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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2024年02月16日
林与というのは個人レベルのお付き合いがほとんどでそれで日本の麻業界のこだわりの世界の一つが成り立っているようなところがあって、織れないとか難しいとかで、林与の中でバランスをとってしまって我慢ゲーム的になってしまっていて、どこまで自分が我慢して被れるかという人たちでないと難しいのかなあ。

林与はいつもその覚悟が出来ていて林与が駄目というなら日本の繊維業界というのは美しいけど軽すぎて、残らんと思う。それはほんとに残らんと思うよ。世界一の日本の繊維業界を謳いたいはずなのに、それを世界番くらいに覚悟もしてるけど、それな納得が難しければ、すべて軽い話で崩壊で、ウイグルぎわくそのもの以上なのかを林与個人がそこまで個人を追いつめて世界レベルのサステイナブルで金儲けしたい国や利用したい輩が多すぎる。

林的には、グレタさんでも自分が本当にものも作ってないのに、敵対してたトランプさんと同じな階級社会構造でそれは一番に駄目な食いつぶしてしまう世界ではないのかと、そういうのが国際世界のサステイナブルとか、困った人を救おうとかいう立場の繊維業界の問題を解決したい人がデニムの世界を攻撃し始めたのが、不思議すぎる。

私は日本のデニムの世界の人間でもないけども、地道にやってきた人を殺そうとするのは世界的の繊維業界手に着も手もトランプ的なのかなあと残念なグレタさん。我慢できないがどこまでも膨張して我慢して学校も行って支える人たちを食い物にしてたら、ノーベル賞がゴミだし、トランプとの対立にしてもトランプと同じで、グレタさんやトランプに世界を自分が背負う覚悟があるのかというと、なんでそこまでしないといけないとうような話に終わる。

それが政治のトップや宗教のトップのなんであんたを救うために自分が無理せんとあかんのやというようや、世界標準の普通の世界で国連とか日赤とか、日本政府とか、日本の公務員行政とかの階級社会を作りそそれで成り立とうとする奴隷制度そのもの。

自分が働くとか責任を負う気もないものが覚悟を決めたもののいちすらも食いつぶす。親や近いものがが自分が働かずに生き延びたいために子供を悔いつブスとかはまさに日本政府が求めてるような縮図で、ゲジェサイドてきな日本の国政レベルでの勇逸の生き残り方なのか?もうそういうのやめたほうが良いと思う、国が亡ぶから、自分が国会議員をやめてそれ以上ならしねとかようきゅするですかという次の若い世代の人生を売って隠して騙して生き延びたい日本の政治家レベル、最初から国会着いんなんて無理やん、というような老害のレベルで、日本の国政がそういう覚悟もない国会議員たちの私欲に食いつぶされてしまったような何十年。
2024年02月08日
林与自身が若い時に林与の先代がお前は信用がないからこの商売は無理だから外に出て好きなことをしろといったのだけども、外に働きにでても仕事しない先代いるという現実があって、それについている仕事しない母親がいて、外で働いていても、結局、自分たちが働かない人が二人いても仕事なんて無理な話。当時、口で商売をしてきた世代というのはもう繊維業界では難しくなってしまって、するかしないかの駆け引きとかそういうのをやっている無駄なことばかりでは無理な話。

繊維業界というのは、私が働き始めた時から、多くの何十年の経験者の人たちが自分たちの面倒見てもらわないと困るというような田舎状態で、林与のような仕事をしている人間が一番できない人みたいにいわれて高度な作業も仕事の責任も全部背負わされて成り立ってたりする。田舎社会の典型だけども外の世界の厳しさを知らない人たちというのは、困ったもので新しい物事を吸収できないし、人間関係も固定的。そういうのが、ひと世代前の生き方だったりして、そういうひと世代前の大きな残した問題も解決して成り立たせないといけな話。仕事というのは覚悟なくやったら駄目だなあと思うのはそのあたり。

今の世代はそういうひと世代前の驕りなどなく、現実的な世代になりつつあるだろうけども、日本の国としては驕りみたいなものが続いていて、ホワイト社会を支える人がおらず、次の世代に背負わせようとしているようなところがある。次の20代世代も背負えないから、生まれてくる赤ちゃんたちに背負わせようみたいな今の日本の問題解決方法。

昭和の時代の驕った感覚が将来の世代に自分たちの生きてきた問題解決の負担を強いて、成り立ってしまっているような今の日本の現状でボタンの掛け違えがどんどんと広がっていたりする。ボタンの掛け違えの法律が出来上がってしまっていて、もうこれから生まれてくる赤ちゃんたちが日本の今のどうしようもない政治家たちや日本の行政の問題を背負っていかないと解決しなといけない構造。日本の末路。

政治と宗教の問題にしても政治活動が別の目的でよってくる宗教に依存しすぎてそういう宗教抜きに政党がなりたたないとか、政治家の目的にしても私欲ばかりになってしまって、議員という地位が欲しい人が欲のために集っているような状態に近い。政治資金の裏金化や私物化とかが当たり前に行われて、何千万、何億とか公金を横領しているのと同じようなこと。金と権力に染まってしまって、そういう人によってくる企業というのも私利私欲の塊でしかないだろうし、普通に成り立って行くような形よりもお金の流れを無理やり一部に誘導してるようなところがあり、地道に自分で働いてみたいな考え方はなかなか通用しにくいがそういう基本を失うと、日本が繊維業界で培ってきたような経験なども担い手は海外となって、携帯電話にしても日本の技術というのが、外の鏡面仕上げみたい部分だとか、本質的な部分が逆転して携帯電話も韓国や中国、自動車関係も国内においても台湾のメーカーの工場を政府が動いてつくるとか今までエルピダメモリ、ジャパンディスプレイなどいろいろな失敗を経験してきて、日本企業じゃあ駄目だという問題の露呈。

それはほんと国の政治レベルによるところが大きく、USスチールの買収問題においても、バイデントランプ共に反対の意向を示しているが、日本政府はその逆で、海外企業に製造メーカーを売り渡すことに一生懸命だったりするというようなことばかりをやってきた。アベノミクスでまともな考えが腑抜けにされたような日本社会で法律も一杯出来上がって、まともなものも日本ではつくることが難しくなってしまってきている。飛行機にしても自動車にしても、支えて言うことを聞く側という、世界でも一番くらいに長けていた地道な努力でのものづくりとか勤勉なすたいるが、もう継続は国内では難しいような状況。
2024年01月25日
近江という言葉は、淡海(あわうみ)からきているとされ、淡海とは琵琶湖を指す。湖のある国という意味で、なぜそれが近江となったのかというと、奈良の都(のちには京都の都)から近い湖ということで、浜名湖を遠い湖として対比される。律令制の時代に近江国(チカツアワウミノクニ)は通称として江州(ゴウシュウ)と呼ばれ、遠江国(トオトアワウミノクニ)は通称として遠州(エンシュウ)と呼ばれた。湖の国が2つあったという認識で、滋賀県が近江(おうみ)、浜松の西部が遠州(エンシュウ)という名前の由来である。

今は琵琶湖は堰で下流域への放水を調整するような形で、もしその堰が作られていなかったらればの話をすれば、船が大阪湾まで行きかっていたかもしれない。水の都としての琵琶湖があったかもしれないのである。堰によって琵琶湖がダム化したということが言えよう。ダム化によって下流域の水量がコントロールされることで、下流域の地域の発達には貢献をしたと言える。

琵琶湖の水位の低下などが言われ始めているが、琵琶湖の赤潮被害などは子供のころのほうがひどかっただろうけども琵琶湖にはもっとたくさんの水資源があったと言える。琵琶湖に流れ込む河川の上流にはダムが出来、琵琶湖自体が川から巨大な池化したともいえるだろう。琵琶湖周辺も特に戦後は人口の増加を心配して、埋め立てが行われて水田化された。国家のための農業地化が行われたのである。戦後は、内湖的な大中胡なども埋め立てられ、大中の農地となった。

