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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2010年12月29日
冬休みではありませんが、夜寝る前に、本棚から昭和48年に出ました京都新聞社発行の「商魂」という近江商人の話を読みました。非常に文章が良く出来ている本で、近江商人の各家のエピソードなどが物語風に書かれています。

そのエピソードの中に、日本の繊維の歴史がぎっしりと詰まっているのです。これが、日本が開国してからの150年ほどの間に起こったものかと思うと、時代というものは一人の人間の一生の間にめまぐるしく変わるものなのだと思い、また、一人一人の人間の判断で作られていくものだと実感します。

何をしたという事実だけでなく、その時々の経営者の気持ちや考え方までもが後世に伝えられているのが近江というか日本の商売の特色ではないかと思います。1974年に出版された本ですので、古本でないと手に入りにくいようです。お勧めいたします。ご興味のある方はお読みくださいね。

昨日、今日が仕事納めのところが多く、今日昨日も、近江湖東産地も、糸加工、染、加工の社長や専務さんと今年最後の仕事をしてもらいながら、その際にご挨拶を交わすことで一年が終わりです。どこもが本生産中で忙しくされており年が明けても気が抜けない状況です。

今朝は、加工工場に少し早めに行ったのですがいつも受付してくださってる場所に新しい方が座っておられました。今は引継ぎを勉強中だということでご挨拶もいただきました。先日は検反場で、白い反物に埃が付くのを警戒してコンプレッサーで吹きながら反物を巻いてくださってたお若い方で、そのことを聞きまして、丁寧にやってくださってたのを思い出しながら私も改めてご挨拶させていただきました。
2010年12月28日
近江上布機元初代のヨジヨモンじいさんは、本当に才覚のあった人だと聞いています。カンベイひいひい爺さんというのは、「のんべい(お酒のみ)」で、カンベイひいひい爺さんのころも農業の傍ら家では冬には機は織っていたのですが、お酒の飲みすぎで財産を全て飲み尽くしたというお話です。ヨジヨモンじいさんは、林与を近江上布の機元として立ち上げただけでなく、豊国村の二代目村長として、林与の中で村の行政の仕事をこなしていたのでした。

江戸時代の参勤交代という制度は、江戸に妻子を人質としてとられた大名が中山道を動くことで、近江上布という特産品が高宮の宿で動きやすいという事情があったのではないかと推測いたします。明治の初期に関しては、藩に統制されていた近江上布であったがゆえに買い上げの制度が崩壊し、新たな販売方法として伊藤忠兵衛さんをはじめとする近江商人が物流を支えたといえます。家には、戦前に丸紅さんの展示会でいただいた織物に関する昔の賞状が何枚か飾ってあります。当時は、丸紅賞を受賞したとかいうことで大変な騒ぎだったんだろうと思います。

林与は、昔、機元でしたので、地元の親戚の家などに貸し出ししていた昔の近江の手織りを支えた手機が今も残っています。いまだと手軽な手織織機がたくさん出回っていますが、近代の近江上布文化を支えた織機ですので、手織りででも高品位な麻織物を織ることのできるものです。明治といえば、豊田織機が力織機時代を築き上げ始めたのですが、近江上布の特色である糸を左右に少しづつ振って柄を織り上げる絣織物は手織りでなければ再現することが難しいために、産地では戦後も手織の文化が続いたのだと思います。

私が小学校3年のころ、小学校の先生が興味を持ってご依頼くださったのでしょう小学校の放送室に、林与の手機の織機が置かれていました。すごく新しい校舎に、レトロな織機が置かれていたのは、小学校3年生の私にはまだまだ理解の難しいことでした。先般のゲストティチャーで思い出したのですが、30年も昔からそんな感じのことをやっていたのだなあとふと思い出しました。

