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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2020年09月12日
朝から、昨日繋いだ新しい織機を立ち上げようとスタッフの女の子と一緒に作業。それを織るのには一番調子の良い織機につないだのにシャトルの通りがよくない。杼箱にシャトルが入るときの音が違和感がある。開口の調整、杼箱の押さえの強さの調整、右側のピッカーの軌道修正、畦棒を入れたり、開口の高さの調整をしたり、シャトルを上下交換したり、消極送りの重りを加減したり、でもちょっとやそっとのダメじゃない、ダメな感じ。このダメ感は、長い冬の到来を予感させる。下手するとこの一つの仕事でほかの仕事ができなくなる可能性が高い。織っても織ってもシャトルを挟んで傷になり、せっかくきれいに準備した縦も使ってしまって予定通り織れなくなるので、根本的な原因を見つけ出す必要がある。朝から元気に織る予定が、途中で脱力感と焦燥感に襲われる。

私にとっては順調に動いている普段の仕事というのは何ともないのだけども、こういう一番調子よく調整してあって絶対にうまく織れるはずと思ている織機が、まったくの調整不能に陥ってしまうというのは、一つの普通の仕事がうまくできないようでは機屋を辞めないといけないレベルの話。こういうときに一人ではなく二人で作業を進めることで、作業自体じゃなく原因の究明に頭を使えるというのはありがたい話で、夕方、6時前にとうとう原因が分かった。片側のプーリーのねじが緩んで空回りしていたようである。ほんの小さな出来事が命取りでセッティングした私のミス。機械は正直なのである。

作業した二人の1日が傷を織るマイナスだけで消えてしまったが、原因が究明できたことはうれしい。糸から布までに何十もの工程があるとして、その一つが問題であるだけで、織物が正しく織れなくなるという怖さ。そしてそれが見つけられなければ、織機を持っていてもその織機はスクラップやジャンクと同じ。使えば使うほどマイナスが増える。一生懸命に頑張っていてもうまくいかないことも多いもので、まだ、今回、私自身が立ち上げしているので絶対に何か問題があるというのを思っているので、最後まで成し遂げられるけども、例えば織るのを外注に任せた場合に同じことが起こったら、糸や整経の問題となる可能性もあるだろう。その織機でほかの織物を織ったらちゃんと織れるということになり、もうその織物を織ることは断念してしまう可能性もある。

いろんな原因を探る作業、無駄に思えるけども、織れないときにそれを面倒がらずにするのかしないのか、やったとしても元に戻せるようにコントロールしながら作業を試せるのかなどが、ポイント。織機をやみくもに調整するのはすごく簡単だけど、適切な状態をキープしながら、いろんな場所の調整を確認していくというのは、やっては戻ってやっては戻っての繰り返しで、何倍も疲れるが、それができないと、動かすために織機に調整を加えるだけでやってしまうと、本来あるべき調子のよい状態からそれぞれの個所の調整がどんどんと離れて行ってしまう。組み合わせ的には10の個所の3段階の調整で済む話が、何千とか調整から最適な一つの調整の組み合わせに戻す話になる。それだけは本当に避けないとならない。半年や1年、時には何十年も1台の織機が動かないというようなケースはそのたぐい。織機の問題ではなく、人の問題であるのだが、なかなか何十工程を一つも間違えずに正しくできるということは少ないものである。

これは織物工場での出来事だが、工程の多い工場では同じような感じだろう、一つ間違えば結果が違う風に出てきてしまう。すると違ったものに上がってくる。織物工場ではないが、何十年問題なくつかっていた機械が人が変わるととつぜん調子が悪くなって入れ替えしたみたいな話も聞く。私自身、糸から布まで、10回仕事して9回正しいくらいかと思う。10回に1回くらいの失敗だからなんとか成り立っている。それが、10回仕事して7回とか8回正しいだと食べてゆくのが極端に難しくなるだろう。スピードの問題でもなく、上手な人というのはスピードも速く経験も何倍もしているので、ゆっくりな人ほど経験も少なく失敗も多いというのが普通。

今日は最近では珍しいくらいの原因不明の織れない問題から始まった。仕事というのは結果できなければダメという厳しい世界、これができなくなった時には引退だろうなあと思う。初心者も経験者もおんなじ土俵に立っているのだと思うのはここ。できて結果を正しい結果をだせれば仕事だけど、そこまでやれないと残ってはいけないという厳しさがあったりする。織機というのは買ったときというのは一番調子が良いだろうけども、だんだんと使っているうちに部品も消耗して調子がずれてくるもので壊れたりもしてくる。

今、人員を削減し生産効率を上げるために新しい設備を入れ替えるみたいな方向性があるけども、そんな機械というのは機械メーカーの保守ができなくなったら終わりというだけのこと。一番の問題は、現場の人の力を必要としないので、作業している人の能力が低下してしまうようなあたりだろう。私も仕事をし始めた時に、糸を結ぶのを自動化できないかとばかり考えていたものだけども、糸を結ぶことは今も人間が一番上手にできる。糸が切れるごとに、一本の糸を結ぶのに機械を使ってたらそのセッティングだけで手間が増えるだけだろう。海外の紡績工場じゃあ、結ぶのが面倒くさくって、揃えてぐちゃぐちゃとして結んだことにしている紡績工場もあったりで、はさみも使っていないの30cmから50cmほどの結び苧がついている。機械化された紡績工場では機結びができない現場の人間が糸を作っているような状況が、紡績会社の仕事で支給された糸から伝わってきたこともある。

基本的にあの糸は駄目ですよという話をするが、実際の問題を知らないで糸の会社が糸を扱っているということもあって、フィードバックもされないだろう。織っているときに糸のぐちゃぐちゃとやったところが緩んできて傷になる。1反織るのにその問題で10か所傷ができるような糸。後ろに回って、糸のぐちゃぐちゃ結びの問題を解決しながら織るような話。別の糸の会社の支給の糸を織った時も、最初のロットの糸の毛羽がひどくて傷もよくできるし織るのも苦戦。結局ショートしてしまって、こちらが弁済しながらの追加として70ほど織る話になったのだが、今度送られてきたいとは色もきれいで毛羽も少なくきれいな糸で、問題もなく、きれいに織りあがる。ぼこぼこしておらずフラットな糸なので、糸の織縮みも少ない。糸の問題も吸収しながら織るけども上がった分が足りないよとか平気で言われることが多いので困る話。糸支給の仕事というのは基本受けないほうがよいだろうなあと思うのは、そのあたり、50点、60点の糸が回ってくることがある。

