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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2020年09月04日
百貨店店内は、マスクを店員もお客様も付けているが会話なども控えめにということで、これはテキスタイルマルシェだけじゃなく百貨店のお店全体の傾向だろう。必需品を購入するコンビニよりも百貨店のほうがコロナの売り上げに与える影響は大きいのかなあという印象。

お客様も生地に関するご質問などもほとんどなく、会話を控えるような気配りをされている方がほとんどである。店員も黙って立って、お客様もほとんど黙ったままご覧になられて気に入ったものを買ってもらうというのがコロナでの一つの基本形なんだと実感する。

コロナに関しても広がっても重症者が少ないから大したことないという国のような見方があるが、今はコロナに感染しても体内であまり活性化しないのは暑いからというだけで、10月中ごろから冷え始めるとまたコロナウィルスが体内で活性化しやすくなるだろうと思える。

電車に乗っても全員がマスクしているのが当り前みたいのが、他国と違って強制する法律もなくても日本らしいなあと思える。ヨーロッパでは、ドイツ、フランスでマスク強制に対して反対デモが起こったりしているが、さらに自由を失うロックダウンが必要になるのもその辺りの考え方の違いなんだろうと思う。

林与の住んでいる田舎というのは広々としているがそれでも考え方というのは基本が密な関係をベースにしているところ、逆に今年は行事がほとんどないほどに少なく、そういうのもコロナ対策としては大事なことの一つだろうと思える。中国武漢での初動のミスが武漢の悲劇につながったが、人の我が先に立つと優先順位を間違えてしまうことも多いものである。

WHOがコロナ対策で役に立ったのかというと、マスク不要論をばらまくばかりでマスクの有効性を否定して、テロドス氏自身は、自分の失敗を認めないためにも自身がマスクをつけることはないだろう。マスク一つで救える可能性のある命も多くあったりするものだが、そういう考え方の違いが、この新型コロナを蔓延させるかさせないのかの結果の違いにつながってくる。

法的に強要されなくても自分自身が判断力を持って物事を成り立たせるということは大事だろうと思う。マスク一つで社会的な自由を取り戻せるなら、マスクというのは大きな意味があるんじゃないだろうか。体育の授業でマスクつけて熱中症というのなら、無理して集団で呼吸が激しくなる体育の授業をやらなくてもよいと思うが、考える力というのが学校という場所でも欠如している表れではないのかと思う。

子供たちに大人の都合でコロナ感染か熱中症かの罰ゲームを与えるのが体育では体育本来の健康を維持する目的すら見えておらずダメだろう。日本の体育のマスクをつけない授業はヨーロッパのマスクをつけないデモと同じレベルで、そこまでしてやる必要もないだろう。なんのための学校閉鎖なんだったのかと思うほど、物事を考えられないレベルになっているのじゃないか。

コロナ禍で、吐息が荒くなるような集団行為を意図的にやってどうする。本来はヨーロッパのように、2万円ほどの罰金が科されるべきなあたりだろう。電車では多くがマスクをつけて感染を防止ししようと努めているが、子供たちの命というのは大人の都合で軽んじられがちなのが日本。普通の感覚で、ジムが危険だと営業停止になるのだから、それに近い行為を子供たちがしない方向に保健や体育の先生ももっていくべきだろう。

マスクつけないで個別でランニングするとか、集団行為をできる限り避けるというのがコロナに感染しないための大事なこと。学校閉鎖のようなコロナの経験もしながら大人たちはマスクつけて無言で社会生活を守ろうとしているのに、子供の学校社会はコロナか熱中症かの体育もしているような罰ゲーム状態。行政というのはほんとうに規則に縛られすぎて子供たちの健康や命をまもるも難しい。学校教育という健康を考える場なのに、大人の我の事情が先だってしまってヨーロッパのマスクなしでのデモ参加状態。トップの文部科学大臣が駄目ということだろうけど、健康や命の問題で、国民には自主規制を強要しながら行政の都合が先立ち、アクセルとブレーキそのもので、規則に縛られ国民の健康や命を損ねるのが行政では駄目だろう。大人の都合で、マスク不要論をやった厚生労働大臣と同じレベル。個人の我の世界が、行政の大人の世界というあたりそのもの。

コロナの危険性の高い地区では、全国縛りを外して、体育の授業を自粛するとかも大事なことだろうと思う。コロナの危険性の低い地区では、普通に体育の授業をするもありだろう。日本を一つで縛るでなく、行政も面倒くさがらず、感染者の多い地区では厳しい対応、感染者の少ない地区では普通の対応で、問題に応じて、面倒くさがらず、ちゃんと状況に応じて自身でコントロールしていくというのが行政にしても大事なこと。
2020年09月03日
昨日は大阪に宿泊したがラベル用紙をプリントしないといけなくって、その原稿を夜中パソコンでつくっているうちに寝ることもできなくなって、結局、朝コンビニでの普通の用紙にプリント。エクセルファイルをPDFにしてプリントするのだが、ファミリーマートだったので結構時間が掛かった。

8時半くらいに売り場に到着で、値札関係の最終チェック。今日は初日だったので、9時半から全体ミーティングがあった。初日のお客様はコロナ禍なので少な目でこれは仕方のないことだと思うし、こういうのが今のコロナの中でも感染リスクを減らしながら営業をするということなんだろうと思う。