愛知川町の町の歴史を編纂するときに、麻組合からお声が掛かりまして、弊社の先代與志郎が、愛知川町の近代以降の麻織物の歴史の原稿を書かせていただくことになりました。製本されたときには先代は亡くなってしまっており、愛知川町も秦荘町と合併し愛荘町と名前を変えました。時の移り変わりを感じます。
2010年12月27日
今日、夕方、出機さんに整経のビームを持って行って帰ると事務所に青い封筒が届いていました。中にはピンクの画用紙に絵が書かれた表紙の本が入っていて、封筒には旭森小学校5年生と書かれてて、ゲストティチャーさせていただいたことに対しての5年生のひとりひとりが書いてくれた、お礼の手紙の本が届いていたのでした。小学校の先生が会社まで届けてくださったようです。

今の時代にハンドメイドを語ることは多くても、子供たち、ひとりひとりが書いてくれたものをいただくことというのはもったいないなあと感じます。私が一番それを見せたかったのが、その3日間一緒に訪問させていただいた社員たちで、彼女たちはそれをみてすごく喜んでいました。彼女たちは、この手紙の一枚一枚を家で読んできっと心打たれると思うのです。

そういう暖かい心の世界があるということは大事だと思います。今の時代、コンピュータが小学生にとって必須になりつつあるも、こうやって手書きの手紙をいただいたいて、その文字一つ一つに個性があって、手でものを作ることの偉大さというのを改めて感じずにはいられません。

表紙もピンクで今のタイミングからしてクリスマスっぽく感じ、作ってくださった皆様の暖かい気持ちに感謝いたします。将来、子供たちが大人になってからミシンを使って、小学校のときに初めてミシンを使ったときのことを思い出しながら、何か手作りしてくれるとうれしいですね。
2010年12月26日
亜麻色の髪の毛なんていうのはよく聞いても、実際にどんな色かはピンとこないと思うのですが、リネンの中で本当に近い色のものがあるとすれば、淡いゴールドのイメージだと私は理解しています。

実際のリネンの生成の色というのは、皆さんも良くご存知のとおりで、最近のものは、グレーベージュで、自然な髪の毛の色でグレーベージュの髪の色の人を見ることはほとんどありません。で、亜麻色の髪と言われても生成の色を想像して、?な感じなのです。

林与の結論としましては、淡いゴールドなイメージが亜麻色だと考えています。
2010年12月25日
今日は風もきつく底冷えする寒さの一日です。なんとなく、雪が降りそうですが… 今日は、朝と夕方遅く加工工場に行きました。バタバタ過ぎまして、みなさんへのご連絡などが疎かになってしまっていて、時間の合間にメールをいくつか今日は書きました。

夕方、加工工場へ行ったときには仕上げ場の方が、弊社の一つの生地のことをしっかりと把握してくださっており、ここでやってますと教えてくださいます。その生地を巻いてくださる間、検反場の方と先代の話なんかしながら、私も代が変わっても織機を動かし続けていますのでというようなお話もしました。

私以上に林与のことをよく知っておられる皆さんのお話を聞くと、多分、林与の反物が流れると、皆さんの林与の昔のことや先代のことなんかを思い出しながら仕事してくださってるんだろうなあと感じます。私が、林与の看板を背負って前向きにいることをうれしく思ってくださっているのが伝わってきます。がんばらんといかんなあと思うところです。
2010年12月24日
今日は、昼の間はずーっと加工工場さんに詰めておりました。夕方には、お客さんが来られまして、このしばらく動いてもらっていたお話がまとまったということです。クリスマスイブの日に、お話がまとまったことは林与にとってプレゼントですね。

夜には、彦根の縫製工場さんにお邪魔してお話していると、東京の方との繋がりが少しづつ前に動いているということで、夏の盆踊りのころにご紹介させていただいたということもあって、これもうれしいお話でした。

夜には近江上布の布を眺めていて、和柄のコレクションとして、本として出版できないものだろうかと、とりあえず、プロトタイプのブックレットを自分で作ってみようかと、スキャナーを使って画像にとりこんでみたりするのですが、実物のインパクトからすると、取り込んだものというのは味がないので、ぺたっとコピーをとるようにスキャナーで取り込むより、小さな凹凸感までを表現できる写真に撮影したほうが良いのかなあとも思います。

