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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2020年08月20日
本麻の作務衣があったので、それを着てこの2日過ごしている。Tシャツよりは涼しくて元には戻れないかもである。田舎でも作務衣着てうろうろしているおっさんなんて見かけないから、倉庫に行ったりとかは目立ちすぎる。

最近、甚平用生地を作ったので、半ズボンの甚平よりも年中着ることができる作務衣を作ろうと考えているのだけども、5mとか用尺が必要な感じで、生地だけでも、かなり高級なものになってしまいそう。

昔、小幅の織機から36の織機に切り替えた時に、産地でも本麻の甚平生地を生み出したのが林与だった。当時は甚平も何万円もする高級アイテムだったので、成り立った話だが、今は、国内で甚平や作務衣用の生地を作ってもなかなか成り立たんだろうなあと思いつつ、そういうのも逆に消えゆく世界だから小さくでも残していこうと思う。
2020年08月19日
中国の北京の業者さんから久しぶりにコンタクトがあって、中国との物流も4月くらいにはほんとストップ状態だったが、また再開なので、輸出に向けて動いてみようかと。

業者さんといっても私の場合には個人的なつながりみたいなもので、友達という感覚の方。私が上海の展示会に行くといつも北京から会いに来てくれて、別に他を回るわけでもなく、私の生地を非常に評価していてくれて私と仕事をしたく思っていてくれる。

私が上海で、泊るところをみつけるのだけども、1泊200元くらいのローカルなところが多いのだが、一人なのに無茶苦茶広い部屋でそれほど悪くないと思って、その方に紹介したら、フロアーが違って、現地の人用のフロアーだったらしく、なぜか照明がピンクかパープルだったとか?という笑い話。通訳の女の子は自分の部屋がそんな風だとは言ってなかったけど。ある意味、特別ルームだったんだろう。

同じ値段なのに外国人の私のほうが広くて快適な部屋を提供してもらえるというのも上海も変わったなあと思う。私の分は、ネットの有名なホテルサイトで申し込んだからだろうか。

中国に行っても、社長向けの接待を受けることもあるけども、そういうのは運転手付きの車がいてくれて行きたいと言えばどこにでも連れて行ってくれるけど、私的にはローカルな庶民的な食事をしたりとかが好きで、地下鉄に乗ったり街並みを歩いて過ごすのがすきである。またコロナが収まったら、展示会で中国にも行きたいなあと思う。
2020年08月18日
林与の自社企画の在庫生地のソフト仕上げは、品薄になっていたけども、この夏に在庫を久々に増やすことができた。なかなか自分が生地をつくろうと思っても、外のお客さんの生地を優先してつくっていると追われてしまって、定番の生地ですらもこの2年ほどつくるタイミングを見つけられないとかだったので、今、少しほっとしています。

いろいろと生地つくりの案件をいただくことも多いのですが、1回で動ける案件だとやりやすいですが、まず少しみたいとかから入るアプローチの場合には、出来合いの布を検討されるべきが無理がないかと思います。

あるいはサンプルの試作費をしっかりと払って、2回3回かけて、イメージに近づけてゆくとか。それが




2020年08月17日
インバウンドや観光立国というプランで、国の経済政策の目玉が動いていたが、それがコロナで、一番駄目な経済政策ということになってしまった。早くそこは切り替えが必要で、その切り替えが遅れるとダメージは余計に広がる。

国の頭は硬直してしまっていても、ホテル経営者なんかはホテルを廃業する方向に動いたり、アパレルも人員削減をするなど、現実的に先手先手の対応を行って、ダメージを押さえる方向転換を行い始めている。

経済政策が好走するときもあるだろうけど、うまくいかなくなった時には深追いせずに自然の流れに合わせて支援をするという形が理想的だろうと思う。たとえば、インバウンドや観光立国をプロモートしてきた分、応援するばかりでなく、今度は、廃業やリストラを支援するのも一つの経済政策だろう。

一番日本で困るのは従業員のリストラという問題で、雇用に支援はできても、解雇を支援するということがなかなか難しいのが日本の政策で、これは好景気の局面でしか機能していない政策だったりして、不景気には不景気業種の一番困っているような縮小を難しくし余計に苦しめることになる。
2020年08月16日
いろんな産地の方と出会うときにシャトル織機に関しては動かしておられる職人さんたちはかなり高齢化されているということがある。シャトル織機を動かしておられるのは、60代後半から70代の方がほとんどではないかと思える。

次の担い手を考えるときに、織機を動かすとかメンテするとか技術的な問題だけではないと思う。一番の問題は、何人かが集まって織機を動かすときに誰か一人がその他の人を雇用してみたいな形になるときに、その誰か一人がなかなかなり手がいない問題があると言える。

その問題のために、今の70代のそういう責任を背負ってこられた方が仕事を終えられる時に、つぎにそういうものを背負っていくような存在が必要となってくるのだろうけども、昔の時代よりも、今の時代のほうが、責任もってやってるものにのしかかる重荷はどんどんと増えていて世代交代の難しさはそこにあると思う。

シャトル織機を120台持っておられた工場が、円満に廃業されるときもその織機の引き受け手は海外だろうみたいな話だったが、それもうまくいかなかったみたいで結局一部の織機が国内の工場に移ったみたいである。外から見ていると120台の織機を動かしてそれなりの仕事があるのかと思えるかもしれないけども、その方がやっておられたから成り立っていたわけで、次の人の手に渡ったときに同じように仕事が成り立っていくのかというとなかなか難しい話だろう。

