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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2017年09月21日
麻糸には向きがあって、紡績を始めた側が頭で紡績の終わり側がお尻になるように、糸を扱うと一番織りやすい。厳密にはそこまで神経質にならなくてもよいのだが、織り難い織物を織ったり、毛羽や毛玉の問題を少しでも解決しようとすると、糸を扱うときに、向きまで気にすることになる。

一本糊付けで上がってきたいとは正しい方向で出てくるので、その糸を普通に糸を分割すると、糸の向きが逆方向で整経をすることになるので、今回は、一度、分割した糸をもう一度逆に巻き返してから、整経に使う。

ここまで神経質になる必要はほとんどないのだが、小幅の本麻の着尺なので1反のキズを最小限に抑えるためにも、糸の向きに注意を払いながら作業する。
2017年09月15日
今日は午前中お客様、生地商社のものづくり部門の方で、ものづくりを大事にしておられる話。私自身にとってはものづくりというのは自分が自分の体や時間を使ってリスクを背負って動く部分が多いのでという話。目指すところは今までにないような麻生地なのだが、私自身も今ある生地を探すのでなく、自分が新しい生地をつくる側なので、もっと面白いことをしたいというアイデアもいっぱいあるけど、糸を原料からから開発するとなると数百万から一千万を超える話になる。そういうのって大手の企画でも難しい話であるというのが現実。

今回、求めてくださるものは現実味のあるもので今までトライして実績もあるものと似ていて、もうちょっとブラッシュアップすればいけそうな感じでたぶん求めておられるようなものとして提案もできるだろう。ぎりぎりの世界というのを追い求めているので、それがニーズと合うのはよいところ。でも、専用の機から作り、織機を開発用に1台割り当てることになるのでひと仕事ではある。コンスタントに織れる織機をおいておくことが本生産やそれ専用の調整を加えてにもつながる。

林与も少数精鋭でいこうと考えているので数ヶ月先まで仕事ややらないといけないことを抱えながら人手が足りなく、普通の織物でも出来る人は少ないので限界に挑戦するようなところは私の余力があるかないかで決まる。糸は糊付けで10月はじめにあがり、整経に2日、機をつくるのに2日、糸をつなぐだけで3日必要だろう。筬を通すだけで丸々1日。目の前の生産をやりながら合間をみての長丁場のトライアルが始まる。今日はその開発ように特別なアイテムを発注用意した。
2017年09月14日
今日は、夕方から地元の同世代の社長と会う。林与もいろいろとアドバイスもらった方があったので、そういうアドバイスのいくつかを実践したことが、もちろんうまくいかなかったこともあったが経験として経営者としては一番大事なことだろうと思っている。迷っていずに行動みたいなところ。

海外のネットモールに何百万円つかったけど成果がゼロに近かったというのもお聞きした。よくある話だけどもそういうのも1回はやって失敗してみないと憧れだけが続いて現実がみられないとか、現実をしって夢のような話はないと割り切って、自分でできることを増やしてゆくというような形が私のスタイルなので、はちゃめちゃ話も交えながら遅くまで雑談。

その方のお姉さんとは同級生だったので、小学校の時にはその会社に工場見学に行ったこともあった。繊維関係というのは続いていたとしても、30年前の10分の1の規模になっているところがほとんどで存続してゆくのが難しい。働いている人の考えが変わることができれば、新しいことにも対応してゆけるのだろうけど、これしかできませんという程度の仕事なら、海外のほうが若い人たちが数日で覚えて日本の何倍もの生産性で、日本の職人さんとかもサラリーマンチックなリズムではまったく太刀打ちできないとかも多い。

ものづくり企業なんて競争相手は海外であることがほとんど、大手の日本の繊維企業も生産は海外企業でやって実質海外企業であるということもあり、そういう大手のやり方を真似ても難しいだろう。日本でやるならせめて一人の力が、海外の素人を集めたような何百人何千人企業の一人の力の何倍かくらいはないとと思うが、そういう意識からしても現場にないと難しいだろう。