海外の紡績工場などに糸の問題を伝えるとちゃんと改善されるケースが多いが、国内の糸商さんでは本質的な問題を自分が被らないので海外の紡績工場にまでちゃんと問題を伝えるような人というのはいないことはないが数少ないものである。糸商さんにとっても海外から糸を買うということはギャンブルみたいなところがあるだろう。仕入れてみて使ってもらって使えれば商売になるし、使ってもらって問題が多ければ売るのも難しく損ということになるだろう。林与もオーガニックなどでは織るのすら苦戦することが多い。オーガニックはどうしても原料の強度が年々弱くなる傾向にある。正直なのだろうけども、オーガニックゆえの問題だろうと思う。織れない問題も多いが高いオーガニックの糸、別枠で支えてゆかないと難しいだろう。
2020年09月11日
若い人がたくさんいる工場で、新しい人がたくさん入ったのかと思ってすごいなあと思っていたが派遣の人のようでなかなか定着も難しいということ。逆に、判断や技術を要する仕事では人によって同じ作業をしても全く違う結果になるので大変だろうなあと思う。

ものづくりというのは、作家的なものづくりなら名前つけて一個、一個がばらばらでよいのだろうけど、お客さんの仕事を受けて決まったものをつくらないといけないような仕事では、目の前の言われた業務を言われたからやっているというようなくらいでは、結果は、人が変われば出来上がってくるものが安定しないバラバラなものになりがちだろう。

また、派遣の人にしても派遣で数か月でやめる仕事だから言われるままに作業するが仕事だと思っている人も多いだろうし、その感覚だと何が正しいのかを覚えないまま、毎日が過ぎてゆくだろう。経験したことのない仕事を始めてやるときには何が正しいか分からないのも仕方ないが、再度同じ仕事をするときに同じ仕事の結果を出すようにしないと、大量に流れるものを一定の品質に保つことも無理で、出たとこ勝負の仕事になってしまいがち。派遣の人に仕事の責任を問うのはむりだろうし、結局それがその工場の品質のばらつきとなってしまいがちである。

時間が経てば経験を積んでということに期待ができるのかというと、また、新しい人に変わって状況の改善も難しいだろう。昔は任せておけば同じものが上がってきたけど、今は、任せてしまうと同じものがなかなか上がってくることが難しいのも現場の人がころころと変わるからだろう。

昔、プリント工場に仕事を頼んだときにも、最初の年は、版が良い感じにできて、次の年には全然違う、あとで聞くと人が変わったからだという話。同じ仕事でもやる人によって個性が出てしまうのでどうしてもプリントなんかだと最終の商品を良い感じになるような技術も必要で、コンピュータの操作で版をつくるという作業では終わらない。最後の仕上がりがどうなのか見て分かる人がいないから難しいんだろうなあと思った。

何十年、プリント工場をされている技術肌の社長に、赤味が差しているのをなくしてほしいといっても、その意味が理解してもらえない。スキャンしてこれがそのデータそのものだの一点張り、スキャンの仕方次第でスキャンデータもなんとでもなるのだろうけど、新しい機械のことは現場の人に任せてしまって、その任せた人が変わると社長も何をどうやったら赤味を消せるのかも簡単にはできない話。デジタル化されたものづくりになって、コンピュータの設定やソフトをうまく操れないと、何十年の経験の社長でも話も通じにくいとか、プリントの版を作るコンピュータソフト使わせてもらえたら私がなんとかできるかなあと思う問題、そういう問題がなかなか解決が難しい。新しい人にしても、そのシステム使い始めて数か月の人だろうし、赤味をなくすが難しいもよくわかる話。また、人が変わるとプリントデータつくるのもそこからの話。
2020年09月10日
損か得かで物事を考えていると行動できないことが多いだろうなあと思う。お金を使っても意味のあると思うことはやっておくべきだと思っている。自分が働いてお金を払うみたいな世界なので、一般的には受け入れられにくい概念だけども、そういうこと受け入れられる人というのやはり残れるんだろうと思う。

お金のために物事をするとかじゃなくて、物事をするためにお金を使うというスタンス。うまく行けばお金も返ってくるし、うまく行かなければマイナスも当たり前。そういうのを割り切って前に進んでいける人というのは自分で立っていけるタイプの人だろうと思う。

サラリーマンしてられた方が独立されて同じ業をされたときに、もう亡くなられた方で当時70近い方だったけど、サラリーマンの時の感覚が抜けないのか、自分は会社じゃない個人だからと、お客さん側に以前いた会社の機能を求められている感じで、なかなか商売は難しいだろうなあと。過去のサラリーマン経験が自分で商売をされるときにはマイナスに働いているような印象。
2020年09月09日
一生懸命やってても駄目だなあと思うことも多い、今回はいつもよりもテキスタイルマルシェの準備に時間を使ったつもりではいたけども、間際になって結局洗いを掛けたものが乾かないとか追われてしまって、準備日、一番最後くらいに会場入りで準備。担当の方には優しくしていただいて夜10時の一番最後まで付き合っていただき申し訳ない話。

コロナでお客さんは少ないだろうから、売るということよりもいろいろとちょっと変わった試みをしたいなあと思ってミシンを持ち込んで実演したり、テキスタイルマルシェなので反物もたくさん持ち込もうと思ったりして、逆に買ってもらいやすいキッチンクロスとか、マスクの準備が手薄になってしまって。

9月で生産時期に入って、生産時期の11月初めくらいまでの仕事の予定がかなり埋まって糸の準備などをしたりとか。珍しく綿麻の織物を織るんで、その綿の糸の手配もなんとかうまくできてよかった感じ。それでも3週間ほど待つ話。糸商さんにも晒してある綿糸の在庫がないような状況で、綿の生成の糸を晒すのに3週間。ちょうど今日は染色工場に行って話を聞いているとそろそろ仕事が入り始めてきたという話でかせ上げが詰まり始めているということ。早めにいろいろと動いておいてよかった感じである。

