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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2012年09月14日
同じ色で種類の違う糸をチェック柄の織物にすると、ややこしいことになりがちです。切れない糸だったら良いのですが、縦糸が切れたときに切れた糸がどちらの糸か分からなくなり、交錯してしまう可能性が高いのです。リネンの場合、生成の糸とオフ白の糸をチェックにすることも良くありますが、1本の糸を見るときにそれが白なのか生成なのかを見分けるのは、生成の色味が薄い場合には非常に困難です。

これを解決する方法はいくつかあるのですが、それをやろうとすると結構手間でコストもかかりますので、通常は出たところ勝負的なリスク覚悟で織り上げることになり、結構な確立で失敗をするものなので、という話を昨日の夕方、企画の方にお話していました。

夜には、シャトルで、なぜか原因不明の横糸切れが起こりどうしたものやら。どこかに当たっている気配はなく、糸切れの感じもうち切れのような細い箇所が切れるような感じではなく叩いてきったようなというか切れないはさみで切ったような感じ、再度昼間、明るいときに、しっかりと見て考えてみようと思います。

海外ミッションのお知らせをいただいて参加したいのですが年明けのバタバタ状態を考えると1週間会社を開けることは難しく、近江上布プリント柄を海外に向けて発信していきたいなあと考えているときですので、インターテキスタイル上海始め次のチャンスを狙います。
2012年09月13日
家にも小さな前栽があるのですが、そこに一本のもちの木があります。これの葉刈が厄介で、10メートル以上は高さがあろうかと葉刈の人も、葉刈の本職そのものでないと木に登って葉を摘まんで取る作業は難しいようです。葉刈も本職の人というのは少なくなってきたものです。

昨日夕方、東近江市の甲津町という村に行きました。途中で、道がすごく狭くなって迷い込んだ感じになったのですが、そこには立派な黒松が植えられている家があって、盆栽の松の長巨大版みたいで家を隠してしまっていました。これは、何百年物なのでしょうが、切り落とされることなく残って欲しいなあと感じました。

甲津町からの帰り道、田んぼ田んぼで、9月10日で、もうほとんどの田んぼが稲刈りを終えています。今年の夏は暑くて生育が良かったのでしょう。今年のお米は美味しいだろうと思います。

今日は、午前中に京都のプリント工場からお越しくださり、依頼していた蝶柄が出来上がってまいりました。近江上布の柄がまた一つプリント柄として蘇りました。夕方にはコラボしがから電話をいただいてファンドの説明会で事例の紹介で取り上げていただけるそうです。ファンドの認定をいただいて出来る限りのことを詰め込んで、ビンテージアイリッシュリネンハンカチつくりに終わらずに大きく大きく広げましたので、やりたかったことの多くが実現でき、特別なリネン糸を使っての試織テストなど、たくさん経験を積むことができただけでなく、また、多くの皆さんとの出会いがありました。

当初はファンド事業をいただくこと自体が大きな挑戦で、織れなかったりできあがったものが普通のものだったらどうしようかという気持ちもありましたが、30年以上倉庫に眠り続けた糸を織って出来上がったリネンが自分が見たこともない特別なものであったことは幸運でした。やりたいことがあったから、ファンドを活用させていただいたという形でしたので、やりたいことを実現にもっていくという仕事にとって一番大事な基本のところをファンド事業を通じて学べた気もします。
2012年09月12日
昔の人の完ぺき主義というのに驚くのが、シャトル織機に右左があるのをご存知でしょうか。また、糸を巻く機会にも右と左があるのです。右と左をペアにして、危ないモーター同士を内側にして安全性を高めるとか、縦切れを直すときに後ろに回るのでそのときに通路が必要なのでその通路をより広く取れるようにうまく考えてあるのです。これは、シャトル織機だけのことでなく、チーズワインダーも右と左があって、スペースの有効利用をして会社内の作業性も向上させてあります。

設置した機械の位置が毎回50CM広いと人が糸切れは一日に何十回、何百回と起こるので、それを何十年も作業するときに大きな差が出てくるものです。林与が昔の整経機を使い続けるのも、今の整経機は大きすぎて手が届かなかったり、すべてが鉄で出来ているので、手で微調整で動かすときに違和感があるということです。

