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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2018年12月06日
この前、丸亀うどんを半年振りくらいに食べた。丸亀うどんも地元に登場したときは衝撃的だったけど、今は誰もがいうのが普通みたいな話。ぜんぜん悪くないと思うけど、そこまでしていても普通に思われてしまうのは厳しいくらいの話。かけうどん大を食べてかわら版もらえた。中に100円割引とか、半額とかの券が付いている。経営努力がすごく見える。つゆかけご飯が載っている。だしは無料だから、130円のご飯を頼めば楽しめるということ。

同じく幸楽苑というラーメン屋さんもあったけど、290円のラーメンで、1000店舗を目指して今は縮小気味で、彦根も閉店した。コンビニもそうだけど閉店するところが増えている。広がるときというのは簡単なんだけど、縮小するときが難しいんだろうと思う。フランチャイズは雇用じゃないから広がるんだろう、だがフランチャイズ加盟店の経営の現実は厳しい。裏と表の世界が逆というだけで、表が業績好調なときでも裏は成り立っていないのである。やれば儲かるという言葉にのせられた投機的な側面が大きい。

見える側面と見えない側面、日産の件でも、日本人の経営者が雇用を守ろうとして業績が上がらないケースがある。当たり前といえば当たり前で、日本の経営者だと雇用を守ることが一番であるかのように行政が存在する。結局、外国企業に身売りする以外に方法がなく、外国人経営者が何千人のリストラやコストダウンを強いて当たり前に業績の回復で、行政もニコニコでマスコミ的にも美談なのが、なんか一貫性もなく経営の難しさだろう。自由な競争ができれば日本企業も生き残れるだろうけど、行政の内弁慶な体質がつぎつぎと経営努力をつぶしているところがあるだろう。見方さえ変えれば日本人的な経営というのは雇用も守ろうとし一人が何十億も取らないでそれをみんなに分配して分かち合う要素は大きい。

特許がどうとか商標がどうとか、人がつくりあげた実質のないものだけが法律で守られて企業価値みたいな形で、売買されてそれで終わりみたいな。今、中小や零細企業の後継者の問題があるけども、そういう企業M&Aの売りが、儲かっているのに廃業だからもったいないみたいな感覚。その感覚で後継者を見つけると難しいだろうなあと思う。

そういう企業がオンリーワンで生き残っているのはその経営者の人の部分であろう。私の同級生の親父さんがされていた10人ほどの従業員がおられて福利厚生もしっかりと自慢だった経営者の織物の工場が、経営者がなくなられると廃業というのも良く分かるのである。面倒を見る側と面倒をみられる側、面倒を見るものがいなくなれば終わりというだけのこと。本当は、中で面倒を見る側に育っていかないといけないのだろうけども。育てるということあきらかに難しいのが日本の国の行政的な考え方。面倒を見る側の人がどんどんと減っている。

行政が、企業後継者を探そうとしても、面倒を見るというところできる人を見つけないといけないのだろうけど。そういう重い部分に目は行かないだろう。私自身、ある織物工場から頼まれてお客さんが困るから織機を譲るので続けてもらいたいという話があったけども、みんなが同じ感覚だとものごとは運びやすいが、感覚が異なると物事はうまく行かないものである。私が動こうとしたのも儲からない仕事でも失われた50年前の世界が残せるだろうから引き受ける価値があると感じたからだけのことで、引き受けること自体が一肌脱がないと駄目な誰もが逃げる重荷なのである。

マイナスで働ける人しか引き受けられないような面倒を見る側の世界。そういうのが普通だったんだろうと思うが、面倒を見られる側が面倒を見る側に回ることがなくなるとそういう社会は続かないわなあ。サステイナブルな社会を目指すというのもそういうあたりが本質なんだろうと思う。エコでよく言われるのが、育むということだけど、育くものと育まれるものの壁が出来てしまうと、終わりなんだろうと思う。育まれたものが育む側に回るようになってこそサステイナブルな流れにつながるのだろうと思う。
2018年12月05日
作業着としてユニクロのボアのパーカーを使っている。もう5年以上になるだろう、ボロボロで限界過ぎて。新しいのを買おうと思ったら、まだ同じものが売っていて3枚買った。着てみると少し素材感が薄くなったか、ベトナム製になっている。ボアの部分も外のファブリックも薄く柔らかく。ちょっと残念、違いの分かる男なのである。なんか今までのより相当軽いが悪くは無い。

私自身こだわりがあったりするので、同じものを使い続けてまた同じものを買って使い続ける。ノートパソコンもそうで、レッツノートの同じタイプを使えなくしては、中古を買って、もう10年近く使っている。誰かが使ったものでもまだ活用ができるので、私のような人間が使えばよいのだと思う。

パソコンに思うのはもう夢がなくなって道具として使うだけになったこと。子供の頃というのはパソコンが新しいものが出ると早くなるだけでなく、新しいことができるようになった。今は、パソコンも性能がアップするだけで、10年前のパソコンでもタイプスピード、返還スピードには十分付いてきてくれるので、なんら問題はない。

私自身、自分の作ったリネンで一番愛用しているのが、ハニカムのタオル。リネンハニカムは今ではどこでも見るようになったけど、10年前に、平織りばっかりだとつまらないので、綾じゃ工夫がないし、4枚ドビーのハニカムをタオル用に織ろうと思って作ったのがきっかけで、数日で出来上がった。それが今もリネンのハニカム織として残っている。

先日、ある社長さんと話したときに、その方もあと10年で何ができるのかを考えておられた、私の場合にはあと20年で何ができるのか。やりたいことはいっぱいあるし、20年というのは詰め込めば10年で一人の仕事の一生分くらいはできるだろうから、まだまだ、新卒に戻ってくたびれるまでやって2回できるということになる。

最新じゃな古いものばかりに包まれて自分の世界を作り上げて行く、でも、私自身は職人的ではないのである。職人というのはながら仕事で考えずん仕事しているような感じで、私の場合には結構確認ばかりで考えて考えて作業しているから。その分失敗が少ないからなんとか生き残れているのだろう。

この仕事は難しいなあと思うのは、一回で確実に答えを出していかないといけないこと。企画が始まったらそれをなんとしても形にしないと、途中問題が起こってもなんとか乗り越えないととうあたり、違和感を感じることで誰かが織機を触ってしまったのに気がつくとかで、原因が分かるとか、織機の音が微妙にずれているとか、糸に違和感を感じるとか、で救われてることが多い。

