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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2018年04月23日
自分でやるとできることが増えるのではなくて減る可能性が高いがいろいろと深くできるという要素がある。いろんなことをやりたいなら外を飛び歩けば、それを実現してくれる現場に出会うことができるだろう。自分でやると壁にぶつかるが外に頼んだら越えられない壁も自分で乗り越えることができるのがミソ。自分ができずに外がその壁を乗り越えられるなら外に頼むのも一つの手だろう。

先日もお客様が起こしになられて、企画は具体的でつくるものも固まっているが、それを形にして行くことが難しい側面もあって、林与との出会いにつながったのではないかと思われるお話。デザインや企画は自由なのだが、最後形にするのが難しいことが多いのがテキスタイル。技術的な難しさじゃなくて、すごく簡単なものでも、試作の必要性や想定するロットや価格なども考えると、背負えないコストとなることになる。頭で考えるのと形にするのとではまったく異なる作業であることが見えてくる。

コストが合わないときには自分でやってみると自分の時間を使うことで満足なものにたどり着くことが多い。これが基本なのだがこれができるデザイナーや企画の人はほとんどいないのが現実で、コストの面も含めると実現が難しい企画が生まれてくることがほとんど。企画と生産のミスマッチが前提としてあって、企画する人が自分の企画で何人かの生活を支えて行く覚悟がないと企画として成り立たない企画。

ご飯を食べるようにものを生み出してゆかないと食べて行けないのであるが、簡単なものもつくれなくなっているのが現場の現実で、これを助ける力が必要である。助ける人のほうが本職よりも力がないと解決できないことも多い。織物の企画を現実的な規格に落とし込むことができる人間が織物工場の中にいるのかというと総合的な能力が必要なのでそれをできる人は毎回する苦労を背負い込んでいるのじゃないかと思う。

私も、この20年ほどにつくった織物の規格は、経本数、使った糸、打ち込み、など再現に必要な知識は、会社として記録するだけでなく、記憶していることがほとんどでこの布はなんですかと聞かれたら、糸や製造工程を話すことができる。自分が過去に作った生地を見たらそれが再現できるというのが基本でそれが基本の一度経験した力。覚えているからお金がもらえるわけでもないけど、一度やった仕事くらい覚えていないと、ゼロから新しい布をつくる話なんてつくれるかもしれないが満足なものがつくれる確立は低い。

自分がテキスタイルをデザインするときは、自分の基本からのものづくり。他の方が企画したテキスタイルを受けるときには、それを具体的な規格に落とし込んでいく、テキスタイルデザインではなく織物へ規格化作業、この作業をするときに、納期やコスト以外に、あとのもろもろの作業を想定して規格化する。

糸を買って染の指図、来た糸を割って、整経、パンチカードに穴を開けて、縦糸をつないで、横糸、織り出し。織機の調整、キバタ補修、加工出し、加工上りの検反、出荷。それに伴う、糸の在庫調べ、糸量計算、糸の染の指図書、整経記録、紋紙データ、整経機、タイイングマシーン、パンチングマシーン、織機の調整、製織作業、加工指図、出荷梱包、納品書、請求書、振込みなど事務作業も伴う。一つの先染めの布をつくるのにそれだけの作業。それがいくつも並行して動かす。

テキスタイルデザインも含めて一つの作業を、短時間でクリアして行かないとご飯を食べるようには布は生まれてこないのである。私が人がたくさん集まってテキスタイルを議論するのは無用とか、勉強するとかは無用と思うのはそこで、実際にやってみれば自分が頭でっかちに話していて目の前の一つの作業もギブアップでは、誰が作るのの話。現実も分からない状態の議論とか勉強とかは、現場で動けない人を増やすばかりで良いものも生まれてこない。良い布を生むためには目の前の作業に人の力を注ぎ込むことが大事でそれをできる人が必要。自分自身が働いて解決みたいのは、皆に、嫌われる話だろうけどなあ。ちゃんと働けばそれほど悪い業界でもないのにと思うが、なかなか普通の正しい布を一つつくるも難しいのが今日の現場。高度なもの手がけたらパンクするだけのこと。企画においては、自分の中でできることを実際にやって広げて行く、それが一番だろう。
2018年04月22日
今日はとても暖かい夏のような日、仕事に追われていて工場に出荷のときを除いては24時間缶詰。長丁場なので仕事のスピードはスローモードで、急ぎの1台を動かしながら、調子の悪い織機を調整したり、シャトル織機の管に糸を巻いて準備したりする。

夜、調子よく織れていたのに、朝になると織るのが難しい。もしや、やはり、母親が工場の扉を開けたままにしている。これが原因で、工場の中の空気が乾いて縦糸切れが起こりやすくなる。細番手の場合には、織れるか織れないかの微妙な辺りで織っているので、工場の扉一つで織りやすさが変わってくる。もしかすると錯覚かもしれないが、工場の扉は閉めておくというのがジンクスである。
2018年04月21日
今日は、午前中に兵庫県からお客様で、オリジナル生地をつくりたいというお話で、柄も色も決まっているので仕事としてはやりやすいのであるが、その方の生地のご用途を考えると最終的にベストなものづくりはご自身が布を作られることではないのかと思えたりして、いろいろとお話。私自身ができることは何なのかということもお会いしてお話を聞いて再考する。リネンがお好きだということでいろいろなお店のリネンも試されているのだが、出来上がった布を喜んでもらえるようには力を出したい。