昔のシャトル織機のすばらしいのは、鉄の塊のように見えても、手で触る框や杼台などは、木製であること。使い込めば使い込むほど馴染んでくるのが木の良さです。杼台にしても、実は半消耗品であるということを考えてあって、鉄の部品を守るために片方が木で作られているのです。これは機械を守るためだけではなく、作業する人を守るためでもあります。

シャトル織機に右と左があるときに、人の能力がより高くないと駄目なのです。右利きの人が、右手で筬の上の框を操作し、左手でハンドルを操作というのは良い感じなのですが、反対向きの機械だと、左手で筬の上の框を操作右手でハンドルを操作になり、機械に対して人間が器用に対応しないといけません。また、保守部品にしても、右用部品と左用の部品を別途用意しないとなりませんので、織機にしましてもものづくりが簡単な時代だと良いのですが、今のように、手作業のできる鍛冶屋さんもなくなってしまってしまってはメンテナンス自体が非常に難しいのです。

今日も機械屋さんがシャトルの消耗部品を持ってきてくれました。織物なんていつでも作れると思われていますが、シャトルの部品一つを作ろうとすると何年かに一回のことで、10年20年先に部品がなくなることを考えて、予備を用意しておかねばなりません。また、それをできる職人さんが日本に残っているかどうかが重要な要素になってきます。

織物の歴史を考えるときに、昔は日本中で麻織物が織られていたことを考えると原始的な織機というのは、糸と棒、板を組み合わせれば出来たのです。古代の織物というのは織機というほどのものではなくても織物が出来上がっていたといえます。しかしながら、素朴な道具で織物を作り上げるためには、現代人以上に人の頭と体というものが必要で、古代の人が現代人以上に器用であったことは明白です。
2012年09月11日
ものづくりにおいて人という要素は本当に難しいなあと思います。できることをしなかったりが、機械と違うヒト的な要素で、短期的な意味で長期的な意味で考えるときに、どのように全体を成り立たせるかというのはまったく意味合いが異なってきます。

長期的に考えていくときには人という要素は本質的な部分から大事で、短期的に考えてしまうときには人という要素は消耗品です。今の時代の人材というものの考え方が、テンポラリーなものがほとんどになってしまって、海外の量産の世界と似てしまっています。作業している人が他の誰よりも自分は自信があって、本当に形にできないと、他よりも良いものを作っていっているといっても、プロの世界でも10の内1つか2つが売れるだけの今の時代なので、自分の力を信じているなら他以上に本質を突いたようなものづくりが必要です。

新商品でも、差別化できていて一定の技術やノウハウ以上のものが含まれていれば、5年10年のうちに日の目に会うものが多いですが、作ったからといって新しいものというものは市場にないだけに評価されるまでには時間がかかります。また、一定の水準を超えていなければ似たような安いものに淘汰されてしまいます。
2012年09月10日
今日は朝一番に大阪、朝の早い電車に乗って次のAWサンプルを入れたEMSを一つ出しました。京都中央郵便局の時間外受付は24時間、大阪中央郵便局も24時間なのかとおもっていると違うようで、京都の郵便局はサービスとしては優秀なのだなあと思います。

インターテキスタイルに向けての業界紙の一つ繊維ニュースの取材ということで、こちらの都合の良い時間を指定させていただいてダイセンさんに出向いて取材を受けました。取材とは、いろいろと過去のプルミエールビジョンなどで配られた配布資料などを見せていただいて、前回は林与の素朴なナチュラル仕上げのリネンの生成もしっかりと載せていただいていたりで、エコな流れというのはそういうところからも生まれてくるものと思います。

実際にインターテキスタイルに関する取材は30分ほどで後は、雑談的に最近やっていることのお話、また、繊維ニュースの記者さんからの最近の業界の流行的なものづくりの話をいただいたり、海外の展示会に出展に関する情報など、私が疑問に思っているようなことを教えてもらった感じです。

また、一つ織機について記者の方に質問したところ、そういう分野に力のある人に心辺りがあるということで、調べていただけそうな運びです。自分の会社にないタイプの織機のことなので、こういうときを活用して答えが見つかると新しいものづくりにも役立つ立つというものです。

