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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2021年12月28日
衣食住というのは代替が可能な部分があって、寒ければ温かいものを食べてとか洋服を着てとか。今は住空間というものが優雅になって、季節を感じないようにエアコンが回り続ける。そういうのが結局は大きなエネルギー消費になってしまっているところはあるだろう。といいつつも、林与の工場の中も一つアラジンストーブを気休め程度につけていたりするのと、スープジャーにコーンスープの缶を浮かべておいてスープジャーが工場内に蒸気を一定程度発している。寒ければアツアツのコーンスープを飲んで体を温める感じ。

今日は、滋賀県は大雪そのもので外は思いっきり冷え込んでいる。彦根では観測史上最大の24時間積雪を記録。林与の周りも子供のころに経験したような雪景色で、軽自動車の屋根の上には50cm近く雪が積もっているような状況。夕方平和堂におでんの足りない具を買いに行ったけども、不思議なことに林与の車の屋根の上だけに雪が乗っている。他のみんなは車の屋根の上の雪をちゃんと落としてから車に乗っているのだろうか、夕方出荷にいっても運送会社の人に雪をちゃんとおろしてあげんとあかんよ、と冗談交じりに言われた。

この寒さというのは5年ほど前の強烈な雪を思い出す、年末年始2週間ほど捺染の作業に没頭した。あの時は寒さよりも捺染に没頭していて寒さで捺染したものが乾かないので部屋の中で暖房をつけて乾かしたのを思い出だす。型紙を彫ったり色糊を作ったり捺染したり乾かして洗いを掛けたりと、力のこもった布をつくりたいと絣染めに没頭した。2週間ほとんど作業をし続けて食べるよりも作業の連続。手作業がほとんどだったけども、年が明けてからは機材を作ることに没頭して手作業でやっていたことを小ロットでの生産が可能なところにまでもっていった。海外の展示会ではやはり多くの方の注目を得ることができて面白いなあと思ってもらえたと思う。

業務的な量産の布の世界よりも手づくり布のような面白さのある布の世界のほうが展示会においては多くの方を魅了する。展示会に来られるお客さんというのはデザイナーの方が多く、デザイナーというのは結局のところ機械で生み出されるものよりも、人の力で生み出されるようなものに価値を感じるのだろう。ブランドの購入担当みたいな人は逆に自分たちがロゴをつけて量産するための手ごろな素材を探したりするもので、デザイナーとは発想が異なるところがあるだろう。日本の着物の世界の布というのはまさに世界から評価が高いけども、アパレルの世界でも着物の世界のような人の力のこもった布を提案したいなあと思うところは今もある。

こういう雪に包まれて他の世界から孤立したようなとき、自分だけの独自の世界に籠れるのではないんじゃないかと思う。今年の年末年始は普通に作業に追われる感じになるとおもうけども、年末年始というのは籠って作業に没頭した経験がいろいろとあった。織物の仕事でも仕事をお金を儲けるだけの仕事としてやっていると時間などがすごく長く感じるのではないかと思う。仕事に没頭できれば追われるような感覚の中で次から次に試行錯誤して前に進めてゆくことができれば、1週間とか2週間でも1年でも経験できないようなことが十分に積むことができるだろうと思うが、私自身普段からいろんな雑用に追われすぎていて深い世界に入れるのは問題のある一瞬一瞬だったりするので、いつか時間ができたときには深いことをしたいなとおもう。

今日は会社の経理的な、年末中に振込などしておかないといけない案件など溜まっていたのが3時間ほどでいろいろと解決できて少し頭のなかにいつまでも記憶しておかないといけない10くらいの確認事項のことを頭から消し去ることができた。行動して実行に移して解決していけると頭の中から消し去ることができるのだけども、いつまでも残して解決しないで頭の中に留めておかないといけないことはやっかいではある。
2021年12月25日
今日も糸商さんとの話をしていて、市況がそれほどもよくない繊維業界でも原材料の高騰は避けられないような状況で、このあと半年で15%から20%以上の原材料価格の上昇が予定されている。海外依存で原材料の入手が難しくなれば当たり前に原材料の価格が上がって来てそれが毎年10%20%で製品価格を押し上げる要因に。

林与も今期の値上げはしないいつもの方針だけども、来期に向けては10%から20%くらいの上昇はありそうで、好景気というのではなく、まさにスタグフレーションそのものな状況が日本の繊維業界を取り巻きそう。そういう状況もしばらくすれば落ち着くのだろうから長い目で見て生産者の価格変動なども柔軟に受け入れてゆく必要があるだろう。値上げしているからといって優雅な値上げではなくてコスト上昇で成り立たないからの仕方なく値上げというケースがほとんどで、その価格上昇の方向性というのは一定の落ち着くタイミングまで達しうるだろう。

リネンにおいては不作で品質も悪く高値どまりという傾向がこのあと1年くらいは続きそう。不作が続くこともないだろうけど、1年2年はマイナスも覚悟して乗り切らないといけない状況。地球温暖化もリネンには影響を与えているということらしい。あと中国の電力不足も糸の生産に影響を与えているとか。半導体不足のように糸も不足するようなことになりそうな1年になるのかもしれない、

一方で、中国の不動産バブルは確実なほどにはじけてしまった感があり、下がることもあると分かったときには、不動産への投機熱は日本の不動産バブルと同様に冷えこむであろう。インバウンドを期待しての日本経済ではあるけどもインバウンドが期待できなくなったときにまた内需に期待するとかは外に甘く内に厳しく両面的に国内経済を消耗してしまう。

年金の資金を国内経済に回して守っておけば、国内の経済のより堅実な成長を守れたのではないか、なぜ、日本国内の資金で外国株式を買って、競合相手に塩を送って日本企業が守れるのだろう。そんな国は珍しいだろう。日本の国債を買ってくれる他国がどれほどあるのかという話。日本株式だけなら投機目的にはあるだろうけど、安定的に外資が日本の企業経営を支えるために資本提供してくれるなんて言うのはありえない話。日本政府がそれを他国企業に対してやってしまっているから国策として失敗だろう。日本と関係のない外国企業が投機目的以外で日本企業に資金提供してくれるなんてのは普通はありえない話。国内を支えずに海外を支えようとしているのだから、国内の内需型の製造業は本当にきつい話になるだろう。

でも、今のところ日本国内ではコロナが落ち着いて、それが他国と比べて一番良かったことに思う。経済問題よりはコロナ問題が収束するほうが大事に思う。
2021年12月24日
マクドナルドのポテトがコロナの影響で輸送がうまく行っておらずSサイズに限定されるということ。牛丼も軒並みの値上げで、それも輸送コストの上昇らしい。アメリカからの冷凍海運費用が上昇しているということだろうか。日本もそうだがアメリカの外食産業もコロナの影響を受けて低迷しているあたりが、定期的に便があったものが成り立たなくなるということもあるだろう。日本から中国向けなどの航空便荷物も中国から日本向けの荷物などもかなり遅延が生じていて、飛行機などが減便されてしまって簡単には積むことができないという問題が生じている。