ほかで働くなら簡単でも自分が事業を成り立たせるのは難しいのは、ほかで作るのは簡単でも自分で作るのは難しいと似ている。まあ、自分がやるのだから、事業も作るものもオリジナリティが生まれるのだろうし、あってよいだろうと思う。林与も、デザイナーさんやクリエイターさんに囲まれていてそういう皆さんに提案をしていくことも多いので、そういう人から見ても普通な提案や普通の会社というのは面白くなくって、自分なりに仕事をとことんのとことんやって乗り越えているうちに人間味の違いなんかも評価をしてもらえるようになろうかと思う。
2017年09月12日
いろんな仕事に追われている中、シャトル6号機も立ち上がり厚織りが順調かと思いきや、モーターが回らなくなる問題。モーターを交換して、モーターのVベルトも交換して、インバーターも交換しても駄目で、結局、クラッチレバーの加減を調整することで元に戻った。一つの原因を探すためにいくつもの探りをいれる、体力も使うけど、すべて短時間で試して、最終正しい答えにたどり着く必要がある。

レピアでキズが出て織れなかった60番手をシャトルに乗せ変えして、ほとんどキズもでることなく織れる様になった。結論として、まだややねちっこいので織る前の糸に問題があるように思える。原因は糊の問題だろうと思える。織物というのは織機が動けばよいというのではなく、糸という材料が問題のことも多い。2年ほど前は、筬が横糸を打ち込むときに横糸が打ち切れする問題で数ヶ月を要したことがある。調子のよい織機に掛けていって織れるように調整しようとするとその織機でも織れなく織機がガタガタになる。調子の良い織機が糸のせいでボロボロになる。

同じ規格の織物ばかりを織っているわけでもなく、織機に違う糸を掛けて織れないということがあったりするのが普通で、織機を調整して織れる状態に持っていく、太い糸と細い糸では、織ったときの糸の食い込みが違うので、太い糸の場合には多めに縦糸を送ってあげないと駄目だったりする。だから、同じ織機の状態で同じ織物を織れる様に、織る人の人数は少なくても織機は織物の縦の規格の数だけあるほうが良いと思うのが林与のスタイル。織るのがシビアな織物を織る場合には余計な調整が必要なのでそう思うのと、今は、カウンター見本、展示会、本生産となると半年くらいの間に3回同じ織物をつくるような話になるので、それなら1年中同じ織物を織れる様に放置したほうが生産の多様性を保つことが出来る。
2017年09月11日
リネンキッチンクロスHDの生地を織るために、久しぶりにシャトル6号台を使う。この織機が一番厚く織りやすいのでこの織機でいつも織るのだが、びっくり、10箇所以上も織り出すまでに調整が必要。織ってた人がこの織機の部品をほかの織機に使ってしまって歯抜けになってしまってて、動き出すまでに半日以上調整を掛ける。でも、なんとか動き出して思った以上に調子が良い。よかった。

こういうのが直線的にできなければ、注文を受けても困るだけ。中古の織機というのは、正しく動けば貴重なものなのだが、正しく動いて、正しい生地が織れなければどうしようもなく、そこには織機を正しく動くように修理や調整ができる力が必要。織り手が上手なら織機もどんどんと調子があがって行くが、下手な人が織機を使うと織機自体がボロボロになる。

極端な話、ねじ一つ大事にするかしないか。織機の何千回緩めて閉めようが、ねじ一つも一生ものというのが基本だけど。そういうのが分かっていないと1回でねじを壊してしまう。ねじ一つ閉めるのに加減があるので、そういう加減的な要素こそが人の技術なのだが、技術というと工程や技法だけと思われがち。同じ工程や技法を使おうが、それが長持ちして成り立たないと駄目で、こういう感覚に陥るのは、私が普通の職人ではない、場や仕事をつくる立場からだろう。だから、林与の生地の一番の特徴というのは、自分の工場で織っているという部分だったりする。

それが普通のことに思われがちだけど、それが一番大変なこと。よくサラリーマンちっくな考えで、技術なんてビデオで継承とか提案があるけど、大事なのはそこじゃない。そのビデオをみて技術を得た人に仕事を与えて養っていくとか、そういう人が働く設備を維持してゆくとか、の部分で、そういう提案する人がそれが出来るのかというと、部分しかみえていないだけの提案に過ぎない。そういう提案をされる方にねじ一つ、糸一つ結んでもらうと、それから無理な話だったりするもので、それを正しく上手に何百回何千回繰り返す現実的な部分は、ビデオの逆戻り再生ボタンを何百回間違わずに交互に押す作業と似ている。