簡単なことがその場で動ければ簡単に済むが、後回しにしないといけない事情があったりすることが多く、頭の中でいくつもの案件がこれもあれもとなってくる。なにか一つ揃わないと、後回しにしないといけないことがいろいろとややこしくなる原因の一つ。優先順位を決めて順番にやっていくしかない。今日も朝から百貨店からの荷物の返送の手配を地元の運送会社から電話があって、ファックス1枚を送るだけのことなのだが、送り状番号や集荷先、日程、などなど検討して書いていると1時間ほど時間使ってしまう。運送会社の人が私のことを良く知ってる人で電話貰えて、ファックスに書ききることのできない集荷の細かい段取りを理解してくれて助かった。

その後に、運送屋さんがリネンデニムに使う25番のオフ白の糸、ドライバーが年配のおっちゃんだったので荷下ろしを手伝う、そして、午後からは別の運送屋がリネン40番のオフ白の糸、ドライバーが女性の方だったので荷下ろしを手伝う、雨が降り出して、ちょっと箱が濡れ始め、急いで自分の車に積んで、再度、在庫糸の量を調べなおして足りない分を染めるため染の指図と納品書を書いて染工場に持っていく、1か月ほどで納品予定の仕事。糸の箱一つ24kg入なのだが、今はそれを持って運べる人というのがなかなかいないもので、私の仕事になりがち。糸商さんの部長から電話があって久しぶりの電話だったので近況報告などしたり、8時くらいに出荷、夜は巻き取りと整経の作業。中国向けの在庫案件を調べないといけないのも夜に行う。この前に送った中国向けのEMSが1週間ほどかかってしまっているので、まだまだEMSも完全には復活していないようだ。

生地をつくるのは洋服をつくるのよりも時間が掛かる。今の空いている時期でも糸を染めるのに2週間とか、300mとか織るとなると1日15m織れるとして1か月仕事。
2020年09月09日
決断力みたいなものは本当に大事な力の一つだろうと思う。強い決断力を持っている人というのは迷ったり躊躇ったりしている人よりも前に進みやすいと思う。そして新しいいろんな経験もできるだろう。周りの人間や環境に合わせているよりは自分の目標とするところ、正しいと思うところに全力で向かうのが意味のあることだろうと思う。
2020年09月08日
今日はテキスタイルマルシェ最終日、午前中はお客様は少ない感じだったけども午後からは最終日ということもあって終わり掛けには駆け込みで来てくださった方も多かった。コロナ禍の中なので積極的なお声掛けもせずに静かな運営。

今日、店頭に行くとL25HDの白いエコバックが出来上がっていた。高密度のキッチンクロスの生機をほとんど無駄なく大きめのエコバック。林与のラベルを付けて水を通したらいい感じになるんじゃないだろうかと思う。

刺繍のあずままいこ先生も来てくださって久々にお会いできた。川端商店さんの染料を濃い目の色味を3色買ったので、白いクロスでも染めてみようと思う。草木染だから耐光堅牢度なども良くないだろうけど使っていくと色が変わりゆくクロスというのもよいじゃなか、色が薄くなったらまた違う色に染めるとか。
2020年09月07日
テキスタイルマルシェでいろいろな方とお話をしていても、今年の春夏のアパレルは5月6月に店頭が自粛した影響もあって戦後最大の苦戦モード。今年の商品が残っているのと来年向けの企画が出来なかったことで、来春夏も需要の回復見込みはほぼないだろうという総論である。

こういうのがしっかりと見えていると、普段通りに注文が入らないのも仕方ないと割り切れるのだけども、見えていないと仕事がないのは仕事をもらう先が意地悪しているとかみたいに思われるケースもあったりするだろうが、他力本願では成り立たないなら、自分で仕事を生み出して行くしかないのである。

今、アパレルさんに無理やり押し込んでとかやっても結果、売れ残るだけで悪い結果になるだろうから、お互いが体力を消耗しないようにまた、本業的なことが難しいなら副業的なことや新しいものをつくる試作に力を注ぐのが良いだろうと思う。林与も、定番のソフト仕上げも2年ほど在庫が少なくなってたのをようやく在庫増やせたり、キッチンクロスも5年ぶりくらいに在庫を拡充したり、お客さんの依頼の仕事が落ち着いた段階で、自分の路線の物づくりに傾けるのも悪くない。
2020年09月06日
宮崎県の利水ダムの事前放水が九州で9月3日にようやく認められたようである。今まで、大雨が予測されようが満水を維持するのが利水ダムだったということで、水害を防止する目的としては機能していなかったという話だろう。だから、雨が降る前まで満水に近い状態のダムだらけで、大雨が降って水量が増えてダムが決壊する危険水位になって、緊急放流やるとか、下流が決壊するのも分かるような馬鹿な状態だったということではないか。

利権ばかりが絡むと水害の危険すらも二の次三の次になる。国民には命の危険や避難を呼びかけながら、事前にダムの水位を減らすことすらもったいぶってては、国が人命を守るためにできる努力もせず、当たり前に下流が氾濫して水害に遭って命が失われる話。国のガイドラインとか規則とは人命すらも奪うようなレベルで、人命を奪って初めて改正される。ダムがあっても人命が救えないのは、ダム存在そのものが利権に縛られていて、人命すら考えないからだろう。価値観を変えないと利水ダムの存在も人の命の脅威になる。運用するの価値観次第のところがある。

人命が大事なのか経済損失しないことが大事なのか、国民には避難しろといいながら、国は水をダムに水を貯めこんだまま、大雨を迎えるというガイドラインがごく最近まで普通だったということで、多くの人の犠牲の上で、利水ダムが水害のことも考える運営に変わってきたということだろう。まだまだ、今回の台風でも、多くの九州の利水ダムが満水を維持しようとしているけども、結果オーライでよいのか?と思う。
2020年09月06日
台風10号が来て、長く暑く雨も降らなかった状況が、少し空気が冷めて雨も降りそう。当初の予想よりもやや被害が少なそうでよかったなあと思う。ただし、ダムの水などはできる限り少なくしておくべきだろうが、案外、発電とかも絡んでいるので、最悪の事態を想定しての最善が行われないことも多いので、携わる人たちは軽く考えないで準備をしておいてもらいたい。台風が来る前にもうダムが満水みたいなのはありえない話だが、よくある話で、それで、ダム崩壊や河川決壊の危険では、治水ダムがあってダムが災害要因の一つになっては困る。

