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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記:3000
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2020年12月04日
今、アパレルを中心とした繊維業界というのはかなり厳しい状況を迎えているけども、これはコロナだからというわけでもなく、コロナ前の11月とかでもかなりアパレル関連は落ち込んでいたから、逆に、コロナで雇用調整などの助成金が繊維業界を救った感がある。

林与は小さな会社なのでやらないといけないことに追われていて休むどころではないけども、多くの繊維の現場が仕事が少なく、企業の多くが雇用調整の助成金を使ってこの半年ほど半分休みにしているようなところが多い。それもこの12月末で助成金が終わることで、本当の厳しさに直面することになるだろう。

昨年の11月に大阪でのイベントに参加したときに、京都の企業さんが、この1年で、京都の整理工場の半分がつぶれるだろうと言われておられた。コロナ前の話である。オリンピック前で地価も上がっていた京都でその話。今はコロナで廃業を決意されたところも多いだろう、高級なものほど売るのが難しいような状況。

廃業を決意されるのには、例えば1m100円の加工の値段を10円上げるのに同意も頂けないというようなことで、10円値上げしたところで経営が大きく改善するわけでもなかろうけども、その10円の値上げすらもお客さんが認めず、廃業を決意されつたえると、お客さんが急に値上げしても良いので続けてほしいということを言い出され、辞める決意が固まったとおっしゃってられた。

また、近くの撚糸屋さんが廃業されたときにも、仕事が少なく廃業しなければならないとお客さんのところに相談にいったときに、そうですか、と言われて終わってしまって、一生懸命にやってたのが馬鹿に思えたとおっしゃってられた。

林与も昔は別の撚糸屋さんにいろいろと撚糸を頼んでいたけども、撚糸屋さんから合繊の撚糸が忙しく手間が掛かってしまう麻の撚糸はやめますといわれ、無理してやってもらうのも気の毒で撚糸物をやめた背景がある。その時はまだ糸なんかも良かったけど、今の糸だと撚糸も以前にまして難しいだろうと思うので正解な判断だったように思っていた。その後、小ロットで他の撚糸屋さんに頼んだ時も苦戦されていて、その工場も普通の撚糸設備は出されてしまったようだ。

昔は、リネンを撚糸すると落ち感が出てソフトで柔らかくなったのに、今は、落ち感が出ずジャリジャリ感が出てしまう。リネンの糸質の変化も含め、昔出来たことがどんどんとできなくなっている。5年10年が早いと思うのは、当たり前にやってたことでも、5年10年後にはできなくなることが多いから。よほど無理してやっていないと特色のある世界というのは保てないということだろう。そして一度消えたものはもう戻ることはほとんどないし戻ったとしてもまったく違う形だろう。
2020年12月03日
久しぶりに自分の名刺をプリントアウトしようと思って、そういやあ、インクジェットプリンタが、先日の会計のプリントを印刷するときに目詰まりを起こしていたなあと思ったりした、もうこのインクジェットプリンタもお世話になって5年くらいにはなるので寿命なのだろうかと思ったけども、1年ぶりくらいだろうかインクを新品に交換してヘッドクリーニングを数回したら、目詰まりもなくなり、キレイに印刷できた。10年くらい前のインクじぇとプリンターだけども、名刺サイズを1枚ずつフチなしで印刷できるタイプなので希少といえば希少なモデル。

自分自身の定義の中では、デザイナーやクリエイターというのは自分の中からデザインを生み出して物を自分の手で生み出して行くのが筋。自分の中からいろんなイメージや価値が生まれてくるのがそういう存在。

名刺や会社案内やホームページなんかも林与は、自分で作りたい派。展示会のブースなども林与は業者に任せずに自分でイメージして作り上げる。布を作ることに比べるとそういうのは逆に簡単なせかいだったりして、自分でやると思い通りのイメージに作り上げることが可能。プロに任せてスタイリッシュなのもカッコ良いかもしれないけども、林与は自分でできる範囲で自分の限界も知りながら自分らしい世界を作るところにこだわる。
2020年12月02日
仕事とし働くよりも趣味として働いている人のほうがより高度なものづくりに挑戦もできるのかなあと思うところも多い。仕事だと前からの値段が通らないとか、高いものは売れないとか、の話が多く、どうしても値段が下がる様なものづくりが多くなる。

手織りの人たちが趣味の世界で作るものづくりというのは良いものができる。対価を求めないと割り切っているからだろうと思う。一級のクリエイターというのはそういう人たちだろうなあと思えたりもする。たぶん、対価を求め始めたらいきなり質が落ちるだろうなあと思えたりする。

なにか他に食べていく方法を持っていて織物をやっているような人ほど、自身が求めるような布づくりにたどり着けるんじゃあないだろうかと。デザイナーやクリエイターというのは、感性なんてものでやっている人だと問題だらけでまともなものにたどり着けないことが多い。やはり、自分を叩いて叩いた経験をもってものに作り上げる力をもっている人でないと無理なんだろうなあと思う。

繊維の世界もやってない人がやってる人に文句や要求みたいなことばかりが多くなると衰退していくことになる。良いものができて初めて仕事みたいな感覚がないと、働いたから仕事では長続きはしないあたりだろう。私も家族の者に若いころから言われたのがちゃんと仕事しろみたいなことだけども、実際に地道に覚悟も決めて仕事を何でもしているのは私なのだが、先代にしても母親にしても、若いころから作業一つも面倒がって1日のアルバイト未満で文句ばかりでは衰退するのも当たり前だよ、面倒くさがりなジイさんバアさんの世界で、他の人に仕事してもらって仕事だったけのこと。そういうジイさんバアさんほどだらしないことを平気でいってやってるから、繊維に入ってくる若い人たちが仕事にまともな気持ちをもっているのを、大事にしたいなあと思う。そしてそういう林与の家の中の面倒くさいクチジジイクチババアなどうしようもない世界に染まらないように誘導をしていきたい。