安土城のあたりも、安土桃山時代には安土山の周りは琵琶湖、彦根城の周りも琵琶湖が外堀形成していた。彦根の辺りで中山道は、左右を水辺に挟まれるような状態で、人々の往来を管理していたのである。また、愛知川等の川にしても、江戸時代までは、橋がついておらず、担ぎ手が人を担いで川を渡していたような話で、一つの関所となっていた。東円堂という村の人たちがその川渡しにかかわっていた名残が、昔は、愛知川の反対側の五個荘の中山道近辺の土地まで東円堂だったということで、昔は土地は開拓すれば自分のものだったようなところがあって、昔は東円堂村の人が農業水利にもかなり深く関係もしていて、中部排水といわれる川の周辺の土地も今も川上の水源までは東円堂の土地と認識がされているような話で、水源から水路をつくって田んぼに水を引いてきたというような歴史があるらしい。今は県の管轄にはなっているようではあるが管理の名残が残っているらしい。
2024年01月25日
昨日の夜に雪が降って、朝4時くらいから普通の自動車とは違う車が道を走っている音が聞こえる。雪が降ったので集落の除雪機が活躍しているのだろうとなぜかうれしくなってくる。除雪機があるというだけでなく、もちろんその作業をしてくださってる方たちも居られるので、本当の大事な時に活躍をくださっていて、朝から道を自動車が走れるのも、除雪機で除雪が早朝に行ってもらえるから。

集落の中の道にしても、林与的には巾3mほどの車が1台しか通れない道でもメインの道の一つ。こういう根本的な問題を解決してゆくときには、簡単ではない問題だけども、旧の集落を新しい場所に移すとか、国規模での過疎化対策が必要だろうと思う。4mの道路が必要であるとか云々は、旧の集落では難しい話で、国家レベルの事業として、農業の土地改良並みの予算を使って生活の基盤をつくりあげていくようなことが必要だろうと思う。、

農地は田んぼなのだけども、底には4mの道路が綺麗についていて、人々がもっと使う集落の中の道路のほうが改修工事すらも負担が大きい。過疎化した集落をそのままの道路状況で存続させようとしても基本的なインフラ整備すらが旧の集落では難しく、それは町レベルでも難しい話で、国家レベルのプロジェクトとして、新しい場所に集落を移すようなことをしてゆかないと、旧の集落的な存続すらも難しくはなるだろう。

ニュータウンのようなものを作るのではなくて、旧の集落を新しい場所に綺麗に配置するようなことが行われると今のいろんな問題も解決することは多いだろうと思える。私が生きているうちにはそういうことはないだろうけども、都市計画として国が動いて問題を解決してゆく方法が根本的な問題解決方法につながる。なぜ、農業で出来て住宅ではできないのかみたいな、行政体質を変えれば、集落の住民が同じ集落の中で暮らし続けることも可能になるだろう。

小学3年生くらいのときだったろうか、近くに流れている川の橋が新しくなった。それって、子供ながらにすごく楽しみなことで、その橋を使い続けて45ほどになるのだろうけども、そういう新規性みたいなものがまったく期待できない今の日本になってしまっている。たぶん川の橋なので、補助整備絡みで国か県の予算が下りての事業だったんだろうと思うけども、農村の場合、農地並みに思い切ったことを行わないと、個人レベルの増改築新築では縛りが大きすぎて、根本的なところまでの解決には至らずに不便な生活が続くことになる。100年後とかの日本の国ではそういうのも解決できるような体制になっていればよいのにと思ったりはする。社会構造的に自由度の無いことが多すぎて本当の理想に向かって一気に解決をしてしまわないような状態が続いているというのが見られがちな状況だろうと思う。
2024年01月23日
今日、縫製工場にキッチンクロスを納品に行くと、林与のハイエースに手織り織機がのっているのを見られて、その縫製工場にも手織り織機があるということで2Fに上がってみせていただいた。織れる状態にしてある手織り織機なのでそのまま織るのも良しだろうとおもうけども、織りたい糸をもっておられてそれを実現ができればよいのになあと思う。筬も5目と呼ばれる1mに5羽の感じなので想定されている糸に対してもちょうどよいんじゃないだろうか。昔の和食器ベースなので少し大きめで、安定して織物は織れるだろうけども、外に持ち出してということができないので、会社の中の方が手織りするというようなイメージだろうか。そこのはもう一つ、手のレバーで綜絖を上下させる小さな子供用の小型タイプが置いてあった、それも織れるような状態だけども、それを織られたい糸を織れるようにするには、整経からひと工夫が必要で、たぶん自分だったらこうするけどみたいなアイデアをお伝えした。

手織り織機も織れる状態に持って行くのが案外大変で、整経とかもなかなかやっかいなところ。林与では普段使っている工業用の整経機を使って、オプションのHフリンジビーム化して、機草も使わずに20mとか30mとか整経したものを織れるように、自作で技術的な部分はクリアできた。一度セットすれば織るだけの作業に集中できるように、また、載せ替えて織ることも出来るようにみたいな。今は現場の仕事に追われているので、また時間が出来た時に、そういうのの自作を行っていきたいなあと思っている。幅の広い広幅絣用の手織り機も作りたいなあと考えている。

日本の織物業界というのも、なかなかオールラウンドでこなせる人が少なく成ってしまっていて、手織りならある程度一人でも布を生み出せるとは思う。林与自身にとっては、本業でもなく、当面、無料手織り体験を通じて、織物を初めて織ってみるみたいなことを多くの方に気軽に体験してもらいたい。林与がサポートで立ち会っているときには、織った生地をその場でカットして持って帰ってもらえたりもすることが多い。そういう一旦カットした後、数分で再開できるようなことも、織物体験で、織ったものを持って帰ってもらうためには大事で、お子さんたちは嬉しそうに持って帰ってくださる。

体験してくださる方にとって織物の織機というのは興味を引くけども自分が織るというのは初めてだったりすると挑戦だろうと思う。やってみると簡単だったりして、自転車に乗るような感覚じゃないだろうか、織物が織れていく。学生の方で、卒業制作の生地を自分で織って卒業作品をつくるとかも、学生のうちにやってみられると、布というのは買うばかりじゃなくて自分で好きな布をつくれるというところにたどりつける。

午後会社に戻って、少し休んで仕事再開、今気温は2℃とか、でも麻は織りやすいが、足がつま先まで冷える。
2024年01月19日
岡山で縫製業を営んでおられた方が、今日林与にお越しくださって4年ぶりくらいの再会、今はお母さまが病気になられて岡山のお家は売られてお子さんも生まれ結婚されて沖縄に住まれているということで、すごく大きな変化を乗り越えられてこられたのを感じる。

いろんなものをプロとして縫製できる方でもそういうのが今の日本の繊維業界の厳しさで、本当に能力のある方だなあと思える。お母さまとも1度しかお会いしたこともないけども、倉庫で生地を探しているのを喜んでいてくださって、動画で病室に居られるお顔を拝見して3月の手筒も良い結果になって元気に回復されることを願う。

日本の昭和の時代に金満になってどんどんと落ちてしまった繊維業界を一から健全に再生してゆきたいなあとおもうようなプロジェクトというのが、林与の子供向けの超簡単無料手織り。私自身、そういうのをお金を取るのではなくて全部持ち出ししてでもやりたいし、今の繊維業界というか日本の普通が、アメリカの資本主義以上にシビアでそれは日本の業性の階級社会的な一番駄目な、支配欲の塊で、他の物を虐げて法律で縛って食い物にして行くような構造が、日本の中に生まれてしまって今の政治問題、大企業の献金問題。そうでないと、行政の癒着構造になびかないと大企業ですらも大きな消耗品レベル。

シャトル織機120台を動かしておられた機屋さんが子迷惑かけずに閉じられたのが幸いみたいな、日本では、ほんと無理な法律ばかりが横行して行政がなぜ責任も負わずに企業に従業員を守れとか、それがまさに責任放棄の日本の国レベルの国民を守るのを他人事にして、偉そうに食い物にして成り立ってしまっているような、本当に覚悟決めている人を、保険金掛けさせて追い込んで自殺させてそれで清算してきたのが日本の金融行政で、BM以下のことが国レベル。ほんと科挙制度は中国でも否定され、でも日本の行政では、日本の官僚主権制度のもとにジェノサイド的な搾取というか、立場を得たものがすべてじぶんたちが好き放題みたいな宗教や政治で、それがほんと金欲、権力欲、食いつぶすだけ。もちろん普通に給料もらいながらさらに助成金も得ながらさらに金満に、上場企業をたかってきた日本の国会議員の政治家レベル、まさに敵のように否定している共産主義と同じような権力主義構造。

