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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2021年01月13日
コンビニで発売の期間限定ビールが小さな印字のミスで発売が中止になりそうになったが、一転して発売されることになった。本質の部分には影響を与えないことでも100点ばかりを要求していては、今の働く時間もが限られた社会では成り立たせることも難しいだろう。ベストを尽くしていても失敗したときに修正が難しい時にはそのまま行ってしまうほうが笑い話で済むことも多いだろう。

織物なんかでも、上手な人がつくればほとんどキズのない織物が織りあがるけども、下手な人がつくれば仕事しても売れるレベルのものが作れないことがほとんどで、そういうのを自分で直したりする人だと直すことの難しさや手間が分かるので上手に織ることを心掛けるようにもなる。他の人に片付けてもらっている人というのはいつまでもなかなか難しいまま。

小さなミスなんかは誰かがリカバーすれば済むだけのことでそれを責任問題にしていればうまく行くこともうまく行かなくなる。新しい企画なんて言うものはそういうことが多いのが当り前で、何人もが確認していてもミスというのはありうる、英語のスペルミスなんてアパレルのアイテムには多いもので、スペルなんてデザインととらえて、だれもそんなのを気にしてはいないくらい。

以前展示会の案内状のはがきにスペルミスがあったけども、それを訂正して新たに印刷しなおすよりも、展示会の案内というところは十分に満たしているので、わざわざ刷りなおすもったいないことをするよりは、そのままGOしておられることに好感が持てた。

本質的な部分が大事で100点じゃないこともいろいろやってたら普通にあるだろう。近所の野菜農家が今年は野菜が豊作だろうからか、収穫したものを捨てておられた、豊作の年の野菜というのは収穫もされずにそのままトラクターで粉砕されてしまうこともある。そういうのを農家の苦労に報いるようなプロパーな値段で流れていくような方法があればよいのにと思う。よくありがちなのがタダで分けてほしいみたいな話で、それが本当に役に立つのかというと都合よく他の人がやっていることを利用して得するみたいな独りよがりな考え方で好きじゃない。

野菜は、農家から出荷されるときに不揃いなものは弾かれて、また、選別機関で選別され、スーパーの店頭に並ぶものは見た目がきれいなものだけ。そしてそれが売れ残ることがある。そういう売れ残りの部分に関しては大量廃棄にはならず安く飲食店などの業者がまた活用するがあるんだろうけども、そういう流れだと、やはり形の良いものだけを作ろうとすることになる。だから農薬をたくさん使っての生産が安定する量産タイプになってしまう。道の駅なんかは、やはり作り手がそのまま物を並べるシステムなので、不揃いなものまでたくさん並び、まだ弾かれにくい。画一化的な品質管理が、値段を2倍3倍にしながらロスを生み出すことは一つの価値観ではあるけど、別の価値観があっても良いと思う。フードロストはすなわち100点以外はダメダメの70点を認めない安定志向な社会の裏側。

道の駅に並べたからといって必ず売れるということもなく、その苦労のほうが大きいこともあるだろう。近くのスーパーが地場野菜を売るコーナーを持っておられ、そこは好評のようであるが、そこにもいろんな農家の苦労、スーパーの苦労、そして消費者の思いがあって成り立つようなものだろう。

東北大震災でも学校給食には放射能汚染地域の食材を活用する話でも、国会議員や公務員の食べるものに積極的にそういう食材を動きをするのかというと、高級な安全な食材が当り前。先も長くない人間がこれからの世代に良い食べ物を回し自分たちが日本のしわ寄せを受け入れることをしないのは正しいことなのか。日本の政治や行政というのは、後進国の児童労働に通じるものがあるなあと思える当たり。
2021年01月13日
今日は朝から加工出しの準備、何種類かを織ったのを3種類の加工に分けてトータルで1000mほどの加工出しなので、結構、加工出しの準備に時間が掛かる。午後2時過ぎまで倉庫で作業をして、スタッフの子もお昼遅くなって疲れただろう。一緒にお昼焼肉に行ってから、加工工場に向かう。思いっきり焼肉を食べた後は寒さも疲れも吹っ切れて、逆に動きたい気分で加工工場の反物をカートに移す作業なども苦にならない。

1月の年明けといえば例年だと加工工場は生地であふれているのが普通なのだが、今年はコロナの影響もあってさすがに例年の半分よりも少ないくらいだろうか、アパレル関連の不況の状況を感じる。他の加工工場もアパレル向けがほとんどないといっておられたし、染色工場も12月に入っても年内もそれほど埋まらない程度といっておられた。

店舗要員の多いアパレルというのは、体制の維持すらも難しく、例年の量産を裁くことが見込めない状況では新規の企画どころではない状況だろうと思う。世界的な勝ち組だった大手のSPAが廃業や更生法の適用など、2000年以降のデフレ不況の後、元気だったところですらもが成り立ちにくくなっておられ、外出する機会も少なくなって、アパレル業界もカジュアル化が進み、高級アパレルと呼ばれる市場は出番が少なくなってしまっている。

そういう外の状況が見えていると残っていくためにはやらないことよりも、いろんなことをやってみようかと思うわけで、林与の場合も普段納期に追われるばかりが続いていたけど、少し落ち着いてきたら定番の在庫が少なくなった分を作っておこうとか、やってみようと思っていたことで出来ていなかったことをやってみようとか、また、新しいことをやってみようとか。
2021年01月12日
技みたいなものは高いほうがよいのかというと、高く持って行こうとすると他の人が対応できないことが多く、高い方に持っていくと自分以外がまったくついてこれない状態が生まれたりしてというケースは多々ある。作業している人に水準を合わせてできる仕事のレベルで仕事を成り立たせてゆくというのも、中もそうだし外もそうであることは多い。