9月くらいに糸商さん経由で糸を手に入れようと思っていたのだが、11月の後半近くになってしか手に入らないというようなことも起こった。糸の生産にも影響が出ているのだろうけど、海運もいつものようにはうまく機能していないのが感じられた。これって同じことで、海外に自分が生地を輸出しようとしても到着が不透明であるということ。海運だと1か月とかズレてしまうもあるだろう。そうなってくると納期の問題発生の可能性が高く、最初から受注しないほうが無難であるという結論になる。

国内の生産にしても同じことで、納期の厳しいものは糸の手配が確実でないと受けるのは非常に厳しい話になる。つかう糸の銘柄や製造ロットを絞った生産を心掛けてはいるけども、そういうのが崩れ始めると糸の段階で糸質の変化などが生産に影響を及ぼしてくる。昨日、生地企画の方とお話していて、経糸に使って織れない糸の問題があったそうで経糸を変更したということ。リネンも世界的な需要の増加で価格は高騰しつつも原材料の質などが落ちてきているのは生成の色の不安定さなどからも感じてしまう。

コロナで不景気の流れのなかでデフレ、すなわちスタグフレーション的なことが起こり始めている。ラーメンなんかも800円くらいだったものが1000円あたりになったり、お客さんが減ったことで値上げして成り立たせないと成り立たないというような状況があるようにも思われる。高度成長期の1970年代、1980年代に建てられたマンション、ホテル、家などは、昔だと地価の上昇が建て替え費用も捻出できたが、今は建壊し費用だけが上昇し、建物が立っていると土地からその分マイナスという評価。古いマンションやホテルを壊すのに何億円も掛かるというのもバランスが取れすぎていない。築40年、50年の分譲マンションの所有権を持ったら大きなマイナスだったりする。

不動産を持つことがマイナスの時代が来るというのもなかなか厳しい話だけども、日本は不動産の処分さえなかなか難しい問題がある、日本はそういうフェイズに突入し始めているように思う。不動産に乗っかって吸い上げたい日本の行政的な硬直性が大きく影響をしているだろう。日本人が持つとマイナス、外国人がもつとプラスという物件は多いだろうし、企業買収や、業界参入にしても、同じこと。国際法的な概念が適用される海外企業が日本で動くのは簡単で、国内法にしばられる日本企業の多くは、行政の力の強弱にさらされてどんどんと競争に負けてゆく。
2021年12月23日
昨日は、いろいろと朝から検反したり糸を運送会社に取りに行って染に持って行ったり夜は出荷したり。いろいろのいろいろ。その中で思いたって1時間ほど安土城跡に登った。リニューアルされてからは初めてで、15年くらい前だろうか登ったときの記憶とかなり違うイメージになっていた。3時半くらいに上り始めて、ぐるっと回って1時間半ほどの工程。

安土城も彦根場も昔は琵琶湖が堀になって山が城みたいな感じで、島のような城、船でしか攻めることが難しいような構造。安土城の場合は、怒られるかもしれないけども、信長はお寺を燃やしたりしたので神仏信仰の盛んな湖東地域では嫌われていたから城跡というだけで、無料で登れる石段がつらなる山という史跡的なイメージだった。

今回登ってみると石仏がいくつも石段に使われていて、そういうのは築城のためにお寺などから集めたものらしい。キリシタン大名といわれたのに、なぜか、お寺的な要素がいろんなところにあるので、不思議、仏足石なんかもあって、仏教信仰があるなら、なんで比叡山や湖東三山を焼き討ちしようとしたりしたんだろうか?歴史を私が勉強不足過ぎて疑問だけが残る。

この12月の冬至あたりに、山に登るはやっぱり寒かって、夕方最後くらいだったので、私たち以外には誰も観光客とすれちがうこともなかった。久しぶりすぎる安土山。観光名所としてリニューアル中のような感じだが、案外、上まで登るのは体力が必要で温かい時期の半日コースくらいなら理想だろうか。帰路にあったお寺と仁王門は初めて見たけども、それだけでも普通のお寺にあるもの以上に歴史的な気合がはいったつくりのもの。当時のままがひっそりとそのまま残っているのだろう。

夜の出荷は9時に出荷したかったが断念して、急ぎからじっくりモードに切り替えて成り行きでの出荷。トラックは全部出てしまっていたけども、夜中、運送会社に到着で、もう明日は無理なの分かってたけども、明日到着で大丈夫みたいな流れにこういうのは本当にありがたい。
2021年12月21日
数日前に降った雪が積もってその雪が解ける今のタイミング底冷えするような寒さ。私は暖房を使っていないので夜は寒くて寝られないくらいの寒さ、対策が必要と冬山でもつかえるシュラフ型の寝袋を引っ張り出してきて、チャックを締めて筒状にしてその中に入って上から毛布を掛けて寝る。寒い空気が入ってこないので体温が奪われずに自分の体温で寝袋があったかくなるのでこれはよいアイデア。

眠ったときに体温を上げて起きて元気に動けるようにしておかないと体が冷えたままで起きるとかは仕事にも差し支える。今は3月末くらいまでの生産の詰まり、糸も揃って整経や織の準備の両方で生産の計画がいっぱい気味な状況、まだ数台立ち上げ中なので効率よく織るところまで行っていないが、もうすぐ5台、6台と準備ができあがると織るのに追われる状況に入る。

先日、亀岡の棉生テキスタイルさんと電話でお話してたら、亀岡もむちゃくちゃ寒いらしいが、そういう寒さがあるからぼけないみたいなこと言っておられた。仕事は孤独との戦い自分との戦いだみたいなこと言っておられたのも、超えたところのものづくりというのは当たり前にそんな感じだろう。やっぱどこもそうやわなあというあたり。前向きすぎくらいに動いておられ経験もいろいろ持っておられ苦労話を聞いていても笑い話。



2021年12月20日
今は国内企業よりも他国企業の下で働く形が日本の行政の縛りなどから逃れることができて無駄も少ない。日本政府は国内の製造業を他国生産に移転させ、つい最近までの資本主義型アメリカのように形骸化してゆき、できなくなったものに関しては半導体やディスプレイのように、外国企業を応援して賄おうとする。アメリカや中国のように、日本も自国企業を最初からとことん応援しておけばよいのに、もう国内でつくるものも海外のものとそれほど品質が変わらなくなって、海外の商品に関しては緩い規制で、国内商品には厳しい規制とか。

どんどんと海外製品に置き換わる様な政策を行いながら、製造業に置いて国内市場を海外に明け渡しつつ雇用を守るとかは難しい話になってくる。だから、観光立国とかなんだろうけども、休日を増やせば、観光業は働けるけども、製造業は働く機会が減るのである。観光業への利益誘導でしかないが、それが、転んだ時にはどうなるのかというのが今のコロナのような状況。

ホテル業界が不況の中で、一番の勝ち組とされるアパホテルに札幌と大阪で宿泊をしてみたけども、思いっきりマイナス覚悟での経営そのものに思う。ホテル業界の今の厳しさそのものを痛感した。私は出張だったので適用対象ではなかったが、観光だと税金で宿泊代金が何割か返ってくる状況でもその状況。飲食関係も、同じようにお店を開いていても、プラスとマイナスでは、継続してやっていけるかどうかでその差は大きいだろう。時短要請なくても、お客さんが戻っておらず、営業時間を短くしているところも多い。
2021年12月20日
今は国内企業よりも他国企業の下で働く形が日本の行政の縛りなどから逃れることができて無駄も少ない。日本政府は国内の製造業を他国生産に移転させ形骸化してゆき、できなくなったものに関しては、半導体やディスプレイのように、外国企業を応援して賄おうとする。アメリカや中国のように、日本も自国企業を最初からとことん応援しておけばよいのに、もう国内でつくるものも海外のものとそれほど品質が変わらなくなって、海外の商品に関しては緩い規制で、国内商品には厳しい規制とか。

