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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2011年04月10日
今日は、思い切って桜を見に清水寺に行きました。すごく良いお天気の一日で桜もほぼ満開の状態で申し分なかったです。その後、大学のときに時々食べてたシェイキーズのピザを食べて店内では1980年代のディスコソングが流れ続けていて、ここだけは変わってないじゃないかと感じました。

新京極や寺町通のお店をじっくり見て回るというのは、高校大学の時にはしたことがなく、ほとんどのお店が生地を主役とするような商品構成のお店がこんなにもたくさんあり、しかも、それらが若い方を中心に人気であるのは、京都というのは着物の町で、布が集まる町なんだと実感しました。

四条河原町には、コエトイロというアンテナショップさんがあって、以前弊社にもお越しくださって一度見せていただければと思ってて立ち寄らせていただきました。ウールやシルクの着物を中心としたアイテムを扱っておられ、着物のお店というとなかなか敷居が高くて入りずらいかと思うのですがとても入りやすいイメージのお店です。

その後、アパレル関係もウィンドウショッピングしました。ベネトンさんにも入ったのですが、なんか、私の中でのベネトンさんのカラーリングがナチュラルなカラー展開に変わってしまっていて、昔のビビッドでカラフルなベネトンさんのイメージも、今のナチュラル志向の流れにあわせてあるのかなあと思いました。
2011年04月09日
小さな郵便物をお送りするときに林与織物と書かれた封筒を使用することがございます。3年ほど前まで、社名は株式会社林与織物でした。麻業界の中ではずっと昔から「林与」で通っておりましたが、私が引き継いだときに「林与」にしたいなあと自然に思いました。先代がいるときにはそんなことは考えてもいなかったので、啓示的なものを感じます。

初代の林與次右衛門商店からはじまり、二代目与一のころは林与織物工場、三代目與志郎のときに株式会社林与織物、そして四代目の私のときに株式会社林与という流れになっています。林与というイメージは、二代目ころから定着していたものと思われます。「林与」ロゴは、昔の近江上布の反物の箱にもあしらわれており、昭和20年代の後半、あるいは昭和30年代前半くらいからは使い始めており、戦後復興した近江上布の反物を入れて京都や大阪の問屋さんに送るのに「林与」ロゴの入った箱が使われました。

近江麻布にも用途の違いがございまして、愛知川の川を挟んで、愛知川地区の機屋というのは服地、能登川地区の機屋というのは座布団地というようなイメージです。服地の世界と座布団の世界とでは、業界が異なるかのごとくに分かれていて、服地をするところは服地専門で、座布団をするところは座布団専門という形だったのです。それは、販売先というのが明確に分かれていたことにあるといえます。

着物屋さんとのお付き合いをするのか、座布団屋さんとのお付き合いをするのかで、専門とする分野が明確に異なったのだと思います。両方を手がけることがなぜ難しいのかは、織機の幅にもあったと思います。服地は1尺ほどで、座布団用の織機というのは倍ほど広いのです。林与の場合でも、昭和30年代後半から、和服が売れなくなったからといって、手織りの座布団をつくることは出来なかったのです。

私の想像ですが、地区ごとに明確に生産物が分かれているのは、強い規制があったからというわけではなく、地域というのが血縁関係で成り立っていることも多く、家業の延長として親戚に仕事を世話するような形で成り立っていたことにあるのだと思います。織物にしましても現代よりも高度なものを作っていたので、ノウハウの蓄積は重要で、誰にしか出来ないというような独自の技術や特色が家系ごとにあったのだと考えます。
2011年04月08日
今日は午前中、生地の撮影を進めておりました。4年ほど昔に織った生地を2ヶ月ほど前に加工に出して上がってきたのをようやく撮影に掛かっています。ロット管理をするために、色糸が余ったりするのを上手に使って着分用の生地を作ったりしたものです。

撮影している途中で電話をいただきました、近くの糸加工工場の社長さんですが、洋装に転換する前のころにはお付き合いをいただいていまして、その工場で加工をされた昔の糸があるので、どうでしょうかというお話で、早速午後には、社長さんがお持ちくださいました。弊社の倉庫の一角に本麻の染糸が何十ケースか置いてあってそれがなにだったか不明だったのですが、それがその工場の糸だったということで新たな発見でした。