とことんやる人同士の組み合わせでものづくりをすると簡単に高い水準のものに到達するというのは私も仕事で経験していてそれが余裕をもって笑って仕事していけるような理想だけども、そうなってくると本当に特殊な世界に入ってしまって、今の日本の流れとは外れてしまう。

その日にその場で説明してできる程度のことをうまく組み合わせて成り立たせるというあたりに落ち着いてしまう。仕事をする以前の地力みたいなものがあるかないかが結局は大事なところで、地力のある人というのは言わなくても正しく仕事をするし、地力のない人というのは仕事自体に抵抗があるが多い。

私も仕事を始めた最初から職人さんたちが面倒がることでも普通にこなしていたし、こうやったほうが上手にできるのにと思うことも提案はするが受け入れられることは少なくて、全体として仕事の内容を高度なところに行けないという問題も常に抱えていた。自分が初心者の人に仕事を教えるときには、高度なものづくりに近づけるような手法でのやり方でスタートできるので、仕事というのは素直さが大事なので逆に経験がないほうが良いなあと思えたりする。

私自身も経験を積んで失敗の少ないベストな方法を選んで仕事をしているつもりだけども、臨機応変的にいろんなことを試してみるのが職人的じゃないところで、自分が一緒に仕事する相手に応じて、仕事のやり方を変える。私のいうことを理解できてそのままに動いてくれる人と組んで仕事する時には自分が一人で仕事する何倍ものスピードで正確に仕事ができるのだが、なかなかそういう人というのは稀でそういう人に出会った時にはすごいなあと思う。多くの人というのは仕事の時でも仕事をすることに集中できない要素を何か持っていることがほとんどだったりする。

昔、他の会社の人だけど、同世代の人で仕事の終わる時間がくるのが待ち遠しいといっている人がいたので、仕事の中でできることあったらいろんなことをやったほうが良いよと親身な話をしたけども、なかなかそういう感覚に陥ってしまっている人というのは変わることは難しいもので、本当に残念だったけど繊維の仕事を去られてしまった。目の前にものごとがあってもやらないやりたくないというので食べていこうとしても、やってても難しいのにやらないで成り立たせるというのは、方法論を論じているだけの理想高い系に近い気もする。

最初に戻るけども、技の極意にたどり着くなんてことは孤立を招くので私の場合でも仕事じゃなくて趣味の世界として別口でやるみたいなこところ。仕事は仕事で好き嫌い関係なく当たり前にこなしながら、特殊な織物というのは仕事とはせずに自分自身で高めて育んで自分の余力の範囲で残しておこうと思う世界。一方で、そういう高いレベルのものごとだけを仕事として目指す人も多いけども、そういう人ほど当たり前にいろんな壁にぶつかるばかりで食べていけないことも多かったりするので、それぞれの状況に合わせて成り立つような方法を模索して成り立たせてゆくのが正解だろうと思う。

産地を代表する近江上布の織元だったころの林与というのはその作業をしている人たちに地力があったんだなあと思う。ものもない時代に今よりも高度な織物を道具も作りながら手作業の世界で生み出して行く。布の価値というものが詰まる要因がそこにはあって、仕事に対する意気込みみたいなものが、単に技法ではなく、多くの人を魅了するような力のこもった布を生み出すんだろうと思う。アーティストと同じく、布からそれを作る人々の人生観が伝わってくるように思う。農業だけでは食べていくことが難しく、生きてゆくためにも仕事を人々が欲した時代で、田舎のおっちゃんおばちゃんが世界を魅了するような布をつくることができたのが60年ほど前の戦後の時代。

私自身も、必要なら1日24時間あれば、自分一人で糸を整経して布を織出すまでを一人でできるが、働いている人や頼んだことの失敗を乗り越えるときには誰かがそういうことができないと全体の普通が成り立たなかったりするから、繊維の仕事というのは海外に行っちゃうんだろうなあと思う。
2021年01月12日
卓上の小さな手織り機を探していて、たまたま、リジッドタイプじゃないのが見つかって手に入れることができそう。こちらの織機は、世界で一番細い1000番手を超えるリネン糸を織りあげるプロジェクトに使う予定。

38cmくらいのハンカチくらいの大きさの非常に薄い織物が織れるだろう予定。記録によると昔600番手を超えるリネン織物が洞窟の中で織られたそうだけども、洞窟の中で織らなくてもよい1000番手超えの織物を織ろうと考えている。

糸は自分でつくるので太さが今一つ一定でないけども、ハンカチを織りあげて密度計算して糸の番手を割り出す方法で、1割くらい細めに計算すればだいたい正味の番手くらいになるだろうと想定。
2021年01月11日
今日は月曜日なので仕事していて、糸を巻いてくれるおじいさんのところに糸を取りに行くと走っている車の数が少ない、そうか成人の日の連休なんだと思う。糸は色糸は巻き上がっていたけども、経糸に使うシルクの糸はまだ途中。まだまだ、寒いしあと数日巻いてもらったら経糸に使えるだけは巻き上がるんでもうちょっと待とう。

成人の日が中止になって、楽しみにしておられた新成人の方や親御さんには気の毒な話ではある。若い人たちというのはコロナに感染してもそれほど悪化はしないことがほとんどなのだが、感染した場合にも無症状で動いて回ることも多いので、家族の高齢者の方や、持病を持った方に感染を広げてしまうこともあるだろう。