林与の家の中だけでなく、林与の親戚筋の商売のおっさんも駄目な人で、どうして田舎の繊維のおっさん連中駄目なんだろうと思う。時代が変わって落ちぶれたなら落ちぶれたで、ちゃんと仕事して立てと思うが、なかなかそれを昔からやってないからできない。そういうのが偉そうに続けていると単なる世間のカモでしかないが、そういうカモが今度は他に集り始めるから、そういうのに引導を渡し制止するのもそういうのの後を背負っている私の役目なんだろうと思う。

繊維を商売として仕事している人というのはそういうあたりで繊維の世界に向かない人が多い。林与も5代前の勘平爺さんは飲んべいで、どうしようもない駄目な爺さんとして親類一同の恥として語られている。そういう駄目な親をもつ貧農だった與次右江門じいさんが、17歳で機織りで近江上布の織元を立ち上げたのが林与の商売としての織物のはじまりだが、同じように酒に飲まれた先代がどうしようもない借金できる甲斐性自慢のまさにカモそのもの話。与一じいさんのころは無借金で財を成し、借金してまで仕事するなと、息子である先代に厳しくいってたのだが、やはり、先代は一代ですべてを失い、さらには信用があるから金が借りられるのだと借金自慢のカモそのもの。他の産地のまともに商売している機屋さんみていて家業を守るというのを大事にしておられうらやましく思うことも多く、他の産地にも似たような話は多くあって、先代のようなタイプのアホな方向に勢いのあって成金的なうぬぼれた経営というのは、全国どこでも時代が変わると当たり前に消えてゆく運命。


今残っている機屋や繊維関係というのは、地道に働いていたり堅実な経営のところが多く、金や名誉欲に溺れない成金タイプじゃないところがほとんどで、切磋琢磨して努力肌で技術では一番みたいなところがほとんど。これは業界は別として日本の永続企業に共通する概念そのもので、国民を欺いてなんぼの政治家や行政のようにうぬぼれないことが大事そのもので、消費者の期待に応えたり、消費者を騙さないことが本当に大事。
2020年11月28日
せんば適塾でも、ブースが裏合わせだった妙中パイルの社長さんとお話をしたときに、繊維というのはアパレル以外の資材系に使えるのだから、そちらが今はメインの仕事ですということと、印象だったのが一貫生産的な部分。青野パイルさんも同様に力強く動いておられる感がある。

麻織物と比べるといろんな技術的な要素の組み合わせが要求される感があるパイル織物。ブランケットのようなタッチのものが多く、麻織物とはまったく逆のテイストで、いろんな工程や技術の結晶的な部分があって、なめらかなタッチやボアなな世界が広がる。

私が感じるのは高野口の方々の奥の深さみたいなところで、研究熱心で地力的なところで商売人じゃなく持つところを大事にされているような感がある。私自身もよくいわれるのが売る気がないでしょうというような話。お客さんの要望を聞いてOEM的にできる限りを尽くすみたいな精神というのは、本当に日本的だなあと思うが、それはブランドのできる限界とかを当たり前にと超えているようなものづくりの対応。ブランドチックな対応だと孫悟空の世界で、お釈迦様の目線的なブランドの面倒もみるような世界がないと地道な繊維業界は成り立たない部分がある。

高級ブランドが地道そのものの世界に支えられて成り立つという現実は、なぜブランドが高級になりうるのがという部分に通じて、創業者レベルでないと分からない。広告宣伝費を使うからとか、高級ブランドにあこがれて働きたいとかじゃなくって、それを立ち上げていくような精神こそが高級ブランドの肝で、それを支えるのは自分自身の人生観で、他を食うじゃなく自己犠牲の部分そのもの。

人として顔の見えないとか熱い思いのない高級ブランドにはまったく意味がないと思うのもそこで、繊維の世界の常識として安い世界を化かすことをやったら、バッタ物と高級ブランドが同レベルになって、ダメだろうと思うのもそのあたりで、ただロゴがついているかいないかだけで実質、中身が同じで、違いが本当にあるのかという世界。それは私が一番駄目だと思うラベル商売的なブランド思想。

結局、OEM的な生産になるると、誰が実際につくっているのかの話で、他のメーカーがつくるものを仕入れて、それにラベルがついているのかついていないのかだけのことではないのかということにもなってくる。模倣品というけども、安く作って化かしてしまっているのがブランドなら、それこそが高級を謳うブランドがまさに消費者騙しだったりする。そういうところから直していかないと繊維業界の高級ブランドそのものの消費者に対する偽装そのものもなくならない。

1割のコストでつくって、10倍に化かすのが、世界の繊維業界の流れ、バッタ物との違いが、ラベルがあるのかないのか、バッタ物にラベルがついただけのブランドではダメだろう。中国に行ったときに、有名ブランドのロゴをつけたシャツが売っていて、いい工場だなあと思ったけど、自由に名前は付けられるといってたので偽物製造業者だとわかったが、ブランド自身がそういう発想でOEM生産をしているから、単に偽物もブランド物も紙一重だけという世界なのだろうと思う。高級ブランド自身が安い物づくりを求めてばかりで、消費者を騙してどうするのだという話。