国連にしてもなぜか権力主義的なSDGs思想があって、そういうのって、末端の現場の人たちを逆に食い物に苦しめるだけ、どうしてこうなった?なぜか、政府や金融機関や商社が動き出している、権力主義で、ゼニゲバなところがSDGsって無理だろうと思う。廃プラを天然繊維に混ぜてエコとか、私はまったく理解が出来ない。そういうエコのチャンネルが一部にあるのは悪いことではないけども、全体的な天然繊維という長く続いてきた概念からすると、現代の儲け主義的なエコ感覚というだけで、長い繊維の歴史からするととうとうここまで繊維業界も落ちたのかというようなクリーンディーゼル偽装と似たような問題。

SDGsを叫ぶようになってよけいに怪しいものが正当化されるようになりすぎた。オーガニックコットンもレギュレーションが逆に遺伝子組み換えコットンを助長してしまい、水の少ないところでも耐性のあるような遺伝子組み換え品種が大半を占めているというような状況で、消費者にほんとうの事実のことを明かせない状態では、あまりにも繊維業界が、熊本の有明海で天然物が取れないのに日本の市場の8割を30年占めて来たみたいな。日本のトップクラスの神戸製鋼も同じくして、30年以上の素材の強度偽装、ダイハツも軽自動車売上NO1が何十年も検査偽装。フォルクスワーゲンのクリーンディーゼル偽装と同じで、日本の大手の謳い自体が消費者騙しになってしまっているのがバブル後の日本で、そういうボタンの掛け違えを続けるよりも、消費者騙しのないような普通の感覚に戻ったほうが良いのではないかと思う。
2024年01月15日
一番糸を巻くのに使っていたシュワイターが調子悪くなって、いろんなところに油を挿してはみるのだけども一本管を巻き終わった後に最初の定位置まで金具が戻らない問題が、バネの強さなどを調整してもなかなかなおらず、2時間ほどかけて、いろいろとわたごみなどの掃除と調整。その部分は戻るようになったのだけども。

木管をセットするおしりの部分を覆う金具が前に出てきた後にスムーズに後ろに戻らなくなって、思い切ってシュワイターの上蓋を取って分解修理を2時間くらい掛けて行った。中のネジが一つ緩んで円柱がスムーズに後ろに下がらなかったことが原因なのだが、初めてシュワイターの中をのぞいたがいたってシンプルでもっと複雑な構造なのかと思っていたのでがっかりと言えばがっかり。

ようやく問題はなくなって、スムーズに糸が巻けるようになり、木管のセットミスもなくなり、連続して糸が巻けるように戻った。ありがたい。今日は体調も良かったのでいい感じで4時間から5時間かけて修理ができ、いい感じに戻ったのでありがたい。そのあとはさすがに少し休憩して、体調を維持しながら長丁場に挑む。以前ほどは無理はしないようにはしているが、体調も良くなかった中、1年前の10月の初めに1週間ぶっ続けで無理をして、そのあと、岩手に4回行くことになったりと、時間的にもすごく追い込まれてしまって、そのあとにL100番手の織れない問題や、リネンデニムの織機のドビーが壊れる問題などどこまでも深い問題で次々と時間が無くなり、L66のオーガニックリネンベースのストライプも幅が狭くなる問題で耳そばが切れる問題。

難度の高いギリギリの仕事というのは、少し何かが崩れると急に織れなくなったりする。今回のシュワイターはそういういろんな織物を織るための木管に糸を巻く機械の不調で、これが直らなかったなら、また、全部の仕事が暗礁に乗り上げるような話になるところだった。分解して直って本当に良かった。時間に慌てていると本格的な修理に時間を使えずに、だましだましで非効率な生産になってしまってより大幅に遅れるような話につながる。シャトル織機を入れ戻してから15年だけども、15年で初めてシュワイターの中を見た話。こういうのって一か八かだけども、やってみてうまく行くのと行かないのとでは天国と地獄の差につながる。修理も下手にやってしまうと余計に調子がおかしくなったり、関係のないところを調整するとまったく使えなくなって最初よりも悪くなるとかで、修理や調整というのは能力の必要な仕事だと思う、織物の織機を動かして織る以上に機械の構造を理解して修理できる人というのは機場には必要で、修理できないと、織機や機械がどんどんとゴミになってゆく。

昔の織物工場は必要な機械だけあればよかったのだけども、今の織物工場というのは織機を維持してゆくための予備の部品までも自分で抱えて用意しておかないといけないことも多く、織機の調整がうまく行かないときには、他の織機に載せ替えて織ってみるとかで助かることもある。織機の調整だけで何百時間使うこともたまにはあったりして、一つの仕事を受けた時に、ぎりぎりの織物というのは織機の調整が命だったりもする。織機の問題じゃなく、糸の問題ということもある、織れない糸というのも存在して、ロット違いでおれないとも支給の糸の場合にはよくありがち。
2024年01月15日
ここ数日特に、体が冷えるので体が温まる飲み物に変えた。飲んで寝たら体中に血がめぐって体が温かくなった。飲み物ってすごいなあと実感。足の冷えみたいなものも痺れみたいなものもなくなって寒い工場の中でも元気に仕事が出来そう。飲み物でこれほど体調が変わるというのは驚き。体の中で血のめぐりが止まっていたのだろうと思う。月末までいろいろと納期が詰まっている頑張ろう。

寒さを気にせずに仕事ができるというのはありがたく、仕事で動き回るというのも同時に運動がてきているというのは良いことで、それでフルに並行して色々作業が出来る状態というのは理想。一つのことをじっくりとやるのは簡単だけど仕事なんで3つくらいのことを並行してこなしていかないと、成り立つところにはならないのが現場仕事、ほんとそこなんだろうと思う、普通の人だとやっても仕事として成り立ちにくいのも。

昨日、電話である方とお話していてすごく能力も高く器用な方なのだけども、得意先の一つが廃業されるそうで、仕事が減りそうな状況らしく、コロナが終わってもアパレル業界というのは仕事があまり戻っていないという林与のイメージと整合。そこにコロナ後の原材料の高騰で、資材関係も生地なども高騰して、日本の国産アパレル業界というのは新しくモノを作れないようなあたり。

生地から開発するようなアパレルは少なくなって、エコな流れなども関係して在庫生地でものづくりをする流れになっては来ているのを感じる。麻関連のものづくりの現場は今は、原糸すらもが回りにくくなってしまっている。麻の場合には価格が高い時というのは、当たり外れがより大きいので、使う側としてもチョイスも限られているけども、リスクは非常に高い。

ウクライナでの戦争が小麦需要をひっ迫させて、ヨーロッパのフラックス畑が小麦畑になり、フラックスの生産量が需要に追い付いていないという状況らしい。商売うんぬんよりも、人の命が国の大義のために犠牲になる戦争が終わることのほうが大事だし、人々が食べ物のほうが大事。世界はまだ戦争状態であることを考えると、エコとかエシカルという言葉や概念すらも空しく思えたりする。国内だと能登の被災地の方たちに温かい場所と温かい食べ物とが最優先の課題だろうと思う。
2024年01月04日
2000年にもなるともうアイリッシュリネンの糸が世界中探しても全く手に入らなくなったように、また、国内でも麻の先染め織物というのは本当に希少に近い世界になっていたりもするけども、そういう実体というのはなかなか伝わらないことも多く、普通の麻生地の2倍とか3倍高いだけでも高いと思う方というのは多かったりで、日本の麻織物の本場といわれる近江湖東産地でも、産地で特色のある先染めの麻布を織ることは本当に難しくなっている。

林与が、すべての作業を一人でもこなせるというのは、本当に珍しいケースで。そういう形でないとモノづくりの現場を残していくということは難しいだろうと思う。71歳で廃業された小幅織物を得意とされていた工場の社長も最後一人ですべてのことを行われていた。白生地が多く、縦はほとんど限定的で、定番の物ばかりだったのが、林与とは異なる部分だけども、その方をみていて大変だろうなあと自分と被ったりもした。

