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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2023年05月02日
弟に手伝ってもらっているけども、弟が織れるようになろうとしてくれているデニムの織機でシャトルが飛ぶトラブル。今までそのトラブルは1度も起こらなかったので、想定外のトラブルで、私自身がその問題の起こった現場に立ち会っていないので原因の推測から。

朝になるまでに、原因が筬が外れて筬は元に戻したのだけども、光感フィーラーの受光部分までシャトルを挟んだときに奥のほうに落ち込んでしまっていてそれが問題だったみたいで、それを前に押し戻したらシャトルの飛ぶ問題はなくなった。

何十年のベテランの人たちでも筬の一つを通すのが難しいのが織物の世界で、織物の世界で60歳70歳の人たちというのはみんな牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けて仕事みたいなイメージがあって、ベテランが若い人たちよりも作業が早く上手にできるのかというと経験して慣れた仕事は進めていけるけども、手間の掛かる細かい作業や慣れていない仕事は若い人たちのほうが上手ということも多い。

朝から、ヘルプスタッフがオーバーロックミシンで巻きロックで、キッチンクロスを作る作業。初めてのオーバーロックミシンだけども、糸通しなども教えて覚えてもらって3時間ほどで何枚かのテストサンプルを作り上げる。私も1週間ほど前に始めてのテストして試作的に巻ロックやってみたけども同じように短時間で普通にその日からものづくり。

色や形だけでなく、ロックミシンの糸のチョイスやオーバーロックの耐性みたいなものが大事だったりもして、ガーゼ素材をかがった場合などには、洗ってパンクしないかなどのテストなども大事なこと。洗った後のサイズなども大事で、そのあたりが私の考えるものづくりの現実的ながら大事なところ、そこを欠いては、色や形は台無しで、逆に言えば、色や形はあとで好きに選んでもらえることであったりもする。

興味深かったのは、ガーゼ素材では巻ロックは荒め、高密度な織物では巻ロックはしっかり目に出来上がること。巻ロックのダイヤルの目の数値だけでなく実際に縫って作業をしてみると見えてくることもある。似たような型番のロックミシンを2台手に入れてみたけども、それぞれの縫いの粗さに違いが見えたりもして、型番によるミシンの縫い目のクオリティの差というものもあるのだなあと思った。数時間でも実際に作業してみると見えてくることは多く、頭の中で考えていても想定にもなかったこと。カーブ縫いなどは縫い目を細かくしてもやはり太めの糸のガーゼ素材では洗うとパンクしやすいというあたりは想定通りの結果。試作してくれたものを洗って使ってもらって変化などもみて、実用的にどれほど耐えうるのかというあたりを検証してもらう。

商品開発というのは机上で行われることが多くなり、実績のある生地でも濃色などは湿摩擦堅牢度が悪いという検査結果が出たりするのだけども、濃くしっかりとした真夏に来ても冷たさや清涼感を感じるスカッと染まった色というのはそれなりに大事だったりするだろうし、染料を変えるとまた別の問題が起こりがちになったり、色を薄くして湿摩擦堅牢度数値を通すのかというあたりとか、それとも素材の見た目の清涼感を大事にしてデメリット表示などで対応するのかとか対応方法にも販路の基準との兼ね合いでいろいろと流せるようにするのか流せないようにするのか。
2023年04月27日
今、5月に近づいて5月というと五月晴れでカラッとしたお天気の季節なのだけども、それが本当に麻を織るのには厄介で、もう7年くらい前になるだろうか、織ろうとしてもキズになって5cmも織進めることが無理だったり。

キズで良いなら織ってしまうも可能なのだけども、どうしても切れた糸がももけてしまって周りの糸にまとわりついてドロッパーが正しく反応しない。あの時は、3台の織機に掛けたのだけども3台とも同じ現象が起こって織機の問題ではないかった。

麻織物を織るときに、気温が低いことが大事で、雪国のような環境が麻織物には適しているのである。気温が下がる夕方から夜中に掛けては織りやすく、朝方から昼にかけては織りにくくなる。気温が下がって麻糸が水分を吸収すると織りやすくなって、気温が上がって麻糸の水分が放出されると織りにくくなるのである。

今は、火災などの心配もあって工場の中で火を使うことはしないけども、昔はストーブを何台も使って工場内を温めていた。上にやかんを乗せて。また、夏場も水冷式のエアコンで工場内を低温に保っていた。働く人も少なくなり、全部の織機以上に電気と水を大量に使うので水冷式のエアコンも今は使わなくなった。そういうのも湿度には影響をしているのだろう、昔のほうが人も多くてしかも麻を織るにもよい条件で織ることが出来たりしたけども、今の時代というのは少人数で昔よりも恵まれない条件で織らないといけないというのが、普通の現場の話である。

林与だけじゃなく、糸を巻いてくれるおじいさんにしても工場の中で灯油ストーブを1台使って、1日仕事していたら灯油代で半分くらいは工賃が消えてしまうだろう。それほどに灯油も何倍にもなってしまって、おじいさんのいうように工賃は25年前のままなのだけども、織物の価格は20年前よりも下がってしまっているので25年前の一番良い時の価格を守るのが精一杯のところだったりする。

工場の中で灯油ストーブを焚いても動ける人だとよいのだけども、動けない人だと灯油ストーブにあたっていたりで、寒さにも立ち向かえる人でないと織物の現場は難しく、子供のころから寒い中でも暑い中でも厳しくスポーツをやってたような人がやはり精神的にも身体的にも耐性があるように思える。世の中が恵まれていくと、日常生活ではそういう耐性みたいなものが必要なくなってきて、結局、織物の現場作業というのは難しくなっていくのだろう。

加工工場さんなんかでも、もうなくなられた社長と話をしてると、今の若いものは1日仕事すると疲れてばててしまうということを言われていた。冬場も水仕事なのでとか。繊維産業の製造現場自体が今のオフィスワークのような現状とは、かけ離れているのは、やはり、繊維産業が国際競争にさらされてしまっていて、放置されて消えゆくような位置づけに国としてはあるのだろう。

繊維産業って日本の問題を凝縮したようなところがあるから、たとえば半導体不足なんかも日本の自動車産業が海外でつくられる安価なものをなくしては成り立たないというような現状で、それを税金を投入して国内生産に切り替えようとしているけども、たぶん、半導体不足が解決したときにはまた成り立たなくなって、国内生産は海外生産に切り替わってゆくだろう。