今回のインターテキスタイル上海もベースとなるものの展示のほか、新しいものは、近江上布プリント柄、リネンのナチュラル仕上シリーズ、同じく、リネンブルー&草木染、そして、リネン150番手のアパレル向けの試作品の発表です。たまの大阪、どこかうろうろすべきなのでしょうが、急いで返らないといけない事情があるためとんぼ返りです。
2012年09月09日
同じ番手の糸を同じ織物規格で織っても、糸のメーカーによって、織れる長さは異なってきたりします。これは、機械の送りの調整によるところもあるのですが、堅い糸というのは織り縮みが激しく、また、フシの均一性のない糸というのも織り縮みは大きくなりがちです。また、シャトル織機で織ると、リネンの自然な仕上がりにしようとすると縦糸をたくさん送る傾向がありますので、これはまた別の意味で縦糸をよりたくさん使うことになります。

シャトル織機の縦糸の大きな開きを吸収してあげることが非常に大事であり、高密度のものを織る場合には、逆にテンションを上げてしっかりと開くようにして、また織りあがったときのキバタでの縮みも期待して作り上げます。織機以外にもその他のノウハウがいろいろとあって、織機の調整だけだと限界の時にはオプションパーツを使うこともあります。

今の時代、織機が単純化していっており、織りの技術というものが機械の機能依存になってしまって、職人さんが育たないものです。旧式のシャトル織機というのは、一回で壊れてしまうくらいにどこの部分も調整ができますので、素人の人には扱うのが難しいものです。旧式の織機がなくなっていくにつれて職人というものが必要なくなっていくのは、世界的な流れではあります。織物の展示会に行っても、私自身、織の職人さんに会えることが少ないものです。
2012年09月08日
今日は、朝から週末にも関わらずいろいろな糸が届きました。4トン車は字の中に入れないので、近くの運動場に取りに行ったり、農協に取りに行ったり、していました。秋冬向けにウールを交織するということで、ウール糸を手配しました。届いた糸の感じは良い感じですが、色がちょっとイメージと違うかなあと思いながらも、急いで取り寄せることができて、カウンター見本として仕上げて生地の感触を確かめることができるのでありがたいです。色はあとから調整を掛ける感じにします。

昨日、彦根の四番町スクエアのボックスギャラリーからお電話いただいて、ストールの生機が好評でたくさん売れてリクエストがあるとのことで、追加のストールをギャラリーまで持って行きました。本当にたくさん買ってもらっていてびっくりしました。口コミで買ってくださっているようでありがたい話です。次回はキッチンクロスHDタイプも持っていこうかと思います。

急ぎの仕事が詰まりすぎていて、うまく行かないことが一つでもあるとそこにすべての時間が費やされるので、数日を体力を消耗するだけのように、機械の調整に明け暮れることもあります。別の台で織っているものもしばらくすると織れなくなるのは、ぎりぎりな織物というのは普通なら無視できるような何か一つの小さな要素が変わると急に織れなくなるものです。

夜、工場で織っていると不思議なお客様、珍しいタイプの胴体の太い大きな蛾が回っていた扇風機の1Mほど前の床にいます。普通風が吹いていると飛ばされてしまうので飛ばされないように踏ん張らないといけないのですが、何時間もそこで踏ん張っているのです。たぶん、工場の中に入ってきて蛾も暑くて居心地のいい扇風機の前を見つけたようです。

夜蛍光灯の光に誘い込まれて工場の中に迷い込んだだけなので大事にしてあげたく、糸を包むビニール袋で包んで外に逃がしてあげました。外にいっても胴体が大きすぎて羽が小さすぎて飛んではいますが、コントロールできていないほど。自然に恵まれていないと生きていけないトキもそういう動物だったのかもしれません。

国を代表する動物というのはその国で独自に進化したとか、その国でしか生きていけないという要素があるので、環境が変わってしまうと滅んでしまうのは当たり前なのでしょう。あんな珍しい蛾は始めて位に見ました。もう今後見かけることもなかろうかと思いますが、イタチもドジョウもたくさん見かけました。蝉も遅かったですがしっかりと毎日鳴いています。今年はいろいろな自然現象が戻っているのを見かけます。たぶん、家の周辺の水路に水がしっかりと流れていたことが大きな要因ではないかと思います。
2012年09月07日
鈴鹿山脈がはっきりと見えます。空気が澄んできて秋に突入なのかなあと、秋は秋で冬に向かって季節感を楽しみたいものです。もうすでに、リネンの世界では来春夏物の企画はもちろん、さらには来秋冬物の企画が始まっています。