コンピュータが使えることは織物にとっては良いことなのである。もともと織機の原理からコンピュータも生まれているので、織物と追うのはコンピュータが計算した計算結果が出力されたようなものなのである。ドビーカードはプログラミングと同じだし。若い頃にプログラマーの現場にも少しいたので、コンピュータの仕事も織物の仕事も本質は似てるなあと思うところがある。
2018年12月04日
暖冬気味だけど、週末からは冷え込むという。もう12月なのに寒い気がしないのである。夜工場で働いていても暖房もなしに普通にやっていけてるので幸せで、あと2ヶ月もすれば、春先で、麻を扱っている身からすれば、悪いことではないのだが、冬場に冬物が売れないということは、私の仕事のお客様というのは春夏物も秋冬物も扱っておられるので、秋冬がうまく回らなければ、春夏物を扱うムードも下がる。

それでも、麻はエコな流れからしてもトレンドの主たるもので、価格もかなり手ごろになったので若い方でも麻を選ばれる方が多くなって、麻の専門でよかったなあと思うことは多い。アパレルだけでなく、小物やインテリアなども麻は、ワンランク上の素材として選んでもらいやすい。

日本でこれだけ暑いので、これから豊かになる南アジアの国々や、富裕層の多い中東なんかもターゲットと考えると、一年中、需要はあると考えても間違いではないだろう。
2018年12月03日
仲良くさせてもらっている機屋さんに電話したときに人が多くても大変なだけだという話があった。会社の中というのは出来る人もいれば出来ない人もいる、一番厳しいのは仕事するのも難しいとか、仕事というのはあるとかないとかでなくて自分で作ってやっていかないと本当に仕事をする力があるとはいえないもので、そういう人というのは本当に稀である。

私も仕事を教えてもらったのがそういう方だったので仕事をいつでも自分で生み出す力をもっている。別の人に仕事を教えてもらっていたら手抜きばかりになっていたかもしれない。仕事を教えてもらった方以上に、いろいろと工夫してよいものが出来上がるように詰め込んで私なりのものづくりの手法があるから、普通は難しいことでも失敗が少なく出来上がる。

何十年やっている人が一般的に仕事が上手かというと、産地で織物が衰退していることを考えると、田舎の商店街と同じ現象が現場にあったのではないかと思う。お客さんがこないから一日中店番みたいな雰囲気で、惰性で仕事をしていた。何か難しい仕事があってもそれを積極的にやるような人がいなかったとか。

経験の長い人というのは、問題の本質が見えなくなることが多くて、自分が問題を解決できなくて他の人が解決してしまうと面子が潰れてしまうところがある。綺麗に仕事を終えられた70歳の社長や、別の食品関係の機材をつくられている70歳の方、また、機械開発を電機メーカーでされていて引退後織物関係を手伝われていた方とかは、私が話をさせていただいていても、面子の張り合いみたいなものがなく、珍しいといえば珍しい存在で、そういう人が仕事が出来るのである。

ふた周りくらい違う世代の方でも、そういう先生のような人ばかりではなく、半分以上は相手するのもむつかしい方で、仕事をしようとしてもモーティベーションからして、分からんとか、分からない、できない、からはじまるので、用意と後片付けをすべてこちらが任され、こちらが高度なことをしようとしても、時間がある人がどこまでも時間を取ってしまう。母親がそのタイプで、ちゃんと説明しないから分からないのよと、説明しても自分がこの方法のほうがよいからと別の方法でやってしまって、毎回毎回そんなことばかりの典型で、食べられるところまで上手にならならず、1日来てくれるバイトの学生よりも仕事を頼むのが難しいとかも多い。そういう状況だと面子が先に勝って、簡単な仕事も我流が入って本当に正しくしてもらうのが用意ばかり確認ばかり駄目出しばかりで難しいのである。

産地の問題の本質はそこなのだ。いまや経験の浅い日本人が馬鹿にしがちな海外の繊維産業ほうが正しくものづくりできるようなのも当たり前なのである。仕事もしなくなって正しいものもつくれなくなって、それで産地が苦しいといっても仕方ないといえば仕方ない。人数の多い会社というのは、だらしない人が逃げ出すように規則などで細かく縛らないと成り立たない。私も世界最先端クラスの電子機器の工場の製造現場で働いたこともあるが、田舎の年配の人だと無理だろうなあと思う。一つの失敗も許されず、確認作業ばかり、一つでも失敗があると、改善書を書かないといけない。高卒のにいちゃんたちがそういう現場で普通に働いていて仕事こなしているけど、我流が多くなる年配の方では、言われたことを言われたとおりにすることができず、駄目だしされるのも嫌だろうし駄目だしするほうも嫌になるだろう。仕事で環境柔軟性は大事で、我流が勝ってしまう人はどうしても上達できず、自分はどうこうの話になってしまう。

町内の織ってもらっている工場のために、いつも間違いが多いので、全部糸を新しいビニール袋にいれてマジックでどれのどの糸かが分かるように渡して、次のときにいくとビニール袋を別の用途に使いたかったのだろう、ビニール袋は消え、糸がごちゃごちゃになっている。失敗も多いわけで、失敗してもへっちゃらなところがあるのが何十年の経験者で、どうしようもないから丁寧に準備までしても若い者にそういう失敗で困らせて平気だったりで、そういうのが普通なのが田舎の現場だったりするから、私もしたくはないけど、そういう人には引導を渡したり、鬼にならないと普通の簡単な仕事もこなすことが難しい。

林与の場合、先代にしても産地ではものづくりに長けていると定評はあるがアル中で、なにかにつけて面子が先に立ってしまって、お山の大将をやっているから、自分が仕事していないから結局仕事できない体質になって、良い時代が終わると一つの仕事もちゃんとできないので、仕事をすれば雑すぎて一つの仕事も助ける人が居ないと成り立たない半人前。先代でも、田舎で億の仕事を経営者としてこなしていた人だが、仕事が出来ない駄目な人と私が見切ったことで林与という会社が存続しているようなところもある。もちろん織物の基本や応用も理解できているが、実際に時間があっても必要に迫られても自分が作業しないし正しくも出来ないから基本的に仕事は半人前だろうと思う。