多くの人々が交わる様な場所というのはやはりウィルスの拡散の機会になってしまうので、札幌の雪まつりなんかもコロナの当初のときに、全国にコロナ感染を広げてしまった典型的な例なので気を付けるべきだろうと思う。それにしても、まだコロナが騒がれてから1年しか経っていないのに、コロナが騒がれ始めてからの、この長い一年は何だったんだろうと思う感がある。

2011年の東日本大震災のときにも、大きな不幸の中で、1年ほどは人々の感覚すらもが変わって失われていた温かさを取り戻したような気がした。今回のコロナも命の危険という大きな問題に直面することで逆に人々がマテリアリズム的な感覚から脱して、本質的な価値観を再認識するのであろう。
2021年01月11日
昨日の日曜日は、ネットでいろいろと織物の道具に関しての調べもの。いろんな特殊な工程がある織物を作るときに、それぞれのステップで作業をするためには設備が必要で、その設備をどのように構築してゆくか。

今の時代に、大掛かりなものは必要なく、手持ちのものをうまく工夫して自分で改良を加えられるような形で設備を作ってゆくのが理想的。織機もそうだけども、誰か他の人がメンテできるのかというと自分がメンテするしかないし、同じように自分がやりたいことをするのにも、自分自身が道具からつくってやっていくのが、長続きしそうな形。

私自身は仕事というのを現実的にとらえているので、自分で自分のつくりたいものをつくれる環境を構築して、自分の世界をつくっていくことが仕事だと思っている。それなりに長く続いている織物の世界だけども、分からないことがあったときには、たぶん、それは他の人もやったことも考えたこともないだろうから自分自身で解決していくしかないんじゃないかと。

最初に戻っていろんな特殊な工程のあるものづくりというのは、一つの要素だけでなく、いくつもを組み合わせるので、それがうまくいけば普通ではなかなかできない織物が出来上がる。今回やろうとしているのは具体的には、広幅絣織物の量産的なことなのだけど、型紙つくり、横糸の種つくり、捺染、蒸し、洗い、巻き返し、織、織物加工まで、それ用に自分一人でも全工程をできるような道具を本生産向けに用意する段階になっている。

昔のように鍛冶屋さんや大工さんが普通にいてくれたら簡単にできることも多いのだけども、まあ、とりあえずは出来合いのものを購入して分解したりしながら組み合わせて、最終目標である本生産を成り立たせる。それがうまく行くようなら設備には改良を加えて行けばよいだろう。

この程度でも十分に世界的に珍しいアパレル麻織物の世界。試作までは数年前にこぎつけているが、お客様に実際に買っていただき愛用いただくものなのでその本生産となると品質を高めるためにもやはりそれぞれの工程を設備からブラッシュアップする必要がある。
2021年01月10日
本麻100番手みたいな織物は、本質的に高度な織物なのだが、それを作れる人というのが本当に大事で、今の糸という要素も含めると、視力や体力や気力の面で何十年の職人さんでも作るのが難しい織物になってしまっている。若い人にそれを作れる人がいるのかというとできたとしても、なかなかその仕事に満足できる人というのは少ないだろうなあと思う。

そういう織物をつくれることがすごいことなんだけども、なかなかそういうのを評価できる人も少なかったりする。私も若いころに本麻の整経なんかを当たり前にしていたけども、それは本当に高度な整経の世界で、若いころだったからそれが当り前の仕事みたいに毎日こなせていたのかなあと思う。難しいことを成り立たせるのが仕事だと思っていたからたいていのことはこなせていた。

経糸一本の間違いにとやかく文句をいっているような人では整経なんて何百本もの糸を正しく引きそろえることは不可能で、そういうのを経験すると人生観の違いすら感じることが多いものである。織物の世界にしても小さな世界なのだから一生懸命にやればよいだけだと思うけどもなかなかその小さな世界のなかでも、しょうもない人間関係を持ち込んだりすると仕事しないものとするものができて、逆に年配のものほど実際の仕事ができないやらないとかが普通になってしまうので、人間関係があるとしたら年配のものほど偉そうに胡坐かいているんじゃなく、率先して仕事をする手本を見せないとと思う。

昨日は、中古で買ったシャトルの加工。10数本のシャトルの新品を中古の出物で手に入れたが手持ちのシャトルの木管を挿すには、3mm程度受け口を削る必要があって、ミニルーターを買ったのでそれで、受け口を少し削ってちゃんと管が収まるようにした。1時間ほどの作業で、10数本のシャトルを削り終え大満足。

そのほか、昨日は、織物の道具に使うテスト中のアクチュエイターのスピードの計算を誤ったようで、アクチュエイターを分解して別のモーターを直結してさらに速度を何十分の1に落とすテスト。昇降圧回路とスイッチも組み合わせているので、思い通りに動くようになった。アクチュエイターのモーターやギアは外して使わない形だけども、アクチュエイターのスピードを10分の1に落とすためには、これが一つの正解だろう。1秒に10mm程度のカタツムリのスピードで動いていたものが、1分に10ミリ程度の目に見えないほどの遅い動きになってテストは成功。
2021年01月09日
寒さが本格的、工場の中もストーブ1個で寒い。本来なら動いて作業していると寒さも少しは和らぐのだが、年明けから4日間、本麻の黒の立ち上げ。これが本当に糸が細くて繊細で見えなくて壊れやすくてぐちゃぐちゃなのを1本1本直す作業。