日本は四季の始まりが春であるようなところがあるのですが、海外では、秋から学期がスタートします。なんだか、夏も終わって落ち着いた感じのスタートですが、アカデミックな環境には秋からのスタートというものも良いものだと思います。

カリフォルニア州立大学のMBAにいたときに、最初に私に話しかけてきたひとが、自分が使い古した教科書を売りたい中国の留学生の人でした。中古の教科書も大学生協みたいなところでは買い取りもしているのですが、書き込みした教科書は買い取ってくれないので買い手を捜していたようです。

リサイクルに関しては、アメリカなんかは先進国である一方で、自然にリサイクルが進むような方向性を目指しているように思います。日本のような商業的な強制リサイクルとは違う形で、ものが自然に循環する本質的な部分でリサイクルがうまく回っているといえます。これは、福祉の世界も同じで、海外ではどのようにして自立できるようなるのかが大事ですが、日本の場合は世話をするビジネスが大きくなる一方で自立とは別の方向性で、本来自然に機能している部分を援助しないとならないと思います。
2012年09月06日
今日も朝から紙つくりに追われていました。仕事をしていて、経営者であるということは、物を作る部分よりも紙の作業のほうがかなり時間が掛かってしまうことが多いものです。
ものづくりの場合には、職人ほど考える必要のない部分は考えずに前に進めていくのですが、紙の上の作業は分かっていることでもしっかりと毎回落とし込んでいかねばなりません。

提出物をコンピュータを使って作成していると、プリントアウトして大量の紙を使い捨てるような状態になります。ひどいときには、一文字訂正するだけで行がずれてしまうと、完璧を求めるなら全部、印刷しなおしです。コンピュータが紙以外の媒体に大量のデータを保管できるということで、ペーパーレスな時代が来るといわれていましたが、実際には、コンピュータの時代は、ペーパーモアな時代です。

紙も資源であることには変わりなく、これをリサイクルするからといって、湯水のように使うことを止めるような方向性が大事かと思います。アメリカなんかではペーパーレス化を法律で定めて動いていますが、個人のモラルの中でペーパーレスに動けるような環境を作っていくべきだろうと思います。

アメリカでも昔は、タイプライターで文章を打ちながら一文字の訂正程度は、タイプライターのホワイトリボンでカバーする程度で、一回で完璧な文章を仕上げられたというのはすごいことだと思います。文章を仕上げる作業自体が職人的でなければタイプライターを扱えなかったのは古い織機を扱うのに共通しているところです。

小学校の頃、コピー機がまだ普及していない時代は、学級新聞などは輪転機を使っていました。ああいう作業を小学校のときからしているということは今の大人のする仕事以上にすごいことだと思うのです。完璧に文章やイメージを紙の上に落として、青刷紙に清書するのは緊張そのものでした。

器機が発達して、後で訂正が可能になり、余計に人間の能力が落ちてきて、誰でも基本的な作業が機械を使って出来るようになって、一方で、それを逆手に取るかのように機械の機能が無駄に複雑になって、今の携帯やデジカメではありませんが、機能を増やしすぎて毎回マニュアルをみないと使い方が覚えきれないというのも考え物ですし、また、写真が後加工次第というのもどうなのかなあと思うところです。
2012年09月05日
インターテキスタイル上海が迫ってきました。今回は京都のプリント工場でプリントしてもらった近江上布プリント柄を持ち込むほか、京都の染工場さんとコラボで動いている草木染のストールのシリーズも持ち込めるのではないかと思います。

そのほか、今回のインターテキスタイル上海ではジョイントイベントとして、中国の権威的なインターナショナルファブリックスコンピティションが行われ、林与も生地10点ほどを提出していたところ、あるお知らせをいただき、そのために生地を夜、京都からEMSで送りました。うまく届いてくださいね。

今日は、今織っているキッチンクロスのシャトル織機の調整を行いました。キッチンクロスを気に入ってくださる皆様が多く、織らねばと思うのですが、これが調整などの時間をいれると1時間に平均1メートルほどの世界で1日に10mほどしか織れません。50年ほど昔のシャトル織機をよい状態に持っていってぎりぎり織れるところまで打ち込んでいるので、調整がちょっとずれると急に織れなくなって傷だらけのキッチンクロスになってしまうのです。機械のどっかに原因はあるので、それを見つけるのが仕事です。