原発なんかも最後は放射能性物質を海に垂れ流し無限希薄するしかないという専門家の結論で、最初からそれしかないのに、パフォーマンスだけで湾内に放射能性物質を留めようとしたり、無理なことや無意味なことをやって、責任逃れで嘘で塗り重ねるような対処方法ばかり。本当に必要な無限希薄という駄目な手段に見えてもそれしかないという結論を責任かぶってやれる人が必要だったりする。いろんなメンツや利権が絡んで難しいことだろうが、嘘で塗り重ねた挙句に、結局、これしかないという結論なのである。途中で最善の結論がタブー視されるのは、変な人の欲が邪魔していることが多い。
2020年09月05日
日本というのは先進国の一つなので繊維に関しても次の若い世代が入ろうとするとつぶしに掛かることも多かったりするもので、先代なんかも今では時代遅れとなった感のある問屋さん経由で売れみたいなところがあって、別に問屋さんとやるのも一つとして自分で売っていくのも普通のことだと私は昔から考えていたので、問屋さんが不在になっても自分で売っていけばよいだけだと思っているのが救いの一つ。

また、先代は従業員に仕事をしてもらうタイプだったので、縮小したときに現場で自分が働くということができなかったが、自分が働くというのも当たり前の感覚だったので、成り立つように自分が働けばよいだけだよと、先代や母親にもいうが、なかなかやってこなかった人というのは最後までやらないもので最初の1日がない。

そういう人たちが上から目線の気分でごちゃごちゃいっているとややこしいだけで、意識高い系の若い人たちと共通の他の人に仕事してもらう世界。経験の差というのはもちろんあるけども、経験あるものがやるだけでは、経験ないものはいつまでも経験もできない。積極的に若い人たちに多くの経験を積んでもらって、今の世代以上に次の世代は能力高くいてもらわないとダメだろうなあと思う。

繊維の業界というのは結局仕事しているものが残ることになって、仕事がないからといって仕事していないとどんどんと差は開いてゆくもので、いつか限界が来てしまうだろう。先生タイプの物づくりというのは自分のテイストを満たしてのものづくりなのだがそれは趣味の世界に近いから、それで食べてゆくことを考えていても食べてゆけないときには軌道修正も必要じゃないのかなあと思う。私の場合には、普通の仕事の部分で余力をつくって、その余力をそういう自分のものづくりに回すような形が多い。それが普通に成り立つ形なんじゃないのかと思うのである。

また、一つや二つのことに掛けるのではなく、10のことをやって幅を広げていきながら時世にあった一つや二つが需要を満たして成り立っているみたいな感じが安定する形なんだろうと思う。多くのアパレルさんが今年のテーマはこれと動かれて当たる年もあれば当たらない年もあって、そういうのよりはベーシックな部分はベーシックな部分でそのアパレルさんを支える大事な部分だろうから何十年も続くようなスタイルであるべきじゃないのかなあと思えたりする。

今はそういうものがない移り変わりばかりの時代、サステイナブルの流れで昔のように何十年も着るようなものや何十年も続くベーシックな商品が見直されるときがまたくるのだろうか。
2020年09月04日
百貨店店内は、マスクを店員もお客様も付けているが会話なども控えめにということで、これはテキスタイルマルシェだけじゃなく百貨店のお店全体の傾向だろう。必需品を購入するコンビニよりも百貨店のほうがコロナの売り上げに与える影響は大きいのかなあという印象。

お客様も生地に関するご質問などもほとんどなく、会話を控えるような気配りをされている方がほとんどである。店員も黙って立って、お客様もほとんど黙ったままご覧になられて気に入ったものを買ってもらうというのがコロナでの一つの基本形なんだと実感する。

コロナに関しても広がっても重症者が少ないから大したことないという国のような見方があるが、今はコロナに感染しても体内であまり活性化しないのは暑いからというだけで、10月中ごろから冷え始めるとまたコロナウィルスが体内で活性化しやすくなるだろうと思える。

電車に乗っても全員がマスクしているのが当り前みたいのが、他国と違って強制する法律もなくても日本らしいなあと思える。ヨーロッパでは、ドイツ、フランスでマスク強制に対して反対デモが起こったりしているが、さらに自由を失うロックダウンが必要になるのもその辺りの考え方の違いなんだろうと思う。

林与の住んでいる田舎というのは広々としているがそれでも考え方というのは基本が密な関係をベースにしているところ、逆に今年は行事がほとんどないほどに少なく、そういうのもコロナ対策としては大事なことの一つだろうと思える。中国武漢での初動のミスが武漢の悲劇につながったが、人の我が先に立つと優先順位を間違えてしまうことも多いものである。

WHOがコロナ対策で役に立ったのかというと、マスク不要論をばらまくばかりでマスクの有効性を否定して、テロドス氏自身は、自分の失敗を認めないためにも自身がマスクをつけることはないだろう。マスク一つで救える可能性のある命も多くあったりするものだが、そういう考え方の違いが、この新型コロナを蔓延させるかさせないのかの結果の違いにつながってくる。

法的に強要されなくても自分自身が判断力を持って物事を成り立たせるということは大事だろうと思う。マスク一つで社会的な自由を取り戻せるなら、マスクというのは大きな意味があるんじゃないだろうか。体育の授業でマスクつけて熱中症というのなら、無理して集団で呼吸が激しくなる体育の授業をやらなくてもよいと思うが、考える力というのが学校という場所でも欠如している表れではないのかと思う。

子供たちに大人の都合でコロナ感染か熱中症かの罰ゲームを与えるのが体育では体育本来の健康を維持する目的すら見えておらずダメだろう。日本の体育のマスクをつけない授業はヨーロッパのマスクをつけないデモと同じレベルで、そこまでしてやる必要もないだろう。なんのための学校閉鎖なんだったのかと思うほど、物事を考えられないレベルになっているのじゃないか。