ニューヨークの元気にしてられる日本のコンバーター的な方がニューヨークの高級ブランド向けに扱われているのが1m4ドルから5ドル程度の生地。それが本当に日本製なのかも微表な話で、その方が介在することで日本製生地の世界となるけど、まさに中国製生地の転売されるだけの価格だったりするのが海外での高級ブランド向けの日本製生地の価格帯。高級ブランドが取り扱って大きく動いている日本製生地が本当に日本製かどうかも微妙な話で、それが本当に日本製で、1mが日本製だとしたら安すぎるくらいの10ドル、15ドルだとしても、そのマンハッタンの摩天楼でのビジネスも難しいだろうの世界に思う。1mが2ドルの生地なら4ドルとかでもニューヨークに持って行っても十分に普通のビジネスとして成り立つ世界だけど、日本人が日本のイメージでやってるけど、本当に日本製の生地なの?の世界。
2020年11月26日
1日目が終わって、会場近くの居酒屋でたっぷりと飲んで食事も取ってゆっくりとバスタブに浸かってたっぷりと寝て不足した睡眠を補い体力も十分に回復。出張の時のほうが普通の流れでゆったりと時間がとれる。いつもそんな感じ。

先日お会いした山神シャツの山神さんもおなじようなことを言っておられた。出張にでるとなると出張に出るためにやっておかねばならないことを済まさないといけないので大変だったり。出てしまうと外の世界のゆったりとした時間の感覚を味わうことができる。

山神さんと私はスタイルは違うけども、仕事感というのは非常に共通したところがあるなあとお話を聞いていても思うことがしばしば。たとえば、移動中なんて仕事だとは思ってはいないし、商談や出張も仕事だとも思えないとか。

普通の人が仕事だととらえているような要素を仕事とはとらえないで仕事として動いているくらいだと本当の仕事の部分はやはり強いだろうなあと思う。
2020年11月25日
昨日は、11月末がデッドラインの決算書の作成の入力作業などを事務担当の姉と行うが、病気の薬を飲んでいる副作用の影響などが出て記憶力が低下しているということ。私が仕訳作業の入力をフォローすれば作業は一気に前に進んでいく部分が多いので、2時間ほどで1か月分の入力作業が済む話。

そういう簿記的な作業をみていても、定番的な入力作業部分というのをフォーマット化すれば、作業も数字を入れるだけになるから簡単なのにと思うことは多い。たとえば、電気料金の入力なんて項目を最初から作っておけば、仕訳を考えることもなく、数字をいれるだけで良いのである。そういうエクセルのフォーマットをつくってそこに数字を入力してもらうだけに作業をすれば負担が減るだろうなあと思う。一度、手が空いた時に、頭を整理して、1か月に入力しないといけない項目をすべてリストアップして、経理作業をエクセルの一覧表に数字だけを入力するだけで済むようにしてみようと思う。

今朝は朝出発で、大阪の田村駒さんの2Fでのせんば適塾のイベント。コロナなのでアナウンスも控えめで出展者どうしの情報交換などが主体。各社素材でのバッグも出来上がって、蝶柄のバックなんかはかわいいいい感じのできあがりで気に入った。同じ型で、素材別にいろんなのをつくってももらえるという話で、それは展開を簡単にする上ではよいこと。

大阪の街の不景気さが分かるのが、ホテルの料金など会場のすぐ隣の高級感のあるビジネスホテルでも1泊3000円ほどで泊まれてしまう。営業は続けていてもホテル経営は難しいくらいの金額である。

人を集めることがビジネスのチャンスや成功を生むという状況から、人が集まらないことが大事なフェーズへの対応。一番人が集まる良い場所が人を集められなくなったときに地の利に対する負担の重荷だけがいつまで続くのか分かりえない状況。

実体経済がここまでに悪い状況で株価がバブル崩壊以降の最高値状況とか、本質的なところの回復なしにうわべだけの回復を煽っては大きな深手を負うだけだろうと思えたりもする。思うと、2008年ころもデフレ不況といわれたときで、そういう時代の流れに流されずに、本質的な価値観やものづくりに立ち戻らなければとすごく感じたときでもある。
2020年11月24日
連休明けに加工出しと出荷が必要な案件があって徹夜モードでの立ち仕事。寝ると間に合わなくなる睡魔との戦いが潜んでいたりする。そういうときに限ってトラブルなんかも起こる話で、予定が予定通りにいかないというのが現実にはよくある話。予定していた加工出しも済んで月末納品の一つの仕事もなんとか間に合いそう。

久しぶりの綿麻の仕事で、縦に綿を使ったのは5年以上ぶりくらいだろうか。横糸は麻で5色、織るのは縦が麻に比べれば簡単すぎるくらいに簡単で、キズなどもほとんどできることはない。

本当に縦に麻を織るのが難しくなったなあと思うことがある。昔の糸というのは織りやすいが、今の麻糸というのは、スーパーロイヤルにしてもニット用に開発された糸だからだろうか、昔のロイヤルラミーよりも明らかに織り糸としてはかなり物性が落ちてしまう。

良い麻糸というのは、毛がもやーっとしている感が大事なのであるが、今はそういう糸には出会えることは少ないのである。糸メーカーの人の記憶からも良い糸のイメージもなくなってしまっているくらいに、そういう良い糸は遠い過去の話となっている。すっきりとパサパサした麻糸が当り前になりすぎた。

麻を縦に織るところが少なくなったから、昔のような毛むくじゃらの毛足の麻糸というのはそれほども必要がなくなってしまったのだろう。そういう毛むくじゃらの麻糸に糊をつけると強い丈夫な糸ができるのであるが、毛足の短い糸に糊付けをしても壊れやすい糸が出来上がる。横糸としても毛むくじゃらの麻糸のほうがパサパサした麻糸よりも織りやすいのであるが、昔のように多色使いの織物というのが今はあまりなくなってきている。
2020年11月20日
今日は、徹夜モード、夜中、今織出ししたシャトル織機のシャトル数を他の台に使ってしまったので、1つシャトルを準備することに、少しサイズの大きなシャトルを織機の杼箱に合うようにサイズを調整する。これで16丁使えるシャトルが増える。

織機の調子さえ良い状態なら綿やシルク、合繊系なら、ほとんどシャトルは壊れることはないのだけども、麻は経糸が切れやすいのでシャトルが壊れる確率は他の繊維の何十倍だろう。シャトルが壊れるのがよいのか、織機が壊れるのがよいのかといえば、シャトルが壊れるほうがまだありがたい。シャトルは織機が壊れないよう、ある程度の力が掛かると壊れるくらいの硬さにできているのである。

