。オーガニックリネンでもありえない問題が普通に起こるのが普通で、粗悪なリネンにありがちなクレーム要素が何倍も値段のするオーガニックリネンで起こる。それがオーガニックリネンの特色なのである。粗悪なリネンというのもオーガニックな要素が多いのも事実で、原始的な製法で作られているケースが多い。高品位なリネンというのはどうしても、いろんな産地のリネンを混ぜたりして安定化させるというのが普通で、トレイサビリティすらもがないのが普通。そういう品質を安定させる話も度外視で、オーガニックリネンが高品位であるとかいうのは素人レベルの話ではないのかと、使っていて感じる。ロットによっては強度すらないから、織るのに3倍4倍時間を掛けて、傷も作りながら織っていることも多い。正直につくって時間も掛けて値段が2倍で傷や段の多いの布を誰が買ってくれるかの話で頭を悩ますことも多い。

でも、基準は下げないでほしいと思うのである。オーガニックはなるべくオーガニックの本物であってほしいから。それが消費者が求めるもので、糸の消費者としての林与も同じ思いなので、生地の消費者の方のオーガニックの思いに応えたいと思うから。
2019年12月21日
政府が限界集落を問題視しているけど、限界集落の住人ほど政治家の先生頼みに生きてきて頼みにしてきた先生やお国に、票田とされたものたちが、どうしようもないお荷物がられたら堪らんわなあだろう。先生やお国に頼みの無力で従順に育て上げて、国が面倒見ますよといってきたのに、結局はお荷物なのか?都合よすぎないか。

一番困るのはその次の世代で、自分たちの集落が、政治や行政頼みの自立もできない無力な状態。親の世代は亡くなるまで変わることは難しいだろうから、自分たちが70とか80になって変えていったとしても、時代の20年、30年遅れの後追いになるだけのこと。遅れを取る分、弱体化は進む。

時代の方向性を、都市部が握っている限り、それ以上に田舎が最先端をいかなければ、都市部の補完的な存在として位置づけられては、地方は都市部の下請け人生。地方も土地も広いのだし、自由度もあるのだから、それを有意義に自由に活動できないとだめなのだが、地方のほうが自由すら制限されるあたり。思想統一的な馬鹿な事やってたら本当に滅んでしまうだけのことで、そういうのに次の世代も付き合わせてはどうしようもないだろう。政治が食い物にして重荷化した限界集落、日本の腐った政治の産物でもあろう。

ただ、限界集落と呼ばれながらも、島や陸の孤島のように、独立して生計を成り立たせているような集落は立派だなあと思える。商業に依存せずに村単位で自給自足的に、それに手を加えるよりもそのまま自然に残りたいものが残れるようにして、外からも変な力を加えないほうが終わり方としてもすごくよい形だろうと思える。

不思議だが、何百年も続いてきたものが、この戦後80年ほどで終わりを迎えるものが多い。サステイナビリティってなんだんだろうなあと思う。30年ほどで消えてしまうような新しいものに置き換えることが果たしてサステイナビリティなのか。オーガニックというのは一時と比べると落ち着いて儲からない話が多いが、続けてゆくことがサステイナビリティじゃないのかと思う。少しでもやってみようと動いてみるのがエシカルなことなんだろうと思う。
2019年12月20日
昨年の3月に電気工事を行って高圧から低圧に変更をした。高圧というのは毎月の点検が必要で保安協会が毎月回ってきてくれてたのだが、林与のような小さな工場ではその対応すらもなかなかできない。使っている電気の量にしても昔は夏場スプリンクラー形式のクーラーを使っていたのでそれが20kとか、事務所もエアコンで15kとか、そんなで昔は高圧が必要な60k近くだったんだろう。

今はクーラーも使っていないし、事務所もお客様が来られた時以外はエアコンも使っていない。思い切って変更してみて分かったことは、動力200Vはあまり使っていないということ。100Vが3分の2以上のワット数。工場の中も照明関係がやはり多いのでそちらが電気を消費するんだろう。シャトル織機が主体なので特にモーターの消費電力は少ない。

LEDに騙されたのが、騙されたといっても知れているが、販売元は18kwといっていても、実際は24kwだということ。素人的に考えても2000lmが2500lmになれば、2割消費電力も上がるだろうと思っていたのだが、やはりそんな感じ。蛍光灯というのは水銀が使われていることもあり生産が終了となって今後はLED蛍光灯ばかりになる。LED蛍光灯はたぶん、1度買ってつければ林与の場合半生ものだろう。私的には長く使えることがよいのである。蛍光灯の傘も、新しいのと交換する出なく中の配線を工事してもらってそのまま使う形。