織機も、素人でも動かせるように簡単なものに進化して、また、作業も分業化してシンプルにして、誰でも仕事ができるようにみえるけども、そういう世界は存在していて、それは大量生産型の安い世界を追い求めるそのもの。機械の力でできるので人件費の安い場所にもってゆくのが要素。人の力を無力化して莫大な設備で、ボタンを押せば飛び出してくる製品というのは勝ち組かもしれないが、量を売らないと成り立たないので逆に高級ラインは難しいだろう。

結局、面倒なことが嫌というのがチャンスの部分だったりして、険しい山を登る話で、もっと山が高ければよいのにと思える人が残れるのが現実的な仕事のできるタイプの人だろうと思う。自分でものをつくるだけでなく、ものをつくる機械もつくるとか出来るタイプの強い。意欲が大事で、1ヶ月、2ヶ月で何十年の職人さんを上回れるような人が今の時代だと必要。とことんやる覚悟があれば、それほど難しいことではない。
2017年09月10日
糸を巻くおじいさんのところに行ったついでに、多賀大社を久しぶりに訪れる。つなぐ通信で気になっていたカフェ「あさひや」さんにも立ち寄って、料亭のような和の雰囲気の間でコーヒーを飲み1時間ほど休憩した。境内の長寿そばも良いかもしれないけど、「あさひや」さんはカフェで一人1000円もあれば、気軽に立ち寄れるのだが、京都の祇園のお店より雰囲気があった。

境内の祈願のしゃもじを見ていると、小さな文字でぎっしりと具体的なお願い事を複数書いてあるものがあってその人の祈願の本気度が伝わってくる。境内の能舞台では8年ほど前になるだろうか、ファッションショーをさせていただいたことも思い出す。伊勢神宮が陽とすれば、多賀大社は陰、ひっそりとたたずむようなところが素敵である。

多賀大社の前に、駐車場があって、車を止めてもお気持ちをポストにいれてください、という駐車場。観光ビジネスと変わらない営利バリバリの観光地の神社やお寺とは違って、訪れてほしいという多賀大社を支える人々の気持ちも伝わってくる。
2017年09月08日
自分が手がけて育てたものというのは、別の価値を感じるもので、たとえば、自分が布を作るときに、自分の時間と労力を使うのに巷にあふれているようなその他大勢の部類のものをつくろうとは思わない。普通にみえるものでも、一つのスタイルを持っていて、妥協のないものづくりを考える。それは自分がものをつくる環境から作り上げて相当な時間と労力を使うから妥協したくないということがある。自分の中でそのもの自体のできあがり以外にも、それを作った背景があるから自分なりの価値を感じていたりする。

ほかから引っ張ってきたものには、自分が作ったときの苦労などはないから価値は商業的な価値が先に立ってしまうだろう。よく、生地のことに関して、どこの糸を使っていますか、という話になるけども、私にとってはそこは一番のポイントではないことが多い、一番大変なのは自分自身で生地をつくることのできる背景を維持していて、自分が生地を生み出しているところで、それなりに良い糸を使うことはチョイスの一つでしかない。

良い糸の定義にしてもほかの人が良い糸といおうが自分が使ってみて、糸の良し悪しを判断するのが一番大事だと思っていて、使って布になったときの、その味わいがよければ良い糸だなあと思う。リネン糸は同じ銘柄の糸を使っていても、年によってもロットによっても、毎回微妙に違うのが普通でそれを扱うことによって五感で感じる。糸以外の要素に染めという要素も入って織りやすさ織り難さが決まり、それを吸収して織り上げるのが今の麻機屋に必要となる技術だろう。横糸だけならよいけど、麻糸を縦糸に使うときには織りの問題が起こりやすいものである。

最初、まったく動かない状態から、何事もなかったかのように、何千本もの繊細な糸が織れ出すというのは、布という製品がどうというよりも、人間の本能的なものづくりの要素を引き出す崇高な儀式に近い。手織りは大変だといわれるけども手織りよりも何倍も大変だったりするのが、麻糸を縦糸に何千本も操る織り出すまでの毎回の作業で、それを淡々と人の力で解決してゆかないとならない。
2017年09月07日
今日は、朝から雨。梅雨のようなうっとうしさ、工場の中のほうがひんやりとしていて心地よい、めずらしい状況。こんな感じで思い出すのが、今年の2月のミラノの天気。連日、雨が降っていてうっとうしかった。アメリカに居たときには、世界で一番天気がよいといわれていたアーバインという砂漠気候の場所に住んでいて、年に3回くらいしか雨が降らず、連日エアコンの効いたような自然の中で太陽を楽しんだ。蒸し暑さがないので、晴れていても喉が渇く暑さ、屋外でペットボトルにいれた飲料を飲むのが心地よい。