林与も今、50過ぎて細番手の黒い糸の織物を織るのが、糸の強度、糊付けなどとの関係もあって糸切れが多くてこずることが多くなってきた。普通の職人さんの5倍くらいは縦切れを直すのでは早いだろうけど、縦が黒い色の織物というのは、縦が白の織物よりも何倍も手間が掛かっていたりする。林与の麻織物の特色の一つは、濃い黒、濃紺で、黒や紺は色が深いことが、着た時の涼しさだけでなく、見た時の涼しさにも影響をする。そして高級感にも影響をする。ただ、麻100%の黒とか紺というだけでなく、麻生地の手本となるような布を生み出したいなあと。本場の産地産というだけでなく日本の高級麻織物の高級なテイストが、林与の四代に渡るものづくり。

私自身が社長になった15年前からは、麻織物により特化して、麻100%の生産が生産のほとんどになった。高級なものがうれないといわれた2000年以降のデフレでも、特色を薄めるのではなく、失われた高級な麻の世界をもとめようと、アイリッシュリネンプロジェクトや、超細番手リネンプロジェクト、超太番手プロジェクト、リネンデニムプロジェクト、シャトル織リネンプロジェクト、リネンキッチンクロス、リネンハンカチ、リネンストール、高密度リネン織物、近江上布柄プリントプロジェクト、リネン藍染プロジェクト、リネンハニカムプロジェクト、しが応援ファンド事業、オーガニックリネンプロジェクト、ネットショップ、海外展示会出展、テキスタイルマルシェ参加など、まだ40歳手前で、先代が亡くなったことで、封印していた自分の理想的な麻織物のものづくりと販路の開拓。古い考えを引きずりすぎた昭和の良い時代の考えじゃなく、自分でやりたいことをとことんやっていくみたいなスタイル。もちろんそのためには既存のお客さんの仕事もこなすことで、やりたいことのための余力を生み出し、新しいことをやっていく。それまで先代がいたことで先代スタイルでやりたくでもできなかったことの、8割くらいは実現できたのではないかと思うし、麻織物の世界というものをとことんに経験することができたことは良かったと思う。単に企画したというだけでなく、自分自身が作業の多くをこなして問題を解決してお金と時間と体を使ってたどり着いた。

普段の仕事でも普通の人が逃げるような作業もおおいけども、プロジェクトを成し遂げて実際に販売できるような生地を生み出すということは、なかなかハードなことだけど、とりあえずいろいろと覚悟決めて動いてみることが大事で、普通のサラリーマンの時間から時間の感覚というのが全くなくなるし、いろんなことが自分がやろうと思えばできる。ものづくりメインでやってはいるけども、多くのそれぞれの分野のプロの方とつながることもできて、疑問に思っていたことなど、一番詳しい方から直接話を聞くことも出来る。とことんやれば3年くらいで普通のサラリーマン職人さんが一生に経験する10倍くらいの経験は可能だと思う。現場の職人さんが織機を直せなければ、自分が代わりに直すしかないし。織れないと判断が出た時には織れるように調整をやってみるしかない。そういうのやったことで、普通だとそれ以上前に進まないものごとが前に進んで、特別な織物の世界が広がる。

若い人たちが、織物の世界に飛び込んでも、なかなか難しいのは仕事に対する覚悟の問題だろうと思う。一番キツイこと、難しいことを自分が率先してやるのが当り前みたいな繰り返し。楽に生きたい、何も考えず幸せに生きたいと思う人が増えれば増えるほど、それを支えるための人が必要になるが、そこを考えない見ないだけみたいな。お金を必要とする宗教や政治じゃなくて、お金を必要としない宗教や政治が必要で。そういうお金を宗教や政治のえらいさんについていって楽になりたい人が増えれば増えるほど、世の中は、荒んで、カルト的や村社会的な感覚に陥って、外の世界が敵になり従わないものは滅んでしまえみたいな。

日本の補助金もなぜ、道義的に意味があるかより収益率重視な指標で判断して、日本の補助金の母体を支えるためのような存在なんだろうか。税金使うなら利益を度外視で意義のあることに使わないと意味がないのになぜか収益率重視で、金儲けばかりに走る企業がさらに補助金で金儲けに加速、政治がモラルがないのは分かるが、ボランティアを美しいとしながら、なぜ、あなたはボランティアをしていますかが加点で、全く真逆な、収益が重視の補助金とか。行政の国民が奴隷で捧げることを求めるようなことしてては駄目やとおもうよ、税金集めてそんなことしてたら、でもそういう感覚というのは普通に多い。

小さな組織なんて現場主義でいいじゃないかと思う。とくにエコとかエシカルとかいう概念では、それがなぜかお金が裏で動くようなルールばっかり。吸い上げたいだけの本質的な問題が日本には多すぎて、自分の命を守るために自由に逃げることができるようになっただけでも、震災のころの感覚とは変わったと思って良かったなあと思う。JALの乗務員たちに従う理由は一番最後に逃げる覚悟のある人たちだから、今回も機長と交信ができないCAの判断でドアが開けられ、機長の指示をまっていると。そういうのも想定して訓練もされていて訓練の範囲内だったのだろうとは思う。

でもそういうマニュアルを作る人が責任転嫁して人の命よりもマニュアルの方が大事でマニュアルをまもらなかったからで責任追及して責任逃れでは一番駄目なやろうと思う。日本の税制がそのていどの吸い上げで、政党や政治家たちが裏金ばかりで正しい税務申告もしいていない。批判しているロシアや北朝鮮と同じ構造を日本の政治家たちが当たり前に思って政治で、日本の政党や政治家もロシアも北朝鮮も同じ構造そのものではないのか。民主主義の根底を日本の政治家が法治国家で法律を無視しながら奴隷階級の国民には手間が掛かりすぎことを強いる。林与は株式会社で消費税は今も納税しているのでそれほど手間が増えることはないけども、内職とかの人が適正納税事業者となったときには、内職仕事よりも納税処理のほうが難しすぎて仕事を辞めるかたも出てくるだろう。ルール作っているのにそのルールが生み出す問題を解決しようとせずに、そのルールができたことであらたな問題が生まれそれをルールを強いられる人が解決しないといけない。
2024年01月03日
責任がどこにとかうんぬんよりも、とにかくあれほどの航空機火災になったのに民間機のほうの乗員乗客が全員無事で、海上保安庁の方は5名亡くなられた残念な結果だったけど、多くが脱出できたことは本当に不幸中の幸いではあった。航空機のほうも機内への火の回りが比較的遅かったことが幸いした。小さい機体の海上保安庁の機体は爆発は一瞬だったんだろう。でも、今、空飛ぶタクシーとか大阪万博でやろうとしているけども、プロたちが管制塔からの誘導や支持も受けながら、こういう事故が起きてしまうのだから、あまり躍起になりすぎないほうが大惨事につながらなくて良いと思う。

1日たって、能登での被害状況が明らかになるに、やはり津波での被害も起こっていたみたいで、津波が原因らしく家や車が流されていたので早期の避難というのは、大げさに思えた効果的だったと言える。地震でほぼ全壊の地域もあったみたいで、それでいて、死者数が少ないのは、避難方法としては今回の対応は結果的にはすばらしかったということのようである。

飛行機で、私も非常避難口の列の座席に過去に5度以上割り当てられたことがある、座席予約までしていないことが多く搭乗がギリギリのことが多いからだろうけど、また、通路側の席を希望することも多いので、他に席が空いていてもその席に誘導されることは多い。非常時の脱出の際には、CAと一緒に他の乗客の避難誘導などを優先することに同意して座るのだけども、そこに座ったときには、手伝って開けるという構造はどういうやり方なのかを頭で想像しながら飛行機が飛び始める前の時間は考えていたりして、万が一役目がなるべくうまく果たせるようにと思う。一度、他の外国人の方が避難口付近の席とその方の友人が私のとなりの席で、私の席とその方の非常避難口の席を交換してほしいと頼まれたことがあったけども、そのときはその方が同意されて座られたのだから、勝手に私が航空会社との同意もせずには席を代わることは良くないと判断して断ったこともある。

今回の飛行機事故は、内部が燃えはじめるまでに時間の掛かったタイプの事故で、当たり方によっては民間機も海保機のように一瞬で炎上の可能性もあっただろう。事故も偶然の要因が重なって、普通だとありえない状況が生まれ起こったのかもしれないが、民間機にとってはまだ不幸中の幸いと言えば幸いの、奇跡的に全員の命が無事だった事故。例えば待機位置をC1をC5と聞き間違えたとか、滑走路上にいた海保機が小さくて暗くて見えにくかったという要因があったのだろうけども、結果的に民間機が全焼するような事故でその前に全員が脱出できたことは不幸中の幸いである。海保機のほうは機長を除く6人中5人が死亡ということで不幸な結果になった。管制塔の指令なども記録されているので原因が何かははっきりと分かるだろう。海保機の機長も重症のようではあるが話せる状況ということで原因は究明されるであろう。