林与の工場だが、平成に入ったころに新しく建て替えたが昔は蛍光灯でも全部つけて作業していたが、生産量も減ったが、無駄な電力消費を抑えて、人が少ないので私が夜中動かすなど長時間動かすことになってはいるが、今はその何分の1くらいの消費電力だろう。高圧から低圧に変えると、基本料金は下がるが、kwあたりの電気代は2倍くらいになるので、同じ電気使用量くらいならほとんど電気代は変わらないが、保安協会の毎月の点検が必要なくなっただけでも時間的にはありがたい。
2019年12月19日
世界中を震わせたBSE問題だが、終息した要因の一つが、10万分の1の確率をごまかすために、政府が検査する月齢をどんどんと上げていったこと、6か月未満は大丈夫から、20か月未満、24か月未満、30か月未満は大丈夫な基準から、月齢基準廃止という政府の流れ。結局、検査しないことで、10万分の1の確率を検出しにくくしたという結果。現在は、検査なしに英国や米国の牛肉が日本に入ってきていることになる。途中から米国牛などは目視で20か月未満で食肉になる牛肉はセーフということ、目視で月齢を見極めるとか無茶苦茶な話だが、20か月の検査というのもほぼ無意味な検査だったということで、結局、検査で引っかからないように検査をしないことで、狂牛病はないことになっている。

まあ、結局、狂牛病も全頭検査で国内の農家を締め付け、輸入牛には目視で6か月以上は検査みたいなだらしない内弁慶な政府。10万分の1の確率だが、米国牛のショートプレートのほとんどは日本向けで、300円の牛丼を食べるだけで、100万円の宝くじに当たるよりも狂牛病に感染する確率は高いだろう。90万頭の20%が日本向け、単純計算18万牛、ショートプレートの消費は米国牛輸入の牛丼大国日本が多いので仮に50万頭分の牛のショートプレートが日本に流通すると、5頭が狂牛病当選で、1頭あたり3KGとすると、牛丼一杯30ℊ程度だから100人分×5頭で、年間500人ということになる。目視というあいまいな基準で月齢未満で消費される牛肉というのは無検査だから、まあ、年間日本で500人程度の狂牛病のリスクがあると考えてもよい。たった300人と考えるのか、300人もと考えるのか。20年でたった10000人が狂牛リスクにさらされるだけのことと考えてよいのか?30か月以下のショートプレートは無検査で日本に来て、安全とされて狂牛病検査にも引っかかることはないのである。10万分の1を統計的に安全とすると日本人が20年で食する確率は最大で10000万人程度だろう。

牛が牛を食べることにより、狂牛病が発生するとすれば、同種の共食いがその種の終焉をもたらす要因になるということ。なぜ、牛とは異種の人間が食べて狂牛病に感染するのかは、たぶん、人間が牛を食べることによって、牛の要素が人にも入っているというあたり。遺伝子組み換え作物が危険なのは、牛が牛を食べることは自然界ではないこと、それを人がやってしまったというあたりが、遺伝子組み換え作物に共通するところ。交配による品種改良もあるが、それらが突然変異が元だとしても、自然が生んだものなので自然は駄目な突然変異を淘汰するだろう。
2019年12月19日
林与が得意とするリネンの細番手なのだが10年前は糊をつけずにレピアでも織っていたが今はそれがなかなか難しい。この10年でも原材料の品質が低下してきているように思われる。今は糊をつけて織っているが、一時期は、綛からチーズアップが非常に難しいとのことで内部でチーズアップを行っていた時期もあったが、今は、おじいさんに問題なく巻いてもらっている。おじいさんも以前は巻けないということをよく言われていたが今は言われないので糊付けの糊剤が変わったことが要因だろうと思える。

今年は昨年にくらべ先染め話が少ないということを染色工場の方に聞いた。うなづける話である。アパレル向けがどこもよくない話のようで、アパレル不況が深刻化していると思える。林与も、以前はアパレル向け一本だったけど、アパレル向けの比率が落ちる流れを感じていたので、ストールやキッチンクロス、資材、生地さん向けや雑貨向けなど、アパレル向け以外の比重を増やしてきたのが、今のアパレル不況のなかでも忙しくやっていけている要因の一つである。それもいつまで続くかは自分がどう新しい活路を見出し柔軟に対応してゆくかのあたりで、綱渡りはつづくのだが、仕事を始めたばかりの人も同じ話で、同じ土俵、長くやってるからといって勘違いは駄目だろうと思える。

リネンの細番手を企画するだけでなく、自分も織っているから細番手の意味が分かるところだし、織物の価値というのが何なのかが分かる。たぶん、自分でやってない人には分からない部分だったりするが、案外、消費者の方というのはそこに織物の価値を感じてくださっている。林与自身が織物を企画すると幻の企画みたいなものばかりになるだろうから普通じゃ流れにくい。今のアパレルの流れに乗らない、そういう特別の世界はじっくりと自分で販路から構築して流してゆくものだろうと思っている。
2019年12月15日
就職の説明会などで若い人と話をするときに、やりたい仕事という具体的な概念を持っている人がいて感じるのが、もったいないなあと思うところ。繊維の仕事に就きたいと思っていて、目の前に仕事があるのに好き嫌いしていたら、繊維全般の知識は身につかないだろうし、そういうのを器用に立ち回れる人というのは、自分の専門の分野の理解も広く深いものである。問屋さんで何十年テキスタイルデザインをやってきて経験も知識もある人が、一番のリストラ対象となってしまう中で、若い人が同じようなテキスタイルデザインにあこがれてもそういう職域で食べて行けるケースはまれ。当たり前の現実が自分の理想を満たしてくれないという状況が続く。ほかの人に指図されるのは嫌で、自分のスタイルでものづくりをしたいが自分が食べてゆくだけの力がない、力がなければほかの人の助言などに従って動いてみれば力もつくだろうけど、ものづくりは難しいタイプだなあと思える人が多い。