日本の職人さんと呼ばれる人たちでも、つくれば売れたバブル以降はもうなかなか通用しにくい状況になってしまっていて、物事をわかって新しいものごとも吸収して前に進めていけるような人は本当に少なく、することはいろいろあっても人がいてもできないというようなことが多くなりすぎた。海外は仕事を得ようと旺盛的にいるのに、国内は仕事が嫌だみたいな風潮が蔓延していて、国内では仕事ができないことが多くなって難しくなっていくばかり。新しい物事をどんどん吸収してレベルの高い物をつぎつぎと生み出していくような力がなければ、過去よりもどんどんと落ちて行ってしまうだけ。

織機の調整なんかも織れるところまでもっていくのが難しかったりするのだけども、織れる織機を渡しても織るのが嫌だとかいう話だと、一番簡単な仕事のところでもう無理なあたりだったり、それは今に始まった問題じゃなくて昔から年配者も同じ話で、織機をうまく調整したり問題を解決したり自分で仕事を進めていけるような一人前の人というのは何十年やっていようが現場では本当に少ない。
2023年04月21日
昨日は、朝からドビーに詳しい人に来てもらって織機1台のドビーを分解して朝から修理。ドビーの中の部品が壊れてしまっていて使えないソウコウ枠があるので、後ろのほうの使っていないソウコウ枠のパーツを外して前のほうと交換する作業。交換部品が手に入らないので、このような方法でしか解決方法がないそうだ。

久しぶりの大修理になった、次に壊れた時にはドビーの載せ替えなどを検討してゆかないといけないだろう。ドビーの載せ替えとなると200kgほどあるものを、上げ下げしないといけないのでそれなりに大事ではある。

いずれかは何台かあるうちの1台を部品取り用にして他の5台とかを長続きさせる方向に持っていく必要があったりするんだろうけども、プラスチック部品の上に金属の小さな板がついていてその片側の下からプラスチックにひびが入っているような現象がみられ、金属やプラスチックが伸びたり縮んだりすることで収縮差からそういう問題を抱えているんだろうなあと思う。ドビーを作った人も想定をしてはいなかった問題だろう、というか1983年製のドビーなので40年動いてきたことになるから、老化として受け止めるしかないだろうけど。自動車で40年は、ほとんど珍しすぎるけど織機で40年というのは林与では工場の中では一番新しいタイプだったりする。

このシャトル織機も国内では最終型に近いくらいのもので、レピア織機ですら国内で製造していた最後のメーカーも作るのをやめたそうで、国内ではより高速で大型のエアジェットとかが作られている。織機メーカーが消えると食物連鎖じゃないけども、機屋が生きて行けなくなるという結果につながっては行くだろう。織機メーカーのある中国では繊維産業は基軸産業である。同じことが半導体でもいわれて、自動車や機械メーカーが半導体不足で苦戦している。材料も同じで、国内で原材料や糸がつくられなくなり、海外に移転してしまうと、結局最後にはその国での最終製品の製造も難しくなっていくという流れにつながる。一番人をたくさん必要とするような産業の部分が残っているということが大事だということなんだろう。パラドックスパラドックス。

林与の中には30台くらいの織機があるけども、どの織機も一つの規格の織物に特化させていることが多く、その形でいつものお客さんの仕事がいつでも受けやすいように、また、機の載せ替えなどをなるべく少なくして、働く人の少ない今の時代に対応をしている。贅沢な織機の使い方ではあるけども、林与のような小さな会社が大きな会社よりもいろんな織物を生み出せるからくりの一つであったりする。
2023年04月19日
繊維業界には伝統産業系の流れを組む古い体質が残ってはいるものの、女性の進出というものは目覚ましく、またエシカルなことなども女性は特に敏感に動かれる方が多いので、繊維業界というのは時代のトレンドに敏感というよりも、トレンドを作っていくような業界であったりする。

ファッションというのは、洋服でも使う言葉だし。文化的なことでも使う言葉だし。あるスタイルが流行ることをファッションと呼ぶのだろう。

林与取引先の担当の方も、7割以上が女性だったりする。10年前までは7割以上の担当が男性だっただろうと思う。海外に行くと女性の社長や窓口の人が多かったりするから、国際化の流れでもあったりするとは思う。

仕事においては仕事ができれば男性であろうが女性であろうが関係はなく、繊維業界も同じことで、ほとんどの業務をどちらが担当してもこなせる能力さえあれば問題ないだろう。でも、百貨店の売り場なんかは女性服コーナーの担当とかはやはり女性店員が適切であることも多かったりして、一部例外はあるだろう。

林与にしても50過ぎたおっさんそのものだし、若い人の活躍を期待はしていて、あまり私が外との関係でもう前に出るべきではなかろうと思うところがある。展示会もなるべく若い人が中心になって全部準備して私は留守番しているくらいが良いのではないかと思っていたり、いろんな企画も若い人が補助金などのことも理解してプレゼン資料つくりや報告などもすべてできるようになってくれればよいだろうと思ったり。

でも、仕事って結果がすごく重要で、構想や途中がよくてがんばったとしても結果が駄目ならマイナスというのが現実。そのマイナスが自覚できる人だけが残れて、プラスの結果を生み出して、プラスの結果を繋いで成り立たせて続いていけるという、もちろんうまく行かないこともあるけども逃げ出すのかとことんまでやってみるのか、とことんまでやってみる経験を積むと、自分で10のやり方をやってみてうまく行く一つの方法が見つかったりすると正しい方法が見えてくるのではないだろうか。単に仕事というだけなら、正しい方法を教えてもらって、なぜその方法が正しいかもわからないまま与えられた時間の間作業して時間が経てば仕事はこなせていると感じてしまうだろう。

また、仕事や作業を誰がするのかという問題が、付きまとう。自分が実際にやって、問題にぶつかれば問題を乗り越えてやっていくのが仕事で、それを他の人に期待しても仕方ないのである。企画をしたいひとが企画がうまくいかない理由の一つが、サンプルをつくったり、量産したり、在庫を抱えお金を寝かせたりの想定がなく、それを誰かに言えば自分の思い通り動いて解決してくれるというのを求めてしまっていたりするから、そういう実際に時間やお金の掛かる部分を自分が解決できるのかどうかが企画のあたりだろう。
2023年04月18日
岡山に行ったときにサービスエリアのコンビニに入るとなぜか食品関係が2割から5割ほど高くなっている感じ。100円くらいで買えたパンが150円くらいになっていたり。食品を中心に原料高からの物価高が勢いを増しているようである。

今も、原材料費の高騰は続いていて、糸の海外からの仕入れをストップしないといけないほどの危険領域。国内の繊維需要はそれほどの回復を見せておらず、2倍とかに高騰する原材料を仕入れてうまく回せていけるのか否かというと難しいという判断が業界の中ではあったりする。