日本の繊維産業の好景気は、今となっては外部的な要因でつくられていたということなのである。繊維産業というのは自動車や電気機器とちがって、車検や修理が必要ないことが多いので、地球規模の自由競争にさらされやすい。戦後から昭和50年くらいまでは為替の関係もあって、国の成長を国の中での生産が支えた。それが、昭和50年代に円の切上げ、途上国通貨の切り下げが行われ、立場が逆転して、日本の繊維産業にとっては逆風。

新しく立ち上がった途上国の繊維輸出産業が日本をマーケットにして発展して行く。今は携帯電話の中の機器の製造が国を支える韓国も、日本の次の繊維の世界の中心となった。そしてそれが中国に移り、そしてそれがベトナムに移る流れ。

そういう量産型のモデルを日本で成功モデルとしてやろうとしても同じなら海外でやったほうが10分の1でものが出来上がってくる。日本という国ができることは、特殊な考えをもって特別なものをつくらないといけない。私自身は、日本の消費者のニーズとしては世界で一番その要求が高いので、流通さえうまくこなせれば織物の製造が一般と比べても悪い職業ではないと思える。

機械を使って人が働いてもどこの国でも同じものしか出来ないかというと、同じ材料、同じ機械でも、人が違えば完成度は変わってくるのである。それがマニュアル化してしまって、正しいものをつくるようになると、世界共通の同じ程度のものしか出来なくなる。マニュアルが無くても少しでも正しいものをつくろうとする取り組みが生きていれば良いものはできるのである。でもそういうのを否定して仕事が面倒から始まるのが今の現場だったりするから、人が多いほどに大変になるのだろう。仕事は困難が多くても当たり前だし、逃げないで前向きに楽しくやっていかねばと思う。
2018年12月02日
ほとんどの時間、工場の中にいたりして、外の世界とは遮断されていることが多いので、普通の人から見れば、趣味は何ですかとか聞かれる。仕事以外の別の楽しみが大事だったりするということなのだろうけども、私の場合にはいろいろと何十年の重荷を背負って仕事している。普通の人よりも自由じゃなんだけど、普通の人よりも思い切ったことを仕事の中でもできるので、仕事をそれほど苦痛には思わないのだろう。単純な作業をしているときには、別の仕事の段取りのことを考えながら、並行して作業をするようにするとあっという間に時間が経つ。

仕事で出会うことのできる皆さんとの関係を仕事の関係とか割り切ったりはしていないので、仕事をいただく方も友人に思えたり、仕事をしてもらう方も友人に思えたりで、友人にも困らないというか、一つのプロジェクトを一緒に達成するので、林与の勝手かもしれないが祭りを一緒にするような仲間なのである。そんな関係が仕事を通じて広がっている。

私の限界等のは普通の人の限界の10倍くらい違ったりして、細かい作業でも何十時間でも続けたり、食べるときは人の何倍も食べるし、食べなときには2日食べないで仕事し続けて劇痩せするとかもある。仕事以外の趣味といえば将棋をネットでみることか、ほんとしょうもない趣味だけど、おっさんの趣味というのはそういうものでよいのだ。何分も動かない盤面を見続けてるときに指しての心理みたいなものが私の中に入ってきてそれを楽しんでいる。駒がどう動いて勝つとか負けるとかよりも、困った状況に陥った指し手が、打開するというのは仕事でピンチに陥ったときの緊張感からの開放と似ていて心地よさを感じるのである。

物事に対する欲みたいなものはなるべく捨てるようにすると仕事も割り切ってしやすい、そういう欲を捨てられると仕事に完全に集中ができ、3つ4つのことを並行しながら進めて行くことができるとか、難しすぎて1ヶ月ほっておいたことでも1日2日でクリアできたりする。プロなら、なるべく沢山のことをこなしていけるようにしないとと思う。
2018年12月01日
何かしようとするといろんな制約を想定しないといけない。例えば安く早く送ろうとすればその制約に会う状況を作り出さないといけない。運送会社も制限されるし、その運送会社の発送方法にも制限される。受け取ってもらう側もその制約を理解してもらっているとスムーズにいくのだが、受け取ってもらう側が、その制約に合わせるのは難しいとなると、安く早く送る方法は
難しくなる。

普段の仕事でもそういう制約ごとに臨機応変に対応できるとできることの可能性は広がる。こうでないとダメという形より状況に応じてできるベストを尽くせるように出来ることを考える。私は他の人の仕事を準備もするので、全体的な仕事も回る。自分の仕事だけ考えていたら、問題解決が難しいことが多い。

そういうときに自分の中に解決方法を持っていると、救われることが多い。今も糸をチーズアップしてくれるおじいさんが手術で、チーズアップがどこも一杯。会社の中にチーズアップできる環境があるから、私も今までチーズアップ何回やったかくらいだけど、やる気があるかないかだけのこと。150番手のチーズアップも外では無理だから、自分でやって150番手の織物が織れる話に繋がった。

他に頼むのが難しいときには自分がやって乗り越えるチョイスもありだろうと思う。そこまでやると自分の限界も達して仕事を頼んでやってもらってるありがたみも見えてくるし、できないという人の問題も解決できることも多い。

2018年11月27日
アメリカの宣教師がインドのセネガルの原住民に布教に行って弓矢で殺されてしまった。アメリカの宣教師がよいことをしたのかというと、なにか独善的で仕方のない結果ではないのかと思う。宣教師を受け入れてキリスト教が入れば原住民たちの宗教は揺らぎ、原住民の生活は近いうちに崩壊するだろう。

日本で言うと2200年前の縄文時代に、渡来人が入って、弥生時代を築いた時に新しい宗教が入ったのとにているだろう。基本的には力が強いほうが残る世界、現代社会が原住民が人を殺してけしからんと、原住民たちを正そうとすることが正しいこととは思えない。現代人は力ではないモラルで行動をするように定義されていて、力で制するなら原住民たちを力で制圧できるだろうが、それをやってしまうと現代人らしからぬ。現代人らしく、宣教師が心を開けば受け入れてもらえるものという感覚で進んでいったが受け入れられなかったというほぼ当たり前の結果。