夜から月曜日の朝9時の加工出しに向けて、夕方から工場に入って2日徹夜モードでの仕事に入る。昼間8時から5時を1日分とすると夜5時から朝の8時までは2日分。昼間というのは他の人の準備やフォローで過ぎて行く夕方からやっと仕事が始まる気分になる。仕事で力を出すのもスポーツで力を出すのも同じレベルのことで、力を出し切ったあとには疲れていてもスポーツの後のようなすがすがしさがある。
2018年04月17日
今日は午後に、与謝野町から6名が工場見学。林与の織機よりもたぶん与謝野の織機のほうが新しく高度なことができるんじゃないのかと思うが、林与には林与のスタイルがあって、人は少ないけど織機はたくさんあって、いろいろとできることを増やす。リネンでこんな織物も、あんな織物も作りたいを効率よく実現する。

麻織物に関してはそんなにコテコテの企画がもてはやされるわけでもなく、普通程度の生地がちゃんと作れる力が大事なのだが、今はなかなかその力が存在しなくなっているのだと思う。ライフスタイルや仕事に対する考え方が変わると、普通のものすらが正しく作れなくなってきているのが産地の抱える問題だろう。

丹後の産地はまだまだ機屋や職人さんがたくさん残っておられるという印象があるのだが、それは家内工業的で、経営者自身が作っておられるからだろうか。たぶん、同じ商品が流れている機屋さんも多いのかもしれない。整経機の荒巻ドラムが大きいという話をきいたことからも想像する。和装の小幅織物は定番が流れていることが多く品質勝負の世界なのだろうか。キズ一箇所で反物がアウトな話も和装の世界の厳しさ。

皆さん、20代、30代の方々で、私が50歳近くで。どんな話ができるのかというと、織機とか技術の話よりも、麻織物の仕事を続けるために、どうやって修羅場を乗り越えてきたかみたいな話。織物工場として織るだけでなく、糸、染や加工、製品まで、いろいろ関係してみた。機屋でありながら、いろんな経験ができたのでそこらが強みか。背中に星を2つ持つ男の話までしてしまった。
2018年04月15日
19歳の警官が41歳の警官を拳銃で射殺した事件で、車庫入れに失敗して罵倒されたことが原因らしいという説がある。射殺の部分を除けば、会社で新入社員が車庫入れで会社の車壊して上司が新入社員を罵倒したら、これは行政指導の対象になるだろう。41歳の警官が一般的に正しくみえるような指導をしても、行政的指導からすると、職場という環境では、19歳の警官が正しいことになる。41歳の警官がどうでもよい人だったら、保険で解決するから大丈夫だよ、といえたかもしれない。いい加減な人じゃなかったから罵倒したのだろう。

射殺するほどだから、罵倒されて腹が立つばかりで反省とか自分の起こした問題の大きさ理解が難しかったのだろうかというより、好青年で今まで罵倒もされたことがなければ罵倒され人生の終わりを感じ、むちゃくちゃな行動に出たのではないか。あとの行動がむしゃくちゃすぎて、50万円引き出したり、パトカーで逃走とか周りが見えて過ぎず、支離滅裂感が漂う。

すべてが用意されている学生状態から、車庫入れ事故のような生の経験の厳しさが乗り越えられなく、自暴自棄で今回の事件につながったのではないだろうか。国会での非を咎められるとトップのエリートが書き換えしてと一人自殺に追い込んだのと犯行に及んだ経緯と罪の意識もない犯罪という点では似ている気がする。パトカー車庫入れ失敗をもみ消してあげるくらいの構造でないと今回のような事件が起こりうるほどに、問題を素直に受け止める力というのはなくなっているんじゃあないのかと思える。なぜ罵倒されたかの理由も報道で上がってこないあたりも、事件とは別に行政構造の問題を感じさせる。

一般企業で殺人事件起だったら犯人が罵倒されたからやったというなら、なぜ罵倒されたかの理由までも報道されるはずなのだ。今回の場合、犯人がその理由を隠している気がしないがそこらが最初に書いた政指導の対象となる要素を含んでいてそれを公表できない状態というのがあるのかなあと。人が一人死んで真相の究明よりも組織の保身のほうが大事とかも普通に大きな組織や行政の組織ではありがちだったりするので、今後このような事件が起きないためにも現場指導などにおいてもいろんな矛盾要素は取り去らないとならないと思える。誉める教習所がもてはやされるが事故が起こってへっちゃらではダメだろう。

昔、神社の祭りで、神輿に乗ったやんちゃな子を人間関係の遠い年長のものが降りろと注意したところ、やんちゃな子が二人で話をつけると人のいないところで年長のものを殴ってしまって死亡事故になったことがある。たぶん、知り合い同士だったらこんなことにはならなかっただろう。守られて育った場合には、自分が強いと思った強いものには絶対の服従があったりするが、その反動で、浅い人間関係を軽く考えて強い人間関係が自分を守ってくれると勘違いしたりして見下したり暴走したりすることも多い。