林与の先代と同じくらい年代の社長さまなので、いろいろと昔のものづくりのことをご存知です。昔の方というのは一人の方がすべてに精通しておられるのが当たり前で、すべてにおいて職人さんを指導されてきたのが伝わってきます。最後までものづくりのスタイルを守っておられるのがすごく素敵だなあと思います。

夕方は、いろいろなものを出荷しまして、夜には彦根で会合がありました。
2011年04月07日
今日は曇り空、朝から数件のお問い合わせがありました。それぞれ案件は異なっていたのですが、麻のものが本格的に動く暖かさになったのを感じます。いろいろと加工から上がってきたものがございますので、またそういうものをアップしようと撮影を始めています。
この前アップした画像が残念ながら暗かったような気がしてがっかりで取り直しを考えています。

林与の場合、リネンのものは寝かせておくことが多いのです。1年ほど寝かせることで風合いが良くなっているケースが多いのです。倉庫に眠っている30年ほど前のアイリッシュリネン生地などは仕上がりがふんわりとしています。糸のせいというだけではないようです。風合いが良いように思うのはすべてシャトル織のものだったりします。

昨日、海外の紡績会社に問い合わせをしましてリネンの細番手があるかどうかを尋ねました。100番手を超える糸というのはたまにしか作ることがないので、紡績会社にとっても本当に希少なのです。しが応援ファンドの細番手プロジェクトでは今年はアパレル向けに120番手クラスの糸を使う予定をしています。今ある糸を調べてくれるということで、良い出物があるのを祈っています。織ってみないと糸の良し悪しは分からないのですが、細ければ細いほどうれしい気分です。そのクラスの糸となってくると手織りに使うリネンなので、紡績会社にとっても、それほどたくさん流れるものではないのです。

昨年取り組んだリネン100番手高密度、一工夫が必要かなあと感じ別の糸加工のタイプで織りのテストをしようと整経から動き始めました。縦糸の本数が多いので、動かすまでが、一仕事というより百仕事な感じです。普通のリネンにはない、パフパフした風合いが出てくるのが魅力です。きっと、横糸も昨年よりもっとたくさん打ち込めより高密度にできると考えていますが、そう簡単に行くでしょうか。
2011年04月06日
3日連続の良い一日です。一年あっても、これほど良いお天気の日が続くのも珍しい。

今日は、リネンハニカムの台を2台に増やしました。ご注文に対応できる体制が整いそうです。蜂の巣組織というのは、もっと厚いタイプも出来るのですが重くなってしまいますので、織物がそこそこの軽さの範囲に収まるように考えています。

アパレル向けも含めまして、いろんなタイプも増やしていくと面白いかなあと考えていますのでお楽しみにしてください。蜂の巣組織を織るのは普通の織機では織れず、ちょっと工夫が必要なのです。縦に綿の双糸などを使って横にリネンを織るタイプの綿麻のハニカムは構造上作りやすいのですが、リネンを縦にも使うとちょっと織りにくくなります。

ほかに、昨日から生地の収縮のテストを行っています。収縮率のテストというのは、検査機関では50cmくらいに幅落としした生地の上に通常30cm角でポイントをとって洗ってみて、脱水後、平干しして、縦と横が何パーセント縮んだかを見るのです。厳密には、水の温度や洗う時間など決まっているのですが、実際に製品を作ったあとに洗うのと同じような状況で生地を洗ってあげるとより、生地の収縮の問題が見えてきます。

リネンの場合、薄い生地と厚い生地ではどちらのほうが縮むかというと、一概には言えないのです。通常の生地というのは仕上げ工程の最後で幅出しという作業が行われます。その際に、幅を出しすぎれば物性は悪くなります。また、加工時に生地を引っ張った状態で加工すると生地は伸びているので、洗うと縮みやすくなります。

生地を買った後の水通しが必要なのはそんな理由からです。昔はリネンというのはドライクリーニングが当たり前の高級素材だったので、洗濯の問題は見えてこなかったのですが、最近のカジュアルリネンの世界では水洗いすることが想定条件となります。