木や鉄を組み合わせてシャトル織機は出来上がっているが、全部鉄で作ったら、使いにくい織機になるだろう。手で触る部分や部品はなるべく、鉄よりも木のほうが手には優しい。シャトル織機の鉄の部品は、削り出しではなく、鋳物である。だから、作ろうとすると型からつくらないといけないのと、また少量作るために鋳型をつくることはコストがかかりすぎて難しい。


2020年11月18日
社会や組織というものは気持ちの濃淡があって、人が増えるほど濃さが薄まってゆくものだったりして、それぞれの人生観を大事にすれば、やるべき人とやらないほうがよい人に分かれてしまうんじゃあないかと思うケースも多い。

同じ物事でも、やる気持ちのある人がやると成り立つけども、気持ちのない人がやっても成り立つはずもないのである。というのも、気持ちのない人がやって成り立つようなことは気持ちのある人がやったらもっとうまく成り立ってしまって、気持ちのない人がやってることは成り立たないのが普通。

とくにモノづくりではモノというのは国境がないものであって、どこかで何かがうまく行くとか、流行ると世界中がそれを真似する形で動いている。従来の業者がそういうブーム的なチャンスを生かす機会を最初から放棄しているようなところもあって、新しく参入したところがゼロからでも足元をすくってゆく。

目の前の物事に真面目に素直に取り組めるか否かは人生観の違い的なものがあるだろうし、それはその人だけの問題ではなくその人を取り巻く環境的な要因もあるだろう。気持ちのある人が集まって物事をやっていくのが一番だろうと思う。
2020年11月18日
ヒットしない商品としてアシスト自転車がある。絶対にヒットする商品は電気自転車。それをさせないのが、行政の考え方。人々が幸せにならないのもそういう日本の行政の我の世界。幸せにしないことで行政の人が生きて行けるような部分がある。アベノマスクの裏の世界もそんな世界で、いくら法律があっても法律というのはそういう人たちを食べていかせるためにあるようなもの。幸せを与えない権利で生きているのが日本の行政で、海外からすると共産主義といわれる中国や自由主義のアメリカでも気持ちの悪いようなあたりで、政治3流の堕落の行政の延長が何十年も続いている。

中国だと1台が2万円から3万円もだせば、なんのもんだいもなしにエコの電気自転車の世界があるけど、日本ではそれは難しい。それを5倍10倍に化ける世界で規制し4倍9倍を抜くのが責任感すらもない日本の行政。法律の締め付けばかりで、電気自動車は推進しながら、簡単に普及できる電気自転車は推進しない。推進させないことが利益になる人たちが牛耳っている部分。環境庁までCO2で絡んでいるけど無意味そのもので海外から見たら行政が国民の権利を規制が目的でそれで中抜きばかりで堕落した腐敗企業そのものな笑えるような話。

自転車屋さんがどんどんとつぶれていくのもそのあたりで、廃棄自転車などもどんどんと増えてゆく、自転車はもう1万円もしないものになったが、進化することすらも制限ばかりなのである。ふつう、小学生が考えてもモーターがついてたら便利でとか思うがそれすらも許されない日本のものづくり。そりゃあ海外に抜かれて行ってしまうのは当たり前。

電気自動車なんかは、自動車の大手メーカーがやるよりも、エンジン積んでないのだから電化製品のようなもので、本来だと家電メーカーがやるべきなのだが、経済産業省でなく自動車関連は国土交通省が管轄なのだろう。例えば理想の商品を一人の人間が作ろうとしても、壁壁の縦割り行政の悲劇そのものである。裏には天下りの世界があって気持ちが悪すぎるのが日本の行政の闇の世界。

コロナでは人が亡くなることよりもなぜか経済が優先されるのだが、交通事故に関しても同じこと。今、単純に計算しても交通事故レベルの死者数になってはいるけども、それを無視する一貫性のなさが駄目なところ。逆に警告を発するべきなのが一貫性。そういう一貫性のないところに裁量的な力で成り立つ闇の世界があって、簡単なことも割り切ってできないとか、思い切った人間が犯罪者になるかヒーローになるかの博打の世界。アマゾンやグーグル、ユーバーがヒーローなのか犯罪企業なのかが力関係だけで成り立ってしまっていて、行政がアンタッチャブルな世界を作らないと成功しないのが日本の産業的な成功の部分。

消費税をまともに払わんとか還付を当たり前に受けている企業だけが、優良企業として成長してしまう闇の世界そのもの。消費税の還付というのは、消費税を集める国の立場を国に代わって企業がやってもらうようなもので、今のアジア自由貿易圏を活用すれば、錬金術すらも可能になる怖い世界。本来は国が得るべきで国民が享受するべき消費税分がゆしゅうつ系の大企業に行政の負担で逆に抜かれる世界。

からくりからくり、まともに税金を納めるどころか、錬金術が消費税にはあって、消費税還付こそが、金の密輸と同じような、日本の国民が消費税として負担したものを抜き去る様なあきれた世界が合法になる。そういう企業が優良とされる日本の行政と日本優良企業なのだが、国民を騙して消費税を抜くだけの世界だと、金の密輸と同じレベルでダメだろうと思う。

海外だと10円20円のマスクが、アベノマスクとして1枚数百円で税金負担で国民に配られた、人々にマスクもいきわたらない状況で、一部の業者の利権ばかりで国内の業者にさせるでもなく転売業者そのものを一部に裏で優遇する日本政府。日本政府が国民の敵みたいなところ、本気で国民が死ぬを考えないとだめで、国民の命を天秤に掛けて、堕落した行政の人間が生きていくために、国民は嫌なら死ねではまさに野麦峠の貧農の世界。