近江のお土産物屋さんにでも置けるように、また、日本中のお土産物屋さんに置けるように、近江上布柄を印刷した365日の日めくりのカレンダーにでもして見ましょうかね。まさに日本的で、かつ世界各国の方のお土産として提案するのによいかもしれません。林与の近江上布は、ハイカラな色使いのなかに日本のワビサビの世界を感じることができるところも、華やかさが売りの京都の着物の和柄と異なるところです。
2010年12月23日
今日は朝から加工工場に伺っておりました。加工工場の中にはお若い方もたくさんおられるのですが、職人さんぽい、おじいさんが布の動きを眺め、機械を調整されながら仕上げをしていかれるのを眺めることができます。

このおじいさんが休まれたり体の具合が悪くなったら仕上がり状態が変わってくるのだろうなあとかかんがえると、布というのは糸という材料だけでなく、それに携わられる方の職人的な技術と判断による匙加減的な要素が大きいと思います。

全てを機械に任せる世界ですと世界のどこでもいつも同じものができあがるので、どこか漂う儚さがなくなり価値が生まれにくいと思います。60歳を超えておられるおじいさんが、現場で布の流れる調子をみながら一日中、バルブを閉じたり、開いたり、仕上げの機械を調整するために動き回られているところをみると職人芸だなあと感じます。

もし、これを逆に若い人がやっていたとしたら器用だなあと思うくらいなのでしょうが、年季の入った方が、頑固そうながらもテキパキと動いておられると単に技術ではなく、1秒1秒が勝負であるという現場を守っておられる真剣な気持ちも伝わってきます。若い人に気持ちの面でも抜かれたら職人は終わりだと思います。
2010年12月22日
JEANNE LANVIN(フランス・パリ)、MULBERRY COMPANY(DESIGN)LTD(イギリス・ロンドン)、ROBERTA FURLANETTO –LEEV SRL(イタリア・ミラノ)、THE BROOKLYN  CURCUS(米国・ニューヨーク)、Chris Benz(米国・ニューヨーク)、Emmelle(米国・ニューヨーク)などのブランドさんが来日されるJETROさん主催のテキスタイル商談会の参加できることになりました。

商談のお話も大事ですが、作ったものに対するコメントやどんなものを求められておられるかが海外のトレンドと自社の方向性の整合性をみる上で、非常に参考になる機会です。前回の7月の商談会、ジャパンクリエーションでの商談会は、秋冬シーズン向けの商談会でしたので、今回は春夏向けの商談会ということで、麻、綿などの素材が中心となるかと思います。

今回は、1月13日に間に合えば近江上布柄のプリント素材も日本的な部分としてご覧いただきたいと考えております。再現するべくの近江上布柄はすでにありますので、それを再現していただく捺染工場さんの力に依存する部分が大きいです。着物の生地としては今の時代には提案しにくいといえますが、今の時代に洋服向けの柄として生かせるのではないかという思いのほかに、日本的なものを探しに来られるときに、日本の伝統的なものをご覧いただく良い機会だと考えております。
2010年12月21日
今日は、リネン糸が3種類運送会社から到着しました。用途に応じて糸の供給先を変えております。糸というのは単に重さではなく、ロット管理が重要で、一回の注文の原糸ロットをなるべくワンロットにまとめることが根本的なトラブルを避けるための手法です。

今日は、指定があって初めて使うリネン糸の銘柄の糸の整経を行いました。アゼを取るときの糸が綺麗に分かれずに、粘っこい感じで手で裁いてあげないといけません。これは、小さな毛羽が多いということを意味しており、浮き織りなどのキズの問題が起こりやすいという予測が立ちます。

麻の業界で、糸を絞ってリネン糸を使いつづける会社というのも珍しいと思うのですが、それゆえに、少しの感覚の違いがあれば、いつもと違う、おかしいなあという感覚として伝わってきます。見た目の糸の形状なども大事です。ゴミのような糸のフシが織りの邪魔をするからです。
2010年12月20日
今日は、午前中から彦根で、市役所に行き、そのあと組合で滋賀県への提出物を作成しました。会社に戻ってからはJETROさんの1月の欧米商談会の申し込みを書きました。前回のJETROさんの欧州商談会は秋冬の展示会だったので今回は、春夏物をセレクトに来られるということで、よりリネンなど麻アイテムを探されるケースに恵まれるのではないかと考えております。