どんどんと海外製品に置き換わる様な政策を行いながら、製造業に置いて国内市場を海外に明け渡しつつ雇用を守るとかは難しい話になってくる。だから、観光立国とかなんだろうけども、休日を増やせば、観光業は働けるけども、製造業は働く機会が減るのである。観光業への利益誘導でしかないが、それが、転んだ時にはどうなるのかというのが今のコロナのような状況。

ホテル業界が不況の中で、一番の勝ち組とされるアパホテルに札幌と大阪で宿泊をしてみたけども、思いっきりマイナス覚悟での経営そのものに思う。ホテル業界の今の厳しさそのものを痛感した。私は出張だったので適用対象ではなかったが、観光だと税金で宿泊代金が何割か返ってくる状況でもその状況。飲食関係も、同じようにお店を開いていても、プラスとマイナスでは、継続してやっていけるかどうかでその差は大きいだろう。時短要請なくても、お客さんが戻っておらず、営業時間を短くしているところも多い。
2021年12月19日
ワタには2通りあるの意識されている人はほとんどないだろう。ワタといえば綿と書いて、コットンボールからできる綿の糸みたいなのが普通のいめーじだろう。私も繊維業界に入って、そういう綿のイメージをもっていたけども。元来、ワタというものには、何通りもあって、日本では打綿するという技術がは立つしていた。東円堂にもふとん屋さんと呼ばれる家があるけども、そのお家は布団綿を打綿するのが仕事のお家だったからそう呼ばれていた。

近江真綿というのは、コットンではなくてシルクを打面してつくる綿。蚕の繭を打面して引き延ばしてそれを何層にも重ねて布団綿にする。古来からの高級なお布団の綿の作り方。安価なものは何が使われたかというとシルクではなく、大麻の繊維を打面して布団ワタがつくられた。戦国時代にコットンは日本に入ってきたとされてはいるけども、それまではワタといえば、シルクか大麻を打綿したものがほとんどだったろう。妙とよばれるものも、もともとは、多重から変化していると思われ、シルクを打綿して引き延ばして重ねたものをニギタエ、大麻を打綿して重ねたものをアラタエとよんだところから、織物に変わっても、絹織物がニギタエ、麻織物がアラタエという風に呼ばれてつづけたのだろうと私は考えている。ニギタエは、目の詰まったにぎわった妙で、アラタエは、粗妙で、それを上品にシカは散らばっているので、麤妙という文字が当てられ、鹿の皮という意味ではないだろうと思う。

今は天然繊維を打綿してふっくらとさせて使うのは、天然繊維ではコットンくらいだろうけども、昔はいろんな繊維が打綿して使われた。現代では織物のほかに、不織布というのも幅広く使われていて、それが現代の打綿技術の結晶ではないのかと思える。打綿で膨らませるというよりもニードルパンチ的な技術何だろうけど。能登川地域にもツジトミさんや日本不織布さんなどがあって、繊維業としてはそちらのほうが今は規模は大きいのだろう。不織布ももう古いと20年ほど前にツジトミの社長が言っておられた。新しい素材や代替技術を追い求める、外の世界からすると麻織物を続けているというのは昔ながら続いてきたことを残しているという、日本で昔ながらの農業を続けるみたいな感覚に近いのだろう。

コロナ以前に、大阪のてづくりフェスタにいったときも、大会委員長が清水惣さんでもともと湖東産地の方、多角的に衣料全般のグローバル企業として展開をされている。林与が参加させて頂いているのをしって顔を見に来てくださったが、時代に合わせて変化し成長するスタイルを続けておられるのを感じる。林与の存在意義的なものを考えると、麻織物の産地での麻織物の変わらぬ価値観をどう残して行くか、生み出して行くかの当たりなんだろうなあと思う。林与だけではないけども、産地でそれぞれがやっていることが結局産地のものづくりの特色となってきたのだしなっていくのだから。
2021年12月19日
今日は、朝に姉貴夫婦が手伝いに来てくれて会社のビジネスフォンの取り外し。30年以上も使えたので十分に活躍してくれた。リースなので電話機もリース会社の産業廃棄物の一種なので、リース業者も処分を回収業者に任せている感じであろう。外した15台を箱の詰めてクロネコで東京の回収業者に送る。クロネコもヤマト便という大型荷物の配送をやめたようで、以前は160サイズ25kgまでだったのが、200サイズ30kgまでになったみたい。以前は宅配便の規定を超えるとヤマト便だったので、ヤマト便は数日かかるとかですこしややこしかったがこの宅配便への統合はありがたい。

電話機を取り外すのが手間だったのが、16台用のビジネスフォンだったので、ほそい4本の電話線が16セット配線口から出ていて、一本も切らないようにしたかったので、親機の前ふたを開けて、中のコネクタを一つ一つ外す形。パソコンの自作機が流行った2000年ころに、パソコンパーツを組み立てていたのを思い出した。PBと呼ばれるホーンボックスの中ってこうなってたんだと分かった。16セット分あるからややこしいだけで、1台分づつ考えると単純な仕組みに思えた。会社も小さくなったのと携帯電話がメインになっているので、気軽な家庭用の子機つきの電話機に変更しようと考えている。


2021年12月19日
すごく柿渋系の味のある調和の取れたものづくりをされるのが亀岡の棉生テキスタイルさん。テキスタイルマルシェで販売されている生地のなかに一つだけ浮いてしまっている、すごくシュールな柿渋があった、キューピー柄の布を柿渋にしたもの。違和感バリバリだったけども、そういうパンチに惹かれる人もいるだろう。私自身がなんかそのシュールさにそれに逆に興味が沸いた。尋ねてみると、このキューピー柄の布が余ったのでどうしても売れないので柿渋にしてみたというだけのことだった。味の良いテイストのものばかりの親方が、現代アーティストのような「瀕死のキューピー」みたいなシュールな布も生まれてくる理由がさっきの理由。普通のアーティストだったら、自分のテイストと合わないものなんて取り合わないだろうけども、この方はやっぱり一つの布すらも救おうとする力を持っておられるんじゃないかと思うのがその辺り。そういうのが綿生さんに惚れるところ。一つの行き所のない布を救おうとされるってやっぱり温かい気持ちをもっているひとでないとできないこと。自分のテイストを捨てても、自分の力で救いたいなあみたいなものがあったりされるのがいい感じ。

テキスタイルマルシェの時にも綿生さんのブースに若い男性スタッフがおられて、棉生さんも新しい方を雇われ甲斐性があるなあと思ってあとで聞くと、学生の人が自分の生地をコンテスト用に買ってくれたのだけどあとで代金が払えないというので代金貰う代わりにアルバイトしてもらったということ、布だけでなく若い人にも生きる道みたいなものを自己の損得犠牲して説いておられる。自分よりも自分を裏切るような結果になった若い人に売り場に1日一緒に立つような経験のチャンスを与えて許してあげるような心の深さ。心の広さみたいなものがすごいなあと思う方。