だれも悪気などない事故で、。認識ミやや失敗があったとしても隠さないで事故原因も究明され公表となれば、人間というのは完璧でもないしミスがあることを考えると、ミスを犯した一人の人間の責任として、全責任がその人にあるというよりも確率的には起こりうる事故として個人の単純なミスを問い詰めすぎないほうがよいようにも思う。医者とかパイロットかだと、専門のことに関しえてはとくに凡人をはるかに超えた正確さが求められるんだろうけども、たとえば、将棋の藤井8冠でも悪手を指して負けることはある。

個人よりも組織が組織としてこういう事故が起こったときに業務を提供するものとしてミスしたものと同じく責任を連帯して感じることができる体質というのは大事だろうとは思う。個人が責任半分なら組織が責任半分とかの意識は大事だろうと思う。つねにスポーツ選手の演技でも、10点満点という演技はやはり人間には要求できず、10点満点を目指しながらも、プロとしてなら9点とかのあたりが現実的で、10点満点の演技は、それは不可避な部分。それはある程度通常の業務で日常的に起こっていることで仕方のないことでもあったりする。

林与も織物の仕事で問題に行き詰まるときが多いが、問題や失敗の原因の究明というのは非常に大事で、問題や失敗をした人がそれを自分で見つけ出してくれると一番次から問題が起こりにくくなるのだけども、問題や失敗の原因を究明するのが作業している現場の人でなく、状況も知らない私であることが多く、そのときに、どういう状況でその現象が起こったのかを正しく説明してもらえないと、正しい原因にたどり着くことが出来なかったりする。私がやると問題は起こらないが他の人がやると問題が起こるとか、同じように本人はやっているように見えてもやり方が異なってしまって問題が起るのである。結局は、ヒューマンエラー的な要素が問題を生んでしまっていることが7割くらいだろうか。織機よりも働く人の物事の考え方とか従順さが作業方法にも出てしまうので、言われたことに従える人というのは理解力も高く能力が高い人だなあと思う。織物の作業って、林与の場合でも基本一つの失敗の少ないベストのやり方を採用していて、途中での確認作業なども非常に多く、普通に誰でもができるような仕事ではないなあと思う。
2024年01月02日
誤報、夜中に震度7の地震が起こったと発表されそれが誤報だったということで、その悪意もまったくない気象庁の誤報に対してメディアがなぜそんな手違いが起こったのかを問い詰めるような記者会見。本当にメディアというのは災害時に平和ボケそのもので、地震が来るのを予期して供えるためなら誤報が起こるのも仕方ないのに、責任を追及して謝罪させようとするような、マニュアル的な考え方。そういうのが本当に駄目な考え方で、最善を尽くしてやってる人を、安全な人たちが最優先の対策に時間を使わせずに問い詰めて時間の浪費。

最初の地震の時にも、地震がこれからくるのを携帯電話が知らせてくれただけでも、すごく良かったのではないだろうか。たまにそういうのに誤報があったとしても、人々の命を救うためにくだらないことやっているよりも、地震や津波が来そうだからすぐに逃げてというのを知らせるほうが良いだろうと思う。原発事故や列車事故などでも、警報装置が働いてなっても誤動作だと人が判断しないといけないようなことがあって、それを切ってしまって、運航して実際に事故が起こることがある。その裏には、優先順位が間違ってしまってそういう判断に至るのだが、人々の安全以上に、マニュアル的なことが勝ってしまったときにはそういうことが逆に個人の責任を問い詰めて起こりやすい。

まともな感覚というのは大事だろうに、記者会見の記者などは自分たちが大きな問題を抱えていることを分かっていない。人々はそんな誤報の理由をしるよりも、そういう誤報があっても人の命を守ろうとする気象庁であってほしいと思うの。それが防災という概念で、意図的な間違いでなければ逃げ遅れないためにもそういう早期の発表は大事なのである。システムが災害が起こったと判断するような場合、人の命にかかわることなら、後で誤報だと叩かれるの心配して流さないよりは、とりあえず発表するということも大事だろう。よく政治家がそういうのやってしまって、今度はそういう失態を隠そうとしておかしなことになってきたのが今までの日本。失敗もあるということを受け入れることも大事で、隠さずにみんなで議論してゆくためにも、情報というのは公開され共有されるべきで、報道機関がその逆の姿勢で責任を追及ばかりでは、人の命を最優先するような姿勢もない。

私自身も最初の地震と違ってまったく地震を感じなかったので誤報を疑ったが、発表した人たちにしても同じに思ってすぐに間違いを訂正で、正常な判断としてものごとが進んでいて、そういう姿勢というのはたとえ誤報につながったからといっても、問い詰めていては仕方ない。大津波警報も、津波の被害がそれほどなかったから、それを失敗だと問い詰めるのではなくて、みんな逃げることが最優先という一丸となった考え方を持つことが大事で、それに手順やマニュアルなど必要なく、今、火事の問題もあるけども、仕方ないとあきらめて消防士なども消すのが難しいと思えば、消火活動を諦めて、落ち着くのを待つという判断も大事だろうと思う。自警団の人たちがあのほのう立ち向かうとなると絶対に無理で、自警団レベルは自分たちの財産的なものはとりあえずあきらめて命を守ったほうが良いだろうと思う。水門を閉めにいった自警団員が多く犠牲になったのが東日本大震災の大きな悲劇で、諦めるものを諦めて逃げることも大事。

こういうのを教訓に、あと見直さないといけないのが、市街地区域とかの概念、やたら密集させて火災などには非常にもろい都市計画となる。古い集落も同じ問題を抱えている。新しく建てる家にしても、一件の家の面積を160平米以下に縛ってしまうのは、固定資産税が3分の1となるなども、あまりにも、国民が豊かになることを否定するような政策で、そういうのが田舎にも適用されてしまう。田舎も必然と、狭い面積のところに家が建つので新しく建つ家も隣とが50cm+cmしか離れていないとか。昔よりは、壁と壁を話す努力はしているのだろうけども、そもそもの広い場所に住むのを許せば、人々はより安全に暮らせるのに、縦割りで固定資産税収入のことばかりを考えていては人々が安全な住まいを選択しにくいバックグラウンドがある。狭い家をつくると、2階建てにして、階段がすごく狭いとか旧だとか、むりやりロフトとか。ほんと新しい家にしても無理ばかりを詰め込ませ強いる。建築基準法を国民に強いるばかりではなく、国レベルが国民をさらに縛ることで解決ばかりを考えていないで、安全な居住空間づくりを考えていくべきだろう。人々の精神面での健康にもつながる。
2024年01月01日
地震が起こった、揺れでの倒壊のほか、大津波警報が出され、東日本大震災の教訓を生かし、とにかく自分自身の安全を大事に高台に逃げてくださいと、いわゆる避難優先で、火災など起こっていても行政も自警団なども一斉に避難するような形。マスメディアなども取材のために中をあまりうろうろすることもなく、地震で被害者を最小にするために高台への避難という避難対策。

適切に思える住民に対する避難誘導がとられて、あの揺れの規模から津波で多くの命が奪われるのを警戒しとりあえず逃げるマニュアルに縛られないスタイルに変わったのを感じる。報道機関にしても報道優先ではなく立ち入らないようにしながらの報道体制で、取材や記者会見優先ではなく国民の命を守るための報道体制が取られていてるように思う。

九十九湾では船の沈没が確認されているというが、たぶん、津波の影響だろう。だが、船の持ち主も逃げて人々は安全ということなら、人々が船を守るために立ち上がるというような行動には出ないほうがもちろん良いだろう。本当の大きな災害時に、一つの方向性で日本中がまとまっているのがよいあたりで、大きな災害時にはこういう形が自然で一番良いのだろうと思う。

津波が来る可能性があるという大事な情報が伝えられたのもよいことで、昔の日本なら人々をパニックに陥れるということでそういう大事な情報は伝えられなかったりもした。今はそういう情報も行政が報道機関に封じることもなく、あぶないからめいめいが早く逃げろという普通の行動がとれる社会に変わったと言える。こういうのが災害時には大事なことなんだろうと思える。