高級ブランドも、輸入物価の高騰で国内生産には向いては来ているだろうけど、国内においても、糸を中心とした原材料費の高騰で半年後の本生産の値段が提示しにくいような状況になってしまっている。流れる量というのは限られているのではないだろうか。

今も直接購入いただく先様とは価格の話なども比較的しやすくて、この半年先や1年先の弊社の生地価格などをお伝えしやすい。基本、サンプル時に量産価格を約束してしまうとその後に糸が値上がった場合など、本生産の発注を受ければ仕事しても利益が出ない可能性も高かったりもする。作りたくても、サンプルに使用した銘柄のリネンの糸の国内在庫がないというケースも十分にありうるだろう。

今から半年以上後のことを考えて糸の準備をしておかないとなかなか半年後の仕事というものが現実的でないとか、糸の銘柄変更で風合いや表情が変わるとか、糸の染まり具合なども変わってくるとか、ある。

低価格のボリュームゾーンを取り扱っておられたところほど大変だろうなあとは思う。価格変動のリスクが高すぎて流れる量も多いので、企画すらも進められないのじゃないだろうか。ここ何十年となかったことだけど、遠い昔のオイルショック前のようなアパレルの売り場に商品を揃えにくいくいような状況が生じてくるかもしれない。

過去三年ほど国内アパレルは超不況状態にあって、体力も温存できていない状況で、問屋業なども廃業されたところも多い。一般的にこの3年間というのは、繊維関連企業の多くが仕事が少なくなって雇用調整補助金などを活用されてきたところが多く、それもなくなってゆく局面で雇用の維持すらもが難しくなられるところも多いのではなかろうか。

3年間ほど半分くらいとか半分以下の仕事で回っていたところの仕事がコロナが明けたからと言って、2倍になって元に戻る可能性があるのかというと、もうそのくらいまでブランドさんなども淘汰やブランドさんの売り場の淘汰が進んで、需要の回復には新しく元気なブランドが出てくるとか、売り場数などが元に戻るまでには、時間が掛かるだろうと思われる。

国内の生活様式も変わって、リモートワークでオフィスに出社する必要もない生活になれてしまって、ビジネスユースの高級アパレルというものはコロナが明けたからと言っても元に戻ることはないだろう。トラベルやイベント向けの回復はあるだろうと思う。
2023年04月18日
弟が手の足りないときに作業を手伝ってくれているが、織物の作業はほとんど未経験者。
糸を結ぶとかが一番の難関の一つのようで、自動車の運転なんかも年配者が免許を取ろうとしても運転するという感覚になれるには時間が掛かるのと同じで、体や手足を動かす作業というのは若いうちに慣れておかないと難しいのだろうとは思う。

コンピュータ関係の仕事に携わっているので、織物の織機の構造なんかはそれほど難しくはないだろうと思っていたけども、糸を筬のどこに通したらよいのかなども周りの糸の状況を見てパターン的に判断するということは難しいようで、迷ってしまうことが多いようで、自分の頭で理解するのにはそれなりに時間が必要みたいである。

コンピュータというのは電気信号の世界で、レピア織機は電気部品が多かったりするのでデジタル的で分かりやすかったりするのだろう。シャトル織機というのは、アナログ的で機械式、機械の構造をたどることで動きを理解出来たりする。それを理解するには機械の動きを見て理解する必要がある。それを見て理解する時間が足りないということだろう。物理系も得意な弟なので、一度構造を理解したときには私よりも理解度は深いだろう。

私の場合にはその場でその時に動きを見て機械の動きを復習して、機械の動きを捉えたりする。マニュアルを作ればよいのだろうけども、実際に説明してもその説明方法が読む人にとって理解しやすくなければマニュアルの意味もない。

レピア織機のマニュアルもあったりはするけども、最初の設定というものがすでにずれてしまっている可能性が高く、伸度の少ない麻糸のテンション管理の問題は非常に複雑で、単にビームの送り出しのテンションを調整しただけでは難しかったりする。テンション管理の機構がうまく働く範囲に開口を調整したり、開口による糸の張りを吸収するためにバックレストを調整したり、また、ビームの残りの量を読んで動くレギュレーターと呼ばれるものの動きをどの程度送り出しに伝えるかなどとか、それぞれの部位の説明は最初の想定が守られているなら、説明書通りの調整で機能するだろうとは思うけども、最初の想定からして、正しい位置にどこもがなければ、一つの場所を動かしてもそれが糸のテンションにまで働きかけることが難しかったりもするし、働きかけたところで無理な働きかけだとまともに織れない。

ボタンの掛け違えを他のところを調整して直そうとするといろんなところの調整が無理無理でなんとか織れるというような状態になってしまって、普通の規格の織物すらも織るのに苦戦するようなことになる。怖いのは材料であるはずの糸もテンションを伝える部品のようなもので、それの伸度や強度が十分でなかったりとか、毛羽が多いと、壊れた部品を織機に付けてしまうようなあたり。

2年前のフラックスの作柄が最悪だったと糸商のある方が言っておられ、糸も高いが問題も多かったりする。コロナで糸をあまり動いていなかったこともあって、大きな糸トラブルはなかったけど。近年の糸が10年前の糸と比べてもかなり強度なども落ちてしまってきている。

50年前の140番手のアイリッシュリネン糸なんかは経年で若干のいとが呆けてくるというかフィブリル化も進んでいるはずだけど、今の100番手の糸よりも強かったりする。10年前の100番手は最終糊を付けずにかなり密度のアパレル向けをレピアで織っていたことも多かった。今では絶対に難しい話。7年まえだったか、60番手クラスが織れない年があったり糸が外れだったのだろう。

今もオーガニックの66番手クラスの糸をレピアで織るのが難しい問題があって、オーガニック特有の問題を抱えているのだろうと思えたりもする。リネンの場合、3年間無農薬の規定とかは連作障害を避けるためには難しいだろうなあと思えたりする。北海道で自前の畑でリネンを育てて糸を紡いで手織りされている方が、毎年織るのが難しくなっていると言っておられ、連作障害の問題が起こってしまっているのではなかろうかと。

オーガニックリネンを育てるために、他のものをオーガニックで育ててとかまでは現実的に、何農家なのの話で、オーガニック農家がオーガニックリネンを育てているような状況を想定しないと難しく…。結局それが、連作を招いて、どんどんとオーガニック系の糸の弱体化をもたらす。オーガニックラミーも当初の糸よりもかなり織りにくくなった、規定を正直に守っておられるからだろうと思う。