テキスタイルマルシェで川端商店の奥さんちょっとテキスタイルマルシェの会場でお話しする機会があり、川端商店さんも3年ほど前に場所も壬生に移られ、高台寺のお店も閉じられ、今は、黒染めで有名な京都紋付さんの場所を借りる形で染をされているというお話。いろいろ新しい形態に移行されながらそうやって変化しながらも続けておられるのは才覚の一つなんだろうと思える。

川端商店さんのテーブルには、きれいに万葉染めで染められたストールがテキスタイルマルシェに並んでいて、見ていて、やっぱり、私の場合、赤のアカネとログウッドっぽいものに目がいってしまう。自分がつけて合う色でもないだろうけども、そういうのが色が目立って目がいくんだろう。

草木染で出すのが難しい緑のもあった、すごくきれいな緑で、草木染とは思えないくらいだが色を掛け合わせて出されているということで、自分がつけるならそれが良さそうな気がする。草木染で、草のような緑のものは珍しいのである。他に、一見、小物系で柿渋かなあと思っていたものがあって、それは桜の葉っぱで染めたものということ。説明を受けていなかったら柿渋染だと思ったままだっただろう。
2020年09月02日
40手前で、アイリッシュリネンのプロジェクトをやったときには、超細番手の糸を織ることを経験した。それまでは、100番手以上のリネン糸というのは織れないといわれることが多かったが、現行の150番手までも織ることに成功した。糸さえ良ければ、100番手は糊なしでもレピア織機で織ったりできた。

現行のリネン糸よりも昔のリネン糸のほうが強度があることにも気が付いた。やはり根本的に今の糸というのは強度が劣っているのである。これと同じことにもラミー糸で気が付いた。倉庫にあるラミー糸は毛羽が多く、現行の糸は毛羽が少ない。同じこんにゃく糊をつけるにしても、昔の糸だと伸度も保たれて織ることができるが、今の糸は強度が2割くらい落ちている。グレードもアップして値段も高くなっていても昔でいうノーマル糸クラスのグレードに糸が落ちてしまっている。これも原料からして仕方のないことなのである。

50手前で手掛けたことの一つに、横絣を広い幅で織ること。そのためには広い幅で横糸に捺染することが必要となるので機材一式を開発することになる。昔の近江上布の織機や機材なんてものはおじいさんが林与の家の中で生み出したようなものなので、いろんなものも手に入りやすい今、一人の力でどこまでできるかというあたり。昔の着尺というものがどうしても37.5cmほどの仕上がりで、着物を着る人が少なくなっている流れの中で需要自体が減ってしまっている。目線を変えてワンピースなどアパレル向けに広幅の横絣の織物を織ってみる。そんなプロジェクトである。

型紙は広い幅の洋型紙を使う、狭い幅の時よりも幅が広くなる分精度が必要となり、色数が増えると、洋型紙もたくさん必要となってくる。まあ、それでも版を外に出して作るより一晩二晩自分が手で彫れば解決できる話で、試作や小ロット生産するには悪くない。型紙捺染の利点は、シルクスクリーンとは違って、型紙の厚さが1mmくらいはあるので、色糊がしっかりと糸につきやすく、力強い昔っぽい仕上がりになること。それ故に、同じ型でも、色の付き方が微妙に異なる。たとえば、同じ絣織物でも大島紬はシルクベースでズレのない写実画的な要素だが、近江上布は抽象画的な要素を持つ、あえて揃えないで絣調に織るのがよい。

できないと思われていたことをとにかくとことんやって、広幅横絣織物は実現したのである。広い幅の手織で織ったほうがたぶん簡単だろうけども、打ち込みを調整することができるシャトル織機での織はさらなる可能性が広がる。昔の近江上布は多くの人が携わって分業でやったが、この広幅絣は、型紙をほるところから、捺染、巻き返し、織など、一人がすべての工程を行い織りあげるというところが昔と違って現代的で現実的なのである。通常の織物でも一つのサンプルをつくるが難しい時代には、一人で何でもできるようなものづくりが一番合っている。
2020年09月01日
2008年ころのデフレ不況で、自分の物づくりに没頭できた時期があったが、その時に初めて経験したものごとは、たまたま惑星直列のようにすべての要素が連鎖的に補完しあって成り立って、今の自分が織物や仕事をやっていく上で物事の進め方や考え方の基準もそこにある。林与にあるものにしても、40年50年選手の古い織機が30台ほど。そういう織機もマイナスにもなるしプラスにもなる。それを決めるのがそれを使う人の力だったりする。

12年前に10台シャトル織機を入れた時も、10台のうち9台が全くといってよいほど織れない状態で、1台しかまともに動かない。その1台をフルに回して30縦、他の織機で30縦、2週間で60縦の整経したのを織ってなんとか展示会に間に合った。それでもその状態では数万枚の本生産は無理な状況。神様というのはいるもんで、1台だけ動いた織機がなぜ織れるのかを考えた。するとその台には1本棒が付いている。他の台にはついていない。それが経糸のテンションを管理するためのものであると想像し、他の9台についていないのが不思議で、職人さんに聞くと、必要ないから取ってしまったという。なぜ、1台だけ残っていたかというと、硬くて取れなかったようである。その一本がもし取れてたら、多分、林与はその年に仕事で何億円もの損害の話で終わっていただろう。硬くて職人さんがその棒を取れなかったことで私が織機がなぜ動かないのかを見つけ出すことができた。