実は同じようなことが日本の繊維業界の衰退にも関係していて、海外のインポート商品は品質はノークレームで海外の高級ブランドが成り立ち、一方国内ブランドは品質で締め上げられ、それが日本の素材業者を締め付け繊維企業も海外に移転すればそこから逃れられるとかの抜け道で、地道にやっている日本国内の企業がつぶれるのもあたりまえ。流通する多くが日本の行政の規制から逃れて販売され、国内業者の作るものだけが日本の行政の厳しい法律に縛られている。

日本の畜産農家が狂牛病問題でも、全頭検査で、狂牛病が疑われれば代々の畜産業すらも全頭トサツさせられ廃業問題なのに、海外の牛肉は統計的に見て問題内で目視検査でトレイサビリティーもなく日本国内で何倍も流れてしまう農林水産省の世界。政治3流が、日本の国内企業を締め付け、国外でちやほやされもてなされる政治家や行政の担当で、その裏で、国内経済はまともにやって政治に食いつぶされるという現状。政治や行政が腐りすぎたそのもので、まともに働くな人々がそれを被るのは闇の世界そのもので、立て直さないといけないが、そういうまともな働く人々を守ろうとする気持ちすらもない。
2020年11月16日
スウェーデンでのコロナ新規感染者数が1日4000人を越えるなど止まららず、ロックダウンの方向に方向転換しようとしている。ひとりの学者を信じて自然免疫の道を選んだスウェーデンだったが、第一波は抑えられたものの第二波は第一波の何倍ものスピードで新規感染者を増やし収拾がつかない現状。

壮大な社会実験は終了し、現実的に拡大を食い止める路線へ方向転換しようとしている。スウェーデンがそういう方向転換をできるところはまだ国家として機能していると言える。コロナにしても緩いコロナからきついコロナまで色々とタイプがあって、緩いコロナはしのげてもきついコロナには人の免疫が敵わないのも普通のことだろう。

例えばインドでも当初はインド人はコロナにはかからないと言われていたくらいだが、ひとり感染者が出始めると一気に全土に広がった。一旦広がったものを押さえ込むにはロックダウンやステイホームが一番の被害を広げない有効策。

ワクチンバブルで経済的には沸いてはいるが、自然治癒と変わらない程度の効果のワクチンでしかなく、有効なワクチンと呼べるほどでもない。日本の民間には一貫したマスク文化があったので行政の無策に近いコロナ対策を相手に、国民の自衛心がコロナを封じ込めている感がある。
2020年11月15日
私は基本、普段はくら寿司派なのだが、かっぱ寿司に初めて行ってみた。一番良かったのは、あさり赤だしで、くら寿司の2倍くらい価値があるだろうと感じた。

でも、かっぱ寿司はワサビがおいしくないことと、シャリ派の林与からするとシャリが小さいことやシャリの味がほとんどしないことから、お寿司としての軍配はくら寿司に上がってしまう。

かっぱ寿司の顧客対応もすごく良いのだが、シャリが受け入れられないくらいに普通に冷めたご飯のような感じ、マニュアルもあって定められた作られ方でつくっているのだろうけども、レシピを変更したほうが良いんじゃないかと思う。

チェーン店だと、味の分かる人が味を左右することもできないだろう。かっぱ寿司のお客さんの少ない理由がシャリの味なのかなあと思う。
2020年11月14日
今日は整経をしようと、糸を立てて前までひっぱると軽すぎる感触。この軽い感触がよくなくて、おもりのワッシャーを1個から3個に増やすことに。ワッシャーのおもりもほかのところで使ってしまっているので、足りない状況が判明。3年ほど前にネットで見つけて700個購入したが、いい感じだなあと思いつつも足りないままに放っておいて、今更必要で1000個ほど注文。

昔のおもりはなぜか鉄とアルミだったりするけども、私的にはステンレスのおもりが良いんじゃないかとステンレスにした。チーズワインダーなどにも同じおもりで対応。整経の時に、糸のおもりが軽すぎると荒巻ドラムに緩く巻けてしまって、巻き取りの時にテンションを掛けると食い込みなどが起こったりする。

整経の作業というのは、なかなか今はできるところも少なくなってきている。整経というのは、失敗すると大きな失敗につながるので、物事に慎重な人が綿密に計算したうえで行わないとうまく行かないことが多い。とくに、昔のように大きく巻く整経ではなく、100mから300mの整経が必要だったりするのは、先染めでは、使う糸の量の計算や、準備と後かたずけが、巻く作業よりも時間が掛かったりする。100mだと織る作業よりも織るのに繋ぐ作業や織出しなんかのほうが負担が大きくなる。

動力織機の時代になって織る作業というのは、織物をつくる上では負荷は低くなってきたが、織る作業の負荷を減らすためには、使える糸にしても昔のような細い糸を使うことは少なくなって、普通番手くらいの糸のほうが織る人には喜ばれる。細い切れる糸を動力織機で織るという作業は負担そのものでしかなく、細い糸の世界が消えていった背景には動力織機の普及が原因だと思われる。

さてさて、整経の合間に脳内では、業務用のかせくり機をつくりたいなあと思って、検討中。イメージは出来上がったが、果たしてうまくいくのかどうか。それ専用につくるんではなく、今ある設備と共栄共存することで、設備がどんどん増えることなく、オプション的にかせくりが効率的にできるシステムがよいだろうと思っている。

あとほかにも、撚糸的なことやオリジナルなリネン100%の糸をつくることなど、今ある設備を活用して作ってみることができればと考えている。麻糸に関しては特殊な糸というのがなかなか作りにくい現実もある。糸メーカーに頼むとどうしても、麻100%の縛りから抜け出してになってしまうので、麻100%の縛りの中で糸が作れたらなあと思う。
2020年11月11日
糸というのはある程度の力が掛かると切れるから良いと思うことがある。たとえば、糸があまりに強すぎるとその糸は1本の状態になると非常に危険なのである。手に巻き付いたり、体や、特に首に巻き付いたりして、力が掛かると皮膚を傷めることになる。