災害に比べれば人の力の小ささみたいなものは歴然としていてすべてを放棄して逃げることも大事で、現場に人々を放り込んで誘導や対応をさせるとかよりも、諦めて全員が逃げるということが大事だろう。一番自然な無理のない方法で命を救うことが大事で、自分自身がその場の状況を判断できることが災害時には非常に大事。災害時、非常時、緊急時には、ルールや方法よりも結果が大事だから結果優先での判断と行動が大事だろうと思う。

東日本大震災では、防災無線や広報車や消防車が、津波が来るということで高台への避難を呼びかける中で、逃げた子を校庭に呼び戻したり、子供を学校に引き取りに来た親に落ち着いてとか、校庭に40分もそのままで、避難場所にしても川沿いの場所を目指したなど、教師の判断が甘いというよりも、組織として、防災に対するマニュアル的な意識の甘さが出てしまった。犠牲になったのはマニュアルを守らされた側で、マニュアルを作った人たちは想定外だったというありきたりな逃げ。津波がくるまで、防災無線が大津波が来ることを伝え高台に逃げろと言っても、時間が何十分もあってもその意味がわからないというのは現場の教師の責任というのではなく、日本社会の問題。今回の地震では、そういった古い日本的な体質が人命重視に改められたのを感じ、避難ルールに縛られることのなく個々が逃げることが許されるようになった。体制や組織的重視の考え方から、人々の命を守るための現実的な防災意識へと大きく改善したと思う。
2024年01月01日
あけましておめでとうございます。新しい年が始まりました。

10年前にはできたことが、10年経つとできなくなってしまっているのが今の日本の繊維業界でありがちなことで、古く長く続いてきたことでも時代に合わなくなり消えて行くのは仕方のない側面もあるのを感じ、地道な作業の積み重ねではなかなか成り立ちにくいようなことではありますが、そういう地道な作業を大事にしするようなことが、自分の力の限界なども常に感じ、平和な世の中につながるのではなかろうかと考えております。

何十年も昔の昭和の時代の織機が今も動いていたりと、それは織機があるからというよりも慣れているからというよりも、毎回毎回の仕事で乗り越えないといけないことが多く、作れる量も本当に限られているのでお待ちいただくことが多くなりすぎ、受注も控え気味にしないといけないような状況にはありますが、日本の麻織物の本場といわれる近江湖東産地のものづくりを地道な作業の中から生み出して行きたいと考えております。

ハイテク素材や、複合素材は今はほとんど使うこともなく、シルク麻織物屋綿麻織物も今はほとんど生産することなく、林与の生産キャパは手間の掛かる本麻、リネン100%、ヘンプ100%の生産がほとんどで、以前よりも生産量は生産スタイルや生産キャパの関係で少なくなってはいますが、麻織の本場らしい特色の濃さは残せているような自負はあり、この一年もいくつかの布を追われて苦戦しながら作っているだけであっという間に過ぎてしまうのだろうと、でもそれが機屋らしくていいんじゃないかと思います。いろいろな要因で、数年後には、どんどんと麻織物を作るも難しくなっていくとは思うので、できるうちに動いて作っておきたいなあとは思っています。

林与

2024年元旦
2023年12月31日
近江上布の柄をリネンにプリントで再現したストールも今はサンプルに残っているだけでほぼ完売になってしまい、10年前に簡単にできたことが今は、糸からしても織からしてもプリント工程にしても、実績のある過去にやったことすらもがやって成り立たせるということが難しいよう状況。あのクオリティのものは今作ることは本当に難しくなってしまっている。

自社のストールではないのだけども、問屋さんが林与がストール生地を作っていることを知っていて、林与自身簡単なことではないので、白いストール生地は販売できるけども、後は問屋さんが自分でやってくださいということで約束してやり始めたのだけども、結局やり始めるとまったく経験のない問屋さんには無理な話で、結局、林与がストールに仕上げるまでの工程を作業を引き受ける形になり、問屋さんにしてもまったく素人がつくることがむりな話なのは、よくわかられたと思う。作ることが無理というよりも、よくそんなあいまいな状態で仕事を進めようとされたのかが怖いくらいで、1工程の間違いで失敗して最初からやり直さないといけない話になるという怖さを経験されておられないから。

お金の問題じゃなく、本当に仕事がとん挫するようなことが一番ヤバい話で、普通にそういうのは起こりがちで問屋さんの頼めば他がやってくれる気分の仕事ではものづくりというのは頼んでお金を払っても問題ばかりが付きまとう。結局、その問屋さんも廃業されて代金の改修も難しいという話で、ブランドさんは販売は出来ただろうけども、作った林与にはお金は入ってこない話で、プリント工場にお金がちゃんと入ったのかどうか心配な話。プリント工場とも話をされていたのが、問屋さんだからきっとプリントの代金の支払いなども問屋経由だとプリント工場も被られてしまったのではなかろうかと思う。

白い生地の約束だけでなく、プリントまで弊社で引き受けて仕事をしていたら林与はプリント代やデータ作成費用までも被っていた話で、プリント代というのは非常に高価なので、3倍くらいの被害になっていただろうと思う。プリント工場には気の毒な話。後でどんどんと話が変わっていくような企画というのは、もめたくないから釘を刺していうのだけども、安くしたいから自分でやるといわれるもののいざやろうとしても問屋さんでは無理なことがほとんど。今の林与が、問屋さんとの仕事を減らして生地を買って使われる業者の方と直接仕事をするのはそのあたり。

林与のリネンストールというのは、シンプルに布に見えるようなものが多いがそれなりの生地としての本場の麻織物としての完成度があって、それは私自身のこだわりだったりする。自分自身がちょっとよいなあと思えるような布でないと好きじゃなく、町の生地屋さんでみる麻生地と比べてももちろん、良い感じでしかも染、加工、物性など品質的に高くないといけないと思う。町の生地屋さんやおみやげ物屋さんの麻生地というのは、海外で安く作ってるケースも多く、見た目はかわいくても染料の問題や加工の薬剤などのプロが心配するような消費者が使用されるときの安全性をクリアできているのかどうかが不透明。エシカルやオーガニックを謳っていても海外のリソーサーから購入してるだけとかで、騙されていたとしても仕入れ先のリソーサーの問題というだけで終るような大手のエシカルやオーガニックの意識では駄目だろうと思う。林与の場合には謳いと違うもので対価をいただいたなら、問題があるならもちろん返品を受け付ける覚悟はある。そういうのが昔からの日本の繊維業界の信用だったとはおもうけど、大手のものづくりがブラックボックスになりがちな今の日本の繊維業界の問題にもつながると思う。
2023年12月31日
アベノマスクは、最後、8200万枚が残ってその管理費用が1年6億円とか、あほみたいな国の話そのもの。ひとり1枚分のマスクも備蓄しようとしないで、災害対策とかむりやろうなあ。コロナ当時もなぜかマスク不要論でフェイスシールドが有効とか、政府の見解も思い付きみたいなことばかりで、逆にコロナ感染を助長していたところがある。

各家庭で布マスクをつくって自己防衛しているのが悪いことのように言いながら、日本で海外のような大きな惨事に至らなかったのは、自己防衛意識の賜物。医療関係者でマスク有害論を流していた人たちもいて、あとでわかることになったのは、マスクは効果的だったということ。そしてGOTOをやって、蔓延を国が広げたわけだが、広がるという想定はなかったとか。国のやることがやったら駄目なコロナ蔓延政策だったわけで、一般の人の自己防衛が国民の命を守ったということ。

しかしながら、のど元過ぎれば熱さを忘れるみたいな、国民に伏せて何百万枚単位で発注生産して10倍以上の値段で取引された海外マスクであろうが、ほとぼりが冷めると、在庫はゴミみたいな感覚、そういう風潮だからマスク不足も起こるわけで、8200万枚って、幅40cmX高さ50cmX奥行60cmのひと箱3000枚とすれば、3万箱くらいだろうか、コンテナ換算、一つの2350mmX2350mmX12000mm40フィート12トンコンテナに5X4X19箱380箱入るから、80コンテナくらい必要ということ。新品のコンテナ一つ、80万円くらいだろうから、6400万円で1億もあれば10年20年でもいざという時のために保管ができる想定。同じように、不織布マスクなら体積は少ないので、一つの箱に1万枚として、8200箱なら、25個くらいコンテナがあれは一人1枚分くらいの話で、1億円で一人3枚分のマスクが確保できる話になる。とりあえずの将来に備えて。そういう考え方はしないのだろうか。不織布マスク1枚1円未満で手に入るから、マスク代金は3億8000万枚で4億円で購入できるだろう。5億円で将来に備えることができるのに、なぜ、そういう対策を講じようとしないのだろうか。中抜き的でなく、儲からないからやらないのだろうな。