シャトル職人さんも、今までは太い糸しかおっていないので、太い糸の場合は経糸のテンションが強いので鉄と鉄がすれあって棒が駄目になるから取るのが当り前になっていたようで経験から棒をとったので仕方のないことだろう。でもこれが例外でもなく、人生というのは結局自分がどこまでやるかだなあと思う。ファブリカ村のタミさんが北川織物に入ってから40年くらい、一度も織れなかったという織機も、結局、林与にきて私が見て原因が見つけ調整して動かすことができた。織れないのには織れない原因がある。多分、北川織物工場の前の工場でも織れない原因が分からずで手放されたものだろう。

別の場所のシャトル織機の立ち上げも行ったが、すぐに織れない原因がテンプルがないことに気が付いた、それに気が付かなかったらいくら織機を調整してもまともに動くことはない。初めて見る織機で開口の位置が高いのでテンプルで押さえないと絶対に無理だろうという推測から、最初テンプルついてませんでしたかみたいな話。そうすると塗装したときに外されたみたいであったということで付けたら動き出した。

出機さんにある織機を入れ戻したときも、シャトルから一つもない状態で、動く状態でもない。シャトルがないシャトル織機というのはまったく使えない状態そのもの。一番大事なところがジャンクなびっくりな話。そこから手を加えてシャトルを作ったり、シャトルの管を手に入れたりでまさにマイナス状態が続く。5年くらい動いていない織機だったろうから、ベルトとかもすべて調整しなおしてシャトルもすべて場所決めして調整して合わせる。

織機のいろんな問題も見えてきて前の人が何に苦労していたかが原因も分かってそういうところに調整を加えて、ゆっくりとキャッチボールするようにシャトルが右左に飛んで、ヒガエも問題なく上下するように調整する。

古い織機を手に入れるのは、ノークレームノーリターンのコピー機を買うのと似ている。何か問題があるのが普通。そして普通はうまくいくことは少ないと思う。すぐに問題に直面して保守部品も十分にストックしていなければ、すぐにスクラップとなるのが普通。京都の若い方が古い特殊なシャトル織機を手に入れてアドバイスを求められるのもよくわかる話。昔だといろんな情報があって部品も普通に手に入って分業の中で動いていたものを、織機を引き受けた人がすべて解決してゆかないといけない。普通の織物の作業ですらも普通の仕事よりも負荷は掛かるが、さらに織機の修理や調整なんかも入ってくると、普通の仕事感覚では難しいだろう。

私がこういうことを書いていると、頭の理解の問題かと思われるかしれないけども、油で手を真っ黒にしながら平気で作業するから構造がみえてくるし、調整にしても麻の場合には何が大事なのかというのが見えてくる。織機の毎回の立ち上げもそうだけど、糸がぐちゃぐちゃで爆弾が落ちたような状態でも、一本一本丁寧に直して行けば、春の雪解けのように、何事もなかったように調子よく織れ出す。動かない織機でもいろいろと試行錯誤しているうちに、見えてくることは多いものである。

経糸を正しく一本一本繋ぐというのも大事なことなのだが、そういうのもいい加減な人が多い。全部正しくつなぐが基本の人と間違ってるのが当り前の人の差というものは同じ織機を使っても雲泥の差。ずぼらな人が仕事すると織るのが難しいことが多いので織機や糸が悪いということばかり言うが、ちゃんと仕事する人というのは正しくつないで普通に織れる。織る人の作業の正しさが結果に出てくるのが織物の世界。上手な人は自分が何でも解決できるので文句をいわないが下手な人は自分の問題の解決もできず文句ばかりがみられる。

普通の仕事では経験できないような自分の力で解決していくような世界が現場にはあるんで、がんばればできるという世界を味わえ、そのがんばりがたわいもない麻布という結果だけど、自分で作ったものは買うものとは違う価値観が詰まっていて損得じゃない世界で、林与のお客様が布を買ってくださって洋服をおつくりになられたり小物をおつくりになられたりと同じ感覚でより強いものを語れるようなものを作って売ろうとすれば持っていないと評価してもらうのは難しいだろうなあと思う。
2020年08月30日
パキスタンやインドを襲うバッタ、バッタを退治するためには殺虫剤が撒かれる、コットンも被害作物の一つ、オーガニック栽培の場所だけ例外にするわけにもいかないだろう。国が動いて広範囲に対策をしている。今年だけでなく、オーガニックは基本3年間の縛りがあるので、オーガニック農家はどうするのだろうか?