すごく親心があって若い人と接しておられる。よく、職人とかがすごいというけど職人というのは子供だと思う。親方になって職人とか他の人の面倒をみてやっと仕事が成り立っていて、小さな一つの世界も他の人に支えられているだけのこと。もらえるお金も失ってまだチャンスも若い人に与えようとするような大きな器で、困るけどそんなもんやと割り切っておられ、そういう人生観が当たり前に調和のとれた柿渋のテイストの布を世界を生み出し一つの世界をつくれるような自分に対する厳しさの基準なのだろうと思う。救うためにキューピーの柿渋とか、自分の布を買ってお金を払えない学生を救うためにチャンスをあげ許してあげるとか、最高の人だと思う。大変すぎるだろうと思うけど。

久しぶりに思い出したので、電話でお話した。京都に何店舗か持っておられたお店をすべて閉じられたというお話で、それはそれでびっくりな話。一つお店閉めるのも大変だろうけども4つも5つも。コロナの影響をもろに受けられて、本当に大変なここ2年ほどじゃなかっただろうか。それでいて、本業での大きな新しいことに再挑戦ということでそれも最後ボトルネックがあって、本業の本業のサンプルつくりから今はされているというお話。大変だろうなあと思う反面、この方はやっぱり生き生きしておられてそれが作られる布に出てくるのだと思える。他とは違うダイナミックな人生観の味みたいなものが布を探しておられる方が求められる布みたいなあたりなんだろう。

コロナで外国人観光客でにぎわっていた京都のお店が閉じることになっても一方で、柿渋がコロナに対して効果があるなどいろいろとやっておられることが、その局面局面でどれかが脚光を浴びて成り立つようなお話。研究熱心なところと行動力を持っておられ、覚悟も決めておられるので、いろんなうまく行かないことも吸収しつつ、采に前に動かれている。
2021年12月18日
外のお話を聞いたり見たりしていると、このコロナで仕事がいろいろあるところと、激減してしまったところの両極に分かれているように思う。仕事のあるところというのは仕事を作り出していくような体質のところで、激減してしまっているところは仕事を待っているような体質のところなんだろうと思う。仕事を作り出して行くのはすごくお金の掛かることだし、やったことが当たるとも限らないから、いろんなことをお金と時間を使ってやっているような感じだろう。そして、そのやってることの一つ二つが後々の仕事につながっていく。

林与も今はレピア織機の稼働率が良くない、アパレル向けの生産が減少しているから。それをみて想像するに、アパレル向けに特化しているところというのは厳しいだろうなあと思うし、また、レピア織機の織物工場というのは仕事が減っているだろうなあと思う。半年ほど前に、一宮で駐車したらたまたま隣が織物工場で、織物工場のおっちゃんも、産元の賃機屋さんなのだろう、レピアを1台か2台、動かしておられて仕事していてもお金にはならんといってられた。一宮はウールの産地なのだけども、麻も横にときどき織るといっておられた。私よりも20歳くらい上の感じで忙しい時代も経験をされてはいるだろう。今は、仕事されていて一生の内で一番の底のような状況だろうと思う。

工場によっては、1台2台を動かすくらいなら動かさないほうがましという判断もあるだろう。特に従業員を雇用されているようなところだと、工場を休めて今の休業補償をもらうという形。2010年ころに、動けるスタッフ5名ほどいてくれて、ストールの爆発的なブームの終わった後、仕事に余裕がある時があって、その時には、じっくりと研究的なことを1年やった。アイリッシュリネンのプロジェクトもそのときで、リネンの超細番手にチャレンジするというプロジェクトも並行してやって、織るのも難しくすごく大変だったけども本当に良い経験になった。同時に、超太番手のプロジェクトもやって、リネン5番手とか織ってみた。これもなかなか手ごわいところがあったが、同じ織機で、5番手から150番手まで織れるということには感心した。そして同じ織機で織るにしても細い番手と太い番手では織機の調整が異なることもよく理解が出来た。

そのときあたりからだろうか、全国の機屋さんとの出会いなども増えて技術的なことの話を交換するというよりも、どうやったら新しいスタイルでテキスタイルメーカーが存在していけるだろうかというあたりの実践みたいなものを考えるようになった。私自身がネットショップを本格的にはじめたのもそのあたり、ネットショップをやっているといろんな麻に関する情報を持っておられる方がアプローチくださって、私の知らない麻布の世界も見せてもらったりしたことも多く、そこに私の推測みたいなものも掛け合わせてその布というものがどんな材料でどうやってつくられたのかとか、自分の織物とは少し違った分野の麻織物のことも考えるようになった。

いろいろとフルに携わっていると、その時に解決が難しい問題でもあるときに突然これが解決方法だったんだなあと感じることもあって、問題というのはそのときに頭に刻み込んでおけばよく、必ずしも解決までにたどり着くひつようはない。ひらめいたときにテストしたいなあと思うと、会社に在庫でころがっている生機数メートルが急に価値がでてくることもある。ちょっとやってみるとそれが解決方法だったかどうかが分かったりもする。検証するためにときどき機材から考案してやってみることもある。そういう頭だけでなく行動的な部分が自分の中では大事。回りくどく書いたけど、少し仕事が少なくなったときにやってみたいなあと思うことをやってみることが大事だと思う。

織物の仕事というのは無限に時間が掛かることが多いので、普段でも仕事を一つの仕事をしようとするときには織る時間だけでなく、織る以外の前後の準備の時間は織るのと同じくらいに掛かっていることも多い、サンプルなんかでは、本生産に向けてのテスト的な意味もあるので、その一つのサンプルで作業する時間がむちゃくちゃ長くなる。織物というのは仕事を待つのではなく生み出して行けるようなあたりがあって、また、小さな会社で一人一人が分業じゃなく、最初から最後までの広い作業範囲をこなせるようになっていることで、人の作業を前に進めていく。人の力が、結局布みたいなものだと思う。

皆が集まって布をつくるみたいなオムニバス的なものづくりというのは見せるテーマとしてはよいのだけども、現実的には強みを逆に薄くしてしまうような要素もあって、産地にも、いろんなものがあるというのが特色でだからやってれれる話だったりする。産地の一般的なイメージ以上に、個々の企業の特色的なものづくりみたいなものの方が強かったりするもので、そういう強みみたいなものが面白いんじゃないだろうかと思う。そういう強みを活かすテイストみたいなものは最終商品に結び付けてゆくためには必要だろうけども、そういう強みにあったテイストを2個イチにするんじゃなくて、強みを活かすような色付け柄付けをしてが、調和のとれた布を生み出すことになるんだろうと思う。
2021年12月17日
今日は、夕方過ぎに整経の荒巻が終わって、巻き取り作業で、大問題。ビームのフリンジのネジが一本外れて糸が引っかかったので、巻き戻し作業を数回天分やったら、その糸が緩く巻けてしまって荒巻ドラムの糸が食い込み始めて、地獄モード。ビームへの巻き取りが綺麗にできない状態になって来て、整経全没を予感したけども、荒巻ドラムに食い込み始めた糸を20回分くらいほどいて、底から再度巻き取りをやった。経糸の3分の2以上は救うことができて、少し安心。夕食休憩を取る。