備蓄品のなかにビスケットとかのほかにマスクも必要だろうから過程で備蓄するのもありだろうと思う。今の手に入るときに10年分くらいを。でも、国としての対策というものも必要で、非常時に一人3枚くらい配れるような準備をしておいてはどうだろうか。行政の職員だけでもそれくらいの量は必要だろうし。コロナでの経験を活かして、防災対策は必要だろうと思う。お金を掛けないことが大事で、国レベルでまとめて購入し管理をほとんどする必要がない状態に維持することで、コストも抑えられるし、無駄な会議も決済も必要がない。何百億円も掛ける必要はない。
2023年12月29日
日本の繊維業界で丁稚奉公や野麦峠というのは搾取のようにいわれるけども、親が働いても食べ物も満足に食べられない貧農の子供や娘さんに、食事や生活以外に仕事や教育の機会を与えられたのは、国や親以上に、面倒を見る覚悟があった苦労して成功を収めた業者の人たち。今、日本中にあるコンビニというのは、365日24時間の責任、それは独立事業者だからと問題ないが、それは野麦峠を超えている話なのだ。最初に1000万を超えるロイヤリティーを取って24時間365日で、もしものときには寝る時間もない約束をさせられる。

林与の場合は、親がそんな感じで、親は地道な作業も嫌って、すきに自由な人生でそのしわ寄せを子供が解決するのが当たり前に思ってるようなところがあって、子供のころから、あなたを生んだのはお父さんを助けるためとか、一人じゃたりないから弟も生んだとか。親にしてもそんなもので、外の世界の人のほうが、人間味もあって理解もあったりはする。自分たちが働きたくない親がいて、自分たちが生きてゆくのを支えさせるために、田舎だとそういう感覚が蔓延してしまっていて、そういう思想というのは田舎の中で働いても食べていくのも難しいという問題にもつながる。

そういうことを言っている親というのは、嫌なことは全部子供にさせて自分が指図していることが親の役目みたいに思っているが、自分が自分でやらないといけないということを分かっていない。戦争なんかでも、年配者が行けば良いのだけども犠牲になるのは若いものばかりで、戦争を指示している年配者たちというのは安全なところで。国家にしてもそんなもので、地域社会でもそういうことが平気で行われていて、若い世代をそういうものから解放することは大事だろうと思える。昔的な体質というのは本当に駄目で、そういうのに縛って正しく生きているというような感覚だと、自由に好きに生きたいものが指図してアンバランスを生み出してしまう。

女工さんたちはたぶん、田舎の農村で働いても食べるものを満足に食べることも出来ない貧しい暮らしよりも、普通に起きている時間、重労働でもなく単純作業で働けば3年で家が建てられるような待遇というのは憧れだっただろうと思う。でも国とかは、そういう貧しい食べても行けない状況に追い込みながら救いの手も出さずに、救われようとするものが自分たちよりも待遇がよいとかをうらやみ、貧農の娘が公務員である自分たちよりも収入があるのはおかしいという身分社会的な感覚はあっただろうと思う。今もそういうのが続いていて、早くそういう官僚社会的な身分社会制度意識を改めないと駄目だろう。なぜ公務員は支配階級で国民じゃないのかという身分制度問題も大きな問題である。法の下というのをしきりに強調する公務員たち。差別的な法を意図的に作って自分たちが支配階級的にいたいというのがあって、同じ公務員でも国家公務員が一番上で、県職員、町みたいなヒエラルキーを作ってしまって、その下に国民を置こうとしているが、それは江戸時代の身分制度的な感覚。

差別問題に関しても行政がなぜか悪いのは国民の意識であるかのようにいうが、身分制度や差別的な法律を作って強いるのは国民ではなく、そういうヒエラルキー構造で、そういう駄目な意識を行政の中から正して行かないと難しいのだろうが、どの政党を見ても、そういう構造が蔓延していて、まともな若い人たちの考えというのが通らず、分かち合うという精神すらもがなく、一生国会議員でいたいような人の集まりでしかない。能力の高い若い者たちに譲っていくということは大事なことだろうと思う。今は、年金問題にしても、生まれてくる赤ちゃんたちが問題解決する立場かわいそうすぎる。歪んだ法律を生まれた時から正しいことみたいに生きてゆかないといけないこれから生まれてくる世代。少子化問題をなげているくらいなら、自分たちが問題を解決するべきだろう。現代の野麦峠の一部で本当に駄目すぎる話。
2023年12月29日
リネン糸の価格はさらに上昇するだろうという予測があり、糸商さんももうあまり糸を仕入れるのが難しいような状況になりつつあり、来年は、リネン製品が店頭から大幅に減るような林与の予想。林与が25年前に海仕事に就いた時の日本がバブル期のヨーロッパで紡績されていたリネンよりも、今の中国紡績のリネン糸のほうが糸1kgあたりの価格は高かったりする。

アイリッシュリネンというのはもうほぼてにはいらないといわれた私が仕事についた1990年代後半くらいからもうまた四半世紀25年経ってしまって、林与に残っているアイリッシュリネンというのは1970年代のもの。アイリッシュリネンの糸というのは世界でも多分数トンしか残っていないのではないだろうか。在庫が悪のように言われながら、50年以上も糸を使わずに抱えているような麻機屋が世界にどれほどあるだろうか。

日本でも例外なく、優良企業というのは在庫ゼロみたいなスタイルが普通だけども、そういう考えに陥ったから日本のモノづくりだけでなく日本経済が責任逃ればかりの風潮になって、身軽く身軽くで、アンサステイナブル、アンエシカルなことばかりになってしまったと思う。麻業界の中に私もいるけども、普通の感覚とは全く違う感覚でいたりするから意味があるんだろうと思う。

林与がアイリッシュリネンを安売りしないのもそれが本物だからで、本物が残っていた1970年代に北アイルランドで手に入る最高のリネン糸を手に入れたのが、今も使わずに価値を感じて残しているだけのことで、日本の麻業界では有名な当時アイリッシュリネンが実在してたなかでも最高峰と呼ばれたような糸だったりする。当時のリネン糸1kgというのはフェラーリ1kg当たりよりも高いのが普通だったりして、手を出しにくいような世界そのもの。
2023年12月26日
11月に奥田染工の社長が44歳で急遽され、捺染の世界なので分野は違えども、境遇的に似ているようなところがあったりもして、それを感じたテキスタイルツリーの成田さんが、奥田さんのことを教えてくださり、京都でテキスタイルマルシェがあったときに、大阪出張の帰りに五条のひなやさんで最初に出会ったのがきっかけ。その時は近江上布の柄を広幅で再現したいという考えがあったので、それを相談してみるも奥田さんの工場では難しいとの判断でそのままだったのだけども。

そうしているうちにテキスタイルマルシェ参加のお誘いがあって出展し始めると不思議にいろいろとつながりがあるのが、月島でセコリ荘をやっておられた宮浦さんが一緒にいろいろと活動されてたのが奥田さんで、SNS感覚での繊維業界へのアプローチみたいなのは、自分たちが自分たちをプロモートしていくみたいな考え方。

新宿伊勢丹婦人雑貨売り場であったテキスタイルマルシェでは、二宮先生とのお出会いがあって、二宮先生というのは若いころに奥田染工の先代に染色のことを教わられたとのことで、その二宮先生に、近江上布柄を広幅で再現するプロジェクトで、捺染をやらないといけなかった時に、ゴールデンウィークの日に午後からはん4時間ほどで、実践的な捺染の基礎を教えてもらい、染料や助剤などの具体的に必要なものも教えてもらって、近江上布柄の広幅絣プロジェクトは、出来たりもした。