近江上布絣柄をプリントにてアパレル向けに復興するプロジェクトもテスト的に動き始めています。プリントというのは、柄が大事だと思いますし、それを支える捺染の技術も非常に大事です。コストを落とし量産することを考えれば、欧米への輸出の面でも海外生産が近道でしょうが、それでは林与が考える特別ではなくなってしまうのです。

ヨーロッパでは、プリントのデザインというのが非常に重視されます。芸術としての評価なんだと思いますが、ヨーロッパへの提案としては、日本の春夏の服飾文化を支えてきた近江上布の日本的な感性というものを伝えたいと考えております。そこに他にはない林与らしさが生きるのではないかと思うのです。
2010年12月19日
今日は検反作業に立会いをしておりました。検反作業は、通常、林与の場合は、加工出し前に反物を織機から下ろす作業中に行います。加工工場では、加工後の検反を行い、指定の検査工程が有る場合には、検反は検査機関において行われます。

リネンの反物というのは、フシやネップの問題が常に付きまといますが、以前は非常に厳しかったように感じます。最近のリネンというのは、糸自体のネップの数が増えたことにより、逆に品質面でクリアしやすいという可笑しなお話です。ラミーの細番手のものにクレームが付くことが良くあり、通常のフシであっても、それが麻の糸ムラやフシであることをご存じないケースが多かったりします。

ノットレスヤーンと呼ばれる結び目のない糸の場合、スプライサーの継ぎ目が2倍程度の太さに見えるのですがこれが曲者だったりします。高品位であるといわれる細番手の糸ほど、糸むらは顕著に出てきますので、今の時代に本質的に高級なものが市場から消え去る傾向にあるのは、製造コストの高さや製造工程の難しさだけでなく、品質面でのリスクが高すぎるというところにあるといえます。
2010年12月18日
今日は、夜、倉庫に行きました。昔の糸というのは使う予定がないと倉庫で眠ったままになっておりますので、実物を確認するということはほとんどないものです。日本の国などでも高松宮古墳で大失敗をしたのが、空気の入れ替えです。

空気を入れ替えると湿気が防げるかと思うのですが、実際には、希少なものを保管するためには、空気を入れ替えないことが一番大事なのです。何十年も密閉された状態で保たれたものというのは、そのままの状態で保たれています。

今日も、アイリッシュリネン80番手に関して確認が必要かなあと思って、その糸を確認しましたが、開いている蓋のものだけを確認して開いていない蓋のものは開けないことが一番大事なのです。

ビンテージリネン80番手の糸なども、糊がついて完璧な状態で残っていて、なぜそれが細番手としてはわざわざ林与が使わないで取っておくほどの不十分な80番手なのかという疑問もあるのですが、その糸の色をみると、糸の細さ以外の色味という部分で、アイリッシュリネン糸としての気質を感じさせるだけの風格があるのです。その完璧に近いゴールドな色味というのは、今のリネンでは手に入れることの難しい価値が秘められていると思います。この糸を使用したものに関しましては、ゴールデンアイリッシュリネンハンカチとしてメモリアル的な提案をしていきたいと思います。
2010年12月17日
今日は、リネンハンカチのプロジェクトで、県の応援ファンドでお世話になっているコラボしがさん主催のビジネス講座みたいなものがあり、ご挨拶方々大津に午後から向かいました。滋賀県の大津の駅前の平和堂さんの5Fでセミナーはありました。なぜ、ショッピングセンターでセミナーかというと、滋賀大学のサテライト教室が開かれている場所だというのを知りました。

セミナーが終わってから6Fのあきんどカフェというところでの交流会があって、こちらのほうがセミナーよりも、本来、林与がまったりとできるタイムなのですが、会社での出荷など追われていて足早に電車に乗って会社に戻りました。

加工工場に夕方行くと工程が間に合わず出荷できないということで段取りの調整を行いました。納期と品質とは基本的に相反したりする概念でありまして、詰めた納期で進行すると定番のもの意外は非常に危険です。