夕食のあと縦繋ぎ、スタッフの手の動きを見ていると私の手の動きがぎこちなく思えるくらい。小さな手の人というのは糸を扱う作業が速いことが多い。スタッフの女の子も潜在能力的には1時間に450本から500本くらいつなげるスピードを持っていると思う。繋いだ糸を横にさばいているので私より遅くなっているだけのことに思える。

繋ぎ終わって工場の外は雪が積もって景色、今年は雪が降るのだろうかと思っていたのが先日だったけど、もう降って数センチ積もった。急いで1時間半ほどで420本づつの経糸を繋ぎ終わったので、工場の中があったかいはずはないのだけど、今日は寒くなかったとスタッフの女の子がいっていた。よかった。冬の工場の中での作業の寒さを乗り越えられるか心配ではある。

縦繋ぎが終わって、外にでると外は雪が積もって雪景色。夕食前に降り始めた雪が数センチ積もった。これからは雪との戦いが始まるが、雪が降っていると案外織物というのは織りやすいと自分で予想。本当だろうか?
2021年12月16日
やっぱり今年ももうすぐ雪が降るのかなあという感じの寒さ。雪が降るということは悪いことばかりでもなく、雪や寒さ対策のために必要なものがでてくるので、ある意味、イベントがあるのと同じ効果が起こっているようなところもある。どんどんと温暖化は進んでいるの感じがするのが雪が降らなくなったことから感じるが、昔のように雪が降るということは温暖化が進行していないということで地球にとっては良いことなのだ、と捉えることもできる。

近江湖東地域も、30年ほど前までは冬は雪に包まれたのが普通。寒いだけでなく、子供のころは剣道をしていたので、雪の降る中剣道の練習に通って、夜の体育館で練習していた。剣道少年たちは今もそんな感じだろうから、いくら大人が寒いといっても温かく着こんで寒いと言っているのだから、子供たちには敵わないなあと思う。小学1年生とかが、寒空の中、毎朝学校まで歩いていくのも、車でしか移動しない私からすると、子どもは大変だなあ、と思う。学校の授業にしても覚えないといけないことが多いし、大人になると覚えることも必要なくなって紙に書けば良くそれを必要な時に確認すればよいだけになる。人というのはどんどんと楽を求めることでだんだんとできなくなってゆくんだろうと思う。

今日は、夕方に染工場の方が糸を持ってきてくださって、時期も時期だけにかなり仕事が増えて来たそうで良い話ではある。アパレル業界もこの2年沈み切ってはいたけどももどりそうな兆候だろうか。戻るとしても、違う形で、ベーシックなところから戻るんだろうなあと思う。コロナ前も、高級アパレルは海外の爆買いみたいな需要だったが、まだ外国人観光客が日本に入ってこれるような状況でもないし、東京都の地価にしても東京オリンピックも終わった。高級アパレル向けの素材への需要が戻るのはまだ先の話だろう。

本来だと2年も完全にお手上げだと企業というものは人を抱えているのでつぶれてしまうのだけど、コロナ禍においては雇用調整給付金というものがあることで繊維業界を含むの多くの雇用が守られて来た。雇用調整給付金はまだ続いているようではあるけども、それがなくなった時には1年を通じての仕事がコロナ以前に戻っていないと、多くの雇用が支えられなくなり労働集約型の繊維産業というのは本当の不況を経験することになる。コロナ前にすでに大手のアパレルもリストラを行ってきた、店舗の閉鎖なども伴っているので、一つのブランドの規模というのは半分になったところも珍しくはない。

展示会などもウェブ形式が増えてきて最近届いた展示会の案内もウェブ形式の展示会。日本でのコロナは落ち着いているけども、世界ベースではヨーロッパ、アメリカ、アフリカは、危険な状況である。武漢のコロナのときにすでに分かっていたコロナの危険性のようなものが、半年とか1年とか立ってから、マスクは必要だとか、コロナは空気感染だとか、対策が行われる。日本でも2年前の2月にヨーロッパの展示会から戻って来た方からのコロナ感染が初期の日本人のコロナ感染の一つだった。国際的な交流の場が大きな拡散の場になってしまった。
2021年12月12日
夜に家に帰る途中で、スマフォでチェックが必要が案件があって、道路わきに車を止めてスマフォを見ているとパトカーが通って年末警戒のチェックを受ける。ちゃんとそういう車をチェックしているあたりが仕事されているのだなあと好感である。2週間ほど前に低圧電力の怪しい業者が来たときに警察に来てもらったときに対応いただいた方で覚えてもいてくださって、私もお顔を覚えていた。

仕事を仕事として形だけやっているのではなくてちゃんと業務として見逃すこともなくチェックするということは大事なことだろうと思う。逆にそういう警察の方がおられると安心ができ、自分も消防などで自警団的なことをやってきたので、本職の人たちがそういうことがしっかりと確認作業などできないと変な業者なんかがはびこったりして駄目だろうと思うのである。

田舎でも関係もなくかかわりたくもないのだけども、セールスとか、営利目的で一方的にかかわろうとしてくる怪しい業者も多い。以前も電気契約で、口で言うのは1割安いとかでも、契約内容を確認すると逆に高いとか、そういうことをやりながら大々的にセールスやって、消費者を騙して利ザヤを稼いでいる業者のほうが多かったりもして、騙してなんぼの世界がそこにある。まあ、携帯電話の契約なんかも安くなるとばかりで、勧誘時には、小さな読めないような字で違約金のことを書いていたり、契約を担当している人間も契約内容がはっきりと分からないような複雑な契約だったりと、まともな総務省が認可していたとしてもまともな業者は少ないものである。契約自体の中でいろんなことがぶつかっていたりして、そういう点があったりするのを指摘しても、これはこちらが適用されますとか文面で判断できず、文面に落とし込んでいる意味すらもない。あとあと集団で消費者が問題提起しないとあやふやなのを利用して利益をあげるみたいなのがはびこりすぎて、そういう怪しい業者には関わらないほうがよいのであってシャットアウトできるように警察とかには指導をしてもらいたいなあと思う。父親なんかも高齢になったときには、あやしいセールスとかに対しての免疫がなく、私だったら絶対に関わらないようなセールスマンとおだてられて楽しそうに話をして契約しそうになってたりと、法律などにも詳しくない高齢者にセールスマンとかが近寄らないことが一番大事なことだったりする。

