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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2014年8月
リネン日記:29
2014年08月09日
お盆休みに入りましたが、それよりも台風11号の暴風雨が日本を襲う。滋賀県はまだ比較的台風の影響の少ない場所にいるんだなあと思う。母親の親元が比較的琵琶湖の近いところにあり、子供の頃というのはダムが無かったこともあってか、台風の影響が今以上にあったが、親元の人というのは台風には慣れているようで、台風の次の日には、朝から忙しそうに田んぼや水路に上がってきた鯉を探しにいく、農家でも60cmほどの鯉が捕れるのだ。

母の親元と言うのは家の中に外の水路とつながったイケスがあって、大きな鯉が20匹ほどは泳いでいた。親戚が集まるお盆などにはその鯉を一匹上げて甘煮にするというのもあった。親元のうどんは家のうどんよりも10倍は甘いのが不思議で、当時子供の私にとっては家のうどんよりもおいしく思えた。

母親のお母さん、すわなち、私の母方のお祖母さんも強い人で、近所の夏祭りの金魚すくいで小さいのしかすくえなくても、金魚すくい担当の若い兄ちゃんに、この大きいのとこの大きいのタイ(頂戴)といって、一番大きな2匹が自分の袋に入ったのは子供ながらにうれしいというより複雑な気分だった。お祖母さんが、私には見せない厳しさをほかの人には見せたのを見たという部分にそれを感じたのだろう。昔の人というのは強く生きないと生きていくことすらもできないのだ。

一方で、支え合って生きていくことが許された時代でもあったのだろうと思う。親戚が困れば、家族のために貯めたお金を親戚に融通するのも普通だった。今でいうと歯止めを超えた支援というものができたのが生きていくのが苦しかった時代。逆に、親戚の人のつながりを強める働きをしていたのだろうと思える。

現代というのはオブラートに厳しさを包み込んで厳しくないように見せているだけだろうと思える。ゆったりとした考えの人が多い中でそれでは成り立たないので誰かがそれを補って働く必要が生まれる。繊維業界においてもそもそも昔のような需要がないのだから、需要にしても生み出していくしかないのだが生み出し育てようなんて考えることができる人というのも供給側には少ないのだ。
2014年08月08日
今は、お盆休前ということで外の世界がお盆休みに入る前に駆け込みで仕事を頼んでおかないとという状態です。お昼一番に加工出しを行った後、お昼過ぎからは京都のプリント工場、急ぎのプリントの案件を何点かお願いいたしました。夕方、彦根に行こうとしたのですが間に合わず。

この数日も走馬灯のように過ぎていきます。体が暑さには慣れたのか、連日35度近いですが、以前ほどは暑く思えず涼しいくらいで、以前ほどは水をがぶ飲みしなくても済むようになりました。

最近、パンチカードのシリンダーの中の、ガイドのネジが緩んでずれる問題が多発。何年もそんなことはなかったのに、なぜなのだろうか。暑いから鉄が膨張して夜になると冷えて縮むことで、ネジが緩んでしまうのだろうとか思ったり。誰が悪さをするわけでもありませんが、いろいろと注意していないと正しい布は作れず、なにもかもが自分の責任として降りかかってきます。




2014年08月07日
今日は夕方大阪に生地を車で納品、日差しが暑く、夏真っ盛り。

昨日、テキスタイルマルシェ事務局から、この8月22日(金)-23日(土)に行われるテキスタイルマルシェのご案内が届きました。

DMの表紙もかっこよく、「生地は人が作る、だからこそ人にちゃんと届けたい。産地直送!作り手が自ら販売する生地のイベント TEXTILE MARCHE」とあります。

今回のテキスタイルマルシェは会社の生産がタイトで林与は出展させていただいておりませんが、全国各地からこだわりのメーカーが集合しておられます。

出展企業は、

行方工業: シルク 山形
福田織物: ジャガード 静岡
一色テキスタイル: ちりめん 京都
昇苑くみひも: くみひも 京都
松尾捺染:プリント 大阪
島田製織:先染め 兵庫
多可町商工会:先染め 兵庫
アッシュファブ: プリント 和歌山
クロキ: デニム 岡山