本来は認証するものが対応していないといけないだろうが、インドは、コロナで視察すらも難しい状況だろう。コロナやバッタという問題、普通の作物をつくるのも難しい状況では、オーガニックという概念も、現場の人間の苦労を考えると特例が必要となってくるのではないだろうか。極端な話、今後3年くらいは努力目標とするという程度まで落とさないと殺虫剤が降り注いだ畑を抱えてオーガニック農家は破綻してゆくだろう。ニーム程度では抑えることは難しい状況である。

非常時には、マニュアルに従うのではなく、人々の生活を最優先で守ることが大事であろう。それはそれで最終の消費者まで理解を浸透させて消費するようにすればよいのである。努力しても無理なこともあるし、それはそれで受け入れるのがサステイナブルという概念につながるのである。基準だけが独り歩きして消費者騙しにならないように基準を作っているものがサステイナブルな考えで行動し現場の問題を解決しないといけない問題だろう。

現地ではバッタも食用にするようなことが一部行われているが、ヘリで非常に広範囲に殺虫剤を散布したりしているので、バッタの移動距離も1日に100km以上とか言われているので、現地の人もバッタは食べないほうがよいだろうと思うが、テレビの番組などネットでみても、バッタを食べて退治になるように報道しているが、バッタを食べることで間接的に殺虫剤を食べる危険性が少なからずあると思う。
2020年08月29日
今日は午後倉庫で9月2日からのテキスタイルマルシェの反物の出荷の作業、倉庫の中はかなり暑くて、何度か休憩をとりながら夕方まで、8月も終わりに差し掛かっているのにこの暑さは10数年前の8月の終わりを思い出す。そのときは、その夏は非常に暑かって10月中頃まで暑くて。

子供のころの夏には暑いと毎日夕方には夕立が来るものなのだけど今は夕立も降らない、ごろごろと雷がなって、急に雨が降り出す、5分とか10分でまた晴れて、気温も下がってさっきまでの蒸し暑さが洗い流されて消える感じ。という記憶。台風が来ると気温が一気に下がるのだが、今年は近畿地方には台風はまだ来ていない。お盆前に台風が来て気温が下がることもある。台風の進路が中国側に傾いているような気がする。

2020年08月29日
9月2日(水)~9月8(火)の日程で、うめだ阪急10Fで、YOUSAI2.0 テキスタイルマルシェが開催されます。今回、林与も出店をいたします。

麻生地、リネン生地、リネンストール、リネンキッチンクロス、のほか、ハンドメイドマスク関連のリネンプリーツマスク生成、マスクゴム、マスク専用ゴム通しなども販売させていただく予定です。ミシンで、マスクやエコバック、キッチンクロス製作の実演も行う予定です。

林与は、初日9月2日(水)、9月4日(金)、最終日9月8日(火)に売り場に立つ予定でおります。
2020年08月25日
今日は岡山の方にとっては織物の2日目で、工場の2階で整経の作業。チーズワインダーで整経の長さに合わせて糸を割った後、糸を建ててもらって、整経のやり方の説明をして、あとは自分で整経を仕上げてもらう。夕方までには整経も終わって、初めてながらにひとつの整経をまき終えてもらった。

整経の作業も作業自体は単純な作業で、今回の糸は特に太い糸で白い糸だったのでやりやすかったと思う。これが、細い糸となってくると同じ整経作業でも何度は増す、また、色が黒いと難度は増してくる。同じ織物でも、糸が細くなればなるほど難度が高くなるのが麻織物の特徴。

夕方過ぎから、機場でシャトル織機を動かす練習。初めてながらスポーツマンで体力のある方なのでシャトル織機に力負けすることもなく、横糸の無くなったシャトル織機の糸交換を10回、20回と問題なくこなされていく。度胸があってスポーツなどで体を動かすことも体がついてくるから最初からでもそれほど問題なくシャトル織機を扱えるんだろうと思う。40歳くらいに初めてシャトル織機を動かし始めたころの私よりも余裕があるなあと思えた。

今日は、傷をつくってもよいということでシャトル織機に1時間ほど慣れてもらったが、横段などを作らずにギアを戻したり織るのは1週間くらいの慣れは必要だろう。昔はシャトル織機は、数年の経験が必要といわれたけども、私からするとシャトル織機は1週間くらいで十分動かせるようになるだろうと思う。シャトル織機も、動かす技術だけでなく、どれだけ上手に段を作らずに織るかと、また、止まった織機をどれだけ早く再稼働できるかは技術と同じく大事なことで、責任感や仕事に対する考え方みたいなものがすごく大事なところ。

織物も手織ならミシンと同じく、一人1台で人の作業が出来上がる量につながってくるけども、動力織物の場合には、並行して作業をすることができるので、並行して作業ができる人というのは一つしか作業ができない人の何倍もの生産性となる。逆にいうと織物の作業は並行して作業ができる人でないとなかなか食べてゆけないということで、一つの作業が正しくできても、自分が正しくできているのを見つめていないといけないタイプの人というのは難しい。見ていなくても正しく作業が進んでいるような離れ業ができる人でないと何台もの織機を動かしたり、合間別の作業をこなすことは難しい。そういうあたりが縫製とは違うところかなあと思う。シャトル織機を使っていても1台で1時間に1mしか織れない織物であっても、それを一人で4台、5台と動かすことでなんとか成り立たせることができたりもするものである。勤勉さが必要な感じだろうか。