アパレル向けなどは物性を考えると糸の吟味が非常に大事なのです。同じリネン100%でも、洗えば洗うほど縮むリネンがあったりします。それを突き詰めていくと紡績方法が異なったりと糸の製造工程によって、洋服の物性が変わってくるのです。ハンドメイドされる場合は、よく水洗いをされてお使いになられることを薦められているのはそういう理由からです。

林与の生機のストール生地などは、洗うと経験上2mでおよそ10cm短くなります。幅も60cmが50cmくらいになります。それは生機だからです。林与の定番のソフト仕上げの生地は、水通ししなくても物性を安定させる工夫をしてありますが、念のため水通ししてから使っていただけますとより安心です。
2011年04月05日
今日も本当に良いお天気で、雲ひとつない一日で夕焼け空も何年かぶりの美しさでした。春というより反物を運んだりしていると汗がでるくらいの一日で、今が一番気候が良いときなのかもしれません。もうすぐ桜が咲きそうです。

今日は本麻の反物が加工から上がってきました。最近は本麻のものが非常に難しくなってきているのを感じます。林与では100番手をずっと使用しているのですが、麻機の林与ですらも本麻を織ること自体が難しくなっているのです。他の産地で織られているところでは、もっと太い番手で打ち切れが起こるという問題が生じているようです。中国で高品質のリネン100番手などが紡績されるようになる一方で、国産の本麻織物というのが作ることすらもが難しくなってしまったというのは非常に危惧するところです。

夕方にはDENさんが、林与のリネン100番手のオフ白でつくったブラウスをもってきてくださいました。一年前からお願いしていてようやく出来上がってきました。非常に上品で良い感じです。5月のTEPIAでの展示会で、お披露目しようかと考えています。アパレルリネンで100番手以上のものを提案するのが林与の夢の一つで、これは実現に結びついています。こちらの素材も、サイトにアップしています。布工房DENさんでは、4月9日からスプリングコレクションを開催されます。

今日は、皆様には、リネン100%ハニカム生機の発売をアナウンスさせていただきました。この素材でストールをつくると春や梅雨時の寒いときに活躍するリネンストールになると思います。簡単な作り方は、フリンジも作らずにタオルのように三つ巻きにしてください。タオルとしても使えます。ナチュラルなままでも、そこそこ柔らかいのでフェイスタオルとしても良いかもです。
2011年04月04日
今日は、午前中発送の後、近くのショッピングセンターに行きました。立体駐車場を上る途中に眺めた景色は、快晴のなかの山々が生すスカイライン、遠くは伊吹さんまでがきれいに見えました。お店の中では端午の節句で、「こいのぼり」の歌が聞こえていました。洋服などは夏真っ盛りな感じです。

午後からは、生地屋さん向けに織り上げたリネンの反物を加工に入れる作業です。1ヶ月の時間をいただいたのですが、手元の在庫の糸を使ってぎりぎりの上がり予定です。

3時ころ隣の豊郷町からのお客様が来られました。豊郷町では、「TBSアニメーション、けいおん」を町おこしに商工会などの若手が中心となって動いておられます。けいおんのキャラクターを印刷したTシャツなどを商店街のお店に1種類づつ置くなど、売って利益をあげることよりもより多くの皆さんに地元の商店に脚を運んでもらおうという企画をやっておられます。田舎であるが故かもしれませんが、隣町の小さな商店で買い物をするということがほとんどありませんので、こういう活動というのは観光客の皆さんを呼び込むだけでなく、町を越えた規模で地場の方をPRできる良い方法だと思います。

滋賀県に脚を運ばれる方はぜひ一度、旧豊郷小学校校舎にお立ち寄りください。今の小学校が新しく建てられますが、果たしてどちらが地震のときに丈夫なのかというと、今の建物のほうがキャシャに見えてしまいます。

お越しいただいたお客様のお家も昔から「絣屋」と呼ばれていたそうで、昔は絣を染めておられたのではなかろうかというお話でした。豊郷というのは、伊藤忠、丸紅の発祥の地で、旧豊郷小学校校舎で学ばれた経験を持たれる方が、このように地場のものをPRくださるというのは古き良き時代の人の繋がりを感じます。

