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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2012年2月
リネン日記:26
2012年02月06日
今日は午前中、就職を考えられておられる方が会社見学にお見えになられました。午後からは生地の問題があったということで検査所と加工工場に行って問題の原因の調査を行いました。検査所では想定される要因のアドバイスを受け、加工工場などでも工程に問題がなかったなど念のために調べてもらい。原因は凡そですが絞ることができました。

別件で、加工工場さんでは、先日、お渡ししましたキッチンクロスが加工からあがったようでテーブルの上で縫製工場行き待ちの状態になっており、キッチンクロスの色によって長さがかなり違うとのことで、そんな筈は…。シャトルで織ったものですのでテンションの強さ加減で、長めにあがったり短めにあがったりすることも多いのです。反末の引っ張れた状態での比較で、反物のはじめと終わりというのは不安定な場所なのです。

織物の落としや検査試料断片というのは、反物の真ん中を取ることはないので、本来、反物の検査の意味もないことが多いのです。そういう経験から、林与では、検査する断片は、1番目の反物の頭や一番最後の反物のお尻からとるのではなく、一番目と二番目の間で取ったりするように注意しています。

機屋さんなどでも検査の数値が悪くて困られているケースが多いかと思いますが、検査断片を反物の端で取っているからで、あまりに不自然な数値が出たときには、反物の3M中のあたりで取るとよい数値になることが多いものです。

私自身、テキスタイルをつくるときに一番気にするのが、出来上がったときの物性的な面で、そこに注意をしてものづくりされる方というのは非常に少ないものです。特別なものを作ろうとするとテキスタイルというのは無理が生じますので、本来は安定した企画に色柄を乗せてあげるくらいが一番、工業製品的にはよいものになるのです。

一方で、味を求め始めると、いろいろな問題が生じてくるものです。一番顕著な例は、密度の荒いものでスリップすることですし、染色などでも草木染などは堅牢度の問題が常に付きまといます。芸術性に走ると妥協というものが必要な場合が多く、後からの物性を上げるということは非常に難しいものです。

納期、コスト、品質面で厳しいブランドさんでは、安定したカウンターに色柄を載せるようなものづくりにしておかないと何回かはうまくいっても、何回かに1回の失敗というものが命取りになることも多いのです。ヨーロッパからのインポート生地などは、珍しいものが多いですが、物性面で製品になってからフォローが付きまといます。

ヨーロッパのテキスタイルメーカーというのは、イメージ、小ロット生産ではなく大量に生産をしてそれを売り切る形にしていることが多いのです。日本のものづくりとはまったく違うタイプですので、着分もすぐに出てきますが、完売するとそれで終わりということも多いものです。
2012年02月05日
今日は日曜日。昨日までの冷え込みは終わり今日は晴れの暖かめの一日でした。東京からのお客様が、リネンキッチンクロスの卸に関するお話でお越しくださいました。シャトル織機などにも興味をもっていただいていたということで、今日は工場は休みだったので、ちょこっとだけですが動かしているところをみていただきました。

夜、米原の駅までお送りさせていただいたのですが、途中、彦根で食事をいたしました。焼肉屋さんで、近江牛の看板が出ておりまして、以前このお店で近江牛を食べたことがありましたので、近江牛が食べられるのだろうと思っていましたが、店員の方に聞くと今は近江牛は入荷していないということ。残念でしたが、一方で正直だなあと思いました。

テキスタイルツリーの編集長である成田典子さんからご連絡をいただきまして、3月にはテキスタイル用語辞典が完成するとのことで、詳細のほうがウェブにもアップされてきています。http://www.textile-tree.com/dictionary/index.html 当初の予定よりも100P多くなってしまったとのことです。

成田さんは、繊維業界のバイブル的な存在である新ファッションビジネス基礎用語辞典という本を昔編集されておられ、今でも新ファッションビジネス基礎用語辞典をリファレンスに使われている業界のプロの方も多いのではないかと思います。今回のテキスタイル用語辞典は、プロの方だけでなく素材に興味を持たれた一般の方にもビジュアルたっぷりで優しいタイプの辞典ということで、ファッションを勉強されておられます学生さんや素材メーカーやアパレル業界に新しく入られた方にとっては頼りになる1冊となるはずです。
2012年02月04日
今日は、東京からのお客様が今期の商品開発のご相談にお越しくださいました。4月、5月くらいに店頭を目指される商品開発になり具体的な企画として動いておられますのでお話は非常に早いです。