ダメなことはダメで注意できる環境が現場にないと後で大きな問題になるのは、ダメでも注意できないような子供を育んでしまう家庭や社会環境があろうかと思う。子供と自分しか見えず外を軽く考えるような子供や大人を作ってしまうと軌道修正は、赤の他人がそれを覚悟して業務として責任被って行わないとならない。41歳の警官も被害者的な悲惨な事故だが逆に19歳の警官が拳銃自殺したなら加害者となる。社会に規律がなくなってしまって加害者も被害者になるも同じことやっても結果次第で紙一重、問題が起これば重箱の隅をつつくようなことばかりで、人間の暖かい目を持たないと地道にやってるものでも結果次第で力関係で犯罪者に追い込まれる。

普通で普通の幸せをつかめていたのが、外に世界に出て行くとダメ出しされる。理想と現実、正しいと思っている自分が否定され、変われないからそれを拒む回路が働いてしまう。警察官という理想と、警察官としての現実の最低限も受け入れられないギャップ。素直さがないと指導すら逆効果。プロセスでは解決できない問題もある。
2018年04月14日
手回しの6錘のガラ紡機を譲ってもらえた。その裏にはそれをつくられた方がなくなられたということがあり、私もその方に何度かお会いしてすごい人間のできた方だなあと感銘を受けていた。病気が進行していて長くないとはお聞きしていたが、知り合って2年ほどでいろいろと他の人のためにプロの仕事以上のことを献身的にされていた。そういう方というのは地域社会にとって貴重な存在であろうと思う。

その方が楽しそうに手作りされたガラ紡機のお話をされていて、もし使われることがないなら一度譲ってもらえないか尋ねておいてほしいといったのを、亡くなられ倉庫を片付けられるということで、頼んだ方が私が頼んだことを覚えていてくださって私のところに届いた。うれしい話なのではあるけど、活用方法としては、その方も社会貢献されていたので、このガラ紡機を地元のイベントなどで実演してそういう方が居られたことなども話したい。子供たちが機械技術に興味をもったり仕事や手作りの楽しさを感じてもらえるのに活用できないだろうか。

衰退する繊維業の振興のために引退後の時間を惜しみなく使われ、残してくださった手作りのガラ紡機、その活用の方法を繊維産業の貢献のために考えてみたい。作られた方の思いを組んで、私が独占するでなく、日本の繊維を盛り上げるのにいろいろな場所で役立って欲しいと思う。ためしに回してみるとウレタンベルトが緩んでいるくらいで簡単な調整で問題なく動くと思える。
2018年04月09日
昨日の夜は、2度3度で冷え込んだ。工場の中で朝まで過ごして朝加工出し長いラウンドが終わった。午後は来客があって、帰られてから、ビールを少し飲んで1時間ほど寝て、工場で糸を割ったりの作業。その後、夜に長浜のDENの北山さんとDENさんから独立されたharinoanaの尾崎さんがこられて、洋服に使われる布をセレクト。久しぶりにお会いするけども、お元気そうでお互いの近況報告などなど、花粉症には注意である。

50近くで、一晩二晩徹夜とか、学生時代から変わっていないなあと思うところ。私が勉強なんてやろうと思えばいつでもできる。仕事も同じで、憧れじゃなく実際の仕事をこなして行けばよいだけだがみんなそれができない。仕事をこなして行くうちに見えてくることも多い。まず、やらないと。頭で考えていてもやってみてうまくいかないも多い、なら、頭で考えているだけとかはほんとダメで、実際に前に進めていくとか追いつくとかが大事。その前に、自分が前に進めて行こうとか追いつく気持ちがなければ、世間が自分を助けてくれることを期待しても無理な話。

若い方が、織機を入れて自分で動かして行かれる話しを聞いて、今までは人に頼っていろんなことができただろうけど、これからは自分が作業する力がないと何も生まれてこない結果になる。本当のものづくりの何が難しいのかを知るチャンスだろうと思う。自分で頭で考えたことがそのとおり自分が実行できるかというと、理想だけで終わることが多い。織機を手に入れるはそれほど難しくない話で、それを動かして正しいものを作って行くことは別次元に難しい話で、頭でお金を稼いだところから、もっと頭を使って体も使って時間も使うのでお金も稼ぐのが難しいポジションにつくことになる。

人から依頼されたものを飲み込んで形にするというのは、自分でデザインしてものをつくるよりも高度な仕事だろうと思う。私が本業以外で、外の工場に仕事を頼んでお金を払っても思っているものとは違うことが多く売れるレベルのものが出来上がることというのは3回に1回くらい、軒並みなものしか手に入れることができない。自分の思っているとか売れるレベルのものを実現してくれる他人は自分以上の実力の持ち主なのであると思う。
2018年04月07日
今日は午後から京都で大型の捺染枠の引きとり、中古の枠なのだが自分で新しいのを作るよりも近い大きさの代用できるものを試してみるのが一番、自分の頭の中の理想が正しいのかどうかを判断できてよい。仕事を前に進めるための準備的な作業、相手も譲ってくださる値段で満足いただけるので、これも三方善しの一つ。強制的なリサイクルなんていうのはまだ使えるものの価値をマイナスにしてしまう、使い捨て文化の延長に過ぎない。