夜は、新しい生地の撮影など行いました。徐々に新しい生地をアップしていく予定です。
2011年04月03日
最近は、リネンのシンプルなものから華やかなものへの流れが目立っています。先染のチェック柄や、光沢感のある加工、ジャガードのような織物など、リネンという天然素材を使いながらも華やかな展開を考えておられるブランドさんなど増えてまいりました。

こちらのネットショップでも、先染のものがかなり人気になってきています。昨年がブームだといわれていてタイムラグがいつもあるのが、無地ライクな流れが長く続きましたので、彩のあるものがそろそろ目を引きそうです。

今日は、春のうららかなお天気でドビーやジャガードの文様を考えています。オリジナルの花柄をデザインしようかなあと色鉛筆を握っています。5月にテピアで行われますプレミアムテキスタイルジャパンも近づいてまいりましたので、その場で発表できる2012向けのリネン織物などを準備に掛かっています。

会社にある私の母親が10年ほど前に買ったジャノメのミシンが、小学校にあるミシンと似ていたのでゲストティチャーの練習のときに便利だなあと思ってて、小学校で使ってるのとおんなじなので、簡単ですがおもちゃみたいなあと思っていたのですが、ミシンの入れ物に18万円の明細書が入ってて、家庭用なのに高すぎると思いました。

今日は、4時から自治会の役員の引継ぎ会があります。終わってから、直会がありまして、それほど飲んではいませんが、日本酒で頭が痛いです。
2011年04月02日
以前、これからどんなリネンをつくりたいですか?という質問をいただきました。そのときは、うまく答えられなかったのですが、林与らしいリネンを作りたいと思います。だと思います。

リネン生成とオフ白の定番ソフト仕上げなんかも、エコテックス規格100に基づく有害物質検査をクリアしたリネン糸を使用しています。糊や糸道油もつけずに、1時間に2m程度の低速のシャトル織機で織り上げています。加工も、麻の産地の何十年も続く実績のある加工を選んでいます。あんまり謳っていませんが、定番のソフト仕上は、ハンドメイドの方に使っていただくために、生地の物性を安定させる工夫をしていますので水通し必要のないような仕上にしてあります。

一つくらいの要素が、糸のロットや加工のロット、織機の違いなどで、多少ぶれたとしても、それでも、市販のものとは違う林与のリネンらしいものにはなると考えています。見て触って感じる部分だけでなく、作るコンセプトや工程へのこだわりという無駄な贅沢をしています。それでかつエコなので、こういうスタイルは、織物の世界のものづくりのモデルとして残して行きたいと考えています。突き詰めていけば、なぜ、林与は麻を織り続けるのかという問題に行き着くかと思います。

2011年04月01日
4月になって4月らしい穏やかな一日で、それだけでありがたい気分です。今日の午前中は、細かい作業をするための道具作りをしようとガラステーブルがないかと探しましたが、適当なものがありませんで、賞状を入れる額を見つけましてそれに脚をつけてガラステーブル代わりにします。そのガラスの上に顕微鏡を置いて、ガラスの下で細かい手仕事をするという計画です。

リネンのソフト仕上をカーテンとして考えてくださっているお客様からお電話いただきまして、もうちょっと厚い生地がなかっただろうかと探しました。厚い生地はあったのですが、カーテンとして使う場合には途中に欠点があると駄目なので、要尺分の生地がきれいな状態で用意できるのか測ったりです。

お昼過ぎには、機料屋さんがお見えになられ幻のリネンプロジェクト用の機材の調達を行い始めました。これは、ビンテージアイリッシュリネンハンカチプロジェクトの延長になりl、たぶん過去に誰もが挑戦したことのない細い細いリネンに挑戦をいたします。最初はテスト用に少し織ってみようかと考えたのですが、どうせならと思い、テストではなく、本格的にやってしまおうと必要な材料の調達を進め機を作ります。夕方には、仕事とは別件でのお客様があり、また、夜には染色工場の方が糸を持ってきてくださり染のことについてお話しました。

