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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
アパレル以外
2020年11月28日
せんば適塾でも、ブースが裏合わせだった妙中パイルの社長さんとお話をしたときに、繊維というのはアパレル以外の資材系に使えるのだから、そちらが今はメインの仕事ですということと、印象だったのが一貫生産的な部分。青野パイルさんも同様に力強く動いておられる感がある。

麻織物と比べるといろんな技術的な要素の組み合わせが要求される感があるパイル織物。ブランケットのようなタッチのものが多く、麻織物とはまったく逆のテイストで、いろんな工程や技術の結晶的な部分があって、なめらかなタッチやボアなな世界が広がる。

私が感じるのは高野口の方々の奥の深さみたいなところで、研究熱心で地力的なところで商売人じゃなく持つところを大事にされているような感がある。私自身もよくいわれるのが売る気がないでしょうというような話。お客さんの要望を聞いてOEM的にできる限りを尽くすみたいな精神というのは、本当に日本的だなあと思うが、それはブランドのできる限界とかを当たり前にと超えているようなものづくりの対応。ブランドチックな対応だと孫悟空の世界で、お釈迦様の目線的なブランドの面倒もみるような世界がないと地道な繊維業界は成り立たない部分がある。

高級ブランドが地道そのものの世界に支えられて成り立つという現実は、なぜブランドが高級になりうるのがという部分に通じて、創業者レベルでないと分からない。広告宣伝費を使うからとか、高級ブランドにあこがれて働きたいとかじゃなくって、それを立ち上げていくような精神こそが高級ブランドの肝で、それを支えるのは自分自身の人生観で、他を食うじゃなく自己犠牲の部分そのもの。

人として顔の見えないとか熱い思いのない高級ブランドにはまったく意味がないと思うのもそこで、繊維の世界の常識として安い世界を化かすことをやったら、バッタ物と高級ブランドが同レベルになって、ダメだろうと思うのもそのあたりで、ただロゴがついているかいないかだけで実質、中身が同じで、違いが本当にあるのかという世界。それは私が一番駄目だと思うラベル商売的なブランド思想。

結局、OEM的な生産になるると、誰が実際につくっているのかの話で、他のメーカーがつくるものを仕入れて、それにラベルがついているのかついていないのかだけのことではないのかということにもなってくる。模倣品というけども、安く作って化かしてしまっているのがブランドなら、それこそが高級を謳うブランドがまさに消費者騙しだったりする。そういうところから直していかないと繊維業界の高級ブランドそのものの消費者に対する偽装そのものもなくならない。

1割のコストでつくって、10倍に化かすのが、世界の繊維業界の流れ、バッタ物との違いが、ラベルがあるのかないのか、バッタ物にラベルがついただけのブランドではダメだろう。中国に行ったときに、有名ブランドのロゴをつけたシャツが売っていて、いい工場だなあと思ったけど、自由に名前は付けられるといってたので偽物製造業者だとわかったが、ブランド自身がそういう発想でOEM生産をしているから、単に偽物もブランド物も紙一重だけという世界なのだろうと思う。高級ブランド自身が安い物づくりを求めてばかりで、消費者を騙してどうするのだという話。

ニューヨークの元気にしてられる日本のコンバーター的な方がニューヨークの高級ブランド向けに扱われているのが1m4ドルから5ドル程度の生地。それが本当に日本製なのかも微表な話で、その方が介在することで日本製生地の世界となるけど、まさに中国製生地の転売されるだけの価格だったりするのが海外での高級ブランド向けの日本製生地の価格帯。高級ブランドが取り扱って大きく動いている日本製生地が本当に日本製かどうかも微妙な話で、それが本当に日本製で、1mが日本製だとしたら安すぎるくらいの10ドル、15ドルだとしても、そのマンハッタンの摩天楼でのビジネスも難しいだろうの世界に思う。1mが2ドルの生地なら4ドルとかでもニューヨークに持って行っても十分に普通のビジネスとして成り立つ世界だけど、日本人が日本のイメージでやってるけど、本当に日本製の生地なの?の世界。