今の時代というのは、先日の欧州のセミナーでも感じたのですが、1ヶ月から2ヶ月で生地をつくることが要求されるというお話になっているのですが、それでは本生産の時期になると、本当に簡単なものしかつくれないのが実情です。通常、しっかりとしたものを作ろうとすると織る前の糸を手配するだけで1ヶ月から2ヶ月かかることも多く、それでは、1時間に2Mほどの本格的なものは提案することはできません。
2010年12月16日
インターテキスタイル上海などで、海外ブランドさまに、林与のリネンの世界をご覧いただきました。その結果でしょうか、海外のお会いしていない方からもお問い合わせがあったりと、どこかで繋がりが生まれて林与のリネンはいろいろな方の目に触れているようです。
2010年12月15日
今日は、午前中大阪のアパレルさんにお邪魔して、午後からシティプラザ大阪でジェトロ主催の欧州トレンドセミナーがありました。イタリアの文化についてのお話が多く、イタリアと貿易をするときのヒントみたいなものをたくさん教えていただけました。

イタリアというのは素材天国見たいなところだそうですが、一方で日本製のテキスタイルに関する評価というのはフランスのものよりも高いというような話で、遠くから持ってくることで大きな価値を生み出すのが日本の生地です。逆も真で、ヨーロッパでは普通のものでも、日本に来ると高級素材としてあがめられます。

ジルサンダー、ルイビトンなどでの経験を持たれるナンナ・パウゼさんのレクチャーでは、どんなイメージのものを手がけるべきなのかということがいわれていました、日本でもできるものがほとんどの気がします。実際にそれをどう提案していくかだと思いました。エージェント会社をされているファビオ・コンソンニさんのお話では、似たものを安くか、特別なものというお話でした。

あとファビオさんがEMSの問題を言っておられました、イタリアの郵便システムが駄目なそうです。会社に戻ってみるとクリスマスプレゼントならぬ、小包が、イタリアへ送った最初のサンプルが受取人が受け取らないということで戻ってきていました。郵便経由での税関が機能していないということですね。DHLとUPSを勧められていました。DHLで送った最後のサンプルは3日で問題なく届きました。

いずれにせよ、サンプルながら大事なものですので戻ってきてくれてよかったです。サンプルを準備するだけでも何人かが掛かって丸一日掛かるほどのサンプル依頼でしたので、なくなってしまわないかと心配していたのです。やっぱり、クリスマスプレゼントだったのでしょう。
2010年12月14日
もうすぐクリスマスということでクリスマスカードなどが届く頃になりました。今日は、午前中加工工場に反物を持ち込みました。加工工
場は反物で溢れている感じです。

午後からは今年お世話になりました方からのお電話もいただきまして、来年はまた今年以上のものをやってみましょうというお話でした。
2010年12月13日
今日は、近江上布柄を再現できないかと、捺染工場の社長さんにご相談いたしました。以前お越しいただいたときにもそのことはお話していたのですが、専門の工場ですので、今までも様々なことをこなして来られ、コラボいただければ、私の実現したいと思っている世界も遠くはないなあと考えています。

今の時代に近江上布柄を再現してもアイテムが着物用途だと浴衣祭りくらいだと思います。やはり、普段着る麻のシャツに再現できないかと考えるところです。今のところ本麻の手もみシャツと、リネンのアロハシャツみたいなものを考えています。本麻だと100番手クラス、リネンだと66番手クラスが、プチ贅沢なあたりではないかと思います。

ジェトロさんの春夏ものの海外の有名ブランドさんを招いての商談会なども1月にあります。海外からのバイヤーさんが来られますので、このあたりの商品を日本の特色的な柄としてお見せしてみるのもよいのではないかと考えております。単なるプリントでは面白くないので、特殊なプリントに仕上げます。