この1ヶ月で、長年夢にしておりましたリネン計画を前向きに進める方向に動いています。といいましても、その計画に使用する100番手クラスの細番手のリネンは、何種類か、すでに手元に出来上がっており、あとは、それを林与が思っている形にしてもらうだけなのです。そういう計画を手伝ってもらえそうな方が幸運にも見つかりました。それにトライしてもらうことで、林与としましても長年の夢が前に進みそうです。

物事を前に進めるというのは、成功するばかりではなく、できるかできないかということを判断したり、問題点を見つけ、その解決方法を検討することなのです。このプロセスというのは実際に簡単であれば誰にでもできることなので意味は少なく、このプロセスが大変だとそれだけやる意味があるということではないかと思います。

お昼には、評議員の引継ぎのアイテムをご近所の方に引継ぎのために持って行き、夜には、青年育成会の引継ぎのアイテムを次の方にお届けしました。田舎なのに、留守の家が多いので、3回くらい訪問させていただいてようやく引継ぎが完了しました。4月1日なので、ぎりぎりの引継ぎです。夜には、クロネコさんと福山さんに今日の出荷のための荷物を出しに行きました。
2011年03月31日
3月も最後で、午前中は彦根に行きまして年度末の所用を済ませて、家具屋さんでミーティングテーブルを探しました。普通の家具屋さんなのでミーティングテーブルというよりもダイニングテーブルばかりでした。

いろいろあっても色形自分の思い描いているずばりのものを見つけるのは難しく、ましてや、テーブルについている椅子のすわり心地となるとさまざまな感じです。自分用ではないので予算の制約とか耐久性の問題などいろいろと迷うことが多いのです。

会社に戻って、今日は暖かな一日で、リネンのストールを作るのを眺めていました。加工から上がってきたストールはふんわりとしていて優雅です。加工から上がった反物は、マットな感じの色をしているのですが、林与マジックでリネンに光沢を与えてあげます。数時間のちょっとしたことなのですが良い感じに落ち着きました。

今日はネットのご注文もいろいろといただきまして、品切れのものが増えてまいりました。昨年までは、生成やオフ白のものが主体に動いておりましたが、だんだんとカラフルなリネンが注目をいただけるようになってまいりました。

林与は、5月11日と12日にテピアで行われますプレミアムテキスタイルジャパンに出展させていただくことになりました。今までのジャパンクリエーションとは異なり、2日間という限られた時間で、かつ、バイヤーの方限定での展示商談会になります。4月は、2012年の春夏に向けて、新作つくりに励んでみようかと思います。
2011年03月30日
今日は、朝から京都の方とお取引がありました。世の中というのはご縁で動いている部分も多いものだというのを感じます。会社に帰ってから、近くの縫製工場に試作しましたリネンのストリップドレスを取りにいきまして、社長さんと話しておりました。

その中で、滋賀県には高齢化が進んで空き家がたくさんあるので、それを被災者の方に開放すればよいのではないかという案がございました。それって、良案だと思います。家をなくされただけでなく、津波の恐怖や放射能の恐怖から逃れるためには、一定の期間、疎開のような感じで、別の地域で仕事も見つけ定住をされることが心のケアにもなると思うのです。

高齢化が進んだ地域での空き家を活用しようという計画が滋賀県では動いているので、それをぜひ、被災地の皆さんに提供するような方向で動かれればよいのではないかと思います。ファンシーなことよりも、現実的な人々のためになることを実行できるチャンスです。

市町村行政が本気でそういう人たちを受け入れることができるかどうかがポイントとなってはくると思いますが、地震で家も仕事も失って困っている人たちに本当の意味での救いの手になるのではないかと思います。
2011年03月29日
午前中に、議事録つくりなどをしました。その後、加工工場には織りあがったジャガードの反物を投入しました。加工工場からは、加工時の濃色での色落ちの問題の指摘がありましたので、その原因と根本的な解決方法を考えています。また、シルクリネンの生地で、横糸のラミー糸のスレン染料で染めた色が抜けるという問題が起こり、これも共通した問題ですので染色工場と取り組まねばなりません。

