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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2013年11月
リネン日記:29
2013年11月10日
今日は、150番手生地を使ったハンカチ生地の出荷をようやく終えました。この生地は、ビンテージアイリッシュリネン140番手ハンカチ生地と同様の規格で織り上げたもので、現行の150番手を使ったもので、150番手としてはかなり密度は高めです。

アパレル向けの150番手素材ということで、珍しいものですが、最近もインテキ上海でもブラウスを展示しているとほしいということでお客様がディスプレイしていた2点を初日に即買ってくださいました。展示海中、ブースが寂しくなりましたが、欲しいと思ってくださるお客様があればそういう出会いって大事だろうと思うのです。

展示会から帰ってからも、インドの方から問い合わせをいただきましたが、もう在庫がないような状況になってしまい。林与も作るのに気合の必要な150番手アパレル素材、リネンとしては特別の雰囲気をしています。150番手の生成バージョンも残ってはいますがこれも特別なお客様向けに動きそうで反物を切り売りできない状態。

海外でもさすがに150番手の織物というのは珍しいです。150番手の糸を引くことのできる工場があったとしても、150番手の織物を織れる工場があるのかないのか。卵(糸)が先か鶏(織物)が先かでは、卵(糸)が先だろうと思います。150番手生地もネットに出したいのですが、一般の方に販売させていただくのはご用途などを考えると心配だったりするので、今のところは業者さん向けにキープ中ですが、ここまで薄いと、ランジェリーなどに使えないかとも。

織るのも難しいですが、もっとリネン糸でも織りたい気持ちではあります。
2013年11月09日
今日はキッチンクロス。朝一番の新幹線で東京からプレイグラウンドの中地氏が立ち寄り下さり、伊勢丹新宿店様向けのキッチンクロスを二人で試作。私自身は百貨店の売り場のイメージなども稀にしかチェックしないがため、林与の中の良いと思うイメージと売り場で求められているもののイメージが食い違っていないかが心配なところ。

数日前に織ったものはストップして違う路線に色味を変更。答え無くさまようよりは一つの柄でカラーバリエーションを広げるなどしてみて、一通り目標のマス見本を終わった後に、ここの部分の色はこういう風に変更してみるといい感じになるだろうと、もう2種類くらいその路線を外れて色を加えて織ってみると、それが二人ともいい感じに見えて一安心。

今日もいざ、柄と色が合うように織り始めようとすると昼くらいまでシャトル織機の調整に手こずり、朝早くから来ていただいたのは大正解でした。織り上がったキッチンクロスを見ると織や色使いの楽しさみたいなものが伝わるのじゃあないかと。

今日お持ちいただいた、伊勢丹のくらしものさしプロジェクトの冊子でも、今回は一番最初のページとして林与のリネン生地を使ったエプロン、日本のこだわりのものづくりの一つとして紹介くださっててありがたい話。それほどまでに応援もただいているのですから、私自身が、自分の手で織物の作業に携わる部分疎かにしてはならないと思うところです。
2013年11月08日
仕事が少なくて値上げしてほしいという話があるのだが、仕事しないでその分を値上げで補うというのは今ある仕事すらも消えていく、当たり前の流れ。結局、前のお客さんに値上げ分を同じような仕事が少ないから値上げというような理由でねだれるかというと、そんな甘えが通用することはほとんど無い。

今、技術的にも生き残っているところというのは、仕事をたくさんしているところで、そういうところでも厳しい現実はあるがいろいろと生き残るために努力をするので新しいものも生まれてくるし新しい技術も生まれてくる。繊維業界においては中国の企業が、日本やヨーロッパの大手企業の実質的な生産を担う形となって、一般的には中国のほうが日本以上にものづくりが上手になってしまっているようなケースも多い。私自身も先染という分野においては配色などは別にしても、その多様性とそのレスポンスではもはや中国企業にこの10年で抜かれてしまったのを実感する。

日本の場合、仕事があると講釈を垂れて仕事を出し惜しみというタイプの職人さんというのも多く、できることくらいベストでやらないと駄目だろうと思うが、仕事が面倒そうな話ばかりで仕事に対する姿勢に曇りが見えると仕事というのは逃げていくもので、仕事をしたくても仕事がないというのが当たり前の状況で、仕事があっても仕事するのを面倒そうにいうばかりでは仕事がもらえるはずもない。

職人もそうだができることはなんでもやって能力を常に持っていないと駄目で、職人を育てる企業にしても同じだろうと思う。下請けの業者さんに頼んでも、新しいものづくりのために、やれば出来そうなことを提案しても面倒そうに言われ、それはできないと技術的な問題点ばかりをいわれることが多いが、今、それを乗り越えようとしないならいつまでも無理。新しい機械設備などなくても人の力でカバーできることも多いが、そういう地道な仕事を、今の職人ができるのかというと仕事をしないほうを選ぶことが多い。
2013年11月07日
内部の経理関係をコンピュータ化しようと思っており、今日は公認会計士の先生に相談。コンピュータ化といっても特別なソフトを開発するとかではなく、市販の会計ソフトを導入するというだけの話ですが、長年、帳簿に書いて入力をする方法を取ってきたので、コンピュータ管理に変えるためには人が適応することが大事に思います。