ゲストとして4人のクリエイター 
途中でやめる http://tochuyame.thebase.in
nusumigui http://nusumigui-himitunokiti.blogspot.jp
旅する服屋さん メイドイン http://secorisou.blogspot.jp/2014/04/blog-post_7.html
Knittingbird http://knittingbird.com

京都五条周辺は、先日、車で通りかかりましたがよい感じです。五条大橋周辺もよい雰囲気で歩けますので、ぜひ、この夏京都に脚をお運び下さいね。
2014年08月06日
職人というのは仕事しているときに張り詰めているかというと、慣れでやっているのでそれほど神経を使っていないものなのだ。単純作業に慣れて惰性でやっているようなところがあるので、正しくない手順に慣れたり、キズなどに無神経であることに慣れてしまうと改善するのが難しい。

昔、林与の工場内でも、縦の糸の通し違いなどが多いのと加工前に反物を下ろして全滅みたいなケースが重なり、これでは仕事していてもやり直しばかりで大きな損が出て駄目だと思って、私が、織機の上に赤い字で「確認」と書いて貼ったら、次の日、当時の工場長がすごく気に入らないという態度をしたのだが、それは工場長だけでなく、何十年も惰性で仕事をやって不良などの大きな問題すらも見えなくなっている職人というものは、概してそんな程度の品質意識だったりする。また、田舎は年功序列みたいな風潮があるので、仕事であっても正しいことが通らず、通そうとすると逆に邪魔をするような村社会的な要素が働くものだ。そういうの気にしてては、仕事なんてあきらめたほうがよい。気にせず、しっかりとしたモノづくりを出来る人がやるしかない。

仕事の本質が見えないことも多い。私が始めて会社で仕事をしたときにも、私自身の仕事に対する考えというのは今とそれほど変わらないのだが、伝統工芸師の勘一じいさんでも70ともなれば仕事がおぼつかないところがあるが、私の言うことを正しく聞いて動こうとしてくれたところが職人としては素直さというのは一番価値のあるところで、変に自分をもって全体が見えなくなる職人の仕事では正しいものが出来ず、その職人を食べさすことすら難しいものだ。

本来、経験を積んでいるといろいろな手段や方法がみえて、その中でベストな方法を選ぶということができないとならないのだが、惰性でやっている職人というのは複雑に考えるのは苦手で自分の一つの方法しか認めない。それがうまく行かないと仕事自体を成り立たないものと結論付けてしまう。自分のやり方でしか仕事をしたくないとか、人のいうことを聞いて仕事をするのが嫌とか、目の前の仕事をどう成し遂げるかよりも、職人のプライドの問題が勝ってしまうことも多く、プライドの高い職人は自分が天狗になれる場所を捜して満足しているので腕が低かったりもする。仕事にプライドを持ち込まず、何でも進んでやってみるタイプが一番仕事も上手。
2014年08月05日
売れるものを追うモノづくりというのは、一つの王道で、たとえば、綿がブームとなれば、綿のものを、レーヨンがブームとなればレーヨンを、麻がブームとなれば麻を、ハイテク繊維がブームとなればハイテク繊維をというようなモノづくりになるかと思います。

林与は麻にこだわったモノづくりなので、売れるものを追っているわけではないのです。年中麻を織っていますので、閑散期と繁忙期が生まれ、閑散期にはサンプルを作ったりするので、会社は仕事をしても逆に持ち出しが多く大変だったりします。それでも、強みを持っていることは大事で、林与というのは麻を織ることを基本としているので、同じ麻を織っているところがほかにあっても、林与の麻を使いたいといってくださる方が多いのもありがたいことです。

40年前の麻ブームの終わった後も、麻を織り続けましたが右肩下がり、一世代終わってやっと麻人気が復活してきましたが、産地はまだ世代交代が進んでおらず、同じ麻ブームでも昔とは違う流れであるということを理解できないと難しいのです。