頭で考えても実際にやってみるとうまくいかないなんて当たり前に多いので、自分の考えたことをやらされるほかの人というのは無駄な仕事の巻き添えになる話で、その分の生活までも面倒をみられるのかというと、そこを逃げるから、企画している人の生活が成り立って現場の人の生活が成り立たない問題にもつながる。よく、生地企画の人が機屋にいって布を自分で作りたいという話を言われることがあるけども、やろうと思えば今日からでもできる話だが、なかなか最初の1日がないだけ、また、続く人は何十人に一人だろうと思う。自分が自分で企画した布を林与に来て自分でつくってみたらと提案して作業に移れた人というのは本当に少ない。作業してみて織物の企画というものの本質がわかるし、織物の価値観が何なのかわかる話なのである。よく、アパレルの人が来て、林与の生地の特徴はなんですか、といわれるけど、求められているのは、糸はどこの国の糸かとかそんなのは基本買えば済むだけの浅い話で、お客さんが織物の会社に来て、一番大事な織物をつくる部分が見えていないのである。私が答えるのは、「自分が織っているところ」かなあというところ。お客さんはポカーンとされるが、自分が自分で人、モノ、カネ、技術をもってものを作っているという、それが一番難しいところで、そのあたりが選択枝でしかないお客さんとはなかなか話しが進まないと思い、私もお客さんのそういう感覚をオウム返しにほかのところでつくられたほうがお客さんのニーズにあうんじゃないですかという提案をすることが多い。ベストなソリューションという意味では、悪くない結果だと思い、ほかの会社さんをご紹介したりする。

就職活動で繊維関係を目指される学生さんの仕事への感覚と、酒好きの先代の仕事感覚が被るところがあって、これからなのに、自分がやればよいのにもったいないなあと思うことが多い。やれば田舎のおっさんくらいは簡単に抜いて行けるだろうけど、やらんかったらそんなおっさんよりも経験と実績で劣ってしまう。田舎というのはやろうとするとやってない人からブレーキがかかることが多い、林与の先代もそういうところがあって、上に立っていないと気に入らないタイプ、若い人でもこれから仕事しようとするのに上に立っていないと気に入らないタイプで仕事さがしても難しいだろうな。最初から経験者を助けるくらいの力、当たり前に超えて行ける力と覚悟がないと、経験者でも食べてゆくのが難しいのが普通なのが繊維の世界だから、それよりも甘い感覚だと年を取れば食べても行けない同じ道。成り立たないような理想を求めて行動しないより、目の前の現実をどんどんと前に進めていく力が必要に思うのが、仕事があってもやろうともしないしできない経験者の世界。

半年、1年で何十年の経験者を超えてゆくこともできるのが、織物の世界。30年織物やってきたおっちゃんでもシャトル織機がこわいわあで、素人の女の子が1週間でマスターして本生産に移れることも逃げてしまう。何十年織物工場の社長してきた先代でも、実際の一つの作業を面倒がって酒飲んでるとか。これからの若い人たちが、目の前の仕事も面倒がって食べてもいけない田舎のじいさんばあさん的なレベルを軽く超えられないともったいないのである。
2019年12月11日
昨日、今日と熊本からお客様、地場産業的な話をしていたときに、地場産業というのは分業であって、家族経営的なところがある。従業員さんがいて、技術があっても、仕事があっても続かないケースは多いものである。技術継承とかいう簡単な問題ではなくて、従業員の面倒をみる覚悟のある人が亡くなったりしてしまうと、残りの人たちで続けることは難しいだろうと思う。

ある機屋さんが10人以上の人を抱えておられてても、社長がいろいろとできない部分を自分が抱えて作業で苦労されている話を聞く。仕事の内容だけでなく、従業員の給料のやりくりなども大変だろうなあと若い人が多いうらやましく見える会社さんでも将来が安泰なのかというと、10年後、20年後は逆に企業も高齢化し作業もより難しくなってしまう。

新しい人が産地に入っても数年でやめてしまう問題の原因とも似ている。新しい人というのは一般的に自分のやりたいことをする場所探しをしていることがほとんどで、やってみて自分のやりたいことと違ったとか、自分のやりたいことができないとかでやめてしまうことが多い。会社の仕事としてその人のやりたいことを与えたときにまずその準備ができているのかというところその準備も自分ができないままに自分のやりたいことを会社に求めていても成り立たせることは本人の能力的に難しいだろう。