その相談のあと、近江上布柄のライセンスの件で英文の契約書を作りたいと考えているので、貿易関係の関係の専門家の方にアドバイスを受けたのですが、専門外ということで、知的財産と英語の両方に精通したような専門家に出会うような必要があろうかと別の機会を持って進めていきたいと思います。
2013年11月06日
今日は、機能素材原料開発の会社の方が来られて、先月試織した素材の分析データの説明に来てくださり、非常に理想的な検査結果で、実用に向けての展開が可能ではなかろうかと思われる。

その検査の中には麻という素材の機能に関するデータも含まれていたので非常に興味深かった。綿と比較したときにおおよそ倍ほどの効果を持っている。麻という素材が空間に存在をするだけで、その機能が発揮され、人に心地よさをもたらすことになる。麻という素材がフォームファブリックとしてよく使われているのも理由の一つになろうかと思う。
2013年11月04日
今日は振り替え休日、私自身は仕事を進めないとならない状況。今の時代というのは、仕事が悪いことのように思われますが繊維の世界で仕事というのはよほど力がないと食べていけないものです。私もかなり経験はありますが、一つ仕事をしようとすると織るだけでなく実際に織物の規格を決め、問題を潰していくので、毎回くらい相当の時間を使います。

休み中には、いろいろな見積もり関係の計算なども行いました。実際に見積もり出して話が流れることもありがちですので、アバウトな見積もりで十分かと思うのですが、ものをつくるときにはいろいろな制約がうまれてくるので、決断が遅かったりすると見積もりも成り立たなくなります。最近も海外からのメールで原反確認なども行って出荷が出来る状態にまで煮詰めましたが、そこから値下の話になり仕事としては決済のことなども含め難しいと判断。他のお客様が商品に興味を示されたので自然に流れるお客様に買っていただくのが、すべてにおいては良い流れだろうと思うのです。

私自身も自分の決断力で糸を買ってお客様もない状態でものをつくって持っているということが多いので、自分が経験を積むために何倍ものお金を費やしたもので、そういう経験をもたれることのない方などは売れ残りの在庫と思われる方も多いものですが、自分自身が働いて1点数メートル作るのに糸からはじめると10万円くらいは使っているものがほとんど。機屋が織物の仕事で成り立とうとすると迷うということが一番致命的だろうといえるので、費用は掛かっても迷いなくつくることが大事。そういう迷いの繰り返しを仕事でする人の仕事では成り立たないもので、経験から答えを持っている人との取り組みが非常に大事。仕事は覚悟を決めて1回で売れる形を目指せるような人同士のチームワークが必要です。持ち出しを覚悟して仕事に掛かれるチームでなければ実際の仕事なんて何回かに一回の確立ですので続かないものです。

私がよくいうのは織物の企画というのはアイデアじゃなく、リスクをどれだけ被れるか。アイデアは無限であっても売れるか売れないかまで含めて、そのリスクを被れるような力がないと形にも出来ないものです。学生の方にもいうのですが、織物というのはデザイン力ではなく自分自身がどれだけ作る意欲をもって作るか、売る意欲をもってつくるか、そうでないとそのアイデアを流せる形にすらもできません。職人がものをつくる力があるのかというと技術はあってもその意欲がないことが多いのでものを生むのは職人ではなく経営者の力によるところが大きいもので、そういうリスクを被れるほどの力があるのかないのかで企画力すらも決まってきます。

ものをつくることに集中して良い物を生み出してもそれが売れるとは限らないのはトータルでの企画力の必要性。どこかにボトルネックがあると流れていかないので、ボトルネックとなる要素を取り除いていかないと難しいもので、直接ものを取り寄せたり、つくったり、流していくという手法が一番手っ取り早く成り立ちやすいというのも一つの結論で、疲弊してしまっている人が集まっても仕事の出し惜しみでボトルネックになるだけのことも多いもの。
2013年11月03日
11月に入って暖かい日が続いていて、工場の中で仕事をしていても、寒くもなくいい感じで、仕事にも集中が出来る感じ。上海から帰って、仕事関係でのお客さんからいろいろと会いたいというお話をいただくことも多く、連日のお客様続き。今は手一杯になってしまっていて2月くらいの納期の案件に。

いくつか新規の柄組などを含む案件が動いていて、新しい案件というのは怖さがあるもの。一回で、普通じゃない売れるような形にするというのは難しいものなので、何回も内部で、こうでもないああでもないと動いて、結局、予定通りの量が作れなかったりで分納になることもよくあったり。

先日も耳糸が切れる問題で、二人掛かりで3日間、昼から番まで費やして、結局、綿の耳糸を入れて解決することに、最初から安全にものづくりをすると簡単なのだけども、できる限り他が出来ないものを目指したいという、耳までリネンのものづくり。フランスのアンティークなリネンが耳までリネンだったりするのはギザギザだったりだがそれはそれで美しいと私は思う。最初から安全にというのは、誰でもできて仕上がりもありきたりになりがち、なかなかまっすぐに織れないギザギザな耳を見て苦労を感じてもらえるとありがたいものです。