こういう織物でも、ほとんどの場合はいつかは織れるという自信があるのだが、この本麻の縦黒は韓国の輸出で2年前に相当苦労した経験があって、あの時は縦が白と黒の1本1本で、織れるまでの相当の苦労。今回の糸も2年前に予備として作った糸で、糊付けに関してもそういう事情も説明して強めにつけてもらっている。

織物というのは一つキズがあったりするとなんでキズがあるのですかみたいな話があるけども、本来はまともに織れないような状態から二人掛かりで何時間もの手術をして普通に織れるような状態に持っていく話。一旦糸がきれると10本まとまって切れることなんてザラで、それをまた直して織ってゆく。スーパーロイヤルになてってからは経糸に使うのが難しくなっているのは事実で、その理由は想像するに単純な話なのであるけどもスーパーロイヤルという糸の目的がニットであることからして織物用途ではないので仕方あるまい。織物に適したラミー糸というのは繊細な毛羽でモヤーと覆われていることが大事で、スーパーロイヤルはスカッとしすぎているのである。

スーパーロイヤルという糸は麻糸としては着物用途にも使われる糸で高級な糸なのだがそれをアパレル向けに使うというのは贅沢といえば贅沢で、でも、今は基本的にそれ以外のチョイスというのが今はないのである。昔よりも糸の強度はかなり落ちて織物として織るのが限界に近いほどに難しくなってはきた。麻糸を縦に使う場合には白限定にする場合が多いと思うが、どうしても高級なイメージというのは、黒とか濃紺とか、絹麻と呼ばれるような光沢感を醸し出す色味が必要。

縦白を縦黒にするだけで、コストは2倍、織る難度は3倍から5倍くらい増す感じ。そういう中で本麻の濃色織物というのは生まれ、人目を一段と惹く織物として存在する。日本で織れるところはもう少ないと思う。需要にしても超高級織物向けなので流れる量も少ないので林与が細々と織っているくらいの量でも十分なのかもしれない。もう50年以上のロングセラーの林与定番のアイテムで、日本の麻織物の一角を代表するような顔の織物。損得度外視で、今もそういう織物を織っているだけでも麻機屋らしくてよいんじゃないかと思う。

今日はお昼時、スタッフの子が、近所のお家の水道が破裂して大変と連絡、たまにしか家の方が戻ってこられない空き家のお家で外部にあるお風呂のボイラーの配管が寒さで凍って破裂して水が噴き出していた。バルブを閉めるだけで水が止まったのでよかったけども、次に使われるときには配管の修理から必要でたまにしか戻ってこられないお家だけに気の毒ではある。まあ一本塩ビ管を直せばよいだけだろうと思う、メモを残しておいた。それなりに今年の冬というのは寒いということだろう。

留守のお家と言いながらも、その家に住まれていたおじいさんというのは亡くなられたけどもその家の仏壇の中におられて、代々の感覚からすれば家としては生きている。そこにそのおじいさんの居場所があり、家族の方がときどき戻ってこられるというだけでもその家の存在の意味はあるだろうと私は思う。私の家の周りには過疎化や高齢化が進み、そういう家が増えてきた。昔は栄えた集落であっても一旦その流れに向かい始めるとひと世代で過疎の村と化する。若い世代や次の世代に居場所のある集落づくりというのが大事なんだろうと思うが、先代なんかの考えをみていても、時代についていけなくなってもそれをそのまま次の世代に背負わせようとする風潮があったりするので、なかなか次の世代というのは真逆の価値観を両立させないと駄目なので成り立たせるのは難しいんだと思う。早めの世代交代というものも大事に思うのはそこで、一つの繁栄した時代を引きずっては逆に衰退に向かってしまうものである。田舎においても、二つの価値観を両立させるためには、田舎の家という概念と今風の時代にあった自由な生活というものが別にあったほうが両立はさせやすいであろう。お互いを尊重しあうことが大事という結論なのではある。

寒い中で何千本もの糸の問題を乗り越えているとちょっとした問題なんかは大したことのないように思えるが、人というのはどっちが正しいとかどっちが上か下かで争いがちで分かち合うことが大事なんだろうと思う。なかなか、年配の人でも、織物の仕事のような地道な作業をできる人はいないので、私が本当に自分自身の考えが一番爺さんに思えてしまって、年配の方々の言っていることのほうが軽く聞こえてしまい、もっと自分たちが覚悟決めてやったほうが良いんじゃないかと思うことも多い。若い人がちゃんと我慢して仕事できるのに年配のものが仕事を嫌がったりも普通だったりで、そういうところから改めていく必要もあるだろう。、
2021年01月08日
時計というのは必需品なのかどうかというところ。パソコンにしても同じくらいに、スマートフォンが、タイマーも、アラームも備えて、認証においても常に必要なアイテムとなった今、時計の将来はアナログカメラのような道をたどってゆくのであろうと思う。

逆にマニアにとってはアナログカメラはあこがれのアイテムにしても安く手に入って良いんではないだろうか、シャトル織機なんかも同じで、織機自体を手に入れることは無料に近いけどもそれを維持していくとなるとジャンクのコピー機をメーカーも対応できないのを自分で中古の部品を取って修理して正しく動かしていくのと同じような話。

構えてのものづくりがなかなか難しいのは、地元で縫製して販売されている方が織物を自分で織りたいといわれて中古の織機の出物の話を頼まれて、実際にその話が半年にあっても応じることは難しいという話。織機があっても整経ができなければ駄目で、整経するためにはチーズワインダーなどの設備も必要。