糸商さんも言っておられたがリネンやヘンプの100番手とかの糸は日本に持ってきても使える機屋が非常に少ないという問題。麻機屋自体が日本には少なくて、通常は縦に綿糸などで横に麻糸を織ったりするケースがほとんど。林与が昔、超細番手の糸を直接海外から仕入れ始めた理由もそのあたりで、継続性などが不明で織れるか織れないかのリスクも覚悟して自分で抱える必要があったから。紡績工場でもリネンの100番手を超えるクラスは、手織り用とかで、縦に織る想定はあまりなかったりされる糸。


2023年04月18日
先週に一番心配していたことが起こってしまって、この数年リネンデニムに特化させて一番調子が良く動いていた織機が壊れてしまって、今までの小さな一つの部品が壊れたようなトラブルなら1時間、2時間もあれば直せることが多いけども、今回のトラブルは林与自身が今まで見たことない現象で相当時間が掛かりそうなトラブル。消耗品が壊れたとかではなく、鋳物部品が見えないところで折れたとか基幹的な部分が多分壊れた感。織機のシャトルを挟んだ時の限界を超えてしまった感が漂う。

急ぎの仕事の途中で織機を大手術するのは覚悟がいることなので躊躇ったが、お客様にも事情を説明してなんとか今の仕事は対応してもらえることになり、落ち着いて修理モードに入れるようにしてもらえたので、他の急ぎの案件を進めながらなぜ正しく動かなくなったのかの原因をまず考えたい。

今までシャトルを挟んだ経験は何万回とあるだろうけども、でもこの壊れ方は初めての感じ、最後に作ったシャトルがかなり丈夫で挟んでも壊れないほどでそれが結局、織機に勝ってしまって織機のほうが壊れた感じがする。何か、織機の逃げる機構が働いて無理の限界を避けるための機能をリセットすれば良いだけ、それを見逃してしまっているだけ、知らないだけなら救われるのだけど。

大型の鋳物の部品が折れてしまったとかだと交換修理は大掛かりになる。まだ問題個所は不明。
2023年04月17日
中島みゆきさんの糸という歌がある。すごい人気の曲なので、林与がテレビをみない私でも知っていて、逆になぜ、糸という歌がそれほどまでに人気なのかが理解が難しい。みんな糸も使っていないだろうし、織物も織っていないだろうけど。

私が聞いたりすると、普段織物を織っているので曲が伝えたいことは分かる気がする、普段糸や織物を触っていなくても、多くの日本人のDNA的なものか文化的なものがやっぱりあって、通じるものがあるのだろうか。

不思議な出会いのある人生、人を糸に例え、そしてその糸が交わることで織物が織り上がることを人生に例えた。それが人々の心に響く、織物を作っている立場からすれば、糸や織物を人生のように感じることに共感のある人が多いのは、中島みゆきさんの影響力なのだろうけども、うれしかったりする。

歌はポップ、歌はバラード的なのだけども、内容は津軽海峡冬景色と同じ演歌的だなあと思う。あれも着てももらえぬセーターで繊維の手間の世界を頭によぎらせることで人が人を思う温かさみたいなものを。

ぜんぜんつまらないはずの糸をタイトルにしたところがすごくって、そのタイトルの歌がヒットしたのがまたすごい。仕合せという言葉がでてくるけど、それは糸合わせかもしれない。糸が合わさって出来上がることが布であるのと同じく、人が合わさって人生のめぐりあわせという意味なんだろうなあ。なんか、映画、HOW TO MAKE AN AMERICAN QUILTの中の、人生をキルトに例えたフレーズを思い出した。
2023年04月10日
昨日は、神社のお祭りだったけどももう葉桜。法被の下は短パンだったので、晴れてはいたけども寒いくらいの午後だった。50過ぎたおっさんの参加の意味は自分が楽しむためでなく、地道で健全な精神を持っているのに成り立たせるのが難しい物事が人集めに悩まずにうまく物事が進んでいけば良いのになあと思う気持ちで、20年前でも人を集めるのに苦労して一つの行事をするためだけにそういう苦労は必要なかろう。

地元の小さなお祭りでもそれを楽しみにたくさんの子供たちが意味も分からないかもしれないけども、中学生の女の子たちが巫女さんに扮して舞うのをみていたりとそういうのを目標に持てるようなら、どんな世界にでも通じるようなあたりで、私が中学生が一生懸命に今日の一日のためにすべてを覚え、初めてだけども完璧に近くそれは大人のレベルでは絶対に無理な世界。

小中学生や高校生の無欲な覚悟というのは、日本の善意の塊でそれを食いつぶすのが大人社会だったりするのが日本の社会だったりして、大人がもっとしっかりとしないと感じたりもして、小さな問題は小さな問題だけどそれを大げさに言って、大きな問題を見逃して解決していかないといけないのが、だらしのない日本の大人社会の大きな問題だろうなあと思う。

年配者の参加も多かったけど、主役は若い人たちで神輿の周りは若い人だらけ、祭りが滞りなく進んだというのは非常に良いことで、若い人たちが気軽に参加しやすいスタイルに思い切った変更だなあと思った。若い人が増えれば年配者は必要ないからくらいで良いと思う。私は祭りに参加させていただいただけの立場だけど、多くの人の良い思い出になったと思う。



2023年04月09日
今日は、地元の神社のお祭り、神輿の担ぎ手が若手では少なくて、一般に拡大して神輿を担ぐことなく引っ張る形ことに、コロナで5年ぶりということ。5年前も若い人たちは相当苦労しながら祭りを継承してきたんだろうなあと思え、今年はおっさん連中が増えたのは増えたけど、比較的若い人たちが神輿を引っ張ってた。参加者の人たちでも若い人たちが積極的に引いてくれるのはよいことで同級生同士で久しぶりの会話したり自分たちの居場所を持ってもらうことが大事だろう。

年配者が仕切ったりせず黙って見守って若い人たちが中心に動いてくれるのを遠巻きに賑わしにいるような感じ。今の時代に必要がなくなったのが、祭りのあとの打ち上げの飲み会とか、コロナでそういうのがなくなったらしく、そういう負担の掛かることはなくしてゆくような方向で、行事そのものの存続を第一に。

若い人たちというのは年配者以上に健全な感覚、神輿渡御の最中にはお茶とソフトドリンクだけで、スポーツのイベントに近い感じで、酒が入るとどうしても仕切り屋みたいのが出てきたりするので、酒のない祭りというのもこれからのスタイルとしては良いだろうし、酒があったとしても楽しむ程度での形がよいのだろう。

集落の中の同じ区の息子さんで若く見える方でも40歳と最後話してたらいっておられた、話しぶりからしても他に人がいない感が漂って来るような感じで、区の運営も将来はもっと大変だろうなあと思われ、存続のためには若い人たちに負担の掛からないレベルの運営が大事だろう。