その工場もみんなが高齢化して潮時だみたいに、若い方を入れないである意味、雇用した人の面倒を廃業するまで見る優良な企業さんである。最後もきれいに終わられ立派な会社で惜しまれて廃業されてみたいな話。迷惑を掛けずに終われることが幸いみたいな話をされていたのは、いろんなご苦労の一生だったんだろうと思う。

このコロナで外出の必要もすくなくなりアパレルも和装も需要は激減している状況で、この2年3年で廃業されるところは多いだろうと思う。私も本業のアパレルだけならもう難しい話だろうとおもうが、そのアパレル向けを支えるためにもいろんな柱をつくったので他力本願的な部分が少なくなり麻織物に特化して続けていけているんだろうと思う。外からの受注に依存して成り立たせてゆくというのは
2020年08月15日
涼しくなる朝の5時、近くのお寺の鐘の音が聞こえてくる。お盆で帰省されている方たちには普段経験することのないとても良い響きだろう。お盆でお墓やお寺に参られる。

昨日立ち上げた織機を織っているお盆明けの納品のもの、糸に適した調子のよい台を割り振らないと、最初の構想が悪いと結局そこでドツボにはまることがある。話で仕事が成り立つのじゃない話が、昨日の朝からのストーリー、朝につなぎ始めてもらって、テンプルなどの位置調整、筬を通しなおして、織出し。織出しがどうしても両端の部分の経糸が緩んでうまくいかず、試行錯誤そして、一休さん。

思い切って方向転換、繊細な織物なので、巻取りローラーが糸が引っかかりにくいように、調整してあったのが逆に働いて、結局その調整を取り除いて、織りあがった布がきれいに巻き取られることで解決。織機自体のコンディションは悪くはない。また、シュワイターの巻の太さの調整が必要で、そこも微調整を加えて、一気にきれいに織れるような体制が整った時には、夜の9時。

坦々とした作業をスタッフの女の子が進めてくれて、普通の人だと15分で投げ出すような作業の連続だろうが、そうやって織物というのはできてゆく。こういうのは大人の仕事の世界なんだろうと私は思うが、そういう世界はもう日本には少なくなっている。

整経の準備や整経なんかは私がその前の夜から一人で始めているので、24時間ほどで、他の仕事もしながら、1台の織機が立ち上がって織り始められる。これを普通のリズムで2人が3日に分けてやっていても、6日分の仕事として成り立たせるのは難しいだろうと思うし、解決力を伴うこともないだろう。
2020年08月14日
仕事していて自分が立っていくための決断というのはいろいろあるだろうと思う。縫製の工場さんで、今はマスクを縫製しているところも多いし、マスク縫製をしないと決めておられる縫製工場もあったりする。

私はある意味柔軟なんで、洋服にしてもマスクにしてもこだわれば同じ要素があるんだろうと思う。ストールなんかも同じでこだわった挙句に、柔らかリネンストールにたどり着いた。キッチンクロスで厚織のキッチンクロスというのを作ってみようと思って作った。マスクもおんなじで、どんなマスクだったら自分自身が満足できるだろうかとやってみている。

全部に首を突っ込んでやったほうがトータルとした解決方法も見つかりやすいことも多い。繊維業界というのは、糸、織、染、加工、で生地が出来上がり、その生地をパターンをつくって縫製をするような道のりの長い話。商品企画だけで進行しちゃうと、振っただけでものがでてくるようなことはないから、仕入れたり人が動いたりという現実的なものづくりの部分で、いろんなところでボトルネックが生じてくる。

生地を企画される方が決断がないのは致命的だったりする。デザインというものは多くの人が集まって決めるものではなくて、一人の人間が決めたほうが一貫性もあってよいだろうと思う。その場でものごとを決断して前に進めていけるほどの決断力というのは、別にすごいことでもなんでもなく、当たり前に必要なプロの能力ではないかと思う。

デザインというのは、かならずしも売れるものをつくるのとは違う要素であるとも思う。自分なりのテイストというものを、ものとういう形で表現することだから、会議して売れるほうに持って行こうとすると売れそうな色を当ててしまうと、テイストすらもが消えてしまうことになる。売れなくてもどこまで自分のテイストを信じて貫くかみたいなところがアーティストらしさだろうと思う。そこでは食べていけないから、副業してでもその世界を成り立たせるとかは大事だろうと思う。副業というのも、資金を稼ぐならまったく別の仕事でもよいだろうし、同じ業種の下請け的な仕事でも構わないだろう。

自分の目標を貫くために、目標以外のことでその目標を支えるみたいなことも大事で、業界のカリスマみたいな人というのは、案外、何でも屋さんみたいなところがあって、専門職に見えて、広く深くが普通で、だから新しいことでも抵抗もなくやっていけるんだろうと思う。

最初に戻ると、このアパレル不況の流れの中で、アパレルに再度打ち込んで厳しいのを乗り越えてゆくというのも一つの方法だろうし、マスク需要のような繊維業界で必要とされるものに新しくチャレンジしておくのも一つの方法だろう。案外アパレル縫製よりも手間が掛かるから悪いことじゃない。やっても駄目だとあきらめないようにできる範囲の最大の努力をしていくということが大事なことだろうと思う。やって駄目なら仕方ないだろうけど、やらないで出来ないとか駄目だといっていては、そもそも駄目な要素そのものだろう。