そういう色を避けて通れば大丈夫な問題なのですが、デザインの自由度と品質の安定性という面ではどうしても解決しておかないといけないといえます。最近のリネンというのは、特に濃い色において、中が染まりにくいという問題があります。麻の染を得意としておられる染色工場2社でカセ染めしていますがこれは同様の問題として認識しています。

リネンの糸というのはカセで染めると糸が、緩んだときに糸の撚りが少し緩むので、濃い色の糸の束にスターダストのような白いものが見えるのです。織ってしまうと糸が真っ直ぐに引っ張れているので、その白いのは認識できないのですが、リネン糸の染めを極められた方はやはりその問題を何十年も昔から認識されていて対応をされていました。

また、リネンの染めに関しましては、ペンキを塗ったように糸の表面だけが染まっているような染もあったりします。麻糸を染めるノウハウというのは染色工場によってまちまちだなあと思います。日本の染というのは検査基準が厳しいので世界でもトップクラスだとは思うのですが、それでも、染めの技術水準というのは一様ではないように思うことが多いのです。コストや設備などの要素が絡んできますので、最終どういうものを作るのかによって染めの品質も変わってくると思います。
2011年03月28日
今日は、午前中組合の資料などを集めて、午後に会社に戻りました。問屋さん向けで、出荷の色を間違えたということで代わりの色をお送りする手配をいたしました。リネンストールも加工から上がってきており、触るとふんわりで良い感じです。

キッチンタオルなどの段取りに追われており、蜂の巣のリネン100%のキッチンタオル生地を何度か洗ってみてよい感じ。ミニタオル、キッチンクロス、バスタオル、ストールとして販売するため、サンプル縫製をいたしました。色物もいろいろと作り始めています。
2011年03月27日
今日は、午前中、リネンデニムを準備と、夕方の字の評議員の引継ぎに向けて資料作成を行っていました。昨日の夜は、隣のお家で、2区の役の引継ぎでした。年度替りというのはいろいろと大変です。

日曜日だったので、今日は工場はお休みで、一人の社員の誕生日だったので、近くのスタミナ太郎というレストランで食べ放題の昼ごはんを食べました。女の子たちは、アイスクリームからのスタートで、その後は、肉、肉、肉な感じで、おなかいっぱいでした。みんな元気におなかいっぱいが幸せです。

そのあと、スタミナ太郎の横に、タマホームがありますので、なぜか、モデルハウスをみんなで見学しました。2300万円のお家でしたが非常に広々としていて素敵でした。女の子たちは、こんな家に住みたいと感激していました。その後、みんなでボーリング、ボーリングを初めてした子もいました。初めての子たちでも、ストライクがいくつかあって盛り上がりました。ボーリンクから帰って、一つ出荷を行いました。

夜には、青少年育成会の引継ぎがありまして、私は会計でしたので会計報告ならびに会計の引継ぎを行わせていただきました。食べ放題でたくさん食べたのに、また、ご馳走でおなかいっぱいの一日でした。
2011年03月26日
土曜日というのは、電話が少ないので落ち着きます。ですが、最近は土曜日も仕事をしておられる会社が増えてきたのではないかと感じることも多いのです。今日も、土曜日なのに7件ほどの先から問い合わせの電話がありました。そのほかにも、土曜日にも関わらず、リネンの糸が8ケース250kほど届きました。週が明けることなく届いたのがうれしいです。

テキスタイルの現場では、数メートルで動かすことが多くなってきている時代になってしまっています。そのような時代に昔の職人さんが対応できるかというと、難しいのが現実です。林与自身も昔のまったりとした織物の世界を残せるように職人さんたちに働いてもらえるよう努力はするのですが、競争社会で職人さんたちが生き残っていくことの厳しさを感じます。

これは、リネンの紡績においても同じことがいえるかと思います。何万錘ものスピンドルをまわさないといけない現場に職人さんは不要なのです。壊れると調整するよりもメーカーの人が部品を取り替えることで解決します。織物の世界においても、織機を調整するという職人的な作業は不要になりつつあるのかもしれません。