コロナ禍で、吐息が荒くなるような集団行為を意図的にやってどうする。本来はヨーロッパのように、2万円ほどの罰金が科されるべきなあたりだろう。電車では多くがマスクをつけて感染を防止ししようと努めているが、子供たちの命というのは大人の都合で軽んじられがちなのが日本。普通の感覚で、ジムが危険だと営業停止になるのだから、それに近い行為を子供たちがしない方向に保健や体育の先生ももっていくべきだろう。

マスクつけないで個別でランニングするとか、集団行為をできる限り避けるというのがコロナに感染しないための大事なこと。学校閉鎖のようなコロナの経験もしながら大人たちはマスクつけて無言で社会生活を守ろうとしているのに、子供の学校社会はコロナか熱中症かの体育もしているような罰ゲーム状態。行政というのはほんとうに規則に縛られすぎて子供たちの健康や命をまもるも難しい。学校教育という健康を考える場なのに、大人の我の事情が先だってしまってヨーロッパのマスクなしでのデモ参加状態。トップの文部科学大臣が駄目ということだろうけど、健康や命の問題で、国民には自主規制を強要しながら行政の都合が先立ち、アクセルとブレーキそのもので、規則に縛られ国民の健康や命を損ねるのが行政では駄目だろう。大人の都合で、マスク不要論をやった厚生労働大臣と同じレベル。個人の我の世界が、行政の大人の世界というあたりそのもの。

コロナの危険性の高い地区では、全国縛りを外して、体育の授業を自粛するとかも大事なことだろうと思う。コロナの危険性の低い地区では、普通に体育の授業をするもありだろう。日本を一つで縛るでなく、行政も面倒くさがらず、感染者の多い地区では厳しい対応、感染者の少ない地区では普通の対応で、問題に応じて、面倒くさがらず、ちゃんと状況に応じて自身でコントロールしていくというのが行政にしても大事なこと。
2020年09月03日
昨日は大阪に宿泊したがラベル用紙をプリントしないといけなくって、その原稿を夜中パソコンでつくっているうちに寝ることもできなくなって、結局、朝コンビニでの普通の用紙にプリント。エクセルファイルをPDFにしてプリントするのだが、ファミリーマートだったので結構時間が掛かった。

8時半くらいに売り場に到着で、値札関係の最終チェック。今日は初日だったので、9時半から全体ミーティングがあった。初日のお客様はコロナ禍なので少な目でこれは仕方のないことだと思うし、こういうのが今のコロナの中でも感染リスクを減らしながら営業をするということなんだろうと思う。

テキスタイルマルシェで川端商店の奥さんちょっとテキスタイルマルシェの会場でお話しする機会があり、川端商店さんも3年ほど前に場所も壬生に移られ、高台寺のお店も閉じられ、今は、黒染めで有名な京都紋付さんの場所を借りる形で染をされているというお話。いろいろ新しい形態に移行されながらそうやって変化しながらも続けておられるのは才覚の一つなんだろうと思える。

川端商店さんのテーブルには、きれいに万葉染めで染められたストールがテキスタイルマルシェに並んでいて、見ていて、やっぱり、私の場合、赤のアカネとログウッドっぽいものに目がいってしまう。自分がつけて合う色でもないだろうけども、そういうのが色が目立って目がいくんだろう。

草木染で出すのが難しい緑のもあった、すごくきれいな緑で、草木染とは思えないくらいだが色を掛け合わせて出されているということで、自分がつけるならそれが良さそうな気がする。草木染で、草のような緑のものは珍しいのである。他に、一見、小物系で柿渋かなあと思っていたものがあって、それは桜の葉っぱで染めたものということ。説明を受けていなかったら柿渋染だと思ったままだっただろう。
2020年09月02日
40手前で、アイリッシュリネンのプロジェクトをやったときには、超細番手の糸を織ることを経験した。それまでは、100番手以上のリネン糸というのは織れないといわれることが多かったが、現行の150番手までも織ることに成功した。糸さえ良ければ、100番手は糊なしでもレピア織機で織ったりできた。

現行のリネン糸よりも昔のリネン糸のほうが強度があることにも気が付いた。やはり根本的に今の糸というのは強度が劣っているのである。これと同じことにもラミー糸で気が付いた。倉庫にあるラミー糸は毛羽が多く、現行の糸は毛羽が少ない。同じこんにゃく糊をつけるにしても、昔の糸だと伸度も保たれて織ることができるが、今の糸は強度が2割くらい落ちている。グレードもアップして値段も高くなっていても昔でいうノーマル糸クラスのグレードに糸が落ちてしまっている。これも原料からして仕方のないことなのである。

50手前で手掛けたことの一つに、横絣を広い幅で織ること。そのためには広い幅で横糸に捺染することが必要となるので機材一式を開発することになる。昔の近江上布の織機や機材なんてものはおじいさんが林与の家の中で生み出したようなものなので、いろんなものも手に入りやすい今、一人の力でどこまでできるかというあたり。昔の着尺というものがどうしても37.5cmほどの仕上がりで、着物を着る人が少なくなっている流れの中で需要自体が減ってしまっている。目線を変えてワンピースなどアパレル向けに広幅の横絣の織物を織ってみる。そんなプロジェクトである。

型紙は広い幅の洋型紙を使う、狭い幅の時よりも幅が広くなる分精度が必要となり、色数が増えると、洋型紙もたくさん必要となってくる。まあ、それでも版を外に出して作るより一晩二晩自分が手で彫れば解決できる話で、試作や小ロット生産するには悪くない。型紙捺染の利点は、シルクスクリーンとは違って、型紙の厚さが1mmくらいはあるので、色糊がしっかりと糸につきやすく、力強い昔っぽい仕上がりになること。それ故に、同じ型でも、色の付き方が微妙に異なる。たとえば、同じ絣織物でも大島紬はシルクベースでズレのない写実画的な要素だが、近江上布は抽象画的な要素を持つ、あえて揃えないで絣調に織るのがよい。