一枚のマスクでも作る作業に没頭して、裁断から縫製まで、丁寧に1時間作業して出来上がるのはたった1枚のマスクかもしれない。たぶん、小学生の子供でも、マスク1枚、1時間あれば、楽しく作ってしまうのではないかと思う。でも、プロの大人のクリエイターや職人がそれができるかというと、案外自分が生み出すはできない人が多い。子供は生粋のクリエイター、素直に吸収し初めてでなんでもできたりする。子供のような素直さがものごとをするには大事だろうと思う。
2020年08月13日
このコロナでアパレル関係では、人員が削減されるというよりも、工場や売り場そのものが閉鎖という形をとることが多い、本来なら人員を削減して、工場や売り場を残すほうがまた人員が戻ってくる場所なんかも確保できることになるのだが、そういうのはなかなか法律上選びにくい形になってしまっている。それは企業経営者の選択というよりも、労働法を守るとそういう選択になってしまうのである。

売り場をなくして人員を全員解雇するということが法律的な問題も起こり得にくい。このコロナで大手のアパレルは売り場を3分の1減らしたとかが普通だったりする。コロナが落ち着いたとしても売り場自体が3分の1減っていると考えても良い。

国内でのアパレル需要というものはコロナ後に元に戻るというよりは、企画自体の数は変わらなくても、本生産の量は3分の1減るという可能性も高いだろう。採算性が余計に成り立ちにくくなる。事業を拡大する時よりも事業を縮小する時のほうが経営的には何倍も難しいものだと思う。

コロナ前でも京都の加工工場はこの1年で半減するだろうと言われていたくらいで、このコロナで廃業を選ばないといけない繊維関係の工場も多いだろうと思う。それは今仕事が少ないとかいう話ではなく、アパレルの売り場規模の縮小により、これから数年アパレルの仕事は少なくなるだろうという状況は続くだろうと思う。

生産量が減る流れの中で、トレンドとしてのエシカルな流れはより進むだろう。地球環境を守るようなエコなものづくり。林与の場合には今までやってきたことが否定されることもなく、多くの人に受け入れられるようになる流れなのだが、恵まれた時代には否定されがちだが、働くことを大事にしていきたいと思う。
2020年08月13日
リネンのプリーツマスク生成の販売を始めました。このマスク素材は、リネン60番手のイタリアンリネンの薄手生地を使用しています。生成の色としてはちょっと珍しいダーク目のグレーです。(リネンの生成りの色は、ご使用いただき洗ってつかってもらっているうちにだんだんと色は薄くなってゆきます。)夏マスクらしい仕上がりで、柔らかくしすぎず、コシとシャリ感のある仕上げです。(風合いも、ご使用いただき洗って使ってもらううちに少しづつですが柔らかくなってゆきます。)

不織布のプリーツマスクに非常に見た目が似ているので、会社、会議などの場のフォーマルなシチュエーションにもお使いいただけると思います。布マスクとしてはリネンの光沢感も感じられ高級があるほうだと思います。林与自身がお気に入りで使っているのも、リネンのプリーツタイプのマスクのこの生成とこれよりやや厚めの白の2タイプです。ノーズワイヤーは入っていませんが、装着後、上下にプリーツを開いた後に、手で鼻の部分を押さえてもらうとリネンのコシ感が形状安定っぽく働きます。

届いてすぐにお使いいただけるように縫製後のものではなく、煮沸洗いを掛けてアイロンがけしてジップロックしたものをお送りいたします。最初のゴムは通してありますが、長さ調節ができるように結んでいませんので、結んでカットして適当な長さに調節してお使いください。

林与のリネンマスクの特徴は、薄地ながらガーゼ過ぎない生地を使っているところで、夏マスクで通気性重視になりすぎて飛沫防止効果がなくなってしまわないように、アパレル生地の中では一番薄いくらい目のものです。仕上げもアパレル向けの柔らかさ重視ではなく、表面のドライタッチ感と毛羽感を出さないマスクに適した加工をしています。林与のいろいろなリネン生地の中から夏マスク用に着用感のテストもして一番最適そうな感じの生地ができたので夏マスク開発しました。

この布マスク本体の部分は、洗ってお使いいただければ、20回、30回とお使いいただけると思います。ので、交換用のゴムのが必需品になるかと、交換用のゴムも、白と黒をそれぞれ2回分(各1.2m)お付けしています。また、交換用のゴムは今は手に入りやすくなっていると思いますが、林与でも30m単位で別途販売も致しますので、1枚の布マスクでも布の部分は丈夫なリネンですので、洗って永くお使いいただけると幸いです。マスクゴム専用ゴム通しも交換用ゴム白5m黒5m付きで別途販売も致します。

縫製後に煮沸洗浄をしてすぐにお使いいただけるように洗いを掛けた状態で1枚1枚をジップロックに入れた状態でお送りいたします。現在、1点1点のハンドメイドに近い縫製になりますので、受注がたくさんの場合には、発送までに1週間ほどお時間頂くことが御座います。
2020年08月12日
アメリカやフランスではマスクの義務化に反してデモなどの抗議が起こっている。やはり、マスク不要論を言っていた国には政治的な危機感からの思惑があったんだろうなあと思うのはそのあたり、マスクで新型コロナでもある程度は防衛が可能なのに、政治家そのものがマスク問題を避けるために不要論を放った。社会を守ることを考えている人ほど義務化されなくても自主的に感染防止をしているのに、それを馬鹿だと笑う行為が世界中で起こるが、結局、義務化しないとマスクをつけないで、マスクしている人を攻撃するような体質があるから義務化が必要となってしまうのだろう。コロナに感染することよりも、マスクをつけないことを大事にするという価値観も価値観の一つで、アメリカ大統領もその最たる例ではあるだろう。大人というのは子供以上にやっかい存在なのである。