原住民たちの生活のなかに病気などの不幸もあるだろう、現代的な感覚だと教育も受けられず人権侵害だとんるかもしれないが、原住民たちが現代社会に取り込まれたときに一番底辺であるような扱いを受けることになり、それはよいことではないのかもしれないと思える。逆に軍隊のサバイバルでは原住民を理想とするような食糧確保などが訓練としてされていて、生死を掛けて自分で生きるということは忘れ去られた基本なんだろうと思う。

与えられた環境が自然なら、自然に適した生き方が必要で、人類が文明が発達しすぎて滅んでも原住民たちは生き残れる可能性は逆にあるだろう。古代文明と言われるものはすべて滅んで、文明と言うものには終わりがあるのである。現代文明も地球温暖化などで存続が危ぶまれている。

ミランコビッチサイクルのような、2万年とか、10万年とかのサイクルの方が、人類の文明の長さを越え、人類をリセットする力を持っている。地球の傾きの微妙な加減に支えられて人類が地球に存在できているだけ、ガラスの表面の水滴のような存在の中に人類が存在しているだけのことだろう。
2018年11月26日
今日は、中古のものを譲ってもらってそれが問題もなく使えそうでよかった買い物だったのではと思う。取りに行って買ったときに、少し調子が悪いなあと思う感じがしたのでそれをその場で治してもらってから譲ってもらった。この調子の悪さは、古いものには、よくある問題なのである。もし、それを治してもらっていなければあまりよい買い物をしたことにはならなかっただろう。今日1日使ってみたが問題もなくいい感じ。

中古で買ったものが近いうちに寿命となることもあるけども、それはそれで使えるだけ使ったということなので、私の哲学からすれば悪いことではないと思う。新しいものを買って治せるのに治さないで買い換えるというのが私はあまり好きじゃない。今は、修理が高いとかが多いので。

糸を繋ぐ、タイイングマシーンという機械があるけども、40年前でも、1台が200万円とか300万円。メーカーで修理すると、今でも1回10万円コース。タイイングマシーンは、切れない糸を繋ぐのにはよいのだが、切れやすい麻糸を繋ぐのには、そこまでの調整をできる人はメーカーにもいないのである。時間があれば、自分で一回分解してみようと思う。全部綺麗に掃除して組み立てれば、きっと、織機と同じで、メーカーの人以上に調整に詳しくなれるだろう。
2018年11月17日
物販の商売で一番大事なのは場所だろうなあと思う。コンビニが廃業したあとの建物に新たに別のコンビニが入っても成り立たせることは難しい。コンビニが廃業するような場所で、物販や集客の仕事はほぼ成り立たないの法則が私の中にはある。

今、ファストフード店が、営業時間を24時間から午後10時までとか午後12時までとかに切り替えている。本来、24時間で回すほうが、原材料費が非常に低いメニューなので、固定費用として掛かる場所代を浮かせるためには、よいのである。でも、次なる固定費用というのは人件費、夜中一人でワンオペできるとよいのだろうけど、ワンオペというのは基本禁止されているというか、間に1時間の休憩を挟むと、一人で朝までとかは無理で、2人必要となるから、お客さんが少なくても最低2人体制が必要。

田舎だとお客さんが1時間に数人ということもありうるから2人体制は成り立たず、10時までの営業とか12時までの営業に切り替えるところが多いのだろう。でもフランチャイズというのは酷で田舎であっても今まで24時間営業を課して来た。何時でも食インフラがあるという意味では田舎が便利になり人が増えるという要素にもなりうるが、マイナス経営だとそれを続けていること事態が将来を暗くする。

丸亀うどんが朝うどんをはじめたことがあって朝8時から、私は大喜びだったけど、1ヶ月で断念。私みたいに徹夜で働く人というのは田舎では少ない。朝8時にうどん屋が開いたところでうどんを食べに行くシチュエーションに無い人が多すぎるのである。固定費用を薄めようとして長時間営業にしてもメリットがない例で、断念したのは正しい判断だと思える。お客さんは1時間に2組くらいで、そこに2人から3人が店頭に立つメリットはなく、11時開店のほうが成り立ち安いだろう。

人を雇って経営をする場合には場所だけでなく時間も大事なのである。人を雇わずに経営の場合には、規模も小さくなるだろうから場所もそれほど大事ではなくなる。また時間も自由に設定しやすいから、深夜のみの営業でもよいだろうし、ピーク時だけの営業でもよいだろう。大企業経営のような普通を目指して小さいところが残れるはずもなく、大企業経営にできないことや逆をやらないと残れない。
2018年11月16日
林与が麻を染めるときに、特別な事情が無い限りはほとんどの場合、より均一に綺麗に染めたいのでカセで染める。かせ上げ、チーズアップが必要になってくるのだが、こういう仕事はどんどんと消えて行くばかり。今もシーズンに入って、チーズアップのおじいさんが入院で、林与も自分でチーズアップの作業を行う。自分で作業を行うので作業する人の立場というものも良く分かり、普通に自分から仕事ができないとこの仕事というのは難しいなあと思う。

ある工場の社長が、自分が作業しているんですよみたいな話をすごいことみたいに言われたりもするけど、それって普通だよ、と思ったりするのは私だけだろうか、そうでないと工場のものづくりなんて成り立たなくなる一方。仕事してもそれなりに出来ない人が社長するなんて考えられない。

同級生の漬物屋さんの亡くなられた先代が、80過ぎて、醤油の御用聞きに来られた。醤油なんてスーパーで200円ほどで買える感覚が普通にあるのだが、こうやって、初心忘れるべからずで80過ぎて若い頃にやっていた御用聞きを再びされている小さい頃からしっている同級生の立派なお父さん。経営者としても評価の高い方だったが、商売の基本を死ぬまで貫いておられたのは立派としか思えなかった。

それが成り立つ成り立たないは別として自分自身が仕事していて最初の基本を失いそうになることも多い、私自身、御用聞きのようなことができるだろうかと自問する。
2018年11月15日
今日は韓国向けのサンプル出荷。16枚ドビーの組織を、8枚ドビーで再現するため、ソウコウを入れ替える。縦糸を繋いで、白糸を黒い糸に200本ほど差し替えして平で織るまで平丸々2日、そこからソウコウを入れ替えしてカードを作って織る。ドビーは基本順通しになっているけど、それを入れ替えすることで、複雑な柄を織ることができるようになる。