できないと思われていたことをとにかくとことんやって、広幅横絣織物は実現したのである。広い幅の手織で織ったほうがたぶん簡単だろうけども、打ち込みを調整することができるシャトル織機での織はさらなる可能性が広がる。昔の近江上布は多くの人が携わって分業でやったが、この広幅絣は、型紙をほるところから、捺染、巻き返し、織など、一人がすべての工程を行い織りあげるというところが昔と違って現代的で現実的なのである。通常の織物でも一つのサンプルをつくるが難しい時代には、一人で何でもできるようなものづくりが一番合っている。
2020年09月01日
2008年ころのデフレ不況で、自分の物づくりに没頭できた時期があったが、その時に初めて経験したものごとは、たまたま惑星直列のようにすべての要素が連鎖的に補完しあって成り立って、今の自分が織物や仕事をやっていく上で物事の進め方や考え方の基準もそこにある。林与にあるものにしても、40年50年選手の古い織機が30台ほど。そういう織機もマイナスにもなるしプラスにもなる。それを決めるのがそれを使う人の力だったりする。

12年前に10台シャトル織機を入れた時も、10台のうち9台が全くといってよいほど織れない状態で、1台しかまともに動かない。その1台をフルに回して30縦、他の織機で30縦、2週間で60縦の整経したのを織ってなんとか展示会に間に合った。それでもその状態では数万枚の本生産は無理な状況。神様というのはいるもんで、1台だけ動いた織機がなぜ織れるのかを考えた。するとその台には1本棒が付いている。他の台にはついていない。それが経糸のテンションを管理するためのものであると想像し、他の9台についていないのが不思議で、職人さんに聞くと、必要ないから取ってしまったという。なぜ、1台だけ残っていたかというと、硬くて取れなかったようである。その一本がもし取れてたら、多分、林与はその年に仕事で何億円もの損害の話で終わっていただろう。硬くて職人さんがその棒を取れなかったことで私が織機がなぜ動かないのかを見つけ出すことができた。

シャトル職人さんも、今までは太い糸しかおっていないので、太い糸の場合は経糸のテンションが強いので鉄と鉄がすれあって棒が駄目になるから取るのが当り前になっていたようで経験から棒をとったので仕方のないことだろう。でもこれが例外でもなく、人生というのは結局自分がどこまでやるかだなあと思う。ファブリカ村のタミさんが北川織物に入ってから40年くらい、一度も織れなかったという織機も、結局、林与にきて私が見て原因が見つけ調整して動かすことができた。織れないのには織れない原因がある。多分、北川織物工場の前の工場でも織れない原因が分からずで手放されたものだろう。

別の場所のシャトル織機の立ち上げも行ったが、すぐに織れない原因がテンプルがないことに気が付いた、それに気が付かなかったらいくら織機を調整してもまともに動くことはない。初めて見る織機で開口の位置が高いのでテンプルで押さえないと絶対に無理だろうという推測から、最初テンプルついてませんでしたかみたいな話。そうすると塗装したときに外されたみたいであったということで付けたら動き出した。

出機さんにある織機を入れ戻したときも、シャトルから一つもない状態で、動く状態でもない。シャトルがないシャトル織機というのはまったく使えない状態そのもの。一番大事なところがジャンクなびっくりな話。そこから手を加えてシャトルを作ったり、シャトルの管を手に入れたりでまさにマイナス状態が続く。5年くらい動いていない織機だったろうから、ベルトとかもすべて調整しなおしてシャトルもすべて場所決めして調整して合わせる。

織機のいろんな問題も見えてきて前の人が何に苦労していたかが原因も分かってそういうところに調整を加えて、ゆっくりとキャッチボールするようにシャトルが右左に飛んで、ヒガエも問題なく上下するように調整する。

古い織機を手に入れるのは、ノークレームノーリターンのコピー機を買うのと似ている。何か問題があるのが普通。そして普通はうまくいくことは少ないと思う。すぐに問題に直面して保守部品も十分にストックしていなければ、すぐにスクラップとなるのが普通。京都の若い方が古い特殊なシャトル織機を手に入れてアドバイスを求められるのもよくわかる話。昔だといろんな情報があって部品も普通に手に入って分業の中で動いていたものを、織機を引き受けた人がすべて解決してゆかないといけない。普通の織物の作業ですらも普通の仕事よりも負荷は掛かるが、さらに織機の修理や調整なんかも入ってくると、普通の仕事感覚では難しいだろう。

私がこういうことを書いていると、頭の理解の問題かと思われるかしれないけども、油で手を真っ黒にしながら平気で作業するから構造がみえてくるし、調整にしても麻の場合には何が大事なのかというのが見えてくる。織機の毎回の立ち上げもそうだけど、糸がぐちゃぐちゃで爆弾が落ちたような状態でも、一本一本丁寧に直して行けば、春の雪解けのように、何事もなかったように調子よく織れ出す。動かない織機でもいろいろと試行錯誤しているうちに、見えてくることは多いものである。

経糸を正しく一本一本繋ぐというのも大事なことなのだが、そういうのもいい加減な人が多い。全部正しくつなぐが基本の人と間違ってるのが当り前の人の差というものは同じ織機を使っても雲泥の差。ずぼらな人が仕事すると織るのが難しいことが多いので織機や糸が悪いということばかり言うが、ちゃんと仕事する人というのは正しくつないで普通に織れる。織る人の作業の正しさが結果に出てくるのが織物の世界。上手な人は自分が何でも解決できるので文句をいわないが下手な人は自分の問題の解決もできず文句ばかりがみられる。

普通の仕事では経験できないような自分の力で解決していくような世界が現場にはあるんで、がんばればできるという世界を味わえ、そのがんばりがたわいもない麻布という結果だけど、自分で作ったものは買うものとは違う価値観が詰まっていて損得じゃない世界で、林与のお客様が布を買ってくださって洋服をおつくりになられたり小物をおつくりになられたりと同じ感覚でより強いものを語れるようなものを作って売ろうとすれば持っていないと評価してもらうのは難しいだろうなあと思う。
2020年08月30日
パキスタンやインドを襲うバッタ、バッタを退治するためには殺虫剤が撒かれる、コットンも被害作物の一つ、オーガニック栽培の場所だけ例外にするわけにもいかないだろう。国が動いて広範囲に対策をしている。今年だけでなく、オーガニックは基本3年間の縛りがあるので、オーガニック農家はどうするのだろうか?