ぎりぎりのところから生まれるものというものはなかなか真似しにくいものです。それは技術的な部分であるかもしれませんし、時間的な部分であるかもしれませんし、費用的な部分であるかもしれません。キッチンクロスなんかも今は織れていますが、意欲的な部分が劣ってしまうと将来は織れなくなる可能性も高いのです。
2012年09月03日
今日は急いでいる海外向けの出荷のための準備を進めています。午後からは、お客様が2件ありました。次の春夏の案件なども今年はどこもが例年よりも1ヶ月から2ヶ月以上早く仕事を出してくださり、9月の仕事の予定が埋まってしまって10月以降の着手予定に入り始めています。

なぜか今日は朝から頭が重くて寝ればたぶん直るのでしょうが、目の前にあるたくさんのことを順番にこなしていくことが大事です。10月4日には大阪でのものづくり展示会、10月後半はインターテキスタイル上海、11月には長栄座、12月4、5、6とは東京でのハーベスト展の予定です。インターテキスタイル上海に集中するため、ジャパンクリエーションAWへの出展は今回はできません。

夜には、何件か問い合わせをいただいていた本麻手もみのカラーサンプルを作りました。本麻手もみのカラーサンプルをお待ちいただいていたお客様には、本日のご発送となります。目の前にあることを一つづつ進めていくことが大事だなあと思います。

2012年09月02日
流通というのは味気のないサービスだなあと感じることが多いものですが、もう、10年以上昔の話になりますが、夜8時過ぎに事務所の前に置いた荷物を取りに来てくれて、トラックが来たなあと思って、家の中から様子を伺っていると、トラックに荷物を運んだ後に再度事務所の下のところに戻ってきて、誰もいないくらい事務所に向かって深々と礼をしておられるのです。それを見てこの人は流石だなあと思いました。

その方というのは普段は気さくな感じで、堅苦しいような一面は見せない人で、仕事はしっかり出来ていたのですが、中身はやはり、人を超えた部分をしっかりと持っておられます。人に見えないところでしっかりと礼を尽くして取り組んでおられ、今の時代の佐川のドライバーさんとは看板は同じでも違う次元のサービスを提供しておられました。

どこがというのではなく、私が携わった20年ほどの間だけでも、世代交代が進んで、そんなんじゃあ駄目だと否定し続けたような普通の流れに世の中が淘汰されてしまった感じです。相手が変われば自分も変わらねばみたいに変わってきて、結局、欧米型資本主義にどんどんと近づいてきています。

ものづくりしながらもものに固執をしてはカネに固執するのと同じで、結局、人という要素を一番大事にしないとならないのかなあと思います。モノやカネは普遍的で、ヒトという要素の考え方が一般と違わなければ同じことや同じものしか出来ないのです。
2012年09月01日
9月になって、毎日30度を超えていても以前よりは涼しくなったような気がします。外で水を使う作業をしていて、スズメ蜂の大きいタイプが1匹つづ水を飲みに来ます。蜂がうろうろしているのは嫌な気分ですが、蜂がほしいのは水です。

タライに溜まった水を飲むためにタライの内側の側面に張り付いて頭を下にして口で水を吸い込んでいるようです。蜂も空を飛んでいて喉が渇いていて、水を飲みたいのでしょう。なぜ、人がうろうろとしているところに水を飲みに来るのかは、たぶん、蜂が水を飲むところがないからだろうと思います。

田んぼにも水は溜まっていますが、その水が安全でないことは知っているのでしょう。水の溜まったタライがいくつかあっても、蜂は必ず一つのタライから水を飲みます。安全だと思う水がそのタライの水なのでしょう。他のタライの水は水道でより新鮮で綺麗にみえる水ですが、そのタライの水は雨水が溜まって時間も経っていて少し濁った水なのです。

蜂の個体数が減ったものの絶滅してしまわないのは、そういう本能があるからでしょう。あるいは集団の中で一匹、鋭い感覚をもったものがいて仲間に安全だと知らせているのか。蜂にしても、何度かに一度でも殺虫剤の入った水を飲んでしまえば死んでしまうので、危ない水は一度も飲まないような鋭い感覚が必要なのかも知れません。
2012年08月31日
普通は8月というと忙しい月ではないのですが、今年の8月は人が足りない側面もあって、仕事に追われている1ヶ月でした。今日は朝、県内の高校生が滋賀県の麻織物について知りたいということでお越しいただきお話しました。