でも思うのは、天候というのは、人の性格なども影響を及ぼすもので、いわゆる南国的な場所の人は楽天的でものごとを深く考えないといわれる。雪に閉ざされるような場所では織物が発達して、我慢強いライフスタイルが普通だったりする。緻密な織物が生まれるのは雪国や島だったりするものだ。近江湖東産地も村社会が生活の基本で、冬ともなれば完全に家の中に閉ざされてしまうような雪国っぽかったことが近江上布のような緻密な織物が発達したと思う。

この前の冬は何十年ぶりかの大雪で、車を動かすこともできずに、雪に閉じ込められたような冬だった。地球温暖化の流れはあると思う。滋賀県がというよりも、北海道が夏に30度を超えるというような状況で、これは40年前には考えられなかったこと。まあ、雪が降ったら降ったで、外に出て雪遊びをするというのが昔の光景だろう。暑くても外で虫取りに夢中になるとか子供ほど激しい環境で育っていたものである。
2017年09月03日
機能から調子よかったシャトル織機の1台の右側のクラッチの軸受けの辺りから異音。この織機は、2年ほど前に最初に動かしたときに、クラッチが切れずに、夜中勝手に動いて、縦糸が全部切れてしまっていた悪魔の台。あまりのダメージにその織機を部品取りにしようかと思ったけども、Vベルトを代えて、数箇所調整を加えて、ほかの台と同様に動くようにまでもってきて、つい先日まで安定的に動いてきた台。それが、クラッチに近いところで異音を出していて、今、掛かっている縦糸が全滅する可能性もあろうかと心配。

今日は、その織機に10回近い調整を掛けたが異音が収まらない。1日中いろいろやったけども、異音が収まらず。織ることができない状態で、異音がなっている状態で軸が回り続けると軸が削れてしまって修復不能になるか、クラッチを拾って勝手に動き出して、縦糸全滅とかが想定。織機を動かしても離れることも出来ず、異音対策。最後、油さしをクラッチのアナに思いっきり突っ込んだら、油さしがかなり奥まで突き抜けてびっくり。すると異音も収まって、今までの安定した状態に戻った。ゴミが使えていてクラッチが切れるのを悪さしていたのか。

10回の調整というのは、1回が30分から1時間掛かり、腕まで油にまみれてドロドロになって、腕から指先までを綺麗に洗って試運転をする。原因箇所が調整したところでなければ元に戻して、腕から指先までを綺麗にまた洗いなおして、試運転の繰り返し。ほかの織機も動かすことができないので、一番苦しい仕事をしているのだけども、仕事がまったく進んでいない状態で、仕事が出来ていないに等しい。

織機なんて、あってもそれがまともに動かないなら仕事をしていてもマイナスそのもの。まともに動いても正しいものがつくれなければマイナスそのもの。それがサービス業とは違うところで、ものづくりというのはそのものをつくる人の作業の正しさがものに現われ、正直だなあと思う。織機というのは正直。人というのは正直じゃないことが多く、いい加減な作業をするもの。本来人が素直で正直な作業ができれば機械を上回れるのだけども、人というのは面倒とか適当にやってしまうので、機械よりも劣ってしまう。

機械化されて人が機械を操ることが仕事になって、余計に仕事内容が行動になったのに、人の代わりに機械が仕事するみたいな感覚だと人の力というのは正しいものも作れないところに落ちてゆく。携帯のようなガジェットにしてにより身近になっているけども、自分がそのガジェットを使うのが目的というのではなく、ガジェットを活用して自分の目的を果たすということが必要だろうと思う。
2017年09月02日
数年前に、プリンターを使ってP下にプリントしたものが出てきてうまく出来ているなあと思った。それをプリントした当時は、出来上がりに満足できずにボツにしたものである。10年前の自分の写った写真を見ると、写真を撮った当時はあんまり良くないと思っていても、今見るといい感じというのもあるのと同じだろう。今、もうそういうものを再現する力がなくなってその力にあこがれてしまうのだろう。

周りにいろんなことが出来る状況だとそれが普通で価値を感じないことが多い。そういう価値観というのに気づいて蓄積してゆくことが大事なのだろうけど、そういうのを価値を見出せずに活用も出来ずに失ってしまって後であのときにやっておけば出来たのにとか思うこともいろいろとある。今よりも、将来が天然繊維の世界が技術的に進化しているのかといえば、劣化している可能性が高い。その一番の要因は、人という要素だろう。