織物というのは場所も人も必要な構える話で、たとえば新し人が設備を譲ってもらってスタートしたとしてもひとつの織物を自分で織ることもなかなか大変な話だったりする。織物の価値観に対する意識改革も必要で何が織物の価値を生み出すのかというあたり、デザインしてもそれを形にする部分の大変さをデザインしている人が経験すれば、頭の中では何千ものデザインができても、一つの織物を形にするのはそれよりも大変だという当たり前のことが分かると見えてくる世界もあったりする。

一生の感覚の違いを埋めて共有するということは難しいことも多いけども、昔、大学生の時に、良い先輩の導きで京都の有名なお寺に週末お世話になったことがあって、そのお寺の住職様は昔浮浪者を経験されていたというのがあって、まさに人生修行というのはそこで普通だと逃げたいような境遇になぜ自分から突き進んでいかれたのかというあたりが、人として超えた世界。そういう方ほど、まさに人じゃない仏の道に近いのであって、大学生だったちゃらんぽらんな自分からするとまったく理解できない超えられない世界に思えた。

宗教とかそういう話じゃなくって、自分が人としてを捨ててどこまで他の人の人としてを守れるのかの話で、それが超えた世界でよく、エシカルな話で林与もみていただくことがあるけども、エシカルなことを本当に考えて共有してほしいと思うのはそこ。エシカルなことを謳う人ほど浅いというのも実際だったりしてエシカルが商売の道具になってしまっているのがオーガニックの世界でなんで児童労働レベルの覚悟もないオーガニックのプロばかりなんだろうかと思う。仕事も正しくできない人の面倒を代わりにちゃんとみてあげるのが本当のエシカルな世界だけど、一つのちょっとした自分がリカバーする力持てば簡単に解決できる問題でも責任問題になるのが普通の商売の世界。そういう価値観を共有できない世界とは、相手と同様の対応に留め距離を保っておくべきだろうと思う。
2021年01月07日
年末に何年振りかに流しの洋裁人原田さん会うことができたが、ほんと行動派で全力だなあと思う。私自身があまり時間がなさ過ぎてゆっくりと話が出来なかったのが残念だが、ご結婚もされてあっという間に男の子も授かられて、その名前が大五郎というのもたくましく育ちそうだが、あまりにも子連れ狼の世界。

行動力と作品をつくって売る力というのは比例するんだろうなあと思う。普通だと食べていくことが難しいなあと思うようなことでも実践してやって食べていくみたいな、地力があるというあたりだろう。最初、卒業して働かれたときから全力を出し切ってやってられたんで、それが今も続いているだけなんだろうけども。

富士吉田から和歌山経由で滋賀県まで普通に回ってこられ、琵琶湖の反対の高島で生地を探してそのあとで、琵琶湖の反対側の林与にきて、倉庫で生地探し。相当疲れておられたと思うけども、大津に宿泊で明日は京都だといっておられた。林与で探しておられたのがシルク麻の生地なのであるけども、ほとんどなくなってしまって、次に作る予定が1月後半目標。

原田さんの行動力というのは大したものだけども、実際の原田さんの力は、そこじゃなくて、洋服を作れる部分で、何でも一人で最初から最後までつくって、そこに一番くらいに時間を割いておられる人だから、逆に動くことや企画くらいはへっちゃらなんだろうと思う。

ものづくりの道で成功するかしないかみたいなのは、結局は自分自身のやっていることを正しいと思えるのか思えないのかという判断なんだろうと思う。普通の人の2倍3倍動いていれば、失敗や余分な経験も含めていろんな経験が2倍3倍で、そんなのをずーっとやってれば、プロ中のプロも当たり前。でも、そういう人と話していると普通の職人にありがちな技術話は少なくて、インフルエンサー的な人生観をもっておられるのを感じる。話聞いていても、お笑いの芸能人より面白いと思うし、その話を聞くと迷っている時間があるなら動いて失敗したり苦労するのも大事だと開ける感じがするだろうと思う。全力でやってれば何とかなるって感じ。なかなか成り立たせるのが難しいことをやっておられながら成り立たせておられるのは立派だなあと尊敬する部分である。
2021年01月06日
加工出しの用意などあって早朝に作業をしていてすごく冷え込んでいる工場の中、工場が広いので気休め程度だけども、アラジンタイプの石油ストーブを一つ点けて、寒い工場の中で作業。スタッフの子も、手が冷たいだろうけど、糸をつないでいてくれる。

今日は午後から加工出し、在庫の生機などをまとめて加工に出す。加工工場の社長とお話していても、アパレル向けの生地というのはほとんど入ってこないという話で、アパレルの企画がコロナでうまく進んでいないのが伝わってくる。人が多い会社ほど大変だろうと思う。

今は、アパレルさんも人員を維持してゆくことが最優先で、資金面も企画に使うのは難しい状況が普通だろうと思う。東京近辺で緊急事態宣言、当然の流れとなってしまい。税金を使ったものの悪い結果となり、さらに、税金が必要となり、人々の暮らしへの対応も難しくなるし、将来悪化していく。ベストを選択すべきだけども、しがらみがあってベストを選択できないのがよくある話。