自分のやりたいことが目の前にあったときにそれが思い切ってやってみることも大事だろう。若いころから自分のブランドを立ち上げたい人がおられてその布を作らせていただいたが、難しい結果に終わられ、やらなかったほうがマシなのかというより、いつまでも夢のままで思っているより、やってみて現実を知るのも人生経験としては大事だろうと思う。私がおすすめするのは普通に社員として働いていても、夜とか休みがあるんだからそういう時間で成り立たせていかれたほうがよいのではないかというアドバイス。軌道に乗ったら自分の夢を全力で追うも、現実的な夢の追い方だろうと思う。

私も小さな織物会社の社長だが、お客さんから頼まれた仕事をこなしながら、自分のやりたいことは後回し、自分のやりたいことを優先しても会社も従業員も守ることはできないだろう。一方で普通に仕事をこなしていく中で余力を生み出し、その余力を自分の時間を使って成り立つところまで育てるのは大事だと思っている。成り立つようなら仕事に組み入れてゆけばよい。そういうのは仕事じゃなくてクリエイターな部分だろう。

与えられた仕事をこなすだけの人と、プラスアルファの作業をこなす人がいる。そういうのは会社の従業員教育とかの問題ではなくて、その人が今まで生きてきた生き方が作業として違いとなって出てくる。決して私は一般的にみて成功している人間でもないけど、成り立って続けてられていて、いろんな方から仕事をいただけ、そこから余力も生まれ、人生の中で自分のつくりたいものもちょっとづつはやってみるチャンスもある。

アイリッシュリネンハンカチにしても整経だけで、6か月1台の整経機を独占させたまま、縦糸のフシをできるだけ取り除きながら時間を見つけ少しづつ整経した。織るのも半年くらいかけて時間を見つけ140Mほど織った。自分の夢を追って1年近く、手間かけてつくった布の一つ。リネンの細番手の高密度の平織布、アイリッシュリネンらしい、細番手の高密度なハンカチをつくりたいと思ったから。
2019年12月09日
昨日の夜に、1台を立ち上げて織りだす手前まで調整、朝一番に織り出し、織り出しが始まったところで、少し休もうとすると、電話が2件。午前中突然の来客で予定変更、午後から昨日終わった整経を巻き取り夕方つなぎ始める。シャトル織機も調子が良いようでも、長時間動かしているのでやはり調子が崩れることもある。しかしながら崩れ方は許容範囲。

夕方、調子の良かったシュワイターの調子が悪くなった。巻いた後に新しい管がセットされたときに巻く位置が最初に戻らないといけないのだけど勢いがない。スタッフの女の子が苦戦してくれていた、問題ありの状態。1日中回っていることもあるので、結論としてバネが伸びたのではないかと、夜修理して思った。バネを短くカットするのは、後戻りができないのでちょっと勇気がいるが、やってみよう。

それと、今日、先日買ったパソコンが2台届いた。テキスタイルシミュレーションソフトのデモンストレーション用に4Kディスプレイのノートパソコンを2台購入したのだ。また、1台が4万円ほどのパソコンだが、2か月前に買ったノートパソコンと比べると、まず、作りが堅牢な感じ、それとキータッチがすごく滑らかで、先日の4Kノートパソコンのようなカチカチ感がなくストレスがない。また、タッチパッドもデフォルトのままで異常反応が少なくてこれもよい感じ。私がパソコンを使うときに一番酷使するのがキーボードだったりするので、キーボードやタッチパッドが私の手になじむのはありがたい。なぜか無駄にキーボードにバックライトがついていて、黒いキーボードだが手元が明るくてそれも悪くない。しばらくなにもしないとキーボードのバックライトは消える。左右のスピーカーの音も、まずまず。電池の持ちは4時間程度か。問題はCPUで、あんまり速くないあたりだが、私の用途にはあまり問題がないレベル。

4万円未満で4Kディスプレイを備えて、この完成度のノートパソコンが手に入るというのは驚異的なこと。たぶん、4Kディスプレイは普通の人には文字が見えないレベルなので一般用途の人の評価が低いのだろうと思うが、高解像度のディスプレイを備えたノートパソコンというのは適している。あと、4Kディスプレイだと、ワードなどでも文字がつぶれずに2ページをフルで見ながら文章が打てるとか。会議資料などを作る際などに、今までは印刷して失敗が見つかったことが多かったが、2ページ連続して文章を見ながら作れるのでこれは吉。あと、巨大なエクセルの表が見渡せる。