林与の近江上布柄を手軽に再現できれば、楽しいのではないかと思うところです。高級なものではないと思いますが、普通のプリントよりは断然見栄えがするものを考えております。プリント工場の社長さんは、「2年、3年掛けてやりましょう」という大きな壁を一緒に越えてくださるような目先のことにとらわれない職人としての暖かいお言葉がありました。
2010年12月12日
昨日の夜は、バスで公民館まで帰ってきてそのあと家まで歩いて帰ったと思います。その後、工場に入って作業をしたのを覚えているのですが、本当に歩いて帰ったことに関しては記憶があまりありません。もう一軒飲み行こうと誘われ断ったのがちょっとだけ頭の中に残っていて…

今日は、朝から、縦糸が緩む織機の原因究明に動いていました。テンション関係を全て調べて、巻き取り、送りの全てを確認したのですが、機械がまったく送っていない状態にしても縦糸が緩むのです。原因は大きく巻いたビームのフリンジが、引っ張る強さに負けてしまって、ネジはきつく締めていたのですが空回りしてしまっていたようで、フリンジも外に緩んだ感じで耳糸が食い込みはじめています。原因が分かったので強く強く締めて解決しました。

シャトル織機を触っていると、本当に良く出来た仕組みだなあと常々思います。一人の人間が作ったのではなく、織物産業が花形産業だった時代に、改良に改良を重ねて進化させたのだと思います。50年使えるものって少ないとは思いますし、1日であっても過酷な動きをし続けているシャトル織機が50年持つというのも、日本の昔のこだわりだと思っています。
2010年12月11日
朝は、沖縄からお電話いただきました。手織りをされているということで糸の件でお電話いただきました。冬の沖縄というのは暖かいのだろうなあと、沖縄に行った事のない林与ですが、想像してみました。島の生活というのも体験すれば、きっと人生観が変わるのだろうと思います。

今日は夕方、自治会の評議委員会があって、その後、忘年会がありまして日本酒を飲みすぎました。久しぶりの日本酒でした。会社に戻って出荷の段取りをして1時間ほど遅れての忘年会参加でした。あっという間に時間がすぎてしまいました。

自治会の案件で建物を建てる話があるのですが、すごく暖かい話を聞きました。若い人にその仕事を任せようとされているのです。若い人がやれば、その人の仕事が字に残り、また、その建物を一生見守ってくれるという思いからです。そういう思いが詰まっていれば、任せておけば、きっと良いものが建つと思いました。そういう暖かい気持ちで若い人々を見守ってくださる方が20年ほど上の世代にいてくださるということは幸せなことです。
2010年12月10日
今、本生産の時期に入っていまして、ネットショップのほうのお問い合わせもたくさんいただくのですが、商品もソルドアウトが続いていまして申し訳ありません。今日は、オーガニックリネンをご注文いただいた皆様へのご発送を完了いたしました。間に合わないと考えて途中で加工に出したにも関わらず、1ヶ月半ほどもお待ちいただいた形になってしまいました。ホームページのほうの商品も更新はできておりませんが、来年の春に向けて徐々に更新を行ってまいりますので、よろしくお願いいたします。

林与の特色は、右から左に仕入れて売るのではなく、自社での製造ですので、どうしてもつくるという部分は販売等部分以上に時間と人手が掛かってしまいます。世界的にみてもリネンの業界では特殊なものを製造しておりますが、それが特別な技術や装置で作り上げられるようなものではなく、人間の中にあるノウハウで作り上げるようなものですので大量には生産が出来ずに、ぎりぎりの壁に挑戦し続けて作り上げるようなものだったりします。

不思議なもので、一Mの布が1000円のものもあれば、数万円するものもあるのです。1000円の布にはそれなりの価値があって、数万円の布にはそれだけの価値があるのです。それは糸だけの価値ではなく、つくったものが与えるその作品に対しての評価なのです。その評価には、ものづくりの背景的な要素が大きく含まれます。

今日は、縦糸が緩むレピア織機の織物を何とか織りあげようと、緩む縦糸の緩みを吸収する仕組みを織機に施しました。50M程度を2色織り上げるだけの特別の注文品です。日本でものをつくるというのが難しい時代に、さらに特別なものをつくろうとするのは、日本のアパレルブランドさんの日本のものづくりらしさを支えていくためには必須的な部分ではないかと思うのです。
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