強度を求めた合成繊維などは、1本の糸でも非常に強すぎて、天然繊維の良いところは根本的に人に優しいそういうところなのであろうかと思う。天然の繊維というのは、人間の髪の毛が最強だとされているが手で引きちぎることのできる範囲である。相当、うまくできているなあと思うのである。

ストールなどに、使ってはならないのが強すぎる化学繊維や、とくに金属繊維。1本使いなどすると非常に危険で、ストールなどには基本1本の糸を手で引き切ることができないような糸は使用してはならないのである。

イメージだけなら良いのかもしれないけども、普段の仕事で、動力織機で機を織る人が首にストールを巻いて仕事するなどは絶対に危険なのでしてはならないことの一つ。もし、そういう動画をみたとしても、そういう真似だけはしないように。そういうことをやってる人がいたとしても初心者か織る真似だけしているだけだから、絶対に真似しては駄目。

モーターや織機の回転運動は非常に危険で、ストールの端などが引っかかって持っていかれると首を絞められてしまう可能がある。動力織機の機場では、ストールの着用は絶対に禁止なのである。
2020年11月10日
今日は、リネン100番手の立ち上げ、昨日、スタッフの女の子が繋いでくれたのを送って、左右の本数を増やして、若干幅広のリネン100番手のガーゼ生地を織る。林与のシャトル織機の幅としてはぎりぎりの織物。

細い100番手の糸を操るのは難儀ではあるけども、一本一本順番に直していくと、春の雪解けのように、何事もなかったかのように織機が動きだす。今までの苦労は何だったのと思えるほどに、地獄モードから天国モードへの移行。

100番の細い糸をシャトルの管に巻くためにはシュワイターの調整が必要で、調整をした後も、1本の管に糸を巻くのも苦戦。織るスピードよりも管に糸を巻くほうが時間が掛かってしまいそうなほど。今の仕事が詰まっている時期に、管に糸を巻くだけに時間を使ってしまっては仕事が大きく遅れてしまう。困った、困った。

昼食から戻ると100番の糸が調子よく管に巻けている。スタッフに、前のひと巻に問題があったのかと聞くと、シュワイターの糸道のガイドに傷がついていてそこにテープを巻いて調子よくなったということを聞く、うっ、できる。こういう細かい問題の対応は私は得意なほうだが、スタッフの子が、そういうのを当たり前に見つけてやってくれるのは感心する。

今日は他に、シャトル織機の調子よく動いていた1台から異音がする、何かこすれるような音、こういうのを放っておくと大きな修理が必要な問題になるというのがありがちなこと、原因を究明しようと織機の下にもぐったりもするもなかなか音の出場所がわからない。一つのねじが緩んでしまっいてるのを発見。それが原因できつく締めなおすと音は小さくなった、だが、そのネジを締めなおしたことで杼箱が若干高く調整されてしまったので、杼箱の高さを杼台の高さに合わせる作業。すると織機は異音も収まり調子よく織機は動き始めた。

明日はまた1台立ち上げ予定、明後日もまた1台立ち上げ予定。忙しいけども、物事や仕事が順調に行くことは幸せなこと。なんかうれしい。
2020年11月09日
2年ほど前に、ある糸にまつわる問題で悲惨な状況があったけども、私と同じくその悲惨な状況に会われたケースを聞いて、ある会社が同じ設備でやっていても世代交代で人が変われば、今まで通りにはうまく行かなくなるものだなあという実感である。

具体的には、ちょうどその時に、受けていた仕事があってどうしても織れないのである。調子がよければ2か月もあれば織れるだろうと思っていた仕事が半年以上かかった、糸が切れるときに10本くらい同時に切れてしまうとか、手を入れると横の糸が壊れるように切れるとか。

10本切れた糸をきれいに傷もなく直すためには、何本か糸を抜いて戻ってギアを戻して、すべての切れた糸をきれいにつないで織始めるの繰り返し。後ろに回って切れた糸を直そうとすると横の糸も切れたりとか。支給された糸にまつわる問題は織る側の問題でもないのだが、ちょうど世代交代の問題とも絡んで、糸を扱う機屋が解決する話になってしまったが、そういう糸に関する問題でも、投げ出さずにそれなりに精一杯に解決してあげようと思うのも、織るだけでなく仕事全体を考えているからのこと。

林与がなぜ糸の問題だと分かるかは、同じタイプの織機を何台も持っていて載せ替えしたりもするから、載せ替えしても同じ問題が起こるようなら糸の問題。基本的に織れないときにも織れるように糸に合わせて織機に調整を掛けるのだが、難しいことも多い。色糸じゃなく白い糸が織れないことがあった、普通はありえない話なのだが、染めたら織れて白いままだと織れない問題。油分が少なく伸度がなく織れない糸と、たまたま世代交代が重なって、織るのが本当に難しい経糸が出来上がってしまったということ。私自身がボロボロのボロボロになってしまうくらいだったが、それなりに傷も少なく、1000m何百メートルかを織りあげた。

そういう糸に当たったときに投げ出す話だろうけども、とりあえずこの1回だけはなんとしても形にしようと無理をして仕事する。その仕事のために他の仕事を犠牲にしてしまう結果になるのだけども、納期を伸ばしながらでも織り終えるしかない。自分が我慢して他を支えられるなら無理もしてみるもありだろうと。