恵まれるほどにどんどんと落ちてゆく。先進国ほど人の力が劣り、途上国の人のほうが働く力を持っていたりするもので、憧れと現実のギャップなども先進国の人のほうが大きく、特に日本が先進国の中では自殺率が高い傾向にあったりして、教育の前に正しい躾などがないとギャップに悩むことになるだろう。先進国の中では日本ほど生まれてくる子供に年金の問題を背負わせるほどばかげた国はなく、行政のメンタリティは落ちた途上国そのものになりつつある。

次の世代に自分たちのツケを回さずに成り立つ社会を目指すべきだろうと思うが、年配の方が多い会合などに行くと、年金にあこがれ、年金で支えてもらう話ばかりで、社会全体のことが考えられるお年寄りがいるのかというと自分のことで精一杯だろう。行政がそういう風に教育してしまったから、行政の人間の問題なのだろうが、次の世代に問題を先送りするような日本の行政感覚、モラルとしてはまったく正しくないが一人歩きして情けない。
2017年08月30日
困ったおっさんというのは近所の先代世代の一人の方。昔織物をされていて残った糸をもっておられ、明日私の家に持っていくから、2万、3万くれたらいいとか、勝手な話。まったく駄目な話で、あかん、あかん、と断っても、勝手に自分で決めておられるのか、明日持ってくるというので、近所のおっさんをいい加減にしろと思いっきり叱る。それで、まだ、つぎの朝、私の家に電話してきて、私が突然、大声をだしてどなったとか自分の悪行を反省もせずに、同年代の私の母親に私が悪いかのように説明したそうで、こういうおっさんの悪行に対しては70過ぎた年配の方でありながらも人に迷惑を掛けさせないような躾が必要。

コンサートのメンバー紹介でソロの演奏を止めず、ほかのものを扇動して乗っ取ろうとした一人の中学生がいて、指揮をしていた有名なトランペッターがオウフクビンタしたことがこの件と重なる。自分だけのことしか考えない人というのはいるもので、普通の感覚がない。小さなころから躾がされておらず、制止が利かないのである。今回も指揮者がビンタを含んだ指導をしなければ、この子は気がつかず、余計に自分がコンサートを乗っ取ってやったと勘違いモンスターになるだろう。本当なら教育委員会も絡んでいるので、こういう場をつくっている教育委員会のものが迷惑を掛けないようにこの子を制しないといけないが、そういうのをとめられるほどの判断力もなくこういう子を作り上げてしまう。

以前も書いたけども、小学校にミシンを教えに行ったときに、女の子が一人ミシンを準備していて、準備できた段階でそれを遊んでいた男が取り上げる。とんでもない学校だと思ったが、親と先生に問題があるのはしかたない。その女の子が一番最後チャイムがなってから作業を始めて、それを5分ほど応援をしたが、その子もあせってしまってうまくできず、家で縫うということに。校長室に行くと、まずいわれるのが、給食時間なので「時間を守ってほしい」と、子供たちが「お腹を空かせて、親から文句いわれます」からと。駄目だわ、この学校。かわいそうなのはまともな女の子で、だれもその女の子を救う大人がいない。校長をしかるべきかと思ったが立場上止めておいた。悪がきと校長は同質なのである。

次の年、またミシン教室で別の小学校に行くとまたその校長先生で、訳がわからなかったが。校長の態度がまったく違う。校長をとりまく環境が違って、その校長をそれでは駄目ですよと叱咤するようなおばちゃん先生がいて、自分の子供を育てるように正しい教育を子供たちに与えていた。引退間際であろう校長が教育されていたように思う。正しい姿勢にももっていけない学校が存在しては世の中の迷惑、一番の被害者はその指揮者だろう。10分以上も我慢していたし、それでも続けたので、止めるために、自分が貧乏くじを引いたように思う。それをしなければ、ほかのまともな生徒も大人がこんな子を放置してしまうから社会不信で正しく生きられなくなる。どうしようもない子を擁護するものがその子の面倒をみられるのかというと、面倒もみないものがいい加減に問題から逃げているようなことばかりなのに、面倒をみているものに説教とかが、ありがちなパターン。
2017年08月23日
まだ先の話になりますが、冬休みのインターンの募集をいたします(書類選考あり)。平成29年12月から平成30年1月の2週間から1ヶ月です。募集人数は1名になります。候補が決定した場合には募集は終了いたします。