私がみんなが要らないものにでも価値を感じるのも仕事だけではなく自分の価値観があるところ。ものづくりの会社で致命的なのは、ものの良し悪しすらも自分で判断できずに儲かるか儲からないかでよいもの悪いものの判断するタイプ。良いものは売る人がその価値を感じていないと売ることも難しいのは当たり前だろうといえる。

京都も南のほうは、工業地帯で染色関連の会社がたくさんある。市内に比べるとまだまだ作業するのに面積が確保できるのだろうが、滋賀県がものづくりがしやすいなあと思うのは、広々と作業ができるところ。京都というのは世界が憧れる世界のブランドなのだが、京都の夏の麻というのは祇園祭などの着物にしても近江上布であったといわれる。滋賀県の田舎の手作業が京都でも近江湖東産地の麻織物は一番に評価されていたのである。

しかし、世の中が画一化されると滋賀県の人と京都の人との人生観の違いなどがみられなくなる。特色失くして続けて行ければよいのだけども、田舎の産業というのは特色を保てなくなりつつある。人の価値観という要素が、近江湖東麻織物の衰退にも関係をしているだろうと思える。
2018年04月03日
シャトル織機経験者の方で、織物工場後継者の方あるいはその担い手を実習生(会社員の方は会社の同意書要)としてゴールデンウィークまで募集します。作業を通じて糸が織物に織りあがるまでの工程を現場指向での実習になります。条件は、ガッツのある方で、技術向上を目指したい方で、1週間以上、力織機経験者(シャトル織機経験者あるいは、レピア織機1年以上の経験者)。興味のあられる方は、待遇など詳細に関してはお問い合わせください。主に希望する作業内容に関して連絡ください、全般、整経、経繋ぎ、タイイングマシーン、製織作業。書類選考あり。今回、マックスで同時に2名までです。今回は、学生の方は基本的には対象ではありませんが、学業に支障がない担任の先生の同意書出せる方は応募可とします。
2018年04月02日
仕事の上では今日は実質年度初め、プラス、月末が週末で、年度末の作業も残っている。バタバタ。工場の中は、生産期のピークは過ぎたもののまだいただいている仕事が5月連休前までは手一杯。連休中に時間をみつけて広幅絣のプロジェクトこなして行けるか。

テキスタイルマルシェで2台の手機を持ち込む計画で、その準備も進めておかないと足りないものが、一台は筬。ぴったりの筬だと幅が狭いので、少しでも広い筬を作る予定。力織機のソウコウ枠とソウコウが余っているので、広い幅の手機をつくるのには流用ができそうで、思ったよりも、広幅絣のプロジェクトは道具が手に入りやすい。後は自分で大工仕事すれば、お金を使わず、しかも、自分なりの改良を加えた発展性のある、いろんな広い幅の手機をもつことができる。

なにか物事をするときに自分で生み出せる力がある、なしで、やりやすさが相当異なってくる。なにか機械を買ってとかじゃなくって、自分の背丈の範囲でいろいろと工夫して、自分が一番便利に使えるような道具で、自分のやりたいことを実現してゆく。それは、古いシャトル織機を正しく動くように調整や修理しながらの普段の織物の仕事の延長でしかない。他の仕事をしている間にそういう新しいことはどうやるか考えておいて、余力見つけて短時間で一気に実行。実行して失敗なら、別の案をまた他の仕事しながら考える。

手に入れたアルミ枠が捺染以外にも活躍しそうで多めに分けてもらってよかった。運が良いのだろう。一つ自分で作ろうとすると木材や小さな部品を購入して行くだけでも何万円と掛かり、強度の問題と重さの問題がある。だが、軽量の丈夫なアルミ枠の組み合わせで思っていた一つの機構が出来上がる。量産のためには、その機構がいくつも欲しいのだ。
2018年04月01日
今日は、名古屋に捺染のアルミ枠を取りに行く。いろんな絣柄の件はプリント工場にも過去には何件か相談をしたこともあるが難しいといわれた案件なので、自分でいろいろとテストして技術を固めてゆくしかない。昔の渋紙なんかも何万枚と残っているのがデータとして生きていくのはありがたい。

今日のアルミ枠も捺染の仕事をされていた方が手放されるものでプロが使っておられたしっかりとしたもので、そういうものが私のものづくりに生きてくるのは、私が仕事の仕事のスタイルの一つで、世の中にものがあふれているといってもそう自分が欲しいずばりのものがあるわけでもなく、本職としてやろうとすればそれなりに数も必要でやめれれて手放されるようなものを継承し活用する柔軟性は、普通の担い手以上に私自身は持っている。

趣味の人も本職の人もそれほど違いはないのかもしれないと思えるのは、趣味の人の知識が本職の人の知識を超えていることが多い。趣味の人は広範囲に自分で物事を学んで技術を習得しようとするが、本職の人はたとえば会社が準備して作業を与えるので何も考えずに行き当たりばったりで仕事に携わっていることが多かったりする。自分で目の前の仕事を前に進めてゆけるような人が必要なのだろうがそれは経験で培われるものじゃない人生観の問題だろうと思う。仕事でする以上、一回一回、最後の答えを出せないと続けることは難しいというのも事実。