ウィンドウズ10しか入っていないみたいなノートパソコンだけども、ネットにつなげばオフィスにもアクセスできるしいろんなこともできるし、良いんじゃないだろうか。でも、ワードなどはクラウドとかだと遅いのでタイピングスピードについてこない問題があったりする。簡単な2台の動作確認が行えて問題がない2台のようで良かった。1週間ほど前から、家の中で残念なことにデータ通信専用のスマホが行方不明中。
2019年12月08日
今日は日曜日、土曜日と日曜日はゆっくりと作業ができるので週末の作業というのは幸せ。先日、70歳を超えられた機料屋さんが久々にみえられたが、なかなかどこも機業というのは難しいようで、林与はまだ、仕事が常に何か月か先まで手一杯で続いているだけありがたい状況。しかしながら、試作などで生産が止まったり、新しいものにチャレンジすると量産が苦戦したり、今までは普通に織れていたものが外部要因により織れなくなったり織りにくかったりと、仕事していても1日や1週間、ときには1か月が問題ばかりが残って織ればマイナスで織らずに調整などで消えてしまうことがある。

企画というものはそういう裏があって成り立っているだけのことで、そういう裏を無視してしまうと企画する人の力の足りなさ、実際に仕事の注文を受けても、まずは相手に信用を与えるところからなのだけど、相手が信用枠の設定みたいな話。商売の基本から難しくて、そういうところは最後やっぱり、何年も出来上がった生地を引き取らないとかもある。繊維ニュースなどでも社長がサンプルは自社で費用負担とか言われているところもあるけど、サンプルコストすら請求せず、林与の自社規格でサンプルを開発して、契約があっても買取しないとかで、じゃあ自分で売りますからと売ってなくなると、電話が来て、なんで売ったんですかで、お前が売ってもよいといったからと日本の大手生地商社の情けない話。覚悟ない子供相手に仕事は無理。

納期を急がせて、そのあと2年も買取待って、いつかうか分かりませんとか。その生地にしても、ものづくりへのこだわりのブランド向けだけど、あまりにひどいものづくりの考え方。その商社とものづくりへのこだわりのブランドが取引していると、注文したものを買わないというレベルで、ものづくりすら成り立たなく、金融面でも商社機能を放棄して林与が相手するのも無理。同じく繊維関係の大手商社も同じような商売で現在問題が膨れあがって日本の繊維業界の諸悪の根源。他にも日本の商社の好調なところは、海外から生地を輸入して日本で売って、日本の高級生地を海外に売ってのところがあるけど、日本の百貨店で売る生地もそこの会社はすべて日本製という謳いだったり。それが日本の繊維業界の元気な秘訣というのが悲しい日本の繊維業界の現実。アイリッシュリネンと同じ話。
2019年12月07日
シャトル織機の感光フィーラーの電気の球は、6Vのタイプで廃盤になってしまったようでこれまた頭を抱える話。シャトルも調子よく動いていても動かしている時間が長いので、はさみどころが悪ければ、1か月に1本くらいは壊れてしまう。シャトル織機の管も、今量産の時期になって300本では足りない感じで、昔の管を使えるちょっと大きなシャトルを在庫品で見つけて、若干の加工をほどこして、林与の織機で使えるようにしている。

織機を維持してゆくときに、純正の部品なんかを期待してもないことがほとんど、似たようなものを代用するか、汎用品を使えるように加工するしかないのである。このあたりが、結構私が得意なところで、シャトル織機の皮のバッファが壊れてしまったのを、別の素材を活用して作ってみた。この4か月ほど問題なく動いている。スタッフの女の子がそれをつくるのに半日くらい掛かっているので安く上がったということではないけども、なくなって仕事ができなくなる心配がそれで一つ消える。

シャトル織機にしても日本のメーカーも海外のシャトル織機をまねて作ったあたりから始まっているけども、独自に材料などが進化したこともあり日本のシャトル織機は長寿命である。林与のシャトル織機は個別のモーター式だけど、モーターが貴重であった100年前のベルト式のシャトル織機の工場でも現役で動いているところがあったりと、単に織機があるというよりも、仕事が続いているからその設備も技術も残っているのだろうと思える。着物の世界から洋装の世界に代わって、小幅で織られている工場さんというのは相当な苦労をされてきたと思うが、今、逆に小幅で織る織物が注目されている。織りあがった生地というよりもその作り方に価値を感じて買われる方が増えていると思う。

林与のレピア織機も動かせる状態であるのだけども、レピアの仕事よりもシャトル織機の仕事のほうが忙しい。織るスピードも遅いし、4色使える管を交換する杼替えタイプなので、交換作業も、管に糸をまいたり、糸を掃除したりも忙しい要因になる。時代の流れは非効率なことはやめる方向なのだろうけども、非効率なことを人がやっている姿こそが繊維や織物の文化そのものだったりもする。先進国よりも途上国の織物のほうが繊細だったり、人のデザイン性詰め込まれていたり、特色を持っていたりと、途上国のほうが文化が豊かだと思える部分である。人が生きる力を自分の中に途上国の人は持っているのである。
2019年12月06日
楽天から勧誘が来るが、そのあたりが楽天と言う企業の駄目なところ。過去に楽天にお店を出していたことも確認もせずに勧誘してくる。昔、2年ほどやったけど、契約とかは無視して勝手に有料のオプションサービスをつけるとか。そんな泥棒的なこと、一般のお客さんにやったら社会問題になるようなこと、CRSの欠如も甚だしい。殿様商売の典型だが、そういう関係が長く続いて深入りしてしまうと縁を切るのも難しいだろう。