1台の織機で織っているものが本当に織れないときには、工場全体がまったく動いていないのと同じで、それを織るためにすべての力を注いでしまうので、織物というのは一概に1mいくらの世界では話せないことも多い。よく、新しい生地でもいくらですかとかいわれるけども、順調にいってそれは成り立つ話で、順調にいかないときには仕事しているけど織っても傷で没とかマイナスというのも多いものである。手間の掛かる織物ほど問題も多くなりがちでそれをどう評価するかでできる世界もあればできない世界にもなる。問題を避けて通ろうとすれば、いつでも手に入るようなストック型の生地をチョイスすることもベストな方法だろう。麻の場合には、糸のロットが違うだけでそれが織れない問題になることもある。サンプルを作って、量産での再現性を求めるのが当たり前のようなあたりがあるけども、サンプルはサンプル用の小さな染色機で染めたり加工機で仕上げたり、量産はボリュームに応じて機械も変わってきたりする。再現性を求めるならサンプルで50mくらいの量産向けのテストをしておくこともすべての工程において大事だろうと思うが、30cmだけみたいとか着分で洋服作って量産というのは、ちゃんとしたものづくりなのかというと見えてくる問題も見えず危ないモノづくりの方法の一つだったりもする部分もある。
2020年08月24日
今日は岡山の縫製をやっておられる方が織物の製造工程を2泊3日で体験しに来られる初日。最初、機結びを覚えてきてもらったのでそれを簡単に復習して、北京のサンプルを出荷するのがあって、とりあえずそれを先に倉庫に入って生地のカットなどを手伝ってもらいEMSで出荷。そのあと工場の中で糸を固める作業などをチーズワインダーを使って現実的な練習。熱い工場の中も経験してもらって初日は終わる。

27歳ということで、私が仕事を始めたのと同じ年の方。家族で縫製の仕事をされていてたまたま納品で3年ほど前にお邪魔したときにお会いして、林与のことを覚えていてくださってこのような機会が実現することになった。織物の一つ一つの作業というのは、案外単純な作業が多く、1日で覚えられることも多い。たくさんの仕事が流れていた昔はそれを一人の一生の作業としてやっていたことも多いが、今はそんな時代ではなく、一人の人間がいろんな作業をこなすことで逆に超作家的な器用なものづくりが日本のモノづくりの形なんじゃないかと思う。

不思議なのは、意欲のある若い人というのは経験がゼロでもその日その時に目の前の仕事をこなしていけるということ。私もそうだったが織物の一つ一つの仕事はコツをつかむことは必要だけども難しいと思ったことはそれほどでもなく、難しそうに講釈を垂れている人が多いのに付き合うのは逆に疲れる話である。基本、だれでもやる気さえあればできるのが織物の仕事で、根気や集中力というもののほうが大事だったりする。経験者というのは慣れた仕事を惰性でやってしまうので、そこで上達が無くなるもので失敗が多くなったり、向上がなくなるのも多く見てきた。

自分で普段から縫製の作業をされている方なので物事を前に進めていくのは非常に上手で作業に対する理解力もあって、新しいことにも率先力的な力がある。手の糸を扱う加減なども縫製をされている方なので普通の人の何倍も上手である。縫製というのは自分自身がどれだけ器用であるかが生命線的なところがあるので、織物の作業というのはそれほど難しいと思われることはないだろう。新しいものが次々と流れてくるのが縫製の現場でそれを理解して一つ一つミシンは使いながらも自分の手と目でそれを形にしていかないといけないのは、織物よりも人の力が要される作業だとは思う。

2020年08月23日
外に出る機会がないと、新しい服を買おうという雰囲気にはならないものだろうと思う。コロナでアパレルは超のつく不況にある。3月4月5月6月と、この春は店頭が自粛モードだったので、今年の企画を来年の企画とするアパレルさんも多いだろう。

アパレルさんの中でも企画うんぬんよりも経営が悪化して、店舗閉鎖や、それに伴う、特に店舗要員が多かったブランドは販売員削減の動きも多い。実は、コロナ以前に11月ころから過去にないほどのアパレル不況にすでになっていた。オリンピックの前なのにそんな重々しい状況が繊維業界にはあって、地元の工場さんも例年だと春物を4月とか連休前くらいまでは追い込みでやっているのが普通だが、もう2月で仕事が少ないようなありえない状況。

そこにコロナの影響が重なり、アパレルだけでなく全業種の景況が悪化するような流れ、国産的な高級なアパレルものというのは余力のあるときに買うものなので、多くの人が仕事を失い生活にも苦しいような状況では、なかなか洋服に大枚をはたこうという人は少ないのは当たり前。私も繊維業界にいるけども、まだまだ先の見えないコロナの状況の中で、コロナ前に戻ることを考えるよりも、コロナに応じたような対応をして油断はすべきではないと思っている。

確実にやばそうなのが、カラオケとかオーケストラとか、ダンスとか、ワークアウトとか、団体競技系のスポーツとか。激しい呼吸を伴う行動が駄目なんだろうなあと思う。

8月9月10月中頃までは気温も高いので大丈夫だろうけども、それ以降は気温が下がって、換気も難しくなり、吐く息が白いとかなってくると、今と同じような行動をしていても、冬には爆発的に感染が広がるだろうと私自身は予測している。8月、9月、10月中頃重症化率も低いだろう。たぶん、38.4度とかあたりが、ウィルスと戦える体温なんだと思う。冬場も部屋の中の温度を25度以上に上げていればウィルス対策になる可能性は高いと思う。今年の冬は、省エネはあまり言わないほうがよいだろうなあと、日本が初めてコロナを経験する冬。