日本では、国がマスク不要論や害悪論を流す中も、マスクの義務化もないけども多くの人が自衛のためにマスクをつけて家族を防衛。本来の社会機能的なものが働いているような気がする。法律が必要もないのである。一方で、国はGOTOトラベルみたいな、反対の行動を推し進める。一方で、お盆の帰省は慎めとか。典型的に駄目な日本政府。政治献金が落ちないと気が済まないのだろうが、人々の健康よりも、政治家の小金を優先していると、経済状況も悪化するばかり。結局、コロナを放置の体制では、オリンピックはほぼ中止だろうと私自身は考えている。海外から、日本のタイプと違う、志望者率の高いコロナタイプが持ち込まれたら、重傷者は少ないとは楽観視もできないだろう。

結局、原発も爆発するけど爆発するまで推し進めるのが性なのである。コロナも日本では政府の考え方では爆発するだろうと思う。私自身は、政府が法律をつくってマスクを義務化するようなことは好きじゃないのだが、アメリカやフランスのように自由の国では、法律で縛らないとコロナの感染を抑えるのは難しいだろう。

日本が開国したときや、戦後なども、風土病といわれた伝染病がいろいろと西洋医学によって解決されたケースもある。そのときに、強制的にいろんなことに従わされて病気の撲滅が出来たのである。

日本脳炎というウィルスがあるが、「一般に、日本脳炎ウイルスに感染した場合、およそ1000人に1人が日本脳炎を発症し、発症した方の20~40%が亡くなってしまうといわれています。また、生存者の45~70%に精神障害などの後遺症が残ってしまうといわれています。」である。一方コロナウィルスの場合には、世界的には、感染すると1000人あたり200人が重症化、そのうち50人が亡くなるという病気。蔓延させることは防がないとダメなのである。

整合性的な部分は大事で、その大きな流れの中でそれぞれが成り立つための自由度も必要だろうと思うが、成り立たないときにはそれを支えるために国が人々の生活を援助するべきだろう。最低限の生活ができるように国民を支援する、それが国家の最低限の役割なのであり、今こそそれを実行するべき時なのであろうと思う。

自分で生きていける人は大丈夫だけども、社会制度に依存して生きていくように国民を縛ってしまってうまくいかなくなったときに、自分で生きろでは残酷すぎる話だろうなあと思う。この新型コロナで全国の1000万世帯が控除後ではあるが年収100万未満とされることが公式に発表もされた。コロナ以前の昨年の統計なので、コロナ後にさらに世帯数は増えているだろう。
2020年08月11日
倉庫に眠っていた布の一つを布公房DENさんの北山さんが気に入って使ってくれて、その生地を使って附田洋服がすごく人気で、また同じのができないかの話。その頃の糸からして違うからあのしなやかな今のリネンにはない風合い。染めた染工場もいまはもうないだろう。残念な話だけども昔のリネンの風合いを今のリネン糸をつかって出すことは難しい。

たぶん、加工は同じような加工をすれば、加工としては同じに近い加工だろうけども、加工にしても今と昔は違いがある。それは加工工場の技術の方に聞いても今の加工は昔よりは問題が起こるのを抑えるために控えめ。本来なら思いっきりの加工をするほうが良いのだろうけども昔ならそれで行けたが、今は染なんかも弱いことが多く、加工工場も加工温度を昔のようには上げることができないということ。

林与も、一度、いつも染めている染工場がいっぱいで、リネンも染められるという京都の染工場さんで反応染料で染めたが、加工を通すと3分の1くらいに色が落ちた経験がある。加工工場さんは70度の温度で処理をされるが、京都の染工場さんでは50度の温度でしか湯煎されていないということを知って、色落ちの原因が手に取るように分かった。落ちて当たり前なのである。

落ちて当たり前なのだけども、3分の1までに色が落ちるというのは繊維と染料が反応もちゃんとしていないような状況で、色が落ちた話をすると逆に切れられてしまっていて、技術的な相談も無理だと思いそのサンプルはあきらめたが、仕事が欲しいということでリネンも染められますといっておられてお願いしてもやはりこういう問題を一回一回乗り越えてゆけないと技術的な壁を乗り越えるのは難しいだろうなあと思う。昔だと中国の染がそんな感じだったけども、今は日本の染でも得意分野が異なればそんな問題は起こりうる。

別の話で、麻でも、生成りをそのまま染める染というのは一般の人が一番思いつきやすいことなんだけど邪道ではあり、どうでもよいものならそれでいいけども、ちゃんとしたものを作りたいなら止めておいたほうがよい話。色はきれいに染まらないし落ちてゆく。海外のリネンだと案外ありがちなトラブル商品の作り方なのである。