結論として、昨年の糸ではなかなか耳までリネンは難しい。でも、そんなのまで分かっていることが、世界中の誰かが耳までリネンでは出来ませんか、といわれたときに、答えをもっているかいないか。最初から出来ないというのは簡単だけど、今年は微妙だけど、来年だったら出来ると思うというのが良い答えなんじゃあないだろうか。

この耳の問題だって糸のロットまで指定してわざわざ選んで買ってそれでも難しい。耳の問題以外に、生成というのは色のばらつきがあってそれが致命的に怖いもの。その問題はなんとかクリアできそうだが、一つの同じ巻きの中で平気で色の違う要素が入っているというのも今までの年にはないほど怖い話だが、昨年と今年の糸だけは注意をして使うしかない状態。
2013年11月02日
シャッター通りと呼ばれる商店街、かつての賑わいは消えてシャッターを閉じたお店ばかり、その理由はというのと、近くにショッピングモールができたり、コンビニにお客さんを取られてしまったこと。

しかしながら、私自身が思うのは、接客態度などに関しても、コンビニでは学生のアルバイトでもマニュアル的ではあると思いますが正しい対応。一方、商店街のおっちゃんおばちゃんというのは、タメ口対応というのが客離れの原因じゃあないでしょうか。顔見知りのひとには親切でぺちゃくちゃしゃべって、知らない顔のお客さんが来てもしゃべり続けているような感じ。これではお店の存続を訴えたとしても難しい。

コンビニでも廃業になるところというのは、商店街のおっちゃんおばちゃん経営的な感じのところが多く、暇なときに顔見知りのお客さんが来て、世間話をしゃべり続けている。辞める信号が出ている。地場産業も似ているかなあと思うのは、働いている人があまり変わらないので、働いているひとも、技術を上げようとか新しいものをつくろうとか思わずに、いつまでも仕事というものがあると思っている。

別に大もうけする必要もなく、人は人の甲斐性の範囲の中で生きていればそれで十分い立派だと思う。伝統産業の人が仕事に誇りをもって自分の生活を切り詰めてでも守っている世界があるならそれは不可侵に立派だといえる。

商店街なんかでも本業だけでは食べていけないので、いろいろな代理店をしたり、内職をしたりしているところというのは、立派だなあと思う。自分が食べていくために精一杯の努力をする人たちなので、逆に言うと本業もしっかりとしているものだ。それが、本業だけでどうしようもないといいながらも本業以外をしないのは工夫のない職人と同じで、本業を残すためにも経営者も一工夫は必要に思う。

バブルに懲りた経営者が本業が大事と本業に絞るのとは別で、本業が需要が減った分を本業を助けるための他のことをする力に回すことが大事だろうと思う。仕事がない状態から飛躍的に仕事は増える。自分で販路を開拓するのも一つ方法。ものは売れても売れなくても、業界に対して存在感を生むというものを売る以上に大きな利点がそこには潜む。
2013年11月01日
上海では十分睡眠をとって充電をしたつもりですが、上海から帰ってから寝ていない毎日が続きました。今日は夕方、「林与」のミニロゴがなくなってしまったので印刷しに彦根の組合にいきました。

会社の中で出来る仕事というのはどこまでも急ぐことができるのですが、糸、染、加工が絡んでくると外部とのタイミングの調整や仕事をまとめないと電話やファックスだけじゃなく、手でそれを持って動いて作業をするので、織物屋ながらも糸に関して、染に関して、加工の準備や加工から上がったものに関して作業することも多いのです。

この自分で動く作業を避けて仕事をするのを選べば、量もこなせるようになるでしょうけど、スタイルがゴロッっと変わると思うのです。馬鹿な話ですが、届いたリネン糸なんかも箱を開けて、そのロットの生成やオフ白の色味を確認してから使ったり、染めに出したりします。

毎回微妙に違うもので、毎回、注意して確認するから気がつくもので、注意していない人にとっては同じものでしかありません。染にしても、加工にしても毎回微妙に違うもので、違うなりにも、それが揺らぎの範囲か作業に失敗によるものかの判断は大事だと思います。

たとえば現実に同じものをつくるために林与が10数年前までに行ってきた手法というのは、何トンもの良質の同じロットの糸を押えること、染めの量にしても同じ程度の何十キロかの糸を染める。加工にしても見本のときから1反加工するというような、今の時代からするとかけ離れた贅沢で、品質を最優先してきた経緯があります。

そのくらい日本の品質は厳しかったので良いものが存在しえ、海外の生地が入る余地がなかったということがいえるかと思います。仕事の体系が一回一回の契約形態になると全体的な信用で取引していた時代とは違って、無理をせずに、普通のものを普通に流すのが適した流れになってしまいます。信用で成り立ったような日本社会というのは世界的に見ても稀なケースだったといえます。人を信用することこそがバブル経済を生み出したともいえ、人を信用しなくなりバブル崩壊を迎えたようなのが、日本経済のイメージではないでしょうか。