感染をしたとしても周辺温度が高ければそれほど重症化することは少ないだろうと予測。恒温動物でもある人間が自然に36度台の恒温状態を保てるのかというと冬には難しい、気温が5度とかの状況では体を動かしたり布団にくるまるなど積極的に暖を取らないと、それだけで体温が下がる要因となる。その状態でウィルスが入っても、十分戦える38.4度には体の中がなりにくいので、ウィルスの増殖は止まらない。

でも、これは人間界だけじゃなく、コロナは猫のような身近な動物にでも感染をしてゆく、犬には感染しにくいとされているが、犬から犬には普通に感染するだろう。基本的には動物から人への感染はないとされているけども、コウモリから人に感染したとかの説はNGでもなんでもなく、鳥インフルでも人に感染する。ペストなどの原因となったネズミ関係がウィルスに感染すると一番やっかいだろう。新型コロナはハタンウィルスと非常に性質が似ているところがある。S型とL型みたいな、宿主によってウィルスも枝分かれしその性質が変わってくる。
2020年08月23日
今日は日曜日で、お盆の明けた最初の日曜日、もう日が変わる前になって気が付いたが、今年は地蔵盆も中止なのだろうな。そういえば、どこの地蔵さんも準備していなかった。仕方のないことだろうと思う。

お地蔵さんというのは基本的には石の小さな仏さんで、子供の地蔵盆は宗教的には、戦後すぐくらいまでは生まれてすぐになくなる子も多かったし、子供のころになくなる子も多く、そういう亡くなった子供たちを供養するために子供たちがお盆行事をするということなんだと私は認識をしている。

今は、集落も少子化で大人がほとんど手伝いながら行事を行ってなんとか続いているような行事になっているけども、30歳くらいの大人の世代でも他の地域ではあまり地蔵盆は見かけなくなっているので、準備も大変だろうなあと思える。

夏休みの最後の大事なイベントの一つ。最後の1週間はお供え物のお菓子屋飲み物で、小学生的な幸せあがあったように思うが、もう今は子供たちは結構ほかにも忙しいし、あまりお菓子にも興味がなくなっているんで、大人の行事に付き合っている感じだろうか。

小学生の子供が地蔵盆を準備するって今考えてもすごいことだとは思う。喧嘩はしないようにしないといけないし、低学年の面倒をみないといけないし、大人が会社やる以上にセンシティブな問題も多いだろう。
2020年08月23日
昨日も、和小物を縫製されていう隣の集落の方が来られたが、今の時代に和の縫製業で成り立たせてゆくのは簡単なことじゃないのに上手にやってられるなあと感心する。田舎で、ものごとを成り立たせていくというのは自分が働いて価値を生み出して行けないとなかなか難しい。

このコロナの中でもやはり通常の仕事が減った分、マスク縫製などを手掛けて動いておられ、時世に合わせて硬く考えずに柔軟に動かれているからたぶん普段の仕事も器用にこなされているんだろうなあと初対面ではあったが思った。私にしてもマスクを自分でも縫製したり、スタッフの女の子でもマスクを縫製できたりと、新しいものでも普通に生み出せる力があるから、今も繊維の業界で残っていられると思う。

林与にミシン数台が入ったのも15年ほど前の事、それが大変仕事の幅を広げるのに役立っている。アパレルの方が生地を企画検討されるときに、生地の検討に関して滑脱の問題などアパレルの方に助言することも多い。検査検査というが、たかだか30cm角とか50cm角の生地でどこまで物性が正しく数値に出てくるかということもあって、実際に塗ってみて大丈夫かどうかが一番大事なあたり。検査取るたびに2割3割、時には5割数値が変わるから。検査もものづくりと同じ作業だったりする。
2020年08月22日
本麻の本質的な意味合いを考えるときに、エアコンの存在があると本麻の良さが消えてしまうんだろうなあと思うあたり、現代のエアコンが普通になると本麻というのは湿気を吐き出しやすいので、シカシカしてしまう部分が出てしまう。エアコンのない外とか家のなかなら汗となじんで、最高の素材なんだけどもエアコンに水分を吸い取られてしまうとドライ感はあっても、シカシカ感が今のソフト感からすると難しいのかなあと思う。

外で着るなら本麻はベストの一つだろう、エアコンの中では本麻が難しい問題。人というものが自然と融和して天然繊維をまとうことで、普通に成り立つのか成り立たないのか、エアコンを想定するのかで、解決方法はかなり変わってくると思う。

ソフトなものになれると清涼感を与えるシャリ感が痛さに思えることも多い、これをあまり否定しすぎるのも駄目なんじゃないのかと思うのも私で、現実を受け入れて本麻も最高級のチクチク感の少ない細番手を目指して行かないとならないのではと思う。それは、カシミヤや海島綿とかを超える世界になってしまうので値段的に難しいかもだが、そこに新たな超細番手の本麻のジャンルが残るのではないかと思える。
2020年08月21日
5年ほど前にイタリアのミラノウニカ展に出発前に、ぐねった左足の痛みがなぜか今再発。たぶん骨折していたとは思うがそのまま、コンパネ板とガムテープでぐるぐる巻きで靴も履けないままスーツケース2個引っ張りながらイタリアに行って、1か月ほどで若干の違和感だけで普通に歩けるように戻ったのでそのまま放置していたが、つき方がやはりちょっと悪かったか。またかまぼこ板とガムテープで固定すれば歩けるようにはなるけど、やっかいだなあ。