今日、アルミ枠を譲ってくださる方も仕事を受けたら自分で全部やらないと外に出していてはなかなか成り立たなかったといっておられ、一人でも全部が解決できないと成り立たなくなった捺染の世界を感じることもできた。そういう人なにからなにまでこなしている方でも仕事が難しいのだから、できることをいろいろとやってみることは大事だろうと思う。
2018年03月31日
私が商売やものづくりの仕事で感じるのは自分が動かないと動いている人に追い越されてゆき、それに慣れるといくら昔すごかったといっても実際にできないばかりになり、ものごとをやろうとしたり立て直そうとする人の脚を引っ張ることが仕事になるどうしようもない状態に陥る。

先代も調子のよかった時代のあと織物の構造は分かっていても実際に自分が作業をできなかったのが一番の弱い要素で、ものづくり企業のトップとしては現場の人間以上に作業に対して忍耐も覚悟もなければ建て直しなんていうのはまったく難しいだろう。一つ一つの作業の正確さもなく物事を企画してもやればやるほど失うばかりの仕事になる。センスなんてのは前提条件で、そのセンスを形にするために本職らしいところがないと駄目。

本職らしいところがないとセンスが生きてこないことが多い。いわゆる頭で考えるのは実際は難しいというところ。実際は難しいところを当たり前に形にできる力みたいなものがないと、企画も無意味だし、センスも無意味な話になる。センスや企画なんてものはあって当たり前、それをどう形にするのかの部分がよい時代が終わると難しくなったというのが日本の繊維業界の衰退の本質だろうと思う。

大手のSPAが、海外で企画力やセンスを生かし、リネン100%のものを日本市場にぶつける中で、日本では、高いものは売れないから綿麻で値段を落としてという流れ、お客さんがブランドに高いお金を出す意味すらもブランドさん自身が否定してしまっては、大手SPAの初めてのリネンに負けてしまう現実。国内一流の大手アパレルメーカーにしても、素材のアドバイザーっぽい年配の方がおられてリネンの話をするがフラックスの原産地に関しての大きな誤解があってそのアパレルメーカーのリネン素材の一番の謳いが一番危ないだろうなあと感じたりもして、ものづくりの現場からこない企画というのは頭の中で広がる幻想で生まれてゆく。

ある伝統工芸のお店に行くとサンプルは一から職人が作ったもので、実際に販売しているのは輸入品ということがよくある。サンプルは価値があるのでその商品見本が欲しいといっても売ってくれない。産地まで出向いても販売されているものは産地さんじゃないのが当たり前なんで、卸を経てどこどこの産地で仕入れたとかは本当の産地のものでない確立がもっと高い。

結局、産地というのは自分がそこで作っているということなんだろうと思う。林与にこられた方で、林与の一番の特徴は何ですかという話で、「つづけてやってることだろうか」と魅力のない答えになることが多い。初めて会う方にその意味を理解してもらうのは難しいことだろうと思う。わたしも産地に入ってこられる若い方に自分で織ってやっていかれることを薦める。それが産地の本質だから、でも、なかなか織るという部分は織るだけでなく、織物を生産する環境の整備と織るまでの準備が大変だから会社規模でも織物を辞めてゆかれるのだから、産地に入ってこられる若い方がそれを背負えるかというと、自分の服が汚れるのに機械の下にもぐるも難しい話だろう。私はそれが当たり前にできるから追い越されないところにいられるだけのこと、できなくなったら終わりと思う。
2018年03月30日
今日は車で大阪、午前中、大阪の南港で買った商品を引き取りし、そのあと本町の関西ファッション連合の会議室で、東京テキスタイルマルシェミーティング。東京テキスタイルマルシェは、5月17日から19日。南青山ふくい291の2Fで開催される。

今回の出展予定(3月末現在)は、荒井さん(福井)、松尾捺染さん(大阪)、大江さん(京都)、カツミ産業さん(大阪)、IPテキスタイルさん(奈良)、林与(滋賀)の6社で、テキスタイルを販売する以外にワークショップなどの出展者も開催までに数社増える可能性がある。会場がスペースがあるということで、2台の手機を立ち上げることができたら会場で手織りを少し体験とか、機結び、縦繋ぎなどの体験していただけるんじゃないかと持ち込む計画も実行に向けて検討中。

テキスタイルマルシェというのは前向きにやっていくという方向性がはっきりしているので私の方向性と似ていてやりたいことと似ていて、ブレーキを掛けるような人もいないので、人の考えの温度差を調整しないとならないような、目の前のものごとやるときに無駄な力使わなくてよいのでありがたい。個々が自分で実践したいと思うことをお客さんの前でやってみることもできる。テキスタイルマルシェの主催はお客さまがたくさん来てくださるようにシチュエーションをつくり、出展者がやることを多くのお客様にみてもらえるように持ってゆく形。