募集対象は、大学あるいは専門学校の学生。内容ですが、チーズワインダーでの糸の分割、整経準備、整経作業、経繋ぎ、製織作業、検反、補修作業、出荷作業など、織物工場での作業内容全般を手伝ってもらう中でマスターしてもらいます。詳細などに関しましてはお問い合わせください。

2017年08月22日
ここ数日、夏の夕方らしいにわか雨。実は、この10数年、子供のころには夏らしいはずのにわか雨が、遠い昔のことになってしまっていて、今年の夏というのは子供のころの昔の夏を思い起こさせる。にわか雨の降った後というのは気温と湿度が下がって爽快な気分になる。

地球温暖化も雨が降らないことが原因の一つだろう。ダムをつくって川の水がなくなったことや埋め立てをして沼地をなくしたことなどが乾燥をもたらし、水の循環をさえぎる要素となってしまっているのではないかと思う。木や草というのは水が形を変えただけのようなもので、木が生えていることで地球温暖化は防げるだろう。二酸化炭素を酸素に変えるからというのではなく、太陽の熱を水が気化することで吸収する働きの部分で。
2017年08月19日
今日は地蔵盆。車で出かけるといろんなお地蔵さんが飾り付けられているのが見られる。今がどうというよりも、子供のころの地蔵盆の思い出が蘇ってくる。小学校の夏休みの一番のイベントが地蔵盆だった。包含集めも、考えてみると田舎社会の大人へのステップだったんだろうなあと思う。今でも田舎では村の行事でお金を役が当たった人が集めることが多いから。

また、一方で、地蔵盆の包含集めというものは自分のやりたいことのために資金を募るというビジネス的な要素を兼ねていて、各家を回って包含を募り、包含というのは、田舎のことなので子供が回ってきたら上げるのが当たり前という暗黙のルールもあるが、各家ごとに金額は自由で異なるので出資に似ているところがあって、そういうのを子供のころに経験している子供というのは自分が物事をするときに人々から資金を募るのに慣れているということがあるだろう。

まあ、もちろん払わなくてもよいので払わない家もあろうが、子供が現実を知るのも大事。社会の法律やルールとは違うところで、自分たちのやっている物事が成り立っているという要素も知る必要はあるだろう。すべてが自分の思い通りに行くとそれがすべて正しいと思いがちだが、考え方によって、いろんな正しいがあることを知るのも大事だろう。法律がすべてではないというのも大事な要素。

あと、回りまわって、自分がしてもらったことをほかの人に返すという要素も地蔵盆にもあろう。子供のときに包含をもらいに行ってもらってうれしかったので、子供が包含をもらいにきたらあげたり、地蔵さんにお供えをしたりとか。

お地蔵さんというのは、水子とつながりがあろう。子供の仏さんを子供が一緒に遊ぶことで供養するという要素があると考えて正しいのだろうが、子供のころそんなことは地蔵盆では一切考えなかったけど、死産や子供の病死などが多かったことの名残でもあろう。地蔵さんにしても、はっきりと彫ってあるものもあれば、お地蔵さんっぽい石が地蔵さんになっている場合も多い。私の家の前栽にあるお地蔵さんはお地蔵さんっぽい割れた石だったりするが、そのほうが自然の産物なので人の作ったものよりも本物っぽい気がするのである。
2017年08月17日
関西地方も、ここ数日は暑さも落ち着いてきたが、関東や東北では、雨が続き冷夏っぽいと聞き驚く。暑いのが関西だけというのは、関西と関東だけでも大きく違うのだなあと。関西圏よりも関東圏のほうが、高級アパレルの消費量は何倍も異なるので、今年は夏物は苦戦なのかも知れない。東京では、8月の雨としては、17日連続の雨らしく、雨が降っていてはお店に出かけて洋服を買おうという気分も半減だろう。

先日、地元の工場の社長さんから電話をいただいて、どこもが仕事が少ないというお話。林与の場合は人が足りていないので例外なのかもしれないけども、今まで元気に仕事されていたところも仕事が少なくなってきたようで、そうなってくると仕事が戻ってくるかどうか心配なところ。元気に仕事している状態というのは安定した先が仕事を約束してなりたっているようなところが多く、それが陰るとほかの別の人がその分の仕事をその会社にもたらせるかというと難しいケースがほとんど。それが仕事の波というもので、仕事はあるときにやっておかないと常にあるものではないからというのは、林与の場合には仕事のないときには仕事がないので仕事がほしいといわれると在庫を積む苦しみをも経験してきたのでよくわかるところ。