背中に星が二つある男だったり、右肩の脱臼の痛みも今も違和感を抱えながら引きずってはいるが、50過ぎた男というのは結構健康診断で引っかかったりいろんなの抱えているのが普通だから、私の場合も抱えていながらも動かなくなったらそれこそ終わりだろうと思うところがある。

私が昔のお年寄りというのは立派だったなあと思うのは、いつまでも自分が自分がじゃなく、隠居みたいな感じで、裏で物事を支えることを当たり前にしていたということ。私が子供の3歳ころに大おばあさんがいて、そのおばあさんは年をとっても部屋で糸を足したりしていつも手を動かされていた。与次右衛門爺さんが近江上布の世界をなせたのもそういう地道な内助の功みたいなものがあっただろう。物のない時代に何もないところからものの価値を生み出していくのが当り前の人たち。少しでも働いて家族を支えようみたいな家族の絆みたいなものも当たり前にあったと思う。
2020年08月21日
中国の三峡ダムが危険な状態にある。ダムが災害を救うという要素だけでなく、ダム自体が災害的な要素となるという問題で、日本の大雨の時にも同じような状況が起こって、結局、ダムで水量を押さえた分、下流域ではそれに応じた都市開発が行われるために、想定外の大雨になったときには大きな被害が起こるという問題。

毎秒75000トン入り込む状況で、毎秒限界だろう50000トンの水を放出して下流域を冠水させながらも、ダムの水位は上がりつつダム決壊の危険性は高まっている。決壊した場合には、下流域を飲み込むとか冠水させてしまう話になってくる。上流の重慶もダムの満水の影響で、長江の水位が上がり水浸し状態。

本来、ダムがダムとして使われればよいのだが、それに乗じて安全だという想定で河岸に開発が行われ、結局、早期の段階でも大量の放流すらも難しくなる。日本の河川敷での開発なんかも同じような問題で、それをもったいないと思うと、早めの緊急放水が出来ずに、結局雨が本降りになったときにはダムは一杯というような、余計に危ない状況をもたらしてしまい、越水とか決壊が起こりやすくなる。

ダムがあっても、大雨予測があればできる限り水位を下げるようなことが正しくできればよいのだが、それができないというような問題もある。大雨が降るような状況だからダムの水位をゼロにしておこうというようなことは利権などが絡んで不可能なのである。計画通りにしかできずに、大雨が降ると水位上昇でダムの決壊の話になってくる。

日本のダムは建築技術がしっかりしているから決壊ということはほとんどない(ダムの越水で済む可能性も高い)だろうけども、決壊したときには通常の大雨での氾濫ではすまないような事態に陥るのを忘れてはいけない。

あきらめるときにはあきらめて河川敷のリクリエーション施設などは放水で流してしまうような覚悟も必要だろう。分譲が進んでいる地域には前持った緊急放水で雨が降る前にダムの水の放流の危険から社会生活や経済活動などを停止して避難してもらうことも必要だろう。そういうのが本当の大きな被害になりうるダム決壊を防ぐための予防策となる。ダムがあるから安心というのではなく、ダムが運用次第でもってしまう危険性も理解しておくことは必要だと三峡ダムの件をみて再認識する。

河川敷のお金をかけてきれいに手入れされている設備を流してよいという判断ができるものは少ないだろうと思う。三峡ダムの場合でも、事前に放流を始めれば下流の開発の進んで河岸地域が冠水したりはする。それを食い止めようとするとダムの水位はどんどんと上がっていってしまう。ダムというのは決壊しないことが本当に大事で、決壊したときには大雨のどころでない自然災害を超えた災害を生んでしまうので運用するものの運用姿勢というのは非常に大事である。

中国では20年に一回に災害を考慮すべきではないと言う意見が政府的にはあるようで、それはまたひとつの判断だりう。けど、人々は巻き込まれて死なないように気を付けないといけない。中国に人が並んで待たないといわれるのもそういうお国柄があるんだろうとおもう。
2020年08月20日
本麻の作務衣があったので、それを着てこの2日過ごしている。Tシャツよりは涼しくて元には戻れないかもである。田舎でも作務衣着てうろうろしているおっさんなんて見かけないから、倉庫に行ったりとかは目立ちすぎる。

最近、甚平用生地を作ったので、半ズボンの甚平よりも年中着ることができる作務衣を作ろうと考えているのだけども、5mとか用尺が必要な感じで、生地だけでも、かなり高級なものになってしまいそう。

昔、小幅の織機から36の織機に切り替えた時に、産地でも本麻の甚平生地を生み出したのが林与だった。当時は甚平も何万円もする高級アイテムだったので、成り立った話だが、今は、国内で甚平や作務衣用の生地を作ってもなかなか成り立たんだろうなあと思いつつ、そういうのも逆に消えゆく世界だから小さくでも残していこうと思う。
2020年08月19日
中国の北京の業者さんから久しぶりにコンタクトがあって、中国との物流も4月くらいにはほんとストップ状態だったが、また再開なので、輸出に向けて動いてみようかと。