奥田さんとはお仕事では1度依頼をしたことがあって、それは普通はプリントでしかできないような柄で、50mの本生産なのに、まずできるかどうかのテストプリントなどもやってもらって、仕事というよりもデザイナーさんがつくりたい柄だったのでそれを一度やってみるという思いで、そんな手間ばっかりが掛かる仕事だったけど受けてくださった。

八王子の工場の現場に行ったときにも、トタンで囲まれた奥田染工は、入口が分からない。トタンの周りには奥田染工の看板もなにもなく、トタンの中に入って中にたどり着くと、そこに奥田染工の現場があった。昭和の雰囲気でいろんな古いものが残っていて、なかなかこれを少人数で切り盛りしてゆくのは大変だろうなあと思ったが、そのときも若いデザイナーの方がおられ、自分で作業して自分のコレクション用のプリント生地を作り上げているということをやっておられた。

展示会などでも、奥田さんというのはユーモアがある側面、理論派的なところがあったりもするので、普通のビジネスライクな業務的なスタイルじゃないので、林与のところに来てくださってずっとしゃべっているみたいなことも多かった。宮浦さんの糸編主催の合同就職説明会みたいなイベントの時も、文化服飾学園で先生もされていたので、会場に来ていた教え子の女の子で、その女の子をこの子は根性あるよとお薦めしてくださったりで、かなり魅せるタイプの生徒さんだったので地味な現場に合うんやろうかとかざっくばらんにその女の子も一緒にみんなで話をしたり。

他に、八王子で蒸器のでものがあって、それを軽トラで引き取りに行くことにしたのだけど、積み込むのに人手が必要で八王子と言えば奥田さんて、奥田さんに手伝ってもらえるかなあって頼んだら快くスタッフの方も一緒に手伝ってもらったりとかで、謝礼も払うつもりで用意もしてたけど受け取ってもらえずで、ファミレスで好きなものを注文して食べてもらうだけみたいなこともあった。

しっかりとしておられたので私と同じくらいの年齢化と思いきや10歳ほど若かったというのも、やはり若いころに先代が亡くなったことでしっかりと若いころから自分で物事を判断して成り立たせてこられたというあたりが、当たり前の強さみたいなものだったのだろう。

先日、糸編の宮浦さんから電話を久しぶりにもらって、宮浦さんとマブダチ同士みたいな奥田さんが亡くなられたことも気がかりで尋ねると、私もやることだらけで身動きが取れないことが多いけども、何か林与ができることがあればみたいな。奥田染工さんにレピア織機が入ったようなブログ報告があったので、そういうので困られたら助けられるかもですのでスタッフの方に伝えといてくださいと。

いろいろと作業に追われてしまって、プラスアルファのことができていないような、やれるときにやっておくしかないんだろうなあと思って、3月のFABRICa NIPPONのイベントへの出展も今の林与の状況では無理だと思って見送りを考えていたが申し込んで、無料手織り体験を実施することに。主催の方に迷惑は掛けないようにいろいろと私のやろうとしていることもOKの返事いただけ申し込ませていただいた。会場への入場に年齢制限もないとのことで、ご家族ずれでお越しいただいても一般の方も入れるとのこと。

ものが売れる売れないよりも会場に来た人が楽しめて盛り上がるとうれしいなあと思う。これは手織り体験を今まで10数回くらいはやって来て、無料で気軽に超簡単な手織り体験を楽しんでもらおうという試み。自分が織っているところを見てもらうじゃなくて、自分で織ってもらって経験してもらうが大事で、だれでも簡単で楽しいと思うし、織物に興味をもつきっかけになってもらえれば良いなあと思う。

宮浦さんが林与のスタイルが好きだといっていただけるのもなんとなく似ているかもとおもうところで、セコリ荘や奥田染工さんって林与の感覚と似ていてそういうのがいいなあと思っている。小さなお子さんが夢中になって初めての手織りを体験してお母さんがもう終わりにしようといっても、もっと織りたいと思ってくださるとか、感無量。そういうとことんまでやりたい感覚が日本の繊維業界を支えるための本質的なところではないのかと思っていたりする。
2023年12月23日
林与ですが、現在、生産キャパパシティの関係で新規のお客様のお仕事をお受けすることが難しい状況にあり、手持ちの生地を販売するイベントへの出展y予定となりますが、2025SS FABRICa NIPPONというイベントのマーケットゾーンに出展し、麻生地やリネンキッチンクロス、リネンハンカチ、リネンストールなど販売いたします。加えて、現在主催の方とも調整中ですが、手織り織機を1台か2台持ち込んで無料手織り体験を実施したいと考えております。繊維関係の方でも手織りを体験されたことのない方も気軽に体験いただける、かんたん無料手織り体験で、家族連れで来られても子供さんが手織りだけでも楽しんでもらえたらなあと思っています。

(ビジネスゾーンではなくマーケティングゾーンでの出展となり今回は会場での商談などは一切できません。商談や新規の案件の相談をご希望の方は別途、20日の準備日か、21日、22日の夕方以降、あるいは23日でしたら会場以外の場所になりますが、アポイント取っていただけますと対応が可能です。現状、生産が必要な案件に関しましては新規のお話の場合、最低でも具体的な企画が決定後6か月程度のリードタイムが必要な状況です。ご対応いただける業者さんのみとのお取引になります。)

もう一案件ですが今回のイベントを手伝てもらえる方を1名募集しております(2日間)。繊維業界に興味があって自分でいろんな経験を積んでみたい、業界の現実的な話をいろいろと知りたい方には、日本の布の業界を支えておられるような方々との出会いのチャンスだったりはすると思います。興味のあられる方は、お問い合わせフォームからご連絡ください。


■イベント名:2025SS FABRICa NIPPON
■会期:2024年3月21日(木)~22日(金)
■会場:東京都立産業貿易センター 浜松町館 4階北
■主なスタッフ:オーガナイザー  (有)Kラボラトリー/兼巻 豪
コーディネーター  STUDIO WIZ/久山 真弓
2023年11月26日
日本の繊維業界のサステイナブルを考えてゆくときに、日本の繊維業界にありがちな階級制度的な感覚をまず消さないと無理なのだけども、階級社会構造の中に居られる経営者や社員の方だと、うちのやりかたはこうなんでとまさに、階級社会構造で一方的な契約ばかりが普通。エージェントが絡むと余計に一方性が加速するというのが繊維業界の特徴の一つで、海外の展示会でもエージェントの方にモノづくりとはブランドが買うか買わないカモ分からない話なのに、一方的に作る約束を強いるのはそれがまさに階級社会主義的。発注する側が都合よく利用したいだけなのかという問題がサステイナブルの問題で、問題があったらどうするのかというところすらもが議論もない。

ものづくりに問題はありがちなのが分かっていないと、新しいものも作っていくことも難しいのが当り前。都合よく最高の物を手に入れたいみたいなのはそれが本当に無理なのが何十時間とか何百時間を使う世界がうらにはあって、1mいくらとかが必死な世界というのが、寝る時間も普通の半分に追いやるようなことでは駄目ではないのかなあと、日本の繊維業界のモノづくりの調整的なことも、世界的な問題の縮図的なのが実は、日本のグローバル的なサラリーマンの世界を外の世界の犠牲で成り立ってにるのが日本の大手のものづくりにありがち。

先日、糸を紡いでみて感じたのが、これはできるようになったとしても根気の必要な作業だなあと。慣れるまでにどのくらいの時間が掛かるだろうか、たぶん、1週間くらい本格的にやれば手が糸を紡ぐのに慣れて道具になるだろうか。最初の1回がちゃんとできたとは思えなかったけども、最初の1回目で挫折すると次にうまくできるということはあまりないので、早めにクリアするべきだろうと思うが、他のことが手いっぱいで、次のチャンスは1年後とかのイベントのときになってしまうんだろうと思う。ものづくりに基本上手下手はあっても階級的な感覚は必要ないと思う、分業的な感覚というのもなくてもよいとおもう。初めてのでも本気の人というのはとことんさえやれば経験者以上に上手にできることも多く、切っ掛けだけをもらえばあとは自分次第のことだろう。織る作業よりは手紡機で均一な糸をつくるというのは高度だなあと思えた。羊の毛から繊維を取り出す話も聞いたが、国産の羊の毛が手に入ったからと言ってそう簡単に糸になるわけじゃないという裏話を聞いて、普通に絶対に無理に思えてしまうような話だがそういうのをやっている人がおられることがすごいことだなあと思う。
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