近くでも楽天でうまく売り上げを作られている会社さんもいくつも知っているけど、楽天と言う会社の考え方が気に入らないので、楽天本体から電話があるとお取り引きはしないことにしている。ほかにもGMOさんも同じ感じで、勧誘の電話があるとお取り引きはお断り。相手がすぐに切りたくて逃げる話で、しつこい勧誘の電話でも断りやすくて楽でよい。

あと、関西電力も一方的な値上げの話で、そのあと価格競争に負けそうになってきたら値下げの話。そのたびに契約を書き直してくれみたいな、契約内容が、あなたの電話で説明していることと明らかに違う契約したものに不利な内容なのに、それは大丈夫だから契約してほしいとか。もう大手企業というのはむちゃくちゃ、だから、原発も爆発しても、原発稼働しないと電気料金が上がりますけどそれでもいいんですか、みたいな程度で、自分の損得だけしか考えていない。

ほかにも、SoftBankの法人向け携帯電話の勧誘とか、シャープやキャノンのコピー機の勧誘とか、簡単に断る方法は、社長と代わってくれと言えば良い。営業マンがすぐに電話切りたがるモードになる。相手にとってあなたの存在は自分に会社よりも下程度の存在なのである。ものには罪はないが、そういう上から目線の人間が支配しているものやサービスというのは好きじゃない。
2019年12月05日
京都の知名度の高い染工場さんから代表取締役交代の挨拶状をいただいた、驚いたのは、後継者不足で株式を他の会社に譲渡される形を取られたこと。残すためにはそういう方法が選択肢の一つだと選ばれたのだろうが、知名度の高い特殊なことをやっておられる会社さんでも後継者がいない。

難しいのは特殊なモノづくりというのは設備や技術じゃなく、人の要素が大きいということ。同じ設備や技術でも実行する人が異なれば同じ結果が得られるとは限らない。特殊な織機を譲り受けてもその状態ではノークレームノーリターンのジャンクでしかないどころか、動いたとしてもまともなものがつくれなければまだマイナス。事業継承というのは本当に難しいものだと思う。

設備や技術があってもそれをどう生かすかというのが実績としてつくったサンプルだったり経験だったりする。設備や技術だけでなく、長年の経験のサンプルやデータが残っていなければ、その設備や技術の価値は生かすまでにまた何十年ものの積み重ねを必要とすることになる。

昨日も、いろんな織機の問題と遭遇、昨日だけでも3つくらいの問題を解決。異音がして動かなかった織機の原因究明、シャトルが挟む問題、送りハンドルを回しても送らない問題、飾りのロッドが一本だけ長くてはまらない問題。織りだしがダブついて織れない問題なんかもあった。織物を一つ織ろうとするといろんな問題にぶつかる、そのたびに手を油だらけに黒く汚して、織っている時間よりも修理している時間のほうが長かったり。まあ、それでも最後には解決して何の問題もなかったかのように動き出す。

誰が答えを教えてくれるでもなく自分自身で答えを見つけ出さないと織機はずっと止まったまま、自分自身で解決するから織物が織り上がる。力が足りなければ織物は織れないまま。たくさん織機があるので順番にひとつづつ問題を解決して織物を一つ一つ織ってゆく、それが仕事。新しい人が同じ経験をして織物をつくれるのかという問題。設備と技術という問題だけでなく、やる気みたいなものが相当ないと一つの工程も乗り越えられないだろう。しかも、人が少ないので総合的な力も必要となってくる。林与の場合、糸が届いてその糸を織りあげ、検反や修正、出荷、時には加工や染色、製品にするまでもを一人でできるようになることが基本、作家的なトータルな布つくり。

結局、必要なことそれがすべて仕事というのが仕事の原型ではないのかと思う。現場の職人というのは一つの作業に没頭できるので幸せだなあと思える、が一方で、体が覚えているだけの感覚だけで仕事をしてしまうため、新しいことに対応ができず、経験のないことに対しては分からないとかできないが増え、初心者ができることでも経験者ができないことが多かったりもするものである。たぶん、それは経営に関しても同じで、自分は経営で作業は他の者みたいな感覚に陥ると、ものづくりも他人事で落ちてしまうだろう。作業している人間の苦労くらいはへっちゃらでないと職人たちに良い方法を教えることもできないし、やればできることでも職人たちのできないわからないが限界となる。

ある意味、職人的の世界というのは作業が苦痛を伴わない体が道具になったようなあたりではあるけども、人が機械と違うのは柔軟性という部分で、柔軟性を欠いてしまうと、機械にも劣ってしまうのではないかと思う。機械を使うときは機械が仕事しやすいように人間が面倒を見ないといけない、たとえば、手でつなぐでなく、タイイングマシーン。人が物事をするときには自分の面倒は自分で見ることができるのである。それが他の人に面倒を見てもらう必要がでてくると他の人を使っているようで他の人に使われている状態なのだろうと思う。