リネンのキナリにしても、あの色というのは吸い上げた土からの養分の色で、太陽に当たったり水でさらされたりして抜けていきやすい。耐光堅牢度が弱いのがリネンの生成りで、本来は色むらも起こりがちなのである。大麻なんかの生成りは全長が2mを超えるので、上部と下部の色の違いも著しく、紡績したときの色や品質が安定しない問題を抱えている。
2020年08月10日
今日は京都の事務所に行って知り合いの伝手でにモデルを頼んでマスクの撮影。あまりデジカメを使っていなかったので本体は思っていたことろにあるのに充電池とその充電器が見当たらなく、本格的な一眼レフのは使うのやめて、予備でもっているスマフォで撮影することに。スマフォのほうがきれいに撮れることも多いのでスマフォを侮ってはいけないのである。

久しぶりに行った京都の事務所だったけども、作業場的によい感じの空間だった。事務所の周りの建物もいろいろと新しくなって、裏もきれいに整備されたりと、まだまだよくなっていく場所なんだなあと思う。昔は、3条通りを挟んでいろは旅館があったのだけどもう新しい建物に変わって。隣の建物の下もカフェになっていて、ちょっと気晴らしにうろうろするのにもよい場所だなあと改めて思う。

京都の事務所に分厚い無垢の木の板がテーブルの上にあったが、あれは林与のものではなく知り合いの人のものなのだが、木のインパクトがあってあの板がいいねと思った。大事のもののようで、ミカンを剥いた皮を直接置いたら注意された。超巨大なまな板みたいな板なので・・・

そのあと、知り合いの知り合いである関塚さんという草履作家さんが岩倉の山のほうでアトリエをされていてイベントをされている最終日だということで、突然だが伺った。何人かの作家の方との合同展の形で、信楽の方もおられたが信楽のイメージとは異なるモダンな創作。フランスの方も木のテーブルや椅子などを作って出されていた。

古着を専門で出されていた方もあり、その中にビンテージのリネンのスリーピースが目に留まった。リネンの25番手くらいのキナリでしっかりとした生地。この色味というのは、倉庫に残っているルブランの生成りのいろとそっくりで、同じリネンでも今のリネンとは全く異なる世界。このリネンはふっくらと柔らかいのではなくソリッドな硬さをもっている。よく一般に言われるビンテージのリネンについてだけども、多くのものが実際にはコットンで、ビンテージリネンでもリネンはらしいものが多かったりする。

世の中の流れで新しくつくった服よりも古着のほうが見直される時代になってきた。古着というのは今の服にない価値がつまっているようなものがあって、日本の着物のそうだけども、今つくろうとしてもつくれないものや何百万円の価値観がそこには詰まっていると思う。

サイダーを販売されていて、それが日本のサイダーだそうで、4種類あったけども、それぞれが別の会社のもの。一般にうられているサイダーというよりも、レモン水そのものみたいな味で、大人の味。小さな瓶の一本だけども飲みごたえがあった。
2020年08月10日
戦後というよりも戦前の特徴だと思うのは、身の回りのものは小さなころから買うのが普通じゃなく、作るのが普通だったので、戦前の人のモノづくりというのは個性がある。小さなころからデザイナーみたいな生き方。

昭和40年代くらいからは、テレビ文化まっさかりで、時間があればテレビを見るのが普通になって、個々の人間が生み出すものも少なくなってしまったと思う。サラリーマン化が進んで所得が増えたこともあって作るよりも買う時代に突入。

自由にいろんなものを生み出せる人は少なくなったと思う。ミシンなんかもJUKIかBROTHERか、自動車も各国に数社の大手メーカーが、それも各メーカー似通っている。メーカーがオリジナルを生み出すではなく、共通仕様に向かう。今はMACもウィンドウズもほぼ同じような感じになってしまった。

デザインの世界も、絵心みたいなものがある人が少なくなったんじゃないのかと思えたりする。人の生み出す可愛さとかが昔のデザインにはあった。ディズニーのCGアニメーションの世界はあんまり好きじゃない。オリンピックのマスコットなんかも、コンピュータソフトで簡単に描けそうで単純すぎて可愛さがないのである。

対象や昭和の広告のキャラクターとか、絵心があって面白いなあと思う。金鳥の蚊取り線香のマークが何で鶏なのかも、鶏の匂いを蚊が嫌うからみたいなのとか、単なるデザインではなく一つのロゴにもストーリーがあって面白い。

2020年08月10日
私自身、いつも思うのが今動くか動かないか、今動かなければ将来も動かないだろうし、今動けばその経験は将来に生きてくる可能性は高い。動くといっても、他の人に動いてもらうと費用も掛かるし、それが毎回の事になるので、動くとなったときには、自分のできる範囲で自分が動くということにしている。自分が動ける範囲でやるので、できる規模なんかは限られてくるけども、こってりと経験できるし、やるもやらないも自分次第だと思う。

プロの人が趣味の人よりも上手かというとプロの人の場合には設備が整っていての部分が強みだろう。趣味の人というのは設備が整っていないのでいざやろうとすると苦戦することが多い。まあ、設備から手作りとかDIYでやっていくのが良いんだと思う。ゼロから、こってりと経験できるから。

昔と比べて、道具をつくるにもいろんなものがタダみたいな値段で手に入ることが多い。中古で使えそうなものを買ってそれを活用すればよいのである。新品を分解するとかはちょっと気合がいるだろうけども、中古でいくらでも手に入る分解してもよいくらいの値段のものを手に入れて、それを試してみるということが良いんじゃないかと思う。それでうまくいけば、それでモノづくりをして儲かるなら新品のちゃんとしたものを購入すればよいと思う。