1年間が開いて、2年ぶりの東京テキスタイルマルシェ、自分で新しいこと何ができるか楽しみは楽しみ。
2018年03月29日
昔、昼間、コンピュータの会社に在籍したこともあるが、C言語という言語はオブジェクト指向といわれ、織物を作る作業をオブジェクト指向に当てはめると、人というオブジェクトと織機というオブジェクトをつくって、人には、スタートボタンを押すとか、縦糸をつなぐとか、の動作を定義する。織機には、ボタンというオブジェクトを持たせ、スタートボタン、停止ボタン、寸動ボタンなどの属性を持たせ、属性ごとに押されたときの動作を定める。横糸というオブジェクトも存在して、縦糸というオブジェクトも存在する。それぞれが切れたら縦糸切れ、横糸切れのイベントを発生させる。横糸切れのイベントが発生するとそのイベントを受け取った織機が止まって横糸切れの電球をつける。人というのはパトロール動作をしていて、その動作の中で、横糸切れの電球がついているかどうかという動作をして、横糸切れランプがついていると、横糸切れ処理の動作をする。みたいな感じで、織物が織られてゆく。

それと似ているなあと思うのが、今の広幅絣のプロジェクト。捺染台の定義、蒸し器の定義、また、それらを作るために道具を手配し、道具でそれらを作ってゆく。また、私がプログラミングも繊維の仕事も似ていると思うのは、プログラマーもデバッグの作業があったり、織物でも修正の作業があったり。ちょっと違うなあと思える部分もあって、コンピュータの世界では熱暴走とかOSのバグ以外はエラーはあまり想定しなくてもよいが、実際の織物では微妙な感覚で出来上がりが変わってくる。また、出来上がったものの良し悪しを人が基準を決めて判断する必要がある。外から与えられるばかりの世界ではなく、オブジェクト自身が自分自身の動作プログラムを作らないといけないのが生身の世界。

違うといえば、コンピュータにとっては、どんな絵でも色のドットの塊あるいは、オブジェクトの集合体に過ぎないだろうが、人がそれを見るときには、書かれているものが猫とか犬とか認識するだけでなく、かわいいとか美しいとか見る人の感性が大事。それは人によってそれぞれなのである。
2018年03月28日
林与には30台くらいは分解した手機が倉庫に残っているのだが、あまりにしっかりとできているので取り出して使うには重すぎる。軽量の高機を譲っていただくことができて昨日組み立てを行った。高機を組み立てるのは慣れていれば、一人でも15分もあればできるのだが、右左などの問題なんかもあって迷って1時間近くで出来上がり。大きな木製のプラモデルをつくるみたいな感覚で、これを使えば織物が織れるという実用性があるからすごい。また、シャトル織機とおんなじで、木製部品がヘタって来たら、自分で木を買ってきて部品を作れば修理ができる。

譲ってもらった手機をまず改良しないとと思う。この織機の幅いっぱいたぶん48cmから54cmほどまで広げて、仕上がりで今のキングサイズにも十分対応できるようにして筬とかもその幅でつくって織れるものに柔軟性を持たせる。あんまり織機が大きくなりすぎないほうが、持ち運ぶのに便利なので理想的ではある。でも、広い幅のものを織りたいときには、それように1台高機を自作すればよいと考える。
2018年03月27日
NINOWの会場の設営風景も画像が届いてよかったなあと安心。一つ忘れ物あったみたいで昨日会場に送った。

布をつくっていると一つ一つの布というのは小さなハギレであっても大事でその布をみると作ったときのことが思い出される。機屋さんで現場の作業を経験しておられる方があるものごとに関して私と同じ目線をもっておられる話を聞いて、この人は自分で布を作っている人だなあと感じた。仕事で背負っておられるものがあるのを感じる。

私自身も一緒なのだが、小さな工場の限られた設備の中で、何ができるのかを常に考えることで新しいものが生まれてくる。自分用にデザインするときにはリピートするのに無理のないものづくりに落としたりする。お客様のオリジナル生地を作るときなどはできる限り無理をして、要望に近づけるようにするので、自分のことがいつも後回しになっているが、それはお客様の仕事を受ける以上、お客さんの仕事を優先した上で、合間に自分の時間を見つけて自分のものづくりでいいという割りきりがある。

限界ある中でものづくりしている人のほうが、自由にものづくりできる人よりも地力があって強いのではないのかと思う。小さな工場の場合は設備なんかが限られているがその中で何ができるか考える。いろんなことを自分でやってみることが大事で、そういう人に何かできるチャンスが回ってきたときにはいろんなものが生まれてくる。日本のものが貴重だったころのほうが布がすごかったのもそのあたり。

私自身にしても、大口の電子ジャガードががあったら、インクジェットプリンタがあったら、いろんな加工設備があったら、とか、タラレバを考えても限がない。今、自分の限られた環境の中で何ができるか、その中から自分の時間と労力を使って生まれたものはそれがたとえ普通の生地であっても、ちゃんとできればうれしいしその生地になっていない部分に苦労があったりする。

また、そういうタラレバも自分が普通の仕事で資金をつくって自分自身で手に入れなければ手に入れたとしても価値は少ないだろう。機屋も自分で生地を作って生地を売るという原点をもっていないと、仕事の本質を見失ってしまうことが多い。織物の仕事は成り立たないからやっても無駄とかいわれることも多いがどの仕事でも共通する要素だろうと思える。