会食の場の表に出せないような裏話で、物事決めてたらベストな選択なんてできないだろうなあと思うが、会議室の会議なんてまじめなことはできないのがくたびれた爺さんたちで、言っても無駄な人たちの世界。口から出る言葉にしても、無責任な言葉ばかりで、心に響くものもないだろう。権限の少ない下とされる知事たちのほうが人々と向き合ってるだけにまともな精神で、人間らしい対応。年配の人には本当に失礼だけども年配の偉いさんたちが本当にどうしようもないのが日本の国のトップの面々。存在自体が、若い人たち、これからの人たちに気の毒すぎる。
2021年01月05日
いろいろと新しい人に会社の中で仕事をしてもらうと、機械が壊れたりとかもあったりするので嫌がる会社も多い、そういうのが職人的な考え方だろうけども、正しいことを正しくやってるだけでは逆に限界も浅くて、失敗なんかも経験しないと本当に何が良いのか悪いのかも分からず、物事に精通することは難しいと思う。物事に精通すると物事をみる角度が違ってくるので、普通とは違う面白いこともやってみようと思えるだろう。それは思い付きでの面白いじゃなくって現実的に自分自身で実現できるような面白いこと。

一番大事な部分が人が、いろんなことをやろうとモーティベイトされて、実際にそれに向かって無心に動ける人でないと、日本の中での繊維の世界で食べていくのは、難しいだろうなあと思う。日本の大手も海外で安く作ったものを日本で売る商業的な商売になってしまっている。

利口な商売にみえても実際は仕事の肝の部分を海外に移行して、仕事の大事な部分を失って、企画にしてももう海外のほうが上になる。金儲けだけしかみえなくなるといつの間にか、簡単な仕事も国内ではできなくなってしまっている。昔はよくゆとり教育が批判されたけども、今はゆとり社会そのもので海外にどんどんと追い抜かれて、海外の人ができることが日本人ができなかったりも多くなってきた。

もう、日本人は器用でもなくなって、中国やインドの人のほうが器用な人も多い。コンピュータを使ったスタイリッシュなデザインはできても、手書きの漫画のような国際的位に評価される世界は最底辺の労働といわれ、今後は無くなっていく世界だと思う。

君の名はというアニメ映画があったけど、あの映画をみていてアニメーションとしては、今までのアニメーションからすると静止画を使うばかりで手抜きが多いなあとだ思えたが、それが日本でできる限界になりつつあるのだろう。一枚の大きな絵をかいてそれをカメラワークで動画のように見せて成り立たせるのが多すぎて、アニメーションが1秒に30枚のアニメが必要というあたりを節約しながらそれなりにうまくできた動画。

戦争の後の日本人の意識とは違った感覚で、似たような雰囲気をテクニックで作り出したようなアニメ映画。もう昔のように1秒のために何十枚の原画を描くことができなくなったのが君の名はのアニメ映画である。少人数でアニメ作品をつくるためにはそういう方法が一つの方法だろう。
2021年01月04日
織物につかう道具を作るのにアクチュエイターを2タイプ購入。最初に購入したのがステッピングモータータイプだったので、回路を組み立てて制御が必要なのでそれよりも、直接的にコントロールできるように、永久磁石タイプのモーターを積んだのも追加購入し、正転反転の回路も購入。あとは降圧回路をつなげばスピードのコントロールもでき基本目的は達成できるだろうと見込んでいる。最終的には目視できる降圧回路のデジタル表示を見ながら設定ができると一番便利かと思っている。

届いたものを正月にチェックして、12Vバッテリーにつないでモーターがどういう動きをするのかを見ると、12Vバッテリーにつなぐと棒が単純に伸びる方向に動くか縮む方向に動くだけのこと。アクチュエイターがどういう動きをするのかも分からなかったので買ってみてアクチュエイターというものはこんなものだと思った。

棒が伸びたり縮んだりするスピードが速すぎるので、3分の1から4分の1くらいのスピードだと良い感じになるのではないかと、降圧回路を購入する。さらにいちいち電源を反対につなぐもの理想的ではないので、反転回路も前もって購入していたものをつなぐ。

理想的なスピードでアクチュエイターが伸びたり縮んだり。ありがたや、ありがたや。テストには15cmほどのタイプでもよかったけど、大は小を兼ねるで大きい目のタイプを買ってみた。昔だとなかなか目的に合ったものが手に入らなかったけども今は目的に近いものがネットで探せて一か八かをすれば簡単に試せる時代。

ちなみに、降圧回路もあまりに電圧を下げすぎるとモーターが回らなくなるので、アクチュエイターのモーターを付け替えられないかも検討の為、アクチュエイターを分解して中身がどうなっているのかを確認もした。ちょっとこのタイプのモーターは市販では手に入れられなさそうなことが分かり、降圧回路を使うのが正解であるのも分かったことがうれしい。

モーターを分解したのは良いけども、再度、元に戻すのが結構難しい。でも、壊れても、1万円くらいのものなので、戻せなくても勉強になったと思えばよいという覚悟で分解しているので、内部構造を知るために分解して組み立てるのも勉強代だし、そこが使いこなすためにも大事なところだと思っている。中が見えないものを訳も分からなく使っていて持って使っているというだけでは面白くなく、改良や改善を加えて自分が使いたいものに変えるためにも中がどうなっているか分解してみる。
2021年01月01日
新年あけましておめでとうございます。コロナ禍ではありますが、今年も一年、自分のできることに全力で打ち込んでまいりますので、楽しそうなことも発信できると思いますのでよろしくお願い致します。
2020年12月26日
今も、ラミーの糸を使って織っているけども、今のスーパーロイヤルのラミー糸でも経糸に使うは、染めると毛足が短くて難しいなあと思えるくらいで、将来、本麻の純紡の細番手織物というのは消えてゆくのではないだろうかと思う。スイビ混のトップの織物なんかがラミー織物の細番手として生き残る形になるのだろう。

今、本麻細番手の手もみ織物も織れるうちに織れるだけでも織っておくかと思う。特に縦黒は難しいので、他の会社ができなくなっている。そういうものを私が今仕事ができるうちに残しておくというのも大事なことだろう。10年前には普通に織れていたものも織るのが難しくなって、日本の麻織物の糸からしての優位性も消えてゆく話になるだろう。