このように糸作りがなってしまうと、細番手の糸を作ることができなくなるのもよく分かります。自由度が大きな機械というのは、万能ではあっても、調子の良い状態にすべてを調整するのが難しく、職人が機械を助けなければなりません。生産性の高い素人の人でも使える最新式の機械が出来上がるごとに技術は消えて行くのです。

夜には、年度末ということで、字の引継ぎ会がありました。この一年は、評議員という役をいただいて、青少年育成に関わる一年いろいろな行事に参加させていただきました。
2011年03月25日
昨日は出荷ができませんでしたので、今日はまとめていろいろな出荷を行いました。先週に織りあがったブラックリネンデニムも加工に入り、ナチュラルな仕上げでの上がりを想定しています。

先日も東京に行ったときに、リネンは重いという言葉がデザイナーさんから出ました。それを聞いて、「あっ、良くご存知の方だなあ」と感じたのです。林与は、つねづね、リネンの生地を企画しているので、色柄や風合いだけでなく、目付や物性、コストなど各方面から考えるのです。リネンや麻というのは、薄くても重くてしっかりしているものなので、それをどう表現するかが難しいのです。

双糸などにして組織を入れて凝りすぎると、目付けが重くなりすぎて、若い人にしか着てもらえないものになり、高級なイメージを生み出すことが出来ないのです。年配の方に来ていて軽くて楽なのよ、といってもらえるくらいのものが、エレガントなゾーンではないかと思います。

糸というのは作るのは長さをベースにします。細い糸は同じ重さでも作るのに時間が掛かるので通常は長さに応じて値段が高くなるのです。100番手を超える辺りからは10番上がると2倍な感じで値段が上がるのがリネン糸の不思議です。番手が細いからといって、糸が必ずしも良いとは限りません。原料を上げながら紡績の限界に挑戦するので、細くなった分、織りにくい糸となるのです。

林与では、特殊なものを除いて細番手も糊付けで対応しますが、一般の機屋さんが70番手以上の細番手のリネンを織るときには水溶性ビニロンを巻かれて織られるケースが多いようです。織って加工を仕上げると、ほとんど区別はつきませんので、その辺りは、技術なのか、こだわりなのか、コストなのか、あるいは、ナチュラル志向なのかのチョイスだと考えます。

夜は彦根の縫製の会社で理事会がありました。
2011年03月24日
滋賀県に朝、車で戻りました。途中、サービスエリアで休憩を取りながらで、弱っている感じですが朝から仕事です。彦根の縫製工場に伺い書類をいただき、午後一番に司法書士の先生が見えられ、夕方には、京都のモンドさんの濱中社長がお見えくださいました。

モンドさんのお名前は、以前から、ジャパンクリエーションなどで存じ上げていたのですが、先日yourwearの佐藤さんからのご紹介で、リネンの特殊糸を作っていただけることになりました。今日、持ってきていただいてマーブルな感じで面白い。サンプルとして作っていただいた分を早速試し織りしてみようかと動き始めました。

リネン100%で糸を開発するというのがなかなか難しいなあと感じているときに、これは面白いかなあの感じです。今後もいろいろとリネン関連にアンテナを伸ばしてくださるそうでいろいろな情報もいただけそうです。

モンドさんというのは京都の二条城の近くにあるそうで、弊社と親しくさせていただいております麻小路さんのご近所だそうです。また、京都へもお花見にでも行きたいものですね。京都の桜といえば、やはり「銀閣寺哲学の道」かな?今年は、まだまだ寒いので、4月中ごろがお花見の盛りになりそうですね。
2011年03月23日
朝は、朝食をレストランのビュフェで軽くとりました。レストランでも地震の影響で食材の調達が難しく、営業時間を短くしている旨の注意書きがありました。国際展示会場の近くなのにイベントも自粛が続いているのでしょうか人通りがかなり少ないです。

午前中は一軒立ち寄りまして、午後からカフーツさんにお邪魔しました。デザイナーの皆さんとお話しながら、いろいろなヨーロッパのアンティークリネンを見せていただき、ものづくりの参考になりました。そのあと、リゼッタさんのお店の中で、興味を引いたのが昔の本で、中を見せていただくことができ、偶然、長年謎だった答えに近づけた気がしました。そして、カウンターのあたりが重厚でいい感じだなあと思ってお尋ねするとヨーロッパから持ってこられたアンティーク。練習帳にしても大事にそれを記録した人がいて、カウンターも長年愛され使われ続けてきた物で、それが大事にされてきたというところに良さを感じます。