平の組織だと問題なかったけど、ドビー組織の甘い部分がドローパー落ちが起こり、織れない判断。やってみるとうまく行くこともあるし、やってみないと分からないこともある。15cmx30cmほどのサンプルをつくるだけに、詰めて3日、普通だと一人の作業で1週間ほどの時間が掛かる。頭で考えたことをそのまま織物に再現する作業。頭で考えるは簡単でも実際に作業するとなると一仕事なのである。

夕方に草津のFEDEXに持ち込んで無事出荷。明日にはソウルに届く予定。第三ラウンドの終了。
2018年11月14日
升田幸三という棋士がいた、晩期はまさにおっさん。この爺さんとくらべると、目立ちたがりの一二三さんがいくつになっても子供にみえるほど、だけど、将棋に人生を掛けていた。そういう人がもういないのが今。なんで、あんなボロボロの爺さんが強いのか、いわゆるくすぶりなのだろうけども将棋というものが玉を取り合う世界であるという本質を持っていた。お行儀のよい世界に落ち着こうとするけども、そこではない実力の世界。

そういう人生観が好きである。将棋界で天空人が恐れるようないつでも下から這い上がる力。タイトルとか安定とかそんなものは意味はない。名人をなんら価値のないものとして取りに行く。道を極めている人の世界な気がする。盤上の勝負の世界だけのことで、それが将棋の本質だろう。タイトルなんかは勝負の世界とは別の無意味な世界。将棋の世界は本来そういう世界だろう。

升田幸三が名人になろうが、升田はじじいでよいのだ。そういう強いじじいがよいのである。藤井聡太氏は同じ臭いがする。負けて悔しくて泣くとか。一つ一つの勝負を大事にしているところが本物。

2018年11月13日
今日は朝からキッチンクロスの納品に向かう。手ごろな箱がなく、箱を探していて今日の自社便での納品になった。納品先が近くの県で車で1時間くらい。時々、草津のクロネコのセンターとかまでいくと同じくらい時間が掛かるので、送料を考えると自社便のほうが簡単だったりすることもある。

今日は疲れていたので、帰りに、焼肉の食べ放題を食べた。一人3000円くらいの食べ放題で、沢山食べて体力回復。食べ物というのは、ほんと薬と同じに思う。すごくお腹が空いていて体力も落ちていたのに、お腹が一杯になるともう食べられなくなる。健康な証拠であろうと思う。

久しぶりに帰ってゆっくりと休息をとった、今年の第二ラウンドが終了した感じ。
2018年11月07日
日本で神というと、人の力を超えた力を持つ存在を神と呼ぶところがあるけども、そのあたりが凄くインドのヒンズー教と似ている。ヒンズー教の祭りでは、石像が隠れているのでそれを鬼たちがなだめて(その鬼たちもまた神様だということだけど)、石像が出てきて人々が幸せになるようなことが行われていたりして、日本の神話と類似している。大麻にしてもヒンズーでは、シヴァ神の好物として、神の草として、貢物として供えられる。日本の鳥居がヒンズーの門と非常に似ていて、現地では日本の鳥居の起源であると説明されているという。

ヒンズーの影響があるのかという点、私は徐福の存在を信じているので、徐福がインド留学でヒンズーの儀式や仏教を学んで持ち帰ったと思う。徐福が童男童女3000人職工500人とともに、五穀を日本に持ち込み、階級社会を作り上げる基礎となったのが、日本の神道の儀式の起源ではないのかと考えるところ。日本の神道で苧麻ではなく、麻が大事にされるのも徐福が留学したインドの影響ではないかと思うのである。

大麻というのは日本の天皇が大嘗祭でお召しになられるアラタエと呼ばれるものが有名だが、天皇がお召しになられるアラタエは、本来は、鹿の皮でそれが織物に置き換わったとされている説があるが、それは微妙。粗妙とか荒妙で、シルクと区別して荒い妙であるというのが、本当だろと思う。鹿が3匹で、麤と書くアライは麁と同じ文字とされるが、シカが集まるときに離れている様だという。アラタエはニギタエの対語とされ、アラは素材を指すのではなく、状態を指すと考えるべきだろう。タエが共通ではなく、栲(カジノキ)と妙(シルク)なのだろう。タエというのは基本、布ではなく、綿を集積した物。多重ねるの意味だろう。

大麻も、織物として使われる以外に、繊維を綿状にしてタエとして使われていたこともあるようである。アラタエ、ワタタエが原料そのものを指すのではなく、実際は、見た目であるというのがポイントではないのだろうか。木を編んだようなものはアラタエ、真綿はコットンではなくシルクというのも不思議なことだが、シルクの一本の糸を引くのではなく、繭を打綿して伸ばして布状にしたものが本来のタエだったのであろう。綿は、本来は木綿と書いてモメン、コットンは棉と書くべきが妥当かとも思う。木から取れるワタなのである。布は、ヌウオが語源で、織物の原型の縫われた苧を指す。オを縫ったような状態が織物で、織るは折るがもととされるが、苧(オ)、麻(オ)と呼ぶところから、オを作業した物であるということだろう。

大麻がカラムシでないといわれるけど、カラムシしたら大麻もカラムシ。そのまま使えば太布であるという、本来の太布というのは苧にせずにそのまま編んだものだろう。つる草を編んだものとか、太布らしい感じを受ける。厳密に云々じゃなく、感覚的なもので、資材系に編まれたようなものが太布で、大麻は本来、カラムシされなかったのであろう。だからカラムシとは呼ばれない。でも、専門家もしらない部分かもしれないが、大麻も蒸して緒を取り出せば、カラムシなのである。緒にしても苧も同じ、紐というのがオなのである。苧麻にしてもカラムシして引き裂かなければ、見た目、太布になりうる。

頭でっかちに成分や原料分析の専門家になるよりも、織物の現実や一般的名客観的視点が古代の麻だけでなく、布を見る観点だろうと思う。シルクですらもまったく、織物じゃなく、真綿といわれる妙としてつかわれていた、妙というのが多重だと思うのも私だけのことだろうか。タエと聞いて、多く重ねるを想像するの日本人的な表現なのdが、それを失ってしまっては駄目、成分分析よりも、原始的な感覚こそが大事。
2018年11月05日
織機に掛かっていた縦が順番に終わって、織機が空いてくる。機を乗せ換えするなど織機の立ち上げや新たなビームを繋ぐなど。一本のビームが織りおわると長い旅が終わったような錯覚に陥るが、織り終わってからもシャトル織機の場合には糸切作業が必要で、加工出し前の検反作業が必要である。織のプロであるかないかは検反作業でも分かる。上手な人が織ると1反に5箇所以内のキズに収まっているが、下手な人が織ると修正作業が織るよりも何倍も時間が掛かることがある。