こういう話は自分自身が何十年の経験者が難しいという作業を解決するのが普段の仕事だと思っているので後継もできるんだと思う。問題が詰まった状態でのバトンタッチ、解決する力がなければと思う。織物の会社、正しく織物が織れないと、海外で正しい織物が織れるのが当たり前になってくると、経験者でもそれまでできないわからないで通っていたものが、海外に追い越されてしまう話。後継者問題にしても自分たちの問題を年金のように次の世代に背負わせるのではなく、自分たちが次の世代の手本となれるように自分自身がほかに頼らず完結して仕事するのを見せる必要があるだろうと思う。どんな苦境でも腹くくって自分が受け一人でも背負って、何十年やってきたことでも間違ってる姿勢のものは間違ってるからちゃんとしなさいというような覚悟がないと、惰性的な気分では後継するというのは難しい。ちゃんと地道な作業にいそしんでいるうちは大きくはぶれないものである。職人的な気質もどんぶり勘定な経営者と同じで面倒が先にたつことが多く、それが外が見えない世界につながり、地場産業が衰退する要因の一つ。

地場産業衰退の要因を分析する大学の先生にも地盤産業衰退の本当の理由を教えましょうかというのもそのあたりなのである。同じ設備と技術があって人という要素が大きく、それは仕事の中でのことではなく、社会的な要素に振り回される。巨大文明が一瞬で消えてしまうのと同じで、基本を失って法律ができたりすると、それまでのことが軌道修正もできずに一代で終わるという話は、ひと世代ももたなかった年金制度に通じる。年金制度はその一代の自分たちの将来を面倒見るどころか生まれてくる赤ん坊たちに面倒を見させる制度。法律的には正しくても滅びゆくのも当たり前の緩慢な愚作そのもの。次の世代が働いて解決するのは海外での階級社会的な児童労働を超えた問題だろう。
2019年12月04日
国連でコットンが問題視されている、1着のジーンズで、人の飲水10年分が使われるということ。これの問題が、規制基準の高さがある。オーガニック認証もそうだが農薬を使わないとなると、雨の降りにくい砂漠地のような場所に灌漑で水を流してコットン栽培。本来乾燥している地域なので、例えばテキサスなんかではオーガニックコットンは地下水を組み上げスプリンクラーで水が供給され、地下水の渇枯と地盤沈下の要因になってしまっている。

自然農法にゆだねたオーガニックコットンというのはハンドピックトなのでまさに、オーガニックコットンの中では絶滅危惧なオーガニックコットン。マシンピックとなオーガニックコットンは地球環境を破壊しやすいという要因がある一方で、機械集約型の近代的な農業で行われるために、通常のコットン栽培と変わらない生産効率がある。費用面での負担とすれば認証に掛かる費用が農家の重荷になってしまって、遺伝子組み換えの特許問題で農家の貧困の要因となるのと同じ要素。認証かモサントかの究極の選択を迫られる農家。モサントに騙されたという農家がオーガニックに動いて成功するのかというと、今みたいな認証の基準が原因となり、地球環境の破壊につながるのが目にみえてしまうと、農家にあなた達のやってることは地球環境によくないからやめなさいと言えるのか、否かの認証機関の存在意義や認証基準の浅はかさの問題とも絡んでくる。

ハンドピックトされることがオーガニックコットンの価値を生む話だったのに、いつのまにか、ハンドピックとされないマシンピックトなオーガニックコットンが、オーガニックコットンの主流となり、このような問題を引き起こす原因となってしまった。オーガニックコットンの世界で言われるのも農家の利益のこと、モサントに騙されて自殺に追い込まれた農家がいて可愛そうだから、オーガニックコットンをつくればそれは解消されるみたいな話で誘導だが、本当にオーガニックコットンなのかもはっきりとしない2010年頃の世界のオーガニックコットンが認証機関の不適切認証の問題で半減したこととか、今も、遺伝子組み換えコットンが混入しているのではないかと言う問題も、判別する手段がないから遺伝子組み換えコットンが混入しているとはいえないというレベルの認証機関の説明。

諸悪の根源のように遺伝子組み換えコットンを叩きながら、オーガニックコットンに遺伝仕組み替えが疑われると判別する手段がないで逃げてしまうような説明では認証としては、認証機関としてはまずいというのも分からんのかなあ。消費者は本物だから買うのだけど、認証機関が判別する手段がないではあかんだろうなあ。2010年までのオーガニックがオーガニック認定として適切ではなかったのも明るみになった。日本国内ではそのことは隠されてしまっているが海外では認証機関の認証すらもが怪しいという消費者サイドの目線。オーガニックの原産大国インドが、認証機関に適切に認証をするよう指導したということ。その多くが、日本で製品としてオーガニックを謳って流れて販売されてしまった。