今、いろいろな麻織物の歴史をたどる過程で、この地域でどうして麻織物が盛んだったのかを考えるにあたり、奈良時代以前からこの地域は開発がなされていて、近江愛知荘は元興寺領であったり、東円堂が興福寺領であったり、近隣の田は、東大寺領であったりと、奈良の影響が強く出ています。

東円堂という旧家が200軒ほどの村に4つもお寺があるのもそういう影響であるのかといえます。4つのお寺もそれぞれの分家とかではないので、東円堂においては寺領の争いのようなものが過去にはあったのではと思いますが、4つの宗派の違うお寺が残ったというのもみんなが共同で農業をしていたということもあって宗派は違えどもそれ以上に農業というのが大事だったのではないでしょうか。また、農業の傍ら冬場の仕事として織物が織られていたと考えることは至極自然のことで、近江の地というのは常に奈良、京、大阪などの都のものづくりの拠点として存在していたように思います。

東円堂は興福寺領だったとのことで、近江湖東麻織物は鎌倉時代にさかのぼるといわれますが、東円堂という地域は、奈良時代に奈良の影響を受け、奈良の麻織物と共通するところがあるのかも知れないと思うところです。奈良の着物向けの織物というのが絶えた背景には昔から近江湖東麻織物が強かったことがあるのかもしれません。私自身、奈良が麻織物で有名なのを知ったのは10年ほど前のことで、なんで奈良で?と思っていたこともあったのですが、地域的なつながりがあることがミソなんだと思います。

この村に住んでいる農業に慣れている、おじいさんたちは本当に器用です。普通サラリーマンの人と比べると、祭り行事などで作業をすると、大人と子供くらいの差がありますので、農業をやっている人というのは基本自分が資本みたいな部分があると思います。今は農業も機械化されてしまっているのでそういう人間の能力の差というのも小さくはなってきています。農業にかかわらず、仕事においては売ることだけでなく、種を植えたり育てるという作る部分こそが大事だなあと思うばかりです。
2012年02月03日
今日は、雪が凍って車がノロノロです。どこの道も基本としてはブルドーザーなどで除雪がされているので、そういう部分は昔と違ってありがたいなあと思いますが、ブルドーザーも道路の表面すれすれまでを除雪できるわけではありませんので、数センチの層が残る傾向にあります。昔は車が走るタイヤ部分は雪がなかったのに、今は、タイヤ部分にも雪が凍っているので、車が滑りまくりなのです。

夜は、ひこねの組合の新年会があるということで、彦根に向かいましたが道路がそんな状況で彦根に行くのに2倍時間がかかりました。今日が節分だと思い出したのは、1次会はもとより、2次会、3次会、たぶん4次会まであったような、どの店でも恵方巻きというか巻寿司がでるのです。

普段は巻き寿司なのでしょうが、節分のときに出ると恵方巻きというのが強いのでしょうか。節分で豆を撒く文化は、今は撒いた豆を拾って食べるなどできそうな時代ではなくなって着ていますので、より手軽かつ経済性のあるものに主役が交代したような気がします。

ものづくりをしていて、恵方巻きのようなものを作るのが商売で成功をする秘訣でしょう。豆のようなものを作っても商売としては簡単すぎて競争も激しく成り立ちにくいということです。これって、地場産業が直面している問題と似ています。

その瞬間に輝くことを考えすぎると形が変わりすぎて、継続している大事なものを失うことも多いものなのです。その瞬間といいましたが、それが10年、20年のことなのかもしれませんので、100年とか200年のスパンのものづくりを考えたときには、10年、20年をしのぐために世代を超えて引き継がれてきたものが消えていくということもありうるものです。

仕事というものが、数年で変わる法律に振り回されてしまっていては、ものづくりというものが趣味としてでなく産業として行われる場合には、根本的な技術を高めていくことは命取りになることが多いのです。付加価値の高いものをということがよく言われますが、付加価値の高いものでも飽きられてしまうと、その根底からして不要物になってしまいます。たとえば、昔のマハラジャブームなどはその最たる例ではないでしょうか。日本から、ディスコというもの自体が消えてしまいました。