帰りがけ寒いなあと思っていたら、東名高速道路で強烈な雪に見舞われました。春分も過ぎ、3月も終わりなのに普通じゃないなあと思いながらも、計画通りに行かないこれが自然なのかもしれないなあと思います。
2011年03月22日
今日は、出版社で上島先生とのインタビューが午前中からありました。先生がコレクションされましたドイツ、フランス、イギリス、スウェーデンのアンティークリネンを見せていただきまして不思議不思議の連続です。ホームスパンの手で紡がれた糸を手織りした感じのリネンがありまして非常にソフトだったのが印象です。私の頭の中ではそのリネン生地の光沢感のある加工方法が謎でぐるぐるとめぐってしまいました。非常に良い風合いなのですが、なかなか今のリネンのものにはその加工方法をしたものがないのです。糸をほどいて見せていただいても、今のものとは違います。

インタビューの終わった後、皆さんと一緒させていただきました。夕方には、日本橋三越前の島根館で作品の展示ならびに販売をされておられます加藤さんにお会いしました。島根の隠岐の島という人口3500人の島で焼き物の釜を守っておられます。今は、その焼き物を作るのと同じ土で泥染と呼ばれる技法でリネン、綿、シルクなどの素材を染めて、かばん、ストール、洋服などを染めて販売を手がけておられます。お電話で何度かお話はさせていただき初めてお会いさせていただきました。百聞は一見にしかずで、今まで電話でご説明いただいていた作品のイメージというものが実際に作品を拝見させていただいたことでこのことなんだなあと実感できました。

その後も上島先生にお付き合いいただきまして。小雨のなか青山のお店を探してうろうろ、目的のお店には残念ながらたどり着けなかったのですが、別のリネン雑貨のショップを見つけましてそのお店に立ち寄りました。イタリアからのインポートリネンをはじめ、国内でのオリジナルのアイテム作りなどをされており、リネンなどは良いものがたくさんあるお店でした。スパイラルホールのカフェで、コーヒーをいただきながらリネンのお話をした後、先生とはお別れさせていただきました。

夜は、この春、大学を卒業されます方とお会いしましてお話を伺いながら、学生のうちにおつくりになられました作品をまとめた本を見せていただきました。作品一つ一つに思い入れがあるのが伝わってきまして、また、その本というもの1冊だけの手作りで手にしているだけで感動ものです。クリエーティブなものを追い求めるだけでなく、職人的な単純な繰り返しの作業すらも乗り越えることができるタイプの方なのではと感じました。

クリエーティブなものを生み出したり一つつくることができても、それと同じものを商品として必要なだけ必要なときに作るためには、頭の世界とは違う、現実的な問題に直面し、人の確保、材料などのものの確保、そしてそれを準備し流していけるだけのお金の確保という要素が最低限必要だったりするのです。そこが日本のものづくりで難しくなってきているところだというのを私自身もお話しながら再認識しました。

また、その3つの必要な要素の中でも、一番確保が難しいのが人という要素ではないかと思うところで、単に人の頭数の問題ではなくモーティベーションの高い人をどう集めるか、あるいは育てていくかということが、手間の掛かるような作業であればあるほど生産性を大きく左右するかと思います。日本のものと海外のものとの違いや差というのは、技術ではなく人という要素で生まれてくるのではないかと考えることも多いのです。

繊維の業界だけでなく、今日宿泊する有明のビジネスホテル、ツイン駐車場代込みで7000円。これはどうなんでしょう。ここには、非常なまでの経営努力があると思う一方で、それが常識として、「出来ている、やればできる」と考えてしまうのはどうかなあと思うところです。採算を度外視してまでも将来に希望をもって続けようとしておられるのではないかと感じるのが林与のものの見方です。お客の立場でありながらも泊めていただいて感謝の気持ちなのです。
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