先日もスタッフと話をしていて、今の若い人というのはマルチビジネスとか新興宗教の勧誘とかそういうのに案外耐性があったりするけども、高齢の人というのはお得な話に弱かったりして、人の言葉を信じて自分で考えずに、あとで何とかなると思って契約してしまったりも多い。自分で出来ない人がそういう業者と関係してしまって首を突っ込んじゃうと周りがそういう業者に正しく対応させて解決しないといけないことも多い。今は政府も同じような手口で、欲で釣ってものごとをやらせて後で約束破りしてみたいなのが多く、悪徳商法も政府も同じレベル。小さな欲にそそのかされ大きな欲の罠にはまらないように関わらないほうがましなことは多い。
2021年12月12日
繊維の日のイベントであって3分ほどのプレゼンの後半で、自分のSDGSに対する考えみたいなものを述べた。サステイナブルとかいいながらも、昔ながらの日本の繊維業界というのは世界的に見ても本物志向で高いレベルの繊維製品が着物の世界で作られて来た。その価値がちゃんと評価されて多くの人々が繊維業界に携わっていた。特に、天然繊維100%のシルク、麻、綿の世界では、日本中にいろんな産地があって高品位な特色のあるものを作って来た。

それってSDGSの理想形そのものじゃないのかと思ったりする。でも、今の日本の繊維の現状では伝統的な流れをくむ繊維産業ほど食べていくのが難しいという状況があったりして、SDGSを叫びながらもSDGSの方向性というのは既存の理想的なものには目を向けずに、また新しいモノ探ししているだけのような気もする。

代々に渡って何十年も続いている繊維企業が多いのも日本で、まさにサステイナブルな状況があったりもしたのだけども、流行りのように飛びつきのSDGSではたぶん長続きもしないだろう。100%の天然繊維に再生ポリエステルを混ぜて、オーガニックなんて消費者騙しそのもので、オーガニックの概念どころか、繊維業界の価値感すらも台無しにしてしまう。複合的なものをやってこられた人たちが多いのも事実だけども、天然繊維とかにこだわっているところからすれば、そういうのはあってもよいけども、概念をごちゃまぜにするこだわりのなさは繊維のプロの世界でもない、売れれば良いみたいな気質のないものを感じたりする。既存の繊維業界にいるものからすれば、ほんとプラスチックな感覚のSDGSなんだわなあと思う。

ペットボトルをなくすために昔のコーラの瓶の世界にもどるみたいな覚悟のほうが、理想的ではないのかと思ったりもする。そこまで面倒な世界には戻りたくないというが、繊維に混ぜて服を作ってしまうと、それは捨てることも難しいややっこしい繊維製品になる。販売業者が衣服を捨てる場合も、天然繊維は一般廃棄物だけども、ナイロンやポリエステルは一般廃棄物ではなく産業廃棄物だったりする。ナイロンやポリエステルは処理が難しくなるややこしい側面をもっているので、そんなのは敢えて天然繊維に混ぜないほうがよいのである。SDGSで新たにつくった再生ポリエステルを混ぜた生地や服が、処理がややこしい生地や服なのである。あかんやんという話。混率によっては一般廃棄物扱いだったりもするけども根本的な処理がややこしくなる本質を持っている地球環境との兼ね合いの部分は避けられない。私自身は無理して混ぜてSDGSは、出来上がった繊維や服を考えると、SDGS意識で混ぜてしまうより、天然繊維100%のほうが地球環境に明らかに良いと思う。

本来SDGSの世界からすれば理想的であるはずの日本の繊維業界のモノづくりが日本国内で難しいという根本的な問題が、地道に長く続いているような日本の繊維産業が、SDGSの目から見向きもされないとかおかしな話だなあと思う。SDGSが世界的に脚光を浴びる中で、本当に理想的な繊維のものづくりには目は向かないのかなあと思う。地道にやっているものごとが儲からないから駄目だとか、新しいものに置き換えたいとかそういう願望ばかりに飛びついていて、地道に長く続いているものごとには目が向かずにサステイナブルはないだろうなあと。合成繊維にしても意図的に天然繊維を混ぜるよりも合成繊維100%が案外後の処分なども簡単でよいんじゃないですか?

オーガニックリネンでなくても、普通のリネンでも長く使えるようなものづくりがエコな精神でエコの実践だと思う。買い替えを促すようなのはエコの精神に反することも多いし、利権が絡んでいたりして気持ちの悪いエコとかサステイナブル。衣服というのは寒さから身を守るとか、誰もが高級なものを買えるわけでもないし、安い手の届く範囲の服が合成繊維であってもその人を寒さとかから守るならその人にとっては大切で必要なもの。たとえば、日本ではコロナの初期からみんながマスクをつけた。マスクが手に入らなければ親が手作りした。厚生労働省や学者たちはマスク有害論まで流しソーシャルディスタンス論で、当初マスクすら国民に用意する気もなかった。用意したと思ったら国民を欺いて税金を中抜くのが本業。自分が自分で価値観を持って対応してゆくことが本当に大事。サステイナブルの精神にもつながる。
2021年12月11日
エシカルなことを食い物にしてしまう繊維業界、そういうのが繊維業界の一番アカンところ。今もエシカルを謳いながら自分が損を覚悟なくやってる連中が多い繊維業界、エシカルなことやるときに損はつきもので、普段の商売でその損を埋めるのが普通だろうと思う。私もオーガニックリネンをやったときには、糸2トンちょっとで田舎だと新築の家が買えるくらいの金額を払ってやった、オーガニックなんてほんとうに見えない世界で、普通の糸を化かすことなんて世界認証でも簡単なことだけど、結局は誰から買うかが大事で本物なのかというのが結論。世界的な認証があっても世界的な認証機関がBTコットンかどうかが判別できないで、判別できないから偽物ではないというような表明では認証機関そのものが消費者騙しの担いでしまっている可能性も高かったりする。オーガニックの種の入手に関してはもはや努力目標程度なので、BTコットンの可能性も高くなってしまっているが実情だろう。インドでの偽装問題なども発覚して生産が制限されているということもあるが、そういう現地での大規模な偽装問題の情報は日本国内にはあまり入ってこない。

オーガニックリネンは高くて難しいといわれるけども、それでもやっているところに意味があると思っている。そこは無理してでも続けて他でなんとか成り立たせる。たとえば、オーガニックをやろうという人でも10万、100万円を現金で覚悟して払える人が日本にどれほどいるのかの問題で、何種類かあわせると常に数トンくらいの糸を持つことで支えている。数トンのオーガニックリネンを使用するというのは世界規模でもなん十パーセントのオーガニックリネンの糸を使うことになる。大手SPAの儲け主義のオーガニックは逃げるばかりで本当にオーガニックなのかとなったときに一番怪しい逃げ型をしてしまうそれが本当に残念過ぎる大手SPAのオーガニックとかエシカルで、何億どころか何十億の利益。普通のビジネス的な金儲けで犠牲もしていなくエシカルでもない金儲け。損だけ儲かるなら利益吐き出してやってるひとたちに回してあげたらよいのに、消費者を食い物にしてやってる人たちを食い物にしてでは一番駄目な普通のビジネス感覚でエシカルを食い物。実際にやってる人たちというのはできることというのは限られているのだし現実的だけどそういうのに便乗して儲けようとする人たちが多すぎて、自分たちが実際にやっている人たちと同じ世界を共有できるかどうかが大事だろう。共有する気もさらさらないなら階級社会的な考え方で、それそのものがエシカルな世界では褒められたものではない。