織り手さんというのは、何台も織機を動かしながらキズを出さないようにどれだけ良い生地を多く織ることができるかが技である。沢山織れても問題ばかりだと織らないほうがまし。麻糸の場合にはキズは付き物なのだけど、許容範囲に収められるかどうかがポイント。自分が失敗しなくても糸が切れて汚く織れてしまうこともあるが、そういうのが1反50mで5箇所以内に収まっていないと駄目。上手な人は織り段ができないが、下手な人は織り段だらけになる。同じ織機を使っても人が違うと、結果として生まれる反物の良し悪しは分かれる。

一番駄目なのが、糸をまっすぐ繋いでいないこと。なぜ糸を順番にまっすぐでないと駄目なのか理屈は分からなくても、全部順番に正しくといわれてそれを軽く考えてしまう、素直さの無い人は、織ることに問題を多く抱えてしまう。理屈としては糸がまっすぐ走っていないと、ドロッパーのところで交差してドロッパーが落ち難くなりやすいから、糸切れしやすくなるだけでなく、糸切れしても縦糸切れを感知し難くなり、縦糸切れのままキズで織れてしまう。

細い繊細な糸だと交差してしまうだけで糸に抵抗が掛かり、糸が弛んできたりすることがある。それが分からず糸に錘を掛けたりして行き当たりばったりで織っているとどんどんと錘の数が増えてくる。糸切れなどしたときに、糸をまっすぐに繋がないといけないのだけどもそのコツをおしえてもなかなか実践せず、手元で見つけた糸を適当にそのまま繋いでとか。経験の長さの問題ではなくて、ちゃんとできる人は最初から教えてもらったらちゃんとするけど、ちゃんとできない人は毎回ちゃんとしないまま駄目な作業が続くことが多い。

日本の製造業は高度なものをつくって生き残るという話になるけども、それが本当に難しい話。一つの織物に経4色、横4色とか使う織物だと、3配色あると24色の糸を使うことになる。横糸だけで、12色。普通の平織だけど色数が多いので高度なデザイン性の高い織物の一つであるが、その糸の管理にしても現場の年配の方が理解できるのかというとそれは難しい話。全部、どの品番の何番目の糸が書いた新しいビニールに糸を分けて入れてわたしても、ビニールを別の用途に使いたいのだろう、つぎに行ったときにはビニール袋は消えて糸はまとめて箱に入れられてしまっていてとか、できないとか分からないのを心配して完璧に用意してもどうしようもない話。

高度な織物をつくることよりも現場の人が失敗しないように仕事をしてもらうのにすごい力が必要になってしまって、普通の白い無地の織物の仕事も危ないということも多いので仕事があっても仕事をしてもらえなくなる。私自身、仕事というのはあってもタダでお金がもらえるわけではなく、貰うお金以上の苦労があってお客様には喜んでもらえるものと考えている。なんで仕事を出さないんだみないたことを言われる下請け業者さんもおられるけども、なかなか今のリズムについていくのは難しいだろうと思うことが多い。サンプルが1ヶ月以内に出来て、本生産も2ヶ月でできるような体制だといろんな仕事が受けられるだろうけども。そういうのを先染の世界やプリントの世界でやろうとしても納期的に無理で、コスト的にも難しいという話以前に、失敗すると作り直すにしても時間もないし現場にそれだけの覚悟があるのかというと仕事は欲しいがというところで終わってしまうと思う。

堅牢度などを上げる方法でも確実な方法があるけどもそれをやってもらえるかどうかという問題もあるが難しいという結論。なぜ、今のものは昔のものよりも堅牢度が悪いのかという問題にもつながる話ではあるが、全体のレベルが下がったときに高度なものを流すことは納期の面も含めてなかなか難しいのである。染色工場やプリント工場なんかでもなぜ、1ヶ月ほど時間が掛かるのかというと、仕事が一杯ということもあるだろうけども、染色を伴う工程では洗浄という作業が伴い薄い色から順番に染めていって濃い色を染めて、黒や濃色が終わった後、強烈な清掃洗浄を行い、薄い色に戻るというような釜の使い方がされているところもある。ものづくりを安全にするためには良い方法ではあるのだ。実際に洗浄というのは水や洗剤を大量に使うので、毎回強烈な洗浄が理想かもしれないがエコな側面も考慮は必要だろう。そういうサイクルを合わせるために1ヶ月くらいの時間が必要となる事情もある。これは加工工場さんでも同じで、濃い色のもののあとに薄い色のものをいくといくら洗浄をしていても色移りなど危ないことはある。麻の産地では、秋から春先までの生産時期には、先染だと、染で1ヶ月、巻き返し1週間、整経経てつなぎ1週間、織り1週間から1ヶ月、加工2週間から1ヶ月くらいのような合計3ヶ月から4ヶ月の納期計算になる。12月初めに本生産の注文が入っても納期は3月末とか。見本から考えると半年から1年、一つの仕事に携わることになり、そういう仕事を並行してこなしてゆくことで仕事が全体として流れて行く。
2018年11月04日
今日は午前中織っていて、午後から整経の作業、整経機は2台あるので、2台同時に整経。結局6時間くらい掛かって2本の整経が終了。40番と25番だったのでそれほど難しくはなかった。整経という作業は、教えてもらったのは最初の半日で、巻取りは難しく1週間ほど助けてもらいながら巻き取りは覚えた。そこからは自分自身でコツを掴んで行く。整経だけやっていると自分の整経したビームが織の工程でどのように扱われるのかが分からず、アゼを取る意味なども不明なのだが、経て繋ぎを覚えたり、織りを覚えてコマを入れるのに慣れたりすると、整経の重要性が分かってくる。