世界最先端の大きな半導体工場の中で働いたが製造業の仕事としては似ているところがあるし作っているものが違うだけに過ぎない。大きな半導体工場でも個人の力は大事だが、小さな工場だともっと個人の力が生きてくる。また、プログラミングの仕事でも働いたが、それも製造業のようなもの、織物を設計するのも似ているしパンチカードで組織をつくったり織物の中にもプログラミングがたくさんある。デバッグの作業なんかも、キズの補修と似ていたりする。

繊維の世界はこつこつと真面目にやればそれなりに結果も伴い評価されるのがいいところだろうと思う。本当に仕事らしい仕事でまったく悪い仕事ではないと思うのだ。なかなかそのこつこつと坦々と仕事して結果を出すというあたり理解してもらえず、それが当たり前にできることがすごいというのが分かる人は少ないものである。
2018年03月26日
3月27日28日、ヒルサイドテラスアネックス A棟で行われるNINOW展に、今朝から弊社の女性デザイナー斎藤が準備のために出発。若手のテキスタイルデザイナーたちにスポットを当てたイベントということで、私は会社で留守番。斎藤が染の作業を担当した広幅絣織物もハンガーを並べる。

横絣の織物が味があるなあと思えるのには裏にいろんな苦労があったりする。横絣というと技法だけが持ち上げられるが、デザインの部分も大事で、林与の場合は、おじいさんの頃につくられた近江上布の柄を広幅で再現するという形で林与の昔のものを継承しているので、NINOWのコンセプトにも合うのではないだろうかと思える。

元となる近江上布はあそびのような余裕を感じさせるデザインなのに、完璧な材料と技法に支えられていてそこも見逃せないところに思える。お釈迦様と孫悟空の話のように。そういう余裕みたいなところが力を感じる布なんだろうと思う。そういう技法の面白さやデザインの面白さをリネンワンピースにしたら布の力が伝わるようなワンピースができるだろうなあと、いう思い。6点の試作だが、私が見ていい感じに思える、力の伝わるような布ができたんじゃあないのかと思う。

今は、現場で通常の生産の仕事に手を動かしながらも、頭の中は、どうやって広幅絣をつくる機材を工夫するかというところ。広幅に織るだけでなく、捺染するのも広幅。頭で考えるだけでなく実際に形にするために実用に耐えうる機材を外部の協力も得ながら自分で一つ一つ揃えてゆく。それぞれの機材の製作で、ブレークスルーが必要だったりする。横糸に捺染すること、横糸を蒸すこと、横糸を巻き返すこと、横糸をシャトルの管に巻くこと、そしてその横糸を織り上げること。また、力を感じるようないい感じの布の風合いに仕上げることも大事な要素。

こういうクリエイティブな部分も単純作業も仕事は仕事。私の中で、どちらが大事かというと単純作業の部分だったりする。単純作業をこなせないとクリエイティブな世界が絵に描いた餅に終わることがほとんど。頭や口じゃなくて体や手、足を動かすことが大事で、面倒がらずにいろんなことを前向きにやって行く姿勢を貫いていれば経験の長さではなくて経験の深さでできることも広がってゆく。
2018年03月23日
地元の商売の多くが小さな頃から知っている同級生や私の兄弟姉妹の同級生が担い手となっているケースが多い。地域の受け皿的な部分があって、商工会の活動などもボランティアを超えたような持ち出しの行事であったりするが地域を盛り上げようと活動されている。

業種は違っても苦労は同じだなあと思うのは経営者の抱える悩みの部分。働く人は普通を経営者に求めるけど普通だと生き残れないもので、特に田舎の商売が生き残るためには、個の力の重要性が必要かと思う。特に先日まで中国にいて、非常に高速な地下鉄に1時間半のって9元、150円ほどというのも、上海全域がビジネスチャンスの好立地となるインフラ。人が都市に集い、商業が自然と成り立つようにインフラが整備される。政治家や行政の人間が国民を騙したり食いつぶさない、騙したり食いつぶしたら反感を買って、退陣後犯罪者となり投獄まであるのが、

旧共産主義国のほうが資本主義的な発展が容易なのもそのあたりだろう。たとえば、私自身は問題を生み出しやすい仮想通貨などには反対の立場なのだが、政治家や行政は、それにこれからの日本のビジネスモデルを賭けたところがある。通貨そのものが持つ、借用書的な意味合いがすらないのに通貨と呼ぶのは、「儲かる」からという要素で買い手が増えているだけに過ぎず。人からお金を借りて返すという要素もなく、お金を吸い上げ、国もそれに便乗し税金とっては、そういうものの価値が将来落ちたときに自殺者や国が救えないものを増やすだけのことだろう。

株式市場とも似ていて運営側の裏の工作は容易であったりして一般は鴨になる確立が高い。アメリカの株式市場でも、コンマ何秒先に運営側が売り買いできるようなシステムで一般を欺き利益を上げるのが問題になった。Fxに関しても、為替相場だと思いきや、そうじゃない戦い、自分がお客さんになったFx業者とのお金の取り合いというのが本質で、ラスベガスのカジノそのもの。560億円の事件でも返金しないで破綻というケースも普通だったろう。560億円が消える事件、裏の闇は深い、そんなものを認可出して問題は増えるだけだろう。本来なら国が認可出すなら、それを追い詰める能力がないと、なくなりました終わりでは騙したもの勝ちに認可を与えるようなもの。
2018年03月19日
今日は最終日、最終日はお客様は初めの2日よりは少な目。今日は勉強になったのは、私のブースの前はデザインを販売する会社が集う場所で、イタリアやフランスのデザイン会社がデザインを売っている。ジャパンパビリオンのブースを設計をしているクリプトンの中筋さんとお話していて、デザインを売るというのはどのような形で成り立つのだろうかという疑問。