プリントなんかでも、型紙彫ってやったものというのは、完璧な設備や機械でやるのとは違って、味があって悪くないと思う。まあ、絵を描くのとコピーするのとの違いで、手描きの絵に愛着を感じる人も多いだろう。林与のシャトル織機で織る織物にしても、洋服になったら耳の部分は使われることがすくないので、あんまり分からないかもしれないけども、シャトルで織ったものを欲しがってくださるマニアの方は多い。

私にとっては、シャトル織機も設備というよりも生地を作るための道具であるし、私の手や頭や体、足も道具といえば道具だと思う。普段右肩でビームを担いでいて、おとといたまたま左肩が気持ち悪かったので、刺激を与えようと、左肩でビームを担いでみた。左肩の筋肉はビームを担いだことがないのでウブなんだろう、担いだら痛くて痛くて、右肩とは大違い。ビームを担いだことのない人が初めてビームを担ぐときに感じる痛さ。

作業する時には必ず利き手を優先して使うようにしている。右手でやろうが左手でやろうが同じとは思わない。布の厚さを見るときにも、右側を右手で挟んで、左側も右手で挟んで厚さが大丈夫か確認する。多くの人が右側は右手、左側は左手で挟んで布の厚さをみようとするけど、同じ手で確認しないと違いなんて分からないだろうと思うのは私だけだろうか。

織物というのは、規格があるけど、規格には縦インチ何本、横インチ何本とか。横の打ち込みが同じだと同じ厚さに織れるのかというと、密度の高い織物だと経糸のテンションで打ち込み密度は変わってくる。テンションを強めれば打ち込み密度は上がる、テンションを下げれば打ち込み密度は下がる。ドロッパーの前に畔棒を入れるのは、糸のテンションを上げるためである。ドロッパーの後ろに畔棒を入れるのは、糸同士が回転して1本になって、ドロッパーに引っかかるのを防ぐためである。

麻織物の場合には糸が切れやすいのでドロッパーの後ろに畔棒を入れる必要はそれほどない。整経の時に、上の畔下の畔を取って整経しておくことが基本だとはおもう。切れにくい糸の場合には、糸が引っ張れても切れないので織れている織物の糸が1本細く吊れてしまうような現象が起きやすいので、ドロッパーの後ろにも畔棒を入れてあげるべきだろう。

富士吉田の前田源さんから聞いて謎がとけたのが、なぜ絹織機は後ろが長いのかという問題。ビームからソウコウまで2mほど後ろがながくとってある。それは昔はシルクはフシが多かったので、そのフシを織りながら取るためだということ。綿織機やスフ織機は、後ろが短いのはフシを取る必要がないからということ。今の時代には絹織機はフシを取る必要がないので別に後ろが長い必要はないということだろう。

織機は小さければ小さいほど手も届きやすくなり扱いやすくなるのだが、それをやるとビームに巻く経糸の長さが限られてくる話になるから、小さくできないんだろうなあと思う。織機というのはちょうど車1台分くらいの大きさがある。林与の工場の中には、30台くらいの織機があるから、車を30駐車できるような工場のスペース。

織機は床にアンカーボルトを打って固定するのだが、固定していないと振動で浮き上がって動いてしまう。織機の場所が自動車を駐車場で入れ替えるように自由に動かせたら織機の入れ替えも楽だろうなあと思うけども、なかなかそうはうまくはいかない話。


2020年08月08日
朝早くに動き出して昨日始めた整経を終え巻き取り、今は、整経屋さんというのが消えてゆく運命にある。整経という作業も単純そうに見えるけども、織る人よりもしっかりしていないと整経の失敗は致命的な失敗につながる。

あと、整経の作業はやった作業を確実に記録しておかないと、次の時に同じものを作ることが難しい。糸の管理や糸の計算ができる人でないと整経はできない。このあたりが、整経作業は工場の中でもできる人がやっていないとあとあと大きな問題につながる。プロの整経屋さんという仕事があるのもそのあたりが関係している。整経の負担が亡くなれば、織物工場は仕事量は半分以下に減るだろう。

また、経糸をつなぐ仕事も専門の業者がいたりする。この作業もなければ織物の作業量はまたさらに半分に減るだろう。麻織物の場合には加工だし前の検反作業や補修作業が織るのと並行して行われる。織物工場で実際に織るという部分はメインのように見えるが本当に一部の部分でしかなく、糸切れで止まった織機を再開する作業というのは車を運転するのと似たような感覚で、誰でもが携わりやすい仕事。

もちろん、糸調子などの調整は含まれるので、それが上手な人と上手でない人の差だけでも、大きな差となる。今織っている織物も、耳までもが大事な織物。織物を織ることは簡単でも耳まできれいに織るとかなってくると何倍も難しい仕事となって、できる人とできない人の差が出てくる。

織れば売れる量産の時代というのは、作業的な負荷の低い織る部分の仕事のウェイトが大きくなる。それが小ロット生産の時代に移行すると、織る部分の仕事のウェイトは極端に減って、全体の作業負荷は何倍にも増すことになる。
2020年08月07日
シャトルの耳が揺らいで食い込む問題、織機に調整を掛けるがなかなか問題は消えない。そこで一休さん。なぜ、きれいに織れないかを考える。一つの結論にたどり着いて、新しいシャトルを使い始めたのが原因だったようで、古いシャトルに戻したら、それが正解で耳がきれいに織れ始めた。