本来は認証するものが対応していないといけないだろうが、インドは、コロナで視察すらも難しい状況だろう。コロナやバッタという問題、普通の作物をつくるのも難しい状況では、オーガニックという概念も、現場の人間の苦労を考えると特例が必要となってくるのではないだろうか。極端な話、今後3年くらいは努力目標とするという程度まで落とさないと殺虫剤が降り注いだ畑を抱えてオーガニック農家は破綻してゆくだろう。ニーム程度では抑えることは難しい状況である。

非常時には、マニュアルに従うのではなく、人々の生活を最優先で守ることが大事であろう。それはそれで最終の消費者まで理解を浸透させて消費するようにすればよいのである。努力しても無理なこともあるし、それはそれで受け入れるのがサステイナブルという概念につながるのである。基準だけが独り歩きして消費者騙しにならないように基準を作っているものがサステイナブルな考えで行動し現場の問題を解決しないといけない問題だろう。

現地ではバッタも食用にするようなことが一部行われているが、ヘリで非常に広範囲に殺虫剤を散布したりしているので、バッタの移動距離も1日に100km以上とか言われているので、現地の人もバッタは食べないほうがよいだろうと思うが、テレビの番組などネットでみても、バッタを食べて退治になるように報道しているが、バッタを食べることで間接的に殺虫剤を食べる危険性が少なからずあると思う。
2020年08月29日
今日は午後倉庫で9月2日からのテキスタイルマルシェの反物の出荷の作業、倉庫の中はかなり暑くて、何度か休憩をとりながら夕方まで、8月も終わりに差し掛かっているのにこの暑さは10数年前の8月の終わりを思い出す。そのときは、その夏は非常に暑かって10月中頃まで暑くて。

子供のころの夏には暑いと毎日夕方には夕立が来るものなのだけど今は夕立も降らない、ごろごろと雷がなって、急に雨が降り出す、5分とか10分でまた晴れて、気温も下がってさっきまでの蒸し暑さが洗い流されて消える感じ。という記憶。台風が来ると気温が一気に下がるのだが、今年は近畿地方には台風はまだ来ていない。お盆前に台風が来て気温が下がることもある。台風の進路が中国側に傾いているような気がする。

2020年08月29日
9月2日(水)~9月8(火)の日程で、うめだ阪急10Fで、YOUSAI2.0 テキスタイルマルシェが開催されます。今回、林与も出店をいたします。

麻生地、リネン生地、リネンストール、リネンキッチンクロス、のほか、ハンドメイドマスク関連のリネンプリーツマスク生成、マスクゴム、マスク専用ゴム通しなども販売させていただく予定です。ミシンで、マスクやエコバック、キッチンクロス製作の実演も行う予定です。

林与は、初日9月2日(水)、9月4日(金)、最終日9月8日(火)に売り場に立つ予定でおります。
2020年08月25日
今日は岡山の方にとっては織物の2日目で、工場の2階で整経の作業。チーズワインダーで整経の長さに合わせて糸を割った後、糸を建ててもらって、整経のやり方の説明をして、あとは自分で整経を仕上げてもらう。夕方までには整経も終わって、初めてながらにひとつの整経をまき終えてもらった。

整経の作業も作業自体は単純な作業で、今回の糸は特に太い糸で白い糸だったのでやりやすかったと思う。これが、細い糸となってくると同じ整経作業でも何度は増す、また、色が黒いと難度は増してくる。同じ織物でも、糸が細くなればなるほど難度が高くなるのが麻織物の特徴。

夕方過ぎから、機場でシャトル織機を動かす練習。初めてながらスポーツマンで体力のある方なのでシャトル織機に力負けすることもなく、横糸の無くなったシャトル織機の糸交換を10回、20回と問題なくこなされていく。度胸があってスポーツなどで体を動かすことも体がついてくるから最初からでもそれほど問題なくシャトル織機を扱えるんだろうと思う。40歳くらいに初めてシャトル織機を動かし始めたころの私よりも余裕があるなあと思えた。

今日は、傷をつくってもよいということでシャトル織機に1時間ほど慣れてもらったが、横段などを作らずにギアを戻したり織るのは1週間くらいの慣れは必要だろう。昔はシャトル織機は、数年の経験が必要といわれたけども、私からするとシャトル織機は1週間くらいで十分動かせるようになるだろうと思う。シャトル織機も、動かす技術だけでなく、どれだけ上手に段を作らずに織るかと、また、止まった織機をどれだけ早く再稼働できるかは技術と同じく大事なことで、責任感や仕事に対する考え方みたいなものがすごく大事なところ。

織物も手織ならミシンと同じく、一人1台で人の作業が出来上がる量につながってくるけども、動力織物の場合には、並行して作業をすることができるので、並行して作業ができる人というのは一つしか作業ができない人の何倍もの生産性となる。逆にいうと織物の作業は並行して作業ができる人でないとなかなか食べてゆけないということで、一つの作業が正しくできても、自分が正しくできているのを見つめていないといけないタイプの人というのは難しい。見ていなくても正しく作業が進んでいるような離れ業ができる人でないと何台もの織機を動かしたり、合間別の作業をこなすことは難しい。そういうあたりが縫製とは違うところかなあと思う。シャトル織機を使っていても1台で1時間に1mしか織れない織物であっても、それを一人で4台、5台と動かすことでなんとか成り立たせることができたりもするものである。勤勉さが必要な感じだろうか。