昔は、余力のあるところが余力をほかに回してその産業を支えてきたものだけども、繊維全体でそういう余力をもった企業がわずかに残っていたとしても、今年のアパレル不況は、そういう余力のある企業の本体すらも揺るがすほどに厳しい状況。そういうのを地元の元気な企業さんの仕事が尽きてきたという話を聞くに、一般のアパレル不況の話と整合していて地元にはやや時間差で到着するものである。そういう時間差の問題は、私が店頭が厳しいなあと思っているときに、私も含む、いわゆる川上の業界の方と話をしていても、そんなことはないと強気でおられるケースがほとんどだったりして、1年、2年後にその波が川上に到来したときには、毎年と同じように仕事をしていても成り立たなくなるような状況に陥ってしまう。冬眠ができればよいのだろうけども人を抱えた製造業というのは冬眠も難しい。

世界的にはリネンという素材は、エコの流れと温暖化の流れで、安定的に成長をしているといわれているが、リネンという素材は長持ちするだけに、一巡すると世界規模のブームでも過剰モードに入って新規の需要開拓が必要となるだろう。リネンなんかでも、過去数年は布帛よりもニットが好調になったのもそういうことなのだろうと思う。また、ニットも落ち着き始めて国内では大手がリネンニットから撤退されたという話である。旬な話というのは、その次の年にはまだ旬かもしれないけども、2年後には、飽和して時代遅れだったり、過当競争で成り立たなくなっているのが、ファッションビジネスの怖いところで、旬を生み出すような企画力や行動力が常にないと旬を満喫することは難しいだろう。

地場産業では、人的要素からしてもそういうのに対応が難しいことが多く、新しいことをしようとしても付いてこれないことがほとんど。人が変われなければ人を変えないと存続が難しいということで厳しく聞こえるかもしれないが、地場産業が花形だったときには人というのは変わってきたもので、変われなくなったでくの坊が企業を形成し外の環境変化に適応できなくなっては消えてゆくしかないだろう。残す軸は残しつつ、別腹で新しいものに挑戦をして活路を見出すしかないのである。別腹だけで生きてゆこうとすると成功してもそれこそブーム程度の短命に終わることがほとんどで、軸を残しつつ新しいことを広げてゆくのが大事であり、それが生き残る力というものだと思う。
2017年08月15日
今年のお盆も仕事モード。ご近所が帰省されているので夜だけは早めに織機を止める。織る作業というのは織物の工程の中でも一番時間の掛かる部分、特に、麻織物の場合には織る作業が一番時間が掛かる。1時間に1mくらいしか織れないものが多くそれを積み重ねることで何百メートルとなる。マラソンが2時間ちょっとの戦いだけど、織物は、林与の中でやっているひとつの作業工程がぶっ続けでやっても8時間以上掛かることがほとんど。整経の準備もそうだし、整経もそう、巻き取りは2時間くらい、経て繋ぎもそう、織り始めても1時間1メートル、2メートルしか織れないマラソン。

お盆というのは先祖が帰ってくるといわれるが、その帰ってきたときに織機が動いていたら一番幸せなんじゃないだろうか。日本の麻織物の本場といわれる近江湖東産地で風前の灯となってしまっている麻織物。ときどき、川に大きな鷺のような鳥が舞うと思う、ほとんど雀すら見かけることもなくなったのに、すごいなあと。また、機屋というものは花のようなもので、それに舞う蝶がブランドさんだったりするのだろう。蝶は花を求めて飛び回ることができても花はそこに咲くしかない。蝶にとっても花は必要だが、蝶がいなければ花は咲くことができないところも似ている。織物の作業というのは地道な作業だが花のように華やかな部分もある。

実際には、織物だけじゃないだろう。製造業やその製品そのものが消費者にとっては花のようなものなのだろうけども、その花が咲くことが少なくなってきたのが日本。海外から花をもってきて消費者に選んでもらうのが主流になってしまっている。先日、ある方との話の中で、自分があるのは先祖があってという話、本当によくわかるのである。私は仕事の中で先祖や親類、地域とのつながりを一番感じ、それを一番大事にしていている部分がある。普通だと仕事の中でそういうのを感じることは少ないだろうから、仕事でそれを感じるのは特殊なケースなのだろう。
2017年08月07日
今日は朝テレビ局から電話が掛かってきて、老舗でおかみさんが支えているような企画を考えているということで、うーん、林与には当てはまらないなあと地元の他の会社さんをご紹介した。地場産業系の企業で度々聞くのが、身内は働いてもらうのは難しいという問題。