業者さんといっても私の場合には個人的なつながりみたいなもので、友達という感覚の方。私が上海の展示会に行くといつも北京から会いに来てくれて、別に他を回るわけでもなく、私の生地を非常に評価していてくれて私と仕事をしたく思っていてくれる。

私が上海で、泊るところをみつけるのだけども、1泊200元くらいのローカルなところが多いのだが、一人なのに無茶苦茶広い部屋でそれほど悪くないと思って、その方に紹介したら、フロアーが違って、現地の人用のフロアーだったらしく、なぜか照明がピンクかパープルだったとか?という笑い話。通訳の女の子は自分の部屋がそんな風だとは言ってなかったけど。ある意味、特別ルームだったんだろう。

同じ値段なのに外国人の私のほうが広くて快適な部屋を提供してもらえるというのも上海も変わったなあと思う。私の分は、ネットの有名なホテルサイトで申し込んだからだろうか。

中国に行っても、社長向けの接待を受けることもあるけども、そういうのは運転手付きの車がいてくれて行きたいと言えばどこにでも連れて行ってくれるけど、私的にはローカルな庶民的な食事をしたりとかが好きで、地下鉄に乗ったり街並みを歩いて過ごすのがすきである。またコロナが収まったら、展示会で中国にも行きたいなあと思う。
2020年08月18日
林与の自社企画の在庫生地のソフト仕上げは、品薄になっていたけども、この夏に在庫を久々に増やすことができた。なかなか自分が生地をつくろうと思っても、外のお客さんの生地を優先してつくっていると追われてしまって、定番の生地ですらもこの2年ほどつくるタイミングを見つけられないとかだったので、今、少しほっとしています。

いろいろと生地つくりの案件をいただくことも多いのですが、1回で動ける案件だとやりやすいですが、まず少しみたいとかから入るアプローチの場合には、出来合いの布を検討されるべきが無理がないかと思います。

あるいはサンプルの試作費をしっかりと払って、2回3回かけて、イメージに近づけてゆくとか。それが




2020年08月17日
インバウンドや観光立国というプランで、国の経済政策の目玉が動いていたが、それがコロナで、一番駄目な経済政策ということになってしまった。早くそこは切り替えが必要で、その切り替えが遅れるとダメージは余計に広がる。

国の頭は硬直してしまっていても、ホテル経営者なんかはホテルを廃業する方向に動いたり、アパレルも人員削減をするなど、現実的に先手先手の対応を行って、ダメージを押さえる方向転換を行い始めている。

経済政策が好走するときもあるだろうけど、うまくいかなくなった時には深追いせずに自然の流れに合わせて支援をするという形が理想的だろうと思う。たとえば、インバウンドや観光立国をプロモートしてきた分、応援するばかりでなく、今度は、廃業やリストラを支援するのも一つの経済政策だろう。

一番日本で困るのは従業員のリストラという問題で、雇用に支援はできても、解雇を支援するということがなかなか難しいのが日本の政策で、これは好景気の局面でしか機能していない政策だったりして、不景気には不景気業種の一番困っているような縮小を難しくし余計に苦しめることになる。
2020年08月16日
いろんな産地の方と出会うときにシャトル織機に関しては動かしておられる職人さんたちはかなり高齢化されているということがある。シャトル織機を動かしておられるのは、60代後半から70代の方がほとんどではないかと思える。

次の担い手を考えるときに、織機を動かすとかメンテするとか技術的な問題だけではないと思う。一番の問題は、何人かが集まって織機を動かすときに誰か一人がその他の人を雇用してみたいな形になるときに、その誰か一人がなかなかなり手がいない問題があると言える。

その問題のために、今の70代のそういう責任を背負ってこられた方が仕事を終えられる時に、つぎにそういうものを背負っていくような存在が必要となってくるのだろうけども、昔の時代よりも、今の時代のほうが、責任もってやってるものにのしかかる重荷はどんどんと増えていて世代交代の難しさはそこにあると思う。

シャトル織機を120台持っておられた工場が、円満に廃業されるときもその織機の引き受け手は海外だろうみたいな話だったが、それもうまくいかなかったみたいで結局一部の織機が国内の工場に移ったみたいである。外から見ていると120台の織機を動かしてそれなりの仕事があるのかと思えるかもしれないけども、その方がやっておられたから成り立っていたわけで、次の人の手に渡ったときに同じように仕事が成り立っていくのかというとなかなか難しい話だろう。

その工場もみんなが高齢化して潮時だみたいに、若い方を入れないである意味、雇用した人の面倒を廃業するまで見る優良な企業さんである。最後もきれいに終わられ立派な会社で惜しまれて廃業されてみたいな話。迷惑を掛けずに終われることが幸いみたいな話をされていたのは、いろんなご苦労の一生だったんだろうと思う。

このコロナで外出の必要もすくなくなりアパレルも和装も需要は激減している状況で、この2年3年で廃業されるところは多いだろうと思う。私も本業のアパレルだけならもう難しい話だろうとおもうが、そのアパレル向けを支えるためにもいろんな柱をつくったので他力本願的な部分が少なくなり麻織物に特化して続けていけているんだろうと思う。外からの受注に依存して成り立たせてゆくというのは
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