先染の林与といわれるほど先染には強かったのですが、私が社長となってからは、いろいろな麻糸を、無地かつ平織で織ることに相当の時間を費やしました。私自身が「青の時代」と呼ぶその意味。ほかの人が手がけていることの多い、平織、無地を織っても、光ったものを作れないといけないのじゃあないかという思いです。

テキスタイルデザインというと、色柄の世界に入りがちですが、それだけじゃない。糸を織るという基本のところから見つめなおす。何千本の糸を繋ぐとか、やり直しに何十時間も費やすとか、織れない糸をどうやって織るのとか、平織、無地の世界にも奥の深さと味わいを求めつづけてみました。

ほかの人に頼んででは、頼まれた人の限界というものがあるので、自分自身で織ってみて、自分自身が納得のできる麻織の限界を知ることのできたことは貴重。でも、こういうのって外の人は期待してくれていても、中で働いている人にとっては不評なのですが、そういう人の問題を気にしていては、自分が仕事をするときにしっかりと大人の判断ができないだけのこと。地場産業って年功序列的な変な壁が多いので世代が下がるごとにどんどんと経験も少なく落ちていく、それが一番問題だろうといえる。
2014年08月04日
今日は午後から会計士の先生が来られ、弊社の会計業務に関するアドバイスをいただく。やはり、コンピュータ会計というのは、仕分けの断片を入れるだけで、試算表や損益計算書の全体が出来上がるので便利だなあと思える。

林与のできることはできる限りやってみるスタイル、やることは手一杯で大変だけども、いろいろなことに挑戦をすることができて、同じ繊維の仕事にあっても刺激的な部分も多い。繊維業界においてもバブル崩壊後、デフレの中で、高品位なところほど廃業に追い込まれたというような経緯もあって、製造工程のいろいろな部分で不安な要素が潜んでいて、よほど注意していないと、新しいものを作って本生産に移ろうとすると、2回に1回、3回に1回は失敗するリスクがあるのではないかと思うほど、業界としては脆さがあり、あまり新しいものに挑戦するのが得策ではないということもあろうかといえる。

新しいものをつくっても売れるのは、10に1つか2つなのだ。普通に仕事して成り立たせようとすると、よほど能力が高くないと採算は合わないだろう。林与自身もそれほど能力は高いわけではなく、相当時間を使って経験を積むことで最終形を見つけ出すということを毎回やっているので、10のうちの8の売れないものでも売れそうな感じにはもっていけていると思う。そういう努力が、ものづくりのセンスらしいものにつながるんじゃあないだろうかと思う。

やっているうちにいろんな答えが見えてくるもので、それは単なるものをつくるということだけでなく、仕事というものは何かとかも一つ、普通の人の考える仕事という概念とは違う概念で仕事を考えているので、ものづくりも変わって、出来上がるものも違いが生まれるのだろうと思う。さらにいえば、仕事にとどまらず、人間関係や人が生きるとは何か、という哲学的な部分にも普通とは違う答えに辿り着くであろう。それがよいか悪いかは別として、普通の生活をして普通のセンスでものをつくってそれが売れるものになるのかというと違いが見えてこないに終わるだけだろうと思う。
2014年08月03日
この数日掛っきりになってしまっているシャトルの1号台。リネン100番手の2重織、手ごわい。糸の入手の難しさから通常は使わない銘柄の100番手を使用、やはり、織るのに糸が頻繁に切れるトラブルがある。

麻の2重織でも、糸が60番手くらいにもなれば糸はあまりきれないのでそれほど難しくはないのだが、100番手は普通の織物でも難しいので、2重織となると危うい世界で、やはり、糸や織機のコンディションが完璧でないと大きなロスが出る。

糸切れが頻繁に起こると2重織の場合には、裏が見えないので想像しながら糸切れの処理をするが、1.5mほど織ってクロスローラーの巻き取りの部分で裏が確認できるようにならないと正しく織れているのか織れていないのかがわからないという危なさもある。