スイビ混の問題は、基本先染めが難しいことで、トップ糸という形で対応なのだが、色によっては強度が足りず縦使いが難しいことや、色ごとの収縮率の問題など、密度のそれほどない織物でも織るのが難しい致命的な問題があって、コントロールは難しいだろう。

100番手くらいのラミーの先染め織物を普通に作ってきただけに、純紡のラミーの織物というのはもう織ること自体が難しいようなところに来ている。ラミーは織ろうとすると糊付けが必要でリネン以上に高くなりがちで、高くなるのは我慢できても、安定して織れるのは白限定とか横糸だけとか制約が多くなりすぎて、かなり厳しい状況。流れる量が少ないと余計に高くなってしまう傾向で、着物向けだと糸を使う量も少なくて成り立つのかもしれないが、着物も需要が落ち込んでいてやっておられるところも厳しいだろう。従来のアパレル向けの本麻織物というのは終焉に近づいているのかもしれないと思うが少しでも日本の本麻織物の先染め世界を残しておこうと考えている。
2020年12月25日
今日は、奈良に納品。昨日の岡山納品を途中までもっていく形で、途中から岡山の方に助けてもらったので、かえって寝てから仕事して午後から奈良への納品。奈良への納品後は疲れていたので、奈良で食事して栄養補給。途中疲れて草津で休憩。

限界のときにさらに無理をしすぎるのはよくなく、周りの人に助けてもらえるなら助けてもらうというのが一つの方法で、一人の限界というのは限られているなあと思うのもそのあたり、車で納品するとかの前に、普通に仕事をできる人がいれば納期も問題がないだろうと思うけども、これを織ることができる人というのは私以外にスタッフの女の子だけ。

昨日の夜も、シャトルのステッキの革のバッファベルトが壊れた。それが最初原因だと分からずに少し模索してしまったので、織機の正常な設定を崩してしまう形に。結局、本当の原因がバッファベルトの破損であることに気が付いて、織機の設定をいじったのをすべて元に戻したので、また元の問題ない織機の状態に回復したが、この戻す作業がふつうなかなかできないもので、長年の経験のある職人さんたちを何人も見てきたけど、織機を触るときには原因を探ろうとして織機のコンディションをバラバラにしてしまうことがほとんどである。

織機の調整方法一つが基本的に違うから、私自身がなんとか短時間で修理や調整が可能だったりして、生き残れているあたりがある。スタッフの子も本当に真面目で正直なので聞くと、仮に失敗したことでも正直に話してくれて織機の問題の原因を探すのには織機だけでなく、織機を扱う人も大事な要素。織機は織機だけでなく、織機を動かす人の人間性も織機の調子の良い悪いに大きく関係がしてくる。

経験のある職人さんも何人も接してきたが、織機の調子が悪かった原因を隠したりはぐらかしたりするタイプの人というのは、レベル自体が低いのであるが、なぜかそういうタイプが多く、それは自分だけがその原因を知っていたいというような昔のタイプだろうけど、そういう人と仕事をしていてもうまく行くはずはないのである。

経験のある人に作業のやり方を教えても素直にやってはくれないのが当り前のことで、だから、経験者というのは仕事が難しいのである。素人のほうが素直に物事に取り組めて、言ったことを言ったとおりにやってくれるから仕事がまともに進むという話。経験が長くなれば長くなるほど言うことを聞けなくなるというのが経験を持つものもマイナス。そういうマイナスが、全通や全滅や全体的な品質を上げようとするときの問題につながることが多い。一旦仕事のリズムが経験者モードに陥ると、そこから抜け出すことは難しい話なのである。
2020年12月24日
今日は岡山への納品日、岡山のご友人のご協力をいただいて中継の形で直送を完了。年内が残り少なく、林与も昼と夜の交代のような感じで24時間織機を回しているけども、織れるのは1台で2mくらい。

数日前と昨日で、シャトルが2個壊れるというWの悲劇があった。織機が壊れなかったのはよかったけども、新しく下したシャトルが2個壊れてしまう。100m織るたびに、シャトルが1個壊れるような頻度だと、シャトル織機を動かしていくのも本当に難しいような話につながる。太い番手の織物は経糸切れでシャトルが止まったり、飛び出したりで、壊れる確率は非常に高くなる。

明日は奈良に納品予定。やらねばならないことが多すぎて、分身の術を使いたい心境。

2020年12月17日
今日は、リネンの紡績の事に関して4名のお客様とコーディネイター2名の方。

北海道の小野寺さんは、リネンを栽培され糸を手紡で紡がれてそれを手機で織って綾織の生地にされたものを見せていただいたが、ゴールデンなリネンでふっくらと柔らかで上等な感じのする布。手紡なのに、糸が相当均一で機械紡績よりきれいな糸だった。それを双糸にして縦横織られている。手紡なのに、糸が相当均一で機械紡績よりきれいな糸だった。双糸で糸の繊維がまっすぐに走っているせいか光沢感もすごくあった。

栽培されてカーディングされたファイバーも見せていただいたが、かなり、色も透明に近い感じのゴールドで、ファイバーの状態でもすごくきれい。すべて手の作業なので作れる量は限られているというお話だが、あの織った布は売るのがもったいないのではないかと思える。素朴じゃなく、ゴールドなゴージャスな感じの手織りのリネン布なのだが、それを一人の方がフラックスを育てて糸にして織るところまでされ超人的だなあと思う。