1mも織れないどころか、織れば織るだけ問題の織物が織りあがる。何時間も考えていろいろと織機を触って解決もしない、解決もしないどころか、織機の調子は崩れてゆく。原因が分かって、織機の調整を最初の状態に戻す、今までの苦労は何だったのという話。でも、原因が分かってよかった。もし、分からなかったら他の織機に移動させて織っていただろうけど、その織機もつぶれてしまった可能性すらもある。

普通の織物を織っている時には、耳の部分は使わないので耳の食い込みは無視できる程度の問題だが、林与のリネンキッチンクロスは耳までリネンで織っている。それだけできれいに織る難しさが何倍にもなってしまう。こだわる人にとってはそういうところにあこがれを持ってくれたりもするもので、苦労のしがいもあるというものだが、時折の食い込みは味として受けれてもらおう。

2020年08月06日
昨日は、加工から定番のソフト仕上げが上がってきたので、ネットの溜まっていた出荷などを行う。手伝ってくれているのは夕方まで普通に工場で働いていてくれた女の子、気の毒だなあと思うのは、林与の身内が仕事っ気がないので、私自身が一人いろいろ抱えているのを家のものでなく仕事始めて1年ちょっとの女の子が、素直に働いて仕事を前に進めてくれること。若い人というのは偉いなあと思う。繊維の世界では新興国が日本を軽く抜いてゆくのを林与の中に感じることも多い。

日本人でもう器用な人というのは少なくなったなあと思う。器用というのは結局、仕事経験の豊富さで、仕事経験が少なくなり、一回一回の仕事の深さもなく、経験者ですらもそれほど器用じゃないということも多い。新しいものを生み出していくという力のある人は経験者にほど少なかったりする。逆に、20代の人のほうが新しいものを生み出して行く力を持っていて、私が若い20代が、何十年の経験者を1日の仕事にしても、軽く抜いてゆくのが今の日本。そういうのに恐怖を感じないと、いけないんだろうと思う。そしてそれをつぶすでなく、経験者たちはそれ以上に高度なことを当たり前にやってこそ経験者。

長年の経験者が、仕事面倒がってるくらいなら、次の世代にも害だし、早めにやめたほうがよいだろうと思うことも多い。今、日本人が働くことが、世界からあまり期待されなくなってしまって、結局、日本人が仕事できなくなるほうに日本の政府も誘導で、自分で自分の首絞めて気が付いた時にはもう手遅れ。政治五流が独特の汚さで、経済一流を、食いつぶしてしまった感がある。経済一流というのは、結局、経営者がではなく、現場の人が高度なものをつくる力があったということでそれがちゃんと働いているものに帰ってきたということ。ところが今は現場で働くものは底辺で、国がそれを吸い取ってしまって、政治力のまったくのなさから、国民が働いて納めた税金を世界にばらまいて良い顔するだけの政治家。

全国5000万世帯のうち、1000万世帯が課税収入が年100万円以下の世帯。物価や、医療費を考えると、途上国よりも生活してゆくのは難しい国になってそれを見えないようにしているだけのこと。戦争のときに軍部の上のものは安全なところで偉そうにしていて、国民の命がタダ同然で犠牲になったが同じことだろう。公的な扶助という名目で吸い上げて正しく還元すらしていない、老後の資金を奪う詐欺と同じようなことを、法律作って国や行政がやっては詐欺師よりも悪質だろう。

行政は、エシカルなことを考えるよりも、自分たちの取るばかり考えているのをやめて、恵まれない人たちに分け与えることを考えないと。分け与える何倍も一部のものが取って、取った後の残りを多くに少しだけ分け与えるようなこといつまでもやっていては、途上国にありがちな役人天国構造のまま。そんな役人たちが愚民教育的に人々をどんどんと食べていけないほうに誘導、給料が上がっても実際の手取りは増えず、上がった分どころか、その2倍を社会保険で国が取るとかありえない話。厚生労働大臣のやってる仕事って労働者を幸せにもしないし、じゃぶじゃぶの医療費づけそんなもの。国を破綻させれば破綻させるほど濡れ手に粟な儲かる連中がいるから止まらない。医科大学の理事長の賄賂問題みても厚生労働省や医療行政の汚いイメージが汚いまま、税務署が脱税で動いているくらいなのに、文部科学省や厚生労働省が問題だとして動きもしない。この国の大臣や役人たちは本当に無能で汚くなりすぎたが、そのくらいで成り立っているのが今の日本。途上国にありがちな、行政による汚染拡大を止めないと。日本は食いつぶそうとするばかりのものたちが多くて、これから生まれてくる世代が法律に縛られ搾取される奴隷階級ではかわいそうすぎる。児童労働よりも醜い話が日本の行政では普通の感覚。
2020年08月04日
2月にヨードのうがい薬の500ml大きなのを買っておいた。他の消毒液が品切れのなか、ヨードのうがい薬だけは売れ残り。普通に風邪の予防にも効くからコロナの予防とか滅菌にも効くだろうと。

なにが本当に効くのかは分からないけども予防ってそんなものだろう。意識というのは大事だろうと思われる。風邪にしても風邪薬はないと言われる、結局、自分の体の免疫力を高めることで治癒してゆくような話。