おかみさんが切り盛りされている感じの縫製の会社が近くにも2つあるがうまくやっておられるなあと思う。80近くになられても毎日仕事の指揮をしっかりとされていてぶれる要素がないのだろうと想像する。
2017年08月06日
台風5号の特徴は2週間以上の寿命を持つ長寿台風うであるということ。なぜこんなに長寿なのかというと、強い高気圧が日本の上空にあって低気圧である台風が上に上がれず、行き場がないからということらしい。台風が来ているというににまだまだ暑いのも、今年の夏は本格的だからということだろう。

2017年08月02日
今日は午前中、家でまったく使っていなかった窓に取り付けるエアコンを工場の1Fに取り付ける。外が30度を超えて工場の中のほうが空気が詰まって暑いような気がするので、空気の循環を生み出したかったので。平成元年に工場を建てたときには、水を噴霧しファンを回して冷たい空気を送るエアコンが工場に付いていたのだが、水がダフトの中にたまる問題があって使わなくなった。外の空気が中に入れば涼しいだろうと思って今回取り付けた。

一ついえるのは、エアコンというのは空気中の湿度を奪うので麻織物を織るにはあんまり良くないだろうということ。冷やさなくても、消費電力が、1kwhのタイプなので気休め程度に外気を中に取り入れる目的で使えばよいだろうと考えている。

今は、織機そのものもだが、織機があっても織機を動かせる人がいないという問題が存在する。織機を動かそうとするとボタンを押す作業だけでなく、織機を調整する必要があり、うまく織れないときにはうまく織れるように調整が必要で、問題のない反物が織れないとならないのだが、麻というものは不規則で伸度が少なく、何千本の糸が並ぶとそれが一本でも切れると織機は止まる。

同じ天然繊維でも綿やシルクの織物だと横糸を交換するだけでよいということが多いが、麻を縦に張るとそうはいかない。他の産地の機屋さんから麻を織りたいというアドバイスを求められることが多いが、織機の問題だけではなくて、糸から織れるように選んだり準備が必要で、織れないときに織れるようにもっていくような力が必要なのだが、糸が問題であることも多いので織機を調整すればするほど織機の調整が狂ってしまうというような存続すら危ぶまれる最悪の結果にもなりかねない。織機を調整しているだけでは何も仕事が前に進まないので機場を動かす考え方というものは必要で、動かせる人の少ない状況でたくさんの織機を必要とする理由もそのあたりなのである。
2017年07月31日
今日は、山神シャツの山神さんが名古屋のイベントのあと、また東京から山神さんのお客様がお越しくださりいろいろとお話を伺う。他とは違う部分が他とは違うものづくりへのこだわりから生まれてくるようなお話でお聞きして同じなんだなあと感じられ、うなずけるお話ばかり。服飾の世界であるべき姿のような理想的な考え方を実線し成り立たせておられるような山神さんのお話をお聞きするチャンスだと思い、新しい役員の女の子も食食事にご一緒させていただく。

優雅に見える世界でも、終わることができればどれだけ楽なのかという苦労の連続で作り上げておられるような部分や、そしてそういう苦労な作業を当たり前に楽しめ、それがお客様が喜んでいただけるからというために、何度も何度もやり直したり。常に余裕のない状態で仕事を生め、迷っていられないほどに仕事をこなしていかれている部分に、大きなブレがないスタイルじゃないのかといわれるのも私の考えと似すぎていて、正しいことなのだろうと思うけども、日本の繊維業界の他の方からはあまり聞くことのないのも不思議に思う。

そういう世界を作り出せる人がいるからそういう世界が存在するのだなあと実感をし、普通を要求すれば消えてなくなるようなものだろうと思える。若かりし頃に、自分を思ってくれる親しい方からやっても駄目だと親身なアドバイスを受けたそうで、どこまで普通から外れているかというあたりがその道を作り出すときには必要なのだろうと思う。また、理想と現実という部分もしっかりと持っておられて現実的な部分押さえながら理想の部分を生み出しておられるあたり、継続するためには大事な要素なんだろうなあと。
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