そういう大きな問題の情報も他からも入ってきていて世代交代のタイミングの問題があるのも知っていた。その前の方にも仕事ではいつもお世話になっていて次の方もなかなか難しい仕事を引き継がれるということで応援の気持ちではある。日本の繊維の世界でそういう作業ができるところというのは日本というか世界でも限られてきているので、なんとか絶えずに残ってほしいなあと思うのである。
2020年11月08日
大統領選挙の結果がほぼ確定となったが、敗北宣言をしないトランプという想定があって、再集計になるだろう。不正投票が存在するのかしないのかというと存在する可能性もあるだろうが、バイデンにもトランプにも不正投票は透かしの確認ミスなどでいくらか存在するだろう。

不正投票の件に関しては議論の余地があるけども、最高裁判所の判決で自分を大統領にさせるというような発言までしているトランプというのは、民意の軽視が著しい問題が出てくるだろう。最高裁判所の判事任命権も大統領にあるのでそういう手を使うと暗黒政治に近くなる。

今回の争点の一番は、経済かコロナかという問題。どちらが勝ったかということではなく、半々くらいで、自由とか経済が大事という人がいて、また、コロナ拡散を防止が大事という人がいるということだろう。今、ヨーロッパ、とくにフランス、イタリア、ベルギー、スペイン、スウェーデンも、今までにないほどにコロナは広がりを見せている。一方で、アフリカでは、夏に向かい、コロナの新規感染者の数は減少気味、ブラジル、インドでは、減少気味、アメリカ、カナダは、大きく増加中である。全体では今までにないほどの増加傾向があって、感染の拡大に関しては、今が今までで一番最悪というような状況。コロナ自体は感染力は強くなっているだろうけども、弱毒化している傾向はあるだろう。

アメリカなどで1日の新規感染者が15万人に達してはいるが、死者数は1日に1000人であるというイメージ、1%未満の死者率である。以前は死亡率は5%とされていた。

今回の選挙で、トランプ大統領も何が敗因なのかというとコロナを軽視したことで、対戦相手に任されたというよりも、コロナに敗れた感がある。政治というのは何のためにあるのかを考えるときに、その状況に対応してゆくような政策を取るのが政治の役割なのに、コロナのような未曽有の案件に対して、感染することに関しては仕方ないことが、陰性の結果もでていない状況で自らの隔離を解くなど、自分の選挙の為にコロナをばら撒く側に回ってしまっては、コロナ対策どころの話ではない。
2020年11月07日
林与の場合には、仕事というのは最初から最後までみたいな作家的なモノづくりをプロがしているみたいなところがある。それというのは、普通に一つの作業する仕事よりも大変だろうと思うけども、それぞれの工程においてその工程の専門の人以上に物事を分かって仕事ができ、基本、一人いれば織物というものは最初から最後まで出来て出来上がる。それだけでなく、縫製もできたりとか、販売もしたりとか、伝票作業仕事もしたりとか。

作家レベルのものづくりにとどまらず、数人規模で量産の世界というだけでなく、できるものづくりにしても他の機屋さんよりも限界が深いことも多い。海外にもっていても、特色のある麻布の世界、そういうのが日本らしいものづくりなんじゃないかなあと思えたりもする。

もちろん、一部の作業というのは一人でやるよりも二人でやるほうが効率が上がる作業もあるけども、力のある二人がいれば、ワンモーションのなかでも、自分の余力で相手のワンモーションも助けられるので、力の無駄がなく仕事がはかどりやすくなる。そういう作業は、案外、年配の人よりも若い人のほうが気配りが上手だったりするもので、私が経験の長い人と仕事すると相手のスピードに落として待つばかりになるが、経験の浅い人のほうが私のスピードのその日からでもついてくることができたりするのは不思議なことである。学校でも普通に新しいことを学んでいけるような力が若い人にはあるのでそんなものだと思う。1時間2時間で、新しい人というのは作業を学んでいけるのである。経験者は逆にそれが難しいことが多い。

手の世界なので手のスピードというのもは必要で、私は、熟練した職人さんの2倍から3倍くらいのスピードがあると思う。移動するスピードもそのくらい速い。最近は、若いスタッフの子に抜かれてきたなあとか追いつかれてきたなあ思うのは、仕事のことを話していて、若いスタッフのこのほうが私の勘違いしていることなどを指摘してくれること、ありがたいことである。若いスタッフの子も、最初から最後までいろいろと動いてくれているから、仕事全部の話を共有できるのである。

固定概念みたいなのがあると、いろんなことをするのが難しくなる。固定概念を捨てて、目標をどうやって達成するかが大事で、それが他とは別格の作業内容になったり、別格のモノづくりにたどり着きやすくなる。日本の世の中は固定概念にとらわれがちになって、海外の人ほうが固定概念がなくダイレクトに最終製品を作り上げる力がある。
2020年11月06日
今日は、機屋体験の最終日、お越しいただく前の機結びから始まって、機替、整経、縦繋ぎ、パンチカード、シャトルでの織、修理など一通りを経験してもらう機会。ご自身の企画や規格が、どのような工程を経て織物に織りあがるのかを短期間で理解し習得して頂く。

織というのは、織機で織っているイメージが強いかと思われるのだけど、動力織機で織る部分は、それほど負荷のかからない仕事の部分。機替えや縦繋ぎとか、また、織り始めても、耳まできれいに織らないといけない布などは、いろんな場所の調整調整で、理想のきれいな耳に近づけてゆく。何メートルも織りなおしながら、やっときれいに織れ始めて生産が始まる。綺麗に織れているつもりでも、検反で耳切りしているとやはり、修理が必要だったりして、織りあがった40mほどの修理でも何時間もかかる作業。

それぞれの仕事を一つ一つしていては成り立たない織物の世界で、時間の中で、これもできるあれもできるでどんどんとこなして行かないとやっても成り立たない仕事になってしまう。問題があって他の人の仕事に文句言っていてばかりでも仕方なく、それをどう解決してゆくかが一番大事なところ。私が人を助けるのが仕事みたいなところがあって、現場の人の代わりに一番ややこしい部分や思いっきり力の必要な問題を解決するのが私の仕事だったりする。