これは、始まりあるものは進化し続けることというのはなく、進化の後には終わりがあるということで、哲学的な部分につながります。ロゴをあしらうだけのブランドのファッションアイテムが息が長いのは進化がないからともいえるかと思います。変わらないものほど長続きするもので、新規参入組みというのは改変することで越そうとするのですが、オリジナルの本家までもが改変に力をいれすぎると長続きしないものづくりになります。コカコーラーでも、味をおいしくしようとして味を変えたらもう相手にしてもらえなくなったというような経緯すらあり、長年愛されたものというものはそれの味自体がよい味の手本なのです。
2012年02月02日
林与で現在使っているシャトル織機は、1886年創業の須山式織機製造所というメーカーの織機です。力織機のパイオニアである須山伊賀蔵が起こした会社の織機で、日本の力織機のパイオニア的なメーカーではないかと思います。豊田式や鈴木式が須山式に学んだことも多いのではないかと思うところです。

須山式織機製造所も1971年に廃業で、力織機とともに消えたメーカーだといえます。
現在は東洋精器という会社に移り変わり織機は作っていません。1970年代になってくるとシャトル織機の時代からレピア織機の時代へと移り変わりのころです。私が推測するに弊社に10台あるのは50年ほど昔の織機ではないかと想像をしています。

そんな古い織機ではありますが、36(サブロク、36インチ、91cm)ではなく、44(ヨンヨン、44インチ、112cm)の織物を織り上げることができますので、林与にとってはベストな織機です。時々、複雑なことをしようとすると織機の調整には苦しむこともありますが、そんなに古い織機でありながら、今の織機では織るのが難しい、リネンの超細番手の糸を織りこなせるというのは奇跡的です。

展示会などに行っても、リネンの100番手以上のものを織ったタイプは、日本製の織機は最新式だからだといわれるのですが、そうではないところがミソなのです。最新式の織機というのは、人に優しくなく、昔の織機のほうが、カマチなど人が触る大事な部分は木でできています。さすがです。

これが鉄でできていると手に響いて人が扱いづらいので、織機の感触を体感することが難しく、織機と一体となることは難しいと思います。林与の織機のカマチや杼台は、レストアされてあまり削れていませんが、木製の部分というのは何十年も手で使い込むと、人の手の形を反映して削れてより持ちやすいように変形していきます。使いやすく進化するのです。それが石や鉄だと高速に動いていると人の体が毎回痛みを感じるので逃げてしまい、一体化することはできません。

今日は、大雪な感じで冷え込んで車も雪の上を走るので怖いです。国道沿いのお店に食べに行こうとしてもどこもが、開店なのに、駐車場が雪で埋まってて入れる状態ではなく、お店の中の人というのは、今日は雪が降ってお客様が来ないなあと思っているでしょうが、それは、駐車場の雪のせいです。雪解けをして車が出入りしやすい駐車場のお店はお客様がおられます。飲食店は接客業でありながらも、ほとんどのお店の方が駐車場の雪除けをしないのが不思議でたまりません。
2012年02月01日
メール会員様向けのビンテージリネンハンカチの縫製が終わりました。ハンカチ用の箱を今手配しておりますので、2月8日から9日ころからのご発送になるかと予定いたしております。パリの展示会、出発前にはご発送する予定ですので、大変お待たせしておりますが、予約注文いただきました皆様よろしくお願いいたします。

今後のご注文に関しましては、再度、ハンカチ縫製することになりますので、3月以降のご発送になりそうです。プチ贅沢な世界になりますが、メンズ、レディース兼用の45cmサイズですので、ホワイトデイなどのプレゼントにもよろしいかとは思います。

アンドリュース社のゴールデンアイリッシュリネン80番手使用したハンカチも良い感じにできあがりましたので高価なアイテムにはなりますが、そちらも、発売を計画しております。本業のほうがバタバタとしておりますので、商品はあっても、画像などが準備できず、延び延びになることも多いので気長にお付き合いくださいませ。世界に名をとどろかせたアンドリュース社のアイリッシュリネン象徴的なゴールドの色味の世界も、ハードマンズ社の位置付けとは別で意味のあるものと思います。亜麻色の意味を謎解くことのできる一品です。