1台の織機で織っているものが本当に織れないときには、工場全体がまったく動いていないのと同じで、それを織るためにすべての力を注いでしまうので、織物というのは一概に1mいくらの世界では話せないことも多い。よく、新しい生地でもいくらですかとかいわれるけども、順調にいってそれは成り立つ話で、順調にいかないときには仕事しているけど織っても傷で没とかマイナスというのも多いものである。手間の掛かる織物ほど問題も多くなりがちでそれをどう評価するかでできる世界もあればできない世界にもなる。問題を避けて通ろうとすれば、いつでも手に入るようなストック型の生地をチョイスすることもベストな方法だろう。麻の場合には、糸のロットが違うだけでそれが織れない問題になることもある。サンプルを作って、量産での再現性を求めるのが当たり前のようなあたりがあるけども、サンプルはサンプル用の小さな染色機で染めたり加工機で仕上げたり、量産はボリュームに応じて機械も変わってきたりする。再現性を求めるならサンプルで50mくらいの量産向けのテストをしておくこともすべての工程において大事だろうと思うが、30cmだけみたいとか着分で洋服作って量産というのは、ちゃんとしたものづくりなのかというと見えてくる問題も見えず危ないモノづくりの方法の一つだったりもする部分もある。
2020年08月24日
今日は岡山の縫製をやっておられる方が織物の製造工程を2泊3日で体験しに来られる初日。最初、機結びを覚えてきてもらったのでそれを簡単に復習して、北京のサンプルを出荷するのがあって、とりあえずそれを先に倉庫に入って生地のカットなどを手伝ってもらいEMSで出荷。そのあと工場の中で糸を固める作業などをチーズワインダーを使って現実的な練習。熱い工場の中も経験してもらって初日は終わる。

27歳ということで、私が仕事を始めたのと同じ年の方。家族で縫製の仕事をされていてたまたま納品で3年ほど前にお邪魔したときにお会いして、林与のことを覚えていてくださってこのような機会が実現することになった。織物の一つ一つの作業というのは、案外単純な作業が多く、1日で覚えられることも多い。たくさんの仕事が流れていた昔はそれを一人の一生の作業としてやっていたことも多いが、今はそんな時代ではなく、一人の人間がいろんな作業をこなすことで逆に超作家的な器用なものづくりが日本のモノづくりの形なんじゃないかと思う。

不思議なのは、意欲のある若い人というのは経験がゼロでもその日その時に目の前の仕事をこなしていけるということ。私もそうだったが織物の一つ一つの仕事はコツをつかむことは必要だけども難しいと思ったことはそれほどでもなく、難しそうに講釈を垂れている人が多いのに付き合うのは逆に疲れる話である。基本、だれでもやる気さえあればできるのが織物の仕事で、根気や集中力というもののほうが大事だったりする。経験者というのは慣れた仕事を惰性でやってしまうので、そこで上達が無くなるもので失敗が多くなったり、向上がなくなるのも多く見てきた。

自分で普段から縫製の作業をされている方なので物事を前に進めていくのは非常に上手で作業に対する理解力もあって、新しいことにも率先力的な力がある。手の糸を扱う加減なども縫製をされている方なので普通の人の何倍も上手である。縫製というのは自分自身がどれだけ器用であるかが生命線的なところがあるので、織物の作業というのはそれほど難しいと思われることはないだろう。新しいものが次々と流れてくるのが縫製の現場でそれを理解して一つ一つミシンは使いながらも自分の手と目でそれを形にしていかないといけないのは、織物よりも人の力が要される作業だとは思う。

2020年08月23日
外に出る機会がないと、新しい服を買おうという雰囲気にはならないものだろうと思う。コロナでアパレルは超のつく不況にある。3月4月5月6月と、この春は店頭が自粛モードだったので、今年の企画を来年の企画とするアパレルさんも多いだろう。

アパレルさんの中でも企画うんぬんよりも経営が悪化して、店舗閉鎖や、それに伴う、特に店舗要員が多かったブランドは販売員削減の動きも多い。実は、コロナ以前に11月ころから過去にないほどのアパレル不況にすでになっていた。オリンピックの前なのにそんな重々しい状況が繊維業界にはあって、地元の工場さんも例年だと春物を4月とか連休前くらいまでは追い込みでやっているのが普通だが、もう2月で仕事が少ないようなありえない状況。

そこにコロナの影響が重なり、アパレルだけでなく全業種の景況が悪化するような流れ、国産的な高級なアパレルものというのは余力のあるときに買うものなので、多くの人が仕事を失い生活にも苦しいような状況では、なかなか洋服に大枚をはたこうという人は少ないのは当たり前。私も繊維業界にいるけども、まだまだ先の見えないコロナの状況の中で、コロナ前に戻ることを考えるよりも、コロナに応じたような対応をして油断はすべきではないと思っている。

確実にやばそうなのが、カラオケとかオーケストラとか、ダンスとか、ワークアウトとか、団体競技系のスポーツとか。激しい呼吸を伴う行動が駄目なんだろうなあと思う。

8月9月10月中頃までは気温も高いので大丈夫だろうけども、それ以降は気温が下がって、換気も難しくなり、吐く息が白いとかなってくると、今と同じような行動をしていても、冬には爆発的に感染が広がるだろうと私自身は予測している。8月、9月、10月中頃重症化率も低いだろう。たぶん、38.4度とかあたりが、ウィルスと戦える体温なんだと思う。冬場も部屋の中の温度を25度以上に上げていればウィルス対策になる可能性は高いと思う。今年の冬は、省エネはあまり言わないほうがよいだろうなあと、日本が初めてコロナを経験する冬。

感染をしたとしても周辺温度が高ければそれほど重症化することは少ないだろうと予測。恒温動物でもある人間が自然に36度台の恒温状態を保てるのかというと冬には難しい、気温が5度とかの状況では体を動かしたり布団にくるまるなど積極的に暖を取らないと、それだけで体温が下がる要因となる。その状態でウィルスが入っても、十分戦える38.4度には体の中がなりにくいので、ウィルスの増殖は止まらない。

でも、これは人間界だけじゃなく、コロナは猫のような身近な動物にでも感染をしてゆく、犬には感染しにくいとされているが、犬から犬には普通に感染するだろう。基本的には動物から人への感染はないとされているけども、コウモリから人に感染したとかの説はNGでもなんでもなく、鳥インフルでも人に感染する。ペストなどの原因となったネズミ関係がウィルスに感染すると一番やっかいだろう。新型コロナはハタンウィルスと非常に性質が似ているところがある。S型とL型みたいな、宿主によってウィルスも枝分かれしその性質が変わってくる。
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