出来る範囲にデフォルメして簡略化してゆくことが大事で、引き受けられそうにないようなことを引き継がせてゆくようなことも見直しは必要だろう。その辺りは仕事にも共通したところがあり、意味を感じてやって成り立たせてなんぼで意味を感じているものがいなくなれば終わるような形も一つの物事のありかたではなかろうかと思われる。
2023年04月08日
地球温暖化の傾向で昔よりも冬に雪が降らなくなり、近江湖東産地でも麻を織ることが難しくなり始めている。雪に閉ざされて気温が氷点下というのは、非常に麻織物が織りやすい環境。

1日の中でも、夜気温の下がるときというのは麻織物が織りやすい環境で、一方、太陽が上がって朝から昼にかけて気温の上がるときというのは麻織物が織りにくくなる。五月晴れのようなスカッとした日というのは一番麻織物には適していない。

さらに、今はリネンなどの糸質の問題がシビアになって来ていて、これも地球温暖化がフラックスの作柄に影響を与え、なかなか良い原料が取りにくくなってきているということである。

雪の積もる雪国というのは周りを雪に取り囲まれて気温が上がることがなく、気温が下がったままで乾燥することがないから、麻が織りやすいのである。子供のころに覚えている雪に囲まれた無茶苦茶寒い冬というのは、麻織物を織るのには適しているということであろう。

近江湖東産地の麻織物に関しても、琵琶湖周辺というのは葦やよし、蚊帳のような荒い織物がつくられていて、山側で近江上布のような細番手のものが織られていたとされている。林与の地域も山側に相当して、冬は雪にとざされて村から出ることができなくなるような地域だった。

麻織物というのは本来全国のどこでも織られていたような織物で、なぜ近江湖東産地が麻織物の本場として残りえたかというのは、彦根藩が特産品として生産を奨励し、近江商人たちが全国に広めたということがいえるだろう。

昭和の戦後以降も麻織物の本場としての地位を確保できたのは、他の産地が広幅対応が難しかったのに、近江湖東産地は織機を広幅に変え加工工場も広幅に対応し、アパレル化に成功したということが言えると思う。
2023年04月07日
今、取引のあるいくつかの糸商さんと継続使用しているそれぞれの銘柄の糸に関して値段の動向を訪ねたりしているが、為替は落ち着いたもののフラックス原料がかなり高くなっていて、また、ラミーも価格が上昇しきたということ。

繊維の世界のものづくりサイドから考えると、日本はもうモノづくり国家ではなくなって繊維輸入大国。技術基盤も国内はコロナでさらに疲弊して廃業した、染色工場、加工工場、縫製工場、織物工場は多い。

ブックで色展開されるような生地からアパレルさんも生地を選ぶような時代になり、オリジナル生地を作るというような形は少なくなっていくだろう。物価上昇の背景が、コスト増大という問題で、世界的に人件費、物流コスト、原油高騰など、単に需要が増えたからという理由ではなく、需要が減っているところも成り立たないから価格を上昇するという供給側の事象での物価上昇がある。いわゆる、スタグフレーションと呼ばれる状況に近いのかもしれない。

この4月で、コロナ禍での雇用調整給付金が終了となり、日本の多くの企業が需要減を、半分休みながらk雇用保険の特例制度である雇用調整給付金で、給料を支払いながら雇用を維持してきたが、需要の回復していない業種に関しては、日本の企業の場合、これからがコロナ不況の現実と直面する形。

日本で残りえるのが国内での生産に関わる消費税も還付されて実質払う必要のない輸出型の商社や大企業だけが残るような形になるのか、自動車も将来は携帯電話のように家電化されて3年で使い捨てリサイクルするような形やサブスクの形に変わってゆき、実質車検制度からの縛りも解かれることになるだろう。
2023年04月06日
林与という会社は、昭和の時代に、イタリアでレピア織機で麻が織られているという話を聞いて、日本の麻業界の中では一番くらいにレピア織機を導入して麻を織った会社で、林与で麻が織れたことで産地の他の会社もレピア織機を導入が始まり、それまでは生産性の低く、仕上がり巾も90cm程度だったものが、112cm程度になり、生産性が上がったことで生地単価も下がり、洋服にも使えるような生地が作れるようになった。

レピア織機というのは多色化が可能で、6色から8色程度使えるというのが利点で、シャトル織機のようにシャトルの管に糸を巻く必要が無く交換する必要もないので、生産性は高い。レピア織機というものは、初心者でも最初の日から織物が織れるくらいの織機で、車で例えると運転の簡単なAT車みたいなところがある。

手間暇が省かれて誰でも簡単に織物が織れるようになったことで、織物の価値は落ちてしまったことになる。不思議なことだけども、初心者がシャトル織機を動かすことは案外簡単にできても、レピア織機で慣れた人がシャトル織機に移行することは難しかったりするもので、工場の仕事で織物を織っている人が、普通は自分で手織りをしようと思わないのと似ているところがあるのだろう。

経験者の人でも自分が慣れている機械しか使えない人が多いのだけども、未経験者の人は、最初の日からどの機械でも教えれば使って作業できたりすることが多い。でも、一つの経験だけを積んでしまうと、長年の経験者でもそれ以外のことが逆にできなくなるという問題を抱えている。

林与が現場の仕事を初めてしたときに、織機の調子が悪いときに埃や油まみれの織機の下に段ボール敷いて私のおじさんが潜るのをみて、織機が壊れた時には次からは私が一番にもぐろうと思った。そしてそれが今まで続いている。その時も、どこをどう直せばその問題が直せるのかを理解して次からは自分が直せるように問題解決に立ち会った時間を無駄にしない。他の人がやっているのを一度見れば次からはそれも自分の仕事みたいな感覚。新しいことをやっていくためや問題解決のためには、一度もみなくても自分で仕事で新しいものを生み出していかないといけないのだから、やっているところを見せてもらえるのは次から自分が仕事を同じようにできるチャンス。自分で見て真似てそれをやれる人だけがその仕事を普通にやっていけるようになるというだけのこと。
2023年04月04日
昨日、岡山行った帰りにすき家で牛丼を食べて休憩してから高速乗ってサービスエリアで2時間仮眠した時に眠気覚ましにとBLACKBLACKというガムとかの強力バージョンみたいなタブレットがあって、円筒の筒のタイプを買ってみた。