本生産に進もうとすると、いろいろと改善が必要となる。
2014年08月02日
蒸し暑い日が続きますが、先日のある1日、病院、コンビニ、スーパー、郵便局、行政の窓口の順で、買い物や手続きに行ったところ。行政機関の冷房は極端に低く20度くらいまで冷やしている様子、涼しすぎて。電力不足で節電の協力を呼びかける本体ほどこういうことありがちです。指導されている立場の行政機関の中におられる人が他人事というのはいろんなところで見受けられます。

今日は午前中、倉庫で検反物。午後は、工場の中は暑いので、シャトルの1号台を立ち上げていますが、後ろで扇風機を回えし作業です。今日は3台手がける予定であったのに、1台の繋ぎ違いを直すのに昼から夕方までかかり、夕方は出荷。

夏場というのは閑散期ながらも、今は、一年中、常に動く方向ですることを探しているので、いつも納期納期に追われている状態。多くの方が声を掛けて下さるのもありがたい。織機も納期に追われている順番にしか準備ができないので、一度にたくさん動いているわけではないのに、織機の台数に関しては足りないと思える状況。この盆前の一週間もすでにやるべきことで埋まってしまっていて、どこまでそれをこなせるのか。

今の時代も仕事はあるのだが出来る人がいないというのがよく言われる。工場さんによっては仕事がないといわれるが、仕事はあってもその工場さんではするのが難しいということになるだろう。会社のなかもそう、仕事なんていろんなことがあるけれども、それを正しく出来る人というのは本当に少ない。

いざ、目の前に仕事があると、やることは判っていても、仕事に対するやる気よりも面倒さが勝ってしまう人がほとんど。ほとんどの場合、年をとると若いときの何分の一しか仕事ができなくなるし初心者と同じで失敗だらけになる。経験があるからといっても面倒くささというのは、その経験を上回るほどに邪魔者、仕事の前で人は平等、よく出来ている。仕事が出来る人に仕事が集中して、結局、仕事ができる人というのは、出来ない人よりも、何でも何倍も仕事しないといけないので、決してうらやましいとかいう状況ではない、とは思う。

盆も仕事、それがこの5年くらい当たり前に続いている。昨年を思い出しても、突然初めての仕事に8月は費やしたのが思い出される。あれが一年前のこととは思えない、もっと昔のことのように思えるのだ。
2014年08月01日
8月になって、朝から暑い。朝の9時で30度って、朝からカレーを食べ、カレーはとことんおいしいが体中が暑くなりすぎて収まらない。9時半に彦根にキッチンクロスの納品があって、その準備をするのもまるで息を止めて水中で作業しているような気分。

彦根の帰りに糸を巻くおじいさんのところに寄ると、先日入れた糸が巻き上がっている。もう80歳近いのに仕事をしっかりとされるし、私のようなものに対しても礼儀がある、立派だなあと思える。仕事を出来る人には共通の要素があって、結局は技術や設備ではなくて、「人」という要素ではないのかなあと思う。

納品から帰ってもろもろの案件を検討。この週末は大きな山場、どこまで月曜日の加工出しに向けて用意ができるのかと、ぎりぎりのぎりぎりを考える。一杯過ぎる。午後に加工工場さんから電話がかかってきて、月曜日火曜日と仕事を休まれるということで、アパレルさんにも連絡をして生地の納期の計画を練り直す。

リネンの生成を出荷予定があって検反。横糸に色むらがあって、織り傷でなくても、これも機屋が被ってしまう。日本に紡績工場がないので商社さんにはなかなか責任が取れないレベル。小さな機屋さんならこういう糸の問題を被って潰れるケースもあるだろうと思う。

ストール関連の企画も今週動いたので生産の可能性というものを自分の中で整理できた。夕方もカーテン関連の方からお電話をいただいて、話が進むとよいなあとも思いながらも、弊社の今の手一杯な状況などもお話して少し様子を見ていただくことに。