織は、素人の人でも体力があって、意欲的な人なら、レピアなら1日、シャトルで1週間で基本動作をマスターしてもらうことは可能だと思うけど、整経は素人がやると非常にまずいので、糸を立てるだけとか、最初のドラムに巻く荒巻と呼ばれる工程をサポートしながらやってもらう。本麻だと、一回で、携帯電話どころじゃなく、軽自動車1台買えるくらいの100万円コースの失敗もありえるから。まさに、運転手が左右確認安全運転していないと物損の交通事故を起こすのと同じくらいのダメージが普通の仕事である。自動車の運転だけでなく、整経の作業は、迂闊だと物損事故が起こりやすい。縦が綿だと部分整経も糸切れも少なくテンションがシビアじゃないので非常に簡単になる。アイリッシュリネン140番手の整経は半年掛けてコツコツ糸のフシを取りながら200mの整経とか。

整経屋さんという概念が私の中にはほとんどないけども、一般的な機屋さんというのは整経作業は整経屋さんが行い、整経されたビームを経繋ぎして織るのが織の工程。整経の作業は、中国やベトナムでも見学したことがあるけども、整経の基本を教えられる人は少ないのではないかと思う。私は、整経がほんとうに上手な方から教えてもらったので、ほとんどすべてを吸収し、プラス、高度な計算や自分の工夫を取り入れたので理論的な失敗が少ないのと、実際に糸を扱うときの作業スピードと感覚が身に付いているので糊の加減とかの問題も回避できることが多い。

整経でも織でも何か問題があったら報告しなさいというのは、正しく報告さえあれば、問題も最小限にとどめることが出来る。織物というのはアセンブル作業じゃないから、後戻りが難しいのである。問題をそのまま次の工程に送るでなく、問題をどう取り除くかがポイント。整経というのも整経という作業だけで食べておられるプロもある仕事、たぶん、麻糸の部分整軽では日本では一番くらいの自信があったりするが、そのくらいでないと残れない小さな世界だと思う。

整経も、技術だけじゃなく、計算が出来ないと難しい。糸量の計算や、糸を実際に分割したり、とらぷったときにそれを助けてリカバーする力。糸の濃さが一巻きのなかで3倍くらい異なる糸を色の濃さごとに分割してまぶして綺麗に使うとかも、整経の技術のうち。糊が甘い糸を整形と織りのテンション管理で問題なく織るとか。糊がキツく伸度のない糸というのは整経で糸が張ったり、ぽろぽろと壊れるので予見ができる。データだとそういう糸でも許容範囲なのだろうが、普通、そういう糸をつかんでしまうと織れないで済めばいいが、織れないと駄目な条件では会社が潰れる話でそういう一つの仕事で大きくトラぶって次も同じことがありうると考えると機屋が廃業を決断されるケースも多い。

糊付けにしてもどうしても織れないときがあって、聞くとサンプルのときと糊剤が違うとか、これだけで糸と染で30万円コースの損害の話で糊付け屋さんが被れない金額の問題。新しい薬剤を使われるときに人柱が必要で、私が的確な駄目という判断をしてあげて、のり付け屋さんもその薬剤が駄目だということが分かるというメカニズム。麻の糊付けでは有名な会社でもそういうことがあり技術面と費用面で助けてあげないといけないことがある。林与が麻の糸を織れないと判断するときに、調子よく織れている台に、3台、4台乗せ換えして、どの台で織っても無理だからこの糸は駄目とか、糊付けは駄目とか結論付ける。作業の途中でもいつもと違う違和感がぷんぷんして心配しながら様子をみるのである。

今日は雨が降っていて、肌寒い感じが少しして、風邪を引いたか。
2018年11月03日
今日、染屋さんに糸を持ってゆこうとすると、なぜか、変な予感。文化の日に気がつく。最近は祭日が移動するようになったので、今日が祭日なのかどうか確かめてやっぱり祭日だった。運送会社からも電話があって祭日なので荷物が今日は出ないという話。今日は工場の中での作業なので大きな影響というのはないのだが、仕事でやっていることも仕事というよりも文化的な要素が強い気もする。製造する環境が時代遅れだというのも文化的には珍しいことなので価値があるだろう。仕事に対する考え方も特殊だとなるとそこに価値があるだろう。

今日も、個人で商売されている糸商さんに電話しても快く仕事の話を引き受けてくれて個人で商売されている方からも電話があって、平日よりも落ち着いて仕事ができるので休日はありがたい。仕事というのは予定を立てるけども予定が予定通りに行かないことのほうが多く、予定通りに行くためには一つ一つの仕事を正しくこなして行く必要があるのだが、一つ深みに嵌ると、1週間くらいの時間がただ過ぎてゆくことも多い。そういうのを越えていくから仕事が成り立つのだろうと思う。

一つの深みに嵌って普通にしていれば、そこで出来ないで終わってしまう。次もやる前から出来ないという判断になるだろう。絶対に織れないような状況からでも試行錯誤すれば、問題なく織れる様になったりすることが多いのである。織機が動かないときに病気を治すようなものだと思うが、お医者さんだと患者さんが治らなくても仕事は成り立つけど、織物の仕事は治して初めて仕事として成り立つ。
2018年11月02日
人が出来ているなあと思えたのが、数年前に廃業された機屋さん。一人で最後仕事をやっておられて自分の葬式の準備までノートにまとめて、それを見れば自分の葬式が形になるように。奥さんも高齢で動けなくなっておられて、仕事できる時間も限られておられ奥さんの面倒をみるためにまだまだ動けるのに廃業に到られたのだと思った。お客さんが困るので、織機を私に譲りたいというお話があって、私も自分自身の仕事で手一杯な状況ではあったけども、たぶん、その織機を動かせるのは私以外にはいないだろうと思ったから引き受けさせていただこうと思った。

その方は私がお客さんの面倒をみられるように願っておられたが、途中、他の人が何人も入ってくると話がややこしくなって、その工場の織機を受け入れることは断念し、もうひとつ工場が廃業されるのでそちらの織機を入れることにした。私自身、林与が50年前にやっていた織物の世界だったので、私自身は経験はなかったが、残したいなあと思った。また、そういう半世紀も昔の技術を残しておられることも、技術我というよりも、その方の考え方が凄いのである。考え方に行動が伴って技術が生きる。

そういう方というのは本当に稀であって、仕事に対して正しくて前向きだったのである。足元をみてぶっかけるようなこともしないし、また、誠意がある。いわゆる自分の甲斐性をわきまえた方であると思えた。みんな、自分の甲斐性を考えずに、人の甲斐性に甘えようとするのが一般的な商売になりつつある。一般的には、繊維の現場の世界では、仕事を嫌がったり面倒がったりする人が多い中で、そういう人に出会えたのは新鮮であった。最後の最後まで、地道な仕事で会社を健全に経営されて自分でその会社を閉じられた。立派だなあと、尊敬するのである。技術面に特化されていて毒されていなかったからなのかとも思えるのだが、そういう仕事でも継承しようとすると壁は大きいのを感じる。