はみがき粉のように、すーすーする感じで、そのすーすーが、のどのイガイガ感と戦うのか、全身でするような強烈な咳を誘発、喉の奥に溜まっていたものが出た感じで、すごく楽になった。こういうの買うのめずらしいんだけども、使用方法はまちがっているけども当たりやったかなあ。



2023年04月03日
織機のドビーが壊れて、その後、応急的に対応をしたものの、浮きが数センチ出てしまっているような状況が見受けられ、その原因が分からずに、ビームも小さくなってきてシャトルを挟むようになってきたので、縦のテンションが強すぎるのかと、若干緩くしたことが目飛びを誘ったみたいで、経糸の何枚目かが緩んでテンプル間際の部分の糸をすくった感じか。

原因が分からずに、納期が迫っているときというのは本当にピンチで、こういうときほどは落ち着いて、問題があるまま織ってもキズのものを織るだけになるので、原因を考えることは本当に大事だったりする。

理論的には正しいことでも、現実的には見えていない問題があって、正しく織れないということがあったりはありうる。織機の縦糸というのは1列に並んでいるけども、右から左まで同じ条件なのかというとそうでもないのである。

普通の織物だと問題にはならないことでも、ギリギリの状態に持って行って織っている織物では、そういうことも浮き織をつくる原因になり、縦のテンションを強くしてあげることでより経糸全体のテンションが均一になるようにしてあげないといけなかったようで、それが数日で分かっただけでも幸い。

でも、ドビーに応急処置をして、駄目になった1枚を使わない形で後ろに送って織る方法というのがこのような別の問題の可能性を持っているということで、落ち着いた時にはドビーの壊れた1枚の根本的な修理を覚悟しないといけない。これはなかなかやっかいな話だそうで、林与自身がやることになるのだけどもダメもとでやってみるしかなさそうである。

プラスチック部品が割れて壊れてしまうのは、AICHIドビーと呼ばれるドビー特有の問題らしく、1980年代初頭の織機だけにもう40年も経てばプラスチックも劣化してくるのだろう。他の台のドビーでも同じようにプラスチック部品が割れて、1枚動かないが増えてきている。

ドビーよりも複雑なジャガードも、同じようにハリが曲がったりすると浮き織が起こったりして、ジャガードの本体上部をほとんどバラバラにして整備し直したこともある。やってやれないことはないのだけども、日本は織機メーカーが何十年も前から消えてしまったような織物業界、そのあたりも日本の織物の生産が難しくなっている原因の一つである。
2023年04月01日
今朝は朝まで仕事をしていて、2時間仮眠をとってから新幹線で東京に出発。米原の駅に着くと困ったことに駐車場の空きがなく、駐車場探しで20分、30分。予定の新幹線が出てゆく、駐車場を見つけてホームまで行くも、携帯がないのに気が付いて、車に携帯を取りに戻って、また、新幹線を乗り過ごす。ひかりからのぞみへの名古屋での乗り換えでも、望みに乗る前に切符を確認すると無いので、もしやとおもってひかりの開いたドアの床ほうをみると切符らしきものが落ちている、見つけて良かった。

東京につくと11時半で予定よりも1時間以上の遅れ、林与がキッチンクロスを織らせてもらっている東屋さんに初めて伺う、社長のお気遣いで食事しながらということになり食事しながら、仕事のことだけでなく雑談的なこともいろいろと、長く続く定番化するようなモノづくりを考えていてくださる。

企画の方もコロナ前には3日間2人で、林与にこられて東屋さんのキッチンクロスを作る工程を経験してくださった。その3日間というのは、一緒に作業をしていただくためにスピードは落としてはいたものの新しい経験づくめで1日中立って動きっぱなしの仕事で相当ハードだっただろうと思う。経糸の整経を建てるところから始まって、経糸を巻いて整経を巻き取って、巻き取ったビームを織機にセットして経糸を繋いで、織って、織ったものを耳糸を切って生地を縫って修正したり。そうやってキッチンクロスは出来上がってゆく。ご自身たちが織られた織出しの調整の部分のキッチンクロス生地を、林与が縫製して洗いを掛けて、お土産に持って帰っていただいた。

午後からは、ミナペルホネンさんのAWの展示会。展示会場で気が付いたのは、お子さんが多いこと、100人くらいの会場の中で、10人以上はおられるんじゃないだろうか。アパレル展では珍しいけど、来場者の方もお子様連れで商品を眺めておられたり、林与の担当者の方の子供さんも開場で元気に動いておられたり、家族というテーマや次の世代みたいなテーマとも積極的に取り組んでおられるブランドさんで、会社の経営の中にも実践的に取り入れられている。

ミナペルホネンさんというとプリントや刺しゅうなど独特のデザインが特徴だけども、林与の若い女性スタッフがNINOW展で以前お世話になったり、昨年は林与もシャトル織のリネンの先染めのキッチンクロスを織らせてもらっていたりと、日本の織物文化が続くことや意気込みをもった取り組みに温かい思いをもっていてくださっている。担当の方も、風合いや厚みなどでもアイテム展開が広いのでいろいろな使い方が考えられるとおっしゃってられたので、デザインを乗せるベースとなるカウンターはいろいろ見てもらえるだろうと思う。
2023年03月29日
リネンデニムを織っている織機のドビーが壊れて大変なピンチ。リネンデニムが綺麗に織れる織機だったので、その1台をリネンデニム専用機にしたのだが、その機械のドビーがこわえて目飛びがランダムに起こる。まさにパパからもらったクラリネット。パッケラパド、パッケラパド、パオパオパッパッパ。

ドビーを分解して、割れたプラスチック部品を交換する時間が無いので、取り合えず動かなくなった10番目のソウコウ枠を使わない形で、後ろに一枚づつずらして、ドビーカードを作り直して、理論的にはこれで同じものが織れるはず。でも、おっても、なぜか目飛びがランダムに起こって、傷の反物しか織れない。納品も迫って織り続けないといけないのに、原因不明の問題発生。

織物の仕事をしていて、織れないときに原因が分からなかったり、いくら調整しても織れないとかの問題に遭遇すると、それはほんと困った問題。織れると約束して受けた仕事がニッチもサッチも行かなくなり、お客さんにその状況を告げても大抵の場合には、いつにまでにできますかということを聞かれるも、原因が分からなければ直すことも出来ない。

ここ睡眠も仮眠程度しか取っていないけども織機も調子がよかったので織り続ければなんとか間に合うと思っている仕事が暗礁に乗り上げる。この3年ほど調子よくリネンデニムを織ってきた織機で、原因も分からないのに調整をしたくはないのである。こういう時に、自分自身が原因を探す作業をできることは本当に幸せだとは思う。自分が動けばまだなんとか全力で解決に向かえるから。