一般には、一つのデザインを買えばそれは買った人のものという概念。そのデザイナーやデザイン会社のデザインに関する著作権そのものを買って自分のものにするということ。この2日、目の前のデザイン会社の展示会の様子を眺めていて、サンプルをみせてはいるものの、そのサンプルをお客さんに渡しているような感じがしなかったので、何が本当なのかという疑問。斜め前のイタリアのデザイン会社の人が、お客さんがおられなかったので、デザイン会社の商売というのは何なのか聞いてみた。

サンプルはインクジェットプリンタで、ポリエステルの安い布にプリントアウトされていて、お客さんがそのデザインを買うとそのサンプルそのものを渡すということ。値段はその会社の場合、3000ドル。著作権が買った人に移る。世界中でそのお客さんがそのデザインの著作権を持つということになり、お客さんはその作品そのものだけでなく、そのデザイン会社の場合、その作品の一部を部分使いするような権利も有することになるそうだ。

その会社の場合、40人のデザイナーがいて、一ヶ月に1000点くらいのデザインが生まれるそうで、日本にも代理店があるそうだが、その代理店の抱えているデザインは、その代理店しかもっていないということで、買ったお客さんは世界で唯一そのデザインを有するお客さんということになる。非常にクリアな形にしてある。なるほどなあと思う。

でも、私がみていてデザインをお客さんが手にして持って返るということがほとんどないのもうなづける。見せるはするけど、お客さんは買わないというパターン。見るだけ見て買わないで、似たようなものをつくるケースが多いのではないだろうかと思う。デザイン会社が、お客さんにデザインを見せるということは危険な側面があると思える。

林与もそういうところには注意をしていて、林与のブースにくるお客さんも1割2割の方は、携帯で隠れて撮影している人がいたりして撮影は禁止であることを注意すると去ってゆく。アパレルの世界も盗むことが仕事の人も多く罪悪感すらもない。自分自身が作る場所ももたねば、アイデアというのは実現もしないもので、身軽に企画をしようとすると自分で生み出すより外からヒントを貰ってそれを真似る程度の企画しか生まれない。

私自身、ほとんど外を見て回らない、自分の中でものを作り上げてゆく、だから新しいものが生まれる。仕事のスタイルも独自で外の仕事のスタイルを真似ることはしない。仕事哲学的なものも他の人とは異なるが、それでよいと思っている。インテキ上海や海外の展示会に出展している会社ではそういう会社は少ないといえる。会社の体制を整えると体制がものづくりを制約し、できないが増えてくることが多い。
2018年03月15日
今日はインテキ2日目、朝は通訳の人と北京のサイモンさんとホテルの近くで朝食。3人でいっぱい食べて24元。超大食いの林与にとっては天国。会場に地下鉄で向かおうとするも、地下鉄が込みすぎていて乗り込めない。3回くらい乗れず、あきらめて、逆方向の電車に乗って地下鉄が空いている駅から乗る作戦。この作戦は、遅刻覚悟の作戦。

東京も同じなのかもしれないが、2分後とにくる電車がほとんどの路線で満杯で乗れない。東京以上だと思う。これくらい混んでいるから中国の経済は順調なのだろう。名古屋空港からの上海の飛行機が往復で2万円というのも不思議な話だが日本国内はなぜか難しいことが多いような気がする。北京のサイモンさんが上海に来るのに往復で2000元というから、日本から上海の飛行機のほうが安い。

会場でも、絣のストールはひとつしかないサンプルで売れないのだが、全部絣のタイプは1枚が10万円だといってもほしいという中国の方が何人かおられる。1年前にストールブームは終わったような気がしていたのだが特別なものは流れる。ジャパンパビリオンは常にたくさんのお客さん、林与も今日もお客さんが途切れることがほとんどなく、たくさんの方が絣のプロジェクトを見に来てくださる。

林与の近江上布のアーカイブは布を探求しておられる多くの方に驚いてもらえる。そのひとつひとつが力が篭っていて、何千とあってもどれひとつ失敗がないように思え、どれ一つ今つくろうとしても、技法的に限界を超えていて、また、技法だけでなくデザイン性が人の心を捉える。テキスタイルデザイナーにとっては数百枚のハギレでも美術館以上の価値を感じてもらえるかもしれない。その世界を今、広い幅の織物で再現でき、日本の布の力を世界に発信できるような準備ができつつある。

伝統工芸じゃない世界で日本の布の力を発信する。布は、世界中の織物職人たちのコミュニケーションの手段。インテキ上海でも、40cm角の6つのハンガーが人々の目を引く。一晩でスタッフの斎藤と二人で染から6柄織る所まで、覚悟を決めた1日。そういう思いを詰め込んだ一日で出来上がった特別のものが人々に語り掛ける。
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