麻晩の青山さんもご一行のお一人でリネンの紡績に関して、中小企業基盤機構のシニアリサーチャーの方と構想をもっておられ、私自身が紡績の専門ではないので日本の麻関連の紡績の技術的な知識や環境を持っておられる企業のお方のお名前などをご紹介させていただく。
2020年12月14日
今日は、タータン3日目で、大きな柄を建てて整経。ドラムに巻くと大きな柄だなあと思う。アシメントリーな使い方をされたいということで、無地っぽい部分と柄っぽい部分の使い分けなどを想定されている。

チェックの大きな柄をリネンでつくるというのは本当に珍しいケースなので、織りあげて生地の状態で見るとインパクトあるだろうと思う。大柄というのは糸を分割して立てるだけで、結構、頭も体力も使う仕事である。整経をする人がどんどんと減ってゆくのもよくわかる話で、林与も自社内で整経ができることは大きなメリットである。複雑な整経でも自分がやろうと思えばなんとかできるので、そういうのが普通はできないをできるに変える要素となる。自分の会社の中でも誰かができるじゃなく、自分ができるというのがやはり、強みそのものだろうと思う。ややっこしい整経を一発勝負で成功させることは、なかなか難しい話であって、頭に思った作業ができるということが頭に思った織物が作れる話につながる。

糸量の計算や、糸を割るカウントの計算などはエクセルで簡単に計算できるが計算機でやったりすると、結構大変だろうなあと思う。白黒で作業するじゃなく、色糸に応じて、背景色をその色にしたりして、間違いにくいように、表を作ったりすることも大事。

今夜は冷え込むということで、丹波篠山は深夜雪の予報だそうで、少し早めに切り上げて帰路についていただく。織物の糸をカウントで割る準備作業、そういうのが実際に織ったりとか整経するよりも時間のかかる仕事。

週末から月曜に掛けての3日の作業ご苦労様でした。
2020年12月13日
今日は朝のうちにダークネイビーを整経して巻き終え、残り3柄の経糸の小割作業に入る。大柄の3縦分の糸なので何百本も小割するが、なるべく共有部分などを活用して割る本数を減らす。よる9時半頃まで作業して、明日最終日に向かう。

来週から冷え込むということ、まだ寒さはそれほど厳しくないけども、今年の冬は年内に雪が降り始めるのかなあ。もう12月だから雪が降ってもおかしくないのだけども、それほど寒いと思うほど寒くない今年。

スタッドレスタイヤは4WDの軽バンだけにしか用意していないので、雪が降ると仕事の出荷にしわ寄せが出てしまいそう。雪が降ったら冬ごもりすればよいだろう。4年ほど前の冬は雪がたくさん降って寒くて、そんな中、絣の捺染を年末から初めて年明けまで2週間ひたすらやり続けた。年末年始は毎年特殊な状況だったりする。今年はどんな状況が待ち受けるのか。

織物が盛んな地域というのは基本、雪国である。冬場仕事ができないので織物を織る作業をする。織物というのは南国よりも四季のある国や雪の降る国の方が発達する傾向がある。糸も繊細で緻密な織物が作られるのが雪国。

湖東産地といわれる東近江や愛荘町の地域でも特色があって、旧の能登川地区では座布団系、旧の愛知川地区では着物系の織物が織られ、愛知川を境に、織られる織物に違いがあったのも近江湖東産地の特色のひとつで、能登川地区はほぐし、愛知川地区は絣という、大まかな特色の違いがあった。麻織物の産地なので、プリントは安物とされ都市部でつくられるにとどまった。麻織物とプリントは相性が悪いのを昔の人は良く知っていて、手の込んだ絣織物にするのも、布じゃなく糸を扱う文化が産地の特色で、それが今の時代につながる細番手の先染織物という近江湖東産地の織物の特色的な要素の一つだったりするのである。

林与も先代になって京都大阪の日本のメゾンとともに立ち上がったアパレル問屋さん経由になったが、与一じいさんのころまでは京都大阪の一般の顧客に販売されるお店との直接取引が主体であった。直接布の価値を消費されるお客さんに販売される方に伝えられるメリットというのは無二のものだろうと思う。布の世界では化けることが多いのが普通で、一番謳われる産地なんかも一番化けてしまいやすい要素。

そういう意味の分かる業者さんは産地に出向いて作っているところを確認されるが、意味の分からない業者さんだと林与の特色は何ですかと聞いて、自分で作ってることかなあというとポカーンとされる。製造メーカーが作っているのが当り前だと思っておられるけども、実際には、製造メーカーが自分で作らず、海外や他産地から生地を仕入れて売るが主流の形態になっているのに気も付かれていない。わざわざ産地に来ても、一番大事なところを気にするあたりが抜けているんじゃないのかなあと思う。

観光地にいってもお土産を買うと海外製品だったりが多い。それが日本ではもう普通なのである。道の駅の直売所でも宮崎のピーマンが販売されていたが、全国チェーンのスーパーと同じで後ろで農協さんが動いておられるんだろう。地場産を期待するお客さんや産地でつくっている人たちからすれば違和感がある話である。作る人じゃなく、右から左に商いする人はそういうことはあまり気にしないものである。百貨店やブランドさんでカシミヤ偽装などが起こるのもそのあたりが原因だったりして、産地や素材なんて化かそうと思えばいくらでも化かせるのだから化かさない人から買うということの大事さが必要なんじゃないかと思う。私が糸を買う時もおんなじで、化かそうとする人と、化かさない人の二通りがあって、化かさない人から買うようにしている。
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