目飛びがなぜ起こっているのかの理由を3つ推測した。1番目の理由は壊れたドビーのプラスチック部品が干渉して目飛びを起こす。2番目、ドビーカードを新しく作りなおしたのでドビーカードの問題。3番目、ソウコウを後ろにずらしたので、糸が緩んですくって織れる。そして原因を探るために綜絖の動きを検証して規則正しく上がらない綜絖があるのかどうか。綜絖が想定外の動きをしたことによい目飛びが起こっていることが分かり、その原因がドビーカードにあるのではないかと考え、ドビーカードの動きを調べた。すると1枚目穴の中央にハリが落ちていないことが分かり、ドビーカードのシリンダーを微調整して、問題はなくなり、綺麗に織れるようになった。ロスタイム2日程度、まだ傷は浅い、調子のよい織機に調整を掛けずに済んだことが幸い。
2023年03月26日
今日は弟が東京から帰って来てくれた、あまりに忙しいので昼間は在宅ワークしてもらって夜に織物の手伝ってもらう予定。織物の仕事は慣れていないだろうと思うけども、私も最初の時からほとんど教えてもらうということが必要なかったので、弟も同じようにできるんじゃないだろうか、ビーム運んだりとか整経立てたりとか、あともろもろ。

4月9日に久しぶりに神社の神輿を引く役が当たったようで、新調された法被を渡された。人が少ないので手伝うことは問題ないことだが、私が若いころでもすでに古いことをやっているなあというイメージと若いものが溶け込めるような世界でもないので、形式的にでも続けていくということだけに集中して昔のように盛り上げようとか考えないほうが良いだろうと思う。つづけていくためにはもりあがりよりも健全な形の祭りにもていくことが大事だろう。子供神輿があるんだから、子供たちはそれを楽しめればよいだろう。

昔、私が若いときにも担がずに台車に乗せて引くということだったんだけども、やっぱり、煽ったりする人がいて、結局、台車ごと神輿を担げということになり、神輿も担ぐ人が足りないのに、その足りない人数で神輿+台車を担ぐというのやったけども、無理難題に近く、おなじようなことは絶対にやめておいた方がいいと記憶がよみがえった。
2023年03月23日
コロナを風邪扱いとする流れになると空港での検査などもなくなる形になり、飛行機の便なども増便されることになり物流なども元に戻るだろう。海運にしても、船便の値段が高騰しさらに遅延するなどが生じていたけどもそういうのが完全にコロナ以前に戻る可能性は高い。日本という国は、中国との結びつきが強く、原材料や製品を上海港から船便で行うというのが一般的で、上海での2か月にも及ぶロックダウンは、上海の都市機能や人々の生活を止まらせ、日本にまったくものが届かないような状況を招いた。

日本が輸入するヨーロッパからの商品なども中国で作られているものも多いし、材料などは中国だから高騰したということもあるだろう。中国という国も、1度はコロナから回復をして国内市場から活況感を増していたのに上海のロックダウンで市民の経済活動などがほぼ停止してしまったところがある、生活も自宅から外にでることができないような厳しい対応。

日本ではあのような対応は難しいだろうけども、そこまでやらないと自主規制的なものではコロナを封じることは難しいという事情があるだろう。世界的にコロナが風邪扱いとなることで、コロナでの死者数は実質あってもないことになるだろう。コロナが広がることで大衆免疫ができてワクチンは必要なくなるという可能性もあるだろう。

しかし、たった一人の香港からの旅行者がダイヤモンドプリンセス号に乗船したことで一つの国が怖れるような状況に陥るというのは、今後もコロナの変異で同じようなことが起こる可能性もあるだろう。でも、もう緊急事態体制は取られることもなく、弱者は病院でコロナを患って亡くなっていくというのが普通で、コロナは普通に医療の現場で蔓延することになるだろ。また、今後はコロナを治療しようとするとそれなりの費用が掛かるために、放置されることも多くなるだろう。

もう、コロナを封鎖できるような状況でもなく、ワクチンも変異には追いつかないような状況で、健康な若い人でもワクチンもコロナと同じ高熱をもたらす等副作用的なものも大きい。基本、ノーガードな姿勢でのコロナ対応が進むことになるだろうけども、基礎疾患をお持ちの方は重症化しないように自己での対策を継続するのがよいのだろう。それ以外に対策はなかろう。このゴールデンウィークあたりから加速してコロナは広がるだろう。
2023年03月20日
林与に仕事を下さるお客様で、林与の語る現実的な部分に本物を感じてくださることが多い、繊維業界というのは一番の謳いが偽装でなりたっているような熊本のアサリに近いような状況。それは日本の繊維業界の大手でも同じレベル。真実を語ると高く売れないから高く売れるような謳いを語ってほかではありえないものに化かす。

たとえば、自社プロジェクトの5000エーカーのオーガニックコットン農園の話も問題が発覚すれば、単にリソーサーから仕入れてただけということを社長がバラしちゃったり。あれれ、ハンドピックされたコットンという謳いも、リソーサーから仕入れて検査機関によるオーガニック認証ではハンドピックとされたかどうかなんてことは検査項目にないはず。すべてオーガニックコットンを謳った5000エーカーの農園開発プロジェクトですら、Мはやりますみたいな働く人のための農園開発ですらあの10年以上PRしてたことはなんだったのという話で、そういうプロジェクト自体の記録すらもがウェブからも一切消えてしまうような話。日本の大手が生み出した偽装だったということだろう。

アイリッシュリネンも同じくで、林与ですら1990年代はもうアイリッシュリネン糸の入手が難しくなり始めていて、北アイルランドでも1990年には昔アイリッシュリネン産業に携わっていた人たちの語り部プロジェクトが始まっている。2000年ともなるともう糸を探しても見つからないような状況、でも、日本国内では、北アイルランドで紡績されたアイリッシュリネンが普通に出回っていた。でもそれは調べたら中国紡績の糸だったりして、北アイルランドで紡績されたものでもない。すべてアイリッシュリネンというイギリスのそれほど高くないブランドの方も2000年過ぎに林与にこられてアイリッシュリネンありますかといわれて、アイリッシュリネンは流通もしておらずもう手に入らないから、ありませんと答えている。そのブランドの方もアイリッシュリネンがもう手に入らないことを知らないという現実。林与の付き合いのある昔からの麻関係の糸商社の人たちは正直で、もう探してもないというのが共通の認識だった2000年。ネットなんかでもアイリッシュリネン糸を探しに北アイルランドに向かわれた人が手に入らなかったという話で、すべて整合していたのだけど、日本では大手メーカーが生み出すアイリッシュリネン幻想が独り歩きして、消費者はそれを信じていた。一部の機屋もそれを信じていて、それを一番の売りにしていただろう。ブランドなども一番にそれがアイリッシュリネンであることを謳いにしてそれを信じていた。