今日は、他の場所で似たような話を聞いて、場をつくる親方クラスと職人の違いみたいなものを感じるのである。職人というのは上手な人もいれば下手な人もいるのが当り前で、それをどう解決してゆくかが親方的な仕事。私も、織っている人に織を任せていると、織ることもできないできそこないみたいな目で見られたことがありがちだけども、そういう人たちを食べられるように助けるのが私の仕事だったりして、織る仕事というのは織物の仕事の中で仕事の一部でしかない。他の人の織ったものを夜中寝ないで一目一目縫って直したりするのも普通にやるのが超えた世界の仕事だとは思う。

織るよりも、縫って直すほうが、超えた世界だったりするのが分かる人が、職人の仕事を子供の仕事のように感じる親方的な存在。職人なんて言うものはそんなものである、数日の人も何十年の人も同じ土俵に立っているだけのことで、できないとか仕事に文句言っている人と、自分がやって仕事に文句言ってる人の問題を代わりにやって解決する人の違いは大きい。林与の先代にしても、私からすると仕事の気持ちすらも足りないレベルで、現場仕事を馬鹿にして、自分はアル中のタイプ、先祖代々のものを一代で失ったと嘆いていたけども、私は大物気取りで浮かれていないで真面目に1日でも働けばよいだけだよと厳しい目。酒を飲めるのが自慢話でまさに田舎のおっさんそのもの周りにも多くの勘違いな害を撒いて時代にすらついてゆけず集落の過疎化にも大きく貢献してしまったと思う。親父的な考えで成り立っていた京都の問屋さんが同じ運命で閉じたのも、当たり前といえば当たり前で、20年、30年前でも勘違いの事を勘違いとは気が付かず、偉そうにやって後の世代がその問題を片付けるのに、親の世代のために人生をを犠牲にしてマイナスから立て直す話。

そういう人が実際一人になったときに仕事できるのかというと、親父と親戚の別れのおっちゃんにしても、他の人を従えてやっていた人が指図はできても織物のどの一つの作業もまともにできない半人前、酒飲んで偉そうな二人が偉そうに最後まで私に頼ってくるのをみて社会常識すらもなく。1日のアルバイトの覚悟や気持ちもないのが、何十年の経験者だったりするのを、林与の家や親せきの中にみてきた。その辺りのどうしようもないところから日本の繊維産業というのはたて直して行かないと、悪い例が先生では次の世代には気の毒。

昭和のまだまだ繊維が良い時代を引っ張ってきた、その近い二人のおっさんに合わせて助けている人間すらも舐めた感覚が一番駄目だよと引導を渡し、引導を渡すだけの覚悟はあって今も織物を続けている。経験の浅い海外や大手SPAのものづくりとの違いもなく抜かれてゆくのも仕方ないと思える。仕事の厳しさに向き合えず、付き合い的な力関係で成り立っていた昭和の時代の繊維の弱さ。
2020年11月05日
今日は機屋体験の4日目、昨日の夕方から織出しが始まった。実際に織り始めるといろんな問題が見えてくるあたりで、新しいシャトルを夜中に下して、それを使ってみるとか、耳までリネンの織物なのでなるべく耳がきれいに織れるように、微調整。おもりを増やしたりとか、ソウコウ枠の高さ、テンプルの位置。シャトルのテンサーの調整、クロスローラーに巻かれた布をきれいにやり直すなど、糸に合わせた微調整を私自身が加えて耳ががきれいに織れるように調整。織出してみてわかったことだが、今回の経糸のロットは前回よりも強いのか縦糸切れも少なく安定しているように思う。

一方で、隣で織っているL40が経糸切れが結構起こって糸切れを引っ張ってしまうような問題。レピアでも織れる織物だけども、厚織の織物なので経糸切れのこのような問題が起こりやすいのでシャトルで織っているが、シャトル織機でも糸切れが良く起こる。

午後から、麻組合が旧の愛知郡の役場を改装した建物で、実演や販売などをされているので、お客様にご紹介。作業の一つが難しいということで会社に戻ってからそれができるのか、その作業に対応できるパーツが残っていたかどうかを調べたら残っていてたぶんできるだろうなあと思うが、私がやっても同じ結果になる可能性もあるので実際にはやってみないと分からないところではある。

2本目の整経が巻き終わって、4日目が終了。糸を結ぶこと、扱うこと、機替え、整経準備、整経、巻き取り、織る、縦繋ぎ、ドビーカードのパンチングなど、どういう工程で織物が出来上がるのかを、ご自身が企画デザインされた織物を現場で作業して経験してもらうことにより、どんな作業をしたら自分がつくりたい織物がつくれるのかを理解し、単なる理解じゃなく、機結びとか縦繋ぎとか、実際に職人のやることをお二人ができるようになってもらう。

一つ一つの作業は1時間2時間もあればマスターできることで、誰でもできるといえばできることなのだが、経験の長い職人さんたちでも一つの事は専門職としてはできても、すべての工程をこなせる人というのは少ないもので、それができると織物の仕事全体が見えてくる。一つの仕事をやっているときとは違う仕事の意味みたいなものも見えてきたりするものだったりする。

理解だけでなく、コツ、体力、忍耐が必要だったりで、やろうと思えば何でもできるみたいなのも、今回は織物を短時間でマスターするだけど、他の仕事全般に生かせるようなことじゃないのかとも思えたりしているのが、私自身の人生観。私自身、学校の授業で勉強したことは雑学程度のことで、人生にも仕事にもあまり役に立ってはいないけども、留学して人間関係を広めたことも、コンピュータ関係の会社で働いたりしたことも、最先端のコンピュータの製造現場で働いたことも、織物とは関係のないことだが共通の要素があって、織物の仕事に役に立っていると思う。
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