オーガニックが認証機関が作り上げた偽物だったら認証機関に買いとらせるくらいが、オーガニックとかエシカルの概念だと思うけど、繊維業界では昔から謳いほど怪しいものはなかったりする。だからそういう認証じゃなくて、どこのお店とかどこの誰から買うが繊維業界では一番大事な要素だった。京都の最高級の高い呉服問屋さんが国産の手織りの麻生地を発注したときに1000mとかでないと生産できないといわれたとか、それはもろ海外産の手織りで、京都の最高級の呉服問屋さんですらも偽物の国産かあるいは機械織のものが手織りに化けていると疑われる。京都の最高級の呉服問屋さんのお客さんは化かされたものを国産の手織物として高く買ってしまう悲劇。他産地産を地場産品にブランドつけて化かして売るのが何十年のベテランたちの手口になってしまって、仕事が面倒くさいとかやめておいたほうが良いレベル。

海外産の100円200円のものを1000円の化かして売るのが地場産品では、100円ショップの正直な海外産のほうが商売としてはまだましな気がする、百貨店で売られている生地売り場の生地でも業界では有名な中国生地を輸入して国内で売る業者さんの生地がすべて国産という謳いで売られていたりする。中国生機だったりして百貨店でもそのレベル。百貨店店頭の生地価格が1m1000円程度なのだからからくりがないとすべて国産じゃあ無理な世界。それが今の日本の繊維業界ではなぜか謳いが独り歩きしたりする。普通に働いて普通に食べてゆく難しいのが今の日本の繊維業界で、消費者を騙すような要素を入れないと食べていけなのが難しいところ。大きくやっているところでもやっていくのが難しい要素があるからだろうと思うが、モラルハザードみたいなものはやはり必要だろうと思う。産地でも織物自体がつくるのが難しくなってきていてだから麻の本場の産地の産地産として林与も残っていられるんだろうとはおもうけど、新規の相談なんかでまったく無理な話とかになってくると、他でつくられている麻業者さんを紹介したりもすることも多い。

林与の布を使っていると信じているアパレルさんが前年に使った生地が、私が知ってるだけでもここ20年くらいはその柄は作った覚えもなし、なぜか林与がほとんど使わない80番手使いの話で、林与に100番手物のサンプルは残っているので、問屋の担当が林与のサンプルを使って他で作って産地のガチ物として商売していたんだろうけど、問屋などが怪しいと本当にだれが作っているかもわからない布を消費差が謳い信じて買ってたりすることは多い。モラルのない問屋さんが林与が貸したサンプルを見せて、他で作って林与の生地だとやってしまってたんだろうなあと思う。

前にも書いたことがあるけども、林与の生地の特徴はなんですかと聞かれて、産地で麻織物を自分で織り続けていることかなあというあたりを話すと、ポカーンとされる。期待される答えというのは、どこどこの糸を使っていますとかだろう。そういうのってそれほど大したことじゃないのだがと思うレベル。アイリッシュリネンはありませんかで、正しい知識で今入手できるものはもうありませんとちゃんと答えられる業者さんってどれほどあるだろうか。北アイルランドでの紡績の謳いを利用して高価なイメージを独り歩きさせ消費者を騙すような行為は消費者騙しそのもので、正しい知識というものをリネン生地を販売する業者も持つべきだろうと思うが、イメージだけが独り歩きして現実をしらない業者さんも多い。

情報というのは正しいところから得ないと間違った情報が独り歩きすることになる。林与と関係している麻関係の糸商さんというのは日本の麻業界をつくりあげてきた方たちなので、糸を売り買いするだけでなく糸に関する知識もあって正しい情報を私には提供してくれ、麻糸の情報に関してはどこも同じような業界的な共通認識があって、売りたいばかりの無茶な謳いはしない。ラベル的な部分よりも実なところが大事だと思う。箱を入れ替えれば、説明で嘘をつけば偽装なんてなんぼでもできるから自分自身が信頼できる糸の知識をもった人から糸を買うのが一番大事だと思っている。

他の誰かに便乗して仕事している人というのは価値基準がない感じがして、自分自身は工場ももって糸なんかも抱えて織機も動かして在庫も持って、構えて実態をもつことで構えないタイプの人たちとは違う仕事に対する価値観など持っていたいなあと思う。日本の繊維業界自体が偽装をしていかないと生きて行けないような奴隷制度的な中にいるような気がしてならない。現場の限界的な現実をしらないで国が国民を奴隷のごとくにSDGSとかで無理なことを強いるとまた裏では偽装が起こるだけのこと。そういう無理を国民に強いるような奴隷社会を思わせるような役人的な階級社会構造をなくさないと。汚染土をお金を掛けて情報非公開に全国にばらまくという国なんて日本以外にはありえないだろうと思うが、行政都合のエシカルとかエコを国民に強いるが、エシカルとかエコの意識のまったくのなさは日本の行政自身の特徴で、それは駄目な階級社会や奴隷制度の感覚で一番駄目な方向のひとつ。
2021年12月10日
ラベルをつくるのにラベル用紙を新品での販売価格が1万円くらいだった白黒の安いレーザープリンターに投入しても紙詰まりの連発、中古で3万円で買った新品価格がそれなりに高額の業務用のカラー複合機に投入するとなんの問題もなく綺麗に印刷されて終わる。仕事で時間も限られているときに、その差というのは大きいなあと思う。

白黒のレーザープリンターの良いところは小型であるところで、それはそれで気軽に使えるので気に入っている。白黒のレーザープリンターが紙詰まり起こしたラベル用紙は、くしゃくしゃなところあったりするけども、それをカラー複合機に投入して印刷するとなぜかラベル用紙がまっすぐにきれいになって出てくる。

クリエイターにとって自分の思い通りの表現を可能にするために堅牢な道具というのは大事だろうと思う。堅牢な道具というのは案外できることが限られているので安いインクジェットプリンターでできるフチなし印刷ができなかったりする。それを可能にするためには、フチなし印刷用のインクジェットプリンターを持っている必要もある。

外注してつくるよりも、ものづくりをしているものなら自分でPOPやラベルなんかもつくるほうが良いんじゃないかと思う。アーティストとかクリエイターとかは、手作りという基本があってよいんじゃないか、手づくりが恥ずかしくなったら、まあ、いわゆる業者的なものづくりになってしまう。林与は今でも自分の名刺は自分でプリントアウトしたのを使っている。

自分が名刺をプリントアウトするときにも、用紙はどんなものがよいとか、どんなプリンターがよいとか、いろいろとチョイスを考えたりするもので、そういうところに時間を使ったりもすることも、本当のプロには及ばないかもしれないが自分が作ったという点を考えると、そういうところがデザインを形にしてゆく出発点だろうと考えている。プリンターだけでもよく使うのだけでも4種類くらいは使い分けていて4種類あることが役立っている。

会議資料程度だと染料のインクジェットプリンターでも問題ないけども、長時間使われる想定や品質表示などのラベルなんかをつくるときは、染料のインクジェットプリンターでつくるのはあまりよくない結果となることが多い、色あせしたり水に弱かったり。顔料系のインクジェットプリンターか、レーザープリンターでつくる。プロ用の道具はもってはいないけども、裁断機や穴あけパンチでそれなりに形に仕上げるのもものづくりの一部だろうと思う。