糸商の人でも昔からやってない人たちは消費者レベルの知識で商売をされていることが多く、また、知っていても売るのに食べていくのに苦しんで一度手を染めてしまうと引き下がれなくなっての世界もあったりで、アイリッシュリネンと謳うことで簡単に売れることに味をしめてしまう業者さんも多い。南アフリカで紡績されたものが、イギリス経由で、イギリスでの出荷証明を使ってアイリッシュリネンの証明に使われたとかいう話も聞いたりで、高級ブランドもなにをやっているんだという話も聞いた。

ベルギーリネン糸も太番手はベルギーで作っていて、そこはもともと中国エジプトにフラックス工場を持ってやってきた会社、そこに日本の商社が入ってベルギーリネンをPRすると、ベルギーのリネンに化ける。太めの味のある系の紬糸などはベルギーで今も作っておられるが、高品位な糸は中国糸で、それがベルギーに輸入されて、ベルギーから日本に販売される。そうするとベルギーリネンの糸という日本で神話が生まれる。ベルギーで生地は織られていてリベコが有名。

オーガニックコットンに関しても、もうインドでは、遺伝子組み換えの種しか入手が難しくなっている。でも、オーガニックコットンでは遺伝子組み換え種子を使っていないということが謳いであったりするので、認証機関自体が正しい情報に努めないといけないのだけども、成り立ちにくくなって指摘があると、繊維レベルで判別する方法はないから大丈夫というような素人が考えてもおかしな説明を、学者たちが集まってしているが、プルトニウムを飲んでも大丈夫とか、農薬を飲んでも大丈夫とか学者たちはいうので、学者のいう安全性とはその程度のもの。

正直に、中国紡績糸では高く売れないというイメージがあるけども、林与の場合には産地偽装はしないように心がけているから、中国紡績の糸は中国紡績の糸ということで、原料のフラックスはヨーロッパとか、私の知りえる限りで正しい情報を業者の方にも伝えるようにしている。そして、それが消費者騙しにつながらなければよいなあと思う。

林与が、それほど大きな規模えない量産をするときにもいろんな問題があって、大手の何千メートルが普通のところだと検査引っかかったりしたらどうしているんだろうと思うことも多いが、ある方が、検査なんて通ることはほとんどないから書き換えているといわれて、大きくやっておられるところは、そうなんだろうなあと。そうでないと2か月での生産で検査も取って納期厳守とかは難しい話。林与なんかは、再加工してもらう交渉で、加工工場にも手間を掛けるし再加工しても通らないときには再々加工とか。だから、もうアパレルの納期のシビアな仕事は受けないようにしている。

カシミヤ偽装の問題なんかも、百貨店の素人バイヤーさんが海外に行って、カシミヤと書いてあって1000円のものが海外だとあふれているのだけど、それを信じて仕入れて10倍20倍で売ったりで、実際はカシミヤが使われていないが発覚して、痛い目にあわれた。それからは、業界ではカシミヤの品質件背が非常に厳しくなったと聞いている。昔の日本のオレンジジュースが粉ジュースだったのと同じで、海外ではそれほど悪気もなく、しかも手ごろな値段でうられているのだが、それを日本人は10倍、20倍に化かそうとするから、日本でのカシミヤ偽装が生まれるのである。偽ブランド物が海外では安く売られているけど、それを安く買って、百貨店で売るのとカシミヤ偽装問題は同じ問題なのである。

着物の時代から偽物をつかまされることが多いので、着物の時代というのは信用できる仕入れ先から仕入れるということが非常に大事だった。今の証人というのは、地元の物を全国に行商して回ったので、自分の足であるといて反物を届け信用を築いていった。相手も話を聞けば、その反物は親戚が織ったものでとか、単なるラベルじゃなくて、ホントの話が大事だった。

織物は商品かもしれないけども、生地開発の話や、それを作るときの苦労話などは現実的だったりする。国内で、普通に本物がありふれているように思えるけども、本物というのは案外手に入れることは難しいこともあって、日本の麻織物の本場といわれる近江湖東産麻布も織っているのは林与のほか数軒で、産地の特色といわれる細番手先染め織物となると、林与が産地では一番織っているとは思うけどもそれでもすごく量は知れている。

繊維業界では、大手ほどブラックボックス的にありえない謳いで売ることが多い、蓋をあけてみると実態がないものだったり。狂牛病のときには、大手の牛丼屋の入り口のドアに、その牛丼屋はその牛丼店専用牧場で育てた牛肉を使っているというポスターが張られたけども、それすらも嘘で単なるアメリカのショートプレートだったりもした。熊本のアサリも実質輸入アサリを代用するような形で30年も日本の8割の市場を占めて来た。

大手製鉄会社も、何十年も強度偽装で大工センターで売られているJIS1級程度の強度のものを、要求される特注の何倍も強度のあるものだと多くの意自動車メーカーや建築メーカーに販売し偽装続けた。一番の売りの強度が偽装。汎用品を強度を満たす特注品であるとできるはずもないことをいって商売していた。

石油業界も各ブランドのスタンドが、ブランド独自の名前でハイオクを売ってブランドごとの特別な性能をもったものだと売っていたが、どのスタンドのものも汎用ハイオクで一緒だったりような偽装表示を何十年もやっていた。

もうどこの業界の中の人でも真相を知らない人ばかりになった感じのする30年。バブルの時はまだ、高いなりに本当に価値のあるものが流れていたが、自分で作らなくなり、在庫も持たなくなり、一番安く手に入るものを安く引っ張ってくるというのが日本のビジネスモデルの標準なのである。アメリカでマクドナルドのハンバーガーのビジネスモデルが、世界で一番安い材料を探してきて安く売ることだみたいなのを授業で学んだけど、日本ではそれほど安くなかったので不思議に思っていたけど、その後2002年に日本で59円とかでハンバーガーが売られるようになり、安く市場を支配するビジネスモデルというのは本当だったんだと感じた。

バブル後は、サラリーマンもアルバイトのようなもので、大手では経営者ですらころころと代わる。利益重視で、数字だけしか見ていない経営というのがものづくりを失わせ、在庫を持つことを悪とするだけでなく、消費者を騙すことを招いて、まともに普通に真実を語って売ると相手にされないような日本市場。一番のうたい文句で消費者を騙すことが商売というのが日本の店頭、まだ100円ショップのほうが安くて正直で良心的という結論になるんだろうか。
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