トレーサビリティにしても、クオータ制をとってしまと、オーガニック原料をたとえば1トン仕入れば、1トンまでオーガニックの糸の認証がでますよ、みたいな制度だと、トレーサビリティがないのだが、これはオーガニックリネンにも当てはまることだが、トレーサビリティーが一人歩きしてしまう現象。結局、本物か偽物かは、業者の良心に委ねられるのである。信用できる業者から買うことが大事だろうと思うのは、アイリッシュリネンの幻想の話と同じこと。

オーガニック原料云々も大事だが、製織、染色や加工もオーガニックの要素であることは理解が必要。林与のオーガニックでも究極のオーガニックは、オーガニックの糸を糊を使わず織り上げ天日干しのナチュラル仕上げで、こちらがオーガニックとしては究極。でもこれは普通のアパレル向けには向かないので、同じオーガニックの糸を使用しながらも通常の加工工程を経る業務用途に適したオーガニックリネンプロシリーズ。林与としては、オーガニックでひとくくりにするではなく、適切な情報を正しく消費者に伝わるようにしたい思いはある。通常だと扱いやすいオーガニックプロシリーズをオーガニック出ない部分まで隠してとか基準を下げて、これが本物だとやってしまうだろうけど、それだと本当のオーガニックが消えてしまう部分がある。オーガニックじゃないところはオーガニックじゃないのも理解いただきながら、基準でごまかさず信念をもってオーガニックを提案してゆきたい。
2019年12月03日
ポリエステルのマイクロファイバー問題、私が一番気持ち悪いなあと思うのは裏に利益誘導があったりするところ、コットンと水の問題も裏に利益誘導があって、たぶん、遺伝子組み換えでエコなコットンというのがエコだという流れだろう。CO2問題で、国連が原子力発電を推進とか本当にありえない話で、エコを謳う国連や環境庁が環境問題の素人そのもので、福島の爆発をもたらしても反省もなく。環境庁なんて、処分に困る汚染度を全国にバラまくという暴挙に出ている。安全な汚染度ならまとめてとどめておいてもよいだろうが、これも国民騙しそのもの、危険を知っててはあたりまえ、100ベクレルで普通は危険だとされるものをチェルノブイリだと避難推奨レベルの8000ベクレルで安全だという環境庁。国からすれば、メルトダウンを隠匿で何十万人が死んでもどうでもよいような原発行政。たまたま、不完全な原発が地下水から放射能物質を大量に海に流れでたからチェルノブイリのような石官化が必要とならなかっただけのこと。人の管理の範疇を超えた愚かさの部分に何十万人の命や健康が救われたが、その一方で、日本国民の軽い命。

ポリエステルだけど、エコを謳うオーガニックの組織が再生ポリエステルをしかも、漏れ出しやすいような混紡でオーガニック認定するような流れがあったりと、国際的認証機関が反エコ推進なのか、それとも国連がマイクロファイバー問題を取り違えているのか、同じエコでも対立するような概念。私自身は、ポリエステルにしてもポリエステル100%なら長く使えば、1生着ることができれば、最大でもポリエステル100%なら1着の百分の1しか流れださないレベルだろう。それが混紡だと結合が弱く流れ出しやすい。例えば300gなら1gがマックスなんじゃないのかと思う、1生で1着がゴミ袋問題1枚のこと。それよりも300gの服を捨てる話になると自然に帰らない実際プラスチックゴミとしての存在の問題が大きい。裁断して埋め立てとか土壌汚染そのもので、そういうのが環境破壊の一要因となるが、そういうのが環境破壊にカウントされないのが、環境破壊問題のそもそもで、日本の土壌汚染を危惧しながらも、ゴミを埋め立てして埋立地がつくられていたりとアンバランスすぎるエコ意識。

本来はゴミを埋め立てするようなものこそ一番の環境破壊なのだが、それが普通のごみ処理問題。地中に埋めるより燃やしたほうがまだましなのかと思うけども、そんな処分に困るゴミで作られたような土地は本来やばすぎるだろう。なんか論点をごまかすような行政主導のエコ。行政や利益誘導の問題を解決しないことには本当の地球環境保全もないだろう。

ゼロコンマ1gの問題を問題視するが、何百グラムの埋め立て問題は普通だというのがアンバランスな力関係で成り立つエコ推進、そういうのが地球環境的には一番アカンのや。埋め立てゴミというのは年間5000トンの世界、雨が降ると水が土の中を流れ、それは洗濯機の中で選択するのと同じ効果がある。マイクロビーズが水の動きと一緒になって河川に流れ出るのである、一部は浄化槽を減るが浄化槽でも沈下しない膜を透過するマイクロビーズ問題は解決はできない。ゴミそのものが地球環境を破壊してしまう要因で、ゴミをなるべく算出しないようなものづくりが理想。

ゴミを捨てるようにものが作られるというのが、大量生産型のモデルだけど、あれが結局すべて1年とか数年後にはゴミになっている。
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