本業の麻布つくりでも、自分の選択の上で材料の糸、染、加工など選んで、最後の布の仕上がりなども自分で林与の布としての良し悪し判断しているのですが、本業のものづくりのスタイルがプリンターの使い方にも出てしまっているなあと思います。今、布つくりの方でも染色や加工で、また更なる面白いことができないかなあと思っていたりします。
2021年12月09日
先日、繊維の機械関連のある方と話をしていて今年のほうが繊維業界は状況が悪いという話をしておられた。GDPも3.7%ダウンという数値をネットでみた。この状況だと普通はいろいろな試行錯誤があって成り立つ道を見つけていかないといけないのだけども、何もしないという選択を国は国民に与えているあたり、雇用調整給付金を配るのはよいけども、仕事で試行錯誤する一番のチャンスではないのかと思うが働かせないというのを当たり前に選んでしまうあたりが、国の役人的な苦労して働いていない人の考え方だろうと思う。給付してもっとがんばって働きましょうくらいでないと本来はプラスには働かないだろう。

話のなかで、アパレルはやはり厳しすぎるような状況で服地向けの需要というのはコロナ前の何分の1に落ち込んでいる。特に百貨店ブランド向けの高級ゾーンの回復は難しいのではないだろうか。コロナ禍で問屋さん関係は廃業による整理が続いるが、しかたないところもあるだろう。一般の消費者よりもものを買えない問屋さんが多すぎるから。自分がリスク持ちたくない人の企画というのは怖いし、やらないほうがまし。リスク持ちたくない問屋さんが多くなりすぎた。大手の生地問屋にしても本当に買うか買わないか分からないレベルで作らせて引き取りがないと機屋が資金援助しないといけないレベル。

問屋さんが10万円20万円の覚悟もなければ生地を企画するなんて無理な話で、アパレルが問屋にタダで宿題を与えてやらせるみたいなのをやめないと駄目だろうと思う。アパレルと問屋でも盛り上がってもそれを実際に形にするところが、それを援助するがごとくに持ち出して動くでは、まったく成り立たない話で、一番困るのはやり方をしていしてくるのは良いけども、そういう自分たちに都合の良いやり方で、あとで問題が起こると助けてほしいのパターン。最初にいろいろとテストしておかないとそんな素人が机上で企画してもうまく行くほうが難しい。失敗したものを売れるように途中から戻すには最初からやるよりも苦労する話。自分が企画まで指図して上がったものに駄目出ししてくるようなアパレルや問屋さんは駄目すぎるのだが、そういうレベルが今の繊維業界では多くなりすぎた。

私が問屋やアパレルやってたら普通に自分が生地を企画して新規の企画を1回でまともにものができあがるほうが奇跡に近かったりするから、それをどう料理するかも問屋やアパレルの実力だろうと思う。たとえば、林与の企画した生地を触ると問題が起こることも多い、問屋の社長に、スリップしてもよいから打ち込みを減らして樹脂も打たずに柔らかくしてほしいとかで、本当にスリップしてもよいんですよねでやったら、やっぱりスリップして縫い目滑脱、そういう背景を知らないあたらしい問屋の社員に、スリップして困ってる検査もとってないのかどうしてくれるみたいに言われたり。当たり前に検査取っても検査通りませんよ。スリップしてもよいからの仕様に問屋さんが無理としたのだから。素人的な売れればよいというのものづくりに振り回される。別にそういう問題も問屋さんが吸収出来ればよいのだけども、問題が起こると忠告もした側が悪いみたいな話をアパレルさんとやってしまっているのだろう。素人レベルでは生地の企画は難しい。

自分が生地規格などを指定したら上がった生地が全没であろうが受け入れることが大事でそれが生地企画の難しさ。自分が企画してまだ機屋や加工工場が救ってくれると思ってるくらいなら生地企画はそんなに甘くない。出来上がったものを救うのは本当に最初からつくるよりも難しい話が多い。あとでなんとかなるでやってしまっていると、あとでどうしようもない問題になることが多い。
2021年12月08日
今日はスタッフの女の子が工場の朝の寒さにダウン気味、私のやっていた事務所でのキッチンクロスの縫製作業を交代する。まだ雪も降ってなくて10度あたりだけども寒いところでの生活経験が今まで少ないので、気温に対する体温の調整などがなかなか難しいのだろう。これからさらに寒くなると厳しいだろう。私自身はキッチンクロスのケアラベルをつくったりの作業があるのでそれを行うが絵表示を組み合わせたり結構な時間が掛かる。

最近は、私も温かい恰好にモードチェンジで、裏気ボアのフリース2枚重ね着と裏気ボアのスウェットパンツの上に裏気ボアのカーゴパンツ。寒さは感じないくらいに完璧。暖房に慣れていないというのもあって体温調整もしやすいのだろうと思う。私が現場の夜を担当することも多いので私自身は寒さには慣れているといえる。寒さに慣れていると、寒さを気にせずにすぐに動けるけども寒さを気にしていると動くのも辛いだろう。

麻織物というのは雪に包まれたような冬の寒い時が織りやすいのである。滋賀県の豊国村というのは100年くらい前までは冬場は雪に閉ざされてしまってみたいな地域で、新潟などの豪雪地帯と被りそういう地域が麻織物を織りやすい地域なのである。夏場に蒸し暑いということも利点かもしれないが、夏場は案外おりにくいのである。昔は夏場は田んぼで冬とか夜中の仕事が麻織物。

子供のころに雪の中で自分の背丈ほどもある大きなつららが工場の屋根のフチに何本もぶら下がっていた。そんな中で1日中遊んでいたことや、小さなころから暑い中寒い中剣道をやっていたことで、温暖化した今の状況くらいはなんともない耐性があるんだろうけども普通は耐えられないわなあ。と一般的には思うが、仕事の負荷に耐えられるのもそういう耐性をもっているからで、織物というのは寒い地域ほど世界的に見ても高度な織物文化が育まれてきた。過ごしやすい南国ほど織物はあまり発達しなかったというあたりも興味深い。エアコンの普及で、自然の寒さを経験することも少なくなり、織物は発達しない方向に動いてゆくのだろう。
2021年12月07日
ものづくりに試行錯誤はつきものだけども、人生や仕事も壁に当たったときには試行錯誤は必要だろうと思う。壁にぶつかってあきらめるのかどうかというあたり、成すがままにほっておくと時間が経つだけでそのままのことがほとんど。よい結果を望むなら、自分の力で動いて成り立つようにもっていかないといけない。繊維のアパレルの業界をみてもこういうコロナ禍で今までやってきたことでもが難しくなっていても、そのままでいるのか今必要とされているものを作るのかでは、今必要とされているものを自分なりに手掛けてみることも大事だろうと思う。駄目だからといって何もしないという状況は経験値も上がらないので良くないだろうと思う。

新しい物事をやってみるときには、いろんな壁にぶつかるのでそれを乗り越える試行錯誤の経験をもつということは知識だけでなく実際に作業をするので、たとえばAという人がやるのとBのという人がやるのでは同じ物事をやっても違う結論になることも多いし、同じ結果のものができても、Aの人はまだまだこんなこともできると前向きで、Bの人はやっぱり無理やんと結論付けたりするもので、結局は前向きな人にはゴールがなく、後ろ向きな人にはスタートがないということなんだろうと思う。
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