私が学生のときを振り返ると、仕事をするということが良くわかっておらず、なんでそんなに忙しいのだろうと考えていました。上手にすればよいだけのことだと考えていましたが、現実の仕事というのは効率よく方法はあるのですが、受注型の小ロット多品種なもの作りでは効率よくできることはないものです。

午後からもお客様で、夕方から月末ということで会計事務所に書類を取りに行きました。往復1時間半ほどのことですが、もうちょっとで会社というところで、疲れきってしまい。車を止めて休憩しました。夜は、京都中央郵便局に行ってサンプルをEMSで発送しました。ものをつくる部分だけではなく、仕入れや販売などものを動かす部分でも非常に大きな力を使います。
2012年08月30日
昨日から急ぎの糸が染まってきて夜中に巻き上げて、整経が始まりました。早くできる仕事は早くこなしていくことが大事で、ジャストインタイム的な考え方というのは無駄が多すぎるものです。余裕の時間を生み出してそこで仕事を生まないと…。

今日は、午前中は京都のプリント工場さんが起こしになられ、午後からは大阪の和装関連の方がおみえくださいました。8月のお盆すぎから電話での問い合わせが何件かあって、これから来年の企画を進めようとされるところも多いようです。今年は企画の進行がどこも早いように思います。

大阪のお客さんは繊維関連で生地の調達というのが難しくなってきたことを心配されておりました。大阪でも和装関連の織をされているのは70代の方で次の世代がないということ。今は、まだ機を動かしているところがあってもこれから先のことを考えて生地を織れるところを探しておられるということだそうです。

今日も夜の工場の中は30度を越えていて機の乗せ換えをやっている途中で、疲れきってしまって、近くの食べ放題で食べ放題してから再度乗せ換えにチャレンジ。食べ物というのも点滴と同じで血液の中にエネルギーを送り込みます。
2012年08月29日
今日は金襴織物の工場の社長さんから電話を頂きました。同級生の親父さんなのですが、麻織物というのは簡単だといっておられました。言われることも分かる気もするのです。金襴織物のように、多色の金の糸を使ってジャガード織りをするためには、かなりの意匠をこなせる職人が必要で、また、密度が高いので織るのも非常に時間の掛かる仕事です。

金襴織物というのは、仏壇やお寺用の織物の場合がほとんどですので、値段なんかも非常に高いということです。ファッションアイテム以上に、堅い需要のある商売なのでしょうが、仏壇自体が売ることが難しくなっている時代ですので、織物の生産ロットが非常に小さくなっているそうです。

2012年08月28日
今日は、午後にヘムズロイド村で30分ほど休憩をしました。森の中に5軒ほどの工房があって、良い感じなのですが、完全に陸の孤島という感じで、良い感じの場所なのに観光客はゼロで仕事に打ち込むだけの場所のようです。

森の木陰に包まれて、そこを風が流れるだけで、外の暑い日ざしの下とは別世界で、トンボなんかが木漏れ日の中を舞っています。本来、こういう山の中のような感じの緑に包まれた場所というのがあれば、地球の表面温度を下げるのに貢献をするのでしょう。

木工細工を作る工房のようなものがあって、薪が山積みになっています。大きなPLガスのボンベがどの工房にも付いていますが、本来なら薪を燃やした火を使うべきなのでしょうが、それも許されない時代になってしまっているのでしょうか。サステイナブルな社会を考えるときに昔は許された自然なことすらも許されないという壁が多すぎるように思うものです。

今日ショッピングモールでは、2Lのペットボトルに入った水が67円、6個400円ほどで販売されていました。水を飲むためにペットボトルが作られてそれがゴミとなり再利用される流れを考えると、昔のコカコーラのビンのように容器を使い捨てずにメーカーが回収して洗って再利用していたことは今の時代以上に生きたシステムですごいことだったなあと思います。

ペットボトル一つにしてもそれに自分で水を入れて持ちまわれば何十回も使える立派な水筒であり、それがリサイクルされてしまうもったいなさを感じます。日常の生活で、使えるものがリサイクルされてしまう文化というものは、昔のように洋服でも着ることができなくなるまで誰かの手に渡っていた頃というのは、作られたものがすべて有効に生かされていた時代だったんだなあと思います。