ヨードのうがい薬は新型コロナの治療薬としては意味はないだろう。中国でももちろん一番に試されたと思う。うがい薬としての効果はあるだろう。あまりさわぐことではなかろうと思う。

新型コロナの問題は、医療崩壊につながるというところ。これが完全にインフルとは異なり、病院が感染源になるというあたり。普通のインフルではこれはないが、新型コロナではこれがあるから、武漢、イタリアやスペイン、ニューヨークもそうだが、一人の感染者が何百人に感染を広げるという怖さがあるのが新型コロナの特長中の特徴。
2020年08月03日
昨日の夜は、徹夜モードで作業、追加で加工の生地を朝一番に投入。朝、スタッフの子が来てくれたのと交代で休む。体を休めることのできる幸せ、交代で作業ができるというのは急ぎの作業を進めていくうえで小さな工場の場合には本当に役に立つ。急ぐことを直線的に急ぐこともできるから。

ここ数日、仕事の問い合わせなんかもあって、午後に出荷に絡む整理するとやらないといけないことがリストアップすると10数件溜まり始めている。

単純作業というのは軽くみられるのだが、単純作業くらいができないと高度な作業とか総合的な判断というのは難しいだろうと思う。いわゆる意識高い系が実際には役に立たないといわれるのもそのあたりで、実際の単純作業を効率よく正しく頭で描くように自分自身で進めていける人というのが本当に必要とされる。

学校なら暗記力が大事だけど、仕事は暗記力はそれほど大事ではない。全部記録して確認するということが大事。頭のよいとかが仕事ではあまり意味がないのが、使える道具を使いこなして作業を進めていくということ、面倒くさがらず計算機使って計算とか、コンピュータ使って計算とか。効率よく仕事を進めていくために、道具的なものを使いこなして仕事自体を組み立てていく、そういうのができる人が仕事では強いんだろうと思う。

仕事には決断力みたいなものも大事だろうと思う、ベスト、セカンドベスト、サードベストなど、ベストな決断ができればよいけども、ベストの決断を取れないときに、セカンドベストな決断で進むことも大事で、何が大事かというと手法じゃなくて結果が大事だったりするが、作業している人というのは自分の一番簡単なやり方に固執して、いろんなやり方があってその中でどれを選ぶかということを考えられる人は少ない。一つの物事を進めるにもいくつものやり方があるけどもその中で一番間違いが少なく正しい結果が得られる方法が大事で、そのときに作業する人が確認など楽じゃないことをすればするほど作業の品質は上がる。それが苦なくできることが作業する人の高度な技術。

あれじゃないこれじゃないと時間だけすぎさってゆくのも決断力と行動力のないタイプ。決断できないならとりあえず行動してみてうまくいく方法を見つけるとかすればよいのにと思うことは多い。やってみてもうまくいくかどうかはわからないのに、やる前にいろいろ議論ばかりに時間を使っていても仕方ない。

あと、最初から成り立たないなあと思った案件は無理しないほうが良いだろうと思う。自分だけの問題でなく、難しいのは他の人の問題であることも多いから、自分がやろうとすれば逆にできないことはないだろうけども、自分にじゃなく相手にそこまでの覚悟があるのかの話は多い。仕事の場合、一つの仕事の決断一つに迷っているような相手だと毎回それの繰り返しで、実際の作業はその何十倍も時間使うので、自分が物事を決断できる人と仕事したいと常に思う。

織れるか織れないか分からない糸に何百万掛けるとか、売れるか売れないか分からないものに100万つかうとかも当たり前なのが、仕事を頼まれる側の機屋の普通の世界。自分のお金を使って掛けることに意味があると思うが、他の人のお金で賭け事して儲けるようなこと考える人が多いのが繊維の世界で、偽装や偽物なんかもたくさんあふれるのがそのあたり。自分を掛けることのできる人間はまだましだが、山師が多いのが繊維の世界だけでなく、日本にありがちなあぶくの世界。
2020年08月03日
麻織物に携わろうとすると根気みたいなものが必要で、うちの父親も母親も無理なタイプで、それで面倒なのを他の人にやってもらうのが当り前でやってしまったからそういう覚悟というか忍耐力がないとなかなか麻織物の仕事は難しいだろう。父親にしても母親にしても田舎の人なので、計算が得意とかもないし、飲んで仕事が父親で、食べるのが大事が母親で、自分が仕事するは無理なタイプ。

若い子に仕事を教えるときにも父親とか母親のような感覚だと仕事はそもそも無理なので、あまり仕事が無理な人には仕事を強要することも苦痛だろうから、やる気のある人だけで仕事をするのが一番だろうと思っている。仕事っ気のない人ほど、関わると致命的にやらないで投げ出したり文句言って偉そうにしてつぶすことが目的になってしまうから、最初からそういう自分が成り立たせる気持ちのない人というのは関わらないほうが良い。

経営者タイプの若い人がいたとしたらたぶんやめておいたほうが良いと思う。前澤さんなんかでも早めに身を引いたからよかったけど、続けていたら大きなマイナスだっただろう。自分が手や体を動かして働いているうちは繊維の感覚もぶれないが、それをしなくなった人というのは、人にものを頼むことやしてもらうことが仕事みたいになってしまって早く他の人にポジションを譲ったほうがよいかもしれない。仕事がめんどくさそうな話はそういう人から出てくる。



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