取り巻く環境がそういうのを継承できるような状況ではないのである。非常に特殊な和装用の織物で、良質の糸を使って1時間に1mほど高度な織物。卸値段を聞くとびっくりするくらいに安くて1mが600円とか、ふた幅取りするので2倍の1200円としても、その方だから成り立ったような商売なのである。触るとマイナスに終わる世界。私も覚悟決めていたので商売としてはまったく考えていなかったが、あの織機は普通だと譲り受けたとしてまともに動かないだろうと思う。動かしたとしてもキズだらけでマイナスで終わる可能性も高い。綿なら織れるだろうけど。麻で織るには相当な調整が必要。林与の今のレピアジャガード織機でも手を加えれば同じことができないことはないのであるが、レピアの場合開口の問題などで麻では難しいだろうと思った。
2018年11月01日
技術の継承というものは、原料や麻糸などをみていると他国に移りグローバル化が進んでいる。グローバル化というけども、日本ではほとんど行われなくなったという状態。織物というのはどこでも出来そうなもので成り立ちそうではあるが、たとえば、一世代前の織物の技術を継承しようとしても、生産性の高い大型織機のメーカーは残っていても、日本にはシャトル織機のメーカーが残っていない。シャトル織機の動きというのはそれほどブラックボックスではないので、電気系統が多いレピア織機に比べれば、理解がしやすいものではある。

今と昔が違うのは、為替の関係もあって、日本の繊維市場は日本の市場であったこと。今は、繊維製品の95%が海外から入ってきているくらいだろう。今の時代に、価格競争力のない織物を生産することは基本難しいことなのである。ベースとなる大量に流れる無地などの織物が海外生地で占められてしまっては、人でも減った状態で手の掛かる仕事をするときに、普通の仕事だけでなく、織機メーカーの力も必要となる。

織物というのは自分が織機を持っていればいろいろとつくれるだろうと思うけど、これは逆で、自分でつくるとできることは限られているし、高くつくことも多い。とことんなものや、特別なものが作れるというのが利点じゃないだろうかと思う。織るという要素だけではなかなか難しいだろうなあと思うのも、自分で特別なものを作ろうとしたときに糸を手に入れる力が必要となってくる。国内だけでなく、海外から引っ張ってくる力が必要となる。こうなると、糸商的な仕事も機屋ができないと特別なものを自分で生み出すことが難しい。

また、つくる技術や力があっても、自分で売る力がなければ成り立たせるのは難しいだろうと思う。販売能力もないと、田舎の商店街のお店と同じ道のりを辿ることになる。技術を継承したら食べて行けるのかというと、織物の世界で、目の前の問題を解決して行くだけのことで、仕事は基本、誰かにいつも教えてもらうようなものではないという現実。

ここ数日も、織りの密度が上がらない問題で、問題をかかえていたがそこで終わるとその企画が倒れるだけでなく、私自身が「この問題は解決出来ない」という結論に達してしまう。それで、この5日の最初3日ほど密度を上げるために織機の調整を繰り返し織機の調整では無理だと悟って原因にたどり着いた。原因にたどり着いただけでなくそこから2日ほとんどぶっ続けの作業で、織ってみてうまく織れたからそれが本当に原因だと分かった。まったく織れないが、問題なく織れる瞬間で特別の織物が出来上がる。こういう作業でも何人かでやれば普通の作業で終わるだろうけどなかなかこういう作業を坦々とこなせる人は少ないのである。こういう作業に意味を感じられるのかどうかが、大きな結果の違いにつながってくる。
2018年10月31日
生成の色というのは色斑が存在する。レピアで織ると糸が連続しているのでその問題が少ないのであるが、ロットによっては、レピアでも突然に色が変わりまた戻るとかがありうる。色の濃さが一巻きの中でも異なるのである。ロットという名があっても、ロットとしては使い難いロット。ランダムに糸を散らして解決する方法などあるけども、なかなか、そういうロットは使い難いものである。加工すると余計に色の差がみえてくるとか。

糸商さんが企画するときも、生成は問題が多いので、結局晒して生成っぽい色に染めるとかで解決されるケースが多いようである。分かるんだが、生成は生成で使えないと残念なのである。これはあまり知られていないことなのであるが、生成といっても生成そのままはアパレル向けには使い難いので、一般的に生成と呼ばれるものは8分の1とか若干の晒が掛けてあるのが普通である。また、リネンの生成りは、水で洗って天日に干すと少しづつ晒されて行く。

リネンの生成の色というのは、繊維についた養分のようなものなのである。その斑点のように付いた養分が解けて落ちると透明な繊維になるのである。繊維そのものは白というよりも、半透明に近く、光を反射し輝くのである。これが織られた月光といわれる所以だろうと思う。昔の白のリネンは月光のように輝いていた。

イタリア銘柄チュニジア紡績の糸が色斑が激しく使い難く、高品位な中国紡績糸のほうが色が安定していて問題が少ない。ヨーロッパ銘柄よりも中国のトップクラスの紡績のほうが安定しているというのも、私が10年前に中国の紡績工場に行ったときに、中国の紡績はヨーロッパを抜くと思うと言ったら、その中国の紡績工場の社長に笑われたが現実に逆転が起こり始めている。昔からヨーロッパ紡績の糸を使ってきただけに、2000年頃以降のヨーロッパ銘柄の糸の問題は当たりもあるが外れる確立が大きくなりすぎて頭を悩ませることも多かったのである。

生成の糸に均一性がないことは、たとば晒すと問題は消えるだろうが、それを後染するとまた問題が見えてくるとか。昔よくいわれた中国キバタの後染めの問題と同じで、ヨーロッパ銘柄にも昔の中国糸と同じような問題が起こり始めている。糸を連続して使いながら途中で色が変わってしまう問題、糸商さんも把握されていない問題で実際に使ってみないと分からない問題である。オーガニックの糸の場合にはこれが極端に起こりうるのであるがそれはオーガニックの特性で証の一つだからと許容していたりする。
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