ヘムズロイド村の存在を知ったのも実は、プレミアムテキスタイルジャパンにこられたお客様からです。ひっそりとした中にあるだけに、しっかりとしたものを生んでいく力が生まれるのではないかと思うのです。観光地化すると売れれば勝ちみたいになって俗っぽく薄くなりがちですので、ものづくりの場所というのは観光地化して欲しくないような気もします。
2012年08月26日
今日は、夕方隣組の会があってそのあと食事会がありました。食事会は毎回牛肉のすきやき鍋ということで決まっておるようです。私以外は60代、70代、80代の方ばかり、それを考えると私の家というのは世代交代が早かったということになります。

村の中に住んでいても仕事ばかり状態ですので、ご近所の情報というのは入ってきません。村の人の名前を聞いても顔が浮かんで来ないケースが多いのでやばいなあと思いながらも、あと20年ほどしたら村の形も相当変わるだろうなあと想像しています。

何十年も昔から続いている感覚で引き継ぐというのは、商売も同じですが、大きな決断ということがしにくいものです。引き継ぐばかりでいるとやり続けたとしても中身は薄くなっていくばかりで続けていくことすらもが難しくなっていきます。

続けていくことが難しい時代ですので続けていること自体に対する評価は高いのですが、村の行事や組織にしても、止めよう続けようという180度反対の考えのぶつかり合いで、一つとしてまとまって行事などを運営していくことの難しさを感じます。

商売なんかでは、次々と消えていく新しいものを生み出すスタイルというのは商売自体が同じ形では長続きしないスタイルで、産業の高次元化や業種転換につながっていきます。しかしながらも、本質的なもののイメージを守るがためにも新しいものも手がけておくのは大事だろうと思います。
2012年08月25日
リネンを藍で染めたものというのは染め方にもよるとは思いますが、深く染めると綺麗な輝く色に染まります。本藍染めできつい色止めをしないので色落ちが心配なのですが、色が少しづつ落ちて変わっていくのを楽しむのもよいのかと思います。

今回、染めたロットは私が好きな光沢感のある紺色に染まりあがりました。藍が生きているというのは染まってからも本当だと思います。生きているかのように光沢を放ち存在感を魅せつけます。天然染料から化学染料に置き換わった背景というのは、さまざまな要素があると思いますが、どんな色でも出せることより、これしか出ないというのは天然染料の強みだと思います。

リネンとうものは染まり易いのですが、色落ちもし易いというのは、洗っていると色が流れ出ていきます。リネンが汚れを吸収し易く、水で落としやすいというのの裏返しだろうと思います。リネンのスラブのところがどうしても染料が入りにくいのか、薄くムラ感をもって染まってしまうのです。染めた瞬間はソリッドな感じに染まっていますが、水洗いなどをするとスラブの太いところほど薄く見えてしまいます。
2012年08月24日
レピアというのは、糸の端っこを左から右へと運ぶための部品なのですが、一分間に150回から180回くらい糸の引渡しをします。板バネなどで微妙にテンション調整をして、金属部品が糸を掴んで受け渡しをするので、掴む部位の形状を調整したり、掴む強さを調整したり、掴むタイミングを調整したりで、うまく、織物が織れる様にします。

非常に、高速で動いているので調子が悪いときにそれが、何の原因なのかを考えることになります。基本的には、機械というのは非常に正直ですので、調子が悪いときには調子が悪い理由があり、それを頭で考えて見つけ出さないと、下手な調節をすると、ちょうど良い調節になっているところを悪く調節することになり、織機がぼろぼろの状態になってしまいます。

織機の調節にしても、順番に考えていけばよいのでそれほど難しいことは少ないのですが、織機を調節するために手が動くかどうか、自分の手の感覚というものが非常に大事です。産地で織物を織ることができなくなった背景には、織機を上手に調節することができる人が少なくなったということも大きな原因です。

織物工場というのは織るのが仕事のように思われるかもしれませんが、織るのが仕事というよりも機械の調節こそが仕事みたいなところがあります。今の時代は、自動車や電気産業でも修理や調節が出来る人というのは本当に少なくなっています。部品を交換することはできても調節ができないのです。

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